緒言
広島県広島市安佐南区川内の蓼丸姓の人に往復はがきで姓の由来について問い合わせた。なお、蓼丸姓の人は綾瀬はるかの父。

結果としては蓼丸姓に関しては返信がなかった。そこで、広島市立中央図書館、広島県立図書館の資料を探したところ真相に関する情報を入手することができたので最後まで読むと分かるように記述した。

往復はがきでは別に同じ広島県広島市安佐南区川内の蓼姓、蓼尾姓の人についても問い合わせており、蓼姓の一人から返信があったので内容を以下で記す。

広島県広島市安佐南区川内での蓼姓の伝承
「安佐南区にある蓼姓のうち、3件は私(53才)の兄弟が分家して出た家です。

蓼丸、蓼尾等とは、昔に親戚関係であったかも知れませんが、定かではありません。小生も詳しい由来を知りたいと願っております」

以上の内容で本人も分からないとのことだった。基本としては語源に関する認識として次の点が重要と考える。

「逆説的に『ある語について語源が不明であることを明らかにするのが語源学』といわれるように、語源不詳の語が少なくないのが実情であるが、我々は『語源不詳』と断を下す前に、多少とも可能性のある仮説を疑問符を付けて提示するように努めた」

『英語語源辞典』(寺澤芳雄編、研究社、2004)

「本人が分からないということが分かった」というだけでも進展があった。そして「蓼・蓼尾・蓼丸」は同じ場所にあるという点が肝要である。

日本姓氏語源辞典で記述していた蓼・蓼尾・蓼丸
タデ 蓼 広島県広島市安佐南区。広島県広島市安佐南区川内が起源地。
タデオ 蓼尾 広島県広島市安佐南区。広島県広島市安佐南区川内に分布。タデ 蓼参照。
タデマル 蓼丸 広島県広島市安佐南区。広島県広島市安佐南区川内に分布。タデ 蓼参照。

判明した情報から改訂したものを文末に掲載する。

ウェブ上の蓼・蓼丸に関する記述
【名字】蓼
【解説】
ヤナギタデが生えている場所がルーツだと思われる。広島県広島市に多く見られる。
最終更新:2012/09/13 21:14:42  最終更新者:ヒロ
http://megalodon.jp/2013-0927-2307-47/myoji-yurai.net/searchResult.htm?myojiKanji=%E8%93%BC

本人が分からないと言っているのに「ヤナギタデが生えている場所がルーツだと思われる」となぜ言えるのか説明が必要である。「思われる」との受け身での表現では誰が思っているのかが不明。

また、「【全国人数】 およそ60人」とあった。これは過大な数値と考える。その理由としては小唄に蓼派があり、2010年の電話帳に登録がある8件の蓼姓のうち5件は小唄の芸名であることが名前と地図によりわかるからである。

別に推定人口に関して以下では50人としている。広島県広島市安佐南区で2007年の電話帳では5件、2010年の電話帳では3件であることから約20人とするのが妥当な数値。

一字姓一覧
蓼 たで 50
http://myoujijiten.web.fc2.com/itizi.html

【名字】蓼丸
【解説】
広島県に少数みられる。「たで」は原野などにたつ建物が語源であり、城壁や堀に関する物が由来。伊達氏と関連する。中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)山蔭流がある。
最終更新:2013/07/08 11:03:15  最終更新者:エメポンテ
http://megalodon.jp/2013-0927-2306-13/myoji-yurai.net/searchResult.htm?myojiKanji=%E8%93%BC%E4%B8%B8

出典の情報がない記述でなぜ「伊達」と関連と断言できるのか根拠が不明。同じ場所にある「蓼・蓼尾」と関連すると考える。

以下でも伊達との関連を否定して蓼との関連を記している。

綾瀬はるか 本名 蓼丸の由来 [芸能]
2013年の大晦日の紅白歌合戦の紅組司会を務めることが内定した、綾瀬はるか(28)をネット調べてみたら、本名が珍しいとネットで話題となっていました。

そこで綾瀬はるかの本名の由来、あと芸名の由来も調べてみました。

綾瀬はるかのプロフィール
生年月日/1985年3月24日
身長/165cm
体重/47kg
スリーサイズ/B88、W61、H91
血液型/B型
出身地/広島県
趣味/映画鑑賞
特技/バスケットボール 中学3年生の時、中国地区の駅伝大会に出場。
デビューのきっかけ/第25回 ホリプロ タレント スカウトキャラバン 審査員特別賞 (2000年)

本名は非公表

綾瀬はるかは芸名であり本名は公式には非公開となっている。しかしネットでは本名 蓼丸綾(たでまるあや)と公開されてる。

蓼丸(たでまる)の苗字の由来について
苗字が珍しいため、いろんな憶測が飛んでいます。ネットでも2つの由来が存在しました。

蓼丸という苗字は広島市安佐南区に、2、3世帯あるようです。

そして他にも「蓼」という苗字が存在し、全国で10件、そのうち5件が広島県。更に広島県の中では、10~11世帯もとも広島市に存在する。

『姓名分布&ランキング 写録宝夢巣』
http://www2.nipponsoft.co.jp/bldoko/

蓼丸の2つある由来を紹介

1つ目の由来は苗字由来ネット
http://myoji-yurai.net/m/

【名字】蓼丸
【読み】たでまる
【全国順位】 97,350位
【全国人数】 およそ10人
「たで」は原野などにたつ建物が語源であり、城壁や堀に関する物が由来。伊達氏と関連する。中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)山蔭流がある。

2つ目の由来は
苗字の蓼とは?

