2021年10月10日

『仏法と神道』釈迦と日蓮大聖人様の中道のお悟りは同じものでしょうか

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※この一書があれば、仏教の流れがわかります。

『仏法と神道』

釈迦と日蓮大聖人様の中道のお悟りは同じものでしょうか

 お答えします。釈迦の悟りは妙法蓮華経(サッダルマ・プンダリーカ・スートラ)ですが、お釈迦様は中道を説いたということではありません。「仏教が中道だ」と言ったのは、天台大師以降のことです。
お釈迦様の経典は8万6千巻、8万4千巻あると言われています。「まだ発見されていない経典があるのでは」と言われています。1900年、敦煌の莫高窟からも経典が発見されています。その中から釈尊の新しい教えが出てくる可能性は高いのです。
 しかし、仏教の経典で釈迦が書いたものは一つもありません。釈迦は2500年前(BC500年)の人と一般の学者は言いますが、そんなはずはありません。詳しくは、私の著書である『仏法東遷』を読んでください。
インカ文明前の文明は、四千年前にあったと言われています。人類の歴史はこれをみても発見されている以上に古いのです。釈迦が2500年以前の人間だとしても、何の不思議もありません。
 イギリス人は、インドを植民地にした時に、統治の一環として仏教を研究しました。その結果、「釈迦は架空の人物ではなく、存在したらしい」ということが分かりましたが、生存した時代が全く分かりません。結局、キリストの生まれる500年前に生まれた事にされてしまいましたが、私の主張するように釈迦の生誕はもっと前の年代かもしれません。
 年代が測定できない理由として、生前、釈迦が書いたものは一つもなく、経典は釈迦滅後、弟子達が結集して書かれたものだからです。第一次、第二次、第三次結集(けつじゅう)が行われましたが、第二次結集は釈迦滅後、500年経って行われており、この時点で創作がかなり入っていると思ったほうがよいのです。
 例えば、経典に書かれている仏の相は、三十二相と言われていますが、釈迦滅後の弟子達は本当にそう思ったのです。また、当時の経典は、木の板に書かれていてそれを縦糸でつなげてあるのです。経典から、経・論・釈という考え方が生まれ、経典を解釈したものが論、論を更に解釈したものが釈です。
正法時代は、経典により成仏できましたが、像法時代になると、待てど暮らせど仏様は現れてきません。その代りに仏像を木で彫って偶像崇拝や、仏教寺院の建立が流行します。
 末法の時代になると、釈迦の仏法を修行しても成仏することはできません。末法の御本仏である日蓮大聖人様がご出現されて、南無妙法蓮華経を建立されます。日蓮大聖人様は、仏教経典を百人のお弟子さんに講義をされました。それが日興上人のお書きになられた『御義口伝』です。日向という六老僧の一人は、法華経講義の記録『御講聞書』を著しましたが、日興上人の『御義口伝』とは比べ物になりません。
日蓮大聖人様は、経典を己の心ととらえられて、「八万四千の法蔵は我身一人の 日記文書なり」(三世諸仏総勘文教相廃立)と言われております。経典に出てくる、阿闍世王(あじゃせおう)も、提婆達多も、我が身のことと捉えています。「これは、私の心の中にある阿闍世王、堤婆達多であり、私の心の中にもこのような心がある」と教えられているのです。
御本尊を拝む貴方の心の中にも阿闍世王や、堤婆達多はいるのです。阿闍世王とは、堤婆達多にそそのかされて父王を殺し、母を幽閉して王位についた親殺しの王であり、堤婆達多(だいばだった)は釈迦の命をことごとく狙った大悪人です。
御本尊とは、これらの命をお題目で命伏(みょうぶく)していくことが大事です。自分の中にある堤婆達多のように人を陥れようとする心に、南無妙法蓮華経の光を当てていくことにより、これらの命は消えていくのです。
日蓮大聖人様は、中道を明らかにされました。南無妙法蓮華経は、中道の異名です。すべての生命は、成りたいように自己実現しています。(普通の人は自己実現しようなどと思っていません。普通の人は因が果になり無限の連鎖を繰り返しています。業行の因果をくるくる周っているのです。自己の中の仏界を開くことが真実の自己実現であり、仏道修行とは修行因果に変えていくことです)生きているということは、南無妙法蓮華経から成り立っています。南無妙法蓮華経とは蓮華の法であり、因果俱時不思議の一法のことです。
 人間は、未来に対する種まきを毎日しているのです。明日は種をまき、明後日は種を刈り取るのです。種が因で、刈り取ることが果です。因果・因果と毎日自分でまいた種を刈り取っていくのが人生です。この因果から妙法がでてきます。
 自我=南無、妙法=生死、蓮華=因果俱時、経=教えを表しています。この蓮華とは、同時であり、因果俱時であり、当体蓮華を現しています。
 釈尊は妙法蓮華経を瞬時に悟りました。日蓮大聖人様は、仏様ですから釈尊の妙法蓮華経は瞬時に分かります。日蓮大聖人様が建立されたのは、南無妙法蓮華経です。凡夫相の日蓮大聖人様のそのままの御姿が南無妙法蓮華経の当体です。

