泣ける

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    35: 名無し三等兵 01/10/29 23:17 ID:ux8By2pL
    名前:名無し三等兵 投稿日:2001/03/25(日) 11:10
    昔見た終戦記念日かなんかのテレビ特番にて。
    生き残ったパイロットのじいちゃんが、どこかの飛行場跡地で(うろおぼえスマン)
    TVクルーに、
    「あの戦争のことは、私たちのことは忘れてやってください。あんな辛い時代を
    今の人に忘れてもらえるのが、私や仲間たちの一番の願いで、供養だと思います」

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    54: 名無しさん 2014/03/30(日)12:13:45 ID:0JHHejx8q
    「花見のためには何日も前から場所取りをすると聞いたが、ここではやっているやつがいないな」
    と不思議がっている留学生たちよ、

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    828: 大人の名無しさん 03/01/22 08:24 ID:3VEU/+s3
    私が生まれた一週間後に、私を産んでくれた母は死んでしまった。
    父が再婚してから、家に居場所が無くなった。
    小さい窓が一つだけあるろくに日も差さない、
    テレビも暖房も冷房も無い部屋が与えられて、そこに居る事だけが許された。
    食事を家族と一緒に取った事が無かった。家族と言葉を交わす事も無かった。
    そもそも食事もまともなものじゃなかった。たまに忘れられた。
    記憶と体に残るのは、無数の生傷と火傷と、恐怖感だけだった。
    友達も学校の先生も、誰も助けてくれなかった。助けられなかったんだと思う。
    誰も恨んでいない。だってどうしようもない事だ。

    18歳の時に逃げ出した。
    お金は無かったけど、空が青いとか、好きなだけご飯を食べていいとか、
    ぶたれたり、蹴られたりしないとか、ものすごく嬉しかった。
    何か失敗しても、殴ったり蹴ったりする人がいなくて、嬉しかった。

    24歳の時、従兄が偶然私を見つけて会いに来た。
    親には居場所を黙っててくれた。
    ぶっきらぼうで、すぐにバカだののろまだの罵る従兄だったけど、
    不思議と嫌に感じなかった。
    私にパソコンを作ってくれた。病気になった時、大雪の中病院に連れて行ってくれた。
    お金が無くてひもじかった時、ご飯を奢ってくれた。
    誰より私を心配してくれてたのは、この口の悪い従兄だったのかもしれない。

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    862: 859 03/01/24 03:05 ID:40MVfBRK
    1942年の5月31日から6月1日にかけて行われた特殊潜行艇のシドニー港潜入攻
    撃作戦の折り、出撃した3艇のうち2艇は防潜網にかかり自爆、もう1艇は敵の
    猛攻撃の前に湾内奥に追いつめられ自爆。乗員4名は戦死した(もう1艇は湾か
    らの脱出には成功したがその後行方不明)。

    この大胆不敵な作戦は濠州の人々の心胆を寒からしめたが、
    特殊潜行艇隊の勇猛果敢な戦いぶりにいたく感銘を受けた豪海軍は、
    4名の海軍葬を執行。弔銃斉射も行うという、
    敵国軍人に対して異例なまでの丁寧さであり、遺骨は交換船で日本に返還 された。
    6月4日、松尾艇、翌5日に中馬艇(海軍中佐中馬兼四)を
    引き揚げると共に、艇内から収容した四勇士を6月9日、
    海軍葬の礼を以って弔ってくれた。

    この時、敵国軍人に対する海軍葬について非難の声が挙がったが、
    シドニー地区海軍司令官ムアーヘッド・グールド少将は
    『勇気は一特定国民の所有物でも伝統でもない。これら日本海軍軍人によって示された勇気は、
    誰によっても認められ、かつ一様に推賞せらるべきものである。
    これら鉄の棺桶に入って死地に赴くことは、最高度の勇気がいる。
    これら勇士が行った犠牲の千分の一の犠牲を捧ぐる準備のある濠州人が幾人いるであろうか』
    と全国にラジオ放送して反対の声を制し、海軍葬を執行したのである。

     戦後、濠州海軍は松尾艇、中島艇を切半して一艇とし、首都キャンベラの
    オーストラリア連邦戦争記念館に安置、御遺品と共に丁重に展示している。
    「この勇気を見よ!」と説明が特筆大書され、内外の参観者に大きな感銘を与えているとのことである。

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    856: 大人の名無しさん 03/01/23 22:19 ID:ZA7y5AA1
    祖父が入院してる病院にお見舞いにいった。
    母がお見舞いのあとに服を買ってくれるっていってた。
    まだ中学生だった私は、ガンだなんて、助からないなんて
    知らなかったんだ。
    30分もいなかった。おざなりのお見舞いだったよ。
    はやく買い物に行きたくてうずうずしてたの、きっとじいちゃん
    気付いてたよね。
    次の日、学校に電話があって、駆けつけた時にはじいちゃん亡くなってた。
    大事に大事にしてもらったのに、何もかえせないでごめん。
    服買いになんかいつでも行けるのに、あの日に行かなくても
    よかったのに、もっとじいちゃんと色々話すればよかった。
    ごめん。じいちゃん。ごめん。
    今、ほんとに色々話したいよ。
    ほんとにごめん。ごめん。

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