2021年05月04日

私の絵案内4 パラグアイ編

さて、前回の私の絵案内3にてご紹介した絵を一度ご覧ください。

左の方にFARMACIA(薬局)があって、真っ赤に塗られた建物がありますよね?
そちらを正面に見た絵が、私の新しい新作(当時の)。3作目です。こちら。
K-bina

絵タイトル:「K-bina」

K-bina(カビーナ)というのは、有人の電話ボックスみたいなもの。
内部には電話ボックスのように仕切られた小部屋がいくつかあって、
その中にはひとつずつ固定電話。
電話した後レジで話した分だけ支払うようになっているんです。

例えば言葉のわからない外国人旅行客でもとりあえず簡単に気軽に電話できるし、支払いも機械でなく人に払うだけだからてこずらない。すごくいいシステムだなって思って。気軽に国際電話もかけられたし、電話のかけ方がよくわからなくても助けてもらえるし、ともかく行けばどこかに電話が繋がるから安心、と私は思ってたな(2001年当時)。

知らない国でコインと格闘し、訳のわからない音声が流れる中押すべきボタンを押すのはハードル高いけど、これなら…!と思っていたの。まぁ当時私は携帯を持っていたけれど。

今はみんなスマホだから必要ないでしょうね。今もこのK-binaって存在するのかな??
当時ですら、貧しい家の子で固定電話がないような家でも、
思春期の子供は携帯を持ってたくらいだし。
今は全員スマホだろうなー。


K-binaの左隣りは私の友達、エメルソンとそのご家族(イタリア系の方々)の経営するピザやさん。右隣は薬局。上は元々大きなホテルだったんですって。エメルソン曰く。

エメルソンは、通りで絵を描いていた私に水のペットボトルを突然差し入れてくれたりして
知り合った友達なんだけど、イタリアからの移民で、見た目はイタリア人そのもの。

意識はパラグアイの現地人とはいろいろ違ったみたいで、
相当野心的であったなぁ。
ビジネスを回すことに意欲的で、いつも裏を知ってるギョーカイ人、みたいな印象だったな。

いくらでも無料で話せる魔法のテレフォンカードを持っていて、
なんと国際電話でもかけ放題。
今思うと、網の目をくぐっていたんだろうなー。
確か、外の電線に自分ちの電線を無断で繋げてタダで電気を盗んで生きてる人もざらだったし、まぁそうやってみなさん生きていたんで、みんなそういう能力に長けていたのかも。

当時の絵があり、日記もあるおかげで
パラグアイの日々はそのまま凍結したかのように今もいきいき残ってます。

続きも、お楽しみに‥!

2021年05月03日

私の絵案内3 パラグアイ編

2001年。南米パラグアイにて。

2年の絵の大スランプを乗り越え、
待ち望んでいた絶好調の絵を描き、
ついにスランプを脱した!と喜んだ奇跡のもつかの間…。

実はその後、また落ち込んでおりました。

まぐれだったんじゃ…と急に弱気になって、2枚目のもがいたこと、苦しんだこと!

「MOSTO HELADOおじさん」が奇跡的などんぴしゃの一枚だった分、
次へのハードルの高さは自動的にうなぎ上りでして。その分苦しい。

正直、MOSTO HELADOおじさんの絵では何が良くてこの境地へたどり着けたのか、
何もかも見当のつかないままだったから、当然2枚目はどこを意識して取り組んだらいいのかわからない。

またもやとっかかりもなく、また1から始めるようなもんです。
あがいてもがいてなんとか出来上がったその2枚目をご覧ください。
Estrella通り



ちなみにこの絵「Estrella通り」の場所は、
MOSTO HELADOおじさんの絵の、車の並ぶ通りを(左へ)進んだ、最初の角。

つまり、今回の「Estrella通り」の絵の目の前から、右手奥に向かう道をほんの数十歩行くと、MOSTO HELADOおじさんの絵に戻るんですね。

とっても近いエリアで、少し描いては進む、というのをやっていまして。
結局1枚の絵に大体2週間くらい。
今ではやらないんですが、ペン画から絵の具、色鉛筆の仕上げまでひとつの場所に座り続けました。

(今は、ひとつの場所で絵に2週間かけちゃうと、
旅で絵が1枚しか描けないことになるんで、基本ペン画を現場で描き、
塗れる時には絵の具で着色してます。ヒントになる最初の分だけでも)

結局毎日日中の数時間、ずーっと座って描いていったんです。
ちなみにその気温は、35度。お正月や2月などは真夏で、余裕で40℃越え。

スペイン語の語学留学中で南米に住んでいた当時は、昼過ぎからはスペイン語の特訓だったんで、絵を描く時間は結果的にこの一番暑い時間帯になっちゃったんです。
正直現地人すら暑すぎて木陰に入って誰も動かない、という時間帯でしたよね‥。

さて2作目はようやくのようやく、なんとかなり、
どんなにどんなにほっとしたことか。。

まずは気負わず描こうと始めたこの無印の無地のルーズリーフに、
私はこのまま調子を上げていこうとひたすら描き続けることにしました。

この後10枚以上、このパラグアイシリーズが続くことになります。
さて次回は、記念すべき3作目、1作目と同じくらい気に入った絵をお届けします!

2021年04月29日

図書館

最近読んでいた、フィンランドの教育関係の本に驚かされた。
フィンランドの図書館はいつも人が集って活気に溢れていると書いてあったんだけど、
その図書館は思ったよりもずっとすごそうで。

本が借りられるのはもちろんのこと、
イベント・講座・学習会・インターネット、
そして美術作品が鑑賞できる展示スペース、
館内に喫茶店、そしてそこではコーヒー片手に本を読んだり。

音楽コーナーでは音楽書籍・楽譜が揃い、
ヘッドフォンを付けて視聴を楽しんだり。
(まあ、そこまでは日本でも多少あるかもしれないんだけど)

「図書以外にも、エクササイズのためのグッズ、楽器、
急に雨が降った場合の傘、たくさん本を借り過ぎたときのための袋など
いろいろなものが貸し出されており、図書カードを使ってすべて無料で借りることができます。」

児童スペースでも、
ぬいぐるみやおもちゃが揃う遊びスペースもあって、
朗読室では定期的におはなし会や映画鑑賞会が開かれるって。

ネットではゲームも楽しめたり、
夕方からはミニコンサート。20時までよい音色に包まれるって。

「市民のリビング」で、いろいろな体験ができる空間だそうなのです。
私、こういう場所があれば、ってなんとなく憧れていたんです・・・!

日本では大抵のものが商業主義優先という感じでお金を払わないといけなくて、
一歩家の外に出ると、なにをするにもお金を払わないといけない印象なんです。

例えば道を歩いていて疲れても、ベンチがあんまりなくて、
結局カフェに入らないといけないな、って。
お金払って初めて休める、というのはどうなんだろう・・。
町や道端に居場所があまりないのです。

よその国では、美しい並木道の下にベンチがあったり、芝生でくつろげたり、
公園でご近所さんがずっとおしゃべりしていたり単にくつろいでいたり、
ゆったりするスペースがあるのになぁ。

日本でも図書館も、コンセプトを「市民を楽しませる」みたいにぐーんと広げて、
例えばカラオケもつけるとか、マンガも大量に置くとか、
気持ちのいい芝生や森みたいな緑の場所を提供してひたすらくつろげる場所を作ったり、
そこでヨガ教室してもらうとか、いいんじゃないかな?

素敵、って思うような美観にも意識してほしいし、
ハンモック置くとか、冬は暖炉とソファーとふかふか絨毯も用意するとか・・
コーヒーメーカーとか置くとか・・!

作ってほしいな、そういう市民が幸せになるため、ということを優先させた場所。
消費する場所ではなくて。

nakaumx3 at 13:03|PermalinkComments(0)clip!アイデア 

2021年04月28日

世界の気分

世界各地の本をちょこちょこ今読んでいるところ。

イスラムや北欧やラテンや・・・
どこも、素晴らしい人たちがいて、
生きることを楽しんでいて、思いっきり生きている。

というか、日本に生まれて私すごく恵まれてるっていつも思っていたけど、
この日本にある暗黙のルールや型にはめるような無言のプレッシャーや閉塞感と比べると、
世界ってどこもかしこもすっごく楽しそうに人生を謳歌している。

少なくとも自分を解放して、言いたいことを言って、
幸せの形をめちゃめちゃ追求している。

たぶん、日本が一番鬱屈としているかも、という結論に至った・・・。

思えば、私の数少ない経験で、
南米やスペインにちょっと住んでいた時気づいたのだけど、
みなさん日々、基本的に放っておいても気分が底の方から明るい感じなの。

頑張って明るくしているんじゃなくて、自然といつも楽しげ。
みんながそうだから、相乗効果というかひたすらに気持ちが持ち上げられる感じがして。

私も気づけば「何か悩む必要なんてある?人生ハッピーしかないじゃん!」
とまさにそんな気持ちに。
この空気感、大事だなぁ。
みんながみんな普通にそうであれば、それが当たり前になっていく気がする。

不思議な魔法のようだったなぁ。

南米も、貧しいところであってもまるで関係なしに明るくてジョーク言い合って、
いつも笑いが絶えなくて。
テキトーなところはあるけど、その分自分の失敗や多少ダレたところも受け入れてくれる笑。
(それに慣れた後の日本のきっちり感は、ちょっとキツめに感じるけれど)

”そこにいるとどんな気持ちにさせる国なのか”って、面白いテーマだと思うな・・!
いろんな国にちょこっとずつ住んでみて、体験して回りたいな〜!

