2005年04月28日

私と脳死患者その1

コメントレスをする前に、私の脳死患者のベースになっている患者さんのお話を書きたいと思います。

私が、まだ研修医の頃、半年ほど救命救急に勤務していました。

事故で運び込まれた患者さんは、まだ1歳にも満たない、女の子でした。
初診を診た訳ではなく、直接の主治医でもありませんでしたが、それはもう、可愛らしい子でした。
ただ、、、
意識はありません。人工呼吸器につながれています。
母親は毎日、面会時間になると訪床し、声をかけ、手を握り、懸命に看病されていました。
スタッフも、入院が長期になり、愛着は増すばかりでした。

しかし、意識は戻りません。

遂に、脳死判定が行われました。

脳死でした。

しかし、誰一人、彼女が死んだなど思う家族もスタッフもいませんでした。
当然、必要な治療はまったく脳死判定後も変わりなく続けられました。
母親も、今日は笑ってくれたような気がする、指が動いたような気がすると。
スタッフも、いま、少し心拍が上がったよ、笑ったよ、まぶたが動いたよ、声が出たよと、母親と一緒になって喜びました。

2週間ほどその状態が続き、、、

2回目の脳死判定が行われました。

やはり、どう転んでも脳死判定は翻りませんでした。

しかし、脳死判定が出たからといって、何も変わらず、看病も介護も看護も続けられました。
ICUの一番端っこのベットで、もう、何ヶ月も治療!が続けられました。奇跡や神様という言葉があるならばそれを信じて。

普通、脳死になれば、直に心臓が止まります。しかし、彼女は生きたかったのでしょう。
母親と会える事をきっと喜んでいたのでしょう。母親が来たときには、彼女から、何か幸せそうな、何かが感じられました。
もっと、長く、一緒にいたいと願ったのでしょう。母親ともっとお話がしたかったのでしょう。

脳死判定が出てから2ヶ月ほど、頑張って、生きて、精一杯生きてから、息を引き取りました。

以上、私が唯一関わった脳死患者のお話です。
私は脳死が人の死だとは思えないし、思いたくない。
この症例が強く私の心に残っているからかもしれません。

もちろん、脳死を賛成と思い、自分にその機会があれば臓器を提供しようという方をどうこう言うつもりは全くありませんし、移植で助かるかもしれない命が確かに存在し、それが出来る医療水準があるならば。

当時(現在も)、小児からの脳死臓器提供は認められていませんし、こんな小さな子は自分で意志を表明することはできません。本来の脳死を語るには、あまり意味のない症例かもしれませんが。

もう1例、救急の自分の受け持ち患者様のことを書かせていただいてから、また、話す機会があれば、脳死については触れるつもりです。


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1. 脳死は死か?1  [ 小犬のワルツ ]   2005年04月28日 20:40
たまたま全く関係ないことでネットをうろうろしていたら、脳死について議論されているblogにたどり着きました。 結のことがあって以来、脳死について、倫理観についてなど、考えるようになりました。 実際、図書館でそのような本ばかり借りて読み漁るようになりました。...

この記事へのコメント

1. Posted by Nag   2005年04月28日 08:42
脳死判定の後に2ヶ月生きたというのは驚きです。
そういう事例って多いものなのでしょうか?
私はまだ実際に医師として働いているわけじゃないので、結局自分の意見は理想論や机上の理論なのかもしれないと思いました。
2. Posted by シホ   2005年04月28日 20:02
シホです。今弁護士目指しています。実は私国立医科大を裏口入学で落ちた経験から法律に目覚めました。この体験がある事情からもうじき公にはなるかもしれませんが今は医者にはならずに法律家になる道を選んで良かったとは思っています。あの時の精神科の跡取り娘は森の多い大阪郊外でまだ診療しているみたいですが、私立でも国立でも患者や受験生、裏口入学の被害者は誰なんでしょうかね?
3. Posted by @むーむー   2005年04月28日 23:20
この話は胸を打たれるとってもいい話です。そして日本は恵まれた国だと痛感します。医療費も安いです。国民皆保険ですしね。それだからゆっくりと、お別れの時がもてることもできるわけですね。

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