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この記事へのコメント

1. Posted by 一国民   2021年10月10日 01:36
>自分の中にある堤婆達多のように人を陥れようとする心に、南無妙法蓮華経の光を当てていくことにより、これらの命は消えていく

ご講義ありがとうございます。
以前博士は「仏法は引き算である」と教えられたことを思い出しました。

自分の心は何界か、反省することが、南無妙法蓮華経の光を当てるということではないかと思いました。
2. Posted by 大田   2021年10月10日 06:51
今日の講義拝読しました。

日蓮大聖人様の8万4千の経典は我が日誌であると教えて頂いて、日蓮大聖人様も私と同じ感情を持っておられるのだと、日蓮大聖人様が身近に感じたことを思い出します。

博士に教えて頂いて、釈迦仏法と日蓮大聖人様の仏法は違う事が分かります。

「善いも悪いも全て自分のやってきた事が今花開いている」この言葉は衝撃でした。

「仏道修行によって変えていく事が出来る」この言葉で私は救われた思いがしました。

博士 ありがとうございます。
さえ子先生 ありがとうございます。
3. Posted by うち   2021年10月10日 08:51
中杉博士、無量義一法の御講義をありがとうございます。

自分の中にある悪しき心に南無妙法蓮華経の光を当てることにより、これらの命が消えていくようして、自分の中の仏界を開けるよう、仏道修行をしてまいります。

南無妙法蓮華経とは蓮華の法、因果俱時不思議の一法であること、自我=南無、妙法=生死、蓮華=因果俱時、経=教え、であることを信受いたします。

凡夫相の日蓮大聖人様のそのままの御姿が南無妙法蓮華経の当体であることを信受いたします。
4. Posted by 青山   2021年10月10日 11:58
5 本日も御講義有難うございます

六道、四悪道に陥らないよう南無妙法蓮華経の光をあてて仏道修行に励んでいく事が大事であると思いました
5. Posted by 会員   2021年10月10日 13:18
〉自己の仏界を開くことが真実の自己実現であり、仏道修行とは修行因果に変えていくこと

善悪不二ということが分かれば大分仏教がわかったということなのかなとも思いました。(私はまだまだであります・・)人生に虚無感を感じてしまう日々でありますが、業行の因果をくるくる回っている、そういう事なのかとも思いました。南無妙法蓮華経は中道の異名である事、正しい仏教修行を目指して行きたいと思います。
6. Posted by Vega   2021年10月10日 16:45
>人間は、未来に対する種まきを毎日しているのです。明日は種をまき、明後日は種を刈り取るのです。種が因で、刈り取ることが果です。因果・因果と毎日自分でまいた種を刈り取っていくのが人生です。この因果から妙法がでてきます

良い種まきをしていきたいと思います。
7. Posted by 愛子   2021年10月10日 19:13
中杉博士、本日もご講義有難うございます。

>日蓮大聖人様は、中道を明らかにされました
南無妙法蓮華経は、中道の異名
自己の中の仏界を開くことが真実の自己実現
仏道修行とは修行因果に変えていく

>人間は、未来に対する種まきを毎日している
明日は種をまき、明後日は種を刈り取る
種が因で、刈り取ることが果
因果・因果と毎日自分でまいた種を刈り取っていくのが人生

有難いことに、私達は博士より正法を教えて頂き、コメント投稿など「良い種まき」が出来ていますが、無信仰、邪教であると、当然ながら「良い種まき」が出来ず、宿命や境涯が変わることがありません。

学会は選挙活動、大石寺法華講では「板本尊を拝むことが正しい」と洗脳され、毎日選挙活動や板本尊を拝んでいると、自分たちは仏道修行と思っていても、「修行因果に変えていくこと」ではないため、その邪教により「まいた種を刈り取った」結果、樋田のような我慢偏執、無慈悲、寺に養われる寺男になってしまうのです。

樋田のような無慈悲、我慢偏執は、まったく大聖人様の御心に近づくどころか正反対、「何が間違っていて何が正しいのか」、「区別と差別の違い」が正しく判断できれば、このようにはなりません。

博士より正しく学んでいきましょう!

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