既にご経験のある方、教えて頂きたいくらいです。

2021年04月27日

私の絵案内2 パラグアイ編

most
ところで前回ご紹介したこの絵「MOSTO HELADO」、
さとうきびジュースやさんとは、なんぞや?

ということで、どうなっているのか、ご紹介しましょう。

まず屋台の上にあるステンレスのコップを手に取り、
おじさんが屋台の蛇口をひねってさとうきびジュースを注ぐ。

お客さんがその場で飲み干したら、
水色のバケツで濯ぎ、またコップを戻す。
え!?衛生的に大丈夫?!という悲鳴が聞こえてきそう(笑)。

いや実際(日本の)皆さん悲鳴をあげてました。

ここは回し飲みの文化なので現地の方はまるで気にならないんでしょうね。

一応解決策としては、コップの隣りにプラスチックのコップもあるみたいなのでひと安心かな。

私はマイペットボトルを持って行って入れてもらっちゃいました。
黒っぽく濁った飲み物で、とにかくあまーい。
ほとんど飲めませんでした…。でも自然そのものの甘さなのでしょうけど。
砂糖入れてないならば‥。

今日も、周りのオフィス街からたくさんのサラリーマンたちが飲みに訪れてることでしょうね!

ちなみにこの絵を描いてからずーっとこのおじさんとは会えなくて。
私にとっては特別な存在で、特別なおじさんだったんでいつか、
こういう経緯で大事なきっかけとなった絵なんだよ、と伝えたかったのだけど。

ついに会えたのは帰国直前。
わーと喜んで駆け寄っちゃいましたよね(笑)。
おじさんはポカン、としてましたが。

おじさんは夏はこのさとうきびジュース売り、冬の間はまた違うものを売り歩いていたんですって。
だから会えなかったのね。
今も元気でいてくれてますように。

2021年04月26日

私の絵案内1 パラグアイ編

以前2001年頃、私の人生で一度だけ、
絵の大スランプに見舞われたことがありました。

もう、どんなにあがいてもちっとも描けず、無理して描いても、それはもうひどい代物で。

描けば描くほど落ち込むので、辛くて苦しくてペンを持つのが恐怖になったくらいなんです。

2年経つ頃には「この人生、もう絵は諦めた方がいいのかも‥」
とついに本気で覚悟も決めました。
と同時に、涙…。

だって絵がなくなってしまったら、私にはもう何もない。
やりたいことがひとつもない。
恐ろしいほどのポッカリと開いた穴を感じました。

初めて気付いたんですが、
私の人生は思いのほか深く絵と結びついていたようで、
絵はなくてはならなかったのでした。

その頃私は南米に住んでいたのですが、
ふと通りがかったアルゼンチンの古書店通りで、
その後を一変する奇跡の出逢いを体験するのです。

それが、「古書に描く」という出逢い。
>>「古書に描くこと」の詳しいいきさつはこちら>>詳細ページ

古書に描く。
古書の中表紙になら、既に構図ができあがっていて怖がらずに描けるかも、
と直感で感じ、すぐに近くの老舗カフェにて私はスケッチを始めました。

信じられないことに、そこに描いている間だけ、絵の調子はすっかり元通り。
何事もなかったかのように本調子なんですよ。
軽やかに、嘘のように。

それどころか今まで成しえなかった美がそこにある‥!


そうして旅先からパラグアイ(南米)の家へと戻り、また絵に取り組む日々が続いたのです。

当時私はまだ、すぐに古書だけに描くつもりではおらず、
それまでと同じ白い紙を前にし、なんとか良き一歩を踏もうと試行錯誤を決めました。

ともかく絵がひとたび失敗するとダメージが大きくて後に響くから、
なんとか小さく始めて、広げていきたい。

そう思う一心で、まずはB5の無地ルーズリーフを半分に折って小さなノートのようにしました。

メモのように絵を始めよう、っていうつもりで。
だめだったら、すぐ次のページへ。よし。

その日もパラグアイ、アスンシオンの中心街(気温は35℃前後!)へスケッチに繰り出し、
公園の隅っこに、もうほんとに遠慮がちに座って私は息を整えました。(ふー)

ともかく、なにか絵のとっかかりを掴もう。
街路樹の茂みから覗くと、その向こうに靴磨きのおじさん。

なんとか絵を始めて、なんとかなんとか描き広げて。
……そしてそして、ついに描けたのです!なにがしかを。
その絵がこちら:
most
※左下に茂みがあるのは、私がその茂みに隠れて描いているからなんですね。
こちらのページで拡大してご覧頂けます。

少し形になった。なんとかこのままの調子を続けたい。
右へ目をやると、真っ黄色の移動式屋台。
MOSTO HELADO(さとうきびジュースやさん)。

いいね!さらに屋台も描き進める。
そしてさらに調子が上がる。

そのままどんどん周りも描きこんで‥右上のシティバンクの青。
BOOTSのキヨスク、街路樹(これが小粋な効果を絵に与えてるのね)、車‥。
(ちなみに小豆色の車の上のカラフルなのは、売っているビニール製のおもちゃ)

気に入って、そのまままるまる2週間ここに通い、そうしてできあがった絵なのです。

スランプ後の本当に記念すべき最初の第一号。
そしてこの絵で人生初めて個展を開催し(このパラグアイで)、
そして初めて売れた絵もこの絵となりました。

きちんとなんらかの「意識」をもって絵に向かい始めたのもこの絵から。
記念すべき大切な一枚です。

私の歴史もスランプも当時の気持ちも、その後の解放された喜びも全部織り込まれて。

ちなみによーく見ると、絵の左上から中央にかけて絵の下にたくさんの線が描きこまれてるのがわかりますか?一度下に描いていた線。
これらを乗り越え、さらに上に重ねるようにして描き込み絵は完成しています。

まさにスランプから脱したこの瞬間を閉じ込めたような絵です。

2021年04月25日

私の絵案内

ここ何年か、個展する度に思うことがあるのだけど、
特に最近感じているのが、

「(個展で)単に絵を飾るだけ、というのは面白さが半減かも?」
ということ。

本当は、
この絵を描いた背景とか、
どんな心境があって、何が反映されてこの絵にたどり着いているのか、
知った上で絵に対すると、その絵はもうただの絵じゃなくなるのです。

想いやエピソードや、とりまくいろいろを知ると絵はどんどん深まる。

そんな風に感じてます。
特に私の絵は旅を背景にしているものも多いから、
エピソードもいろいろあったりするのです。

できれば私の絵はこんなことがあって、こういう絵なんですよ、
と合わせてお客様にお伝えしたくて、
実は私は個展を初めて開催した時からしゃべりっぱなしです(笑)。
(サービス精神が思いのほか強めでして‥!)
今はなんとか落ち着いたのですが。

お客様が絵を見る時間がなくなったくらい、
当時から一生懸命、絵のいろいろをお伝えしていましたよね…。


今もできればたくさんの裏話や背景と合わせて絵も見て頂ければ、
きっと最大級に絵との距離が縮まり、
その絵に潜り込むかのように楽しい体験になると思ってます。

例えば美術館へ行った時に、解説などを読みながら展示を見て回るような感じです。
(あれって、巨匠のだけでなくて、いろんなアーティストがやっていけば
より絵に親しめるし、なんというか‥体に沁みるような体験になるかと思うんです)

そういうわけで、
そういった形でいつでもゆっくり最大限に私の絵をお楽しみ頂けるよう、
少しずつ解説もアップしていこうと思っています。

タイトルは「私の絵案内」。
カテゴリーも作ってみました。

たまにアップされますので、ぜひぜひお楽しみに‥!

