Namuraya Thinking Space

― 日々、考え続ける ― シンプルで、しなやかに ― 

◎1940 『英語のお手本−そのままマネしたい「敬語」集』 >マヤ・バーダマン/朝日新聞出版

ずっと手元に置いてあったのだが、良い意味で、なかなか感想を書く気になれなかった本。「良い意味で」とは、きちんと咀嚼してから感想を書きたいと思い、温めておいたということ。奥付を見ると第5刷発行が2015年11月となっている。いつ頃購入したかも覚えていないが、恐らく東京の書店で見かけて買ったのであろう。

英語にも敬語があるらしいぞ、と知ったのはその前後。しかしながら、中国と香港で英語を覚えた私にとって、ブロークン・イングリッシュこそが、世界共通語だと開き直っており、とにかく通じればよいと思っていた。しかしながら、次は出来れば欧米で働いてみたいと考え始め、そうであれば少しは洗練された英語も必要だと思い、評判になっていた本書を手にした次第。

しかしながら、高尚な英語は私にとってはハードルが高く、まどろっこしく、文法が嫌いなように、本書も毛嫌いして読み進めることができなかったのだ。その内読まなければと、本棚の目立つところに置いておいたにも関わらず、放置されていた一冊。それが、急に活躍するようになったのはアメリカの駐在が決まってから。

現地の同僚とやり取りをするのに、やはり丁寧な英語を使いたいと思い、本書を参考にするようになったのだ。実はこの他にももう一冊、英語でのメールの書き方についての本を持っているのだが、そちらは逆に文例が多すぎて使えない(どの例文を使えばよいか迷ってしまう)。その点、本書は160ページという手軽さで、いたってシンプルな構成。まさに私にピッタリの教科書である。

最初から最後まできちんと精読し、例文を全てノートに書き写してみた。その上で、よく使う表現が含まれているページには付箋をつけ、いつでも参照できるようにした。特に使用頻度が高いのが「依頼」「意見」「感謝」に関する言い回しであろうか。これに「謝罪」(めったに使わないが)が加われば、私の仕事の大半はカバーしてくれる。

完全に咀嚼できたとは言えないが、使い始めて3カ月、本書を参照する回数は随分と減ってきた。ビジネスというのはある意味ワンパターンであり、依頼や意見を言う中身は変わっても言い回しはさほど大きく変わらない。何度も本書を見ながら、見よう見まねで英文メールを打っているうちに、少しずつ手の方も慣れてきたと言えようか。

とにかく、ワンランク上の英語を目指したい方には必須の名著と言えよう。



【目次】

0 英語の「敬語」
1 メールの基本
2 招待する・依頼する
3 問い合わせる
4 電話対応
5 謝罪する
6 確認する・催促する
7 お知らせする
8 意見を述べる
9 毎日のオフィス英語

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在宅勤務でアメリカの仕事を始めて早4カ月。まだリアルに会ったこともない同僚との会話も少しずつスムースになり、英語でのやり取りにも徐々に慣れてきた。

しかしながら、外国人と外国の言葉で仕事をしていると、なぜか思考回路がいつもと違う働き方をしてしまう。現在、アメリカでもとあるプロジェクトに関与しているのだが、日本では出来た判断が、うまくできていないことを自覚している。

英語で仕事をするということを意識し過ぎているのだろうか。日本でプロジェクトに関与していた時には、課題に直面しても、A案かB案か、どちらかの案で進めれば事態は打破できる、という確信めいたものを持つことができた。また、一見収拾が付かなくなったような混乱した局面でも、課題はこれとこれとこれ、といったように論点を整理することもできた。むしろ、こういった仕事に道筋をつけたり、課題をロジックで整理したりするのは、得意分野であった。

冷静に考えると、外国人と外国語で仕事をしていても、それらの本質的なところは変わらない。思考回路は同じでよいはずである。むしろ日本的な忖度を削ぎ落したロジックの方が有効かもしれない。

これまで積み重ねてきた経験と、それなりに頑張ってきた訓練の成果を、今こそ活かすべきである。アメリカの仕事をしているのに、日本語で考えすぎるのはよくないが、根本的な思考は日本語で行おうが、英語で行おうが結論は同じはず。むしろ不慣れな英語で考える方が、結論はシンプルになるかもしれない。

