Namuraya Thinking Space

― 日々、考え続ける ― シンプルで、しなやかに ― 

以前、イリノイの世界遺産を見にドライブに行った時のこと。高速道路から採石場が見えたのだが、これがなかなかの景色。残念ながら車を停めてみることは出来なかったのだが、面白い風景。

自然にできた風景ではないのだが、人工的に山を切り崩して作られた景色は、なかなか壮観。面白いなぁと感じていたのだが、たまたまグーグルマップで近所に手頃な散歩コースが無いかと検索していて、小規模な採石場があることを発見した。

車で15分ほどの距離であり、週末のちょっとしたお出かけには最適。過去には城を見に行って失敗したこともあったので、あまり期待はし過ぎずに訪れてみることにした。

結果は、、、まぁ想定内だろうか。規模的にはさほど大きくはないが、切り立った崖を見下ろすことができた。せっかく足を伸ばしたので、少しだけ散歩をして帰宅。往復時間も入れて1時間強の気分転換。

こういったときに、愛犬が一緒だともっと楽しかっただろうな、とふと考えてしまうのだった。

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ブログを書き始めてから毎年恒例にしているのが、年初に立てる一年の計と、終戦記念日に行う世界情勢の定点観測。約半年に一度の更新なのだが、もうこんな時期かと月日が経つ速さに驚かされる。

この2年程度はコロナ一色だった感があるが、今年最大の事件は何といってもロシアのウクライナ侵攻であろう。まさか第三次世界大戦の引き金にもなりかねないような戦争が、現代社会に起こるとは思ってもみなかった。米中摩擦も激しさを増し、台湾問題も気になるところ。

それでは新聞記事などのメモを見ながら1年間の世界情勢を振り返ってみたい。

・ロシアがウクライナに侵攻。NATOの体制がじわじわと強くなっていくことに対する緩衝地帯の確保が主な目的だが、プーチンにとってみればもともと同じ国だったウクライナを併合して、歴史に名を残したいという願望からきた侵略。別の意味で歴史に名を残すことになるだろう。ただでさえコロナ禍で脆弱になっていたサプライチェーンが、本件を機にガスや石油といった資源、小麦をはじめとする穀物価格の急騰を招き、世界的なインフレが加速している。

・米中の貿易摩擦が激化。特に半導体を巡っては激しい戦いが繰り広げられている。米国ではCHIPS法が成立し、米国での半導体製造にも力を入れていく方針。また中国に対しての半導体関連の輸出規制を強化しており、中国では計画通りの進展が見られない。中国サイドは融資資金を巡る不正などの摘発もあったが、長期的に見れば米国への依存度を下げて純国産化していく可能性もあり、米国としても予断を許さない。

・台湾を巡っては1つの中国というイデオロギーと、半導体の世界的な生産地であるという経済的な両面から焦点となっている。米国のペロシ下院議員議長の訪台が引き金となり、緊張が高まっている。中国が現時点で米国との武力衝突を望んでいるとは思えないが、習近平の3期目の国家主席続投を目前に、面子にもこだわっている感が垣間見える。

・中国ではその他にも大きな動きあり。国内では「共同富裕」という名のもとの平等策をとっており、IT企業への締め付け、教育格差をなくすためという名目での学習塾の廃止、ゲーム企業への規制強化などを実施している。また国際的にはTPPへの加盟を申請するなど、他国を牽制する動きもあり。データを国内に囲い込むため、個人情報保護法や中国企業の海外上場規制法も策定。

・各国で大統領が交代。韓国は尹錫悦(ユン・ソギョルまたはユン・ソクヨル)氏が当選し5年ぶりに保守政権となった。フランスはマクロン大統領が2期目に当選。分断の修復がテーマ。香港の行政長官は親中派で元警察官僚の李家超(ジョン・リー)氏が当選。フィリピンはフェルナンデス・マルコス氏が圧勝。デジタル環境やインフラ整備に期待。ドイツでは社会民主党のショルツ氏が第一党を獲得。

・米国では黒人女性初の最高裁判事が誕生。リベラル派のケタンジ・ブラウン・ジャクソン氏。これにて保守6対リベラル3となった。度重なる銃の乱射事件を受けて銃規制法案が成立。一方で最高裁が女性の中絶の権利を認めない判決を。1973年のロー対ウェード判決を覆すもの。外交面では民主主義サミットを開催したり、インド太平洋経済枠組み(IPEF)を始動するなど。

・欧州ではロシアのウクライナ侵攻を受けて、これまで中立を保っていたフィンランドとスウェーデンがNATOの加盟申請へ。英国ではジョンソン首相が不祥事が相次ぎ閣僚が離反したことを受けて辞任。スコットランドでは独立に向けた国民投票を計画。

・ミャンマーのクーデターから起こった軍事政権は状況改善せず。スリランカではマヒンダ・ラジャパクサ首相が辞任し、ラニル・ウィクラマシンハ氏が第9代大統領に。日本では安部元首相が銃撃された。

WOWOWで視聴。昨年の映画がもう見られるというのは嬉しい。WOWOWならではのサービスだ。

主演は最近のお気に入りの西島秀俊さん。原作は村上春樹の短編。『女のいない男たち』という短編集の収録作品で、一度読んだことがあるのだがまったく覚えていない。短編というのは、短いだけによほど印象的なものでない限り、簡単に忘れてしまう。まぁこれを時間の無駄と捉えるか、何らかの糧と捉えるかは、個人差のあるところだろう。

その短編を3時間という長尺の映画にしたのがこの作品。原作を覚えていれば、どのように物語を膨らませていったのかを、知ることもできたかもしれないが、まぁストーリーを知らないままの方が楽しめるので、これは良しとしよう。

それにしても3時間は長い。最近のYoutubeやTiktokといった短い動画に抗うかのような作品。私自身、Youtubeはさほど見るわけでもないのだが、それでも何となく細切れ時間での対応に慣れてしまっているように感じる。正直、3時間テレビの前に座りっぱなしというのには疲れてしまった。

作品自体は、良いところとそうでもないところが混在しているような印象。果たしてここまで物語を長く引き伸ばす必要があったのだろうかというのが、最大の疑問。特に、作中で演じられる劇中劇の練習のシーンなど、本題から外れて延々と続くように感じてしまった。私の感受性が低いのだろうか。

それ以外の主人公と妻との関係。主人公とドライバーの会話などは面白く楽しむことができた。しかしながら、冗長さを感じてしまったがゆえに、最後に残ったのはちょっと退屈な映画だったかなという感想。世界的には評価されているようなので、私の感じ方がずれているのかもしれないが、自分で感じたことは素直に書き残しておきたい。

先日、とあるオンラインセミナーを受講した際に、海外では特に自分のアピールが大切という話を聞いた。まぁその通りだろうなぁと思いながら聞いていたのだが、その方は自分の写真にもこだわっているとのこと。日本人ならちょっと引いてしまうくらいインパクトのある写真を、プレゼンで見せていただいたのだが、海外で自己主張するためには、ここまでやる必要があるのかと感心した。

個人的にそこまで激しくアピールするつもりもないのだが、郷に入っては郷に従え。たまたま会社のオフィスビルで、プロカメラマンによる写真(ポートレート)の撮影があるとのこと。25ドルとリーズナブルなので、物は試しと申し込んでみた。

久しぶりに白のワイシャツにネクタイを締め、髪型も少し整えて撮影に向かう。会場に到着すると、数名が椅子に座って待っている。皆さん、軽口を叩きながら楽しそうに撮影している。女性の方が、撮影時間が少し長めだろうか。

そんなことを考えている内に、自分の順番が回って来た。真正面からの写真と、少し斜めからの写真。少しだけ微笑んで(あまりにっこりと笑うのも恥ずかしい)、撮影完了。私の前の女性と比べると、随分あっさりしている。

デジタルカメラでの撮影だったので、その場で写真を見せてもらい、一番気に入ったものを選択する。後日メールで送付されるそうだ。まぁ、どこで使うという訳でもないが、こういった写真が一枚あると重宝するのではないだろうか。ちょっとだけ楽しみである。

先日、約2年ぶりの健康診断を受診した。アメリカ赴任後はコロナのパンデミックで病院に行くのが怖くて受診を怠っていたのだ。

50代になって初めての健康診断。概ね問題はなかったが、コレステロールの値が少しだけ高かった。アメリカで生活しているとどうしても肉食中心になるから、仕方がないだろうとのこと。

そういえば、先週・今週と立て続けに日本から来客が。夜の会食もお付き合いしたのだが、2回ともステーキハウスでの食事だった。以前は、勝手が分からず16オンスのリブアイを頼んでいたのだが(脂がのっていて美味しい)食べきれないことが分かったので、最近は8オンスのフィレステーキを注文することが多い。本当はもう少し脂ののったステーキが好みなのだが、なぜか量が少ないステーキは選択肢が少ないのだ。

こんな感じで、これから外食も増えてくるだろうし、その分自宅での食事にはより気を使わないといけないかもしれない。とはいっても、魚は高いし日本ほど美味しくないので、出来るだけ鶏肉を食べるなどして、脂の接種を抑えるしかないのだろうなぁ。

健康診断の際に、50歳を超えたら帯状疱疹のワクチンを接種することをお薦めします、と担当医の先生に言われた。という訳で早速、ワクチン接種を実施。人によっては腕が痛くなったり発熱したりといった副反応が出るらしい。今のところ大丈夫だが、万が一の場合は定番のタイレノールを飲んで寝るようにとのことだった。

帯状疱疹のワクチンは2回接種が必要であり、次回は3か月後。何度か帯状疱疹を発症した方の話を聞いたが、とても痛いらしいので、今の内から予防しておこうと思ったのだ。サル痘などという病気も増えてきているらしいし、これからはウイルスとの闘いになっていくのであろうか。

◇2148 『2030半導体の地政学−戦略物質を支配するのは誰か』 >太田泰彦/日本経済新聞出版社

新聞などを読んでいれば、断片的には知っている知識だが、こうやって一冊に纏めていただくことによって、より半導体の重要性が理解できた良著。

まずは現在における半導体の位置づけを明確にしておきたい。

・半導体は産業のコメというだけではなく、人々の暮らしを見えない場所で支える社会インフラであり、兵器や通信網にも使用される戦略物資である。

・かつて日本が受けた半導体に関する貿易摩擦は、米国が半導体を戦略物資として扱っていた証左である。日本側は汎用品を作っているという理解であり、両者の半導体に対する捉え方は大きく異なっていた。

・TSMCをアリゾナに誘致したバイデン政権の狙いは、米国に足りない製造分野の穴埋めである。

・米国の中国に対する半導体関係の制裁は、経済的だけでなく軍事的な意味においても中国に覇権を握らせないための策である。

・もともとTPP(環太平洋経済連携協定)は、太平洋沿岸(米シリコンバレー、中国の広東省・福建省・浙江省、台湾、韓国、日本)に集中する半導体関係のサプライチェーンを繋ぐという発想だった。


このように地政学の観点から半導体という一大産業を俯瞰しており、頭の整理にとても役に立つ。このような視点で日々のニュースを読めば、理解も深まるであろうし、解釈の仕方も異なってくるであろう。

また、本書で初めて知ったのがアルメニアについて。

アルメニア共和国が旧ソ連にとっての電子・電器産業を担当していた国だということ。このため、現在でもアルメニアには優秀な技術者がたくさんいるそうだ。

また、19世紀末から20世紀初頭に、オスマン帝国によるアルメニア人のジェノサイドが起き、迫害を逃れるために多くの人々が国外に脱出した。彼らは北米や欧州でも民族のアイデンティティーを守り濃厚なコミュニティを形成した。祖国を離れて暮らすディアスポラは現在約750万人と推定されている。国内の人口が約300万人だから、その2倍以上のアルメニア人が国外にいることになる。

2020年9月に隣国のアゼルバイジャンとの間でナゴルノ・カラバフ地域(アルツァフ共和国)の領有権を巡り、武力衝突が起こった。元々両国は歴史的にも犬猿の仲であり、アルメニアは世界最古のキリスト教国、アゼルバイジャンはイスラム教シーア派の国で主要民族であるアゼル人はトルコ系。

両国の対立を舞台裏から眺めると、アルメニアの陰にいるのはロシアで、アメリカもアルメニアを援助している。アゼルバイジャンを支えるのはトルコであり、さらにその後ろにイスラエルがいる。


どこかで聞いたことがあると思ったら、ナゴルノ・カラバフ地域の紛争について、ブログに書き留めていたことがあった。しかしながら、このような紛争にまで半導体の技術的な側面が絡んでいるというのは、初めて知ったこと。

これ以外にも、半導体と言えば米、中、台、韓の4強であるが、そのような半導体大国のはざまでしたたかに生きるシンガポールの戦略、ASMLというオランダの巨大装置メーカーを欧州全体でバックアップするEUの戦略なども、本書で知ることのできた一面である。

半導体に少しでも関係する人はもちろんのこと、現代の地政学をよりよく理解したいと考えている人は、一度本書を手にしてみてはいかがだろうか。



【目次】

序章 司令塔になったホワイトハウス
1 バイデンのシリコン地図
2 デカップリングは起きるか
3 さまよう台風の目―台湾争奪戦
4 習近平の百年戦争
5 デジタル三国志が始まる
6 日本再起動
7 隠れた主役
8 見えない防衛線
終章 2030年への日本の戦略


こちらも後輩と話していて感じたこと。普段、あまり自分の昔話はしないようにしているのだが、ふとした話の流れで過去の経験談を話すことになった。

その内容はさておき、若いうちに修羅場体験をした方がよいという話をした。そもそも私自身、当時産業再生機構のCOOだった冨山和彦さんの講演を聴き、若いうちの修羅場体験の重要性を学んだのだが、同じ思いを、有望な若手に伝えたいと感じたのだ。

なぜ修羅場体験が必要かというと、やはりしんどい仕事に直面した時というのは、自分で考えて自分で動かなければどうにもならない。考えて動いてもどうにもならないことすらある。ロジックだけでなく、相手を説得して動いてもらわなければならないこともある。嫌がる相手を追い込んで無理にでも動かざるを得ない状況を作らなければならないこともある。

そういった経験を積み重ねていくと、困難に直面した時に、あぁこの景色はいつかどこかで見たことがある、と感じられるようになってくる。まぁ私の経験など、本当に修羅場を経験している方々から比べると大したものではないが、それでも中国での経験や今現在のアメリカでの経験は、ちょっとっしたプチ修羅場と呼んでもよいと感じている。

いつか見た景色を感じられることのメリットは、対応策も頭に浮かんでくるようになること。こういった場面では、こう動けばよいと、スーッと頭に浮かび上がってくるのだ。もちろん、そのためにはとにかく必死で考えて動かなければならない。しかしながら、諦めずに考えて動いている内に、必ずや道は開けるのである。

必ずや、というのは言い過ぎで、時にはどうにもならないこともある。しかしながら、世の中どうにもならないことがある、という事実を、身をもって知ることも一つの大事な経験ではないかと思う。

先日ある後輩から相談を受けた。彼は周りの人よりも少しだけ早く課長に昇進したのだが、周りからのやっかみを感じてしまうとのこと。私の勤務先では、部門によっては抜擢人事も進んでいるのだが、私の所属部門は比較的保守的なため、まだまだ年功色が強い。優秀な人には、早い段階でいろいろな経験をしてもらうのが組織にとってもメリットが大きいと思うのだが、まぁやっかむ人というのはそんなことまでは考えていないものだ。

周りから嫉妬された時、取るべき道は2つあるように思う。

1つはそのような嫉妬など気にせず、がんがん進んでいくという方法。とにかく結果を出して実績を積み、実力で突き抜けることで嫉妬の声を消してしまうのだ。しなしながら、これには覚悟も必要だし、当然ながら努力も必要。また他人の声を気にしないというメンタルの強さも求められるだろう。本当のリーダーとはこういう人なのかもしれない。

もう1つの現実的な解は、とにかく謙虚にすること。早い昇進には実力が伴っていることは大前提だが、運やタイミングにも左右される。なので、自分の実力を必要以上に過信してしまうと、そこから驕りが生まれて、周りの嫉妬は更に根深いものになっていくであろう。とにかく謙虚に、目の前の仕事を粛々と進めていくこと。

そんな話をしながら考えたのだが、もう1つ大事なことがあると思った。「嫉妬を自覚する」ことである。

私自身、他の同僚が早く昇進したり、やりがいのある仕事を任されたりしているのを見ると、嫉妬心を抱くことがある。これは人間なら普通のことであり、自然な感情であろう。なので、私は嫉妬心を抱くことは仕方のないことだと諦めている。

しかしながら、ここからが重要なのだが、「あっ、今自分は嫉妬しているな」と自覚することが大切。自覚することによって、単に羨ましいと思うだけでなく、自分も負けないように努力しようという、ポジティブな感情に切り替えることができる。

往々にして、嫉妬をして嫌みを言ったりする人は、自分が嫉妬していることに気が付いていない場合が多いように感じる。むしろ、その人の方が自意識やプライドが高かったりするものだ。

私自身は、少なくとも嫉妬によって他人の足を引っ張ったり、邪魔をしたりする人間にはなりたくないなと思っている。

歴史を学ぶことで人類がこれまで歩んできた道のりを知り、どういう場面でどういう決断をしたかを知ることができる。その疑似体験が現実社会でも活きてくる、というのはよく聞く話。「愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ」とは、まさにその通り。

しかしながら、ある本を読んでいてふと考えたのだが、もしそうであれば歴史を年代順に暗記するのではなく、自分で価値があると思った事象をエピソードとして覚えておくだけでも役に立つのではないか、ということ。

私の場合、学生の頃に歴史の勉強をさぼっていて、社会人になってから学習を始めたこともあり、世界史、中でもヨーロッパの歴史は未だに大きな流れが頭に入っていない。こんなことなら若いうちにもっとちゃんと勉強しておくべきだったと後悔するのだが、今更悔やんでも仕方がない。

歴史を勉強しなければと、何冊か通史の参考書を読んだりしたものの、本を読んだだけで記憶でるはずもない。歴史の流れが頭に入っていないことが、何となくコンプレックスのようになっていたのだ。

しかしながら、実社会で役立てるという目的を第一優先に考えるのであれば、歴史の流れなど頭に入っていなくともよい。このシーンは歴史上のあのエピソードが応用できる、と必要なシーンで応用できれば十分なのだ。

歴史好きの人には叱られてしまうかもしれないが、完璧主義的に歴史の流れを暗記する必要はないのかもしれないと感じた次第。そうすれば、少しは気が楽になって、今までよりも気軽に歴史の本に向き合うことができるようになるだろう。もしかすると、リラックスして読書した方が記憶にも定着しやすいかもしれない。

実家に帰省した際のこと。

2階からときどきキーィッという変な音が聞こえると母親が言うので、見に行ってみた。キーィッという音はしないが、何やらバサバサという羽音のようなものが聞こえてくる。

ガラクタの山をかき分けて納戸の奥の方に入っていくと、何とオウムのように大きな青いセキセイインコが棲んでいるではないか。

随分昔にセキセイインコを飼っていた(これは夢ではなく事実)のだが、その時に逃げ出したやつが、大きくなったのだろうか。

インコが棲んでいるにしては臭いもなく糞も落ちていない。どうやら納戸の奥に穴があり、そこから出入りできる仕組みになっているようだ。確かに、そうでなければ餌も水もない環境では生きていけないだろう。

それにしてもちょっとした小型犬くらいの大きさにまで育っていてびっくり。

先日視た『ダブルフェイス』が面白かったので、早速原作である『インファナル・アフェア』もhuluで視聴。 アンディ・ラウと‎トニー・レオンのダブル主演。潜入捜査官としてマフィアに入り込むヤン(トニー・レオン)と、そのマフィアから警察に潜入するラウ(アンディ・ラウ)の物語。他にもヤンが思いを寄せる相手役としてケリー・チャンが出演している。

huluのメニューでは3部作と表示されていたので、3作品を全て視ないと完結しないと思っていた。しかしながら、1作品目を視始めると、やけに展開が早い。102分という上映時間であり、あれっ思っている内に物語が終わってしまった。

