泣ける

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    642: ヤマト 02/01/22 20:37
    菊水一号作戦時の駆逐艦部隊の奮闘は胸が熱くなります。
    この時の海戦で撃沈を免れ、結局、同日夜までに辛うじて浮き得ていたのは
    「雪風」「冬月」「初霜」「涼月」これら四隻の駆逐艦のみであった。
    「大和」乗組員をはじめとして特攻艦隊の戦死者総数三千七百二十一人。
    敵軍に与えた損害わずかに「撃墜確認二十二機」のみ(防衛庁資料)
    出撃前の連合艦隊司令長官のゲキ電にあった
    「帝国海軍力ヲ此ノ一戦二結集シ」というには、余りにも無残な結果だった。
    一方的な虐殺とも言うべき戦いであった。

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    417: 大人の名無しさん 2007/10/01(月) 21:40:32 ID:DKoJfrSB
    ヘビースモーカーのじいちゃんが肺癌のために死んだ。

    家は田舎のため、核家族とかではなく俺が生まれてこの方17年同じ屋根の下で生活していた。
    じいちゃんはいつも口うるさく、嫌に感じていた。
    その度に「じいちゃんが悪いんだ」とか身勝手な言いがかりをつけ、こっそりじいちゃんの財布から金を抜いた。
    じいちゃんはなかなかの金持ちで、いつも万札が5枚ほどは入っていた。
    正直、罪悪感というものも薄れて、今まで何回もやった。
    今までじいちゃんから盗んだのをあわせるとかなりの大金になると思う・・・。

    じいちゃんの死ぬ一日前、じいちゃんのお見舞いの客がお金を置いていくやつを俺は狙った。
    最悪だ。

    次の日、俺は友達とゲーセンへ行った。
    そしてあっという間に使った。

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    381: 大人の名無しさん 2007/09/14(金) 02:39:30 ID:/xfonSMx
    少しだけこのスレに甘えさせてください。

    今日、ツ○ヤでいつものように働いていたところ、見るからに障害者っぽい男の子がお客さんとして来店しました。
    接客は私がしたのですが、その子の放つ笑顔がとても素敵で、ほんとに素敵で、
    接客中なのにも関わらず、最後の方は涙声になってしまいました。

    私には、12歳の弟がいます。先天的な染色体異常により、知能障害が出、いまだ言葉を話す知能はありません。
    実家に帰省した時、二人で一緒に散歩に出かけたりしますが、世間は弟を人として見ていないことも分かってるし、
    その視線を痛いなどと思ったことは一度も、微塵にも思ったことはございません。
    でも、障害者の知り合いの家族からは必ずしも幸せな話ばかりは聞こえてきません。
    ダウン症だと分かって離婚、などザラでかわいいくらいの話です。
    きれい事だけで育てていけるほど甘くないというのは重々理解できます。
    私は兄ですが、親としてみれば私の想像できないくらいの努力とか、愛情が必要です。
    私の母は元気で活発な性格なのですが、人づてで、弟と一緒に死ぬことも考えたとも聞きました。

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    16: 16 ID:wAunvgUz
    私の母は料理上手でした。
    そんな母が毎朝作ってくれる豆腐とワカメの入ったみそ汁が、大好きでした。
    おかわりをせがむ私に母は「そんなにみそ汁ばっかり飲んでどーするの」と
    笑いながら叱りました。

    けれど中学生になって反抗期に入ると、親の作ったものを食べるのが嫌になってきて
    朝はトーストやコーンフレークで済ますようになりました。
    そうすると母は毎日みそ汁の具を大根やら油揚げやらいろいろ替えてみて
    「今日はね、サツマイモのみそ汁なのよ、いいでしょ?」「今日のみそ汁はね・・・」
    と私に話し掛けてきました。
    ずっと無視していましたが、ある日、母があまりにしつこく言い続けるので、
    あんたの作ったみそ汁なんていらない、ほっといてよ、と怒鳴ったら
    母は引きつった悲しそうな顔をしました。

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    377: 大人の名無しさん 2007/09/13(木) 16:22:23 ID:6/KfV8za
    2年前にHIVに感染しているのを知った。
    自業自得だと思った。
    ただ地元にいては色々不都合があるため一人で他の町へ行った。
    死にたい、と思っていたが死ぬことはできず、
    治療も受けないまま現在に至っている。
    友達に会うと「大丈夫、大丈夫」と笑顔で答える。
    大丈夫なんかじゃないけど、
    深刻な顔をして友達が困るのを見たくないから。

    先日、青空の下で親友とビールを飲んだ。

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