2017年12月

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    618: 大人の名無しさん ID:C01psxKx
    なんか厳しいのが続いてるからちょっとホノボノ系で…

    オレには娘が二人いる、9歳の長女と1歳3ヶ月の次女の二人だ。
    何故?こんなに年が開いているかというと、ヨメさんが不妊体質で
    長女の時は2年越しの不妊治療の末授かった子供だ。
    その後、兄弟を作ってやろうと思い、再度不妊治療をがんばったが
    その思いも虚しく、子供に恵まれず3年ほどで不妊治療もあきらめた。
    親子3人の暮らしにもすっかり慣れてきた頃、
    念願の二人目を妊娠し、次女が生まれた。
    二人ともオレの命よりも大事な娘だ。とてもカワイイ。
    分け隔てなく愛情を注いでいるつもりだ。
    が、9歳の女の子といえば、ああいえばこういう。口答えも多い。
    反対に1歳ちょいといえばカワイイ盛り、さらに歳を取ってからの子供だ。
    ついつい下の娘を可愛がってしまうオレ…

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    79: 大人の名無しさん ID:x4QskIey
    彼女との子どもをおろしたこと。
    いろんな理由があり彼女とも
    相談し納得してたけど
    やっぱり一生の後悔。

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    613: おさかなくわえた名無しさん 2013/07/13(土) 13:37:23.00 ID:wEPQSbCn
    俺の話じゃなく、俺の恋人の話なんだけど投下する

    数日前の話で、彼女と一緒に電車にのってたんだけど。
    そしたらまあ、小学生くらいの子が2人ドタバタしたり、ギャーギャー騒いでるわけよ。
    母親は注意しないどころか、化粧直しててとめる気配なし。しかも特急に乗ってたもんだから次の停車駅まで結構ある。
    俺もウンザリしてたんだけど面倒ごとがいやだからスルー。
    そしたら、彼女がその子供の所にいって
    「電車で騒ぐと、他の人に迷惑でしょ?」って注意したのね。しかも超やんわりと。
    そしたら、母親がいきなり怒り出して「いきなりなんなの!」とか「非常識じゃない?」いろいろ言い出したのよ。
    最初は彼女もすまし顔で聞き流してたけど「親の顔がみたい、どういう教育うけてきたの?」っていわれたら流石にムカついたのか

    「それは貴女と、貴女のご両親にいいたいです。どういう教育をうけて、今どういう教育をなさっているのですか?」
    「非常識というのなら、自分の子供が公共の場で騒いでいるのに叱りもしないあなたが非常識です。」
    「お子さんよりも小さな子がお利巧にしているのが見えません?恥ずかしくないんですか?」
    「後、電車内での化粧も、女性としての品位が疑われますよ。男性が電車でヒゲを剃ってたらどう思います?道端で立小便してたら不快ですよね。」
    「母親としても、女性としても、そのあり方がなってないんですけど。そういう人がいるから、ウチの彼氏みたいに男が女性化していくんですよね」



    続。

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    21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/05/15(日) 10:55:13.59 ID:hiusOA/60
    俺の友達で「ごめんね」という言葉を口癖みたいに
    いう娘がいた。あるとき俺は「ごめんよりも、
    ありがとうって言って欲しい」と言うと彼女は
    照れながら小さな声で「ありがとう・・・」と言ってくれた。

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    24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/05/15(日) 11:07:57.45 ID:hiusOA/60
    (特に女の人には)あまり共感を与える話じゃないから、箸休め程度に読んで欲しい。

    東京で生まれ育った俺は、大学で初めて大阪に行った。
    太っていて不細工で、見るからに元々ヒッキーの容姿と性格から脱却したくて、
    それっぽいサークルにも入ったのだが、やはり付け焼刃ではどうしようもなく、
    やがて俺はサークルを去り、友達もできず、ただ学校とバイト先のコンビニだけが「
    俺の大阪」となった。

    二年のときは「まだこれから」三年のときは「そろそろ」
    そして四年になり「もうダメだ」と、俺は東京の会社の内定を夏に早々と決めた。
    もちろん俺が受け入れられなかったのは、土地柄でなく俺の人格によるものだと、
    痛い程よくわかっていたが、それでも四年間いた大阪から何も得ることなく、
    ただ大学行って帰って行くだけの自分を、みじめに思いつつ残りの日々を消化していった。

    最後のテストが終わり、少しずつ荷物を東京に送り返していた頃、
    バイト先の高校生の女の子が、映画に誘ってくれた。
    生まれて初めての幸運に俺は舞い上がり「大阪のせめてもの思い出に」と
    彼女と「ラストエンペラー」を観に行った。
    女の子と映画に行くなんて、どんな奴も高校生くらいにやってそうだが、
    デブでネクラの俺には、23にして初めて経験した幸せだった。

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