以前にもブログで書いたことだが、恐らく英語で抽象思考がまだまだできていないことが一因ではなかろうか。そうであれば、まずは日本語で思考してみてもよい。何だか、変な意識をしすぎて自分の強みを発揮できていないように感じて、反省した次第。とにかくしっかり考えることで、論点は整理できる。後はそれをどうやって表現して、皆に分かってもらえるかという工夫をするのみ、

困ったときはシンプルに考えるのが、最も近道であるということを改めて思い知った。。。

○1939 『トヨトミの野望−小説・巨大自動車企業』 >梶山三郎/小学館

背表紙あらすじ:愛知県豊臣市に本社を構える世界的自動車企業、トヨトミ自動車。フィリピンに左遷されていた武田剛平はどん底から這い上がり、社長に昇りつめた。創業家とはなんの関係もないサラリーマン社長はその豪腕で世界に先駆けてハイブリッドカーの量産に挑戦する。いっぽう、創業家出身の豊臣統一は入社以来、豊臣家の七光りと陰口を叩かれながらも、いつの日か武田剛平を越えてやろうと野心を抱いていた。自動車王国アメリカでのロビー活動、巨大市場中国の攻略、創業家との確執―世界と戦う企業の経済戦争を描いた衝撃フィクション!

Amazonプライムの読み放題にリストアップされていたもの。どこかで聞いたことがあるタイトルだと思い、ダウンロードする前に検索してみるとなかなか面白そう。(ちなみにどこかで聞いたことがあると思っていたのは『プリンセス・トヨトミ』だった。こちらも未読)

フィクションということにはなっているが、トヨタ自動車の内幕を小説仕立てで書いた物語である。読めばすぐにそれと分かる人物像。少しWebを検索しただけで、下記のような情報ソースにたどり着くことができる。

・武田剛平→奥田碩氏(現トヨタ相談役、元経団連会長)
・御子柴宏→張富士夫氏(現トヨタ名誉会長) 
・豊臣統一→豊田章男氏(現トヨタ社長)
・豊臣新太郎→豊田章一郎氏(現トヨタ名誉会長、元経団連会長)

私自身、豊田章男氏に対しては、さほど悪い印象は持っていなかったのだが、本書を読むと少しがっかりするような人物として描かれている。しかしながら米国で起こったリコール事件をきっかけに、人物が大きく成長したとのこと。私が知っている章男氏は、生まれ変わった後だったのだろう。

社内政治や軋轢を描いた小説は、高杉良の作品でたっぷりと堪能したので若干食傷気味だったのだが、本書は読んでいて非常に面白かった。あのトヨタ自動車がと想像しながら読むから面白いのだろうか。我ながらちょっと野次馬根性が入っているなと、反省もしたり。

興味深かったのはアメリカにおけるロビー活動。「ロビー活動」という言葉は聞いたことがあったが、具体的に何をしているのかはよく理解していなかった。特に大企業になればなるほど、経済活動をしていく上で、各種規制が自社に良い影響を与えるか悪い方向に働くかなど、政治的な動きが必要になることもあるだろう。自動車メーカーの意外な一面を垣間見た気がした。私が赴任する米国法人の規模では、このようなロビー活動とは無縁だとは思うが、こういった動きがあるということを知っておいて損はないと感じた。

それでは強烈な個性を持つ武田社長の言葉を中心に、気になったところを引用。

・フィリピン駐在時代の武田に大学の同窓会を作ろうと持ちかけたところ「そんな暇があるならひとりでも多くのフィリピン人と知り合いになれ、汗をかいて走り回れっ」

・(堤の父親の回想)「トヨトミの本社は凄いんだぞ、役員フロアの廊下はいつもオイル塗れなんだ、と。全役員がしょっちゅう工場を見て回り、技術者や作業員と膝詰めで話し合い、生産ラインを前に改善と研究を重ねるから靴がオイルで汚れるのだそうです。そのオイル塗れの靴のまま役員室に駆け込み、ばりばり仕事をこなすんですね」

