2021年12月02日

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経薬草喩品第五』について 16

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※ 雨は一つだけれども、一つの雨が様々な草木を助けるのです。それで生い茂るのです。雨は一つです。

人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経薬草喩品第五』について 16

 「其の雨普等(ふとう)にして 四方に倶(とも)に下り」
 その雨が降り、四方に下がり地面が潤い
 「流澍(るじゅ)すること無量にして 率土(そつど)充ち洽(うるお)う」
 恩恵を与える雨は無量にして、国土の果まで満ちてうるおいます。
 「山川険谷 幽邃(ゆずい)に生(お)いたる所の」
 山川谷にものしずかに茂っている所の
 「卉木(きもく」薬草 大小の諸樹(しょじゅ)」
 卉木、薬草の大小の諸々の樹
 「百穀苗稼(みょうけ) 甘蔗(かんじゃ)葡萄」
 百穀、いねの苗(なえ)、いね、サトウキビ、葡萄
 「雨の潤す所 豊かに足らざること無し」
 雨の潤す所は砂漠でも豊かになってしまいます。
 「乾地(かんじ)普く洽い 薬木並に茂り」
 砂漠が普く潤って、薬木に並び茂り
 「其の雲より出ずる所の 一味の水に」
 その雲より出る所の一味の水に
 「草木叢林(ぞうりん) 分に随って潤を受く」
 草木叢林、分に従って潤いを受けたのです。結局は水の恵みです。
 「一切の諸樹 上中下等しく」
 一切の諸々の樹が、上中下を等しく
 「其の大小に称(かな)って 各生長(しょうじょう)することを得」
 その大小にかなって、各成長することを得る。
 「根茎枝葉(こんきょうしよう) 華果(けか)光色(こうしき)」
 根茎枝葉 華果光色。根っこも薬草になります。茎も、枝も、葉っぱも薬草になるのです。花も果物も光も色も潤うのです。
 「一雨の及ぼす所 皆鮮沢(せんたく)することを得」
 たった一雨の及ぼす所は、皆潤ってしまうのです。その原因は、ただ一つの雨が降ったということです。雨がなければ日照りになり、草木は枯れてしまいます。雨が降って大地を潤すとあらゆる作物が出来てきます。
 「其の体相(たいそう) 性(しょう)の大小に分れたるが如く」
 その姿形は、生まれつきそなわっている性質の大小に別れたるが如くです。
 「潤す所是れ一なれども 而も各滋茂(しむ)するが如し」
 雨は一つだけれども、一つの雨が様々な草木を助けるのです。それで生い茂るのです。雨は一つです。
 「仏も亦是の如し 世に出現すること」
 仏もまた是の如しです。仏が世に出現するのです。仏が説く一番大事な法は、妙法蓮華経ですから、この教えを説くために、世に出現するのです。
仏はなかなか世に出てきません。暗雲が立ち込めているからです。仏が世の中に出てくる時には、瑞相が現れてくるのです。仏は瑞相と共に現れてくるのです。
 「譬えば大雲の 普く一切に覆うが如し」
 譬えば大雲の普く一切に覆うが如しです。
 「既に世に出でぬれば 諸の衆生の為に」
 仏がすでに世に出てきたのは、諸々の衆生のためです。
 「諸法の実を 分別し演説す」
 仏は何を説くのかというと、諸法の実を分別して演説するのです。仏様の一番有難い教えが、妙法蓮華経です。この実を分別して衆生に演説するのです。
「世の中の人々をどのように救うのか?」ということを考えて、一切衆生を救うのです。仏から見ると衆生とは、人間だけではありません。豚、牛、馬、猿、羊、魚も衆生です。
悪人も衆生です。「あそこに犬がいて、あそこに悪人がいる」と、仏は思いません。両方共に衆生です。ただし、犬は仏の説法が聞けない衆生です。豚は「ブーブーブー」と鳴いている衆生です。法を求めて「お釈迦様、説法をしてください」というのも衆生です。
我々もそのように見ていけばよいのです。世の中の人々は畜生ばかりです。人間の顔をしていても、中身は畜生です。そのような人間は大勢います。人間のほとんどは畜生です。「だましてやろう、蹴落としてやる、ぶっ殺してやる、かっぱらってやる」というのは、畜生の所行です。
中国は、ウイグル人を強制収容所に入れて、ウイグル人から臓器を収奪して、臓器ビジネスをしているのです。ウイグルを盗り、チベットを盗り、モンゴルを盗り、それでも足らなくて日本を盗ろうとしているのです。中国はドロボウです。用意周到に作戦を立てて日本を盗ろうとしているのです。
それを忘れてしまうと日本人は「中国は良い国だ」と言うのです。バカなのです。そのような民族の違い、人間の違いを勉強していかなければいけません。畜生も衆生です。日本人は「中国人も同じ人間だ」と思ってしまうのです。それは衆生が違うのです。
中国で生まれた衆生は、日本の衆生とは全然違うものです。そのように見ていくのです。人間は皆一緒ではありません。それがわからないのです。凡夫は「人間は平等で、豚とは違う」と思っています。答えは、人間と豚の違いはありません。同じ衆生です。仏様はそのように見ているのです。
「あそこに首の長い衆生がいるな」と見ているのです。それはキリンです。「獰猛な目つきをしている衆生がいるな」と思うと、それはゴリラです。仏は衆生を一体で考えているのです。歩いている姿が人間でもヤクザは獣です。「良いヤクザ」などはいません。そのような見方をしていれば間違いありません。仏様から見ると生きている生命は、みんな衆生です。(17に続く)


