入院

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    422: 大人の名無しさん 02/10/18 21:47 ID:WjxIu1qn
    私には父方に曾祖母がいました。
    年をとり耳は遠くなっていましたが、よくそっくりだといわれる私たち
    姉妹のこともちゃんと見分けられるしっかりした人でした。
    曾祖母の家は娘(私から見て祖母)が婿養子をとっていたので
    年をとった曾祖母の面倒は娘である祖母がみていました。
    しかし、ある日祖母が癌にかかってしまいました。
    幸い早期の発見だったので、手術をすればきっと大丈夫だろうということでした。
    しかし祖母が入院することになってしまったため、祖母の妹のところに
    曾祖母は預けられる形になってしまいました。
    (その家の嫁が難しい人で、とても曾祖母の面倒などみてくれなかったので)
    すると年をとった曾祖母は、長年自分の面倒をみてきてくれた娘が
    いないことや、知らない土地での生活に不安を覚えたのかたちまち
    具合が悪くなってきてしまいました。
    本当に一ヶ月くらいのことでした。
    結局曾祖母の強い希望もあり、自分の家に曾祖母は戻ってはきましたが、
    そのころにはもうほとんど寝たきりの状態でこちらの話し掛けることも
    よくわからないようでした。
    祖母は癌にかかり、曾祖母はどんどん具合が悪くなってきてしまっている
    という状態の中で、父達兄弟は、本当のことを祖母に言うべきか
    ずいぶん悩んでいましたが、せっかく手術が終わったばかりの祖母を
    精神的に混乱させて、まずい状態にさせたくないという気持ちと、
    祖母の手術の経過がよかったことから、退院するまで曾祖母がもってくれれば
    という気持ちから、結局祖母には言い出せないままでした。

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    348: 大人の名無しさん 02/10/06 02:27 ID:hOXl0tbm
    最近実家に帰って昔の写真や手紙を懐かしく読んでいて
    何気に一枚の封筒が目に付いたんだよね。
    綺麗な字であて先とか書いてあるのに宛名は俺なんだよね。
    消印を見るともう25年も前の手紙。
    「子供の俺に誰が送ってきたんだろう」なんて思って
    読み始めたらなんか俺の友達の母からの手紙らしい。
    「○○も(手紙の主の子供)大きくなった○○君に(俺)
    会いたいと思ってるから夏休みには遊びに来てね」
    なんて書いてあった。

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    329: 大人の名無しさん 02/10/04 12:43 ID:bgBkfhBn
    ここになら書けそうだと思ったので、私もいいですか?

    私が中学2年の時に、糖尿病を患っていた祖父が亡くなりました。
    2月の初めの雪が降る日の事でした。
    祖父は亡くなる1.2年前から病院に入院していましたが、病気のために体が思うように動かなく
    看護婦さんや先生に当たる事もしばしばあったそうです。
    そんなある日、入院しているはずの祖父が急に帰ってきたのです。タクシーに乗って。
    (ここまで人に迷惑をかけるなんて困ったジジイだ…。)そう考えていました。
    私は「どうしてちゃんと入院してなかったの!?」そう言って祖父を怒鳴りつけました。
    でも、祖父はなにも言わず私の顔を見てニコニコ笑っているだけでした。
    2時間後、祖父はまたタクシーで祖母と共に病院へと戻って行きました。

    そうして祖父は寝たきりになって1年後病院でなくなりました。

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    955: 仕事バカ 05/03/18 00:19:51 ID:KK8pUecV
    二年前舅が亡くなった。半年の入院生活の上、最後は意識の戻らぬまま
    帰らぬ人となった。
    私たちは結婚して10年になる共働き夫婦。どちらも少し変わった職種
    で、帰宅はいつも深夜。盆も正月も休みがとれなかった。忙しさにかま
    けて、実家とのやりとりも少なくなり、私の実家には一度も、夫の実家
    には一度しか顔を見せなかった。それを気にしていないわけではなかっ
    たが、夫は家族と不仲で決して一人では帰郷しようとしない。私は特に
    正月が忙しく仕事をはずせないので「ひとりでも田舎に帰って」と頼ん
    だことが何度かあったが、夫は聞き入れることも無く、私もだんだんに
    言わなくなってしまった。そんな時、舅の緊急入院。本当に突然だった。
    癌だ。
    それから毎週帰郷するようになった。東京から東北へ、いままで通えな
    かった分取り戻すつもりで通った。取り戻せるわけがないのに。
    舅が食事をとれなくなってきたと連絡があった。せめて流動食でも口に
    いれて欲しいとヴィシソワーズを持っていった。冷製スープなら時間が
    たって冷めることも気にならない。
    「初めて食べたけどうまいなぁ」
    舅が口にしてくれた。うれしかった。このまま元気になってくれるかも
    しれないと淡い期待すら抱いた。
    でも病魔の進行は抑えられなかった。日に日に弱っていく舅が、ある日
    夫に言った。
    「母さんをたのんだぞ」
    「何言ってンだよばか」
    夫はそれしか言えなかった。「うん」とでも言おうものなら舅がすぐに
    でも召されてしまいそうで恐かったのだそうだ。

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    76: 大人の名無しさん 02/07/31 17:09 ID:wqtHexSC
     父が亡くなって二ヶ月がたちました。 私が入社した年の夏に仕事中倒れ、そのまま半身不随・言語障害にて12年間
    頑張ってくれていたのですが、GW前に肺炎を発症。その後10日たってから、亡くなりました。
     胃潰瘍で胃からのみならず腸壁からも出血。輸血をするも下血は止まらず‥普通なら400mlで1~2パック、しかし父は
    10日間で合計16パック。約3~4人分を一巡したことになります。
     どうせ助からないのなら少しでも楽なようにと、酸素吸入(肺炎なので、普通に息を吸っていても肺が酸素を吸収
    しきれず窒息状態になるため)と栄養剤以外は全て外して父が一番楽に逝けるようにしました。そのまま、超低空飛行の
    状態で約1週間、病院が手配してくれた個室で母と二人して交代で看病しながら過ごしました。
     最期は肺炎を再発。尿毒症と肺炎で苦しんでいましたが不思議と間際にはむくみも消え‥突然発熱して少し血圧も
    上がり、呼吸がだいぶ楽になっていました。そして、さっきまであんなに苦しんでいたのが嘘のように、穏やかに、
    静かに、眠るように逝きました。

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