562: 大人の名無しさん 03/08/04 16:06 ID:utzEHqWX
    一応俺も何か吐き出したくなっちゃったんで書きます。

    当時〔小学一、二年〕俺の家族はあまり裕福な方ではなかった。
    んな事も知らずに、バカな俺は玩具やゲームをねだる毎日だった。
    友達の間では持ってるのが当たり前なゲームボーイなどは勿論なく、悔しかったのを微かに覚えている。
    俺はその悔しさを母に出していた。〔父が怖いため〕玩具売り場でダダごねなんてのも何回もあったと思う。

    そんな俺に誕生日だったかな?クリスマスだったかも、に日曜日の朝にやってた、
    5レンジャー系の人形を買って貰った。全キャラクターがそろってて結構高そうなやつだった。

    嬉しくて遊んでいた俺に母の口癖は「片づけなきゃ捨てますよ」だった。俺はこれが脅しだと分かっていた。
    事実捨てたと言って押入に隠し一週間くらいしたら出すと分かっていた。


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    559: 大人の名無しさん 03/08/03 19:09 ID:Nw7IClyr
    3年ほど前、パソコンを始めたばかりの頃、メールも覚え遠距離のメル友ができた
    長く付き合った彼女との別れの後だったからなのかすぐに惹かれて行った
    メールの文面は明るく元気、電話での声も活発そのものだった。
    しばらくして自分は肺癌だと聞かされた、当時彼女は25歳 身近には癌などという病気
    とは無縁だったので「内心本当なのか?」と半信半疑のままメール交換を続けた。
    先月手術して肺の3分の1を切除したと言っていた、そのまま「5年発病しなければ
    助かるの」と明るく話していた。わからないながらも彼女を励ましつつ、くだらないメール交換は続いた
     
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    561: 大人の名無しさん 03/08/04 08:20 ID:IbQh8l47
    吉牛 Part14【一家4人】よりコピペスマソ
    http://that.2ch.net/test/read.cgi/gline/1057684323/46

    46 名前:3/5sage 投稿日:2003/08/02(土) 19:12 ID:D0QQWgcg
    先日、甥が亡くなったんです。産まれて10日ちょっとで。
    そしたらなんか涙がめちゃくちゃいっぱい流れて止まらないんです。
    で、小さい棺桶と顔写真と白黒の垂れ幕下がってて、享年1歳、とか書いてあるんです。
    もうね、アホかと。馬鹿かと。
    お前な、10日そこらで死んでんじゃねーよ、ボケが。
    親にとっては初孫だよ、初孫。
    なんか身内だけのひっそりした葬儀だし。一家3人で退院かおめでてーなというはずだったのに。
    よーしパパ明るく笑顔で息子を見送っちゃうぞー、とか兄貴が涙声で言ってるの。もう本当に見てらんない。
    兄貴な、150円で何か買ってくるからとりあえず落ち着いてくれと。
    おめでたってのはな、もっと喜びに満ちてるものじゃなかったのか。
    親戚近所の奴らと抱っこの取り合いが始まってもおかしくない、
    赤ん坊は笑ったり泣いたり、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。葬儀屋は、すっこんでろ。
    で、やっと火葬が済んだと思ったら、遺骨が、ほんのわずかしかないんです。
    そこでまたボロ泣きですよ。

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    192: 大人の名無しさん 2007/04/11(水) 10:40:09 ID:sZdVA91m
    昨日、近所の小学校で入学式があった。
    両親に手を引かれて体と同じくらいのランドセルを背負った
    ガキどもがたくさんいた。

    娘も元気だったら今年、入学式だったんだなと思ったら
    涙が溢れて止まらなくなっちまった。
    もう気持ちの整理はついたはずだった。

    久しぶりに別れた嫁に電話をしてその事を話すと元嫁も
    同じような光景を見て同じように泣いたそうだ。
    電話の向こうで元嫁の押し殺した泣き声が聞こえる。

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    631: おさかなくわえた名無しさん ID:gD7ut1Ex
    衝動的に書いてみた文だから、所々支離滅裂なとこあると思うんで、先に謝っておきます。