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2021年04月24日

人生って

思ったこと。

私、勉強はそんなに好きではなかったからか、
本来やりたいことが絵だったからか、
大学を出てようやく、「私好きなことできる!これから私の人生が始まる!」と思ったものです。

でも、
まずはしゃにむに頑張り、なんとか自分なりの道を作っているその真っ最中に、結婚に焦るタイミングがやって来まして。
(私の周りはほとんど誰も焦ってませんでしたが。)

そして結婚したらなんとなく、子どもを産むプレッシャーもやって来る。
子どもは人生一番のギフトだし今までもこの先もそうなのだけど、
気づけば仕事が多少追いつかなくなって。
子ども一人でもなんとか無理やり両立している感じ。

人によっては出産のタイミングで正社員を辞めるし、
子ども2人以上の場合はどんな働き方をしていても、ものすごく大変。

あれ、女子たちの生きがいややりがいや夢はいつの間にか、どうなってしまったの?
「私好きなことができる、私の人生が始まる!」とか言ってた頃とは違うところにいるような。

というか、女子の人生って、夢を追求していたくてもいろいろなものに追われて、そのまま楽しくまっすぐに夢を追いづらいものがあるなぁと今更思うのでした。

しかもちょっとタイミングを逃すと晩婚にもなるし、すると産むのも遅くなる、すると産めない可能性も出てくる。
むしろ早め早めにしないといろいろと追いつかなくなると今更知る。

というか、ちょっと夢を追ってる間に、
仕事に純粋に没頭している間に、
すっかり何もかも遅いみたいなことになってしまう。

かといっていつまでに子どもを2人産んで・・と遡って予定を立てると、
仕事に熱中する時間もあまりないような。

そういう事実があるんだなぁ。。

でもそしたら、いつ夢を追うの・・?子どもが巣立った後??
そこまで待たないといけないの、ってちょっと思う。

女子の人生っていろいろあるんですね。。

私の場合、夢はずっと追ってもいるし、子どももいるし満足する道を模索して調整し続けているけれど、それにしてもいろいろな波がやって来て大忙し!
でも子育ても夢もどちらも諦められないし、できる限りどちらも楽しんでいくつもり・・!

女子の人生、つくづくすごいなーと思うのです。
ある意味やりがいはあるかも。

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2021年04月23日

今日の作業

今、また大きい絵を描くことに気持ちが向き始めていて、
いろいろ準備したり、過去に描きかけていたものにまた手を付けたり。

一時期描いていて中断したものも、
多少年月が経つとまた心持ちも違う。
冷静に判断もできて、しかも情熱をもって一気に取り組める・・!

一度ひととおり塗っていたりもするので、
一気に深い部分に入れる。

今半分くらい、一気に色彩を重ねて、
さらに迫り来るものになってきた。うーん、満足!

ひとつの絵をスピーディーに、自分をマンネリ化させることなく進めていけると、
気持ちよく絵を終えられて、
次に描く絵に向かって勢いをもって取り組める気がする。

今そのループ中。
一気に1枚、2枚、と来て3枚目。

その流れを止めずに次へ行くべく下準備もしておいて。

こう考えると、絵ってほんとに、自分の気持ちをノせて、
いかに気持ちよくやる気にさせるか、取り組ませるかという作業かって思う。

スランプは避けつつ、飽きが来ないようにマンネリ化させないようにしつつ、
勢いを保つ・・・!

ついでに言えば次々と気になるモチーフも見つけて揃える作業も並行して。

実はぐっとくるモチーフに出逢うことが最大級の仕事である気もするのだけど。

2021年04月21日

ラテン

最近、昔聞いていたお気に入りの曲たちが出てきて(しかもこれMD!)、
かけて大声で歌いながら仕事。

この曲は、メキシコに行った時に通りのスタンドで売っていたカセットテープ(!)で、
それをMDに写したものだったんだけど、本当に本当に好き。

道端で聞き惚れてそのまま「この曲売ってください!」といって買ったもので、
やっぱりいつ聞いてもキュンとする、このメロディー。

ラテンってひたすら明るい、ってイメージが一般的かもしれないけど、
実はちょっと哀愁を帯びつつ明るく歌う、みたのも多い。

歌っていて気づいたんだけど、
歌っている内容がなんだかすごい。(基本、歌っている心情は男性側で、男性主人公の歌)
女の子の服かなにかに穴が開いているのを見つけてキュンとした話を延々と歌い上げているものとか、君には、他の(本命の)男性と同じように僕のことを愛してほしかったけど、
好きだからこそ君の元を去るよ、みたいな歌。

君は嘘つき(←たぶん恋愛絡みの)で、さんざんもう僕に嘘ついてきて、
もうさすがに通用しないよ、今度は主導権は僕にある、の歌・・・。

ラテンすごいなーと聞いていて、最後にひっかかったのがこれ。

「この愛が本物の愛である間、この苦しみは気にならないよ・・」
ん?この愛が本物の愛である間って、
そうじゃなくなること前提???
本物じゃなくなるって?

これがラテン人の考え方かー・・!
だからいつも全力投球、本気は間違いないけど、次にも行く、って感じになるのね。

2021年04月20日

シフトチェンジ

いつもいつも海外のことばかりに思いを馳せていた私。

近い将来も海外のことだったし、
その先の夢も海外だったし、
老後の夢も海外だし、
夢も憧れもやりたいことも、ご褒美も仕事もみんな海外。

でもこんな感じの時代となってポッキリ折れて、
今ようやくいろいろシフトチェンジ中です。

というか、私自身、個人的にも興味の対象を変えなければいけなくて。
今、この先の楽しみや興味というものを見つめ直しております・・!

リストを作って、これやってみたい、とかこれが楽しいとか、リストアップしているところ。
割と思ったより出てきて、ちょっと嬉しい。
リストを見るだけでこの先がさらに楽しみになってくくらい。

絵と海外、それにまつわるもの以外、趣味もあまりなかったし心配だったんだけど、
そんな私でもちょっとずつ小さいことから派生して、
広がって行っている。

陶芸とか、免許取るとか、自然の中に行くこととか、いつかキャンプとか、
日々のこととか、踊りたいとか(?)・・いろいろ。

これって、コロナ禍がもたらした、あるはずのなかった新しい未来なのね。。
(今人生で一番、自分の近所や日本に興味持ってきた。コロナ禍なかったら、これはなかったかも)

きっと日本、世界全体でみなさん、予定も人生も、未来も変わったことだろうなー。

よい方へみなさんシフトしていけますように。
そう願ってます!

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2021年04月19日

家事と絵

この間読んでいた本、森瑤子さんの本で「うん、うん」とうなずいたとこがあった。

女性であるがために、
執筆中も家事・子育て諸々が降りかかってきて、
しょっちゅう執筆を中断しないといけない。
ああ、男性だったら執筆だけに集中できるのに。

そう思っていたらしいのだけど、
ある時、男性作家の背負うものが凄まじく、打ちひしがれたようなその背中を見て、自分には家庭の仕事もあってかえってよかったと気づく、という話。

今や私もそう思う。
私も絵を描いている最中に中断して朝食・お弁当作り。
もっと描きたかった・・・という気持ちもありつつ、
でも別の用事があるって、結果、ちょうどいい。

強制的に絵から引き離してくれると絵を引いて見るいい機会だと後から気づいたり、前のめりになりすぎず適度に距離感保てて。

あと、なんかのしかかるものが分散されるのかな。
いい意味で、もう少し気軽な気分で物事にあたれて、
絵が重くならない。

そういえばスペインのアーティストたちは目一杯遊んで、
そのあと絵を描いていたっけ。

まだ実家で描いていた頃、
ずーっと絵に時間を費やせる分、ストイックに描きすぎて気が滅入ったり、
かえって煮詰まったっけ。

今ってちょうどいいのかも。

・・・割といろいろなことを後回しにして描いている方だけれども笑。

2021年04月15日

新しいスタイルの展示法・・・?