・「おまえら、アメリカがどれほど怖い国か知らんだろう。あれほど国益に敏感な国はない。うちがこのまま輸出を続ければ、貿易摩擦が再燃してしまう。いまは目先の儲けより、アメリカの感情を損なわないことが大事なんだっ」

・「ずっと読みたいと思っていたチャーチルの『第二次世界大戦』とギボンの『ローマ帝国衰亡史』、それに『ドン・キホーテ』『平家物語』だ」

・「ビジネスは戦争です。社長はその最高指揮官です。最高指揮官の仕事は会社が進むべき方向を社員に示すことに尽きます。方向を誤ってしまえば会社は破綻し社員とその家族は路頭に迷います。どうか怯むことなく、臆することなく、全世界三十万人の社員に正しい針路を示していただきたい。我らがトヨトミ自動車がさらなる五十年、百年を生き抜くために」 そして最後、こう記してあった。「進むも地獄、退くも地獄。ならば統一さん、進みませんか。想像を絶する逆境のなか、ひたすら戦い続けて、前のめりに斃れていった豊臣家の人々の、その強靱な気高き魂を引き継ぐあなたであれば、必ずや成し遂げられます。私はあなたの力量を信じています」


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仕事の夢はほとんど見ないのだが、何だか妙にリアルな夢を見てしまった。

会社の同僚が、とあるセミナーを受講して、その代金を会社に負担してもらっている。毎年実施されるセミナーで参加費が8000円。会社にとっては微々たる経費だが、個人にとってはそれなりの金額。しかしながら、このセミナーの代金は、当日のテストの結果が優秀だと還付される仕組みになっている。

その同僚は、毎回成績優秀であり、還付金をもらっていた。問題は還付先で、支払い時は会社負担にも関わらず、還付を個人の口座に実施していたのだ。専門的なセミナーだったので、当社からはその人しか参加していなかったのだが、たまたま別の同僚が必要に駆られて参加し、発覚した。

同僚はとても真面目で不正などしそうにないタイプなのに、なぜと皆が不思議がる。どうやら悪気なく実施したのではなく、確信犯のようだ。

同僚がその後どうしたか判明しないまま目が覚めたしまったのだが、何とも気持ちが悪い。小説かドラマで似たようなシーンがあったのなら理解もできるのだが、そんなこともなかった。何故こんな夢を見てしまったのか、何かの暗示か前触れか。。。

◇1938 『老人と海』 >ヘミングウェイ/光文社文庫

背表紙あらすじ:数カ月続く不漁のために周囲から同情の視線を向けられながら、独りで舟を出し、獲物がかかるのを待つ老サンチャゴ。やがて巨大なカジキが仕掛けに食らいつき、三日にわたる壮絶な闘いが始まる…。決して屈服しない男の力強い姿と哀愁を描く、ヘミングウェイ文学の最高傑作。

私のKindleの蔵書は「コレクション」という機能を利用してカテゴリー別に整理している。シェイクスピアは「古典」カテゴリーなのだが、同じところにヘミングウェイの『老人と海』を保管してあるのに気がついた。ヘミングウェイといえば、シカゴの出身。こちらも読んでみたいなと手に取った。

アメリカ人の作家に関してはどの時代を生きた人物なのか時間的な知識が全くなく、ヘミングウェイも古い作家だという認識で、1700年〜1800年代だと勝手に思い込んでいた。ところが冒頭の港のシーンで、トラックが出てきたり冷蔵庫が出てきたりして、ガソリンや電気が普及している時代の物語だと知る。意外と新しい物語だということにちょっとびっくりした。

『老人と海』という作品は、中学生の頃だろうか、教科書で一部を読んだ記憶がある。しかしながら、そんな記憶は忘却の彼方、まったくの新しいストーリーとして読み進めることが出来た。主人公である老人は漁師だが、80日以上も不漁であり、勝負を掛けようと沖合まで船を走らせる。

そこで出会った大物との格闘。手に汗を握るシーンだ。大変な場面にもかかわらず、ふと野球の試合結果のことが気になったりするのがリアリティを増している。余計なことを考えるな、いまは魚に集中するんだ、という独白が心に響く。

