2024年04月19日

法華経と量子力学 24

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※パラレルワールド(Parallel universe, Parallel world)とは、ある世界(時空)から分岐して、それに並行して存在する別の世界(時空)を指します。並行世界、並行宇宙、並行時空とも言われています。

法華経と量子力学 24

 「くろ丸」というユーチューバーがいます。「僕は死ぬことが怖い」という話をしています。優れた青年ですが、「死ぬのが怖い」と言っていました。
 量子力学では、パラレルワールドがあると言われています。例えば、コンピューターゲームがあります。コンピューターゲームの中に主人公の世界がでてきます。もう一人がコンピューターゲームをすると、次の主人公がでてきます。それをパラレルワールドと言っているのです。
 皆、気が付いていませんが、人間というものは一つです。コンピューターゲームでは、一人の人間が対戦相手と戦って、死ぬとゲームは終わりです。コンピューターゲームは、主人公が負けるか、勝つかです。勝った人間は生き残り、負けた人間は死ぬのです。これは、人生を表しているのです。
 主人公が死ぬと、次のゲームをスタートするのです。そこでもまた勝敗がついてしまうのです。そのようなことを考えていくと、リアルな人生そのものが、コンピューターゲームと同じです。
 量子の世界から考えていくと、「どうもそうらしい」ということがわかってきたのです。我々がコンピューターゲームをやって勝敗がつき、一つのゲームが終わります。人生も同じようなものです。
 この大宇宙には、何も実体はありません。貴方が見ている人生などありません。地球に70億人の人間がいれば、70億人の人生があります。どうして人間は、自分の人生が見えるのでしょうか? それは、目があるから見えるのです。耳があるから聞こえて、口があるから食べることができるのです。
 そのように見ていくと「食べる側」と、「食べられる側」があります。「見ているもの」と、「見られているもの」があります。それを人生だと錯覚しているのです。
 恐ろしいことになってきました。この世界には、何もありません。目というものは、バーチャル世界を見る鍵なのです。貴方の目は、一つの仮想現実を作り上げているのですが、こんな現実はどこにもありません。自分の目を通してみると、自分の人生に見えるのです。
 ということは、「人生とは幻想だ」ということです。「私は、自分の目で見て、耳で聞いたのよ。だから、間違いないのよ。だからこれが私の人生よ」と思うのですが、真実は何もありません。
 何もない中で目をつくり、耳をつくり、鼻をつくり、口をつくり、皮膚をつくり、外界と自分を分けているのです。もともと一つのものなのに、外界から切り取って、「自分」というものを創り出しているのです。
 人生とは、外界から切り離した目が見ている世界です。だから、それは幻想です。それを考えると、くろ丸君は、「恐ろしいな」と言っているのです。幻想という意味がわかるでしょうか?
 この世界は、自分が見ている人生です。それしかありません。この世界には、パラレルワールドがあり、同時進行だというのです。
パラレルワールド(Parallel universe, Parallel world)とは、ある世界(時空)から分岐して、それに並行して存在する別の世界(時空)を指します。並行世界、並行宇宙、並行時空とも言われています。
そして、「異世界」、「魔界」、「四次元世界」などとは違い、パラレルワールドは我々の宇宙と同一の次元を持ち、理論物理学の世界でも、その存在の可能性について語られています。
 わかりやすく言うと、「この現実とは別に、もう1つの現実が存在する」ということです。貴方がいる世界の他には、異次元世界があるのです。これをパラレルワールドといいます。
 人間が死ぬと、「横並びの世界のどこに行きますか?」ということです。「私は、格闘技を極めたいので、修羅の星に行きます」と言うと、パッとその世界におくられてしまうのです。「人間は、生死を無限に繰り返しているのではないか?」ということです。
 本当は、生命は一人ですが、一人とも言えないのです。何もありません。何もないのに欲望があって目ができてくるのです。目というものは、自分と外界を区別するためにあるのです。
 目で見て「これは私、あれは他人」と区別をするのです。目で見て、「これは自分ではないもの」と、識別していくのです。すると、世界が生まれてくるのです。何もなければ世界はでてきません。「何もない」で終わってしまうのです。ところが、何もないわけではありません。有るのです。それを依法、正報といいます。
依報とは、過去の行為(=業(ごう))の報いとして受ける、身の依(よ)りどころとしての国土、家、衣食などの環境です。
正報とは、過去世で行った善悪の行為の報いとして受ける、衆生の身心です。依正があるから、世界が見えるのです。
 それと「同時進行で別の自分が存在する」ということが、パラレルワールドが教えているところです。その世界で見ていくと、人生は一つです。人生だけではなく、生命は一つです。
 AさんとBさんは、違う人生を歩んでいるように見えますが、それはそれだけの話です。そんなものはすぐに消えてしまうのです。すると、「次は、どこにいこうかな?」ということです。
 それをくろ丸君は、怖がっているのです。「次は何になろうかな?」と思って、次の生命が決まるのです。修羅界の世界に生まれてしまったら、大変です。生まれた所は、ミサイルで破壊されてガレキの山です。「こんなところに生まれるはずじゃなかった」と思っても、遅いのです。
 その生き方が魅力的に思うと、その世界に入ってしまうのです。それは、仏教の世界観に近いのですが、近いだけであって仏教ではありません。(25に続く)