広島は蓼の名産地

紅蓼 広島蓼協同組合
http://hiroshima-tade.or.jp/


広島では「紅蓼」を生産販売している。

「蓼食う虫も好きずき」というように少し辛味があり、好き嫌いの好みが分かれる。

苗字の‐丸とは?
開拓地を意味し、九州地方には「丸」の付く地名や苗字が多い。

よって綾瀬はるか(蓼丸綾)の先祖は、昔、広島市の地域で蓼の農地を開拓して、生産し収穫して生計を立てていた。名家と推測します。

個人的には2つ目の由来があっていると思います。広島の名産でもありますから・・・

綾瀬はるかの由来

デビュー間もなくの頃は、本名蓼丸綾で活動しており、インターネットで募集して綾瀬はるかという芸名に決まったようです。

綾瀬はるかの由来はハッキリとは分かっていません。本名の「綾」が由来のひとつであり、大林宣彦監督の映画『はるか、ノスタルジィ』の登場人物が由来であるという説が最も有力。

応募した人が同映画の

主人公・綾瀬慎介
ヒロイン・はるか

2人の名前からとったと推測されている。

大林宣彦監督も綾瀬はるかと同じ広島県出身であるため、それも関係しているのでは?と推測される。

『はるか、ノスタルジィ』は、山中恒が映画のために書き下ろした同名小説を原作とする日本映画。

山中恒の故郷である北海道・小樽を舞台に、人気小説家の男が、高校時代の自分とともに過去の記憶をたどっていく様を描くという話。
http://trend-showbiznews.blog.so-net.ne.jp/2013-10-15

伊達と関連というのは文中にあったように「憶測」であって蓼と関連する情報はある。

また、蓼丸は2007年の電話帳では1件のみ。「蓼丸という苗字は広島市安佐南区に、2、3世帯」と記しているのは Yahoo!知恵袋 での回答と同じであって出典を出していない記述。別の住居では別の世帯となるので「世帯」の語ではなく電話帳での件数で数えるべきことである。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13110614363

蓼に関しても「全国で10件」というのは上記したように小唄の蓼派の芸名を含んだもので実際はより少ない。

神妙なまでに、珍名 2013-04-15 22:34:04
そういえば、現在ドラマや映画、CMで大活躍している某女優も、本名は実に珍しい苗字なのだそうだ。本名非公表の方で、それが本名なのかも確証がないため、ここでは特定はしないのだが、某は広島県広島市出身で、本名の苗字は「蓼丸」と云うのだそうだ。読めるだろうか?

「たでまる」と読む。おそらく初見で当てられる方は限られるのではないだろうか。ちなみに広島にそこそこ縁のある私でも読めなかった。

「蓼丸」は、まさしく広島のご当地苗字で、市内安佐南区に集中している。「蓼」というのはタデ科の植物で、物によっては食べることもできるが、辛味と苦味がある。諺に「蓼食う虫も好き好き」というものがある。「蓼のように苦い植物も好んで食べる虫が居るくらい、人の好みもそれぞれである」という意味だ。

ちなみに「蓼」の付く苗字として他にも「蓼原」(たではら)というものがあって、こちらは尾道市に集中している。漢字から察するに、広島菜の農家と何らかの関係があるのかもしれない。某女優の実家については分からないのだが……。
http://ameblo.jp/mikuriya-koshodou/entry-11512137479.html

蓼丸姓は既に記したように2007年の電話帳では1件しかなく「集中」という表現は不適当。また、蓼原姓の分布としては広島県尾道市瀬戸田町福田が本拠。

「漢字から察するに、広島菜の農家と何らかの関係があるのかもしれない」というのは「蓼・蓼尾・蓼丸」の分布地である広島県広島市安佐南区川内についての下記の文からも推察することができる。

「当地は広島菜と呼ばれる漬物用平茎の特産地となった。麻の栽培は明治以降一層普及し、麻糸・畳縁・蚊屋地などの加工品製造も農間余業として広く行われた」
『角川日本地名大辞典 34 広島県』(「角川日本地名大辞典」編纂委員会編、角川書店、1987)

この広島県広島市安佐南区川内に関しては『広島菜栽培地域川内地区の経済地理学的研究』(三上昭莊、広島経済大学地域経済研究所、1998)という資料もある。

そして広島県広島市安佐南区川内は蓼丸のキーワードとしても出てくる。

蓼丸 で検索した人は、こんなキーワードでも検索しています

    広島市安佐南区川内 蓼丸
    蓼丸姓
    蓼丸 由来
    蓼丸綾 韓国
    蓼丸綾 実家
    蓼丸良平
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    蓼丸綾 兄
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    蓼丸 本名
    蓼丸 2013
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    蓼丸 名字由来
    蓼丸 建物
    蓼丸 原野
http://search.nifty.com/websearch/search?select=2&ss=nifty_top_tp&cflg=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&q=%E8%93%BC%E4%B8%B8&otype=web_nifty_1