本書も電子書籍で読んだのだが、ページの右下にどの程度まで読んだのか進捗率(パーセンテージ)が表示されている。2日間にわたる苦闘の上、ようやく獲物を仕留めた老人。しかしながら、本のパーセンテージは50%を少し超えた程度。これで終わりではないのか。。。

獲物が大きすぎて船には乗せることができず、ロープで船の側舷に縛りつけて帰路を急ぐ老人。しかしながら獲物を仕留める際に銛を使ったため、魚の血が流れだしており、その臭いに釣られて鮫がやってくる。物語の後半は鮫との格闘だ。

せっかく釣り上げた獲物が、じわりじわりと鮫に奪われていく様は、読んでいられなかった。ページを繰る手が重くなる。結局、頭と尻尾だけを残して鮫に食べつくされてしまう大物。無事に帰還できていれば一冬越せる程度のカネが手に入っただろうに。

何とか港に戻った老人はそのまま小屋に戻って眠りこけてしまう。しかしながら、港では残っていた頭と尻尾、そしてそれをつなぐ背骨から、老人が大物と格闘したことを皆が知ることになる。獲物は失われてしまったが、老人は名誉を守ったのだ。

ほんの数人の登場人物だけで、ここまでの作品を描いた筆力。何かを暗示しているかのような老人の生き様。シンプルなストーリーだけに、いろんなことを考えさせられてしまう。シェイクスピアとは違った、生々しい「悲劇」は、短いながらも読みごたえのある作品だった。

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池上彰氏の『そうだったのか!アメリカ』では、アメリカの時事問題などをテーマにした映画を紹介している。『ゲット・オン・ザ・バス』、『ロジャー&ミー』、『ミシシッピー・バーニング』などだ。その中の1つが今回視た『大統領の陰謀』である。

有名なウォーターゲート事件を新聞社であるワシントンポストがすっぱ抜き、それを機に事件が明るみに出ていくという実話を元にしたストーリー。ロバート・レッドフォード、ダスティン・ホフマンという名優がダブル主演、新聞社の若手を好演している。

新聞記者とはこのようなものなのであろうが、電話での突然の取材、アポなしの自宅訪問など、バイタリティ溢れる取材魂がすごい。遠慮がちな自分には出来ないなぁと思いながらも、心の中で頑張れと応援しながら視聴した。

アメリカの民主主義、報道の自由を象徴するような作品。新聞記事で政権が変わるなど、中国やロシアでは考えられないし、あってはならない事象であろう。振り返って今の日本は、報道機関が一様に安倍政権に忖度する有様。日本は、その平等性から「成功した社会主義国家」とも呼ばれていたが、経済だけでなく政治面まで社会主義化してしまっては、先行きが心配である。

一方で今のアメリカは、大統領選を前に、過去とは一味異なる選挙戦が繰り広げられている。インターネットやツイッターを使った選挙活動や、事実かどうかは不明だが、第三国からの協力を元にしたフェイクニュースによる攻撃。しかしながら、時代は変わりツールは変われど、やっていることは同じ。表面的な動きではなく、本質を見極めなければならないのだろうなぁ、などと、考えさせられる映画であった。

◇1937 『オセロー』 >シェイクスピア/新潮文庫

背表紙あらすじ:ムーア人の勇敢な将軍オセローは、サイプラス島の行政を任され、同島に赴く。副官に任命されなかったことを不満とする旗手イアーゴーは、策謀を巡らせて副官を失脚させた上、オセローの妻デズデモーナの不義をでっちあげる。嫉妬のあまり、妻を自らの手で扼殺したオセローは、すべてが、イアーゴーの奸計であったと悟り自殺する。シェイクスピアの後期の傑作で、四大悲劇の一つ。

『ハムレット』につづいてのシェイクスピア作品。『ハムレット』が思いのほか読み易かったので、続けて読んでみることにした。

本書『オセロー』は一言で言うと「嫉妬の物語」と言えようか。同僚に嫉妬する男性が、男女間の嫉妬を利用して狡猾に立ち回る話だ。しかしながらその企みは露見してしまい、予想通り悲劇の結末を迎える。

本書が書かれたのは400年も前のことだが、いつの世の中も変わらないのだなと、ある種の「人間」という生き物に対する諦念すら感じる。出口治明さんが、人間は1万年以上も能力的には進化・進歩していない、とおっしゃっていたのを思い出す。

