感動

    442: 名無し三等兵 01/12/18 00:29
    小生が、部下にもっていた女の子の話。
    彼氏が陸上自衛隊普通科隊員、デートは彼氏の外出日だけ、
    こちらは土曜日曜が忙しい仕事だが、できるだけ希望に応えていた。
    「今度の日曜、休みなんですか、ありがとうございます、デートですぅ」

    ところが、その週末、台風が来て、
    「チーフ、彼氏が災害出動なんです、会えません」
    「う~ん、こりゃ、どうしようもないなあ」
    何となぐさめてよいか判らず、
    「彼氏はみんなのために頑張ってるんだ、我慢をしなさい」・・・すると、

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    関連:父が大腸がんで余命最悪1~2週間。嫁の出産予定日は3週間切ってる。初孫の顔を見せてやりたい、飛行機での移動になるが嫁には我慢してもらおう……



    128: 大人の名無しさん 2007/03/07(水) 00:25:17 ID:5n3EayQ4

    このスレ久しぶりに覗きます。
    覚えている人がいるかどうかも分からないけど、
    7スレ当たりで、父親が癌になって余命少ないと
    言われた時に、実家に帰っている嫁を戻そうかと
    悩んでDQNの称号を頂いたものです(w

    あれから経過報告に伺うこともできませんでしたが、
    ちょっと落ち着いたのでその後の経過報告に伺いました。

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    107: 大人の名無しさん 2007/02/12(月) 22:29:20 ID:OKF4KEoM
    親父に伝えられなかったこと。

    自分が子供のころ親父は厳しかった。自分に非はあるが、なんか悪いことをすると、
    力いっぱい引っ叩かれた。冗談ではなく首の骨がおかしくなるんじゃないかと思ったほどだ。
    そのくせ、普段仕事ばかりで自分が子供のころ、親父に遊んでもらった記憶はほとんどなく、
    子供の目にうつる親父は自己中心的だった。

    親父が優しかった思い出はあまりないけど、小学校低学年のころ道端で犬の糞をふんで
    近所の子供に馬鹿にされて、悔しくて泣きながら家に帰ったことがあった。たまたま母親
    がいなくて、たまたま家にいた親父は、自分の糞まみれの靴と足を何も言わずに洗ってくれた。

    高校に入る頃には親父の押し付けがましい考え方が嫌で、なるべく顔を合わせるのを避けるようになった。
    高校時代さして成績がよかった訳でもなかったが、卒業後は多浪して大学にすすみ、親父と同じ職業に就くことを選んだ。
    今にして思うと、親父と対等になりたかったのかもしれない。

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    418: 名無し三等兵 01/12/14 06:42
    秋山好古、弟真之の死後の追悼会の席上にて

    「弟真之には、兄として誇るべきものは何もありません。が、しかし、
    ただひとつ、わたくしから皆様に申し上げておきたいのは、真之はた
    とえ秒分の片時でも、『お国のため』という観念を捨てなかった。
    四六時中この観念を頭からはなさなかったということです。このこと
    だけははっきりと、兄としていい得ることです。」

    弟が『智謀湧くが如し』『日本海軍きっての天才参謀』といわれ
    日本海海戦の大勝利の立役者の一人と世上評価されていたことに
    に触れず真之の愛国心だけを褒め称えている。
    兄だけが、世上の虚名に惑わされず、一人の愛国者として生涯を
    貫いた弟の真価を見抜いていたというお話ですね。

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    412: 名無し三等兵 01/12/13 01:53
    昔の「タミヤニュース」にあったネタを、記憶で書くんで、
    間違いがあったら、ご指摘を。

    スミソニアン博物館で、ある日本軍の航空機を復元することになり、
    まずは完全に分解して、状態を精密に調べることになったんだが、
    作業中に田宮模型のスタッフがスミソニアン博物館を訪問し、
    「丁度よかった、ここに刻んである、日本語なんだが、
    日本軍のマニュアルにはない言葉だ、訳してみてくれないか?」

    主翼内側、生産工程でしか書けないところに、とがったもので殴り書き、
    「八重ちゃん、愛している。俺、やける」

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