どうやら『ダブルフェイス』で描かれていたのは1作品目のみのようだ。ネットで検索してみると第2作は1作目から過去に遡り、香港が中国に返還されるまでを描いている。3作目が1作目の続編という位置づけらしい。3作全てを視終えてから感想を書こうかと思っていたが、まずは『ダブルフェイス』との比較の意を込めて、1作目のみの感想を書いておきたい。

『ダブルフェイス』では約3時間かけて描かれていた2人の葛藤が、原作では102分に収められている。つまり日本版では、かなりの部分が日本オリジナルで作り込まれているということ。その分、2人の過去や葛藤がより克明に描かれていたように感じた。

両者を視終えた後で感じたことだが、視る順番を間違えたかもしれない。やはり原作から先に視るべきだったのであろう。とにかく短い時間で物語がどんどん展開し、なんだかダイジェスト版を視ているような気になってしまった。

アンディ・ラウと‎トニー・レオンの掛け合いが格好良い。日本版の2人もよい役者だったが、この頃の香港映画の役者さんは一味違うと感じた。

また映画を視ながら、香港の猥雑な雰囲気に懐かしさも感じた。シンセンに駐在していた約3年間、毎週1回は訪れていた街だ。中国よりは洗練されているが、雑然とした雰囲気も残している不思議な街。とても好きだったのだが、ここ数年で変わり果ててしまったのではなかろうか。

日本版を視たときに素晴らしいと感じた、物語に張り巡らされている伏線は、原作そのまま。やはり、原作の方も素晴らしい映画だということ。時間を見つけて3部作全てを楽しんでみよう。

こちらも西島秀俊さん主演の作品。本作は香川照之さんとのダブル主演である。ヤクザに潜入捜査している刑事(西島さん)と、スパイとして警察に入り込んでいるヤクザ(香川さん)を巡るストーリー。

潜入捜査ものは、いつ身元がバレるかと常にハラハラさせられる。心臓に悪いので、あまり好きなタイプのドラマとは言えないのだが、一度見始めると続きが気になって途中で止められない。結果として『潜入捜査編』と『偽装警察編』合わせて3時間強の作品を、一気に視てしまった。

本作は映画だと思っていたのだが、TBSとWOWOWの共同制作のドラマだとのこと。確かに、途中でCMが入ったであろう、ブラックアウトして途切れるシーンが出てくる。しかしながら、それ以外は気になる部分もなく、映画だと言っても問題ない出来栄えだった。

とにかくストーリー展開が秀逸。ちょっとしたところに伏線が張られている。例えば、西島さんが履歴書を書く際に用心棒という漢字を弟分に教えるシーンや、香川さんが書類を太ももにパシパシと叩きながら歩くシーンなど。さほど印象的だとも思えないシーンが後で重要になってくるのだ。

ギリギリのところで身分がバレないというスレスレのスリル感。この、バレそうでバレない感じが、視聴者を強く引き付ける。また、そのバランスというか、設定が絶妙。妙な偶然に頼らず、必然だけでストーリーを構築している力量は素晴らしいと思った。

ラストシーンは、少し悲しいのだが納得のいくもの。ハッピーエンドを期待していたのだが、この展開では難しかったのだろう。結果として、この結末以外はあり得ないかなと納得した。

原作があるのかと調べてみたところ、小説や漫画をベースにしたものではなく、『インファナル・アフェア』という香港映画を日本風に焼き直したものだとのこと。原作の方もhuluで視聴可能なので、その内見てみよう。

ドラマ『きのう何食べた?』を視てから、今更ながら俳優の西島秀俊さんの演技が良いなぁと思い、huluで出演作品をいくつか視てみた。正直、今ひとつの作品もあったのだが、その中から割と面白かったものについて、感想を書き留めておきたい。

ちなみに、若い頃の西島さんは今ひとつと感じてしまう。イケメンかもしれないが、どこかありきたりな感じ。少し歳を重ねた後の方が、渋みが増して格好いい。

西島さんがうまいなと思うのは、ハードボイルドの役も、コミカルな役も、時には情けない役柄もきちんと演じ分けられるところ。そんなの俳優にとっては当たり前、と思うかもしれないが、意外と両者とも上手く演じられる方は少ないのではなかろうか。ちなみに、似たような感想を抱いていて好きなのが北村一輝さん。

今回の映画はハードボイルド系の役柄。天才科学者というサブタイトルが付いているにもかかわらず、画家という設定で違和感を感じながらストーリーが展開されていく。2人の人物の記憶が錯綜するため、すこし構成が分かりづらいが、注意深く見ていくと伏線もしっかりしていて面白い。

この映画の一番の肝は、「記憶を他人に移植することができるウイルス」の存在であろう。ネタバレになってしまうが、主人公もそのウイルスの被害に遭って画家の記憶に乗り移られてしまったのだ。

たまたま記憶に関する書籍を読んでいたこともあり、とても興味深く視ることができた。ちょっとSFチックな設定で、あり得ないだろうと思いながら視ていたのだが、SFで描かれていることは近い将来実現する、という説もあるので、実現可能なのかもしれない。しかしながら、ある意味の不老不死であり、自分が生きている間には実現してほしくないなぁと感じてしまった。

コロナ禍で散髪に行けず、しばらく自分で髪を切っていたというのは過去のブログに書いた通り。

その後、我ながら少し技術が向上し、結局日本人が経営している美容院は予約がなかなか取れないこともあって、ずっと自宅での散髪が続いている。

頭頂部は指2本分、側面と後ろは指1本分で切ると、だいたいいい感じになる。横に切るのではなく、縦に梳くように切るのと、ちょっと不揃いな良い感じに仕上がる。

しかしながら、私の髪質だとサイドの部分がすぐに膨らんできてしまう。Youtubeで自宅で散髪と検索すると、美容師さんが自分で散髪している動画を視ることができた。

ハサミだけでなくバリカンを使うのがコツのようだ。自宅には犬用のバリカンしかなかったので、長さが調節できるアタッチメント付きのバリカンを30ドルほどで購入(美容院に行くと70ドルくらい取られるので、費用対効果の高い投資だ)。

事前にヘアバンドを巻いて、刈り過ぎないようにした上で、バリカンを入れていく。最初は恐る恐るだったが、意外と大丈夫なので、最後は思い切ってヘアバンドで隠れていない部分を、バリバリと刈っていった。

ちょっと不格好だけど、ハサミだけよりは綺麗に仕上がったと思う。日本に帰るまでは、これで過ごそうかな。散髪後に出社したけれど、誰にも変ですよとは言われなかったし。

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最近、民放のドラマで面白いと思えるものが少なくなったので、huluでWOWOWのドラマを視る機会が多い。5話完結のものが多くて、時間的にもちょうどよい。小説などをドラマ化するにはこれくらいがちょうどよい長さなのではないだろうか。

さて今回は翔田寛さんという方の小説が原作の作品。最近、ミステリーからも遠ざかっており、新しい作家さんの名前も耳に入って来なくなってしまい、初めて聞くお名前。

物語は昭和49年(1974年)、昭和63年(1988年)と平成20年(2008年)という3つの時代を行き来する内容。昭和49年に起こった誘拐事件、時効を迎える1年前の昭和63年に再捜査された経緯、そして現在(平成20年)に、ある殺人事件がこの誘拐事件に関連していると気づいた刑事が真相を追い求めるという設定。

子供の誘拐をテーマにしたストーリーだが、最近視た『マイファミリー』や『翳りゆく夏』というドラマのどちらもが、事故で死なせてしまった子供を誘拐事件の偽装によって隠蔽するというネタだったので、まさか今回も同じじゃないだろうな、と思いつつ視聴した。

偶然と言おうか、驚いたことに本作も動機は同じ。真相に近づいていく様相が全く異なるので、これはこれで楽しめたが、同じネタはそろそろ使いづらいのではなかろうか。

公平を期すために、それぞれの初出の時期を調べてみた。『翳りゆく夏』が2003年、『真犯人』が2012年、『マイファミリー』は2022年である。

上川達也さんと小泉孝太郎さんが演じる刑事役のキャラクターが立っていて、それなりに面白かったのだが、結末が予想できてしまったのが残念だった。実は姉が誤って弟を事故死させてしまい、家族みんなでそれをかばうために隠蔽したというストーリーの方が重みがあったのではなかろうか。

◇2147 『ブラック・スワン−不確実性とリスクの本質』 >ナシーム・ニコラス・タレブ/ダイヤモンド社

私にとっては理解が難しかった本。話があちこちに推移するため理解しづらく感じたのだが、筆者の構成の問題なのか、私の頭がついていけていないのか? たぶん後者だろう。。。

「ブラック・スワン」はニュースなどでもよく目にする言葉。少し前には「灰色のサイ」という言葉も取りざたされていた。ニュース記事の文脈から「想定していなかった大きなリスク」というような意味だろうと推測していたが、一度原著をきちんと読んでみたいと思っていた。

本書は残念ながら電子書籍化されていないため、米国赴任の直前に紙の本(上下2冊組)を購入。本書を含めて紙の本の積読は8冊まで減っており、何とか今年中に読破したいと考えている。最近、米国内出張が増えてきたが、出張時にはやはり何冊でも持ち運べる電子書籍が便利。結果として紙の本は自宅で読む機会が多くなる。

さて、前置きが長くなってしまったが、私なりに理解した本書の重要な部分を要約しておきたい。

ブラック・スワン(黒い白鳥)の特徴は、(1)異常であること、(2)とても大きな衝撃があること、(3)起こった後で適当な説明をつけて予測可能だったということにしてしまうこと、である。

世の中には「月並みの国」と「果ての国」がある。

月並みの国では大きな差は生まれない。例えば人間の体重。100人の内、1人の体重がどれほど重くても平均値に影響を与えるインパクトは少ない。一方果ての国では、1つのデータが集計量全体に大きな影響を及ぼす。例えば個人資産。100人の内、1人がビル・ゲイツだとその平均値は大きく変わってしまう。

月並みの国では、データの積み重ねで分かることが増えていき、予測しやすい。一方、果ての国では、極端なデータが不規則に発生するため、データを積み重ねても予測は難しい。

果ての国では黒い白鳥が生まれる可能性があり、実際に生まれる。一握りの事件が歴史にとても大きな影響を与えることがある。

分かりやすい例を1つ。七面鳥が毎日エサをもらっている。1000日かけてエサをくれる人間を親切な人だと思い込んでいく。そして感謝祭の前日。思いもしなかったことが七面鳥に降りかかる。過去について分かっていることから、将来は予測できないということ。

七面鳥の側に立つと1001日目は黒い白鳥だが、鶏肉屋の立場からすると、そうではない。黒い白鳥にひっかかるのは、物事は予測可能だと思っている「勉強ができる人たち」であり、そういった人はカモにされてしまう。

人間にはランダム性、特に大きな変動が見えない。歴史や社会は流れて行かず、ジャンプする。それなのに我々は少しずつ変わっていくと信じ、予測できると思ってしまう。

マスコミなどは、こういった歴史上の大きな事件に対して、分かりやすい解説を付したり、分類して物事を整理しようとする。分類によって複雑さは低下するが、黒い白鳥が生まれるのは、そういうところだ。単純化することで、不確実性の源のいくつかを無視することになるから。

また、我々は説明を欲しがる動物で、ものごとには全て特定可能な原因があると思い、一番分かりやすい話を唯一の説明だと思ってそれに飛びついてしまう傾向がある。

このように我々は、目に見える部分にのみ焦点を当てて、それを目に見えない部分にも当てはめて一般化する傾向にある。素性のはっきりした不確実性の源のいくつかばかりに集中し、他の黒い白鳥を無視してしまう。結果として、黒い白鳥など存在しないかのように行動する。

世の中の稀な事象には2通りある。1つ目は講釈の付いた黒い白鳥であり、世間の注目を集めているもの。2つ目はモデルに取り込めないので誰も話さない、ありえなさそうなので人前で話すのが恥ずかしい黒い白鳥。我々は前者ばかりを気にして過大評価しているが、本来注目すべきは過小評価されがちな後者なのである。

歴史に接した際の「不透明な三つ子」とは、(1)物事を単純化し分類して「分かった」という幻想。(2)後付けで物事を解釈してしまうことによる振り返ったときの歪み。(3)実際に起こったとこに関する情報に対する過大評価、である。


財務関係の仕事をしていると、業績が前年に比べてあるいは予算に比べてどれだけ増減したか、分かりやすい解釈を付して説明することが多い。また、そのような過去の実績や経験から将来を予想しがちである。

そもそも黒い白鳥は予測など不可能なので、企業を経営していく上でこれを想定に織り込むのは不可能であろう。しかしながら、常にリスク耐性のある財務体質を保っておくこと、有事の際に機動的に動ける組織体制を保っておくことなど、出来ることはあるように感じる。

私自身、物事を単純化し、分類しがちなので、まさに黒い白鳥の罠に陥っていると自覚した。不確実性を相手にするためには「焦点を絞らない」ことが重要だそうだ。なかなか現実世界では難しい手法だが、頭の隅には入れておこう。



【目次】

第1部 ウンベルト・エーコの反蔵書、あるいは認められたい私たちのやり口
 ・実証的懐疑主義者への道
 ・イェフゲニアの黒い白鳥
 ・投機家と売春婦
 ・千と一日、あるいはだまされないために
 ・追認、ああ追認
 ・講釈の誤り
 ・希望の控えの間で暮らす
 ・ジャコモ・カサノヴァの尽きない運―物言わぬ証拠の問題
 ・お遊びの誤り、またの名をオタクの不確実性

第2部 私たちには先が見えない
 ・予測のスキャンダル
 ・鳥のフンを探して
 ・夢の認識主義社会
 ・画家のアペレス、あるいは予測が無理ならどうする?

第3部 果ての国に棲む灰色の白鳥
 ・月並みの国から果ての国、また月並みの国へ
 ・ベル・カーブ、この壮大な知的サギ
 ・まぐれの美学;ロックの狂える人、あるいはいけない所にベル型カーブ
 ・まやかしの不確実性

第4部 おしまい
 ・半分ずつ、あるいは黒い白鳥に立ち向かうには




出来るだけ早いタイミングで、アメリカの拠点には足を運びたいと思っており、今回はボストンへ出張。木曜日から土曜日という日程だったので、土曜日はフライト前に少しだけ足を伸ばして、ボストンのダウンタウンを散策してきた。

フリーダム・トレイルというコースがあり、アメリカ建国時の建物などを見て回ることができる。1時間強の工程だったが、華氏100度近い真夏日だったため、とても暑くて途中でペットボトルの水を首の後ろに掛けたりしながら、熱中症にならないよう注意しての散策。

最初はマサチューセッツ州議事堂。屋根の上の金箔の丸いオブジェが特徴的。最初は金箔ではなかったそうだ。日によっては中の見学もできるそうだが、この日はオープンしていなかった。

その後、パークストリート教会、グラナリー墓地(ジョン・ハンコックやサミュエル・アダムスが埋葬されている)、ボストンラテン学校跡(ベンジャミン・フランクリンの像)を見学。

さらにオールドコーナー書店(現在はメキシコ料理店)、時計塔が美しいオールドサウス集会所、旧マサチューセッツ州議事堂(現在は地下鉄の駅に改装されている)、ファニュエルホール(サミュエル・アダムスの像)を見て回った。

最後に、一番興味があったボストン茶会事件の現場にも行ってきたのだが、こちらはちょっと期待外れだっただろうか。

これらが徒歩圏内に位置しており、観光地としてはなかなかなのではなかろうか。古い建物と、近代的なビルがうまく同居していて、素敵な街だと感じた。

ランチはボストン名物のシーフードをいただき、一路空港へ。木、金曜は同僚と少し遅くまでお酒を飲んだため寝不足。飛行機の中では、搭乗と同時に熟睡したのだが、1時間ほどで目が覚めてしまった。

そこからが大変。生涯で一番ひどい揺れを経験した。トイレに行っても立っていられない状態で、壁に寄りかかりながら何とか用を足したほど。寝不足や暑い中を歩き回った疲れもあり、座席に座って目を瞑っていても気持ちが悪くなる。

結局、胃のむかつきがずっと消えず、日曜の夜までダウンしてしまった。こんなに調子が悪くなるのは、またコロナにかかったかと不安だったので、家では書斎で2日間隔離生活。熱が36.9度と微妙に高かったのだが、すぐに平熱に戻ったので恐らく疲れであろう。

かなり疲れたが、出張もこれで一段落。8月はプライベートの旅行を計画しているが、今のところ出張は無し。平常モードで頑張ろう。

【マサチューセッツ州議事堂】
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【ベンジャミン・フランクリンの像】
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【オールドサウス集会所】
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【旧マサチューセッツ州議事堂】
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【ボストン茶会事件の現場】
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たまたまだが、小泉孝太郎さんが主演のドラマを立て続けに見ることになった。こちらは現在放映中のWOWOWのドラマ。いつもは5話連続で放映されるのを待って一気に視るのだが、今回は毎週日曜日の放映を楽しみにしながら視聴した。

松本清張さんが原作のドラマだけあって、なかなか重厚なつくり。映像も少し時代がかった感じを醸し出していて雰囲気がある仕上がりになっていた。まだ携帯電話がほとんど普及していない1990年頃が舞台。手形詐欺をきっかけに、ある会社の経理部員である小泉さんが事件に巻き込まれていくというストーリー。

私にとっては面白かったのだが、果たして時代に合っているのかは疑問に感じてしまった。実社会では手形レスが進んでおり(私も会社のプロジェクトで手形レスに取り組んだ)、手形の現物を見たことがない経理担当者も多いのではなかろうか。世の中フィンテックが進んでいるのだ。古き良き昭和の時代を映像に残しておこうという趣旨ならそれはそれで意義のあることだが。。。

話は逸れるが、携帯電話の変遷が目覚ましく、少し古い時代のドラマを作るときには、その時にどのような電話が使われていたのか(PHSか、ガラケーか、スマホか)を、いちいち確かめながら撮影しなければならず、余計な苦労が生まれているのではなかろうか。私はなぜかドラマに出てくる携帯電話が気になってしまうので、そんなことを考えてしまうのかもしれないが。

ちなみに原作は1957年のもので、なんと60年以上も前の作品。翌年には佐田啓二、鳳八千代といった懐かしい顔ぶれで映画化されているそうだ。

清張さんが原作で書き記した『眼の壁』というタイトルの意味は次の通り。ドラマでも小泉さんがラストシーンで一人語りしていた。

建物も、電車も、自動車も、人も、彼の視界にさりげなく映っている。眼にうつっていることが現実なのか。しかし、じっさいの現代の現実は、この視界の具象のかなたにありそうだ。眼はそれを遮蔽した壁を眺めているにすぎない。

話の展開も面白くそれなりに楽しめたが、松本清張さんの作品はやはり原作で楽しむべきかもしれない。想像力を逞しくしながら。

日経新聞[2022.04.01〜04.30]私の履歴書・矢野龍 

住友林業最高顧問・矢野龍氏の履歴書。林業にはなじみがなく、どんな話が展開されるのかと思いながら読み進めていった。若くして海外での経験を積み、日本企業の理不尽な面にぶつかった筆者。辞表を胸に好きなように仕事をやって社長にまで昇りつめた方。予想以上に面白い履歴書だった。

・(山崎完(ひろし)社長のカバン持ちとして海外出張に同行した際)そのとき言われたのは「君は僕のウオーキング・ディクショナリーだ」ということだ。随行役はかばんを持って通訳だけしていればいいのではなく、もっと高次の補佐役なのだと諭された。

あれだけ失敗したのだからもうクビだろうと思っていたら、日本に帰って空港で「よく頑張ってくれた。次は秋に行くからまた頼む」と言われた。それで僕は、山崎さんに勝とうと思って、400ページくらいのワインの本を買い、歴史から食事との相性から、徹底的に勉強した。

それから山崎さんが社長、会長をしていた20年間、30回以上、海外出張のお供をして、この上ない勉強をする機会に恵まれた。ワインの勉強も実って、いつからか会食時のワインの選定を僕に任せてくれるようになった。

・しかしお供の仕事はハードだった。山崎さんは訪問する先々で、その土地の話題をスピーチに取り入れた。僕は早朝5時から起きてローカル新聞に目を通し、7時半までに要点を伝えた。それを聞いて山崎さんが指示をし、東京で作ってきた原稿を、英文タイプで打ち直した。