『妙法蓮華経薬草喩品第五』
其の雨普等(ふとう)にして 四方に倶(とも)に下り
流澍(るじゅ)すること無量にして 率土(そつど)充ち洽(うるお)う
山川険谷 幽邃(ゆうすい)に生いたる所の
卉木(きもく」薬草 大小の諸樹(しょじゅ)
百穀苗稼(みょうけ) 甘蔗(かんじゃ)葡萄
雨の潤す所 豊かに足らざること無し
乾地(かんじ)普く洽い 薬木並に茂り
其の雲より出ずる所の 一味の水に
草木叢林(ぞうりん) 分に随って潤を受く
一切の諸樹 上中下等しく
其の大小に称(かな)って 各生長(しょうじょう)することを得
根茎枝葉(こんきょうしよう) 華果(けか)光色(こうしき)
一雨の及ぼす所 皆鮮沢(せんたく)することを得
其の体相(たいそう) 性(しょう)の大小に分れたるが如く
潤す所是れ一なれども 而も各滋茂(しむ)するが如し
仏も亦是の如し 世に出現すること
譬えば大雲の 普く一切に覆うが如し
既に世に出でぬれば 諸の衆生の為に
諸法の実を 分別し演説す


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この記事へのコメント

1. Posted by 青山   2021年12月02日 08:56
5 御講義有難うございます

 「一雨の及ぼす所 皆鮮沢(せんたく)することを得」
 たった一雨の及ぼす所は、皆潤ってしまうのです。

一雨が生命の根源である妙法で、世界の衆生を皆潤してくれるという事なのでわないかと感じました。衆生といっても人間や動物など様々な衆生がいるので、その衆生を救っていくのが日蓮大聖人様の仏教である南無妙法蓮華経であると思いました。
2. Posted by 大田   2021年12月02日 11:40
今日の講義拝読しました。

雨は一つです。その一つが草木を潤すのです。雨は平等です。でも雨を受け取る草木は皆それぞれに違います。

仏様の御教えもまた同じです。
仏様が衆生を救うために説法をされても、受け取る衆生に問題があるのです。四悪道では妙法蓮華経は分かりません。また習う事も出来ません。六道輪廻を繰返すのです。

博士の講義を受講できる私達は仏に成るのです。

仏様から見たら命は皆同じです。でも個々に皆違います。精進していきます。

総別の二義の講義を思い出しました。

博士 ありがとうございます。
さえ子先生 ありがとうございます。
3. Posted by ドバコくん   2021年12月02日 12:55
・「 たった一雨の及ぼす所は、皆潤ってしまうのです。その原因は、ただ一つの雨が降ったということです」
・「 雨は一つだけれども、一つの雨が様々な草木を助けるのです。それで生い茂るのです。雨は一つです」
この教えがとても心に残りました。
一雨のありがたさに気付かず、自分が畜生界にいることにも気付かず生死生死をくり返すのは残念なことだと思いました。

・「仏様の一番有難い教えが、妙法蓮華経です。この実を分別して衆生に演説するのです。」
衆生それぞれに妙法蓮華経を分別して教えていただけるのは有り難いことだと思いました。
4. Posted by believer   2021年12月02日 14:20
5 御講義ありがとうございます。

「世の中の人々は畜生ばかり」

「正理会の南無妙法蓮華経のみ正しく、大聖人の血脈がある」と教えられて正しく正理を貫いた人以外皆畜生なのだと思います。

5. Posted by 主任教授 さえこ   2021年12月02日 15:40
5 今日の講義「人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経薬草喩品第五』について 16」拝読しました。