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この記事へのコメント

1. Posted by 会員   2024年04月19日 02:01
(思春期になると)よく自我の確立などという言葉をよく耳にしますが仏教の教えは諸法無我てあり、自我を確立するなど有り得ない事であります。しかし、転じて考えてみると(自我の確立とは)自我掲の自我得仏来にあやかった言葉でもあるような感じも致します。真の仏教を求めよ、ということなのかもしれません。
2. Posted by 会員   2024年04月19日 02:06
すみません、昨日のコメント蘭ヘの入れ間違いです。
3. Posted by 大田   2024年04月19日 10:38
今日のご講義拝読しました。

この生を終えて、次の生が分からないから怖いのです。
死は誰も知らない訳の分からない暗闇の世界だというイメージがあります。

でも人間の探求のご講義で、「三世はかわらぬですから、今とあまり変わらない世界にまた生を受けるのです」と教えて頂きました。
「もっと言うと夜おやすみと言って、朝おはようと言うようなものです」と教えて頂きました。
また「役者が舞台を終えて楽屋に戻ってくるようなものです。」

博士の下で仏道修行をしていれば心配はいらないのです。来世でもまた博士の下で仏道修行に励んでいるのだと思います。楽しみです。

復遇中杉博士、さえ子先生だと思います。

博士 ありがとうございます。
さえ子先生 ありがとうございます。
4. Posted by トワ   2024年04月19日 11:18
講義をしていただき、いつもありがとうございます。

依報とは、過去の行為(=業(ごう))の報いとして受ける、身の依(よ)りどころとしての国土、家、衣食などの環境です。

 依報の業の報いとして貧乏で、ままならない衣食をして来たけれども、過去のことを深く反省して,業の報い変えて生けるように念じて、仏教の教えを信仰してまいります。

正報とは、過去世で行った善悪の行為の報いとして受ける、衆生の身心です。

 過去世で行った行為で病気になり、大病も致しました。表面意識には記億は無いけれど、無意識の中に記憶として残っていたのです。

依正があるから、世界が見えるのです。
 
 過去も現在も未来もつながっていて、同時に進行して居るのですから、仏界に行けるのだと想います。
 依正に捕らわれ無いで、自在に生命をより良く創造して、行けるように願って行きます。
 時間は無く瞬間しかないのですから、過去にも未来にも行けるのです。(タイムマシンで行くのはまだ先の話しですが、幽体を離脱して行くのは可能かと思います?。)
 
5. Posted by M   2024年04月19日 14:12
来世もまた、博士や皆様と出会いたいです。
6. Posted by ドバコくん   2024年04月19日 17:30
・「人間が死ぬと、「横並びの世界のどこに行きますか?」ということです。「私は、格闘技を極めたいので、修羅の星に行きます」と言うと、パッとその世界におくられてしまうのです。「人間は、生死を無限に繰り返しているのではないか?」ということです」

因果は続いていくので、今世の仏道修行を大事にしていこうと思います。
7. Posted by 日本人   2024年04月19日 19:48
中杉先生のご著書は難しいですが、何度か繰り返し拝読すると、次第に頭に入ってきます。

「乱世を生きる・法華経と量子力学の智慧」、このようなご著書の書ける僧侶、仏教学者、教団会長などいないでしょう。
8. Posted by 地方会員   2024年04月19日 19:50
>1
>自我の確立などという言葉をよく耳にしますが仏教の教えは諸法無我
自我を確立するなど有り得ない

おっしゃる通りと思いました。
また逆に「真の仏教」が博士のように理解できない限り、自分とは何か、生命とは何か、分かりません。

9. Posted by 愛子   2024年04月19日 19:57
中杉博士、本日もご講義有難うございます。

>それをくろ丸君は、怖がっている
「次は何になろうかな?」と思って、次の生命が決まる
修羅界の世界に生まれてしまったら、大変

また来世も、博士、皆さんと共に同時代に生まれたいと思います。

私も入信当時は、「正しく悟られた博士の教えだから正しい」という程度でしたが、何度もブログ、ご著書を拝読、入信後1年、5年、10年と経過すると、「このような重要な事を教えて頂いていた」と驚きます。

「人間は信じる宗教により、神にも奴隷にもなる」(ご著書・日本人の使命)
「転倒した我々は、自分の生命だけを生命と深く思いこんでいるが、宇宙全てが心」(ご著書・信仰哲学入門)

まだの方は、是非お読み下さい!
10. Posted by believer   2024年04月19日 22:36
5 御講義ありがとうございます。

「この大宇宙には、何も実体はありません。貴方が見ている人生などありません。地球に70億人の人間がいれば、70億人の人生があります。」

色心不ニ、見ている世界は自分の世界、自分がつくっているのであり、いくら勉強しても信じられない世界であるから奥深いのであります。
11. Posted by 会員   2024年04月20日 12:01
「パラレルワールド」


少し難しいなと思いました。とにかく仏教に於いては依正不二更には、色心不二、境地冥合で生きる事が大事とされております。
12. Posted by マリー   2024年04月21日 12:26
それをくろ丸君は、怖がっているのです。「次は何になろうかな?」と思って、次の生命が決まるのです。修羅界の世界に生まれてしまったら、大変です。生まれた所は、ミサイルで破壊されてガレキの山です。「こんなところに生まれるはずじゃなかった」と思っても、遅いのです。

今世仏道修行していない人は生命が分からないですから死後の世界はとても怖いのではと思います。
13. Posted by 青山   2024年04月23日 09:36
5 御講義有難うございます

自分がいる世界以外の他の異次元世界を感じとっていくことも修行であると思いました

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