2013年9月現在の検索語では「姓」、「名字」、「苗字」、「本名」と人名に関する語に関心が高いことが分かる。また、キーワードにある「蓼丸良孝」は問い合わせた父の名前。

そして「韓国」の語があるのに関しては、在日認定であって Google で「綾瀬はるか」を検索したところ2013年9月現在では「在日」の語が出てくる。

綾瀬はるかに関連する検索キーワード 
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この在日認定に関しては「官報情報検索サービス」で蓼丸の帰化の情報を検索したところではヒットしなかったことを記しておく。なお、帰化の記録とは別に『官報』の叙位・叙勲の記事に以下の人物の記載があった。

1970年10月29日
蓼丸貞子

1999年11月4日
蓼丸博文

別に『広島市電話番号簿 50音別 昭和42年6月1日現在』(中国電気通信局、1967)を見ると下記の名前が出ていた。

蓼丸武己

さらに『広島市 1970 ゼンリンの住宅地図』(弘文図書出版、1970)を調べると現在は「蓼丸良孝」となっている場所には「蓼丸(武)」との記載があった。以上からの推定では蓼丸武己は綾瀬はるかの祖父にあたる可能性のある人物。

蓼丸姓の真相に関する資料
上述の広島県広島市安佐南区川内は広島市となる前の地名では広島県安佐郡佐東町川内だった。

この佐東町に関する資料として広島市立中央図書館、広島県立図書館が所蔵している『想いでの佐東町 1』(佐東地区まちづくり協議会編、佐東地区まちづくり協議会、1996)、『想いでの佐東町 2』(佐東地区まちづくり協議会編、佐東地区まちづくり協議会、1999)がある。

そして前掲の資料を閲覧したところ巻頭に「旧佐東町字名図(昭和40年代)」の記載があり、小字に「蓼矢」があった。小字の位置を現在の地図から比定すると広島県広島市安佐南区川内6丁目の広島市立城南中学校の南に当たる土地であって地名の蓼矢に蓼丸姓がある。

地名と姓が一致するということが何を意味しているのかについては下記の文にある。

「『地名と姓が同じ場合、九九%までは地名をとって姓としたものです』―これは、陶公民館の老人学級の時間に『山口県の地名』の題で講演された山口県地名研究所・高橋文雄さんのお話の一節である」
『地名「立石」考』(青木繁、1985)
 
さらに広島県広島市安佐南区川内の姓と「旧佐東町字名図(昭和40年代)」の小字の分布を比較すると「両祖」、「下桶」といった姓と小字の地名が一致していた。

これらの僅姓が小字のある広島県広島市安佐南区川内に分布しているということは姓が地名から発生したことを示している。同地にどのような姓があるかは以下を参照。
 
住所でポン! 広島県広島市安佐南区川内
http://jpon.xyz/2007/22/18/22.html

蓼丸が地名からとして蓼丸と蓼矢で一字が違う「矢」は何を表しているのかについては他の小字の例がある。広島県広島市安佐南区川内では「矢」を含む小字として別に「塗矢」、「上紺矢」の記載があった。「矢」は他の姓では「屋」の当て字の事例があって「蓼屋」、「塗屋」、「上紺屋」が本来の語形とすると意味が分かる。

蓼丸の「丸」に関しては「牛若丸」のように子供の名前に使用する場合があって「旧佐東町字名図(昭和40年台)」には「法師丸」、「勘能丸」という小字がある。これらの類推から「丸」を含む姓の蓼丸は「蓼屋の子」という意味と解釈する。

結語

最後に蓼丸姓の発生について上述の文章から総括する。

広島県広島市安佐南区川内で蓼を栽培していた人が使用していた「蓼屋」の屋号が「蓼矢」の当て字で小字の地名となる。小字の蓼矢は広島県広島市安佐南区川内6丁目の広島市立城南中学校の南付近。

創姓の際には他の小字からの姓とは違って蓼矢の地名をそのまま使用したものではなく地名の一部である「蓼」の字を共有する形で創姓したとするのが蓼・蓼尾・蓼丸が同じ場所にある状況を説明できる。

日本姓氏語源辞典で記述した蓼・蓼尾・蓼丸
タデ 蓼 広島県広島市安佐南区。広島県広島市安佐南区川内の小字の蓼矢から発祥。蓼矢の「蓼」の字を使用したもの。
タデオ 蓼尾 広島県広島市安佐南区。広島県広島市安佐南区川内の小字の蓼矢から発祥。蓼矢の「蓼」の字を使用したもの。
タデマル 蓼丸 広島県広島市安佐南区。広島県広島市安佐南区川内の小字の蓼矢から発祥。蓼矢の「蓼」の字を使用したもの。

蓼丸の第一要素の「蓼」は地名の蓼矢の「蓼」、第二要素の「丸」は子供の名前に使用する「丸」の字を使用したものと結論付ける。