    結婚してからは殆どあうこともなかった姉と二人だけで飲んだ席でのこと。旦那はどうだとか、
    育児の辛さだとかの報告を聞いてるうちに、自然と死んだ兄のことを二人して話し合ってた。
    兄は兄弟では一番上だった。何か特技ががあったわけでもないし周りからの印象も薄かったが、
    俺たちにとっては彼以上はいないって言えるほど印象深い人間だった。
    兄は頭が頗る良かった(成績云々じゃなくて考え方とか)んだが、
    それ以上に繊細というか、鋭敏な感受性を持ってた。
    そのせいで傷ついたりしていたんだってことは、俺も姉も当時から気付いてた。
    というか、そのことに気付いてたのは俺たちくらいだった。
    後で知ったんだが、兄はあえて俺たち以外には自分のそういうところを悟らせないように
    していたらしい。それは自分の内面が人一倍理解され辛いことを理解していたからそうした
    らしいんだが、同時に赤の他人にさえ理解した風を装われるほど簡単な人間でありたくない
    からだ、とも告白していた。実際、俺たちも兄のことをきちんと語れるようになったのは
    兄が死んだ後だった。それくらい複雑な人だった。
    俺たちはというと、姉も俺もそんな兄を尊敬しつつも怖がっていたと思う。なんでかて言うと、
    俺が中学の頃にいじめられたことがあって、それを知った兄は俺をいじめたやつらを
    問答無用で暴行した。ナイフまで持ち出して。そんときは近くにいた人が止めに入ってくれ
    たから収まったけど、放っておいたらあれは本当に刺していたと思う。
    事実、後で兄と話したとき「俺はお前らを守る為ならなんでもする」と言い放ってた。

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    549: 大人の名無しさん 03/08/02 00:25 ID:mX5Y8ISx
    漏れには忘れられない先生が1人います。
    漏れがリア厨だったとき、自分で言うのも難だが荒れてました。
    髪の毛は金だし、ピアスはあけるし、バイク乗ったり、
    万引きしたりで、学校の先生からも呆れられてました。

    中3の始業式の担任紹介の時に、若い男の先生が漏れの担任になりました。
    若いし、髪の毛に微妙に茶色が入ってて、ちょっと長めの髪の毛でした。
    後、心なしか耳にピアスの痕のようなものも見えて、
    正直、チャラチャラしたやつやなと思ってました。気に喰わなかったです。

    1学期の半ば、漏れは万引きで店の人につかまりました。
    1時間ぐらい、漏れは学校名、家の電話番号等を吐くように言われたが黙ってました。
    店の店主はとうとう、警察に連絡すると言い出し、
    それにビビッタ漏れは学校名を店主に言いました。
    30分ぐらい経ったころ、やつが店に来ました。
    店主がやつに親御さんに連絡して、身柄の引き取りをなんたらとやつに言ってました。
    しかしやつは、「それは出来ません、彼の親が悲しみます。」と、店主に言いました。
    それに怒った店主は君はそれでも教師か、などと怒り狂ってました。
    やつは黙って聞いてました。10分ぐらい怒鳴られた後、

    続きを読む

    549: 大人の名無しさん 03/08/02 00:25 ID:mX5Y8ISx
    漏れには忘れられない先生が1人います。
    漏れがリア厨だったとき、自分で言うのも難だが荒れてました。
    髪の毛は金だし、ピアスはあけるし、バイク乗ったり、
    万引きしたりで、学校の先生からも呆れられてました。

    中3の始業式の担任紹介の時に、若い男の先生が漏れの担任になりました。
    若いし、髪の毛に微妙に茶色が入ってて、ちょっと長めの髪の毛でした。
    後、心なしか耳にピアスの痕のようなものも見えて、
    正直、チャラチャラしたやつやなと思ってました。気に喰わなかったです。