他人からの嫉妬を避ける最大の方法は、謙虚に生きることであろうか。アイツなら仕方がないと言わしめるくらい人よりも努力をすることであろうか。

物語そのものは、スラっと読めてしまい、少し物足りない感じがした。訳者による「解題」でも、本書は他の悲劇と比べると少し毛色が異なるというようなことが書かれていた。まだ2冊しか読んでいないので、まずは他の作品も楽しんでから、総合的に評価すべきなのかもしれないが。

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アメリカの仕事のポーションが増えるにつれ、当然のことながら英語のメールが増えてくる。時には容赦のない長文メールが来たり、数十ページもあるワードやPDFが添付されていたり。。。これまでも、英語のペーパーバックを読んだりして、長文英語に対するアレルギーを無くす努力はしてきたものの、やはり「抵抗感」は隠せない。

仕事で使う単語というのは限られているので、よほど特殊な用語でない限り、辞書を引くことは少なくなってきた。また、ノートPCでメールを読んでいるので、分からない単語はすぐに「英辞郎」などの辞書サイトで確認することができる。

アメリカの仕事を始めたばかりの頃は、英文メールに関して、感覚的に「読むのに1.5倍、書くのに2倍」くらいの時間がかかっていた。これが日々大量のメールをこなすことによって、「読むのに1.3倍、書くのに1.8倍」くらいにはなってきたと思う。

しかしながら、たまに日本語のメールがくると、ついついそちらを先に読んでしまい、そちらに返信を書いてしまっている自分がいる。結果として、英文メールへのレスポンスがワンテンポ遅くなってしまっているのではないかと反省している。

メールを溜めるのは好きではないので、遅くとも翌日中には何らかのリアクションをするようにはしているものの、きちんと優先順位を考慮して対応しなければいけない。やりやすい仕事からやるのではなく、やるべき仕事からやる。いつも部下や後輩に言っていたことが、出来ていないのが情けない。

心理的な抵抗感が大きいのか、なかなか改善できないので、付箋紙に大きく「英語のメールから優先的に対応!」と書いて、PCに貼り付けてみた。常に目にすることで、少しは変わるとよいのだが。。。

◇1936 『ハムレット』 >シェイクスピア/新潮文庫

背表紙あらすじ:城に現われた父王の亡霊から、その死因が叔父の計略によるものであるという事実を告げられたデンマークの王子ハムレットは、固い復讐を誓う。道徳的で内向的な彼は、日夜狂気を装い懐疑の憂悶に悩みつつ、ついに復讐を遂げるが自らも毒刃に倒れる―。恋人の変貌に狂死する美しいオフィーリアとの悲恋を織りこみ、数々の名セリフを残したシェイクスピア悲劇の最高傑作である。

気分転換に小説を読みたい気分になったというのは『渚にて』で書いた通り。Kindleのほしいものリストには、沢山の候補となる小説を入れてあるのだが、よく考えたら購入済みの積読本が残っている。PDFにしてiPadに入れてある小説が何冊かあるので、まずはそちらから読み進めることにした。

と言っても、面白そうな小説は先に読んでしまうので、残っているのは古典ばかり。多いのはシェイクスピアの作品群。読書好きなのに、シェイクスピアも読んだことがないというのは情けないかなと思い、古本屋でまとめ買いしたもの。古典という意味では、日本の作家、例えば夏目漱石、芥川龍之介、太宰治などの作品も未読が多いのだが、こちらは青空文庫なども出ているので、ついついいつでも読めると考えてしまっている。。。

さて、最初に手にしたのが『ハムレット』。シェイクスピアの四大悲劇と言われるシリーズの一冊だ。ちなみに四大悲劇とは『ハムレット』『オセロー』『リア王』『マクベス』。シェイクスピアは1600年頃の劇作家だが、今でも小説家や脚本家に多大なる影響を与えているとのこと。しかしながら、私にとってはなかなか敷居が高く、ずっと積読本になっていたのだ。