最近、関東圏で個展をしていないなぁとちょっと気にしている今日この頃です。

やっぱりコロナ禍ということで、開催することを躊躇していることがひとつ。
それから、ちょっと私の興味が新しい形に向かっていることもあるのです。

本当に良いアートとの出逢い、
心が動くようなアートとの出逢い・・
それは画廊でも可能であるのは間違いないのですが、

ちょっと敷居を下げてもっと身近なところに出逢いがあればなと思うし、
今はそこに興味があるのです。

素敵なインテリアのお店とか、どこか普段身近に感じるどこか一角、
代官山TSUTAYAのような、美しいライフスタイルを提供しているような場所。

そういうところからすんなりと絵の良さに自然と入っていってほしいな。
その絶妙なラインが、なんか難しい。

まだピタリとくるアイデアがたくさんないのです。

そう長くお待たせせずなにか形にしたいのですが・・!
そんな今日この頃です。

2021年04月11日

ふと思ったこと

前から聞いていたのだけど、
スピリチュアルな観点から言うと、音楽や絵や芸術って
天と繋がったり、いろいろなものをそちらから降ろしてきている行為らしい。

詳しいことはわからないのだけど、
確かに説明できない不思議なことはあるようにも思う。

絵の中に絶妙なハーモニーが生まれたり、
ぐっとくる塩梅になる、そういう妙みたいなものって、
公式があるわけでもなく、結局感覚によるものが多いんだけど、
ともかくそれってどこかから自然と生まれ出てきて、
気づくと絵になっている感じがある。

うまくするすると描ける時、それってあまりに自然な流れすぎて、
私はあんまりそこに関わってない気もする。

つまりはあんまり自分ががちがちに計画を立てて描いているというよりは、
無意識の、誰かの(?)手によって描かされている部分もあるのかも。
なんて思う。

でもよい具合に描いている時って、すごくさくさくと進むから、
それが自分が描いた感じがあるのか、ないのか、あまり気にならなくて。

結局出来上がっているから、ここのところを追求したり研究する人ってあまりいないんだろうな。

ちなみに、
手が疲れたり、ちょっと気分がノらなくなった時はすぐ描くのをやめた方がいい、
って聞いたことがあるのだけど、

それは、そういう天の、自然の流れがそこで止まったのを感じているからなのかも。

無理して描くと、その"無理"が乗った絵になるのだと思う。
ではまた絵に戻りまーす!

nakaumx3 at 09:49|PermalinkComments(0)clip!アートについて 

2021年03月26日

近況

こんにちは!

ついに桜の季節、ついに春ですね。
ああなんか暖かいだけでなんかもうとっても幸せ。

ちょっと個人的に悲しいこともあっていろいろ相殺されたり、
それから桜に目を奪われたり、行ったり来たりです。

桜や八重桜、ずっとパノラマな絵を描きたかったんですけど、
ついに年に一度のその季節!
逃さないように、描かねば!
って思ったりしてます。

そうそう、1年ぶりに絵の教室「大人のぬりえサロン」も再開しました。
まずは少人数(1人か2人)で、
やり方も変え、ひたすら私の描き方を伝授し尽くす、という方式にしたのです。
私ができる最大のことは、これかな、と。

私の差し出せるものを最大限お伝えしたい・・!という熱いものはいつもいつもあるのです。
ただ、若干不器用な部分はあるのですが、一緒に頑張っていけたら、
楽しい絵の没頭時間になれば、って切に願ってます。


個展も、先日はおかげさまでリモートな個展が実現したのですが、
ちゃんと人と人、繋がる実感があって素晴らしい体験でした・・!
私の中もグアングアン揺さぶられたり熱いものがあったり、
繋がるっていいなぁとつくづく思った体験で・・。

さてその次は、と頭の中に構想はあるのですが、
実現するといいな。。

まずはこの世の中の状況に合わせたり、自分の今の興味の形を目指したり、
ゆっくりとやっていきたいです。

そうそう、私の中にはなんだか周期があるようで、
とっても外に働きかけに行って動く時と、まるっきり閉じこもってひたすら描く時期、
割と分かれているみたいなんです。

やるべき時にやりたい、と思います。

ではでは!

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2021年01月31日

初めてづくし

近々個展、です。

今回は初めての、リモート個展。
ネット経由で京都の個展会場に立ち、
サイトの方ではweb展覧会の開催。
QRコードを多用して、実物の絵から、他の絵へと興味が派生する仕掛け・・
初めてづくしです!

でも流す予定の映像はとっても素敵に作って頂いていて、
私としてもごくごく近くで見られている実感と満足感がある感じです。嬉しいな・・!

コロナがなければ、
このような工夫はあえてはしなかったと思うんだけど、
明らかに時代が変わって、そして私たちも変わって行っているのを感じます。

かえって面白いなって思うのが、
いかに家にいながら絵と親しんだりわくわくへアクセスするか、
まだ可能性がいろいろあるってこと。

機械もネットも正直疎いんですけど、
今までとは違ったことができるのでは?って気持ちが高まります。
面白いこと、したいなぁ!!

2021年01月23日

個展開催(京都)

DM


















2月に京都にて、個展を開催します。
作家はネットを経由して会場に立つ予定です。
お近くの方はぜひお立ち寄りくださいね。

今回のテーマは、旅。旅時間。
閉塞感のある今だからこそ、絵を通して未知なる外国の世界へと心をお連れしたいです。
気持ちの羽ばたくような体験となりますように。
※なお、同時に同じ内容にてweb展覧会も開催致します。
展示中の絵やキャプション、会場の様子などもご覧頂けますので、
ぜひゆっくりお立ち寄りください:同時代ギャラリーサイト


中内渚 個展 旅時間

2021. 2/2 tue. - 2/14 sun. (2/8 mon. is closed)
12:00-19:00 (lastday - 17:00)

同時代ギャラリー collage plus
〒604-8082 京都市中京区三条通御幸町東入弁慶石町56 1928ビル2F
TEL 075-256-6155
URL https://www.dohjidai.com/
https://dohjidai.com/gallery/
ギャラリーの規定により花のプレゼントはご遠慮ください。

海外で手に入れた古書に、旅先の風景や植物を鮮やかに描き出す画家・中内渚。
本展では古書作品とともに、現地での出逢い、歴史、心象風景など「絵の背景となったエピソード」を添えております。
この鑑賞体験が一層深まり、皆さまご自身の旅体験となることを願って――。

はじめての場所を訪れ得られる高揚感、気づき、刺激、痺れるような感動、リフレッシュや安らぎ…たくさんの感情・豊かさを織りなす旅時間に思いを馳せながら、この日々を少しずつでも前に進んで行けますように。楽しいひとときを過ごして頂ければ幸いです。

※ 作家は直接会場には立たず、ネットを経由して会場と繋がる予定でおります。作家は12:00-15:00の間(ネット経由にて)在廊予定。

マップ・アクセス等につきましては、ギャラリーの公式サイトをご覧ください:https://www.dohjidai.com/

※同時開催のweb展覧会はこちら:
https://www.dohjidai.com/gallery/exhibition/nakauchinagisa_triptime/

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2020年11月29日

変化

あーーきっと私って今過渡期です。

結局自分はそのつもりがなくても、
周りの状況がどんどん変わっていって、
景色が変わり、周りにいる人も変わり、新しい縁があったり、感じ方も変わり、考え方も変わり、
ますます周りが変わり・・・。

それにコロナ禍もあって、もう何もかもが変わって行っているような。

やれることもやりたいことも揺さぶられて、
本当に日々、「今やりたいことは何?」「なんでもやっていいとしたら何したい?」
なんて自問自答です。

私は本当に絵一本の人生だったから(趣味も本職も)、
今更他にあんまり何もないなってちょっと思うのです。
他にちょこちょこあっても、あまり純粋な趣味とかってないなぁ。
割と絵以外のことにのめり込んで来なかった気がする。

それを今、ちょっとさみしいと思ったりして。

身近にいるある人は、私のようにコレ、というもの一本ではなくて、
今までいろいろなことに幅広く興味があって、というタイプなのだけど、
それが今うらやましい。

興味があれば掘り下げていけるしね。
実際その方はいろんなことをどんどん深く追求して、どれもこれも楽しそうなんです。

私も何かにのめり込みたい。
今「のめり込む」という状態の外側にいる感じ。
(もちろん絵と旅行記の、私の興味ど真ん中にあるものはキープした状態で、ですが。
絵と旅行記がなかったらどんなことになっていたか・・・!)

今はいろいろ本も読んだりして、心にがんがんに響く「コレ!」っていうものをどんどんメモしていって、何系が私の「好き」なのか改めて見つめているところ。
環境も変わって、今まっさらな自分。
その自由な中で新しい未来を見つめて、またわくわくを探すのも悪くないです。

5年後、10年後の私は、また今の私から広がっていって、
新たな世界が広がっているかな?

未来は、どうなっているんでしょうね!

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2020年11月28日

絵は私そのもの?

前に、私の絵って私自身を映し出しているのか、どうなのかな?
というような話をしていたけれど、
周りに少し聞いてみたところ、「そう」らしい。

「違和感ない」「基本そう」みたいな話が返ってきた。
ふーむ、そうなのか。
私にはよくわからない。

自分では、この絵が私らしいんだとしたら、ちょっと素直すぎに見えるというか、
割とクセがないように見えるというか、良く見えているような・・??

