2017年11月

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    673: 1/2 2010/04/03(土) 14:19:52.32 ID:6/K270HYO
    247 :デンマークにて(コペンハーゲン) :2010/02/20(土) 19:30:41 ID:7xoJjF3s
    ちょっと違ったらすみません。
    DQN♂♀数人とロシア人の様に飲む。
    後日その中の20代超ゲルマン系DQN♂にお茶に誘われる。
    (´・ω・)「こないだは騒がしかっただろ。俺ら無礼者?」
    俺「楽しかったな」
    (´・ω・)「うちの国荒れてんだよ」
    俺「お前らだけじゃね?」
    (´・ω・)「失礼な。若いやつみんな荒れてんだよ」
    俺「そなのか」
    (´・ω・)「特にコペンハーゲンな。みんな母ちゃんにfu*kとか平気で言うんだぜ」
    俺「そういうのは好きじゃない」
    (´・ω・)「な。俺さ、柔道やってたんよね」
    俺「マジ?」
    (´・ω・)「超マジ。何年も。道場にはちゃんと通ってたんよ」
    (´・ω・)「楽しかったなぁ。師範が恐くてよー。大声で挨拶とか」
    (´・ω・)「床磨いたりよ。頭下げたりよ」
    (´・ω・)「またやりてぇなぁ。ああいう感じ大好き」
    (´・ω・)「ああいう生活が欠けてんだよ」
    その後前にいた道場には戻りづらかったみたいだけど、ジムには黙々と通い出してた。

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    825: 大人の名無しさん 2009/06/22(月) 00:05:19 ID:Gd8WNtrl
    テレビで父の日を取りあげるもんだから、
    なんだか自分も感慨深くなってしまったので書き込んでみる。

    昨年の3月、父が他界した。自殺だった。

    オヤジと母親は俺が中学くらいの時に別れた。
    だけど、俺のことを考えてなのか、同じマンションに部屋を買って、2Fと3Fで別々に暮らしていた。
    俺は、自分の苗字が気に入ってたのと、父方のばあちゃんがお小遣いもいっぱいくれて、
    なんだか好きだったのもあって、主にオヤジと一緒に暮らし、親権もオヤジがもっていた。

    オヤジは、昔は金融会社の支店長をやっていたが、転勤が嫌で俺が生まれてすぐにトラックの運転手に転職した。
    無類の酒好きで、酒と釣りくらいしか趣味の無い人だった。
    それまで挫折を経験したことの無かった親父も、運送会社での待遇や人間関係から、ストレスを溜め、
    挙句の果てに、その運送会社で大きい事故を起こし、会社を辞めるはめになった。
    そして、あろうことか前日の酒がのこっていたことで、免許停止にもなってしまうという事態が起きた。
    これが決定的だった。オヤジはすっかり酒びたりの生活になっていった。

    そうこうしている内に俺も高校を卒業し、社会人になった。
    親父が夜な夜な酔っ払っては、飲み屋や家の中で問題を起こし、眠れない日々を過ごすことに
    嫌気がさしていた俺は、家を出て一人暮らしをしたかったのだ。

    そして、就職して1年、俺は念願の一人暮らしを始めた。
    今思えば、あの時も、「なぜ出て行くんだ」と腑に落ちていない表情をしながらも、
    夜な夜な引越しを手伝ってくれたのはオヤジだった。

    一人暮らしを始めてからというもの、オヤジの煩わしさから開放され伸び伸びと過ごしていた。
    たまにオヤジの家と階違いに住む母親から、オヤジの起こす珍事の報告や愚痴を聞かされることはあったが、
    どこか他人事で、大して気に留めることはなかった。

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    218: 名無しさん@HOME 02/07/29 12:10
    旦那の服をこっそり捨てる。アルマーニーにだろうが、関係ない。
    あれ、あの服どこにしまったかな?なんて探してるのを見て、こっそり微笑む。

    旦那の電動ハブラシを、オムツバケツ(布オムツなので)に漬ける。
    旦那はおしっこうんちの汚れを吸収した歯ブラシで、歯を磨く。
    キスはできなくなった…。

    旦那の大事な書類を捨てる。
    もともとごちゃごちゃにしてるので、自分が紛失したものだと思いこむので、楽勝。
    二度手間で忙しくなる旦那…、帰りが遅くなるので、うれしい。
    そして、信用も薄くなる旦那…、もっと世間に痛めつけられろ!

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    419: 大人の名無しさん 04/03/14 19:40 ID:i/epA6Nv
    俺の誕生日は夏。
    「お年玉」と書かれた部分に線がひかれ
    「お誕生日」と書き直された袋をおじいちゃんから貰った。

    「○○ちゃん(俺の名前)はエライと思っています。
     ジイちゃんはとても夜学には行けないと思っている。
     その頃は毎日友達と喧嘩ばかりでしたが
     それが大きくなっていい友人になった。
     今でも付き合ってる人がいる。
     出来たら一部に編入して卒業してください」

    袋の裏に、こう書かれていた。
    2浪もしたのに、2部しか受からなかった年の誕生日に貰ったおこずかい袋。
    でも編入、卒業どころか2年の終わりに中退してしまった。
    その後はいわゆるフリーター。

    ある日、おじいちゃんがよく行くコーヒー屋に誘われた。
    暇だったのに、何か面倒くさくて断った。
    翌日、おじいちゃんは倒れて入院した。
    1週間後位だったか、そのまま逝ってしまった。

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    626: 九十九百太郎 04/08/03 21:10
    あえてコテハンつけての投稿お許しください。

    わたしは音系の仕事をしている者です。今回61氏の書きこみを見て
    たまらず書きこみしました。

    実はわたしの母も61氏のお母様と同じ病気で闘病生活を送りました。
    幸い進度がLV3+だったので、大量化学治療により峠を越え、退院し
    いまは定期検診を受けつつも元気にしております。しかし、闘病生活の
    中、やはりいろいろな事を考えさせられたのも事実です。母のいない
    家に父とわたしの2人。双方ともに家事がだめという人間でしたので
    父と苦笑いしながら洗濯物をしたりとかしました。そして一段落して
    2人してため息ついたとき、母の凄さが体感できたりしました。

    死と隣り合わせの病気でしたので、よく母から「もし自分が帰ってこれなく
    なったら~」な話もしました。でも、やっぱり実感が沸かなかったのも
    事実です。でも、薬の副作用で髪が無くなった母を見ると、もしかすると
    のしかかってくるかもしれない悲しみと試練を思い、悩んでしまう時期も
    あり、そのときは全ての依頼を断り、バイトに専念することにしました。
    曲をつくりたくても、その試練がのしかかるかもしれないプレッシャーで
    作れなくなりもしました。

    それでも母は気丈でした。むしろ他の患者さんよりも明るく振舞い、
    同室の患者さんともあっという間に仲良くなってました。つくづく母に
    感服する瞬間でした。(つづきます。すいません^^;

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