感動

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    8: 大人の名無しさん 02/06/29 18:06 ID:ME9psfyh
    5年くらい前に俺の弟は、嫁さんと当時一年生だった姪っ子を残して死んだ。
    それで義姉は姪っ子を連れて実家に帰ってたんだけど、
    こないだ親子揃って家に来たから、両親も俺も、もう大歓迎だった。
    義姉は、ピアノを教えたりコンビニで働いたりでなんとか食っていて、
    姪っ子も明るかったもんだから、そのとき俺は気付かなかった。

    俺は休みの日、姪っ子に「おじさんとデートしようよ。」と誘った。

    「欲しい物はなんでも買ってやる。でも車とかいうのはなしだぜ?」
    「行きたい所に連れてってやる。でもハワイとかいうのはなしだぜ?」
    俺がふざけて言うと姪っ子はケラケラと笑った。

    その日は早起きして、渋谷まで「スパイダーマン」を観に行って、
    それが終わったらお昼に鯨料理を食べさせて、その足で原宿へ行った。
    正直俺も原宿なんてよく知らないんだけど、姪っ子に言った。

    「なんでも買ってやるからな、欲しい服選びな。」

    真剣な目で吟味する姪っ子の横顔は俺のバカな弟に似てた。
    そして、いくつかの気に入った服をけなげに迷ってるありさまが
    いじらしくて、びっくりさせたくて俺はその服を全部レジに持って行った。
    はっきり言って韓国あたりに旅行に行けそうな合計額になったけど、
    俺は涼しい顔でカードで払った。もちろん冬のボーナス一括払いだ。

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    113: 名無し三等兵
    日の丸を元にしたパラオの国旗
    パラオの国旗は,どうして日の丸とデザインが似ているのか.それには深いわけがある.パラオはドイツの植民地だったが,第一次大戦下,
    この地域の戦争でドイツに勝った日本は,戦後,国際連盟からパラオを含むミクロネシア地域を委任統治することを求められた.日本はたく
    さんの移民をこの地に送り,産業,教育,文化の発展に大きな功績を残した.第二次世界大戦後,この地域を占領したアメリカは,日本文化
    の影響を徹底的に破壊した.南洋神社は取りつぶされた.校庭の二宮金次郎の銅像は引きずり降ろされた.
    しかし,パラオ人は,心の中では勤勉の精神を教えてくれた日本人を敬い,日本統治時代を懐かしんでいる.その証拠にパラオ人の8割は,
    その姓名のどちらかに,日本式の名前を付けているといわれる.私がお目にかかったれっきとしたパラオ人の上院議員のなかに,ウメタロウ
    さんという方がいる.私は最初,この名前を,姓名の「名」のほう,つまりファースト・ネームだろうと思っていた.実際は,この方はスティーブ・
    ウメタロウさんという.ウメタロウは,この方の「姓」だったのである.おそらく,身近にウメタロウという名前の尊敬すべき日本人がいたに違いない.

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    97: 名無し三等兵
    昔読んだ話。細部は自信がないが概要ね。どちらかというと感動したはなしかな?

    終戦直後GHQは日本のトラック生産を禁じていた。
    曰く、トラックは軍用に転用が可能で、非武装であるべき日本は
    生産してならない。

    日本の運輸担当のある官僚は産業の復興にはトラックが必要であると
    考え、GHQ担当者の所へ交渉に行った。

    両者の主張は平行線をたどり、交渉は決裂するかに見えた。
    そのとき官僚はそばにあったペンをつかみ自分の手の甲に刺した。
    官僚は言った。「ペンだってこのように武器にもなれば本来の機能も果たす」

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    114: 名無し三等兵
    日本人誇りの日

      2002年1月11日は日本人にとって忘れられない日になった。
    所は南洋の国パラオ共和国、時、午前10時。教会合唱隊が大声で行進曲調のパラオ共和国の国歌を合唱し始めると、
    夜の大海原に浮かぶ月をあしらった青地に黄色い○印の国旗が掲揚された。
    続いて荘厳な「君が代」のメロディーが流れはじめると観客の中に静かな動揺がおこった。
    伴奏だけで歌が無いからだ。すると突然隣の席の妻眞理子が声高らかに歌いだした。
    「君がーよーおーはー」。思わず私も従った。すると私たちの後方にいた、
    もう八十を超えたリケリケさんが「千代にーいー八千代にさざれー、、、」と歌いだした。
    リケリケさんは日本軍へ志願して米軍と戦った「斬込隊」の生き残りだ。背中に軍刀を
    背負い米軍機に見つからないように夜の海を島伝いに激戦地ぺリリュー島へたどり着き
    米軍に斬り込みをかけようとしたのであった。正に日本のために命を張ってくれたパラオ人特攻隊員である。

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    172: 大人の名無しさん 03/12/01 18:03 ID:98QUCIyR
    ボジョレーの季節でしょ。でも僕は下戸なんでイマイチわからんけど。

    いまいち仲が良くなかった父が入院する前夜、まあいつまで入院するかわからないけど
    一応、別れの杯だ、なんて冗談めかして言ったんだ。こんなの初めてのこと。
    ワインが大好きだった父は、とっておいたビンテージ?を開けて僕と自分につぎわけ、
    乾杯した。母も珍しいこともあるもんだと言って、これまた珍しく家の中で写真をとった。
    父と初めて対座して酒を酌み交わすってのがなんとも居心地が微妙なもので、かといって
    下戸なのですぐに酔ってしまい、父はカラカラと、これじゃあ酒でまだお前に負けること
    はないなと笑っていた。

    それで入院。末期の食道癌で家に帰ることなく闘病4ヶ月であっけなく逝った。
    最初で最後の父と息子の晩酌だった。

    父の遺品を整理していると、ワインが納屋からまだいくつか出てきた。僕は銘柄の良し悪し
    は良く分からないが、ラベルを見てみると、何か文字がメモしてあった。
    「●●(僕の名)大学卒業用」
    「●●就職時用」
    「●●結婚時用」

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