2022年05月21日

開目抄 (6) 伝教大師の勝利

220
※最澄(さいちょう766年〈天平神護2年〉もしくは767年〈神護景雲元年〉 - 822年〈弘仁13年〉)は、平安時代初期の日本の仏教僧。日本の天台宗の開祖であり、伝教大師(でんぎょうだいし)として広く知られる。近江国(現在の滋賀県)滋賀郡古市郷(現:大津市)もしくは生源寺(現:大津市坂本)の地に生れ、俗名は三津首広野(みつのおびとひろの)。唐(中国)に渡って仏教を学び、帰国後、比叡山延暦寺を建てて日本における天台宗を開いた。

開目抄 (6) 伝教大師の勝利

[本文]
仏教又かくのごとし、後漢の永平に漢土に仏法わたりて邪典やぶれて内典立つ、内典に南三・北七の異執をこ りて蘭菊なりしかども陳隋の智者大師にうちやぶられて仏法二び群類をすくう、其の後・法相宗・真言宗・天竺よりわたり華厳宗又出来せり、此等の宗宗の中に法相宗は一向・天台宗に敵を成す宗・法門水火なり、しかれども玄奘三蔵・慈恩大師・委細に天台の御釈を見ける程に自宗の邪見ひるがへるかのゆへに自宗をば・すてねども其の心天台に帰伏すと見へたり、華厳宗と真言宗とは本は権経・権宗なり善無畏三蔵・金剛智三蔵・天台の一念三千の義を盗みとつて自宗の肝心とし其の上に印と真言とを加て超過の心ををこす、其の子細をしらぬ学者等は天竺より大日経に一念三千の法門ありけりと・うちをもう、華厳宗は澄観が時・華厳経の心如工画師の文に天台の一念三千の法門を偸み入れたり、人これをしこれをしらず。

[講義]
後漢の永平年間、漢土に仏法がインドより伝来し、仏法は老荘思想と激しくぶつかったのです。生命の永遠と因果の法を説く仏法には及びもつかず、邪典は完璧に敗れました。その後、仏法は学派ができて、いろいろの主張をするものが現れて、それを天台大師が法華玄義で整理され南(江南)に三師、北(河北)に七師ありとされたのです。これが南三・北七ということです。このように仏法も、異論異論で咲き乱れていましたが、天台大師によりすべて打ち破られ法華第一となったのです。
 このあとで法相宗・真言宗は、天竺(インド)よりわたり、華厳宗ができました。此等の諸宗の中に法相宗がとくに、天台宗に敵対する宗であり、その法門は水火ほどの違いがあります。しかれども玄奘三蔵(602年―664年、法相宗の開祖(「大唐西域記」俗に孫悟空の西遊記で有名)・慈恩大師(法相宗の僧、事実上の開祖)は、くわしく天台の解釈を見るほどに、自宗の邪見に気がついたのですが、いきさつ上、自宗を捨てることができず、心の中では「天台の説が正しい」と思っていたのです。
 華厳宗と真言宗とは法華経の実教とは異なり、権経(かりの教え)・権宗(かりのしゅう)なのです。善無畏三蔵(637年―735年、インド生まれ 唐の玄宗皇帝に国師として招かれる、真言宗の祖)・金剛智(671年―741年)三蔵は天台の一念三千の義を盗みとって自宗の肝心とし、其の上に印と真言とを加て超過(俺の法が勝れている)して、慢心を起したのです。その子細をしらぬ学者は、天竺より大日経に一念三千の法門があると思ってしまったのです。華厳宗は澄観(738年―839年)の時、華厳経の心如工画師(心はたくみなる絵師のごとし)の文に天台の一念三千の法門を偸み入れたのです。人これを知らないのです。

