入院

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    209: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/01/04(木) 15:14:46
    付き合って一年辺りで彼女が長期入院に…。
    1年7ヶ月闘病の間、ずっと待ち続けた。
    自分でも驚き。こんなに存在が大きかったとは…。
    彼女への思いは本物だと思い退院後すぐに結婚。

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    411: 大人の名無しさん 04/12/03 17:15:11 ID:7xMxNLo3
    がんばるという意味・・・
    親友からの電話。
    「足が痛いから入院するよ。たいしたことはない、一週間くらいだって」
    笑いながらの連絡だった。
    「そっか、がんばれよ」、まあ日常的な会話。その時たいして気には止めなかった。
    一週間後、まだ入院してるとのこと。
    エロ本を土産に病院を訪ねた。
    病室に入るとそこには右足の無い親友がいた。
    いっきに視野が狭まり、親友が見えなくなった。
    その日の夜、久しぶりに自転車で一緒に通った高校まで走ってみた。
    16年前と景色はさほど変わりない。
    田んぼ道、涙が溢れて止まらなかった。

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    146: 大人の名無しさん 03/11/25 22:45 ID:bnLA8aYF
    お母さん絡みの話って多いんだね。113サンの話をみて、うちと似たような感じだと思って、
    私にもこれまで10年間心にためてた母のことを書くスペースをちょこっといただきたいと
    思います。(でも長くなっちゃうかな)

    私の母も私が中学に入った頃に甲状腺の癌と告げられそれからずっと長い間、12年位
    かな、入退院を繰り返してた。厳しいというか暴力的な(「しつけ」と称してね)
    父から私と弟をいつも庇ってくれてた。父に叩かれて家を飛び出して、公園で
    ブランコに座ってたら、探しに来た母が、「こんな事が続くなら、離婚してお母さんと
    弟と3人で暮らそう」と言ってくれて二人で泣いたこともあったな。
    いつも私のやりたいことを応援してくれてた。小学校の先生だったんだけど、凛としてて
    ホント尊敬できる母親だったな。

    でも私が大学を卒業する時期に急激に弱っていっちゃって、喉に放射線治療してたから、
    喉が痛いってほとんどご飯食べられなくなってしまった。そのころの父はどうもよその
    女性と会ってたらしく、肝心なときにはいっつも家にいなくて、母が病院にいくときは
    私がついていった。

    でも最後の病院に入院して、さらに弱っていく母をみるのはつらくて、あんまりお見舞いに
    行かなくなっちゃった。今思えばもっと、時間を割いて行くべきだったと思うんだけど・・・。
    それで夜、2時くらいに病院から「危篤です」って連絡もらって、すぐ飛んで行って、結局
    翌日の午前中に亡くなってしまった。すごく悲しいときって涙がでないって聞いたことあった
    けど、ホントに涙が出なかった。
    その後しばらくして、遺書みたいなものを見つけたんだけど、「家族3人で、けんかせずに
    なかよくやっていってください」みたいなことが書いてあって、それを見たときに大泣きした。

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    737: 大人の名無しさん 2006/09/03(日) 07:36:03 ID:Q8OwN4f+
    若輩者ですが書き込みさせて下さい

    今年の五月に爺ちゃんが死にました。昨年の五月に倒れて入院してから一年間、ベットの上で病気と闘ってた爺ちゃん
    最初は俺も見舞いに行った。でもめんどくささと話があまり無いことから行かなくなった。

    今年の五月になって親父から爺ちゃんがもう長くない事を聞かされた。
    俺は実感がないからなのか、いや、よく説明できないんだけど、何故か「そうか・・・」ってそういう感想というか感情だった。

    んで五月中旬に爺ちゃんは逝っちゃった。母から電話があって爺ちゃんが死んだって聞いた時は涙でなかった
    でも爺ちゃんの寝てる病室にいって爺ちゃんの顔を見た途端に涙出た。本当にただ寝てるだけみたいだった。
    ばあちゃんが「じいちゃん、○○ちゃん(俺の名前)が来てくれたよ!目、開けな!」って言ってて余計涙でた。

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    422: 大人の名無しさん 02/10/18 21:47 ID:WjxIu1qn
    私には父方に曾祖母がいました。
    年をとり耳は遠くなっていましたが、よくそっくりだといわれる私たち
    姉妹のこともちゃんと見分けられるしっかりした人でした。
    曾祖母の家は娘(私から見て祖母)が婿養子をとっていたので
    年をとった曾祖母の面倒は娘である祖母がみていました。
    しかし、ある日祖母が癌にかかってしまいました。
    幸い早期の発見だったので、手術をすればきっと大丈夫だろうということでした。
    しかし祖母が入院することになってしまったため、祖母の妹のところに
    曾祖母は預けられる形になってしまいました。
    (その家の嫁が難しい人で、とても曾祖母の面倒などみてくれなかったので)
    すると年をとった曾祖母は、長年自分の面倒をみてきてくれた娘が
    いないことや、知らない土地での生活に不安を覚えたのかたちまち
    具合が悪くなってきてしまいました。
    本当に一ヶ月くらいのことでした。
    結局曾祖母の強い希望もあり、自分の家に曾祖母は戻ってはきましたが、
    そのころにはもうほとんど寝たきりの状態でこちらの話し掛けることも
    よくわからないようでした。
    祖母は癌にかかり、曾祖母はどんどん具合が悪くなってきてしまっている
    という状態の中で、父達兄弟は、本当のことを祖母に言うべきか
    ずいぶん悩んでいましたが、せっかく手術が終わったばかりの祖母を
    精神的に混乱させて、まずい状態にさせたくないという気持ちと、
    祖母の手術の経過がよかったことから、退院するまで曾祖母がもってくれれば
    という気持ちから、結局祖母には言い出せないままでした。

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