2020年10月25日

『仏法と神道』巷(ちまた)の神々 創価学会(二)

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※石田 次男(いしだ つぎお、1925年2月24日 - 1992年2月4日)は、日本の政治家、宗教家。公明党所属の参議院議員、創価学会理事、初代九州総支部長を務めた。

『仏法と神道』

巷(ちまた)の神々 創価学会(二)

 創価教育学会を止めて民衆救済と称して、創価学会と名を変えたのが戸田城聖です。そして、折伏大行進をしたのです。その時の合言葉が、「一日、三○分以上のお題目を唱える」です。一日三○分以上のお題目とは、一時間お題目を唱えるということです。そして、一月に一人の折伏をするのです。そのことを実行して願いが叶わなかったら、「戸田の首を取りに来い!」とまで言ったのです。この戸田城聖の強烈な個性によって全学会員(大した数はいませんでした)が、湧きあがってしまったのです。
 朝から晩まで折伏、折伏で人をみればキチガイのようになって折伏を始めたのです。これが、創価学会の前進の根本です。その折伏の根本になっている教義は何かというと、日蓮正宗大石寺なのです。大石寺の何を根本の教義にしたかというと、大御本尊の神通力なのです。
大御本尊の神通力とは、「信じる者には功徳を、信じない者には罰を」ということです。大御本尊の神通力を信じないと頭が七つに割れるという『頭破作七分(ずはさしちぶん)』という教義を創価学会の信者は信じたのです。
 功徳ということは、願いが叶うことです。いかなる願いも叶います。「故に此の本尊の功徳無量無辺にして広大深遠の妙用有り、故に暫くも此の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うれば則ち祈りとして叶わざる無く、罪として滅せざる無く、福として来たらざる無く・理としてあらわさざる無し」大石寺第二十六世日寛上人(一六六五年九月十五日‐一七二六年九月十四日)
いかなる問題も解決する御本尊が大石寺の大御本尊だったのです。創価学会の折伏の原動力とは罰を恐れて、功徳をほしがった事です。ですから、一人折伏をすると喜びが込みあげてきたのです。どうして、喜びが込みあがってくるかというと、功徳を受けられるからです。
 戸田城聖は、罰と功徳で創価学会員を動かしていったのです。ちょうど韓非子が、「人間を操縦するには、罰と利益である」と言った事と同じことです。韓非子は、「君主は二柄といってこの二つを手放してはならない」と言いました。戸田城聖も罰と功徳を使って、創価学会員を操縦していったのです。「罰が出るぞ!」、「良い功徳がでるぞ!」この二つを使って梃(てこ)にして創価学会全体が車輪のようになり大前進をして、今日の創価学会を作ったのです。
 その中で、本当の仏教が分かっていたのは戸田城聖です。罰と功徳は、方便の姿であって、仏教の哲学を民衆に教えても民衆は理解できません。戸田城聖は、「本尊の力勇を表に出して、教学面は後回しでよろしい」ということを考えたのです。
 その後、創価学会は勢力を拡大して青年部を作り、第一部隊から、第四部隊まで出来たので、青年部結成式が行われました。その時に、第一部隊長になったのが、石田次男先生です。この先生は凄い人で、戸田城聖の折伏経典である『生命論』も書いたと言われています。石田次男先生は大天才です。勉強家で、頭が良くて、天才としか言いようがありません。石田先生は、公明党の石田幸四郎さんのお兄さんで、後には聖教新聞専務理事という立場になった人です。
 石田次男先生は、仏教を分かっていて戸田城聖の教学の面をちゃんと理解しており、「戸田先生!」と呼んでいて、戸田先生も「次男」と言って可愛がっていたのです。「この次の会長はお前がやるのだ」ということを戸田先生は何度も言われたのです。「お前の名前は次男なのだから、俺の跡を継ぐのだ。」と何度も言われていました。
 それが分からないと、「戸田城聖は詐欺師だ」とか、「戸田城聖はインチキ師だ」という人がいますが、そうではないのです。本当の物事をきちっと分かった人だったのです。分かったからといって、民衆には何も伝わりません。民衆に伝えるものが、大石寺の御本尊です。御本尊が先に出て、罰と功徳で民衆が信じるようになってくれれば、南無妙法蓮華経というものは分かるのです。
仏教哲学を色々と考えていくのも良いけれども、いかに考えるよりも、「お題目を唱えなさい。」ということです。その方が分かりやすかったのです。それが戸田城聖の本音であって創価学会の原動力は二つあったのです。折伏の原動力と、仏教を明らかにするという教学面です。
僕は、石田次男先生にお会いしてそれが分かったのです。創価学会は大したもので、このような人材が居たのです。初めて、改めて、創価学会を評価するようになったのです。この教学の面を明らかにしているのが、僕であり折伏の面はあまり取っていません。その理由は、「南無妙法蓮華経は皆知っています。南無妙法蓮華経の本当の姿とは、どのような姿かということを明らかにしていくことが大事」であって、その面が遅れているのです。その面を僕がやっているのです。
創価学会の人間だろうと、誰だろうと構いません。法を求める者ならば、正しく日蓮大聖人様の正理を教えていきます。日蓮正宗は、正理を全然分かっていません。それが、正理会の役割であるし、そういう気持ちでやっています。