>「一雨の及ぼす所 皆鮮沢(せんたく)することを得」

人雨が降ると、全ての生命が潤うのです。
それは仏も同じです。

>世の中の人々は畜生ばかりです。人間の顔をしていても、中身は畜生です。そのような人間は大勢います。

仏は全ての生命を衆生と見ています。
人間も豚も衆生です。
人間の中でも利口もいればバカもいます。真面目な人もいれば、ドロボウもいます。

生まれた生命は全て違います。
その違いを学ばないと、創価学会のように悪しき平等論になってしまうのです。

正理会の皆さんは、「総別の二義」を習いましたね。
総別で考えていくのです。
「総じて言うと、人間は全て同じです。
別して言うと、日本人と朝鮮人と中国人は違います。」
違って当たり前です。

中杉博士より、本物の仏教を学ぶと頭がよくなり、迷うことはありません。
迷うのは無明だからです。

精進していきましょう。


6. Posted by Vega   2021年12月02日 18:45
いつもご講義有難うございます。

かつて、ある学会員が「私は何十年もお題目を唱えている!」と威張っていましたが、邪教に何十年いても自慢になるどころか、博士のように正しい教えがないのですから、ますます馬鹿、無明になってしまうのであり、その人は現在、行方不明です。
7. Posted by 弥生   2021年12月02日 19:09
>5
中杉博士より、本物の仏教を学ぶと頭がよくなり、迷うことはありません。
迷うのは無明だから

大変有難いことです。
学会では選挙奴隷に、大石寺では板本尊奴隷にされ、博士の教えられる「何が間違っていて、何が正しいのか」分からなくなります。
8. Posted by 弥生   2021年12月02日 19:20
>そのような民族の違い、人間の違いを勉強していかなければいけません。

日本人は「中国人も同じ人間だ」と思ってしまうのです。それは衆生が違う

コアラやコウモリばかりでなく、人間も食べる人々とは、全く同じではありません!
9. Posted by 愛子   2021年12月02日 19:34
中杉博士、本日もご講義有難うございます。

>それを忘れてしまうと日本人は「中国は良い国だ」と言う
そのような民族の違い、人間の違いを勉強していかなければいけません。
日本人は「中国人も同じ人間だ」と思ってしまうのです。それは衆生が違う

以前より博士は「総別の二義」、「区別と差別の違い」について教えられ、「総じて」見れば、動物も人間も同じ生命、生命には全て仏性があると言えますが、「別して」見れば、仏道修行できない動物は、仏性があるといっても開くことはできませんが、だからといって粗末に扱ってはならないのです。

区別と差別の違い、「妻は夫の奴隷、殴ってしつける」という朝鮮の民族性を知らないばかりに、ある学会員のように「民族差別はいけない」と娘を朝鮮人と結婚させてしまい、娘は毎日殴られることになってしまうのです。

このことを知ると知らないのでは、まさに人間と動物ほどの違いがあらわれ、学会員は池田に洗脳され、迷妄がますます深まり、何も正しく見ることが
出来なくなってしまいます。

博士より正しく学んでいきましょう!
10. Posted by うち   2021年12月02日 20:09
中杉博士、御講義をありがとうございます。

> 人間は皆一緒ではありません。

仕事場や日常で接する人達を見て、善人か悪人かの区別が何となく出来るようになってきました。これも、中杉博士の御講義を拝聴し続けてきたお陰です。ありがとうございます。

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さえこ先生、御釈をありがとうございます。

> 中杉博士より、本物の仏教を学ぶと頭がよくなり、迷うことはありません。

他の学問や意見に接しても、「ここは違う」「ここは的を得ている」など、何となく分かるようになってきました。これからも精進してまいります。
11. Posted by 会員   2021年12月03日 02:45
"総別の二義少しも相そむけば成仏思ひもよらず・・"と大聖人の御書にもありますが、今日のブログを通じ総別の二義という事を考えて行きたいと思いました。
12. Posted by 主任教授 さえこ   2021年12月03日 09:45
5 ドバコくんへ

>衆生それぞれに妙法蓮華経を分別して教えていただけるのは有り難いことだと思いました。

中杉博士の講義の大事な所がわかってきています。
そうなのです。
仏は分別して法を説いているのです。

それがわかると、仏の説法は全て、妙法蓮華経の一法に導くための説法だとわかってきます。
有難いことですね。

仏様に出会って、仏道修行をする私達は、大安心です。

精進していきましょう。

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