2020年01月23日

人間の探究 1456 創価学会の秘密 大石寺の正体 

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※敬台院(阿波蜂須賀家二代藩主至鎮正室)は総本山の御影堂を建立御供養された人です。(蜂須賀家政銅像)

人間の探究 1456 創価学会の秘密 大石寺の正体 

 学会員を熱中させて、「我等こそ正義である」と思わせた大石寺の正体について少し述べてみたいと思います。「地頭が謗法ならば日蓮の魂は身延には住まず」と日蓮大聖人様が言われたので、そのお言葉に従って地頭が謗法をやりだしたのです。
 日蓮大聖人様は身延山の麓に草庵を建てられてお住まいになっていたのです。この草庵の跡は今でも残っています。広さでいうと、12〜13坪です。もちろん跡だけです。草庵があっただけで、立派なお寺があったわけではありません。
身延山の地頭の波木井実長が、日蓮大聖人様を保護したのです。南部 実長(なんぶ さねなが)は、鎌倉時代中期の御家人です。八戸氏(根城南部氏、波木井南部氏)の祖になります。日蓮大聖人様の有力な檀那として知られ、また甲斐国波木井(はきり)に居住したことから波木井実長とも呼ばれました。
地頭の波木井実長が日蓮大聖人様に「是非、身延にお越しください」と言って身延山に招いたのです。日蓮大聖人様は、そこに草庵を建てられて、晩年は身延山に住んでいらっしゃったのです。
 ところが、地頭の波木井実長は「仏像を造らせてもらえないでしょうか?」と言いだしたのです。どんな仏像なのかというと、「釈迦像を造りたい。それから阿弥陀仏像も造りたい」と言いだしたのです。
 日蓮大聖人様はいつも持たれていたお釈迦様の像があったのです。高さ1メートルくらいです。「日蓮大聖人様も釈迦像を常にお持ちになられていたのだから、お寺にもお釈迦様を祀らせてください」と言いだしたのです。
 日蓮大聖人様がご在世の時にそんなことを言ったら大変です。日蓮大聖人様がご入滅されてからそのようなことを言いだしたのです。そこで六老僧が集まって教義すると、「地頭がそのように言うのだからいいじゃないか」と言うのです。ところが日興聖人だけは「ダメだ」とハッキリ言われたのです。
 「日蓮大聖人様がそれはお許しにならないだろう。そんなことを言うならば、私は身延山を去ります」と日興聖人は言われたのです。
 日興聖人は身延山を下山されたのです。その時に日蓮大聖人様の遺骨を一部、持っていったのです。「地頭が謗法ならば日蓮の魂は身延には住まず」です。「地頭が謗法をしています。日蓮大聖人様はこの山には住まない」と言われて日興聖人は身延山を下山したのです。
 身延山を下山した日興聖人は、自身が幼年期を過ごした養家の河合家に滞在したが、まもなく上野郷の地頭・南条時光の要請を受けて南条家に入り、その年の10月、近くの大石が原に新寺院の建設を開始しました。
南条一族の大石ガ原は身延山まで1キロも離れていません。そこに連蔵坊という草庵を建てたのです。「連蔵坊」とは、「日蓮大聖人様に連なる」という意味です。草庵とは、草でつくったようなお粗末なものです。ガッチリとしたお寺ではありません。
 日興聖人が身延山を降りた以上は、「法華流布の本門寺を造ろう」と思って、連蔵坊から4キロ離れた北に北山本門寺を造られたのです。これはちゃんとしたお寺です。日興聖人は日蓮大聖人様のお骨をもってきたので、北山本門寺に日蓮大聖人様のお墓を造ったのです。それで、日興聖人のお墓も北山本門寺にあるのです。日蓮大聖人様の隣に日興聖人も入っているのです。
 大石寺には何もありません。みんな北山本門寺に来てしまったのです。江戸時代になってから大石寺に日蓮大聖人様のお墓と日興聖人のお墓を造ったのです。だから、大石寺はもぬけの殻です。
 引き継ぐお坊さんがいないので、近所から大工を連れてきて、「お前、ここの管長をやっていろ」と言って、管長にした時期もあったのです。それから、9歳の子供を連れてきて管長にした時期もあるのです。誰も管長になる引き受け手がいなかったのです。だから、大石寺に代々血脈相承など伝わっていないのです。大工がなったり、9歳の子供が管長になったりしていたのです。
 大石寺に勢いがついたのは、蜂須賀家の奥さんが檀家になった時です。敬台院(阿波蜂須賀家二代藩主至鎮正室)は総本山の御影堂を建立御供養された人です。慶長五(一六〇〇)年一月、九歳の時に曽祖父である家康の養女となり、阿波徳島初代藩主蜂須賀至鎮公に嫁ぎましたが、元和六(一六二〇)年、二十九歳の時、夫君至鎮公と死別しています。その後、総本山第十七世日精上人に帰依し、大石寺の信仰を深められました。
それで「寄付しましょう」ということになり、門ができたり、御影堂(みえいどう)が再建されました。それまではあばら家で何もなかったのです。
 それが蜂須賀家の奥さんが信者になったので、大石寺は整備されたのです。大石寺から学僧も出たのです。立派な人がいたのです。しかし、みんな北山本門寺に来てしまったのです。何しろ、法華宗のほうはみんな「本門寺」を建立したいのです。
 「俺の寺が本山だ」と言いたいのです。織田信長が死んだ本能寺も日蓮宗のお寺です。本能寺は、「本門寺」という意味です。日蓮宗というのは本山があって、ヒエラルキーがあるわけではありません。みんな勝手に「俺が日蓮宗の大本山だ」と言っているのです。
 京都のお寺にはそのように「大本山だ」と言っているお寺が沢山あったのです。大本山というのは、檀那がつくからです。檀那がいないとお寺には何もありません。檀那がついて、「御寄進します」と言って、門を寄付したり、屋敷を寄付したりして造っていくと立派なお寺になるのです。
 お寺を造った人間は必ず何万石を与えられたのです。お寺の領地から米が上がってきたのですから、小作人付きのお寺が出来てきたのです。
 大石寺には蜂須賀家の奥さんが檀那になるまでは何もなかったのです。信者になってからいろんなものが出来てきたのです。(に続く)