かといって、
たぶん私自身そんなにヘンな複雑さとかドロドロしたものは持ってない気がするし、
悪いものは流して行っている感じはするから、
そうといえばそうな気もするし。

どちらにしろ、私は心の内をそのままに取り出して表現するようなタイプの絵ではなくて、
この世界の美しいものを称えている絵だから、また少し絵の感じにも影響があるのかも。

どちらにしろ、絵のためにも自分の心の状態は整えて、
清らかに軽やかに生きていくのがいいんだって思う。

絵のためにも、自分のためにも。

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2020年11月23日

海外に出れないと、私の夢、始まらないって未だにそういう感覚でいるんだけど、本当に次の海外っていつになるんだろう??

国際結婚の方とか、海外に家族がいる方や海外と関係の深い方、
それこそ不安を常に抱えているんだろうな。。

ところでここ最近行った海外を思い出すと、それはもう凄まじいものがあった。
去年行ったベトナムはもう暑くて暑くて。湿気と暑さで外に出た途端に滝のような汗。5分も歩けないくらい。数区画歩いてもう無理で帰宅、ってくらいの今までの人生で一番過酷な旅であった。

正直、1週間の旅だったのに1日2日くらいで友達も私も「もう帰りたいね・・」という感じだった笑。

その前の旅は1ヶ月近いヨーロッパの旅。
これも、何カ国にもまたがる旅だったのに荷物が飛行機移動で紛失して、ほぼ何も持たずに旅を続けて、泣いた・・・さめざめと。かなり凹んだし、荷物が出てこないままの宙ぶらりんって(しかもその間イタリア、スイス、ギリシャへと大移動)こんなに辛いのね、旅に集中できないのね、って知った。
旅も2週間目で父も娘も、全員が「もう帰りたい」と言い出した旅で笑。
(今や旅は最長2週間でよい、とか思う)

その前の旅の韓国でも、絵を描くためにあっちやこっちへ怒濤のごとく、体力の限界まで動く。
あまりに過酷にやりすぎて、体調崩したり。
それなのにどの旅の後も「次はどこへ行こうか!」と考えているんだから笑っちゃう。

あの過酷だったヨーロッパでさえ、「早く帰りたい」と言いながら、
その帰りの飛行機で「次はここにしようかと思う」という話。
日本にいる母が、「あんなに帰りたがってたのに、次の旅の話してるんだね笑」って。

海外に行きたいという衝動はもうDNAレベルに練り込まれちゃったのかしら。
とはいえ今はコロナ。この気持ちは限りなく下火に押さえて、今周り周辺に愛着をより一層深めて幸せを探るつもり。ただ、問題は描きたいものはこのあたりにはほぼない。

前書いたように、「伝えたいものがあって、描いてる」ので、
わくわくに出合う、というのが目下テーマです。
わくわくさえあればすいすいといくらでも描けるのに・・!

2020年11月22日

日記発見

この間、ふと思いついて小さい頃(小学校〜中学校)に手作りしたいろんなものを取り出してみた。
いろいろ処分してだいぶ少なくなっている中で、
分厚いノートが出てきてつい読み返す。

そしたらそれって大学生の時の日記で!
大学2年から、そのまま留学した先のお話まで続いていた。

まるでその日々のまっただ中に急に引き戻されたような感覚。
何にしろそこにはあらゆる悩みが綴られていた・・・。
いつも心が波立つと全部日記に受け止めてもらっていて、いや当時日記があってよかったなーと思う。

20代とか大学生活って輝く青春という風に振り返りつつも、
実際のところ悩みも多かったな。と思う。
なんか安定しないというか、比較すると、よっぽど今の方が気持ちは落ち着いているかな。

日記には将来がどうのとか、自分のどうしても譲れない部分と周りとのバランスの悩み、
恋の悩み、それとか男子との友情の難しさ、失いたくない友情のこと・・が書かれている。
反省したり、決心したり、揺らいだり。

正直あんまりそこに戻りたくないなーと思える状況であった。
もし今の自分がそっくりそこに戻っても、結局また同じ理由で悩みそう、
とか思いながら読み進める。

周りの環境が変わったりして今落ち着いているのかもしれないけど、
もしかして私自身の考え方とか、弱い部分ってあまり変わっていないのかもしれない。


こんな風に日記で長いスパンの自分、それも心の中をまざまざと覗いて俯瞰するって、すごく妙な感覚。ちょっとましになってたり、結局同じだったり、なんか考えさせられる。
その頃はともかく一生懸命だったのも伝わってくる。
なんともいえない感覚です。

ひとつ笑ってしまったのは、とにかくとにかく旅行記を書くのにのめり込んでいたこと。
もうどこを読んでも、旅行記を書くのに夢中で、時間も足りないくらいで、暇さえあればそこに没頭してたこと。
そしてそれはまさに今の私がメインでやっていること。
あまりに同じで、笑っちゃった。

繋がってる・・!って思って。
本当にやりたいことって、もうだいぶ前からその芽が出て自分に訴えかけているものなのかも。

もしかして、その時その時心に引っかかっていることを逐一メモしたり日記に残して、
後でそれを見直したら、その中に自分の人生の必然的な流れとか目的とかテーマとか、起こったことの理由とか運命とか、いろんな発見ができるかもしれない。それとか何かに納得がいったり。

自分の中の大河ドラマのような!
そんな面白い感覚、日常にはない感覚。やってみるのもいいかと思います。

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2020年11月21日

こんばんは

近頃思うのが、
私は絵が描きたくて絵を描いているんじゃなくて、
絵を通して、伝えたいことがあるから、絵を描いているみたい。

単に絵を描きたいなぁという衝動ってあまりないのです。
心の高鳴りや感動とか、なにか突き動かすものがあって初めて「描きたい」に繋がる。

たぶん絵を描くのが好きって人は、
それぞれにアプローチが違って、そこのところもみんな違うのだろうな。
だから目線も違って、違う絵になり違う世界観になる。
だから面白いのね。

で、伝えたくて絵を描いているからこそ、
結局描く絵も、それに大いに影響を受ける。

近頃はもっぱら旅行記用の絵です。
でしかもそれはスケッチ旅便(絵・旅行記をお届けする購読サービス)用の絵なので、
なかなか気軽に発表できない(ネタバレしてしまうので)。

そうするとインスタもちっともアップできない。
そんな日々です。

でも、今興味のあることにとことんのめり込む、それって一番大事なことだと思うんで、
まずは心の赴くままに行こう。
(そういうところが商業主義と相容れない部分なのだけど。)

ではでは!

2020年11月18日

絵と自分は似ている?

ところで昨日の話で、
絵っていろいろなことに影響を受ける、ということをつらつら考えていて思った。

絵って人となりや人柄?性格、気分、それなりに反映しているだろうけど、
私の絵ってどうなんだろう。

自分としては、私の絵を見て「これが私なのか」と考えてもピンと来ない。

他の人から見て、この絵は私っぽいのかしら??

考えたこともなかった。
近くにいる人に誰か、聞いてみよう。

ひょっとして、割と俯瞰したり全体を把握するよりも近くの細かいものに没頭する傾向とか、
生真面目な部分とか、コツコツやるのが性に合ってるとか、
でも意外におおざっぱなところとか、そういうのが出ているかもしれない。

(実際、細かいようでいてさほど細かく描いていない、ということもあるし)

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2020年11月17日

急遽着色

今絵を描いていてまた新たに気づいた。

今有料会員のような、購読という形で絵・旅行記をお客様にお送りしているのだけど、
そこに送る絵を描く時今、
「清々しい空・伸びやかな空を見てもらいたい。お届けしたい」
という気持ちが芽生えて。

空の色を塗らないシックな絵に、急遽着色。
清々しい空が加わった。それと前後する絵もその絵に合わせてまた空の感じや、控えめにする箇所など次々決まっていく。

で面白いなと思ったのが、
普通額に入れる絵って、単独で完成させていくものだったのに、
こうやって旅行記のような、お送りするお客様がいらしたり、こういうことを伝えたい、というようなことがあるとこうやって絵が変化して行ってる。
絵がいろいろなことに影響を受けていく・・!
それを目の当たりにしたような。

あのね、
こんなコロナな時代には、ひとつでも外国の空の色やのびのび広がる景色をお届けしたくて。
そんな気持ちが色彩を変え、塗る場所塗らない場所を変え、仕上がりが全然違うことになる。

それまでも気持ちが反映することってあったかもしれないけど、
今回はコロナで絵の色まで変わった、ということで「わぁ、これってすごいこと」って気分。
なんだか不思議な感じ。面白くもある。

今更だけど、絵って生ものだなぁ。

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2020年11月16日

今思ったこと

今絵を描いていて改めて思ったのが、
私やっぱり「箱庭」を作る感じで絵を描いているみたい。

紙を箱に見立てて、その中にその描きたい旅先の世界をこまごまと詰め込む。
いろいろな要素を入れ込んで魅力を作っていく。

そこに楽しさとわくわくを感じていて、
それこそ醍醐味、ってやつです。

その魅力、というのも、
前後左右と比較して何がどこにあれば、それぞれ面白くなるか、深まるか、美しいかを感覚で感じていく。「この紙の中にどう配置して詰め込んでいくか」、「どこまで塗り込んでどこを切り捨てるか」そういったことも感じつつ。