[本文]
日本・我朝には華厳等の六宗・天台・真言・已前にわたりけり、華厳・三論・法相・諍論水火なりけり、伝教大師・此の国にいでて六宗の邪見をやぶるのみならず真言宗が天台の法華経の理を盗み取て自宗の極とする事あらはれ・をはんぬ、伝教大師・宗宗の人師の異執をすてて専ら経文を前として責めさせ給しかば六宗の高徳・八人・十二人・十四人・三百余人・並に弘法大師等せめをとされて日本国・一人もなく天台宗に帰伏し南都・東寺・日本一州の山寺・皆叡山の末寺となりぬ、又漢土の諸宗の元祖の天台に帰伏して謗法の失を・まぬかれたる事もあらはれぬ、又其の後やうやく世をとろへ人の智あさく・なるほどに天台の深義は習うしないぬ、他宗の執心は強盛になるほどにやうやく六宗・七宗に天台宗をとされて・よわりゆくかの・ゆへに結句は六宗・七宗等にもをよばず、いうにかいなき禅宗・浄土宗にをとされて始めは檀那やうやくかの邪宗にうつる、結句は天台宗の碩徳と仰がる人人みな・をちゆきて彼の邪宗をたすく、さるほどに六宗・八宗の田畠・所領みなたをされ正法失せはてぬ天照太神・正八幡・山王等・諸の守護の諸大善神も法味を・なめざるか国中を去り給うかの故に悪鬼・便を得て国すでに破れなんとす。此に予愚見をもつて前四十余年と後八年との相違をかんがへみるに其の相違多しといえども先ず世間の学者も ゆるし我が身にも・さもやと・うちをぼうる事は二乗作仏・久遠実成なるべし、法華経の現文を拝見するに舎利弗は華光如来・迦葉は光明如来・須菩提は名相如来・迦旃延は閻浮那提金光如来・目連は多摩羅跋栴檀香仏・富楼那は法明如来・阿難は山海慧自在通王仏・羅〓羅は蹈七宝華如来・五百七百は普明如来・学無学二千人は宝相如来・摩訶波闍波提比丘尼・耶輸多羅比丘尼等は一切衆生喜見如来・具足千万光相如来等なり、此等の人人は法華経を拝見したてまつるには尊きやうなれども爾前の経経を披見の時はけをさむる事どもをほし、其の故は仏世尊は実語の人なり故に聖人・大人と号す、外典・外道の中の賢人・聖人・天仙なんど申すは実語につけたる名なるべし此等の人人に勝れて第一なる故に世尊をば大人とは・申すぞかし、此の大人「唯以一大事因縁故・出現於世」となのらせ給いて「未だ真実を顕さず・世尊は法久しうして後・要ず当に真実を説くべし・正直に方便を捨て」等云云、多宝仏・証明を加え分身・舌を出す等は舎利弗が未来の華光如来・迦葉が光明如来等の説をば誰の人か疑網をなすべき。

[講義]
我が日本国に於いては、華厳宗・律宗・成実宗・倶舎宗・三論宗・法相宗の六宗が天台・真言・以前に渡ってきました。これがいわゆる奈良仏教です。 華厳・三論・法相、それぞれに水火の違いがあります。
三論宗は、一切の存在を仮とみて、非有非無の空(くう)ととらえ、法相宗は、一切の存在は識によるもので最終の識を阿頼耶識(あらやしき)というとあります。華厳宗は、全世界はビルシャナ仏の顕現ととらえ、成実宗の教義は、一切は苦諦・集諦・滅諦・道諦であるといい、倶舎宗は、説一切有部と言い、一切の物は存在するというものです。
伝教大師がこの国に出現して、六宗(倶舎・成実・律・三論・法相・華厳:東大寺・西大寺・法隆寺・元興寺・興福寺・薬師寺)の邪見を破ったのみならず、真言宗が天台の教義を盗みとって自宗の極意としていることを明らかにされました。伝教大師は、諸宗の人師の異就を捨てて専ら経文を先にし、仏教の正義を明らかにしなさいと、責めたので六宗の高徳・八人・十二人・十四人・三百余人・並に弘法大師まで責めおとされて日本国、一人も、もれなく天台宗に帰伏し南都・東寺・日本一州の山寺・皆、叡山の末寺となりました。
また漢土に於いては、諸宗の元祖もみな天台に帰服していることも明らかにされました。その後、世が衰えて仏教が衰退し天台の深い義も失われていったのです。そうなると天台に責め落とされたのも忘れ、自宗に執着が始まったのです。他宗の執心は強盛になるほどに、ようやく六宗・七宗に天台宗までもが、とるにたらない禅宗・浄土宗におとされて、始めは弱かった檀那もようやくこの禅・念仏に移ったのです。
結句は天台宗の碩徳(高僧)と仰がる人々が皆、堕ちてて彼の邪宗(念仏・禅)をたすける結句となり、天台宗の碩徳(高僧)と仰がる人々みな・堕ちて彼の邪宗をたすくる結果になったのです。さるほどに六宗・八宗の持っていた田畠・所領は皆取られて正法も無くなってしまったのです。
天照太神・正八幡・山王等・諸の守護の諸大善神も正法の法味を、なめられないのでこの国を去ってしまい、故に悪鬼がたよりを得て災難・災いが起き、国すでに破れようとしているのです。
ここに日蓮大聖人としての意見をのべるならば、釈尊の法華経以前の四十余年の説と法華経を説かれた八年との相違を考えてみると、其の相違多しと言へども先ず世間の学者も納得し、我が身も納得する事は、二乗作仏(声聞・縁覚の成仏)・久遠実成(釈尊はインドで生まれて仏陀になったのではない)ということです。
法華経を拝見してみるに舎利弗は華光如来・迦葉は光明如来・須菩提は名相如来、迦旃延は閻浮那提金光如来、目連は多摩羅跋栴檀香仏、富楼那は法明如来、阿難は山海慧自在通王仏、羅睺羅は蹈七宝華如来、五百七百は普明如来、学無学二千人は宝相如来、摩訶波闍波提比丘尼、耶輸多羅比丘尼等は一切衆生喜見如来、具足千万光相如来等となっています。
 此等の人人は法華経を拝見したてまつるには尊きようですが、爾前の経経を見たときには疑問をはさむことが多かったのです。其の訳は仏世尊は実語の人なので聖人・大人というのですが、外典・外道の中の賢人・聖人・天仙などと言うのは、ほんとうは実語につけたる名なので遣ってもらいたくないのですす。
これ等の人々に勝れて第一なる故に世尊をば大人と云うのです。此の大人は「唯以一大事因縁故・出現於世」なので「未だ真実を顕さず・世尊は法久しうして後・要ず当に真実を説くべし・正直に方便を捨て」等あります。多宝仏が証明を加え分身・舌を出す等は舎利弗が未来の華光如来・迦葉が光明如来等の説をば誰の人か疑問をもつでしょう。