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この記事へのコメント

1. Posted by マリー   2020年01月23日 19:59
北山本門寺には日興聖人と日蓮大聖人様のお墓があるのですね。大石寺には何もないのですね。
2. Posted by あすか   2020年01月23日 21:18
>日蓮宗というのは本山があって、ヒエラルキーがあるわけではありません
勝手に「俺が日蓮宗の大本山だ」

このようなことは、お釈迦様が「私の骨を供養してはならない」とおっしゃったように、大聖人様ご自身も望まれていないはずです。
3. Posted by 弥生   2020年01月23日 21:22
大聖人様ご自身が「日蓮は何の宗の元祖にもあらず、又末葉にもあらず」とおっしゃったように、「日蓮宗」という宗名自体が間違いです。
4. Posted by 愛子   2020年01月23日 21:38
中杉博士、本日もご講義ありがとうございます。

>大石寺に代々血脈相承など伝わっていない
大石寺、学会、顕正会、自分こそ正しいと主張し他団体を攻撃していますが、それらも邪教です。

何故、邪教なのか。それぞれ犯罪者の多さ、それも殺人や強姦、本部職員同士の不倫、刃傷沙汰、麻薬で逮捕、など、仏教を信じる者にはありえない凶悪犯罪が多いのです。

そもそも、大聖人様が犯罪などするはずなく、学会は「選挙活動が仏道修行」と、出家の法である仏教と、世間法である政治とは、本来無関係ですが、それを教えず会員の宗教的、仏教的無知につけこみ騙し、教団の奴隷にするなど言語道断です。

このように、博士のご講義により、宗教的、仏教的無知から救われ、何事も「何が正しくて何が間違っているのか」、正しく理解できるようになり、まずそれが分からないと、このような宗教詐欺師に騙され、奴隷にされます。

何事も博士より正しく学んでいきましょう!
5. Posted by ブルーセブン   2020年01月24日 10:27
ご講義有難うございます。





冒頭15分 天皇家の未来と世界の未来




チャンネルむっちゃん!




https://youtu.be/72WOETwFe5o
6. Posted by 青山   2020年01月26日 23:54
5 御講義有難うございます

日蓮大聖人様は「地頭が謗法ならば日蓮の魂は身延には住まず」とご存命の時に地頭の謗法を感じとっておられたというところからも日蓮大聖人様は仏であると思いました。

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