夜はちょっと面白かった。山崎さんは10時には寝ると決めていたので、9時には宴席がどんなに盛り上がっていてもぱっと切り上げ、ホテルに戻った。するとそれまで「矢野君、矢野君」と鋭く命令をしていたのが、今日の仕事の時間は終わりだと一変し、「矢野さん、なにをお飲みになりますか」と、水割りなどを作ってくれるのだ。

とはいえ、そのひとときが過ぎると僕は部屋に戻り、その日のミーティングの記録を作らなければならなかった。山崎さんは、ニューズウィークやタイムなどを読んで何でも知っていて、程度の低い仕事をすると猛烈に怒った。

記録作りはミーティングの倍以上の時間がかかり、それから森林などの現場視察で汚れた山崎さんの靴を磨いたりして、寝るのは午前1時や2時になった。僕は信長の草履を懐であたためた豊臣秀吉のように滅私奉公の気持ちでやったからなんとかお供の仕事もこなせたけれども、日本に戻ると疲れから、2週間くらい歯が浮いていた。

・出張の夜、ホテルでの差し向かいでの雑談では、なぜ住宅事業に進出したのかなどを目を細めるようにして楽しげに僕に話した。僕が後に、6代目の社長になったときに奥さんから聞いたところでは、「矢野君には僕が20年間、帝王学を教えたから大丈夫だ」と言っていたそうだ。

たまに「君はどう思う」などと、事業上の問題の意見を聞かれていた気もするが、僕は帝王学などというような大仰なものを教わった自覚はなく、口答えばかりしていた。しかしそれも、家では奥さんに「矢野君がこんなことを言うんだよ」とうれしそうに話していたらしい。
山崎さんは背中で人を教えていた。

経営者は無私高潔で、高邁(こうまい)な志を持たなければいけないこと、社長は会社の代表として堂々と振る舞うべきこと、物事は徹底してやらなければいけないこと、事業は精査・分析して構想を作り、時間軸を決めて着実に実行していかなければならないことなど、僕の経営者としての行動指針の多くは山崎さんの後ろ姿から学んだことだ。

・(シアトルで住友林業が起こされた訴訟に対して)僕は腹をくくり、自分で訴訟費用を負担してでも争うと決めた。弁護士にいくらかかるのか聞くと1億円という。日本にいる母に電話し、親戚中からかき集めて1億円用意してくれと頼んだ。「ふうん、それくらいならなんとかなるんじゃないの」と動じない母が心強かった。

朝の9時から夕方の5時まで法廷に立つ生活が1カ月ほど続いた。弁護士だけに頼っているわけにはいかないと、5時に法廷が閉まると、隣にある裁判所の図書館に行って、毎日、過去の判例集を読み込んだ。単語は専門的だが凝った文章ではなく、必死だったからなんとか理解できたのだ。30冊くらい、関係あるものを片っ端から読んだ。

図書館が閉まる9時まで判例集を読んで、家に帰ってシャワーを浴びると、びっくりするほどごっそりと髪の毛が抜けた。僕が40歳代の早くからはげてしまったのはこのときのストレスが原因だ。

・判決の日、はたして、陪審員は住友林業に問題あり、すなわち、大会社が、地道にやっている働き者の木こりをいじめていると判断した。

これを受けて、判事が言った言葉はいまでも覚えている。「スミトモ・イズ・ライト・イン・ロー。バット、イト・イズ・ノット・エブリシング(住友は法律において正しい。しかし、それがすべてではない)」。判事は、判決は商法を適用するが、法的に正しければそれでいいというわけではないと、説諭のようなことを言ったのだった。

僕もその通りだと思った。訴訟を起こしたスプレイグさんは正直な人で、契約解除にサインした書類がないのにもかかわらず、自分は口頭でOKしたのだと法廷で認めた。相場が暴落したからといってもう引き取りませんという住友林業の態度に、そもそも人間味がなかったのだ。

ビジネスも心を持つ人間同士の営みなのである。僕は判事の言葉に大事なことを学んだ。そして髪の毛が抜けるほどの法廷での修羅場を経験し、それ以降、矢でも鉄砲でも持ってこいと、相当に腹の据わった人間になった。

・怖いものなしで仕事に打ち込んでいるうちに、住友林業の順位は徐々に上がっていった。80年代の後半にさしかかると、日本経済も、今思えば低金利の内需拡大政策でバブル経済の芽が出始めた時期になって、海外部が上げる収益も大きく改善した。

当時、まだ離陸期で戸数が採算ラインに達していなかった住宅事業の赤字を海外部の黒字が埋めて、間接的に住宅事業を育成するのに役立っていたことは、住友林業の歴史の上でも意味のあることだったと思う。

山崎さんに会社を辞めると言ってから、3年たつと部長になり、それから2年後に取締役になった。僕は48歳だったから、その頃の住友林業としては普通より何年か早い、抜てき人事だった。会長になっていた山崎さんから「海外を好きなようにやれ」と言われたが、すでに好きなようにやっていた。

・(南米チリを本拠とする国際的な木材・パルプの有力企業のM&Aを計画した際)サンティアゴのホリデイ・インのプールの横で、トップが顔合わせし、このときは銀行は入らないで直接の話し合いをした。しかし山崎さんは首を縦に振らなかった。

原因は僕が財務に弱かったことだ。買収はお金を出せば買えるが、大事なのは買ってからどうするかだ。普通なら向こう10年の損益見通しとか投資リターンの分析などを検討材料として用意する必要があるのだが、僕はそういう総合的な財務判断能力が十分でないことを思い知らされた。

それでは山崎さんも判断のしようがない。今考えると、仮にそのとき買っていたとしても、ラテン系の会社だから風土も独特で、M&A(合併・買収)のもう一つの重要な要素であるケミストリー(相性)の面から、苦労していたかもしれなかった。

しかし、プラム・クリークを買っておけば住友林業は世界一の森林会社になっていたかもしれないと思ったりもする。破談の経緯が悔しいから、ことさらにそう感じるのだろうか。

・事業のサイクルは30年とその頃聞いたものだが、実際には3年くらいで様相が変わってしまうことをこのときに実感した。それをふまえて、ぶれない、柔軟な戦略をもっておくことが必要なのだ。

僕は山口さんの次に社長になったのだが、山口さんは社長時代、僕に「矢野さん、どうでしょう」と僕の担当以外のこともよく意見を求めたから、会社全体のことを考える経験になった。
経営者はいい時期にやれれば良いが、山口さんはバブル崩壊後に経営のかじ取りを任され、苦労された。外材の輸入も住宅事業も苦戦を強いられた。それでも財務に強かったから、守りを重視し会社の基礎体力を損なうことなしに苦しい時期を乗り切った。

上に立つ者として心持ちが未熟で、闘争心ばかりが先行するようであった僕がもし社長になっていたら、攻めることしか知らないから、じたばたして時勢にあわないことをして、会社をおかしくしていたかもしれないと思う。

・現場にも仕事のレベルを上げてもらった。気が付いたのは、最前線の展示場の営業が木を知らないことだった。住宅に使っている木の名前、樹齢、原産地はどこで、どんな特性があるのか。木造住宅の営業ならば当然持っているべき知識が欠けていた。

ポケットサイズの木の資料集を2種類作って配り、お客様の質問に即座に答えられるようにした。木だけでなく、モデルハウスに使っている住設機器やインテリアなども、きちんと説明できるようにしてもらった。お客様からすれば、インテリアも住友林業が説明すべきものなのだ。

現場力の底上げと並行し、CAD・CAM(コンピューターによる設計・製造)と、柱や梁(はり)など構造材のプレカット加工を連動させて、生産性の向上や工期の短縮、コストダウンを一気に進めた。精度と強度に優れた集成材の利用促進と原材料の安定供給のため、仕入れ先も拡大した。

アフターサービスにも手を打った。コールセンターを作り、当時、業界では初めての24時間、365日の対応を始めた。僕は家づくりは真心だと思うのだ。「天下・国家・社会・国民のため」という住友の事業精神は「私心を捨ててお客様に誠心誠意尽くす」という住友林業の家づくりの精神に通ずる。僕はこの精神をまとめた「真心」という冊子を作り、家づくりに携わる社員全員に徹底した。

これらの施策は住宅事業再生計画という文書にまとめて役員会で承認してもらい、まずは東京エリアで、3年以内に戸建て注文住宅ナンバーワンを目指すと旗を振った。分かりやすい目標を立てトップがそれにこだわり続ければ結果は出る。僕が社長になってからだったが、住友林業は初めて東京で戸建て注文住宅ナンバーワンになった。

・企業はどんな人がいて、どんな考えで仕事をしているかで基礎体力が決まる。総務部などの意識改革にも手を付けた。本社部門はともすれば管理する発想になりがちだが、会社の主役は営業などの現場なのだ。本社は現場のサポート役であるという基本的な姿勢を打ち出し、浸透させた。

それから、いくつものはんこを経ないと情報が上にあがってこない会社はダメだ。そんなところも改革し、フラットでスピード感ある組織に変えようと手を打った。

その一つが「2時間ルール」というものだ。経営に重大な影響を与える事態は、把握してから昼夜を問わず、2時間以内に社長まであげよという仕組みである。

まずいことが起きるとその場であれこれ考えてしまうものだが、そんなうちにも状況は悪くなる。マイナス情報がすぐに上がってこないと、会社が取り返しのつかない間違いを犯しかねない。

僕は昔から「すぐやる、すぐ済む」をモットーにしている。やるべきこと、面倒なことはすぐやってすぐに済まして、もっと大事な、住友林業をいい会社にするためのクリエーティブなことに時間や頭を使ったほうがいいのだ。

・社長になって最初の2、3年はあっという間に過ぎた。そんななかで常務や専務時代に闘争心から時に強い物言いをすることもあった僕も、社長になって多少人間が丸くなったような所があった。

社長になると、役員ら幹部にもっとこうして欲しいと思う場面も増えたのだが、こちらが不信の目で見ているとそれはおのずと伝わって、生かせるはずの能力も引き出されない。

欠点もあるけれどこんないいところもある、この人がいまひとつ仕事に精彩を欠くのは、社長の僕に問題があるのだ――。これは僕の本性とはやや違っているので、意識的に、一生懸命努力してそう考えた。それからいくらか身について、本性のようになった。少しでも時間があくと、住宅展示場に行って、現場に接することも続けた。

・会社の理念に関連して言うと、社長になってすぐやったことがある。株主総会のあと、午後に開く新体制での最初の取締役会で、毎年「私利私欲、私情私心を捨てて、無私で経営にあたって下さい」と、全員にお願いしたことだ。

経営陣の使命は会社のために力を尽くすことだが、往々にして邪念が混じる。会社が未成熟だった過去にそんな人を幾人か見てきたし、何よりも、社長になった自分への戒めとしてそんなことを言ったのだ。

僕はこの一種の儀式を、社長になった1999年から、会長を退いた2020年まで、21年間続けた。登用に当たっても、無私の高邁(こうまい)な姿勢で経営にあたってくれる人を選んだつもりだ。だから今の役員は全員、その点を完璧に理解できる人ばかりだ。僕は社長、会長時代に何をやったわけでもないが、このことだけは、僕はやったと胸を張れる。

・僕が社長時代の後半、2007年に、住友林業としては初めて長期経営計画を作ったのには、そんな旧来の社風を改革したいという意図があった。細かな内容はともかくとして、計画を「プロジェクト・スピード」と銘打ったところが肝であった。

なかで強調したつもりなのは、一つはグローバルな会社になっていくのだという会社の方向性だ。住友林業は木材商社事業と住宅事業が大きな柱だが、国内の需要を基盤としていて、それでは長期的な成長が見込めなかった。我々は国際企業なのだと、このあたりで社員の心持ちを変える必要があったのだ。

もう一つは当事者意識だ。会社は結局のところ人間集団の営みである。トップが当事者意識を持っているのは当然だが、社員が上から言われたことだけをやっている会社は弱い。それぞれの事業部門の長に、これからどうするのかを自分の頭で考えてもらい、計画に盛り込んだ。

真山仁さんの原作。ドラマより原作を先に視るべきだとエントリーしたばかりにも関わらず、先にドラマを視てしまった。これは、ブースター接種の翌日に身体がだるくて、本を読む気にもなれなかったため。

横になりながら軽い気持ちで視始めたのだが、途中から主人公たちの熱い思いにぐいぐいと引き込まれて行ってしまった。

舞台は九州の地熱発電を開発する会社。ファンドから派遣された主人公が、採算第一主義を掲げて会社を立て直そうとするが、現場の技術者たちから反発されてしまう。その後、地熱発電の意義を考え直した主人公が、技術者たちと政治的圧力に抵抗していくというストーリー。

長塚恵三さんが演じる技術者が格好いい。仕事には厳しいながらも、部下や家族に温かく接する様を見て、自分もこんな大人になりたいと感じた。こういう良い人が病に倒れてしまうのは、小説あるあるかもしれないが、まぁ話は盛り上がる。

仕事の意義は何かを問うドラマでもあり、改めて自分の仕事にも誇りを持たなければと思い直した。ラストシーンで長塚さんが電話越しにタービンの音を聞くことができたときには、思わず落涙してしまった。

このドラマを視て、少しだけ地熱発電について調べてみたのだが、まだまだ日本の電力をカバーするだけの状態には至っていないようだ。原子力発電に比べると発電量が圧倒的に(2桁ほど)少ないし、場所が温泉地などに近いことから、近隣住民の反対も多いとのこと。この辺りもドラマで描かれていた通り。

しかしながら、日本は世界第3位の地熱王国だとのことで、これを活用できる画期的な技術が開発されれば、エネルギーの業界構造や力学は大きく変わるであろう。しかも、地熱発電は天候に左右されず、安定供給が可能。CO2も排出しないという、現代社会にとっては理想的な電力である。

たまたまのタイミングだが、日本では電力不足が危険視されている状況。諦めずに、このような開発も地道に続けてもらいたいと感じた。

最近、出張で飛行機に乗る機会が増えてきたので、新型コロナウイルスの4回目のブースターショットを接種してきた。

アメリカでは50歳以上を対象に4回目が接種できる。ちょうど4月に50歳になったばかりであり、よいタイミング。出張が立て込んでいたので影響が出ないよう、合間の週末を利用することにした。出張が続く中で平日に1日でも寝込んでしまうと、仕事に差しさわりがでるため。

木曜日の夜に近隣の薬局の予約状況を見てみると、土曜日の朝一番が空いている。アメリカではもはやワクチンが足りないという状態ではなく、インフルエンザの予防接種と同じように、いつでも打てるものといった感覚になりつつあるのだろう。

家から一番近所の薬局では予約が取れなかったので、車で10分ほどの薬局へ向かった。IDを見せて受付登録後、問診票を記入。5分と待たされずにワクチンをぶすり。注射は嫌いなのだが、今回はチクリとも痛みを感じず、とても上手な薬剤師さんだった。

土曜日の夕方までは特段の変化なし。これから熱が出るかもしれないと思い、少し溜まっていたメールなどを片付ける。その後、予想通り夕方から少し熱が出始めた。37.2度ほどで、高熱というわけではないが、身体がだるくなる。タイレノール(解熱剤)を飲んで早々に横になった。

日曜日も微熱と身体のだるさは続く。まぁワクチンが効いている証拠である。結局、夕方くらいまでは起き上がる気になれず、ずっとhuluでドラマを視ていた。ドラマの合間に、少し眠くなったら昼寝をして、と普段の疲れと睡眠不足が解消できたように思う。

週末を潰してしまったのはもったいなかったけど、まぁこんな1日もあってよいだろう。

最近、小説や漫画などの原作があるドラマや映画が増えているように思う。逆に言うと、オリジナル作品が減ってきていると言えようか。

そうすると悩ましいのが、原作を先に読むべきか、ドラマや映画を先に視るべきか、という問題。答えの無い問いではあるが、敢えて言うならば原作を先に読むべきというのが私の意見である。

映像のインパクトは大きく、先に映画を見てしまうと、後から小説を読んでもそのイメージに引きずられてしまう。その点、小説は自分で映像を想像しながら読むことができるため、映画を後から見ても印象が変わらない。

ただし、結末が原作とまったく同じ場合は、映画を視ていても、ドキドキ感がなくなってしまうという難点はあるのだが。まぁこれは映画を先に視てから小説を読み場合も同じなので、致し方ない。

ちなみに、最近は原作と映画を同じようなタイミングで閲覧することが多い。面白いと思ったものは、もう一方がどうなっているのかが気になるのだ。

私のブログに関しては、読んだ本については必ず書評を書くことにしている。一方、映像については、全部感想を書いているとキリがないので、面白いと思ったものだけ記録に残すようにしている。

結果として、小説の方だけ感想を書くことが多い。また同じタイミングで映画も視た場合も、よほど作品の印象が変わらない限り、抱く感想は似たようなものなので、小説のみをブログに記載することが多い。

ちょっとしたマイ・ルールだが、こういったルールを定めることが、ブログを長続きさせるコツのようにも感じたので、取り留めもなく書き留めた次第。

日経新聞[2022.06.21]経営はビジョン共有から

今年の6月22日に退任された日立製作所の取締役会議長・望月晴文氏のインタビュー記事。日立復活の10年を見つめて来た人物が語る内容はとても含蓄がある。一部を引用しておきたい。

・「11年の終わりごろ、会長だった川村隆氏に『社外取締役をやってくれないか』と頼まれた。当時の日立は巨艦が沈まないように、なんとか浮かべている時期だった。『(経営危機が)二度と起こらないようにしたい』ということだった」

・「当時の収益を支えていたのは電力、通信、鉄道の3分野で、大きなインフラの設備投資を支援していた。08年のリーマン・ショックで設備投資が止まった。一方で、日本は人口減で市場も縮小均衡を迎えており、危機とは関係なくインフラ需要の減少は見込まれていた。内需が7割で外需3割という構造を変えなければならなかった」

・「13〜15年度の中期経営計画は危機を繰り返さないための事業入れ替えだった。営業利益率が5%に満たない事業は調子が悪くなると、すぐに赤字になる。黒字なのになぜ切り離すのかと、なかなか理解をしてもらえなかった」

・「テーマは内需ベースからの転換だった。グローバルを意識した戦略を立てた。それまでベンチマーク(指標)としていた企業は国内重電大手だったが、米ゼネラル・エレクトリック(GE)や独シーメンス、仏アルストム、スイス・ABBになった」

・「日立は海外大手と比べて技術レベルでは変わらない。企業規模も負けていない。圧倒的に劣っていたのは営業利益率だ。そのころはやっと5%を出せるレベルで、相手は10%を超えている。このまま戦うとキャッシュが足りなくなる。グローバル企業になるには2桁が必要だ。グローバルでの勝ち組企業になるために意識し始めたのがガバナンス(企業統治)だった」

・「欧米のCEO経験者は戦略の議論をする際に、みんな同じ指摘をする。執行役が中計の進捗状況を説明すると『それで?』と聞く。経営者は計画を立てるだけでなく、実行にも責任がある。全体の計画を実行できるセカンドプランを用意し、早めに手を打つ。これが経営者だと外国人社外取締役は思っている」

・「日立の取締役会は原則として全員が発言する。ここ数年、複数の大型買収を実施したが、取締役の反対多数で見送ったものもある。多数決で可決した事案もある。反対があったことは重要な意味を持つ。取締役はリスクがあるから反対するわけだ。そのリスクに対して最新の注意を払って執行することになる」

・「日本による海外の大きな企業の買収は12〜13年前はあまりなく、当時の大型買収は失敗が多い。PMIの大切さを分かっていない大企業の経営者が多くいた。M&AはPMIが終わるまで終わらない。PMIをしっかりやることの重要性を日立は学んだ」

・「15年に鉄道車両を手掛ける伊アンサルドブレダの買収を決めた際は『赤字の工場を買うのか』と欧米の取締役が反対した。鉄道事業の関係者は『我々がやったら黒字にできる』と説明した。買収後には山口県の笠戸事業所の人員が現地に乗り込んで改善し、適切な設備投資などを実施して1年半後に黒字化できた。大型M&Aの経験を通じて、グローバル標準のM&Aのスキルを日立は身につけた」

・(日立が真のグローバル企業になるために必要なことは)「良い人材が集まる仕組みを作ることだ。21年に米IT企業のグローバルロジックを買収したが、手に入れたかったのは2万人の人材だ」