一枚の絵の中に複数の細かい(別々の)パーツがあって、組み合わせていく絵は特にそう。
そういう意識で私の絵を見たとき、きっと、
「それぞれの色・配置、相互に関連しあってこうなったのね」
ナルホド、と思うかもしれないです。

こういう感覚(例えば相互に関連させて描く感じが好きでたまらない、とか、どこかのポイントから仕上げるようにしながら描いていきたいとか、そういうクセのようなもの)
って、たぶん小さい時からある。今もずっと。

そしてそれが、描く上で自分の心をくすぐる要にもなったりもするんですよ。

結局、自分の「好き」の感覚に敏感になっていくごとに、
描くときの喜びポイントも増えていくし、「だからこそ描きたかった。だからこそ楽しい」と感じつつ描けるし、回り回って好きな絵になる。
大事なヒントになると思います。

単に上手に描くことを目指すよりもずっともっと大事なところだと思うのです。
私がスランプだった時、単に上手に描けてもちっともうれしくも楽しくもなかったですから・・。
そこに私自身が喜ぶポイントはなかったんです。

描く度に自分の中にふつふつと喜びが湧いて、もうたまらなく幸せ!
できた絵を見てもっとさらに幸せ!
っていうのが何より大事な気がします。

そのためには、描きながらそういう喜びポイント、感覚に敏感になっていくことかなって思うんです。クセのようなところとか。それはもう、(小さい頃から描いている場合)小さい頃からあると思うんです。



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2020年11月04日

忙しい日々

忙しい日々が始まったものの、
あまりの忙しさにノックダウン‥!

いえ、なんとかやってはいるのですけど、
人としての生活はもはやムリ、と判断して、もうちょっと緩やかめのスケジュールに直してもらいました。。

おかげで今は理想的、というか、
気力体力はぎりぎりだけど、
なんと毎日ほんの少しの絵の時間と、何日か丸々絵の時間が取れるという状態‥ありがたい!

今もこんな時間にアトリエで過ごすくらい、
絵に対する飢餓感もばっちりです(笑)。
「自由な時間、絵の時間が持てて幸せ」という気持ちに戻れたという意味では目標達成。
やった甲斐があった。

それと、もうひとつ。
誰かと一緒に何か作業に取り組んでる、というこの充実感。
一丸となってせっせと頑張る日々。
もうそれだけで心が沸き立つような幸せ。
これは予想外だった。

私、本当に一人での作業がそれまで多かったからなぁ!
こんなところにも飢餓感があったのねとしみじみ。
やっぱり人がいるところっていいな。

例えば大晦日・年越しに向けて親戚一同みんなでおせち料理に取り組む高揚感、みたいな感じ。
もはや祭りのように心は喜んでおります。

ただ、仕事の後は茫然自失というくらい疲れ切っているけれど。

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2020年11月01日

スケッチ旅便の今

スケッチ旅便(私が購読でお届けしているスケッチ・旅行記)の絵を、
割と年中描いている私なんですが、
今ちょうど新しいテーマに取り掛かっているところです。
新しい旅に出ているようで、すごーーく楽しい‥!
(今まさに、馬力出てます)

旅先で描き溜めてきたスケッチ、
様々なタイプが2000年頃から今まで溜めてあるんです。

その中からひとつひとつ、それぞれに見合った形のプランを立てて、
旅の形に仕上げていく作業。それが楽しいんですよ。
当時のメモや日記を仕分けて入れ込んだり、
冊子状にするか、紙をバラバラにするか、ベストな形を探ります。
でも元々旅も絵もしっくり自分に沁み込んでいるんで、
ほぼ考えるまでもなく、一番良い形はすぐにピンときてるような気も。

絵は描き途中のものや、旅ひとつ分ほとんど描き切っているもの、
いろいろとあって、仕上げたり新たに描き加えたり、ひとつの流れにまとめていきます。
正直、異様に楽しいです。

ところで今、描いていて気付くのが、
この国(ネタバレするので言えないのですが)に行った頃の絵の描き方が今と違う‥!ということ。
ペン画の描き方も違うし、
どこまで塗り込んで、どこを余白のように残すか、
そういう感覚も違う。

でもそれがかえって新鮮で、今の自分には新しくて、
わくわく、今だからこそさくさくと絵が進みます。
楽しいうちにどんどん進めよう、という予定です。

もうひとつ準備中の旅便も、実はあえて線画に使っている画材も変えていて、
絵の雰囲気がいつもとちょっと違う。
今あらためて取り組む時に、そのやり方に合わせて描いて行きます。
すると今そのやり方が、楽しくてしょうがないんです。

なので絵を描く時、
自分なりのルールというのができていくかと思いますが、
あえて違う要素を入れていくのがおすすめです。

たまには鉛筆で描く、ボールペンで描く、万年筆で描いてみる。
紙も変えてみる。昔描いた絵を塗ってみる。
美術館の絵で見つけた、気に入った筆遣い・描き方を取り込んでみる。
絵の具を顔彩にしてみたり、油絵を入れてみたり、コラージュを加えたり。

ぜひやってみてくださいね!

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2020年10月31日

絵の意欲を駆り立てること

なんとなく、前回のつづき。

思えば、私の絵の日々って、
自分の絵に対するやる気や意欲をためつすがめつ、
意欲を駆り立てる努力が一番メインどころだったかも。

描きたい!という強い気持ちがあるととにかく描けて行くものなので、
まずはその気持ちがなによりもなによりも大事。

旅とセットで絵を描いていたのも、
今思うと絵のアクセルをぐっと踏む機会になって、
すごくよい流れだったってことだろうな。
気持ちが切り替わって、そして新しいモチーフともたくさん出会えて、
感受性も刺激されて。

その、絵に対する気持ちを爆発させるために今や、ついには別の仕事をするって、なんかもう面白い気もする(笑)。

でもあらゆる形で、絵に対するバランスを取る。そんな人生も楽しいかも。

そしてもし道を逸れていった先で別の喜びを見つけたなら、
それも人生、という気もする。

何と出合うかわからない楽しさ、この自由が、ひいては人生を明るくして、
絵にもまたいい影響があるのだろうな。

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2020年10月30日

ブレずに‥

(前回の続き)
昨日までの話では、私は「自分の思うところを大事にする」、
とお話してきたのですが、
実は最近、新たな展開がありまして。

自分の気持ちに従う、ということを素直にやっていると、
このコロナ禍で絵から気持ちが離れてきた時(ちょっと今気分が乗らないのです)
割と素直に「絵を描かないのもありかもしれない」と思ってしまう自分がいたりするのです‥(!)。

いえ、正確に言うと、今後一生絵を手放すというわけでははないですし、
絵が一生の楽しみであることには変わりないのですが、
自分に正直であろうとする分、今の気持ちに従って、(あらゆるバランスをとって)
今の私の幸せに照準を合わせようとしているみたいです。

結果、今からでも全く違う何かに興味を持って、全く違う人生も歩めるんだろうな、
と思ってみたり。

自分に素直に、という部分はブレていないのですが、
そうすると絵から距離を置くことになり、絵のない日々がそこにあったり。
この新しすぎる変化に我ながら驚いたり苦笑したり。

それでもこれから先別のことでちょっと忙しくするため、
この残りの自由な時間、絵を描ける時間がかえって惜しくなって、
今や絵を描きたい気持ちでいっぱい。
今日も結局はりきって絵を描いているところです。
描いてみると絵は本当にしみじみ良いものです。やっぱりいつまでも一緒にいたい。離れられない。

まずは絵との蜜月のために、身も心も忙しくしてバランスを取りたいと思います。

2020年10月29日

自分のやりたいこと、を貫く

私は、結局ずっとこの絵の道を選んできたわけですが、
ブレないために実はあることを基準にしています。

それは、基本的に「自分のやりたいと思うこと」のみをするということ。

一見簡単でシンプルなのですが、
自分の絵のクオリティを保つためにも、
いつも最高にいいものを、輝きをキャッチして絵にするためにも、
新鮮な気持ちを持ち続けるためにも、
長く続けるためにも、
どの点においても一番大事な部分だと感じてます。

とはいえ、現実と相いれなくなることもままあるのです。
今まで絵に取り組んできて、
過去に(売るために)全く興味のないテーマを描くようお願いされたこととか、
絵とかけ離れたイベントをやることを提案されることもあり、断ったりしました。
普通に売り込みをすることも、実はちょっと避けてもきました。
やっぱり、すべての提案を飲んでも、やっぱり軸になる絵とのバランスを考えると、
何もかもはできないし、やりたくないことをやるという負担が絵にも響くのです。

