「事実に基づいた経営」
ジェフリー・フェファー&ロバート・サットン 2009年 東洋経済出版社


日本語版の序文で、著者が問題としているのは、レイオフなど効果の無いアメリカ型の経営手法を日本企業が真似していることだという。事実に基づいた経営とは「経営者のエゴとの対決である」としています。「アメリカはかつてプラグマティズム − とにかくやってみるという気質 − の国だった。しかし、今や科学教育ですら信条や思い込みの影響を受けることが多くなっているように思われる」と述懐しています。日本向けに謙遜していますが、日本の現状は認識している筈。

この本でビックリするのは、アメリカの一流の経営学者は勉強不足で、事実に基づけば感情無しで意思決定が出来ると言う妄想に囚われている事です。シメタ!これなら赤子の手を捻るように勝てる。何せ、アメリカ人なんぞという、どうせ何にも解っていない連中が相手なのだから。


● 事実に基づいた経営の前提

「M&Aが失敗に終わることは多い。ダイムラーとクライスラー、AOLとタイムワーナー、HPとコンパック…」「M&Aの70%以上は、期待した結果を上げられず、マイナス効果の方が大きい」一方で、「シスコは、57社を胸やけすることなく消化した」。

「ビジネスの意思決定は往々にして希望的観測、不安、他社がやっていること、経営陣の誰かが昔やってうまくいったかどうか、あるいは思い込みといったもの − 一言で言えば、事実とは関係ないもの − に頼っている」。

ベンチマーキングは、上っ面を真似しているだけ。「トヨタ自動車を真似した、ラインを止めるロープ、JITの在庫管理、統計的な管理チャート」「ノードストロームの売上コミッション制やGEの強制ランキングシステム」。

失敗の根底には、1) 目につくことが真似される、2) 他社で成功したからと言って、自社に当てはまるかどうかは判らない、があります。特に、「何をするかではなく、どう考えるかを真似なければならなかったんだ」「その会社はその手法のお陰で成功したのか、その手法を使ったにも拘らず成功したのか」「それを取り入れることがマイナスになることは無いのか」という問題を留意すべきです。

「スキャンダルの多くは、ストックオプションや株式に依存した報酬体系に原因がある」「業績を操作する犯罪を煽ったともいえる」「経営陣の報酬のストックオプションの比率が高いほど、財務諸表の訂正を行っている」「期待で成り立つ株式市場での反応で業績を測ったり報いたりすることと、本当の市場で売上や業績、生産性を測ったり報いたりすることを混同してはいけない」「株式に関係するインセンティブ制度が企業の業績を向上させたという証拠は皆無に近い」。

先発者利益も「データによる検証では結果ははっきり出ていない」。「信念とそれに基づく判断に執着する」のは、妄想は否定されようが無いからです。事実に基づかない妄想は事実では否定しようがないのです。妄想が強い場合には「お前らの目は節穴か!」ということになり、事実無根だけに手の着けようはありません。妄執から離れることを解脱と言いますが、それが難しいのは言うまでもありません。

事実に基づいた医療の父、デビット・サケット教授が提唱した、検証された事実に基づいた医療は、「検証された事実が医師の治療を向上させている」と評価されています。それは、1) 事実に基づいて行動するという方針、2) 常に新しい事実に基づくやり方を用いると言うコミットメント、に基づいています。

1998年にカジノを運営するハラーズ・エンターティメントのCOOに就いた元ハーバード・ビジネススクールの准教授ゲーリー・ラブマンは、「習慣を事実で置き換え、常識を事実で検証する」を文字通りの意味で実行しました。彼は「採用時に仕事の中身を伝え、訓練を充実させ、現場での指導の質を強化するといった投資は、従業員の定着率と士気を向上させることが判った」結果として「顧客満足を向上させ」再来店意欲を向上させました。「競合カジノは、いまだに真似できず『昔からの常識』に頼って経営を続けている」のは、妄想を否定するのが如何に難しいかを証明しています。

エンタープライズ・レンタカーの社員は、顧客満足度調査の「点数が平均よりも低ければ昇進できない」。

ケント・サリーが、腎臓透析センターのダヴィータに加わった時、「誇張無し、事実だけ」というモットーを貫きました。ダヴィータの報告システムで重要なのは「何が報告されていないか」で、「事実を隠さない文化こそが、その根底にある」。

ヤフーのデータ責任者ウサマ・ファイヤドは「議論することよりも、実際に行って、どれが一番受けたのかを見る方が早くて安いのだ」

「現場で得られる定性的な情報は、ビジネスの前提が本当にその通りかを考えてみる強力なツールになる」。事実に気づくやり方を決め、そのやり方に従って収集した『兆し情報』=定点観測は、現場の変化を探査する優れたやり方です。

教師に対する成績を反映した報酬制度は、上手くいっていないにも拘らず、何度も採用されるものの一つになっているようです。

=アイディアや手法を試す前にすべき質問=
・それは、社員や組織についてどのような前提を置いているのか?
・それがうまくいくためには、社員や組織はどうでなくてはならないのか?
・その前提は理にかなっているのか?
・前提が間違っていた時、それが上手くいくだろうか?
・その前提の妥当性を試す費用のかからない簡単な方法はないだろうか?
・自分が考える前提にもっと合ったものはないだろうか?