・「人材育成の仕組みとして、ジョブ型雇用に力を入れている。必要なスキルを示せばスキルを持った人材が必然的に集まる。キックオフしたばかりだが、海外はジョブ型で働いており、日本がジョブ型になると全体がそろう」

・「グローバル企業といっても基本は国籍がある。どこかに根っこを持っていないと国家間のトラブルで頼るところがなくなる。将来は外国人の社長が誕生することがあるだろう。日立の根っこには創業者の小平浪平氏の精神がある。世界に打って出ても、その軸はぶらさないで欲しい」

・「18年に取締役会議長を受け継ぐときは当時の中西宏明会長と東原敏昭社長に、それぞれ『日立は国籍なき会社になるのか』と質問した。『日立の国籍は日本だ』とそれぞれ答えた。それならば、ということで引き受けた」

・「経営者の資質は『会社がこうなりたい』というビジョンがあるかどうかだ。しっかりとしたビジョンを持った人材をCEOに選ぶ。CEOのビジョンは、ぐらぐらしてはいけない。リーダーシップのあるビジョナリーなリーダーがいて、取締役会のメンバーがそのビジョンを共感することがスタートラインだ」

・「指名委員会がリーダー候補に『あなたがCEOだったらどうするか』と質問すると、外国人は自分の考えを語る。日本人の候補者は一瞬止まる。僕らが何を正解と思っているかを探るためだ。取締役も正解を持っていない。自分の考えを答えてほしい」

日経新聞[2022.06.08]経営者ブログ:IIJ会長 鈴木幸一

楽しみにしていた経営者ブログが連載を終えてしまった。IIJ会長の鈴木幸一さんのブログである。他の経営者の方が、経営や仕事のことを多く語っているのに対して、鈴木さんのブログは日常のこと、音楽のこと、読んだ本のことなど、少し毛色が違う内容。そのとりとめのなさも好きで愛読していた。

今般、どういう事情かは存じ上げないが、13年間書き続けたブログを終了するとのこと。仕事だけではなく、文化にも造詣の深い大人の佇まいと、ちょっと無邪気な一面を併せ持つ方。私もこんな風に年を取れたらなぁと憧れる方の一人である。

最後のブログから、日本や混沌とする世界への警鐘ともとれる一文を引用しておきたい。

経済成長、物質的な豊かさの追求といったテーマが消えることはないはずだ。だが、神話ともなったこの2つのテーマだけでは、将来の展望が見えないとなった時、ほかのテーマが浮かばず、なんとなく衰退の道を続けるのではないかという漠然とした不安がある。それが現在の日本の状況なのかもしれない。

戦後の日本は世界でもまれな「平和憲法」の下、国民的な合意があって、戦いの存在を消去したうえで「平和」を論じていた。ロシアのウクライナへの侵攻、拡張主義を続ける中国の存在など、世界の情勢が危機的となるに伴って、今後、国民的な合意が揺らぎ、大きく別な方向に旋回していく可能性を否定できない。歴史に学ぶまでもなく、状況というのは変化が始まると極端に動きがちである。


そして、ブログの最後の一文がこちら。

私がこのコラムを始めたのは、日本経済新聞が電子版を始めた2010年からである。というわけで、私は13年目まで書き続けたのである。今さらそんな言葉もなくなってしまったようだが、『皆勤賞』なのである。内容はともかく、13年目になるまでいちども休まず書き続けたわけで、皆勤した努力については多少のお祝いをしていただいてもいいかと思うのだが、「へぇーっ」と驚かれるだけである。

13年目になるまで続いた習慣で、週末、間違って文章を書こうと机に向かってしまう気がするのだが、公になることはない。長年、ありがとうございました。

d-magazineという雑誌が読み放題のサブスクに加入しているのだが、たまに目にするのが部屋のインテリア。もともと東京の家でも勉強用に自分の書斎をもっていたのだが、在宅勤務が増えてくると仕事もできる書斎にしたくなる。

今のアメリカのアパートはあくまでも仮住まいであり、何とか仕事に支障のない機能は備えているが、少し雑然としていて好みの部屋ではない。

この手の雑誌を読むと、少し気が早いが帰任した後の自分の書斎のことを想像してしまう。机と椅子は在宅勤務で長時間座っていることを前提に、良いものを揃えたい。良いものとは、デザインがシンプルで使い勝手のよいもの。

机に関しては高さと広さが重要。以前大きすぎる机を買って失敗したので、適度な大きさにする必要がある。椅子に関しては何といっても座り心地が重要。ゲーミング用の椅子がよさそうだが、デザインが今ひとつ。まぁこういうのは何を買うかを考えるのが楽しいので苦にはならないが。

もう1つ楽しみなのが書斎。本棚を買うのではなく、壁に作り付けのような形で自作したいと考えている。壁の一面をすべて本棚にするのだ。それ以外は机と椅子だけ、というシンプルな部屋に憧れている。

電子書籍が一般的になったおかげで、物理的な蔵書の量はかなり減ったのだが、それでも大事な本は紙で買いたいと思っている。厳選した本だけを本棚に並べる計画だ。

まぁ気の早い話なのだが。。。

日経新聞[2022.04.01〜04.30]私の履歴書・野路國夫

コマツ特別顧問・野路氏の履歴書。コマツと言えば坂根正弘氏も私の履歴書に登場していた。2015年のことだが、1つの企業で立て続けに登壇するというのも珍しい。それだけコマツが突出した企業だということであろう。

今回の連載を読んで感じたのは、やはり経営には「姿勢」が必要だということ。野路氏は、経営者として当たり前のこと(と言っては失礼かもしれないが)を、きちんとやるという姿勢を見せているように感じた。震災時にはいち早く被災者のことを思う、協力会社を下に見ない、など人間として当たり前のことだ。その姿勢が「至誠」にも通じていると感じた。

・とにかく早く手を打とうと、週明けの月曜日には栃木県の小山工場にかけつけ、復旧チームを結成。その足で茨城県に向かい、橋本昌知事(当時)に面談し、当社の茨城工場と近くの港湾をつなぐ道路の簡易修復をお願いした。震災復旧のために不可欠な建設機械を必要なところに1日も早く届けるためだ。

「産業界の人で震災後に県庁に来たのは野路さんが初めてです」と知事には言っていただいた。その言葉どおり県には素早く対応してもらい、とても感謝している。このとき港まで足を運んだ。道路は波打ち、港湾ヤードで出荷待ちだった数百台の車がひっくり返ったり、ぺしゃんこに押しつぶされたりしている姿を見て、津波の桁外れの力に背筋の凍る思いだった。

社員に対しては「いま最も大切なのは被災地である東北や北関東の復旧に不可欠な建機をつくり、迅速に届けることです」というメッセージを送った。さらに「災害の復旧、復興支援が売り上げや利益より重要です」と言葉を加え、非常時における会社の優先順位をはっきりさせた。

・「ニューヨークでの生活はさぞ華やかなんでしょう」と水を向けると「いやいや野路さん、全然派手ではないです。グラウンドと家を往復して『今日はどう打とう、明日はどう打とう』と思案するだけのものすごく単調な生活です」とおっしゃる。

それを聞いて「松井さんのようなスーパースターも自分と同じだ」と目からうろこの落ちる思いだった。

・多くの出張者に接するうちにあることに気がついた。アトランタには当時の河合良一社長はじめ様々な人が来たが、偉い人ほど優しいのだ。社長からはねぎらいの言葉を頂き、技術部門のトップだった本部長は妻子から預かった手紙を持参してくださった。

ところが部課長クラスにはやたらと威張る人もいて、「飲み屋に案内しろ」「もっと楽しい場所へ連れて行け」と好き勝手を言う。顔では笑って対応したが、内心では「管理職になっても、こんな振る舞いは絶対にしない」と自分への戒めにした。

・こうして多忙から解放されると、今度は振り子が逆に振れて、仕事らしい仕事がなくなった。当時私は実験部で計測技術の担当だったが、既に改良の余地は少なく、暇を持て余すことになった。

そこで一念発起して取り組んだのが米国であちこち調査して回った炭鉱の記録をまとめることだ。一口に炭鉱といっても現場ごとに土質も違えば、作業環境も異なる。日本には存在しないような巨大なスケールの現場では、ブルドーザーひとつとっても長距離の掘削や大量の運土や倒木、後部の爪での硬石破砕など思いもよらない高負荷の使い方をされていることもある。

そうした種々の使われ方をまとめた実用書はそれまで社内になく、自分の実験部での経験、知見の集大成としてまとめて伝えたいという思いから、約300ページの「コマツフィールドハンドブック」という冊子を作った。これが「図解入りで分かりやすい」と社内各所で評判を呼んだ。実験部はもとより、設計部門や機械を保守管理するサービス部門、さらには営業マンにも重宝され、発刊から15年ほどは社内の多くが参照する基礎的文献になった。

・これがコマツにとって初のリコールだった。メーカーにとってリコールはうれしい事態ではないが、必要と判断すれば逃げずに素早く実施しないといけない。欠陥の隠蔽やごまかしは致命傷だ。

日々の仕事では毎日のように工場に出かけては作業員の仕事ぶりを観察した。それまでも工場幹部による視察はあったが、私は違うアプローチをしたいと考えた。

工場全体を見て回るのではなく、特定の作業員の動作を30分ほどじっくり見続ける「定点観測」と呼ばれる手法を毎月実行してみた。すると課長に見られていると分かっているのに、例えばかなり高い作業台からフロアにポンと飛び降りる社員がいた。

床に何かあれば足を負傷するなど労働災害につながりかねない危険な動作で、規則では禁止されているが、作業で気が急(せ)いているからついやってしまうのだ。

こうした問題行動を拾い集め、作業環境や手順を見直すことで、安全向上に寄与できたと思う。それが評判になり、開発や生産技術系の他の幹部も工場やお客様の現場に足を運んで定点観測を行うようになった。この伝統は今も続いている。

・資材部の仕事は部品や材料の協力企業と真摯に向き合い、先方の言い分にも耳を傾けながら、こちらの主張も通さないといけない。社内と社外をつなぐ結節点として、極めて微妙なバランス感覚の求められる、難しい役回りだった。

異動してすぐに感じたのは協力企業とコマツとの信頼関係の希薄さだ。両者は互いに欠くべからざる車の両輪のような存在だが、どこかよそよそしく、腹を割って本音を話す雰囲気に欠けていた。コマツが原価改善を要請し、相手がしぶしぶ従う。そんな一方通行の関係性が常態化していたように思う。

だがそれは本来の姿ではない。仲の冷え切った夫婦が経済的な理由からしょうがなく結婚生活を続けるようなもので、そこから発展的な展望が開けるはずがない。資材部に在籍したのは2年強だが、その後も協力企業との関係改善には心を砕いた。

・年々歳々の要請は見送り、代わりに何年かに1度、機械をモデルチェンジする際に複数の会社を競わせて、大幅な原価改善をめざす方式に転換した。これは必ずしも「甘い」対応ではない。モデルチェンジ時に価格競争力が競合より劣っていることが判明すれば、長年付き合いのある会社でも失注することは実際にあった。

パートナーとして利益は分かち合うが、緊張感は失わない。上意下達の産業ピラミッドとはひと味違う、協力企業との独自の関係性がコマツの強みの一つだと思う。

・周囲からは抜てきに見えたかもしれないこのポストだが、私としては実はちっとも面白くなかった。私はもともと現場型の人間で、工場を観察したり、エンジニアと技術の話をしたりするのが楽しみだったが、本社には「現場」がない。あるのは調整に次ぐ調整で、ひとつの計画を立てるにも利害の食い違う各工場の合意を取り付け、まるく収める必要がある。

今は違うが、偉い人同士がなぜか直接話さないという奇妙な事実にも気付いた。言い分が違うなら直接ぶつけ合ってほしいが、なぜかそうはせず、間にはさまれた事務方が両方のメンツが立つような妥協案をひねり出す。その結果、全体最適ではなく、部分最適の寄せ集めのような計画になることも多かった。「本社という迷宮の闇は深い」というのが、当時の率直な感想だった。

・ERP導入とともに効果を発揮したのが、コスト構造を見える化する「SVM(標準変動利益)」管理だ。それまで本社や工場の間接経費など固定費は一定の計算式で各製品に割り振っていたが、それをやめて、直接的なコスト(変動費)だけで製品ごとの利益をはじき出すもので、かつての粗利益に近い。

これにより、同じ機種を生産するときに、例えば日本と米国とインドネシアの工場のうち、どこが最も低コストでつくれるのか、実力が一目瞭然になった。また固定費の割り振りをやめたことで、どの工場がどのくらい固定費を負担するかの内向きの議論が終息し、個別最適から全体最適へ、連結経営重視のマインドセットが組織に定着した。

管理会計の方式次第で、組織の関心事がこれほど急に変わるのかと、目からうろこの落ちる思いだった。また固定費については売上高が増加しても増やさない方針が徹底された。実際、世界の建設・鉱山機械の市場が03年ごろから再び成長し始めると、固定費抑制が寄与し、利益を大きく押し上げた。

加えてそれまで工場ごとにバラバラだった「BOM」と呼ばれる部品表を世界的に統一したことで、世界のどこの工場でも同じ製品をつくれる体制が整い、工場間の生産移管も容易になった。

工場の繁閑は製造業の宿命だが、生産移管のハードルが下がると、忙しい工場の仕事を暇な工場に肩代わりしてもらうことで、仕事を平準化でき、売り損ねなどを防げる。固定費の高低によって増産投資する工場を決める、グローバル最適生産の実現も簡単だ。設計上の品質問題が起きた時も、マザー工場の部品表を書き換えれば、世界の全工場で同時対応が可能だ。

・選択と集中が完了するまでは、建機部門の投資枠は少なく、安全性向上と老朽設備などの更新には予算がつくが、新しい試みへの予算要求はことごとくはじかれる。多角化推進という会社方針と現場のはざまで、板挟みの日々が続いた。

あるときは鋳造技術一筋の大ベテランが退職のあいさつに来て、「自分の後半生の仕事は海外の拠点への技能の伝授に終始し、国内では新しいことに挑戦させてもらえなかった」という。この言葉は胸に刺さり、「これはまずい」という焦りが募った。

・順風満帆で滑り出した社長時代だが、就任して1年3カ月後の2008年9月に激震に見舞われた。米ウォール街を発火点とするリーマン・ショックが発生したのだ。

社会の空気が騒然とするなかで、コマツの優先課題は協力企業や代理店の経営を支えることだった。コマツが無事でもビジネスパートナーが傷つけば、競争力は毀損する。そこで購買部門に対しては「みどり会(コマツの協力企業会)は1社たりともつぶすな」と指示を出した。

彼らの資金繰りを支えるために、コマツの工場も開店休業に近い状態にもかかわらず、一部の仕事を協力企業に移管した。また彼らの生産設備をコマツが買い取って再リースしたり、在庫部品を買い上げたりもした。

年末には北陸を地盤とする地方銀行の頭取と会食して、「コマツが積極的に支援するから、みどり会の資金繰りの面倒をみてほしい。貸し渋りは絶対にあってはならない」とお願いした。頭取には快諾していただき、みどり会の資金繰り不安はひとまず峠を越えた。

世の中の多くの企業ではトップが方針を掲げても、それが組織の各層に浸透せず、消化不良で終わることが間々ある。だが、この地銀は頭取の指示が末端まで行き渡り、迅速にアクションに移してもらった。「立派な組織だな」と改めて見直す思いだった。

・販売面ではかねての懸案だった米国の代理店の在庫ゼロ化に取り組んだ。米チャタヌガ工場長の頃から問題視していたことだが、米国の代理店はほとんどが独立系で、各社が車両の在庫を持っていた。車のディーラーもそうだが、これは米国では一般的な商習慣だ。だがこの慣行は不況期には過剰な在庫負担が代理店の財務を圧迫するリスクを伴う。それがリーマン危機で表面化したのである。

必要なのは「文化や慣習を変える活動」だ。100年に1度の事態は大胆な改革を進める機会でもある。そこで代理店の在庫ゼロ化をめざし、代理店ではなくコマツが在庫を持つ形にシフトした。代理店は在庫を気にせず、顧客対応などのマーケティングに専念でき、ブランドマネジメント活動にもつながった。コマツも代理店へのいわゆる押し込み販売ができなくなり、それだけお客様やマーケットの動向に敏感になった。

激動の09年3月期だったが、締めてみるとコマツはなんとか利益を確保できた。自動車や電機など日本を代表するメーカーが巨額の赤字に沈むなかで、数少ない例外だった。

その理由を考えるうちに思い当たったのは危機前の利益率だ。コマツは15%あったのに対し、日本の製造業の多くは10%未満だった。調べてみるとリーマン・ショックによる利益率の落ち込みはコマツだけでなく業種を問わず各社おおむね10ポイントだった。平時の利益率が2桁あれば、よほどの危機でも、利益を出せる。それがこの時の教訓だ。

・ダンプは積込場と排土場とを行き交うに当たり、衛星測位システムでルートを設定し、無線通信で車両をガイドする。1台の車両を24時間動かすには、ダンプ10台の現場だと運転手だけで総勢50人が必要だが、AHSを導入すれば、1500キロメートル近く離れたパースの街中に設置したコントロールセンターからわずかな人員で運行管理でき、大幅に省力化される。運用が始まると案の定、現場固有の様々な課題が見つかり、その都度システムを改良し、完成度を高めていった。

システムを動かしてみてはじめて分かったことだが、人の運転より自律運転のほうが走行が安定し、ムダなブレーキやアクセルを踏まないので、燃費が10%以上改善した。タイヤの摩耗も小さくなり、寿命が2倍に。こうして鉱山会社のニーズに応えた無人運行システムは普及が進み、22年2月時点で全世界17の現場で500台を超える車両が活躍している。

コマツがこの分野で先頭ランナーになれたのは、実は戦略的買収が功を奏したからでもある。米アリゾナ大学から派出したモジュラーマイニングシステムズというベンチャー企業を1996年にグループ会社化し、同社の持つ運行管理のソフトウエアがAHSでも大いに力を発揮したのだ。過度な自前主義に陥らず、社外の技術や知を柔軟に取り入れる「オープン・イノベーション」戦略の有効性がここでも実証されたと思う。

なんだか壮大なSFになりそうな夢を見た。

某国が地下での核実験を行ったのがきっかけで、何らかの周波数が地下から発信され、世界中の地盤が液状化するという。またその周波数は非常に特殊であり、ほとんど水で形成されているといってもよい動物(人類を含む)も液状化してしまうのだ。

特殊なスーツを着ることで液状化は免れるのだが、スーツの生産には限界がある。私はなぜか一会社員にも関わらず、特別チームに入れられることになりスーツを与えられて、生き残ることになった。

場所によっては液状化しないところもあるのではないかという非科学的な予想がSNSを中心に拡散され、都心のタワーマンションなどから地方都市へ疎開する人も数多く出て、東京は混乱の極み。

私が入ったチームは医師と薬剤師が構成メンバーであり、スーツではなく薬によって人間の液状化を防げないかを研究するものであった。そんな中で私が選ばれたのは「意思決定のスペシャリスト」としてだそうだ。

時間がない中で、数多くの選択肢から取捨選択をしていかなければならないため、AIなどに頼らない勘のような意思決定が求められるとのこと。そんなこと私に言われても困るのだが。。。

そうこうするうちに、非科学的な予想は更に拡大し、やはり低地よりも高層マンションの方が、液状化してもマンションそのものにはダメージはないため、そのままズブズブと沈むだけで高層階は大丈夫なのではという別のうわさが流れ始める。

私たちは、いつ来るともしれない周波におびえながらスーツを着用して新薬の開発に取り組んでいる。

◇2146 『知らないと恥をかく世界の大問題12−世界のリーダー、決断の行方』 >池上彰/角川新書

世界はコロナ一色であったせいか、今起きている事象についての過去の振り返りが多かったように感じたシリーズものの一冊。

このシリーズは自分の知識の棚卸をするためにも、刊行されるごとに読むようにしていたのだが、気が付くとすでに13巻が発売されている。慌てて12巻と13巻を購入した。

冒頭にも書いた通り、これまでの復習的な内容が多く、知っている事柄も多かったが、このように改めて説明していただくと知識が定着していく。私の場合、国際情勢については一度読んで何となく知っている知識が多く、実際に使える智慧にまで昇華できていないように感じていたので、とてもよい復習になったと思う。また、本書をシリーズで購入するのではなく、初めて手にする方もいるであろうから、そういった方への配慮とも言えようか。

本書は2021年7月の発行であり、もちろんロシアのウクライナ侵攻など起こっていなかった次点のものなのだが、池上さんはロシアについてもいろいろと言及されており、今読んでも危機が迫ってきていることを予見させる内容もちらほら。ロシアについては、改めてもう少し学習してみたいと感じた。

それでは、気になった箇所を要約して引用しておきたい。

・2020年12月31日、ヨーロッパではイギリスのEU離脱(ブレグジット)が完了。国民投票から4年半かけた離脱プロセスがやっと終了した。

・アメリカの共和党は「政府の役割は小さくあるべきだ」と考える。支持者たちは高額な税金を拒み、その代わりに健康保険などの社会福祉も求めない。自分と自分の家族の面倒は自分たちで見ると、銃を持つ権利も主張する。一方、民主党は人々の健康や生活のためには政府や地方自治体の介入はやむを得ないという社会福祉重視。

・ロシアでは2020年1月にプーチンが突然憲法改正を提案した。変更する項目が200以上あるにもかかわらず、一括して賛成・反対の2択のみで決めるという強引な手法。同性婚は認めない、自国領割譲禁止なども含まれる。注目すべきはロシア連邦以外で暮らしているロシア人を保護する責任が入ったこと。バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)にはロシア系住民が大勢住んでいるが、保護するという大義名分のもと、何をしようとしているのか?

