2007年01月02日

亜インテリ論にまつわる様々な抜粋・覚え書き

 どこから書いたら良いか迷ってしまいますが、
仲正昌樹さんの「ネット時代の反論述」の読解の部分は、とても面白く感じていました。
コメントしたいものも沢山ありましたが、僕も宮台氏よりも仲正さんの方にシンパシーを感じている方なので、時間もないのでこのままにしておこうと思います。
また、時間のある時に暇をみてと言うことにしようと思っています。

さて、宮台先生の年末の動向なのですが、午後11時近くに家に戻りラジオを付けると昨年は聴かなかったけれどもまだ、↓がやっていました。

TBSラジオアクセス
2006年12月29日(金)のバトルテーマ
29日は
「M2のウラ紅白・テレビじゃ聞けないJ-POP批評2006」
宮崎哲弥&宮台真司の年末恒例サブカルぶった切り!


 サブカルとアカデミックなものを行き来するのが、社会学者である宮台先生の学問領域なのでしょうけれども「亜インテリ論」の丸山眞男論の硬直?の中では、これまで宮台先生を感じては来なかった僕ですし、意外な宮台先生的なバックラッシュ?の様にも感じていました。

インテリゲンチャーと言う言葉に失望を感じ、ともするとマルクス主義とも一緒に葬り去られてしまっているのではないかと忘却の彼方のものだったからです。
日本には、真のインテリなどと言うものは、大昔に死滅してしまったのではないかと思っていました。
少なくとも死語となっているものと感じていたのです。

しかし、数学屋のメガネさんの言う意味での真のインテリとは、仲正昌樹さんの「ネット時代の反論述」でも語っていられた「まともな論争」の出来る論理を備えた人の事だと僕も理解し賛同はしているのです。

真の論理とは何か?
真のインテリとは何か?
それぞれが主観的に認める一流の学者とは何か?

それについては、また、時間をかけて語って行かなくてはならないと思っています。

上記の番組で、もう説教爺と呼ばれる立場となり10代からは、遠く感性が離れてしまった宮台先生でありながらも、録音でありながらも生肉声に近いものがあり、
米澤代表が亡くなった後のコミケも動員力を失ったのではないか?と言う統計を交えない推測を述べていたのでは単に説教爺なりはてサブカルから気持ちが離れている自己心境ではないだろうかと思えていたのと同時に

「来年の抱負」と聴かれて
「来年は、理論の方へもう一度戻ろうと思っています。理論オタクなるものがいるので、些末な事にこだわりすぎて一度、手放したのですが…」と述べていたのは、
数学屋のメガネさんを意識して述べているのではないかと思っていました。

インターネットの世界は、広いようで狭い世界なので、
良質なレポートを書くKawakitaさんや
良質で平明な論理学入門のブログである数学屋のメガネさんを注目していないはずはないのではないかと思えていました。

宮台先生にも仲正昌樹さんの「ネット時代の反論述」を越えるような論理学入門及びバックラッシュ現象分析を学術理論上で展開をお願いしたいものです。



既に、丸山眞男さんの「亜インテリ論」については矛盾点や弱点の指摘が、優れた反証として、コメント欄にも寄せられているので、改めて繰り返したり、量を増やす必要もないと思っていますが、

竹内 洋著「丸山眞男の時代」を早速、図書館で借りてきて、手に取ってみると
蓑田胸喜には、逆に、知らない世界でもあって、感銘すら受けてしまうものがありました。
僕自身も西洋かぶれでもあり、論理(ロゴス)や理性に重心がこの世界や神道の世界を亜インテリとして逆に排斥や拒絶してよいものなのだろうか?と思うものがあるのを感じていました。


『 だから、南原に日本政治思想史の研究をするようにいわれたときに、蓑田や原理日本社に代表されるような日本精神論をおもったのであろう。「あんなのはいやです」と丸山は躊躇なく答えた。南原は、「いやだからやる必要がある。自分は今の軍部や右翼のいっているような日本精神というのはおかしいと思うけれども、残念ながらわれわれは日本の思想を勉強していない。そうすると同じ土俵で勝負できない」といった。新カント学派の理想主義の西欧思想史研究者であった南原は、日本精神論などは「非常に非科学的」とみていたが、プラトンやカントをもってきても「それはヨーロッパの思想だ」と一蹴されてしまう。だから「これからはどうしたって日本の思想史を科学的にやっていかねばならない」、と丸山にいった。』(「丸山眞男の時代」P92)


僕も上記の引用部分に共感を覚えますし
数学屋のメガネさんの「ファシズム研究」や「バックラッシュ現象論」の展開を楽しみにしている一人なのですが、蓑田やその他、右翼思想としての亜インテリ性は、特殊なものであり、現代の敵の中心ではないように感じたりしていましたし、「ミイラ取りがミイラになる」の例えのように興味が持てないし、深入りしたくないとも思っている部分です。

現代のバックラッシュは、右傾化と言っても敵の本質的な部分は、自民党的な官僚支配であり、寧ろ、学閥階層であり、大衆の保守は、オタクやサブカル世界に代表されている知識が、亜インテリを構成しているのではないかと単純に考えたりもしています。

亜インテリを排除するばかりに、再び、意図せずともインテリゲンチャーを貴族階級とするような隷属関係を作っているのではないかと危惧せずにはいられません。
勿論、真のインテリ探しは、真の論理を中心に行っているのでしょうが、
真理は、絶対的なものではなく相対的なものであり、それぞれの歴史的過程や時代の中にあるものだからです。