事実に基づいた経営を実践するには「何をしたら良いかだけでなく、どうしたら良いか」が問題です。「トヨタ自動車は競争相手に工場のツアーを許し、そのシステムはあちこちの本で書かれているにも拘らず、その生産性、品質、新製品開発の早さに敵う競争相手はいまだに現れていない」。

「事実に基づいた経営を行おうとすると」「自分の持っていた権威がデータに置き換わってしまうのではないかと抵抗する人々が出てくる」。「CEOが、データとそれに基づく洞察によって運営している会社の方が業績が良いという結果が出ている」。ソクラテスの無知の知は、未だに学ばれてはいないようです。

『メッセージを伝えに来た人を怒るな』有名な格言です。「悪いニュースを聞いて喜ぶ人は少ない」そして、「嘘が成り立つには、二人の人間が必要だ」ということです。嘘を信じたい相手と、それを感じて嘘をついてあげる人の二人です。そして、「悪いニュースを伝えることを奨励しなければならない」「リーダーは大変な辛抱が必要だ」ということです。

優れた経営者は「悪いニュースを求めている。なぜなら、良いニュースは何の意思決定も要らないが、悪いニュースには何かをしなければならないからだ」。

「事実と向き合いたくないという気持ちを克服する方法は一つしかない。人間の心の中には良いニュースしか聞きたくない傾向があることを理解し、意識的に反対の立場を取ることだ。事実を知るのは、未だ直せる早い段階の方が良い」。

ビジネス書が勧める多くの「こうしなさい」には、互いにまるで整合性が無く、どちらが妥当かを判断する情報もありません。

GEの前CEOのジャック・ウェルチの賛否両論ある強制ランキング。「生徒は成績をつけられない時の方が、ましてやランキングされない時の方が、学習効果が高いのが事実なのだ」。

ロバート・モンダヴィが1966年にナババレーでワイン造りを始めた時、「彼が目指したのは自分だけでなくナババレーにある全てのワイナリーの評判と質を上げることだった」。マイケルポーターは意図的にその事実を書かなかったようです。

『我々は、競合会社と競争しているのではない。お客様の選択をめぐる競争をしているのだ』(カナジュウコーポレーション-牧野社長)の言葉通り、競合を戦略検討段階では気にも留めるてはいけません。競合を気にするのは、現場の戦術のみです。

大成功した会社は、危険性が高く「会社を破滅させたかもしれない確率の方が遥かに高い戦略のお陰で」「会社の資源を限られた範囲に集中させた戦略」がいつも良いように勘違いをさせます。

「期待の高さと実際の成果が正比例する」(ピグマリオン効果)

エクセレントカンパニーとされたセブン-イレブンの親会社サウスランドは、現場に「全ての顧客に対して目と目を合わせて微笑みながら感謝を示す」ことを動機づけました。しかし、最終的に分かったのは、礼儀正しさと店の売上との間には何の関係も無いということだった」「忙しい店の店員はあまり礼儀正しくない」「多くのセブンイレブンの顧客にとっての良いサービスは、早く買い物が済ませられることであって、見せかけの微笑みではないことにやっと気がついたのだった」のです。

「相関は因果関係とは違う」し、「数えられるものがいつも重要だとは限らない」(アインシュタイン)。

「自分が何をしているか認識するのは大切です」。自分が何をしているのか理解している人は殆ど居ません。

経営の知識を評価するには、同じような考え方ややり方が過去にも有効だったかを確認します。

根本解決は迷惑な事も多いのです。例えば、ネットの接続の調子が悪い時に、PCのOSを再インストールして根本的に解決するよりも、1ヶ月に1〜2回ルーターの電源を8秒間切って再起動した方が良い。例えそれが一時逃れの頓服だとしても。そして、その頓服で直ったという夢想が消えない内に、新しい頓服を呑み込み続ける必要があります。こういやって今猿は永遠に儲けることができるのです。目出度し目出度し!