・ソ連崩壊後ロシアは国営企業を民営化した。その際に株券を発行したのだが、資本主義をしらない国民にとって株券は紙きれ同然であり、安値で売り出してしまった。これを元共産党幹部などが買い占め、オリガルヒという財閥ができた。

・プーチンを支持しているのは、ソ連崩壊で生活が大混乱した経験を持つ年配層。彼らは体制変動に不安を持っており、プーチン以前の悲惨な生活に戻りたくない。結果的に反プーチンデモが広がっても、政権は簡単には揺るがない。ソ連崩壊を知っている層と知らない層とで、二極化が起こっている。

・中国の新疆ウイグル地区は、かつて独立した経験があるため独立意識が強い。1933〜34年に第1次東トルキスタン共和国が樹立。西の地区だけ独立したが、旧ソ連によって潰されてしまった。10年後、北部に第2次東トルキスタン共和国が出来たが、こちらは中国によって潰された。いずれも短期間であったあ、2度にわたり独立政権を実現した実績がある。

・日韓の対立について。日本は「順法精神」の国であり、法律や条約を守らなければならないと考える。一方、韓国は「正義」の国であり、不義の条約や不義の協定は破棄して当然と考える。韓国は独裁政権が続いてきたとき国民が立ち上がって民主化を実現したという成功体験があり、正義は勝つという精神が根付いている。

・感染症は世界の歴史を変えて来た。14世紀にヨーロッパで蔓延したペストは、封建社会の元、労働者不足に陥り、農民の労働条件が改善された。報酬として農民に賃金が支払われるようになり、ヨーロッパで貨幣経済が徐々に広まっていく。また、神に祈っても死ぬときは死ぬという考えが広がり、どうせ死ぬならもっとのびのびと生きようと、ルネッサンスの文化が広まっていった。


本書の最後の部分に、国際情勢とは視点が違うのだが、池上さんがお持ちの危機感を警鐘として書かれていたのが印象的だった。

・SNSなどで四六時中繋がり続けているのは異常な状態。人間は時には孤独な時間も必要である。1人で沈思黙考する。それが人間的にも学問的にも成長させてくれる。次の飛躍のために孤独を糧にしてほしい。

・歴史は人間がやっていることなのだからまた同じことをやるに違いない。歴史を学ぶということは、人間がいざという時にどんな判断をするか、どういうところで誤るか、それを知ることだ。(半藤一利さんの言葉)




【目次】

プロローグ 私たちは100年に1度の大変革期を生きている
第1章 トランプ劇場“第2幕”の幕開け
第2章 結局、EUも自国ファーストか
第3章 アラブの春から10年 中東に新たな火種
第4章 虎視眈々と勢力を拡大する中国
第5章 感染症とフェイクニュース
第6章 コロナ禍で日本社会が可視化された
エピローグ 現代を未来から振り返る視点


何だかものものしいタイトルになってしまったが、別段犯罪に巻き込まれたわけではない。

アパートから、地下駐車場の補修をするから車を外に出しておくようにというメールが届いていた。日時を確認し、予定表に○日車を移動、と書き込んでおいたのだが。。。

なぜか1日勘違いしており、私が車を移動させようと思った当日には、すでに補修が始まっていた。

コンクリートの補修と記載してあったので、てっきり地下駐車場の床や壁の補修だと思っていたのだが、なんと出入口付近の通路の補修だった。出入口が補修されているということは、外に出られないということだ。

出入口の自動扉が開いた瞬間、作業員の方が通路にコンクリートを塗っているのが眼に入った。身振りで通れるかと聞くと、首を振ってNoと言われてしまった。つまり外に出られないということ。

その日は銀行関係のサインが必要で出社を予定していたのだが、急遽Uberでの出社に切り替えた。また、翌々日には病院のアポイントが入っていたのだが、こちらもUberで行くことになってしまった。

アメリカでは病院で処方された薬を薬局に取りに行く必要があるのだが(通常、病院では薬を出してくれない)、薬局は自宅から車で3分前後の距離であり、Uberを使うほどではない。そこで、アパートにある貸出自転車を使って、薬局まで行ってみることにした。自転車だと10分ほどの距離なのだが、運動不足がたたって、太ももが痛くなってしまった。自宅のエアロバイクとは勝手が違うようだ。

それでも、無事に薬を取りに行くことができた。往路は車がたくさん通る道を走っていて、ちょっと怖いなと思ったので、復路は少し回り道になるが自転車専用道路を走って帰ることにした。この道を通るのは初めて。自宅近くにこんなに自然豊かなところがあるんだと、ちょっと感動。瓢箪から出た駒というのだろうか、意外な発見であった。

それにしても、先日のアパートの更新での家賃の勘違いといい、今回の件といい、最近ちょっとしたミスが多い。仕事が忙しくなって、そちらに神経が集中し、プライベートが疎かになっているのだろうか。それならまだよいが、全体的に集中力が低下しており、それがたまたまプライベートの関係でミスとなって表出しているようなら、ちょっとまずいかもしれない。

日本との時差の関係で、夕食後にも仕事をすることが多い。その分、昼休みを少し長めに取ったりして、休むようにはしているのだが、なかなか疲れが抜けきらない。連休は旅行に出かけたりして、気分的にはリフレッシュできているが、体力が奪われているのは確実だ。

何とか体力維持とストレス発散の方法を考えなければならない。うーん、どうしよう。

【封鎖された地下駐車場の入り口】
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【自宅近くの自転車専用道路】
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◇2145 『リーダーの「挫折力」−「不連続な変化の時代」を生き抜く』 >冨山和彦/PHP

冨山さんの本ということで期待して手に取ったのだが、過去に読んだことのある本の改訂版だった。

たくさん本を読んでいると、たまにこういうことがあるのだが、一番困るのがタイトルを微妙に変えて再出版されること。ほとんど同じ内容の本を2回買うことになってしまう。本書に関しては、10年前から時間が経っていることもあり、全面改稿したとのことだが、それでも語っている本質は同じだと感じてしまった。

と書きつつ、一通り読んでしまったし、読ませてしまうところが冨山さんの迫力なのであろう。まぁ同じ筆者がころころと主張を変えているようでは、読み手としては信頼できなくなるので、主張が一貫しているのは当然であり、あるべき姿。

10年前と比べても変化のスピードは加速している。新型コロナウイルスによるパンデミックや、ロシアのウクライナ侵攻など、誰も予測できなかったであろう。だからこそ、修羅場を経験した挫折力が必要だというのは、時代にマッチしており説得力はある。

冨山さんとの出会いは2007年に参加したセミナーに遡る。当時は日本再生機構のCOOとして活躍されていた冨山さんが講師としていらっしゃっていたのだ。

今から15年前。当時35歳だった私はとにかく感激し、自分も修羅場に飛び込もうなどと熱く思ったものだ。今までいろんなセミナーに参加してきたが、一番影響を受けたのがこのセミナーだった。交換していただいた名刺は今でも大切にとってある。最近はオンラインセミナーも多いが、やはりライブで感じる熱気は大切である。

そこで語られていた内容も、挫折力という言葉は使っていなかったものの、本書で語られていることと同じ。とにかく修羅場を経験せよ、そこから学ぶべいことは多い。ドロドロした人間関係に巻き込まれた時でさえ、心理学を学ぶ絶好の機会だと捉えよという前向きな言葉には、大きな勇気を頂いた。

今改めて本書を読み返したわけだが、15年経って少し保守的になってしまった自分を、本書は再度奮い立たせてくれたような気がする。そういった意味では、改訂版とはいえ本書を再度手に取るきっかけを与えてくれた出版社にも感謝すべきなのかもしれない。



【目次】

序章 「修羅場」の時代のリーダーシップ
第1章 リーダーは「挫折力」を手に入れよ
第2章 ストレス耐性を高め、失敗を笑い飛ばせ
第3章 「人間関係の泥沼」を楽しみ、糧にする
第4章 リーダーの仕事は「捨てる」ことである
第5章 強力かつ危険な「権力」をリアルに使いこなす


AmazonのKindleが半額セールを行っていた。メールで知ったのだが、セールの対象品を眺めてみると、以前から読もうと思っていたものが何冊かあるではないか。

Amazonには「ほしいものリスト」という機能があり、自分が読みたいと思った本をリストアップしておくことができる。複数のリストを作ることができるので、私の場合はジャンル別にリストを分けている。

一度リストに入れた本の値段が下がると、リスト上に表示される。半額セールのことを知ってリストを眺めていくと、10冊程度が半額になっている。うーん、買おうか買うまいか。。。

以前は積読本が150冊程度あり、海外赴任に際して100冊を封印。アメリカ駐在に不要な本は帰任後に読むことにした。残りの50冊を少しずつ消化し、現在紙の本が10冊程度残っているだけになっている。ちなみに残っている紙の本は『社会心理学講義』や『想像の共同体』など、姿勢を正して読まなければならない本で、先送りになっているもの。

これに加えて英語の原書(Kindle)が約10冊。これは英語を頑張らなければと気持ちが高ぶったときに、衝動買いしてしまったのだ。値段も1000円前後と少し安くなっていたことも理由の1つ。こちらはビジネス書関連がメインで『High Output』や『Essentialism』など日本語で読んで面白かったものの原書である。

さて、そもそも電子書籍は、いつでもどこでも読みたいときに買うことができるのが利点の1つ。よって、紙の書籍のように一期一会とばかりに買い込む必要がないのだ。そこで「まだ買ってはいないが読みたい本」がほしいものリストとして蓄積されることになる。

アメリカに駐在してから日本の書籍の購入が難しくなり(郵送も可能だがとても割高になってしまう)、電子書籍中心の読書に変化した。このおかげもあり積読本がかなり解消された。Kindleだと書評などで見かけた面白そうな本を、購入せずにほしいものリストに入れておくことができる。

結果としてほしいものリストがどんどん増えていくのだが、ときどきリストを見返すことによって、何故こんな本を読みたいと思ったのだろうというものも出てくるため、ムダな本を買うリスクも減らすことができる。

このようにして、現在は読書中の2〜3冊(私は1冊を集中して読むよりも、2〜3冊を並行して読む方が性に合っているのだ)のみが手元にある状態。積読本も全部で20冊強となっていた(紙の本10冊程度+英語の原書10冊程度+手元の2〜3冊)。

このように健全な積読状態をキープしていたのに、Kindleの半額セールにはやられてしまった。ほしいものリストのラインナップを眺めている内に、ついついクリックしてしまい、結局8冊購入してしまった。もともと2000〜3000円程度の本ばかり。それが半額なので、結果として1万円ほど得をした訳だが、積読本は増えてしまった。

まぁこれも読書家としての性であり、積読本の消化も楽しみの一つなのだが。。。

◇2144 『天才を殺す凡人−職場の人間関係に悩む、すべての人へ』 >北野唯我/日本経済新聞出版社

ちょっと私には合わなかっただろうか。良い悪いではなく、単純に好みの問題。

筆者の北野さんは、何冊か著書を出しておられ、少し前から気になるタイトルとしてAmazonのほしいものリストに入れておいた方。ストーリー仕立てのビジネス書ということで、少し気軽に読めるかなと思い手にしてみたもの。

内容的には、まずまず面白かったのだが、ちょっと好みと合わなかった。一番苦手だと感じたのは、渋谷の忠犬ハチ公が主人公にレクチャーするという設定と、関西弁とも東北弁ともつかない方言。何の必然性があって、このような非現実的な設定にしたのだろうか。

内容的には、組織には天才、秀才、凡人という3タイプの人間がいるというもの。巷にはもっと細分化した性格分析のようなものもあるが、切り口が多すぎると実戦で役に立たない。そう考えた筆者は思い切って3分類に集約したそうである。

具体的には次のような分類となる。

・天才:独創的な考えや着眼点を持ち、人々が思いつかないプロセスで物事を進められる人
・秀才:論理的に物事を考え、システムや数字、秩序を大事にし、堅実に物事を進められる人
・凡人:感情やその場の空気を敏感に読み、相手の反応を予測しながら動ける人

もちろん、このようにきっちりと3つに分かれるものではなく、自分自身の中にも何割かずつそれぞれの区分を持っているのが普通であり、どれが大きいかという話。また、2つの区分の間に立つ人もいる。

本書ではベンチャー企業を舞台としているが、このような初期段階の企業では、天才が独創的なアイデアで組織を引っ張っていくが、企業が成長していくにつれ、秀才型の人物が組織を引っ張る方が安定していく、と説明されている。確かに組織には「成長痛」があり、組織発展のステージに合わない人が、辞めていったりするのは事実であろう。

私が所属しているのは比較的規模の大きな組織なので、そもそも天才型の人が少なく、秀才型と凡人型が多いため、このような状況に直面する機会があまりなかったのかもしれない。そんな私自身が置かれた環境もあって、今ひとつ腹落ちしないまま、読書を終えてしまった。



【目次】
ステージ1 才能ってなんだろう
ステージ2 相反する才能
ステージ3 武器を選び、戦え


私がアメリカに赴任したのは2020年の7月のこと。辞令は4月だったのだが、COVID-19の影響で実赴任が遅れたのだ。赴任直後にアパートの契約を行い、毎年9月が更新日になっている。当時、14カ月で契約するのが一番家賃が安かったのだ。

しかしながら昨年(2021年)9月に更新する際に、途中解約ができないことが判明した旨は、以前ブログに書いた通り。その後、アパートのオーナーチェンジがあり(アメリカではよくあることだそうだ)、途中解約を可能にする旨の覚書が無効になってしまった。

アパートから更新依頼のメールが来ているのは認識していたが、9月のことだしまだ大丈夫だろうと放置してしまっていたところ、突然あと5日で更新しないと1000ドル近くアップした家賃にて自動更新する、という督促メールが届いた。

アメリカはひどいインフレで、ガソリン代など赴任当時3ドル程度だったのは今や5ドル後半。ほぼ倍増と言ってもよい状況。そんな状態なので、家賃も値上げを覚悟はしていたのだが、1000ドルアップはひどい。会社の規定をオーバーするため、大半が自腹になってしまう。

これはまずいと思い、赴任当初見学した他のアパートに電話を掛けてみる。9月から引っ越し可能な部屋が今の家賃と同程度で空いているとのこと。ただし、すぐに対応は難しいので数日後なら手続き可能とのこと。

並行してアパートの事務局に話を聞きに行く。まず、私の勘違いだったのだが、1000ドルアップというのは1カ月の短期的な契約に課されるかなり特殊な金額だということ。これまで通り1年程度で契約すれば毎月150ドルの値上げで住むとのことだった。1000ドルアップという金額に驚いて取り乱してしまった。こういうときこそ落ち着かなければならない。

しかしながら、途中解約の覚書に関しては再度交渉してみるも依然NG。通常私の勤務先の辞令は4月付けが多いため、今から帰任時期を想定すると2024年4月か25年の4月。まずは24年4月まで18カ月の契約を締結できないかと交渉してみる。以前のオーナーは比較的ネゴが可能だったのだが、今回は大手企業がオーナーであり規則を変更するのは難しいとのこと。契約時期はMaxで15カ月である。

それならばと、先方が提案してきたのが12+6カ月という更新方法。ただし、アパートの契約は短期になると高くなるので6カ月契約だと800ドル近く値上がりしてしまう。どうしようかと悩んだ末、結論としては「9+9カ月」という契約方法にした。9カ月の家賃は12カ月のものと数十ドルしか変わらず、合理的だと判断したのだ(9か月後にインフレがさらに厳しくなっているリスクはあるが)。

という訳で、今年も無事にアパートの更新を終えることができた。ところが、最後に契約書にサインをする段になって、解約覚書があることを発見。60日までに通知をすれば6000ドルのペナルティで解約できることになっている。こういう条項があるなら話は変わったのに、と担当者にクレームするが、言い訳が返ってくるのみ。まぁもともとの覚書は60日前通知でノーペナルティだったから、9+9カ月契約にしておいてよかったのだが。

今回は最初の相談以外はすべて電話で応対。若干、意思の疎通に課題があったようにも思うが、おおむねスムースに終えることができた。これまでは英語での電話は苦手だったのだが、少しは私の英語も上達したということだろうか。こういった経験も海外ならではの貴重なものなのであろう。

○2143 『そして、バトンは渡された』 >瀬尾まいこ/文春文庫

あり得ない設定かもしれないが、静かに胸を打つ作品。読んでよかった。

2019年の本屋大賞受賞作品。タイトルは何度も目にしており、一度読んでみたいと思いつつ、小説を読むのを控えめにしていたため、手が出せなかったもの。近々、WOWOWでこの作品を映画化したものを放映するとのことで、映画を見る前に読んでみようと手にしてみた。

主人公・優子は5人の親を持つという設定。少々ややこしいので、ネタバレにならない範囲で書き留めておこう。

・水戸秀平:優子の実の父親
・優子の実の母親:優子が3歳の時に事故死
・梨花:水戸と結婚して優子の2番目の母になる
・泉ヶ原茂雄:水戸と離婚した梨花の再婚相手、優子の2人目の父
・森宮壮介:梨花の3人目の再婚相手、優子の3人目の父

読んでいて思い出したのがテレビドラマ『義母と娘のブルース』。血のつながっていない親子が信頼関係を築いていく様が似ていると思ったのだ。しかしながら、本書では梨花や森宮が、血のつながっていない優子に対して、とても大きな愛情と労力を注いでいる。果たしてこのようなことが起こり得るだろうかと、少し現実味のない物語として読み進めてしまった。

まぁ多少変わった設定でないと、小説など成り立たなくなるので、そんなところにこだわっていては、物語の本筋が楽しめないというもの。まぁこういうこともあり得るかという気持ちで読み進めるのがよいのだろう。

設定がひっかかった点以外は、とても面白く、週末1日で一気に読み切ってしまった。この手の小説だと、まだまだ1日で読みこなせる。血がつながっていないからこそ、お互いを気遣いあう様がとても温かく、読んでいてほっこりとした気持ちにさせられる作品であった。

ところどころで、号泣はしないものの、じんわりと目頭が熱くなるシーンも。家族とは何なのか、無償の愛とは何なのか、などちょっと哲学的なことまで考えさせられた。

それでは印象的だったシーンを引用しておきたい。

・「父親と認めてほしいっていうのは、年齢的にも俺の性格的にも少し無理があるだろうけど。でも、やっぱり優子ちゃんに気に入られたいし」 素直にそう言ってのける森宮さんに、気が抜けたっけ。 一緒に暮らすんだ。恋人じゃなく、友達じゃなく、家族という名のもとに。気に入られようとして何が悪いのだろう。気を遣って、どこがおかしいのだろう。あの時、森宮さんの言葉に私もどこかで開き直れた気がする。