    1学期の半ば、漏れは万引きで店の人につかまりました。
    1時間ぐらい、漏れは学校名、家の電話番号等を吐くように言われたが黙ってました。
    店の店主はとうとう、警察に連絡すると言い出し、
    それにビビッタ漏れは学校名を店主に言いました。
    30分ぐらい経ったころ、やつが店に来ました。
    店主がやつに親御さんに連絡して、身柄の引き取りをなんたらとやつに言ってました。
    しかしやつは、「それは出来ません、彼の親が悲しみます。」と、店主に言いました。
    それに怒った店主は君はそれでも教師か、などと怒り狂ってました。
    やつは黙って聞いてました。10分ぐらい怒鳴られた後、

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    515: 大人の名無しさん 03/07/29 20:07 ID:Bmw2BS7I
    スレ違い気味の内容になってしまうかもしれませんが…

    いつも仕事を近所のファストフードに持ち込んでしています。
    ファストフードといっても、オフィスビル内。
    ノートパソを広げたり、商談をする人が多く、
    店員さんとも顔なじみです。

    今日も同じように書類を抱え込んで店内に入り
    コーヒーを頼んでいつもの席へ。
    すると店内から絶叫。
    何かと思うと、3歳くらいの女の子が2人、
    店内を走り回ってふざけあっているのです。

    よく見ると奥まった席に母親らしき女性が2人。
    子供に構わず談笑を続けています。
    子供たちは広い店一杯に響き渡る声で
    「ねえおかあさん、オレンジジュース欲しいよ!」
    とか
    「○○ちゃーん、今度はわたしが鬼!」
    と辺りを構わず遊び回っています。

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    472: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/04/01(木) 23:29:14.62 ID:iSMLCoLP0
    うちの会社はルーマニアに関係があって現地で雇ったルー人を数人、
    半年間日本で勉強させたんだけどその時の話。
    日本に住み込んで3ヶ月くらいたったある日・・
    (仮名ジョビ=28歳男 独身 身長190弱の巨漢)

    ジョビ「俺サン、カノジョデキマシタ!」
    俺「!?ワット?ジャパニーズ?」
    ジョビ「ダー(yes)!」
    俺「フォトプリーズ ルックルック」
    ジョビ「オ~ケ~」
    といって見せられたのは40前後の小太りだけど笑顔が可愛いオバちゃんの写真。
    オバちゃんは英語が堪能で、近場の焼き鳥屋で出会ったとのこと。

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    436: 名無し三等兵 01/12/17 01:51
    泣けなる話ではないけど。

    もう故人となった母方の祖母から聞いた話。
    終戦後、米軍が進駐していた頃の函館。
    食料事情の悪かった当時でも祖母は親戚の漁船から魚貝類を貰い
    家の軒下で自家製の一夜干しを作っていた。
    ところがある朝、乾物を取り込みに外に出るとあるはずの魚は
    無くチョコとかクッキー、ガムなどの菓子類に変わっていた。
    進駐軍が乾物を失敬した代わりに菓子類を置いていったらしい。
    当時、祖母は一人で俺の母も含めて6人も子供を養っていたため、
    夕食のおかずの喪失は手痛い事だったが貴重だった甘い菓子類に
    子供たちは大喜びしたため、怒りはすぐに消えたらしい。
    (もっとも当時は進駐軍に日本人は苦情を言えなかったらしい)
    その後も週に一度くらいの割合で朝になると乾物はお菓子に変わって
    その量も子供たちが1日で食べ切らない量に増えていった。
    やがて祖母は早朝に通る米軍のジープを待ち伏せして、言葉は通じないが
    礼を言い、ジープ一行の米兵とその中の指揮官とは顔見知りになった。
    特に指揮官は度々、家を訪問してお菓子を置いてくれたらしい。

    会話は出来ないが知り合いという奇妙な関係が続きながらも
    朝の乾物と菓子の暗黙の交換も続いた。
    冬が近づいたが日常の生活物資のために祖母は着物、衣類を売って
    しまい薄着で過ごすある日、その米軍指揮官が自宅を訪れて
    菓子を置いて帰る時に、今まではしなかった子供たちに一人ずつ握手をしたので
    祖母は「変だな?」と思った。

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