それには、養老孟司の一文なんかもあります。
『 そもそも「歴史(history)」とは「イストワール」「ヒズ・ストーリー」つまりは「物語」であって、極めて個人的な営みであろう。そこには主観しかなく、客観などありはしない。中国、韓国が主張する「正しい歴史認識」などあるはずがない。人間が六十億人いるならば、六十億通りの「歴史」がある。それをマルクスが「歴史科学の法則は客観的だ、一つの正しい歴史があるのだ」云々と、背筋が寒くなるようなインチキを言ったあたりからおかしなことになったのである。』
(2006年1月号文藝春秋「司馬遼太郎さんの予言」P98昨年1月の雑誌ですが、もちろん図書館で読めます。)


ただ客観的で絶対的な神が作った歴史があるなんて言っていないだろう…弁証法的なはずだと思いながらも、やはり、論理主義もピュタゴラスのような神学も絶対的な真理に似通った独我論へと入ってしまうものに注意しなくてはならないといつも思っているのです。


中島みゆきさんの「地上の星」を聴くにつれ、指さしている指先や中島みゆきさんのスター性や真のインテリ性をめでてしまい本来、何によって輝いているのかと言う天上ではなく地上を語っている内容を忘れてはならないと考えているのでした。

これは、マルクスを考えることについても同じだろうし
塩見氏が、民衆第一と述べているものについても亜インテリの種を第一と言っているようなものだと言う逆説を生み出しかねないと思うのです。
当たり前の考えなのですが、亜インテリや民衆が悪いのではなく蓑田氏が持っていたような排他主義的な日本思想だったり、右翼思想でしょうし、

亜インテリ論的な硬直は、民主主義の否定であり、ヒトラーの選民思想やエリート主義的な限界しか感じられないのです。

民衆とは何かと言うことを
亜インテリと真のインテリの峻別に時間を割くよりも、第一に考えたいと僕もマルクスの延長で考えるのですが、

民衆の「衆」や集団に対しては、重きを置きたいとは今は、考えていないのです。
集団は、いじめを生んだり、ファシズムを生んだりしてきましたが、
個々人の民やブログを作っている数学屋のメガネさんや新しくブログを始めたかつさんのような個を尊重していきたいと思っているのでした。

それは、中島みゆきさんの歌詞に現れる弱き存在や惨めな存在
「嫌われ松子の生涯」のような存在であっても、北朝鮮で飢えている民であっても
「ぎりぎりの人間の尊厳」に抵触するものが、共産主義の精神であると考えているのであって、民衆と言う集団ではないと理解が進んできているからです。

民衆がファシズムを作ったり、中間層である亜インテリを作ってきたと思うのですが、個の中に存在する「ぎりぎりの人間の尊厳」と「真の論理を持つインテリ」は、僕には、イコールである、そのことの説明をこれからもしていきたいなと思っている訳なのです。


しかし、元旦の「朝生」宮崎哲弥は、サイテーでしたね「戦後憲法なんてフィクションであり、嘘っぱちだよ」と机を叩き、そして、社民党、共産党を「あんたら」呼ばわりをした上で、弱体化しているとは言え戦後民主主義の全否定のような発言をして顰蹙(ひんしゅく)を買っていました。
あれこそ、バックラッシュであり、亜インテリ的感情の発露だと僕は思っているのですが…。
吉永小百合さんも広島原爆記念館も否定してまで自民党や官僚や右傾化した視聴者に媚びを売りたいのでしょうか?

やはり、M2は、最低の亜インテリだと僕は思ってしまいました。(つづく)

namifukukun at 02:02│Comments(4)TrackBack(1)数学屋のメガネさん | 数学屋のメガネさん

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1. 歴史とは何か  [ 数学屋のメガネ ]   2007年01月02日 10:03
なみふくくんから「亜インテリ論にまつわる様々な抜粋・覚え書き」というトラックバックをもらった。僕は、亜インテリが悪いというような道徳的な主張をしているのではなく、亜インテリが権力に近づき、権力を握って真のインテリを追い出すという構造に問題があると思ってい....

この記事へのコメント

1. Posted by 数学屋のメガネさんの論理革命に大賛成なみふくくん   2007年01月02日 02:15
4 1325] みんな、暇そうなので年末年始の動向を貼り付けてあげるね!! 投稿者:数学屋のメガネさんの論理革命に大賛成なみふくくん 投稿日:2007/01/02(Tue) 02:06
2. Posted by かつ   2007年01月02日 14:26
私のブログを拝見していただいたようですね。ありがとうございます。
丸山の「亜インテリ」はいちおう社会階層として論じられています。しかし、宮台氏が言っているのは、インテリの中の一流か二流、三流かという話で、これだと本家の丸山よりもますます恣意性が高くなってしまうように思います。浩翰堂さんが仰っていた宮台の「誤読」というのもそういうことでしょう。
3. Posted by アナルコ・サンジカリスト   2007年01月06日 00:22
1 こういうの(亜インテリ論)も、改めて取り上げる奴こそが、それに適合し、自己言及の罠に陥ることが多いのですが、なみふくの場合、どういう立場から亜インテリを批判してるのかな?今は亡き階級?(笑)
4. Posted by …   2010年02月03日 12:18
右傾化って…左翼じゃないってだけで右翼扱いされちゃたまらない。
ここで吉永小百合や原爆記念館を持ち出す理由も分からない。
「これは否定できないよね。世間的にはしちゃいけないことになってるよ。だからお前もしないでね」っていう同調圧力かな?
左翼は好きだねそういうことが。

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