・親となる人が、私に深々と頭を下げている。いつも自分が受け入れてもらう側の立場だったような気がしていたから、私は妙な感覚がした。ただ、迷いなくまっすぐに頭を下げてしまえる森宮さんに、突然娘を迎えてどぎまぎしながらもしっかりこちらに向ける目に、この人はとりあえずうそはつかない人だ、そう思ったのだけは覚えている。

・「梨花が言ってた。優子ちゃんの母親になってから明日が二つになったって」「明日が二つ?」「そう。自分の明日と、自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日が、やってくるんだって。親になるって、未来が二倍以上になることだよって。明日が二つにできるなんて、すごいと思わない? 未来が倍になるなら絶対にしたいだろう」

・「自分のために生きるって難しいよな。何をしたら自分が満たされるかさえわからないんだから。金や勉強や仕事や恋や、どれも正解のようで、どれもどこか違う。でもさ、優子ちゃんが笑顔を見せてくれるだけで、こうやって育っていく姿を見るだけで、十分だって思える。これが俺の手にしたかったものなんだって。あの時同窓会に行ってよかった。梨花と会わなかったら、俺今ごろ路頭に迷ってたな」

・「楽しいときは思いっきり、しんどいときもそれなりに笑っておかなきゃ」


 ▼

その後、WOWOWで放映されていた映画版の『そして、バトンは渡された』を視聴した。原作では、前半の方が面白いと感じたが、映画ではむしろ後半に重きを置いているように感じた。

この複雑な環境をどうやって映像化するのだろうかと心配だったが、大人になった優子(永野芽郁さん)と子供時代の優子(稲垣来泉さん)を、巧妙に入れ替えながら物語が進んでいき、分かりやすく作られていた。

後半は優子が独り立ちしていく物語だが、原作から結構大幅にストーリーが変更されていた。個人的にはハッピーエンドな原作の方が好みだろうか。映画版の方は、少し悲しい結末であり、その分感動も大きかったのかもしれないが。

1つだけ気になったのが、バトンの意味が原作と映画で異なるように感じたこと。原作ではバトンの意味を、人生とか人の幸せといった大きな意味で使っているように感じたのだが、映画版では優子という人間をバトンのように扱っているような気がして違和感を感じてしまったのだ。この点だけは原作のままの方が良かったと思う。

まぁ細かな点はさておき、映画版も原作同様、ほっこりした気持ちにさせてくれた。たまには仕事のことを忘れて、こういった物語の世界に浸るのもよいものである。



あらすじ:森宮優子、十七歳。継父継母が変われば名字も変わる。だけどいつでも両親を愛し、愛されていた。この著者にしか描けない優しい物語。 「私には父親が三人、母親が二人いる。 家族の形態は、十七年間で七回も変わった。 でも、全然不幸ではないのだ。」 身近な人が愛おしくなる、著者会心の感動作


ニュースの速報でこの事件を知ったときにはとても驚いた。日本でこのような事件が起こるとは、というありきたりの感想を抱いてしまった。その後、逝去なさったことは残念でならない。謹んでお悔やみ申し上げます。

私自身、安部元首相とその政権に関しては、全面肯定はしないもののどちらかと言えば好意的に受け止めていた。後半はスキャンダルなどもあり、世間的な印象はダウンしたかもしれないが、そもそも政治に清廉潔白を期待するなど土台無理な話であり、きちんとリーダーシップを発揮して、経済、外交、国防などを牽引してくれればそれでよいのだと思う。

長期政権についても異論はあるかもしれないが、それまでころころと頻繁に変っていた首相というポジションを、長期安定化させたことには一定の価値があるように思う。特に外交関係では、長年の信頼関係が物事を前に進める力になることもあり、他国が比較的長期政権を保っている昨今、重要なファクターでもあろう。

ニュースを見ていると、犯人は特定の宗教団体に恨みを持っておりそれに関与している安部氏のことも恨んでいた、と報道されている。政治の信条に反してではなく、逆恨みに近い形での犯行というところが、何とも日本的だと感じてしまった。

私は今回の事件について、日本の社会が持つ病巣のようなものを感じてしまった。もちろん、実行した犯人が悪いことには何の疑いもないのだが、なぜこのような人物が生まれてしまったのか、という部分が気になるのだ。

まったく状況は異なるのだが、今回の事件を見て『デス・ゾーン』というノンフィクションを思い出した。栗城史多さんとい登山家が、マスコミに煽り立てられて無謀な登山に向かってしまったのではないかという内容。今回の事件も、どこまで真実か分からないような宗教団体との関係を信じてしまったという犯人の動機に、マスコミやインターネットによる情報過多とそれを容易に信じてしまう受信者という構造に薄気味悪さを感じてしまったのだ。

言論の自由というが、従来は一部の人しか持っていなかったペンの力を、今やSNSなどの発展によって万人が持つようになってしまった。科学の力もそうだが、力というのはきちんと使えばこの上ない恩恵をもたらしてくれるが、使い方を間違うととんでもないことになってしまう。様々な意見が溢れているからこそ、自分なりの考えをきちんと持つ必要があるのだと思う。詰め込み教育になれてしまった日本人が、一番克服しなければならない課題かもしれない。

どなたかがSNSにアップしていたのが、新聞各紙の見出し。全国紙5紙ほどが、どれも一様に「安部元首相 撃たれ死亡」という同じ見出しになっていた。何らかの統制があったのかと思わせる。こちらも薄気味悪さを感じてしまった。

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また、日本は安全だという神話も随分前に崩れているのかもしれない。確かに銃社会のアメリカ、スラムなどが残る南米、紛争が続く地域などと比べると比較的安全なのかもしれないが、日本が安全だというのは長い歴史の視点から見るとつい最近のことなのだ。

つい100年前まで、日本刀という武器を腰に下げて歩く人がいるのが日常の世界。また日本人は特攻と呼ばれる現在の自爆テロに繋がるような人間兵器を生み出しているし、地下鉄サリン事件など化学兵器を使ったテロなども起こっている。日本が安全だというのも、マスコミに刷り込まれた常識なのかもしれないと感じてしまった。

何とも言えない嫌な気分になる事件。今回起こったことも嫌だが、それ以上に、今後また何か起こるかもしれないという嫌な予感が想起させられる事件である。

◇2142 『日本精神の研究』 >安岡正篤/致知出版社

難解、というか、今の私レベルにとっては読み辛かった。

安岡正篤先生の著書は、本書を読了すれば積読が解消。他にも多数の著書を出されているが、全てを網羅する必要はないと思っている。既に、何冊か読んだ本の中で同じような主張を発見しているし、ラーニングカーブをこれ以上向上させるにはかなりの時間が必要になるだろう。

安岡先生の4部作も読み切った形になる。本書が4部作の最後だと思っていたのだが、冒頭に書かれている解説を読むと、次の順序で書かれたようだ。

・『日本精神の研究』 大正13年、27歳
・『東洋倫理概論』 昭和4年、32歳
・『東洋政治哲学』 昭和7年、35歳
・『日本精神通義』 昭和11年、39歳

これだけの著書を27歳の時に書き上げたというのには驚きを隠せない。安岡先生が問う別だったのかもしれないが、当時の日本人の教養の高さをうかがい知ることができる。

しかしながら、冒頭に書いた通り、私にとっては少々難解であった。個人的にはもう少し円熟してから出された『知命と立命』のような講話シリーズのほうがとっつきやすい。話し言葉を纏めたものだからであろうが、難しいことを難しく書くよりも、難しいことを平易に話す方が技量が必要。さすがの安岡先生も27歳ではそこにまで至らなかったのであろうか。

また後半は山鹿素行、吉田松陰、高杉東行(晋作)、高橋泥舟、楠木正成、大塩中斎(平八郎)、西郷南洲(隆盛)、宮本武蔵といった人物列伝のような形になっている。これはこれで面白いのだが、私が求めていたものとは少し異なる内容だったであろうか。

それにしても最近は読書体力が落ちており、本書を読了するのにもかなり苦労してしまった。簡単に見に付く知識は簡単に陳腐化するということは分かっているので、もう少し頑張って脳に汗かく読書に取り組まねばと反省させられる一冊でもあった。

3連休、2日目の夜はレキシントンで一泊。また2時まで眠れなかったので、翌朝は9時までぐっすり。この日はシカゴに帰るだけなので、チェックアウトぎりぎりまでホテルに居ようと思っていたのだが、せっかくなのでとホテルの周りを散歩することにした。

グーグルマップでsightseeingと検索すると、見どころがピックアップされる。リンカーンの絵をポップアート風に描いた壁画があるようなので、それを目当てに歩いて行く。まだ朝が早いせいか暑くもなく、散歩にはちょうどよい気候。

途中で、昨日車の中から見かけた馬のオブジェを写真に収めたりしながら歩いて行く。そういえばこの日は7月4日で、何やらイベントが開催されている。警察官がたくさん出張っており、人通りも多い。まぁ人が多い方が治安的には安心だけど。

知らない町なのであまり狭い通りには入り込まないよう気を付けながらお目当てのリンカーンを探して歩く。グーグルマップでは車で4分とあったのだが、徒歩ではうまくたどり着けなかった。諦めてホテルに戻るが、他に見るものもないので、もう少しだけ粘ってみようと思い車で行ってみることに。

イベントのせいで交通規制が多く、しかも一方通行がとても多い。何とかたどり着いてみると、先ほど徒歩で歩いて来たすぐ近くではないか。もう少しだけ足を伸ばしていればよかったのだ。

お目当てのリンカーンの絵はブルーのタッチで描かれておりなかなか壮観。しかしながら駐車場がなくて路上駐車して写真をとったので、ちょっと慌てた感じのアングルになってしまった。まぁこういうのも旅の思い出になるのだろう。

そこからが大変だった。交通規制と一方通行のせいで、ホテルに辿り着けないのだ。結局、かなり遠回りをしてホテルの近くにまでたどり着いたのだが、あと一歩のところでまたもや一方通行。結局予定時間を大幅超過してホテルに辿り着いた。そこから大慌てで帰り支度。

レキシントンからシカゴまでは車で6時間の道のり。さすがに遠すぎるので、途中のインディアナポリスで休憩をすることにした。地図検索でラーメン屋が3軒ヒットしたので、シカゴであまり食べられない札幌ラーメンの店を目指す。

予定通り3時間程度でラーメン屋に到着。祝日で営業していなかったらどうしようと思ったが、幸運なことに店は開いていた。当然といおうか、日本人が経営しているお店。ラーメンと餃子を注文したが、どちらも美味しくて感激。肉で疲れたお腹に優しい気がした。

せっかくなのでインディアナポリスも観光していこうかとお店の方にお勧めを聞いてみたが、あまり見どころはないとのこと。そうであれば疲れている体でわざわざ行くまでもないかと思い、帰ることにした。

食事をして少し眠くなったので、お店の駐車場の木陰で30分ほど休ませてもらって、再度出発。帰りは自己渋滞に巻き込まれてしまい30分ほど時間をロスしたが、それ以外は順調だった。それでも家に辿り着いたのは1時間の時差もあって18時半。朝からずっと運転でとっても疲れた。

疲れたけど、こういった非日常の世界は必要だと思う。リフレッシュした頭で、また仕事を頑張ろう。

【レキシントンの街並み】
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【リンカーンの壁画】
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3連休の2日目は実物大のノアの方舟を見に行くことにした。ケンタッキー州のレキシントンの近く。前日のカホキア近くのホテルからは車で5時間の距離。休憩を挟みながらだと6時間程度。しかも中央時間とは1時間の時差があるので、10時にホテルを出ても現地に到着するのは17時になってしまう。

閉館が19時だから、まぁ2時間あれば十分だろうと思い10時に出発。本当はもう少し早くホテルを発ちたかったのだが、睡眠不足の状態で長時間運転は危険だと思い、少し遅めの出発にした。

この日もドライブは順調で特に渋滞もなくスムースに運転することができた。しかしながら、途中で少し混みあっている場所があり、高速道路の合流時に隣の車とぶつかりそうになってしまった。ヒヤリハット。気を付けなければ。

途中でガソリンの給油も兼ねて4回ほど休憩。予想通り到着は17時になってしまった。昨日に続いて昼食を取ることができなかったのだが、昨夜のステーキがまだ残っている感じでまったくお腹がすかなかった。

さて会場には実物大のノアの方舟と博物館があるという。ノアの方舟だけだと1人50ドル程度、両方だと80ドル。時間的にもさほど余裕がないので、欲張らずにノアの方舟だけを見学することにした。

入口からバスに揺られて5分ほど。ノアの方舟の全容が見えてくる。実物大とのことで、かなり大きいだろうとは思っていたが、想像以上の大きさ。写真では大きさがどこまで伝わるだろうか。これは一見の価値ありだと感じた。

ちなみに、このノアの方舟の存在は、過去に池上彰さんの著書で読んだ記憶がある。アメリカのキリスト教原理主義的な人たちは、今でもダーウィンの進化論を信じておらず、聖書の世界が絶対だと信じているらしい。そういった人たちにとって、このノアの方舟は現実の世界であり、子供たちも学校に通わせるよりもこのような施設で学ばせようと考えるとのこと。

アメリカの分断の一側面と言えようか。

アーク・エンカウンターからレキシントンまでは車で40分。ここまで来たら40分程度は大したことがないと思っていたのだが、3階建てのノアの方舟の中を歩き回ったので結構疲れてしまった。

レキシントンは近代的な町並みと少し古い町並みが融合したような感じの町だった。競馬などの馬産業が盛んで、町の至る所に馬のオブジェが立てられているのが特徴的だった。

ホテルに無事到着してチェックイン。近くにレストランはあるかと聞くと、すぐ近所のステーキハウスが美味しいとのこと。またステーキか、と思ったが肉以外は当たり外れが大きいので、そちらのレストランに行くことに。

昨日のホテルのレストランとは一転して庶民的な店。味も少しチープだが、これはこれでとても美味しかった。この日はステーキではなくハンバーガーを選択。まぁハンバーガーだけはあまり外れがない。値段は昨日の半額程度。昼を抜いたせいで、ハンバーガーをぺろりと平らげてしまった。

ホテルに戻って、バーで1杯だけお酒を飲んで部屋に戻る。昨日の反省から寝るのは少し後にしようと思っていたのだが、長時間運転で疲れており、睡魔にあらがえなかった。結局また2時間ほど寝てしまい、2時まで眠れないコース。まぁ明日は自宅に帰るだけだ。

【原寸大のノアの方舟】
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【方舟の内部】
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【これだけのスポンサーが寄付をしていることにも驚いた】
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July 4thの3連休はドライブでアメリカ国内旅行を計画した。イリノイ州に世界遺産があるということで、前から行ってみたかったのだ。実は5月のメモリアルディにセントルイスへ行くついでに寄ろうと思っていたのだが、セントルイスの治安の悪さを見て急遽中止。今回はカホキア墳丘群州立史跡から10分程度のホテルを取って行ってみることにした。

たまたま事前に以前アメリカに駐在していた先輩に話をしたところ、カホキアだけだと期待外れかもというコメントをいただき、せっかくならレキシントンまで足を伸ばしてはとアドバイスしてもらった。

シカゴからカホキア、レキシントンはちょうど三角形を描くような距離感。ついでに、というには遠すぎるが、それぞれを往復することを考えると確かに効率的かもしれない。そこでレキシントンにも宿をとって出かけることにした。

まずシカゴからカホキアまでは車で4時間の旅程。途中で休憩をはさみながらだと5時間弱かかる。朝の10時に家を出て15時過ぎに現地に到着した。3連休なので渋滞も覚悟していたが、まったく混みあうこともなくとてもスムースだった。前回ホランドへの旅では腰が痛くなったので、仕事で使っている低反発の座布団を車の座席に敷いて運転したところ、これが思いの外効果的で腰はまったく痛くならなかった。

さて肝心のカホキア墳丘群州立史跡だが、日本でいうところの古墳のようなものだろうか。 9世紀から14世紀ごろのアメリカ先住民族の集落遺跡で、北アメリカ最大級の規模だそうだ。「マウンド」と呼ばれる人工の台形の丘なのだが、今は土でできた台形の上に緑が生い茂っているだけ。確かにこれだけを見に来たとなると期待外れかもしれない。

また、天気の方はあいにくの曇り空。途中でちらほらと小雨もパラついてきてしまった。緑がとてもきれいだったので、青空の下で見ればもっと壮観だっただろう。さほど有名ではないようだが、アメリカ人観光客もちらほらと。さほど大きくない駐車場には車が5台ほど停まっていた。皆この後はどこに向かうのだろうか?

小一時間かけて史跡を見物した後はホテルに向かう。こちらのホテルは貯まったポイントを使うことができたので実質無料。少し夕食を奮発することにした。チェックイン直後でまだ16時半だったが、お昼を食べ損ねたので昼夜兼用の食事にすることにした。

近くにレストランはなさそうだったのだが、ホテル内のステーキハウスがなかなかお洒落でよい雰囲気。俳優のようなウエイターがやってきて丁寧に説明してくれる。サラダとクラブケーキを前菜にして、メインはステーキを注文。いつも近所のレストランへ行くときは運転するのでお酒が飲めないのだが、今日はそのままホテルの部屋へ直行すればよいので、地ビールのドラフトを堪能した。

食事はとても美味しくてちょっと感動。しかしながら、いつものことなのだがボリュームが多すぎる。最後は詰め込むように何とか完食。デザートを進められるが別腹もお腹いっぱい状態でお断りした。

食事が終わってもまだ19時前。疲れたのとビール2杯のほろ酔い加減で寝入ってしまった。少しだけのつもりが2時間も寝てしまう。シカゴとは1時間だが時差があるのも体内時計をおかしくする。結局、その後夜の2時くらいまで寝付けなかった。

こんな感じで、世界遺産は今ひとつだったが、ホテルでの食事を楽しむことができた。ちなみにホテルはDouble Tree by Hilton Hotel Collinsvilleというところ。レストランはPorter's Steakhouseだった。

【カホキア墳丘群州立史跡】
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【ホテル隣接のステーキハウス】
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◇2141 『火星の人』 >アンディ・ウィアー/ハヤカワSF文庫

本書も手に汗握る物語だったが『プロジェクト・ヘイル・メアリー』と比べると、少しだけ物足りなさを感じてしまっただろうか。

アンディ・ウィアーの『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が面白かったので、初期の代表的作品である本書も手に取ってみた。最近、出張が増えてきており、飛行機内で読めるものをと思ってKindleで購入。機内では、小難しい本は集中力が続かず読めないのだ。

導入部分では、いつも読者を少し不安な気持ちにさせる。どういう状況なのか、少し読み進めないと見えてこないのだ。飽きっぽい読者であれば、すぐに読むのをやめてしまうのではないかと、余計な心配をしてしまう。

少し読み進めると、主人公は何らかのトラブルで火星に一人で取り残されてしまった人物だということが見えてくる。植物学者兼エンジニアという専門分野を活かして、火星でじゃがいも畑を作ったり、残された資材で生き残るための術を見出していく。この辺りの展開は『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の面白さに繋がる片鱗が見て取れる。

何とか通信手段を確保し、地球と交信ができるようになった主人公、マーク・ワトニー。サンプル採取用の車と太陽電池とで、別プログラムのために投下された施設までの旅を計画する。もちろん、アンディ・ウィアーの作品だから一筋縄ではいかず、途中さまざまなトラブルが用意されている。

トラブルに巻き込まれた時の悲壮感と、次はどうなるんだろうとページを繰る手を停めさせない筆力はさすが。

本書を読みながらふと感じたのが、私自身のアメリカでの生活。ワトニーが置かれた環境とは比ぶべくもないが、現地にあるものを使って日本食まがいのものを作ってみたり、日本から持ってきた歯ブラシなどを2カ月に1本などと期限を決めて大事に使ったり。まぁ他の新興国と比べればアメリカでの生活はとても恵まれているが、やはり50代での海外生活というのはちょっと辛いと感じる時もあるのだ。

さて唯一気になったのは、主人公ワトニーが綴る日記の文体。地球での出来事と区別するために、わざとくだけた文体にしているのであろうが、最初はかなり読みづらく感じてしまった。だんだん慣れてきはしたが、もう少し工夫の余地があったのではなかろうか。まぁこれは原作者の責任ではないのだが。

それでは気になった箇所を引用しておきたい。ワトニーとルイス船長のやり取りはちょっと感動的だった。

・ワトニー、いわずもがなだけれど、あなたが生きているときいて、みんな大喜びしています。わたしは、あなたのいまの状況をもたらした責任を負う者として、もっと直接、役に立てたらと思うことしきりですが、 NASAがすばらしい救出計画を立ててくれているようです。あなたがこれからも途方もない機略縦横ぶりを発揮して、この事態をのりきってくれることを信じています。地球でビールをおごるのを楽しみにしているからね。──ルイス

ぼくの返事── 船長、ぼくのいまの状況はまったくの不運のなせるわざです。あなたの責任ではありません。あなたは正しい判断をして、ほかのクルー全員の命を救った。むずかしい決断だったにちがいありませんが、あの日のことをどう分析しても、正しい決断だったという結論になるはずです。全員を家に連れて帰ってくれれば、ぼくもしあわせです。  ビールはおごってもらいますけどね。──ワトニー  

・この極寒の砂漠は、一年半のあいだ、ぼくの家だった。少なくともしばらくのあいだ生きのびる方法を考えだし、少しずつ環境に慣れていった。生きていくための必死の戦いは、いつしかきまりきった日常になった。朝起きて朝食を食べ、作物の面倒を見て、壊れたものを直し、昼食を食べ、メールの返事を出し、テレビを見て、夕食を食べ、ベッドに入る。現代の農家の暮らしだ。

・ぼくを生かすためにかかったコストは何億ドルにもなるはずだ。ばかな植物学者ひとりを救うために、なんでそこまで? うん、オーケイ。ぼくはその答えを知っている。一部はぼくが象徴しているもののためだろう──進歩、科学、そしてぼくらが何世紀も前から描いてきた惑星間宇宙の未来。だが、ほんとうのところは、人間はだれでも互いに助け合うのが基本であり、本能だからだと思う。そうは思えないときもあるかもしれないが、それが真実なのだ。

・ハイカーが山で遭難したら、捜索隊が組織される。列車事故が起きたら、献血する人の行列ができる。地震で都市が崩壊したら、世界中の人が緊急救援物資を送る。これは深く人間性に根ざしたものだから、どの文化圏でも例外なくおなじことが起こる。たしかになにがあろうと気にもかけない大ばか野郎もいるが、そんなやつより、ちゃんと気にかける人間のほうが圧倒的に多い。だからこそ、何十億もの人がぼくの味方をしてくれたのだ。めっちゃクールだろ?




