2019年01月

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    964: 大人の名無しさん 投稿日:2011/11/28(月) 20:44:10.49 ID:MmiJkV/Y
    去年貰った宝物のような手紙

    事故で両親が亡くなった時、周囲の施設へという声を振り切り7歳の私を育ててくれたお兄ちゃんは、まだ20歳
    大学に通いながら私の面倒を見るのは、本当に大変だったと思います
    わけもわからず病院で泣く私に、お父さんとお母さんはゆいを守ってくれたんだよって言って、ぎゅっと抱きしめてくれたこと
    退院の日、重くなったなって笑いながら肩車してくれたこと、今でも忘れられません
    12歳の母の日、はじめて焼いたクッキーをあげたら、泣き笑いしながら全部食べてくれた
    あちこち焦げてたから、きっと苦かったよね
    大学受験の時、下宿すると決めた私に、俺に遠慮して出てくなら許さないぞって本気で怒ってくれた
    喧嘩しちゃったけど、嬉しかった

    お兄ちゃん、結婚おめでとう
    ゆいは今年20歳になりました

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    285: 恋人は名無しさん 2008/11/21(金) 20:38:19 ID:JkT6Xie3O
    今年26歳になる彼氏
    夢はDJで食って行くこと。
    今は派遣社員で一年間続けたら社員になれるけど社員になって初めてのボーナス貰ったら仕事も辞めるつもりらしい。
    仕事なんかしたくないってずーっと言ってる…
    将来は私は結婚したいって伝えたら養ってくれだって。

    もー別れるよ

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    956: 大人の名無しさん 投稿日:2011/05/03(火) 15:28:03.98 ID:MKaKN7jd
    まとめサイトの、感動する話のコピペスレッドを読んでいたら、
    自分が10年前にここに書いた話がコピペされててびっくりした。

    入院中のばあちゃんに500円貰った話。

    あのときばあちゃんのお見舞いに行けと怒った母も、去年末鬼籍に入った。
    天国で、お母さんのお母さんにいっぱい甘えていて欲しい。

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    490: 大人の名無しさん ID:HXvzOJ7m
    俺も嗚咽ではないがちょっと思い出を。

    工房のとき予備校に通っていたんだが、同じクラスの俺の席の前に気になる女の子がいた。
    彼女は物静かでおとなしい子、存在感はあまりなかったけど、顔と性格は最高によかった。
    おまけに成績の抜群で、根っからの遊び人根性が抜けない俺とは全く逆だった。
    席が前と後ろなんで、いつの間にか自然としゃべる仲になっていた。
    ある日、ひょんとしたことから彼女と二人で帰ることになって、将来のこと、お互いの夢を語り合った。
    幸い、その夢は同じものだった。なんかすごく嬉しかった覚えがある。彼女も嬉しかったかもしれない。
    それから、「予備校ブギ」顔負けの予備校生活を送っていた俺に勉強意欲が芽生えて、
    「彼女と一緒の大学に行くぞ!」という目標ができた。そして、一緒の大学に行ったら告白する、という目標もできた。
    しかし、時すでに遅し、すぐ受験が始まって、彼女は有名国公立大学、俺はしがない私立大学に合格、別れ別れとなった。
    俺はその後1ヶ月で大学を中退、現実逃避するように中国へ向かった。
    でも、彼女との交流はそのまま続いた。手紙を頻繁にやり取りして、異国の出来事を詳細に書いた。
    彼女は中国にも遊びに来てくれ、俺の留学生活は終わろうとしていた。
    彼女も出来たばっかりの関西空港まで俺を迎えに来てくれる、とのことだった。
    格好つけるつもりはなかったけど、関西空港で彼女と会い、抱きしめて告白する計画だった。
    帰国日は1月20日、彼女の笑顔を想像しながら俺は荷造りをしていた、そう、あの日まで。

    続く。

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    293: 名無しさん@HOME 02/07/31 22:35
    去年、仕事で中国(北京)に行った時のこと。
    飛行機のすぐ前の席に日本人DQN子連れ(両親、幼児・赤子)がいた。
    あまり旅慣れてないのか、何度も全員のパスポート入りの巾着袋を出したり
    しまったりして落ち着きなかった(母親がまとめて管理)。
    成田から北京までは4時間足らずなので楽といえば楽だが、
    赤子は絶叫泣き、幼児は奇声を上げ落ち着きなく暴れ続ける。
    親は何もしない。母親はガイドブック、父親はヘッドフォン。
    飯が来たのでとりあえず食ってたら、幼児がシートで暴れるたびに私の飯が揺れ、
    ついに幼児が後ろに放りなげたミニカーが私の飯にドブン。
    「さっきからいいかげんにしろ!」と注意すると、チラ、と振り向いただけで、母親は
    「後ろのおばちゃんが怒ってるから静かにしましょうねー。あー怖い怖い」だし、
    父親は「神経質な人だね」と母親に向かってつぶやいただけ。
    ハラワタが煮え繰り返ったが、仕方ないのでフテ寝し、じき北京に着いた。

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