牛川原人を訪ねたのだからと、隣町の三ケ日原人も訪ねてみました。
昔は、原人の暮らしを描いた大きな看板やスイッチを押すと音声ガイダンスが流れる装置があったような気がしますが今はありません。
遺跡付近には遺跡への目印・案内板も無く、ミカン畑の奥に碑などがあるだけで、ひっそりとしています。
かなり力の入れ方が変わったなあというのが感想です。
原因は、「ここで発掘された骨は現在、縄文時代の人骨と判明し三ケ日人と言われています」だからかな?

私が日本史を習ったころは、教科書に三ケ日原人・牛川原人と記載されていたのですが・・・
ちょっと悔しいのは、牛川原人が人骨から獣骨になってしまったのに、こちらは時代は新しくなっても人骨のままだったことです。

画像は上から碑2枚、その奥に発掘現場、道路から遺跡への入り口付近です。

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