あらすじ:【上巻】有人火星探査が開始されて3度目のミッションは、猛烈な砂嵐によりわずか6日目にして中止を余儀なくされた。だが、不運はそれだけで終わらない。火星を離脱する寸前、折れたアンテナがクルーのマーク・ワトニーを直撃、彼は砂嵐のなかへと姿を消した。ところが――。奇跡的にマークは生きていた!? 不毛の惑星に一人残された彼は限られた食料・物資、自らの技術・知識を駆使して生き延びていく。映画「オデッセイ」原作。

【下巻】 火星に一人取り残されたマーク・ワトニーは、すぐさま生きのびる手立てを考え始めた。居住施設や探査車は無事だが、残された食料では次の探査隊が到着する4年後まで生き延びることは不可能だ。彼は不毛の地で食物を栽培すべく対策を編みだしていく。一方、マークの生存を確認したNASAは国家を挙げてのプロジェクトを発動させた。様々な試行錯誤の末、NASAが編み出した方策とは? 宇宙開発新時代の傑作サバイバルSF。




今乗っている車は、一定期間が経過または一定距離を走行するとオイル交換のアラームが表示される。これは便利なのだが、エンジンを掛けるたびにアラームが出るので、ちょっと鬱陶しい。その内交換に行かなければと思いつつ先延ばしにしていたのだが、独立記念日の3連休には少し遠方にドライブの予定を立てていたので、それまでに交換しておかなければと考えていた。

元々この車は同僚から譲ってもらったのだが、その際に日本人が経営しているディーラーにお世話になった。アメリカではいわゆる車検制度はないので、自分でメンテナンスが必要なのだが、私自身は車関係はからっきし。そこでこの日本人ディーラーにメンテナンスもお願いしていた。

しかしながら連休まであまり時間がなく、今から予約しても間に合わないため、どうしようかと少し悩んでいた。グーグルマップでオイル交換ができるところを検索して、一番近所の店に電話をしてみたのだが、予約が必要とのこと。今週は予約が一杯とのことだったので、他の店を探すと言って電話を切る。

ネットで検索をしてみると、即日オイル交換をしてくれる「Take 5 Oil Change」というサービスがあるようだ。シカゴにもチェーン店があるのかなと再度グーグルマップで検索してみると、自宅から15分ほどのところにあるではないか。予約不要とのことなのでさっそく行ってみた。

到着して看板表示の通り進むと、ピットのようなものが3つ並んでいる。他に車は無かったので真ん中のピットを選んで停車。エンジニアの方が(かなり早口の英語で)どんなオイルがよいかと聞いてくる。オイルの質によって3種類選べるようなので、真ん中の78ドルのコースを選択。

しかしながら、ボンネットを開けて履歴を見てみると、ハイグレードのものしか受け付けないとのこと。車の技術には疎く本当かどうかはよく分からなかったが、20ドルしか変わらないので98ドルのコースに変更した。

ネットの記事では、いろいろとワイパーのゴムの交換などいろいろオプションを付けてくる可能性があるから注意と書かれていた。もしかしたら私の英語力不足のせいで20ドル誤魔化されたのかもしれないと思うと悔しいが、変なオイルを入れられて長距離ドライブ中にトラブっても嫌なので諦めた。

その後、窓を拭いてくれたのだが、ワイパーが何たらかんたらをまた話しかけてくる。ワイパーゴムの交換を提案しているのだろうかと思い、「No thank you」と断ったのだが、しつこく尋ねてくる。どうやら、ワイパーの設定が自動になっていたため、窓を拭くために水を掛けるとワイパーが動くから、止めてくれてと言っていたらしい。所詮、私の英語力などこの程度なのだ。。。

その後、住所など個人情報を聞かれたので、免許証を提示して登録してもらった。その他に携帯電話番号とメールアドレスを登録。約15分ほどでオイル交換が終了した。

結果として若干意思疎通に問題はあったものの特に困ることもなく、ドライブスルーと銘打っているだけあり車に乗ったまますべてがスムースに完了した。やってみると何のことはないのだが、初めての経験というのはドキドキするものだ。私のブログなどどれだけの方が読んでいるか分からないが、このようなちょっとした経験談がお役に立てればこの上なく幸いである。

よく練られたストーリー。1つの事件の裏側に2つの真相があるというトリックには、まんまと騙されてしまった。

最近はWOWOWのオリジナルドラマも、huluなどのサブスクリプションで視聴ができるようになった。大半のものが5話で完結しており、短すぎず長すぎずと手頃な感覚で楽しめるのもよい。民放のドラマよりも質が高いものが増えてきている気がする。

このドラマもhuluで視聴。渡部篤郎さんが主演だが、他の出演者も実力派揃い。菅田将暉さんや門脇麦さんといった若手俳優も登場し、見ごたえのある内容。原作は第49回江戸川乱歩賞を受賞した赤井三尋さんの小説だそうだ。赤井さんという作家のことは存じ上げなかったが、のように未知の作家と出会えるのもサブスクの楽しみの一つ。

さて、ミステリーに関してはネタバレ無しで感想を書くのが難しく、結末に言及してしまうので、未視聴の方は文字を反転させている箇所は読まないでいただきたい。

事件は20年前に起こった幼児の誘拐事件。病院から生後間もない幼児が連れ去られ、病院に対して身代金の要求があったのだ。現金の受け渡し現場から逃走した犯人を追跡中に、犯人の自動車が横転し被疑者死亡にて事件は終わったかに見えていた。

20年後、東西新聞という大手新聞社に一人の女性の就職が決まる。それが死亡した誘拐犯の娘であることが週刊誌にすっぱ抜かれ、東西新聞は事件の洗い直しを始める。その任務に指名されたのが渡部さん演じる梶だ。

元新聞記者(現在は左遷されて資料室勤務)の梶は、かつての人脈やフットワークを活かして、当時見落とされていた事実を発見していく。その取材の過程も丁寧に描かれており、また偶然の要素もなく、とても納得のいく形でストーリーが頭に入ってくる。これは原作もよいのだろうが、脚本や構成も十分に練られている証左であろう。

さて結末だが、まず、誘拐犯には共犯者がいたという事実が判明する。病院に出入りしていた証券マンと看護師が実は裏で繋がっていたというのだ。まぁ病院にしょっちゅう出入りしている証券マンが看護師と出来てしまうというのは、無理のない話。共犯関係にあったにもかかわらず、被疑者死亡で幕引きされたこと、事件当時も病院の中にいたことから、捜査の盲点になっていたのだ。

そして誘拐は実は別の者が行っており、証券マンたちは身代金を要求しただけだという事実。これは、誘拐された赤ん坊がなぜか誘拐しやすい入り口近くのベッドではなく、中央のベッドから持ち去られていたという違和感の正体にも繋がっている。この辺り、伏線がよく練られていて面白い。

梶の妻が何気なく口にした「わざわざ中央のベッドから持ち去ったのは、赤ちゃんの血液型を気にしていたのかもしれない」という一言で、真相に近づいていく。結局、赤ん坊は誤って自分の息子を死に至らしめてしまった主婦が、身代わりにと発作的に誘拐してしまったものだったのだ。赤ん坊は殺されることなくxxによって育てられていた。


さすがに全部ネタバレというのも趣がないので、最後の真犯人のところは伏字にしたが、こちらもきちんと伏線が張られており、意外ではあるが想定内の犯人像。この辺りのバランスも素晴らしかった。

久しぶりに見ごたえのあるドラマを堪能した。

赴任からそろそろ2年。運転免許の有効期限が2年なのでそろそろ更新をしなければと考えていたところ。アメリカでは入国時の記録としてI-94という書類が発行される(実際にはウェブサイトで自分でダウンロードや印刷が可能)のだが、この入国日が免許の期限となる。つまり6月25日に入国していると、2年後の6月25日まで運転免許が延長できるのだ。

事前にカナダへの出張が決まっていたので、出張から帰って来た後に更新した方が、延長期限が伸びると思い7月早々に免許センターに行くことにした。免許の更新に関しては日本と同じように更新の葉書か封書が来るはずなのだが、日本人の場合書類が届かないことが多いそうだ。私の場合も特に書類は届かなかったので、自分で確認することにした。

同僚に聞くと、書類が届かない場合は電話をして予約しないとダメだとか、予約をしなくても直接免許センターに行って並べばよいなど、情報が錯綜している。念の為、免許センターのウェブサイトで確認すると、予約画面を発見。こちらで予約を取ることができた。(ここまではカナダへの出張前の話。1週間後くらいでないと予約の空きがない状態だった)

さて、当日会場に向かうと入口に「予約必要」という看板が立っていた。予約なしで来ていたら追い返されるところであった。危ない危ない。アメリカだから予約時間に関しては緩いのではと思っていたのだが、意外に厳密で10分前にならないと中に入れてくれなかった。

ちなみに免許更新に必要な書類は、免許取得時とほぼ同じ。普通に更新するだけであればオンラインでも可能だそうだが、私が欲しいのは「リアルID」と呼ばれる免許証の隅に星マークがついたもの。これがあれば国内線の飛行機にパスポート無し、免許証のみで乗ることができるのだ。

必要書類についてはウェブページで確認いただくのがよいが、現時点では次の通り。
・パスポート(生年月日が確認できるもの)とビザ(就業が確認できるもの)
・SSN(ソーシャル・セキュリティ・ナンバー)のカード
・現在保有している免許証
・現在の住所が確認できる書類を2点(銀行の残高通知書や公共料金の請求書など)

免許更新の流れは日本と変わらないだろうか。最初に受付を行い、写真撮影。写真撮影後に番号札を渡されるので、液晶画面に自分の番号が表示されるまで待つ。その後、上述の書類を担当者に提出し、内容を確認される。免許取得時に身長や体重をフィートとポンドで聞かれたので、免許証に書いてある数字を頭に入れておいたのだが、No changeといえばそのまま通ってしまった。

次に30ドルの手数料を支払い、最後に仮の免許を受領。正式な免許証は3週間以内に郵送されるそうだ。以上、待ち時間も含めて約1時間で手続きが終了した。

そういえば、I-94の日付が気になっていたのだが、カナダから帰国した6月25日になっていた。アメリカではイミグレを通っていないのに、どうやって情報を補足しているのだろうか。便利だと思う反面、何だか怖いなと感じてしまった。I-94の管理画面で履歴を確認すると、テキサスやオレゴンへの出張の記録まで補足されているので、恐らく登場情報から拾ってきているのだろう。

【免許センターの様子】
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今日7月4日はJuly 4thといってアメリカでは独立記念日の祝日。土日と合わせての連休だったので、少し遠出をしてドライブでの旅行に行ってきた(旅行の話は後日アップする予定)。実は明日の5日も休みを取って4連休にしたのだが、旅行は2泊3日にして帰って来た。そう、今日はもう一頭の愛犬の命日なのだ。

夜の9時くらいから至る所で花火が上がっているのが見え始めた。部屋にいても花火の音がバンバンと聞こえてくる。しかしながらアメリカの花火は日本に比べると単調で、日本人から見ると少し物足りないかもしれない。とはいえ、滅多にないことなので散歩がてら家の周りを少し歩いてみた。

花火の音を聞いていると、1年前のことを思い出す。もう1年、まだ1年。3月に亡くなった愛犬は寿命だと思い、多少仕方がないかなという気持ちを持つこともできたが、7月に亡くなった方はまだ13歳。もう少し頑張ってほしかったし、自分のせいで死なせてしまったのではないかという後悔はどうしてもぬぐえない。。。

新しい子を迎えることも考えてはいるのだが、アメリカにはペットショップがなく、ドッグ・シェルターから保護犬を引き取るか、ブリーダーからの直接購入になる。また、アメリカは家が広いからか小型犬は珍しく、特に私が迎えたいと思っているトイプードルはアメリカではさほど人気がないらしく、希少で手に入りづらい。

また、日本は狂犬病がない国のため、外国から連れて帰る手続きが大変である。保護犬の場合など、手続きがさらにややこしくなるのではないかと、躊躇している。10時間以上も狭いゲージに入れて連れ帰るのもかわいそうだし。。。

そんなことを考えていると、早く日本に帰りたいなぁと思ってしまう。仕事の方はコロナが少しずつ沈静化に向かっており、出張に行けるようになった。また新たなプロジェクトも任されており、赴任当初に比べると随分充実してきている。それでも、プライベートに何かが足りないと感じてしまうのだ。

愛犬の命日にこんなことを考えると、天国でヤキモチを焼かれてしまうかもしれないけれど、それだけお前たちの存在が大きかったということなんだよ。許してね。

追記)ブログを更新した後、夜の23時ごろから急に豪雨が降り始めた。先ほどまでは花火ができるほど晴れていたのに、天気が急変。やはり愛犬が天国で悲しんでいるのだろうかと思ってしまった。雷も伴う激しい雨だったので、悲しんでいるというよりは怒っていたのかな?

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何気ない日常の大切さを嚙みしめさせてくれるドラマ。

huluでの視聴期限が6月30日までだったので、試しに1話だけと見始めたところ、一気に最後まで見てしまった。

主人公は2人の男性。西島秀俊さん演じる弁護士の筧史朗(通称シロさん)と内野聖陽さん演じる美容師の矢吹賢二(通称ケンジ)。この2人は一緒に暮らす恋人同士である。

ケンジが職場でもカミングアウトしている一方、シロさんはゲイと見られるとに抵抗を感じている。そんな2人の価値観の違いが、ちょっとしたすれ違いを生み出していったり。

今でこそLGBTQが浸透し、ゲイのカップルが偏見を受けることは少なくなってきているのかもしれないが、彼らの年齢設定は40代後半であり、これまで様々な嫌な思いをしてきたのだろうなと思われる。

ドラマの中でケンジが語るのだが、会社員になると上司から結婚しないのかと聞かれたり、いろいろと生きづらい世の中が想像できてしまう。そんな2人が選んだのは、手に職を付けて、いざとなれば独立もできる弁護士と美容師という職業だった。こんな深いところにまで目配りがいきとどいる原作者よしながふみさんの構想力には舌を巻いてしまう(よしながふみさんは名作『大奥』の筆者)

冒頭にも書いた通り、2人の何気ない日常と、シロさんがつくる節約料理の物語。在宅勤務になって、自分でも料理を作ることが増えたのだが、白だしや麵つゆなど、私自身が活用している調味料も多く、とても親近感を感じてしまった(私はこんなにたくさん副菜は作れないけれど)。

またケンジ役の内野さんの演技が圧巻であり、本当に乙女のよう。内面はとても繊細で、ときどきズバッと鋭いことをいう。そんなケンジがラストシーンでシロさんを後ろから抱きしめるシーンでは、思わずもらい泣きしてしまった。

いろんな障壁があるからこそお互いに思いやる心が深く温かくなっていく様が、とても丁寧に描かれている作品。こちらの気持ちまで温かくしてくれる作品であった。

先日はカナダの現地法人の取締役会に出席するためトロントへ出張。土曜日が帰りの便だったので、現法社長さんのご厚意に甘えてナイアガラの滝に連れて行っていただいた。

道が混む前にとのことで朝7時半にホテルを出発。そんなに遠くないから気にしないでとのことだったのだが、実際にはホテルからナイアガラまで車で1時間半ほどかかってしまった。9時には到着し、さほど混みあっていないゆったりした中でナイアガラの滝を眺める。

アメリカ側とカナダ側の2種類があり、カナダ側の方が迫力あると聞いていたのだが、まさにその通り。アメリカ側はダムの下に岩があるのと、ダムの段差がカナダ側に比べると低いためだろう。テレビなどでよく見るナイアガラの滝はまさにカナダ側の方だった。(ちなにみカナダからはアメリカ側の滝もよく見える)

徒歩で15分ほどカナダ側に向かって歩いて行く。遠くからでも迫力満点の滝が迫ってくる。途中からは滝が立てる水しぶきがミストのシャワーのように降り注いできて少し肌寒いくらい。これが気温が上がる昼間であればとても気持ちよく感じたであろう。

一番迫力があるとされる絶景ポイントに進むと、目の前で滝が轟轟と音を立てて流れ落ちていく様が見て取れる。圧巻。しかも、湖底が透けて見えるほど浅く、この浅さでこれだけの水量が運ばれてくるのかと不思議な感覚になった。しばらく水の音に耳を澄ませて、マイナスイオンをたっぷりと浴びた後、次のスポットに移動した。

次に連れて行っていただいたのはワイナリー。湖のすぐそばにあるという立地条件で、ブドウ畑から湖面が見えるのが特徴。3杯で8ドルのテイスティングコースを選んで、白、赤、デザートワインの3種類を味わう。目の前で説明をしながらワインを注いでくれるのだが、専門用語だし早口だしよく聞き取れなかった。それでもなんだか気前がよくて、3杯のところ5杯もサービスしていただいた。

その後、少し欧風のこ洒落た町に連れて行っていただき早めのランチ。連れてきていただいたお礼に自腹でご馳走した。ステーキサンドイッチとダイエットコークでお腹いっぱいに。帰りも道が混む前にと、12時半ごろに出発して2時に空港に到着できた。

道中暑かったので、来ていたジャケットを車の後部座席に置いたのだが、なんと車内に置き忘れてしまった。カナダの空港ではマスクの着用が必要であり、ジャケットにマスクを入れていたのですぐに気づいたのでよかったが、時間が経っていたらとても迷惑をかけてしまっていただろう。ジャケットだけなら次の機会でもよかったが、内ポケットに眼鏡を入れていたので困るところだった。

ところで車に乗せてもらっている時に気が付いたのだが、カナダでは走行スピードはkm表記である。車内の温度設定も華氏ではなく摂氏。ただしハンドルは左ハンドルでアメリカと同じ。マイル表示や華氏表示というのはアメリカ独自の文化なのだろうか。欧州はどうなのかと気になってしまった。

空港には早めに到着したので、早い便に変更できないか確認したのだが、あいにくファーストクラスしか空いていなかった。追加料金を払ってまで便を早める必要はないので、予定通りの便で帰路につくことに。

結局搭乗時間の3時間も前にイミグレや荷物検査が完了してしまった。入口からかなり遠く離れた搭乗口まで歩いて行き、スターバックスで大きめのカプチーノを買い、Kindleで読書をはじめる。土曜日なので仕事のメールもほとんど来ておらず、読書に集中できた。しばらくたって、人の動きがちょっと変だなと思い、念の為フライトの状況を確認すると搭乗口が変わっている。

早めに気付いてよかったと、変更後の搭乗口に向かうと、入口のすぐそばではないか。空港の端から端まで歩かされたことになる。まぁ良い運動だと思うしかないか。しかも待合の座席数が少なく、何とか1つだけ空いていた席を見つけて座ることができたが、結構立って待っている人も多かった。ちょっと効率が悪いと感じてしまった。

その後は予定通りのフライト。機内も混みあっておらず隣の席は空いていた。比較的ゆったりした気分で帰れると安心した途端、熟睡してしまい、気が付くと既にアメリカの上空。約2時間のフライトのうち、1時間が経過してしまっていた。Kindleで本の続きを読んでいる内に無事着陸。

アメリカ側ではカナダからの直行便だとイミグレが不要。ちょっとくたびれていたので、イミグレで長時間待たされるのかとうんざりしていたので、とてもラッキーに思えた。いつもどおりの道を抜けてウーバースポットへ向かい、無事に車を捕まえることができた。空港から約20分で自宅に到着。出張や旅行から帰ると不思議と自宅が落ち着くのはいつものこと。

【アメリカ側の滝】
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【カナダ側の滝】
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【湖が見えるワイナリー】
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【ナイアガラ近くの洒落た通り】
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【トロントのダウンタウン】
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最近、ミステリードラマを立て続けに見たせいだろうか、自分が刑事になる夢を見た。

朝起きて、通常通り警察署に行くと突然上司から辞令を言い渡される。随分と急な異動だ。特にヘマをした覚えもなく、少し納得のいかない思いで辞令を受ける。

後任に引継ぎをしなければならず、これまで追いかけていた事件の手帳と、自分なりに作成したリストを後任に託す。

次の部署に向かおうとしたときに、以前の同僚から重要な証拠が私宛に送られてくる。中身は切り取られた指が3本だ。とても重要な証拠だと思うが、夢の中の私はこれもあっさりと、後任に渡してしまう。

新しい部署は警察とは思えない近代的なビル。初日は事件も起こらず、のんびりした雰囲気。先輩の同僚に、ゴルフの打ちっぱなしに行かないかと誘われるが、迷ってしまう。結局、断り切れずに同行する。

打ちっぱなしと言いつつ、小さなゴルフ場に併設されている練習場で「信濃第二カントリークラブ」というところ。(なぜこんな固有名詞が出てくるのだろう? そしてそれを夢が覚めた後にも明確に覚えているのだろう?)