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この記事へのコメント

1. Posted by Vega   2020年10月25日 01:10
>「南無妙法蓮華経は皆知っています。南無妙法蓮華経の本当の姿とは、どのような姿かということを明らかにしていくことが大事」
その面を僕がやっている

お題目が広まり、「南無妙法蓮華経」とはどのようなものか、その中身を博士が教えられています。
2. Posted by 会員   2020年10月25日 13:06
'南無妙法蓮華経は皆知っています'
「総別の二義」でこの辺りは捉えなければとも思いました。
3. Posted by 大田   2020年10月25日 18:43
今日の講義拝読しました。

>「南無妙法蓮華経は皆知っています。南無妙法蓮華経の本当の姿とは、どのような姿かということを明らかにしていくことが大事」

南無妙法蓮華経の言葉と文字は知っていて日本国に広まっています。
本当の姿が分かりたい、学びたい、知りたいと思っても、教えて下さる方に巡り合うことは奇跡です。

博士 ありがとうございます。
4. Posted by 愛子   2020年10月25日 19:19
中杉博士、本日もご講義ありがとうございます。

>正宗は、正理を全然分かっていません

以前、正宗の方に、板本尊という「もの」を拝むのでなく、大聖人様のご真意、博士が教えられる「正理」を学ぶことこそ、正しい信仰」、「何故、正宗は正しいと言いながら、法華講の樋田さんは寺男に、僧侶たちは児童買春など凶悪犯罪、妙観講幹部が麻薬で逮捕されるのか」と尋ねたところ、無言でした。

これまで博士が教えられている通り、大ご本尊という目に見えるものだと分かりやすいですが、何故板本尊を拝むことは間違いであるのか、それは【論理的思考】(正理、道理)ではないからです。

彼らは「正しい大ご本尊を拝むことで不思議な神通力を得て願いが叶う」と思っているのでしょうが、それでは「祈って火をつける」という真言密教、阿含宗などの新興邪教と同じです。

機械は「こう組み立てれば完成する」というやり方(論理的思考)があるのと同様、人生、信仰も同じであり、大聖人様のご真意が分からずして、何故、功徳や成仏があると言えるのでしょうか。

彼らが正しくない証拠に、無慈悲、独善、円融円満な人格ではなく、樋田さんは学会婦人部に「こんなことも分からないのか!」と怒鳴っていますが、婦人部が無知の原因は、「池田と幹部の責任」、「選挙活動が仏道修行」と騙されているから、と何故分からないのでしょうか。
「何故そうなったのか」、正しく原因追及なくして、折伏などありえません。

博士より正しく学んでいきましょう!
5. Posted by 青山   2020年10月26日 09:17
5 御講義有難うございます

正しく日蓮大聖人様の正理を学んでいくことが大事であると思いました

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