戦争

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    35: 名無し三等兵 01/10/29 23:17 ID:ux8By2pL
    名前:名無し三等兵 投稿日:2001/03/25(日) 11:10
    昔見た終戦記念日かなんかのテレビ特番にて。
    生き残ったパイロットのじいちゃんが、どこかの飛行場跡地で(うろおぼえスマン)
    TVクルーに、
    「あの戦争のことは、私たちのことは忘れてやってください。あんな辛い時代を
    今の人に忘れてもらえるのが、私や仲間たちの一番の願いで、供養だと思います」

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    37: 秋之空・一式 ◆FYAR5c0g 01/10/29 23:24 ID:pppOqayt
    私が本気で泣きそうになった言葉です。いい言葉ですよ。

    進歩のない者は決して勝たない。負けて目ざめることが最上の道だ。
    日本は進歩ということを軽んじ過ぎた。私的な潔癖や徳義にこだわっ
    て、本当の進歩を忘れていた。敗れて目覚める、それ以外にどうして
    日本が救われるか。今目覚めずしていつ救われるか。俺たちはその先
    導になるのだ。日本の新生にさきがけて散る。まさに本望じゃないか。
    (昭和二十年四月、沖縄特攻に赴く戦艦大和艦上での臼淵磐大尉の言葉。
    吉田満著『戦艦大和ノ最期』より)

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    44: £@歴史抹消主義 01/10/29 23:58 ID:mDK3hURc
    こっちでも、スペイン戦争で一席。
    アルカサル包囲戦に置いて、籠城するフランコ軍の指令、モスカルド大
    佐の息子が、包囲側の人民戦線に捕まると云う事件発生。
    籠城軍に手を焼いていた包囲軍は、彼を人質にして、立て籠もる大佐に電
    話で、
    「お宅の息子を預かってる。即刻降伏しないとあんたの息子の命は保証で
    きない」
    と勧告。
    その後、電話口に捕虜となった息子が出てきて、父である大佐と直接話
    す機会があった。

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    20: 01/10/29 23:04 ID:ux8By2pL
    名前:名無し三等兵 投稿日:2001/03/12(月) 14:47
    左ノ電文ヲ次官二御通報方取計(とりはからい)ヲ得度(えたし)

     沖縄県民ノ実情二関シテハ県知事ヨリ報告セラルヘキモ 県ニハ既
    二通信力ナク 32軍司令部又通信ノ余力ナシト認メラルニ付 本職県
    知事ノ依頼ヲ受ケタルニ非(あら)サレトモ 現状ヲ看過(かんか)スル
    ニ忍ヒス 之二代ツチ緊急御通知申シ上クーー

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    862: 859 03/01/24 03:05 ID:40MVfBRK
    1942年の5月31日から6月1日にかけて行われた特殊潜行艇のシドニー港潜入攻
    撃作戦の折り、出撃した3艇のうち2艇は防潜網にかかり自爆、もう1艇は敵の
    猛攻撃の前に湾内奥に追いつめられ自爆。乗員4名は戦死した(もう1艇は湾か
    らの脱出には成功したがその後行方不明)。

    この大胆不敵な作戦は濠州の人々の心胆を寒からしめたが、
    特殊潜行艇隊の勇猛果敢な戦いぶりにいたく感銘を受けた豪海軍は、
    4名の海軍葬を執行。弔銃斉射も行うという、
    敵国軍人に対して異例なまでの丁寧さであり、遺骨は交換船で日本に返還 された。
    6月4日、松尾艇、翌5日に中馬艇(海軍中佐中馬兼四)を
    引き揚げると共に、艇内から収容した四勇士を6月9日、
    海軍葬の礼を以って弔ってくれた。

    この時、敵国軍人に対する海軍葬について非難の声が挙がったが、
    シドニー地区海軍司令官ムアーヘッド・グールド少将は
    『勇気は一特定国民の所有物でも伝統でもない。これら日本海軍軍人によって示された勇気は、
    誰によっても認められ、かつ一様に推賞せらるべきものである。
    これら鉄の棺桶に入って死地に赴くことは、最高度の勇気がいる。
    これら勇士が行った犠牲の千分の一の犠牲を捧ぐる準備のある濠州人が幾人いるであろうか』
    と全国にラジオ放送して反対の声を制し、海軍葬を執行したのである。

     戦後、濠州海軍は松尾艇、中島艇を切半して一艇とし、首都キャンベラの
    オーストラリア連邦戦争記念館に安置、御遺品と共に丁重に展示している。
    「この勇気を見よ!」と説明が特筆大書され、内外の参観者に大きな感銘を与えているとのことである。

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