練習を開始しようとしたところ、ジャケット着用でないと練習できませんと断られてしまう。結局、刑事になる夢を見たが、一度も捜査しないまま目が覚めてしまった。

何やら変わったタイトルだったのと、藤原竜也さんが主演ということで見てしまったのだが、ミステリー仕立てでなかなか面白いストーリーだった。

とある地方都市(おそらく富山県)を舞台に、3万円の偽札をめぐって様々な人物が相関していくちょっと複雑なストーリー。主演の藤原さんは作家なのだが、彼自身が巻き込まれていく「ちょっとした事件」をネタに小説を書いている内に、その真相に辿り着いてしまう。

偶然の要素が強すぎる、と言ってしまえばそれまでなのだが、私にとっては伏線がきちんと張られており、それがきれいに回収されているという印象を持った。この辺り、偶然と伏線の関係は紙一重であり、読み手の好みの問題によっても捉え方が変わるかもしれない。

なかなか凝ったストーリーだなと思いながらエンドロールを眺めていると、なんと原作が佐藤正午さんだっだ。佐藤さんの小説は久しく読んでいないが、こんな作品を書いているんだと少し嬉しくなってしまった。その内時間ができたら原作も読んでみよう。

佐藤正午さんといえば思い出すのが『Y』という作品。とても面白かった記憶があるのだが、読んだのは20年近く前の2003年のこと。今でもこれを面白いと思える感性を持っているか、自分を確認する意味でも再読してみたいものだ。


PRESIDENT[2022.04.29]次のトップリーダーは、こうして見抜かれる

Docomoの雑誌読み放題のサービス「dマガジン」に加入している。月額500円程度でかなりの量の雑誌が読み放題。経済系の雑誌は全ページが読めるわけではないが、それでもある程度のトレンドを掴むことはできる。

一昔前(私が中国に駐在していた10年ほど前)は、日本の雑誌は貴重だった。日本からの出張者のお土産の定番がレトルトの日本食と日本の雑誌だったものだ。それが今やオンラインで即時に手に入る。ことエンターテインメントに関しては、日本の地方都市と遜色のない生活をおくれる環境だ。

さて前置きが長くなったが、読み放題でいつでも読めると思うと、ついつい読まずに放置してしまうのが人間心理の面白いところ。久しぶりに経済紙を手に取ってみた。その中で吉野家ホールディングス会長の安部修仁さんのインタビュー記事に目が留まったので、要約して引用しておきたい。

・経営で大事とされる三現主義「現場・現物・現人」は人物の評価にもあてはまる。その人を部下や同僚がどう思っているのかを確かめ、自らの見立てと重ね合わせて総合的に評価する。

・人事評価や若手の抜擢においては、人の評価は間違いやすいという前提に立って真剣に向き合わなければいけない。

・トップマネジメントの共通点は「向上意欲が強い」というところ。また「素直」でこちらが育てたいと思える人。素直な人は「育ち方」がうまい。

・自己反省できる人は何事も長期視点で見ている。視点を先に置いていると、目先の刹那的なことには腹が立たない。今の自分を否定されたとしても、想像と成長の伏線だと認識できる。

・ほったらかしにして好きにやれ、と言われた時に、ちゃんと自分で仕事を見つけて忙しくできるかどうか。

・トップマネジメントは自分が思っていることをきちんと発言できる。分からないことは分からないと言う。

・43歳の河村康貴氏を社長に抜擢した。河村氏は「はなまる」の買収時に、はなまるを永遠の存在にするための「しかけ」として創業経営者に創業の精神・理念を執拗に聴き取り冊子にまとめて全員で共有した。潜在している創業者の思いを顕在化させることは極めて重要だが、引き出してまとめるなどという芸当は誰にでもできることではない。創業者の存在を永遠にすることは、事業を永遠にすることに繋がる。そうしたことはキャリアと年齢を重ねれば感じるのだが、あの立場と段階でその尊さを認識したことが只者ではない。

・将来を期待している人に学ばせたいときに意識すること。(1)緊張感を持って挑戦に臨む状況をつくること。(2)本人がイシューの意義を共感すること。(3)皆で喜び合っている達成のシーンを共有すること。

・次世代のリーダーに期待すること。(1)人を大切にする。人間という生き物を正しく理解できているか。(2)マネジメントスキルが高い。(3)未来創造へのビジョンが描ける。

・「人に機能している人に人を与える」

・実質的な創業者である松田瑞穂氏の言葉。組織というのは500人の利口な人たちを50人のバカがマネジメントして、50人のバカを5人のクレイジーがコントロールする。それが創造的な組織の特徴だ。500人はルーティンワークをこなす真面目な人たち。50人は時間を忘れて自分の使命と役割を全うすることに寝食を忘れて全力を発揮する人たち。5人は現状の延長線上でなく、未来をつくっていく様々な変化を予見し、3年、5年、10年といった時間軸で自己否定、現状否定する人。


創業の精神を冊子化したというのには驚いた。こういった目に見えない組織文化のようなものがしっかり軸として存在しているかどうかは、じわじわと効いてくるものだ。

また松田さんの5人のクレイジーの話も強烈で印象的だった。働き方改革が求められているが、5人のクレイジー、つまり1%の人たちは死に物狂いで働かなければ、変化の激しい今の環境に打ち勝つことはできないのだろうなと感じた。

日経新聞[2022.03.01〜03.31]私の履歴書・浮川和宣

最初に「浮川和宣」という名前を見たとき、正直、誰なのか分からなかった。日本が誇るワープロソフト「一太郎」の生みの親として、なるほどと膝を打った。しかしながら経営者のお名前も存じ上げないくらいなので、ジャストシステムという会社の成り立ちなど知る由もなく、毎日楽しみに読み進めた。

ベンチャー企業が成長した話というと、日本電産、ソフトバンク、ファーストリテイリングなどの大手企業や、楽天、サイバーエージェント、メルカリといったテック企業が頭に浮かぶ。こういった会社の創成期の物語というのは読んでいてワクワクする。しかしながら、一度その会社の歴史を知ってしまうと、類書を読んでも最初に読んだ興奮は味わえない。ジャストシステムの物語は、そんな始めて読む興奮を経験できる貴重な機会だった。

今でこそ一太郎という名前はほとんど聞かなくなってしまったが、当時は一世を風靡したように記憶している。Windowsの攻勢で市場は席捲されてしまったが、ATOKは健在。日本語機能はやはり日本企業が強いという証だろうか。また、時代の最先端を走っていただけに、登場する関係者も成毛眞さん、孫正義さんなど錚々たる面子だ。

ジャストシステムがキーエンスの傘下に入ったことも知らなかった。一番感動したのは、その後も技術集団を率いて独立し、新たな事業に挑み続けている姿勢。当時60歳にしての再出発だったとのこと。私など50歳で新しいことを学ぶのを億劫がっているなど、以ての外だと大反省した。現在73歳だが、いまだに新しいものを生み出そうという気力に溢れていて、将来現役でいたいという言葉には励まされる。まさにベンチャースピリットの塊である。

それでは気になった箇所を引用しておきたい。

・東京に行った際にアスキーを訪問すると、古川さんは不在だった。マイクロソフトの本社がある米シアトルに、急きょ出張することになったという。代わりに対応してくれたのが、入社して4日目という人だった。その方が成毛真さん。後に古川さんの後を継いで、日本マイクロソフトの2代目社長になった方だ。

さすがに入社直後とあって、この時は成毛さんと深い話ができたわけではない。ただ、これはもう少し後のことになるのだが初子は成毛さんから貴重なヒントを得たことを、今でもはっきりと覚えているという。

「もっとニュートラルな誰でも使える普通のワープロを作らないといけないんじゃないですか」

初子が開発した日本語入力システムを発展させ、我々は大ヒット作となった一太郎を世に送り出した。

特別なキーを使わず、当時の日本語入力では使われていなかったスペースキーで変換する。私は辞書を担当した。新聞などから単語を洗い出し、よく使われるだろう順に自分の感覚で並べ直した。

・ユーザーから受け入れられた理由は色々とあるかもしれないが、やはり使い勝手の良さではないだろうか。肝心のかな漢字自動変換は連文節変換といって、ひと文字ずつではなくある程度まで文章として打ち込んでから変換できるようにした。

独自に開発した変換システムは現在も使われている「ATOK」に進化させた。膨大な数の漢字を調べていき、例えば「かんじ」と打つと「漢字」や「感じ」「幹事」などと表示される。利用の頻度や文章からふさわしい「かんじ」の順を自動で選ぶのだ。それを当時のパソコンではあまり使われることのなかったスペースキーで入力する。

・そんな一太郎を販売面で支えてくれたのが日本ソフトバンク(当時)だった。コンピューターソフトの卸売りで創業したばかりだったが、この頃はまだゲームが多かった。ワープロのようなビジネスソフトに本格的に進出しようと考えていたようで、彼らにとっても一太郎を扱うメリットは大きかったのだろう。

創業者の孫正義さんは当時は慢性肝炎からの病み上がりで、他の方に一時的に経営を託していた。孫さんが社長に復帰した86年にはすでに一太郎の販売が軌道に乗り始めた頃だ。

孫さんとは公私ともに付き合いが長いが、私の数少ない趣味といえるゴルフにお誘いしたのが、この頃のことだ。最初は孫さんは「ゴルフってちょっとぜいたくな遊びですよね」と言って敬遠していたが、私は「体育だと思ってやればいいんですよ」とアドバイスした。病み上がりだけに体力強化にはもってこいだと勧めたのだ。

そんな経緯で、孫さんとは徳島でも東京でもよくゴルフをともにした。私は90年から、孫さんが立ち上げた当時は「パソ協」と呼ばれていた現ソフトウェア協会の会長を務めた。いつだったか協会のパーティーで私が皆さんにあいさつしてまだ歓談が始まったばかりの頃合いに孫さんがスッと近づいてきた。

「浮川さん、今から打ちっぱなしに行きましょうよ」

2人でこっそり会場を出ると孫さんの車が待っていた。一緒に東京・芝の練習場に行くと「このクラブ、買ったばかりなんですよ。いいでしょ」と目を輝かせていた。子どもみたいな人だなと思ったものだ。

・我々がバージョン5を発売した翌月、米マイクロソフトのビル・ゲイツ会長が来日して大々的に発表したのが、OS(基本ソフト)の「ウィンドウズ3.1」だった。ゲイツ氏は自信満々に「これから1年半以内ですべてのパソコンがウィンドウズ対応になる」と宣言したという。

ただ、この時点では我々にとってそれほど脅威だとは感じなかった。彼らの日本語入力ソフトは使い勝手が良いとは思えなかったからだ。

風向きが変わってきたのが、95年11月に日本でも発売されたウィンドウズ95の出現からだ。インターネット・エクスプローラーを搭載したこともあり、発売日には秋葉原に多くの人が詰めかけた様子が各種メディアで大々的に報じられた。

そこから「ワード」との戦いが始まった。聞くところによると、ゲイツ氏はジャストシステムを名指しで「日本で唯一のライバル」と呼んでいたらしい。「ワード97」では縦書きなど日本語の機能を強化し、彼らが我々の市場を奪いにきていたのは明らかだった。

マイクロソフトについては、思うところがある。パソコンメーカーがウィンドウズを搭載する際に、当時シェアの低かったワードをセット販売するよう求めていたからだ。我々の一太郎を排除する目的は明らかだった。

パソコンメーカーは例えば一太郎とエクセルなどを組み合わせて販売することが実質的にできなくなる。米司法省に続いて日本の公正取引委員会もこの問題を指摘し、ワードのセット販売を事実上強要していたとして、98年11月には独占禁止法違反で排除勧告を出した。だが、独禁法違反が指摘されても、後の祭りというのが率直なところだ。

・当時、私が求めていたのは、ユーザーがこれまでに一太郎で作成した大量の文章を使いこなすための検索技術だった。初代一太郎を発売してからすでに10年余りがたち、企業や自治体などでは大量の文書が蓄積していた。

まさに文字の海だ。その中からその時々に必要なものを抽出する技術をつくれないものか。そう考えたのだ。
私は求める技術のことを「バケツ型の検索システム」と呼んでいた。バケツにどんどんたまっていく言葉の中から欲しい文書を見つけ出す、という意味だ。所長が見つけた「コンセプトベース」という技術が、このバケツ型検索そのものだった。

初子や研究者たちを連れてピッツバーグに飛び、実際に説明してもらうとすぐに私が求めていたものだと確信した。キーワードだけでなく文章を概念(コンセプト)のまま検索できるのが特長だ。

開発者のデビッド・エバンス氏はカーネギーメロン大学教授のかたわら会社を起こしたものの、ビジネスとして発展させることに苦心していた。私はこの会社の買収を即決した。20億円超と我々が出せる限度だったが、画期的な技術を発見したのだ。

お気づきだと思うが、このコンセプトベースは米グーグルの先を行く技術だったと思う。日本で販売を始めたのが97年7月。一方、グーグルがシリコンバレーで生まれたのが翌98年9月のことだ。

だが、当時の私はコンセプトベースを日本に、それも一太郎のユーザーに対象を絞って展開しようと考えていた。ビジネスで「たられば」を語ることは無意味だ。だが、もしあの時、最初から海外向けにも展開していればどうなっていただろうか。世界は変わっていたのかもしれない。

・我々はキーエンスを引受先とする45億円の第三者割当増資を決めた。キーエンスからの出資比率は43.96%となる。私は会長に、専務の初子は代表権のない副会長に退くこととなった。

後任社長には創業期に徳島大学歯学部の学生時代にアルバイトとしてジャストシステムに加わり、一太郎の開発を切り盛りした福良伴昭君が就くことになった。私と初子からキーエンスに出した条件のひとつだった。

無念だったがここまで育ててきたソフトウエアを、海外企業ではなく日本企業に渡せたことに安堵の気持ちが大きかった。

・優秀な研究者が集まるジャストシステムのエンジニアたちをこのままみすみす解散させていいものか。初子と話し合った結果、初子がジャストシステムを離れ、彼ら彼女らを引き連れて独立しようということになった。

新しい社名を考えることになり、出てきたのが「メタモジ」だった。メタには超えるという意味がある。「文字を超える」。ジャストシステムは一太郎という画期的な日本語ワープロソフトを世に送り出した。次の会社はそれを超えるようなものをつくる。こんな意味を込めて設立したのが「MetaMoJi」だ。私が社長で初子が専務。二人の再出発だ。

・iPadを手に取ると、それまでのパソコンが急に不便なものに思えてきた。iPadなら机に縛られずに、いつでもどこでも使うことができる。画面が小さくまだまだきめ細かな作業には向かないスマホとは似て非なるもの。思えば長年にわたってコンピューターの進歩とともに歩んできたが、これこそが次の革新だと実感したのだ。

ならば、我々には何ができるだろうか。このマシンを使って誰もが簡単に文章を書けるようにしたいと、真っ先に考えた。かつて「一太郎」を作ったように、手書きでスラスラと文章を書けるようなアプリを作ろうと決めたのだ。

・私は書き味には徹底してこだわった。手書きに使うペンは速度や加速度、継続時間、筆圧に対する曲がり具合、太さなどをパラメータ化した開発ツールを作ってもらって、私自身がチューニングしていった。文字認識技術は東京農工大学の中川正樹教授から提供を受けて共同開発した。

こうして生まれたのが手書きシステムの「マゼック」だ。漢字やひらがな、カタカナを自在に混ぜて入力できるのでこの名前にした。重要なのがタッチパネルを指などでなぞった時の反応速度だ。コンマ何秒の応答が求められる。技術陣には「俺が納得できるレベルじゃないとダメだ」と念を押したが、試行錯誤をへて見事に実現してくれた。

・現場のIT(情報技術)化への貢献に加えて、知的生産性の向上に貢献するiPad向けアプリを考えた時にこだわったことがもうひとつある。様々な場所に散らばる人たちのチームでの利用だ。この点もまた、いつでもどこでも使えるという新しいコンピューターの能力を引き出すために不可欠な要素だと考えた。

そこで我々はサーバーからアプリまで独自開発し、解像度を落とすことなく高速な情報共有を可能にする「Share(シェア)」という製品を開発した。

すぐに様々な用途に広がったが、その応用例のひとつが「クラスルーム」だ。学校向けの製品開発はジャストシステムの頃から我々が力を入れていた分野である。幸いなことに好評をいただき、eラーニングアワードの総務大臣賞もいただいた。

・私の思いはジャストシステムで一太郎を世に送り出した時と同じだ。何度か書いた通り、日本人の知的生産性を高める。この一点である。メタモジとなってからも、その志をひとつずつ形にしていると思っている。

ただ、ジャストシステムの時と違うのは、製品開発にいつまでもかかわっていきたいということだ。会社が大きくなると、どうしても社長というのは、製品開発以外で会社を運営するための仕事に追われるようになる。悪く言えば「大型雑用係」のようなものだ。私のような人間には、それがとてもつまらなく思えてしまうのだ。

私は今年5月には73歳になる。30歳の年にジャストシステムを起業し、60歳で再び現在の会社を立ち上げた。だが、精神的には何も変わっていないのだと思う。「いい歳をして」と大人ぶる必要なんてどこにもない。大切なのは「いい歳だからこそ何をやるか」という心意気なのである。

会社員と違って起業家に定年があるわけではない。まだまだやりたいことが山積みだ。あれもやりたい、これもやりたい。そう思い続けて、初子との二人三脚でここまで走り続けてきた。それは今も変わらない。

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