それに自分を貫いていると、
商業ベースから外れていくこともあります。
例えば、
・デパートで個展をすることに違和感を感じる部分もあったりでちょっと距離を取る、
・美術業界では違うものを求められてるし、価値を見出していると知りながらも、
自分のやりたいことのみを貫く。
一言でいえば、やりたいことを取ると、商売と相いれない部分が出てくるのを感じてます。
(もちろん、両方を無理なく取れる方もいらっしゃると思います)

でも私自身、商売したくて描いているのではなく、
自分の思う芸術を純粋に進めていくために道を選んでいるのです。
結果、いきいきと取り組める道を選ぶことになっていて本当によかったと思うのですが、
メジャーになる道から外れる‥それはそれで複雑な気持ちです。

でもたとえメジャーになっても、例えば描きたいものを描けなかったり、
もう飽きてしまったテーマの絵をずっと描くことになる‥なんて耐えられない。
たぶん絵自体すっかり嫌いになってしまいますね。


結局今までもこれからも、割り切る部分があるなって感じてます。
基準がないと大いにブレる可能性もある分野です。
まずは自分はどう感じるか、どうしたいか、そういうことを見つめることが多く、
常に心に尋ねる自分にたどり着いたなって思います。

でもその結果、世の中から必要とされない絵になる可能性がある、とか、
画家として生きて行けるのか?というテーマも含みつつ。
その中でも、結局自分を貫く、という結論を日々新たにしている私です。

願わくば、私の絵が一人でも多くの方を幸せにできれば、っていつもいつも願ってます。

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2020年10月28日

飢餓感を求めて

前回のブログにて、
「(絵を描く上で)気持ちがマンネリ化しないこと」が最重要課題と書いたのですが、
実は今、そのことにかつてなく右往左往しているところです。

というのもこの時代のこの状況、旅に行けないこと、
もしかして年齢的なこの気持ちのタイミング、そして最近目が痛くなったこと…
いろいろ重なって、絵に向かうこの気持ちが全然安定しないのです。
嵐の中の小舟のようだ‥!

ともかく、「お願いだから、絵を描かせてほしい!!」という飢餓感を持ちたい。
描きたくて描きたくてしょうがない、という状態になるため、
まずは別のことでがむしゃらに働く、という予定を入れてみました。

これできっと、時間のあること、絵を描けることに感謝感激するはずです。ふふふ。
次我に返る時、今年が終わっていそうですが。

でもたまに、絵以外の世界に浸ることって素直に嬉しいものですね。別世界へ飛ぶかのようで。

次回へつづく‥

2020年10月27日

新しい旅へ!

今、ちょうどとある作業が終わり、
きっかり気持ちが入れ替わる時期です。

今まで使ってきた資料や半端な紙やらを整理して、
原画をしまい、身の周りの掃除にいそしむ。

ひとつの大きな作業を終えた達成感と掃除のすっきり感で、
わーっと幸せ!
太陽もぽかぽか。
次の新しいテーマ、プランに向けて一気にまた気持ちも盛り上がって最高です。

まさに今日、今、新しい国、新しい土地にて旅を始めたような感じでさっそく色塗りです。

私は旅ごとに絵を描き、一式絵を揃えたりしますが、
これってよかったなぁって今更思います。

絵を描く日々の中、いつも「気持ちがマンネリ化しないこと」「いつも最高にわくわくしていること」が最重要課題になってくるんですが、旅ごとに風景も内容も変わるんでいつも新鮮な気持ちでいっぱいです。

しかも脳内では描き続ける限り旅も続く…
特にこのコロナ時代、この脳内トリップ、おすすめです。
過去に行った旅行の写真から絵を描いたり、小さな旅行記にしてみたり、
写真をアルバムにするだけでもきっと楽しいと思いますよ!
感想を書き込んでみたり。

ぜひやってもらいたいです。

2020年10月18日

「テーマ」

前回、いろいろその時のテーマ・興味を取りこぼさないように描いていきたいと書いたのだけど、
今はむしろ、深く自分に刺さるテーマを探し中。

私の場合は、これをテーマにしよう、と決めてモチーフを探すのではなくて、
旅先で光る「これ!」というものとの出逢いからすべてが始まる・・という感じ。
出歩くことがまず第一歩なのだ。

だからこそこのコロナ禍ではもう、どこにも行けず、どうするの!?と言いたい。

小さい頃から今も変わらず、
海外で出合う何か、予想だにしない美しさやわくわくが絵を描く理由だったから、
とにかく海外に行けないのが痛い・・。

最近は日本をテーマにしたものとか植物を描くことも多いから、
国内でできることも多少なりともあるのだけど、
今の心境としては、
何かもっと大きな出逢いがほしい。揺さぶるなにかが。


よく言われているのが、
人は最悪、って思う状況は逆にチャンスとなってすごく事態が好転するというもの。

確かに前にスランプに陥った時も、
結果的に古書と出合って、そのおかげで今の絵のスタイルがあるわけだし、
今はあのスランプにありがとうと思う。必然だったな、って。

ということは今のコロナでのいろいろなことも、
後になったらありがたいくらいの変化をもたらしてるのだろうか?
コロナ、なくてはならなかったな・・!ってくらいの?

今、そこに向けての大変化が私の中や周りで起きているのかな。
そうでありたいな。

2020年10月17日

いろいろ、変わること

こちらは、以前描いた香港での食事の絵。

あの時って自由旅行だったけど、その日だけツアーに乗っかって、
ランチはコースになっていたっけ。
慌ただしく料理が届いたり食べたり、テーブル回したりしながら私、よく描いたなぁ!
よっぽど描きたかったんだな、ってこの絵を見て思い出す。

今だったらもしかしてそのせわしなさに圧倒されて、ちょっと怯んでいるかも。
というか最初っから食べているかもしれない・・。
(ここは、描く!とピンと来てれば結局何を差し置いても描くけれども)

時代と共に絵自体や興味のあることやテーマも変わるけど、
他にもいろいろ変わるなって思う。

例えば旅先で絵を描くってことは、たいてい道端に立って描いていたりするんだけど、
20代が終わってからは無意識に座って描けるところを探している気がする。
いや立って描いたりもするんだけど、
あまりの疲れに絵の集中力が早く切れたりもするの。
(旅のスケッチって、あらゆるものに翻弄されて結構過酷、なんです。
暑さ、寒さ、キツめの日差し、雨、風、人混みなどの人の流れ、周りの邪魔にならないように、立ち続ける体力、旅の疲れ・・・など)

情熱と体力のバランス、
現場で描く大事さと、アトリエでじっくり描く大事さのバランス。
いろいろなバランスの末に絵はできるなって思うし、
その結果が絵に出ている。

絵を見て思うのが、どの絵もその時の「これが今のベスト。今の私。今そのもの」であるってこと。

そしてどれもがちょっとずつ違う「今」で、
そのどれもが、今いる今は「描かないなぁ」というテーマだったりもして。
だからこそ、今しか描けないものを取りこぼさないように・・
といつも思うのです。

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2020年10月11日

最近のこと

こんにちは!

こんなにもご無沙汰してしまいました。
コロナ禍ですっかり気持ちもああだこうだと変わってしまい、
やる気が出たり、引っ込んだり、あれがしたいと思ったり、
憂鬱になったり…
今まで思い描いていたのとは全く違うところに気持ちがある気がします。

今、また気持ちを新たに、改めて進もう、という日々です。
いやむしろ自分自身と向き合うような。
何がしたいの、どうしたいの、私の人生は?何が幸せ?って。

加えて年齢的にもね。
たぶん熱く駆け抜けた若かった日々がちょうど一息ついて落ち着くような、
そんなタイミングなのかもしれないです。
気持ちが自然と、切り替わるようなタイミングも来ているみたいです。

だからこれからに向けて、また自分の中を見つめてゆっくり、いろいろ模索中です。
自分の日々の「こうありたい」というパーソナルな部分とも絡むので、
絵のことはいつも人生とぴったり隣り合わせ。
絵の中身の行方も、こうして日々考えることに合わせて変わってゆくのかな、
なんて感じます。

でももちろん描いていきたい。
でもちゃんと描きたいものを突き詰めて描きたい。
それに絵で世のお役に立ちたい。
それでいろいろ考えたりしています。

コロナでかなーりいろいろなことに腰が重くなって、
私このままじっと石のように固まりそう‥
とちょっと思うほどなんですが、
一方で日々の幸せ、自分や周りをしみじみ大事に思う生活も悪くない。
よく考えると、昨年末や年始に思っていた、
「忙しさであっぷあっぷせず、日々生きることを味わいたい。幸せなゆっくりの時間も欲しい」
という願いが、図らずも叶っている‥!!
それがコロナのおかげだったらなんだか複雑だけど。。

こうやって思っていたことに現実が寄っていくなら、
正直、いろいろめまぐるしくても構わないから、
元の自由な日々に戻りたいなぁ!
で、海外に自由に問題なく行ける日々に‥(ToT)戻る!

