感動

    208: 専守防衛さん
    自衛隊機墜落

    1999年11月22日午後、航空自衛隊入間基地所属のT33型ジェット練習機が入間川河川敷に墜落しました。
    その際、東京電力の高圧送電線を切断し、東京・埼玉の約80万世帯で停電となりました。電線切断による停電は都市のもろさの再認識となり、マスコミの論調は私の知る限り「税金の無駄使い」的な、冷淡なものであったと思います。
    ところが私の属する「フォーラム」で別な観点の紹介がありました。
    当日のニュースステーションで(私は普段テレビをほとんど見ず、この番組も見ていませんが)国際コンサルタントの岡本さんという人が出演しており事故のお詫びをする防衛庁長官の画像についてコメントを求められ、
    「私の事務所でも停電のためにコンピュータが止まり、大いに迷惑はしているが、今の報道を見ると、脱出用パラシュートも開かぬままとなっており、脱出のチャンスを失ってまで、住宅地への墜落を回避した可能性が高い。
    であれば、パイロットの行為は人間の尊厳に満ちたものであり、にも関わらず、まず、この行為に対して、長官が哀悼の意を表しなかったとすれば、ご遺族の方々は、何と思うだろうか、誠に遺憾である」
    と語ったそうです。(実際には防衛庁長官は会見で、亡くなったパイロットへの、哀悼の意を表したそうです。報道の編集作業の恐さですね。
    報道には必ず「誤報」があります。意図したもの、せぬものがあるでしょう。しかしそれ以上に恐ろしいのは「編集」です。簡単には「強調」と「省略」です。)

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    448: 22歳ですが 1/2 03/07/16 10:19 ID:f9HVyXOg
    今年、母が亡くなった。

    遅い反抗期だったと思う。
    中学生まで親に逆らわず良い子だった俺が、高校生になり急に親に反抗するようになった。
    母親には罵声を浴びせ、家に帰らない日々が続いた。
    高校卒業と同時に家出同然に実家を出た。
    最初のうちはそれでも住所くらいは伝えていたが、住所を何度か変えるうち
    いつの間にか両親との連絡は一切途絶えてしまっていた。

    唯一電話番号を教えていた(それでも一切連絡のなかった)弟から電話が来たのは、
    俺の彼女のお腹に子供がいることが判明した今年2月の事だった。
    母が倒れたと言う。

    両親に対する反抗心はもうなかったが、いまさら帰るのは正直億劫だった。
    母が深刻な状態などとは思ってもいなかった。
    それでも行く気になったのは、彼女を紹介しようと考えたからだ。

    母親が亡くなったのは、翌日俺たちが高速道路を走っている頃だったらしい。
    久しぶりに会った親父はひどく小さな背中をしていた。
    相変わらずの無骨な声で、「よう」だか「おう」だか一言発しただけだった。
    母は俺の記憶とは全く違う老いた顔で、それでも安らかな表情で眠っていた。
    涙は出なかった。

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    374: 名無し三等兵
    世界の艦船 2002年7月号
    田中知之「八重の潮路の果てに 第1期海軍兵科予備学生の記録<19>」より引用

    チモール島の海軍第4警備隊の野中大尉、堀大尉が終戦でオーストラリア軍の
    捕虜になったときの話。

     ただ一つ救いだったことは、彼らの収容所に現地人の襲撃がただの一度もなかった
    ことであった。そればかりか夕暮れ時になると、鉄条網越しにバナナやマンゴーや
    鶏までも差し入れて力づけてくれる村人たちも少なくなかった。この村人たちと
    隊員たちとは、占領軍と被占領地の住民の関係ではなかったのである。石を投げられ、
    罵声を浴びせられ、唾を吐きかけられることまでも覚悟していたほどなのに、予期
    しない村人からの差し入れを受けて、髭づらの下士官が大急ぎで兵舎に戻って役に
    立ちそうな新しい衣類などをお礼に渡しながら眼をうるませている光景を、野中大尉
    はしばしば目にした。
    「オーストラリア軍に見つかると大変だぞ」
     と注意しても、村人たちは聞かなかった。

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    342: 専守防衛さん
    自衛隊ニュース速報&雑談スレ 18 より

    705 名前: 専守防衛さん 投稿日: 04/11/01 00:26:58
    「私を助けてくれたあの人に会いたい」―。新潟県中越地震で、土砂崩れで道路が
    通れなくなり、一時孤立した同県小千谷市南荷頃。この地区に住む専門学校生、
    平沢祐子さん(20)は地震発生翌日の二十四日、旧南荷頃小学校の跡地に家族五人で
    避難していたところを、救助に来た自衛隊のバイク隊員に助けられた。

    「歩くこともできないような道を、体を張って助けに来てくれた。夜中まで、何往復も。
    漫画に出てくるヒーローみたいだと思った」と平沢さん。
    「自分が思っていたよりも、人を守るって大変な仕事なんだと思った。人のために動く
    隊員の姿に感動した。ちゃんとお礼が言いたい」と話す。

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    696: おさかなくわえた名無しさん ID:sZfu2BpA
    数年昔の話でものすごい長話になってしまいますが書き込んでもよろしいでしょうか?



    697: おさかなくわえた名無しさん ID:MUAsggIh
    >>696
    さあこい!



    699: 696 ID:sZfu2BpA
    長くなりますがお付き合いくださいm(_ _)m
    当時中学三年生だった私は高校受験のストレスから拒食症になり見た目は骸骨かと自分でも突っ込んでしまうくらい痩せてしまいました。
    志望校の高校にはなんとか合格したのですが、病気が原因で前期はほとんど高校に行けないほど弱っていました
    たまに学校に行ってもほとんど保健室にいたり午前中だけで下校してしまいまた、高校が進学校だったので授業にまともに
    出れなかった私は一年留年してしまいました。
    高校1年生の時の同級生はたまに私が学校に来るとみなとても喜んでくれ、毎回お祭りのように騒ぎ先生も注意は愚か生徒と一緒に
    私を歓迎してくれていました。私はそんなクラスメート達は先生が大好きだったので是が非でも一緒に卒業したいと思っていたのですが
    残念ながら出席日数が足らず先述通り留年してしまいました。

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