読み進めてみると200ページほどの作品であり、しかも脚本の台詞形式なので、すらすらと読み進めることができる。ストーリーも面白く、途中で飽きたり、難しくて分からないといったこともなく、一気に読了できてしまった。これならば、もっと早く手に取っておくべきであっただろうか。

しかしながら、こういった人間模様を描いた作品は、若い頃の私には咀嚼できなかったのではなかろうか。ミステリーなど、心理描写よりもストーリーそのものの面白さに惹かれて読書を始めたため、恐らく若い頃の私には本書の面白さは理解できなかったであろう。

物語は父を殺した叔父と王子ハムレットの確執を描いたもの。王子が狂人のふりをして吐いていく台詞がなんとも文学的で面白い。訳文は若干古めかしい日本語だが、その古めかしさが物語に重厚感を与えている。有名な「生か、死か、それが問題だ」という台詞も登場し、なるほどこの場面での言葉だったのか、と妙な感動をしてしまった。

ラストシーンは壮絶。なるほど悲劇の代表作と言われる所以であろう。ハッピーエンドが好きな私好みのラストではなかったが、何故か納得感のある、腹落ちするラストであった。

この調子で、一気にシェイクスピアの作品を読み切ってしまおうか。。。

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まだまだ外には出づらい雰囲気であり、週末の気分転換に視聴した映画。調べてみると1994年の作品なのだが、私が見たのはレンタルビデオで97年頃ではないかと思う。たまたまある方のブログを読んでいて、一番好きな映画だと書いてあり、懐かしくて見てみる気になったもの。何となくあらすじは覚えており、ラストがハッピーエンドだというのも見ようと思った一因である。(この時期に暗い映画は見たくないので)

あらすじを何となく覚えていると書いてはみたものの、細部のストーリーは適度に忘れており、初めて見る物語のように楽しむことができた。主人公のアンディを演じるティム・ロビンスの元銀行家然として不思議なたたずまいと、刑務所内の「調達屋」であるレッド(モーガン・フリーマン)のはにかんだ笑顔が素晴らしいと感じた。

アンディの趣味は鉱物学で、石を削ってチェスの駒を作るのが刑務所での有り余った時間を過ごす気晴らし。そのための小さなロック・ハンマーをレッドに調達してもらうところから二人の友情が始まる。

本作品の原題はスティーブン・キングの中編小説『刑務所のリタ・ヘイワース(Rita Hayworth and Shawshank Redemption)』だそうだが、作品中に受刑者向けの娯楽映画として登場するリタのポスターをアンディがレッドに調達してもらうというワンシーンも。

アンディは他の受刑者からの執拗な嫌がらせに苦しめられながらも、何とか刑務所で生き延びていく。その内、銀行家時代に培った会計や税務の知識を使って、所長や刑務官からの信頼を得ていくことになる。

こういったちょっとしたエピソードが、絶妙な伏線になっており、ラストの大団円へと収斂していく様は、これぞ映画、という醍醐味である。ラストシーンでは号泣はしなかったものの、ほっこりした気分で少しだけ目頭が熱くなった。週末の昼下がりに見るには最適の素敵な映画。

このブログは2003年から継続しており、エントリー数もかなり多くなってしまった。個人的な外部記憶装置の役割を果たしており、読書で得た知識・考えたことを記録しておくのに加え、ライフログ的な役割まで果たすようになってきている。

しかしながら、知識というのは自分なりに咀嚼して定着させることが重要であり、ともすればブログに書いた安心感から、内容を失念してしまっていることも多い。(まぁブログに書かなくても忘れるときは忘れるし、そもそも読書内容をあまりにも覚えていないことに愕然としてこのブログを始めたのだが)

自分の記憶力の低さは大いに自覚しているので、どこかでブログをきちんと読み返したいと思っているのだが、なかなか時間が取れない。時系列にたどっていこうと、2003年の古いブログから読み始めてみたものの、1年分も読まないうちに挫折。それならばと記憶が新しい方から遡って読むことにトライするも、こちらも1年分程度で挫折。。。

次に考えているのはカテゴリー単位。幸い私のブログは読書と覚書の内容をカテゴリーで区分しているので、例えば仕事に直結しそうなものから読み進めるなどは、効果がありそうだ。と思いつつ、こちらもある程度まとまった時間が必要であり、今の私には難しそう。