だから、経営知識の売り方は洗剤と同じで「大切なのは、何が新しくて、どこが良くなったか、ということだけだ」根本の効果は問題にしてはなりません。

「20年前、日本メーカーがアメリカの自動車業界の脅威になった時、フォードはエドワーズ・デミングの経営思想に基づいて品質の向上に目指した。結果は1979年から82年のトータルで30億ドルの損失を出した会社が86年にはアメリカのメーカーの中で高収益の会社に変身したのである」「しかし、フォードは品質を忘れてしまった。コストも欠陥も増え、2001年には20年前に逆戻りしたような状態だった。解決策は品質という古いアイディアにもう一度戻ることだが、今回はシックスシグマと呼んで新しいことをやっているように見せかけている」「古いアイディアはつまらないのだ」。

「新しい発明なんてここには無い」「古いアイディアの新しい使い方を見つける」だけです。ウォークマンを何故ウォークマンと言うか知っていますか?ウォークマンは少なくとも5百年前から居たからです。ウォークマンは、技術的には何も新しい物ではありません。しかも、ウォークマンは、中世西欧の貴族の好きな音楽を行く先々で音楽を奏でさせた宮廷音楽師だったのです。歩いて音楽を奏でる人だからウォークマンです。ですから、ウォークマンは買った人ではなく、主人の好みの音楽を、主人がどこに行こうとその身近に(耳元で)響かせる者(物)です。買った人を呼び捨てにするネーミングはあり得ませんヨネ。

以上のように、新製品については、百年以上前の歴史を調べ、その基本的なニーズを充足した製品/サービスがあれば、その新製品には可能性があります。過去の歴史において存在しなかったニーズは、新しく生じることはあり得ません。人間に新しい欲望が生じる可能性は皆無ではありませんが、皆無に近いでしょう。

「次々と新しい戦略を取り入れ、部下たちはてんてこ舞いだった。だから、新しい戦略が発表されると、社員は何もしなくなった。何もしていないことがわかる頃には、また違う戦略になっているからである」。

「新しいアイディアだと言うのは、私は無知だと言うようなものだし、これまでにないような効果があると言うのは私は思い上がっていると言っているようなものだ」(スタンフォード大学ジェームス・マーティン)。

「気をつけなさい。もし誰かが答えを知っていると言ったら、たぶんその人は問題が解かっていないのだ」(コアコンピタンス経営の著者の一人C・Kプラハラード)。

もし効く薬なら「副作用の無い薬は無い。どんな上手くいった手術でも危険が無くなることはない」。シックスシグマやTQMなどのプロセス改善手法によって、効率は上がるがイノベーションが減ることを指摘した。医療と違いビジネスの世界では「成功の陰にある問題点」を隠蔽しても咎められることはありません。今猿にとっては、客先の会社が潰れて死人に口無し、後腐れはありません。目出度し目出度し、という訳ですネ。

インタビューによって聴取した物語は、演習として使うには有効だし、それ自体は面白いのですが、何の役にも立ちません。何のヒントにもならないし、何も証明することはできません。殆どの今猿がインタビューを使うのはこの為です。プロは現場を見ただけで理解します。事実を見ただけでは何も見えないど素人今猿が、文字通りの「訊いた風な話」を聞いて書くのが、新しいビジネスアイディアなのです。

記憶の想起とは、記憶の再構成であることが神経科学で確かめられています。成功した後では、過去は美化され、他人に聞かせたい話が再構成されます。それは、現実よりも尤もらしいので多くの人々の信仰を集めます。目出度し目出度し。世の中はいよいよ出鱈目に満ち満ちていきます。

これを避けるためには「リアルタイムで人々が何をするかを調査すること」だと著者たちは言いますが、現場を見れば解るのではないでしょうか。学者も聞かなければ何かを解ったような気にもなれない人種なのでしょうか?呆れますね!確かに、結果が出た後の『後付の理屈』ほど当てにならないものはありません。ですが、人の記憶ではなく、事実の痕跡は残っていないのでしょうか?

サイモン&ガーファンクルの歌の詞に「人は聞きたい事だけを聞く」し、「人間は信じているものだけが見える」のです。それが証拠に、実在しない妖怪が見えるのです。

「理論というのは自己完結でもある」「自分の理論の従って行動すると、理論通りの結果が出るもの」です。

「経済学者は自己中心的な方が得をする/金銭的な動機付けが有効だと教えている」だから「天文学専攻の学生に比べ、ミクロ経済学の学生の方が遥かに嘘をつく確率が高い」のだそうです。

クリントンもブッシュもジュリアーニも、明らかな証拠と実証研究者の警告を無視して、過去にも失敗したにも拘らず、社会的進級を廃止しました。「自分の信条に凝り固まって事実を直視しようとしなければ、学ぶことさえできない」のです。

ソクラテスの『無知の知』を知る者でも、『真理を求めて、真理を得たと思った時、それを信じてはならない』を実行出来る者は少ない。『知識を利用して行動する』ことの難しさは著者達が想定している以上に難しいものです。



事実に基づいた経営(その1)
事実に基づいた経営(その2)
事実に基づいた経営(その3)