数年後、まるっきり元に戻って、このコロナ禍がまるで夢か幻のよう、
そんなことあったなんて信じられないね、と言えてますように。そう願ってます。

ではでは!

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2020年05月24日

過渡期??

この絵は古書に描きだした頃、のごく初期のもの。
初めてアルゼンチンで、古書に描くという発見をして喜んで、その後の2冊目がこれ。

メキシコで買い、メキシコでスケッチして回ったスケッチブックなんだけど、出版社はスペイン・バルセロナのものでね。その後バルセロナにてこの本のシリーズと再会して以来、愛用してます!

さてそれはいいとして。
私は2007年から新潮社のマイブックに基本、面白かった話をメモする日記をつけているのだけど、もう13年目!

今、2007年の日記を読み直しているのだけど(この日々に笑いを、と思って)、なんだか当時の輝いていた若かりし頃というものを垣間見てちょっと新鮮。

例えば通訳バイトで怒涛のように働いた次の日に飛行機に乗ってニューヨークとかに飛んでいて、そこで個展の算段をつけてくるというこのガッツ…今じゃちょっとポカンとしてしまう。

そして帰国した次の日の早朝から築地にお寿司を食べに行っている…!!
毎日毎日友達に会いに行ってまるでジェットコースターのように目まぐるしい。
今見るときらっきらとした毎日で、ひたすらに自由で‥
いかに今落ち着いたかと言うことをとにかく再認識した。
そして今やそこには戻れないし、その時代も終わったなと。
(でもやるべき時に思いっきり遊び、やりたいことみんなやっといてほんとによかった)

やっぱり子供が生まれると気持ちの方も落ち着くのかな。
いつまでも身軽に、描きたいものは描き生きていくと決めていたけど、
じわじわといろいろなものが変わってきているみたい。

興味も変わってきて、飽きたものや興味を持たなくなったものもある。
しかも今心境も変わりつつあり、過渡期なのかも。
もう前のようなエネルギッシュさとは相いれないような、違う境地にいるかもしれない。

溢れ出すバイタリティーで細かいものをバリバリと描きたがっていたあの頃とは明らかに別人。
今何に興味があって何ならめちゃめちゃ描きたいのか、よーく感じるべき時間なのかな。

描きながらも徐々に、探っていきたいな。
本当は旅に出てガツンと感動して描きたいけど。
きっといつか近々、行けますように!


2020年05月20日

自粛生活

自粛生活もだいぶきました。
調子よく絵を描いたり、いろいろなことをバランスとっていたつもりが、
ある日ふと苦しくなってました‥。

たぶん日本中、世界中疲弊していて似たり寄ったりなのかなとは思うけど、
それにしてもキツイ時はキツイ。
なんだかさめざめ涙してしまいました。
絵を描いている間は多少この世界から切り離されてよい感じではあるものの、
ちょっと油断するとなにもかも嫌になっている状態。楽しくない。。

楽しくなくなると、それまで楽しむつもりで取っておいたあらゆるものも急に色褪せたり
(本とかテレビとか縫い物とか絵とか)。
朝起きてもつまらないし、寝るのもつまらない。
さすがに外気にもうちょっと触れて気分変えた方がよさそう。

あと、昔の写真で脳内海外旅行とかどうかな。

nakaumx3 at 12:31|PermalinkComments(0)clip!日々のつれづれ 

2020年05月10日

こんばんは!

こんばんは!
今夜は久々の夜更かしです。

前だけを向いて、とにかくとことんよい一日を送ろう、と毎日を過ごす一方で、
やっぱりこの1ヶ月、2ヶ月を「長い」と決して感じたくはない、という気持ちはとても強い私です。
結果、ともかく夜はすぐに寝ようと、ちょっとだけ早めに寝る生活がずっと続いているんですよ。
そして朝は朝で、それなりにできる限りは寝る(笑)。

以前は夜寝るのが早い分、暗いうちに起きてやりたいことに集中して、それはもう充実していたんですが、今はさすがに一日が短いのなんの。
瞬く間に過ぎて行って、家事をしただけで一日が終わったんじゃないかと言うくらい。

絵なんてほんのちらっと描いただけのような気がします。
やっぱり本気で時間を捻出しないと、なんの時間も残らないかも‥。

だから今夜の夜更かしはたとえ数時間でも、相当意味のある時間で。
絵が描けて久々充実です。

絵を描くって、本当に清いものがある。
まるで治癒のシャワーでも浴びているみたい。

どうにかこのひとつひとつの描く時の考え方とか、
何をどう見ていてどうするとこうなるのかとか、
知りたい方に伝えたいんだけどな‥(ものすごーく細かい作業なんです)。
そんなことを今も考えてるところです。

たぶん理想はマンツーマンな気がします。
それも、手取り足取り1から、同じモチーフを一緒に観察して思考回路から全部一緒になぞって歩を進めるような、そういう感じでしかなかなか細かく私の技術をお伝えしにくいかも。

そうやって知りたいと言ってくださる方には、みっちりお伝えしたいな。
なのにこのタイミングでコロナ。なんともいえません。

2020年05月05日

スケッチのススメ

昨日書いたように、道端の草花を描くこと、
これ自粛の日々の中で結構おすすめです。

本当に身近なところから感動をもらえて、
しかも描くことでますます心躍る…!

こんなにエキサイティングとは、って思うほどです。
それに近所の足元付近すら宝の山みたいに思えて、辺りはまるで別世界に見えてきたり。

そこでオフィシャルサイトの方に、新しいアイデアを載せてみました。

お花のスケッチをしてみたいけど、どうにも始めにくい、という方のために、
花束の一部を既にスケッチしてある絵をご用意しました。

あとはそちらをダウンロードして、ご家庭のプリンターで印刷。
そのお花の周りにご自分で摘んだ野の花などを描きこんでみてくださいね。

そうしたら自分だけの花束の完成です。

どんな新しい花束ができあがるか、想像するだけでも幸せです。

ご興味のある方は、こちらです。
よかったらやってみてくださいね。


花束

外に出るのが自粛になると、不思議とインドア派の人でも外に出たくなる衝動があるものですね‥!

かなり家は出ていないのですが、散歩はOKというのを知って、最近のたまの楽しみは近所のちょっとしたお散歩です。

その時見つけた楽しみが、道端の草花を集めて花束にすること。
春だからか思いの外色彩に富んで、もうすっごく美しいの!
道端からこんなにたくさんの喜びをもらうなんて思っても見なかった。

家でも大事大事にして、好きすぎて絵を描いてしまうのももったいないくらいだったんだけど
(本物を越えられないかもしれないプレッシャーのせいかな‥)
結局このまま旬が過ぎるのも切なくて、結局描く。

それが、この絵です。
今も完成したものをずっと目の前において、春を存分に愛でている、浴びている、という感じ。

道端の野の花(雑草ですが)って、お花やさんの花と違って、
思いっきり個性を出しきって生きていて、のびのびとしていているのがすごくいい。
一番輝いた状態でそこに咲いている気がする。
そこに魅力があるんだろうな。

前にクロトンという植物がバリ島で、
自然に近い状態で葉を出していたのに遭遇したことがあったのね。

その姿かたち、色彩の美しさに思わず足は止まり、その場で描かずにはおれなかったんだけど、
日本で売っているクロトンはお行儀がよくて色艶もいいけど、まるっきり絵を描きたくならない、
魅力は4割がた消し去っている、というのを経験したことがある。
(サイズや栄養の行き届き方は日本のの方が立派だったけど。
でもあんまり内から発している良さというものはなかった)

やっぱり自由に、あるがままに自分を花開かせるというのは
小さな草花でさえこんなに大事なことなんだなって思っちゃう。
こんなにも結果、輝き方が違うんだなって。

たぶん人もそう。
もっとわかりやすくそうなんだろうなって思う。

あんまりルールや社会にがんじがらめに縛られて、
萎縮しないようなバランス感覚が本当に大事だろうな。人を育てる時とかも。
(私はやりたいことしかやっていないからその点ではだいぶ萎縮していない方なのかな‥?)

一日一日最大限楽しく、いきいきと、心高鳴らせて、生き切らないとな。

nakaumx3 at 09:01|PermalinkComments(0)clip!日々のつれづれ