★★★事務局よりお知らせ★★★

アメーバブログで、「中杉 弘の徒然日記」
好評連載中です!!
     ↓
http://ameblo.jp/nakasugi-hiroshi


人気blogランキング、よろしくね!
  ↓↓↓


         コメントは、ここにお書きください↓↓↓

nakasugi_h at 00:00│Comments(8)clip!


この記事へのコメント

1. Posted by ドバコくん   2022年05月21日 07:45
・「伝教大師は、諸宗の人師の異就を捨てて専ら経文を先にし、仏教の正義を明らかにしなさいと、責めたので」

法華経で説かれているものは何か、を追い求めていくことが仏法の正しい信仰だと思いました。

2. Posted by 大田   2022年05月21日 11:33
今日のご講義拝読しました。

仏教徒と言いますが、仏壇のお水を変えてお花の捧げご飯をお供えして、そんな事をやっている人も少なく、お経を上げている人はもっと少なく、先祖の位牌にご挨拶ぐらいが関の山、と言ったところでしょうか。

後はお寺との関係を保っているだけと言う人が殆どではないかと思います。仏教徒ですといってもこんな所ではないでしょうか。

だから仏教の正邪善悪を知ろうなんて思う人も無く、お寺の催し物も目を見張るような御祈祷とか、霊魂の話とか霊界の話とかは興味をもって聞くのですが、そうでない話になると中座する人が出てくるのです。

そして自分は死んだら幸せになると思っているのです。

だから真言宗、法相宗、華厳宗の開祖が法華経の良いとこ取りをしてそれぞれの教義に書き足したなど思う人もいません。

私は、日蓮大聖人様の南無妙法蓮華経を教えて頂き、命の法則を教えて頂き、私達も成仏すると教えて頂いて正しく仏道修行をすることができるのです。
博士のお蔭です。

博士 ありがとうございます。
さえ子先生 ありがとうございます。
3. Posted by 大田   2022年05月21日 11:37
2>2行目
訂お花の捧げ 

正お花を捧げ

訂正します。ごめんなさい
4. Posted by うち   2022年05月21日 20:26
中杉博士、御講義をありがとうございます。

> 天台の一念三千の義を盗みとって自宗の肝心とし

成仏という目的を手離した人々は、自宗を守ることが目的になってしまうのだと思いました。

> 異論異論で咲き乱れていましたが、天台大師によりすべて打ち破られ法華第一となったのです。
> 伝教大師がこの国に出現して、六宗の邪見を破ったのみならず、真言宗が天台の教義を盗みとって自宗の極意としていることを明らかにされました。

偽の仏教と真の仏教を明らかにしてくださった天台大師、伝教大師に感謝いたします。
5. Posted by believer   2022年05月21日 23:38
5 御講義ありがとうございます。

「天照太神・正八幡・山王等・諸の守護の諸大善神も正法の法味を、なめられないのでこの国を去ってしまい、故に悪鬼がたよりを得て災難・災いが起き、国すでに破れようとしているのです。」

全ての出来事に原因あり、個人の不幸も自らが招いたものであり、いかに正法を正しく修行しなくてはならないかがわかります。
6. Posted by 会員   2022年05月22日 09:30
(現在の)比叡山延暦寺は、朝題目、夕念仏、そしてやっている事は真言密教であるという事を聞きましたが、もはや天台宗ではないと思います。改宗は不可能であるようにも感じます。歴史というのは根深いものであるだなと思いました。
7. Posted by マリー   2022年05月22日 14:36
伝教大師がこの国に出現して、六宗(倶舎・成実・律・三論・法相・華厳:東大寺・西大寺・法隆寺・元興寺・興福寺・薬師寺)の邪見を破ったのみならず、真言宗が天台の教義を盗みとって自宗の極意としていることを明らかにされました

真言宗は天台の教義を盗み取る事を明らかにしたのですね。教義を盗み取るって信じられないです。
8. Posted by 青山   2022年05月23日 11:55
5 御講義有難うございます

仏法は学派ができて、いろいろの主張をするものが現れて、それを天台大師が法華玄義で整理された。仏教を理解するためには法華玄義を学ぶことが重要であると思いました。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