できれば関連するエントリー同士をリンクで結び付けていきたいのだが、こちらも多少時間がかかる。気がついたところだけでも実行すればよいのだが。あとは、誤字脱字の修正。これだけ大量の文書を書いているので、そこかしこに誤字脱字が散見される。これも読み返して修正したいのだが、完璧主義は禁物かもしれない。

そんなことを考えながら、ある日ふと気づいたのだが、ときどき自分のブログ内をあるキーワードで検索することがある。仕事で煮詰まった時に「リーダーシップ」だとか「会計・考え方」とかのワードだ。そうすると、複数のブログがヒットするので、それらをざっと読んでいくことがある。

1つのキーワードをきっかけに、複数の記録や思考が混ざり合う瞬間。実は、過去に書評の重複を発見したのはこのキーワード検索によって。当然同じ本のことを二度書いているので、検索にひっかかる確率が高くなるのだ。

ブログのすべてを読破しよう、というのは目標としては面白いかもしれないが、非現実的。むしろ、上記のようなキーワードを頼りに、自分のブログ内ネットサーフィンのような気軽な感覚で臨む方が、新たな気付きを得られるかもしれないと思い始めた。そう、セレンディピティ。

◇1935 『外国人部下と仕事をするためのビジネス英語−指示・フィードバック・業績評価』 >ロッシェル・カップ/語研

海外駐在にあたって会社の事前研修に参加した際に紹介された本。ふと思い出したのだが、前回の海外赴任である中国に行った際は、人事異動の発令が6月1日と定期異動から外れていたため、この手の事前研修を受講できなかったのだ。自分なりに必死に勉強して、何とか大過なく任を終えることができたが、やはり知識というのは無いよりは有る方が良い。

本書のような書籍の紹介もその1つであろう。今でこそ、さまざまな経験を通じて、外国人との付き合い方もある程度は心得ているつもりだが、やはりこの手の本を読むと、自分が知らなかった「世界の常識」に触れることができる。また、本書ではそういったやり取りを会話の実例を用いて解説しており、非常に有用だと感じた。

特に日本人が苦手なフィードバックや給与アップの交渉など、日本語ですら難しいのにこれを英語で出来るのだろうかと不安になるような内容を、懇切丁寧に説明してくれている。もちろん、現実の世界はケース・バイ・ケースであり、本書を読んだからといって、すべてがうまくいくわけではない。しかしながら本書を読むことで、一程度の「心構え」が出来るのではなかろうか。

本書はタイトルこそ「ビジネス英語」と付されているが、むしろ異文化マネジメントの本である。初めての海外駐在の方、ある程度のポジションで赴任される方は、英会話の部分は読み飛ばして構わないので、解説部分を一読しておくことをお勧めしたい。



【目次】

はじめに

第1章 外国人は上司に対して、どんな期待を持っている?
・日本式マネジメントからグローバルマネジメントへ

第2章 指示の与え方
・外国人に対して指示を出すとき、どのくらい丁寧にすべきか?
・期待された仕事をしてもらうためのコツ

第3章 フィードバック
・外国人にとって「言わぬが花」や「以心伝心」は通用しない。
 部下との良い関係を保つためのフィードバックの役割とは?
・日本にフィードバックが存在しない理由
・フィードバックがなぜ、外国人部下に使えるのか?
・フィードバックの種類
・ポジティブ・フィードバックの3つの基本ステップ
・ネガティブ・フィードバックを行う上での留意点
・ネガティブ・フィードバックの3つの基本ステップ
・ネガティブ・フィードバックの変形
・通常の仕事の中でのフィードバック

第4章 仕事ぶりに問題がある時の対処法——1回だけの失敗・問題の場合
・外国人部下が失敗・問題を起こした時の対処法とは?
・怒鳴るマネージメントは通用しない
・「叱る」ことに関する日本独特の文化

第5章 仕事内容・仕事ぶりに問題がある時の対処法——パターン化している場合
・日本人の上司は問題を放置する傾向にある
・コーチングとカウンセリング
・部下の仕事ぶりに問題がある時、どのような対処をすべきか?
・外国人部下からの謝りの言葉を期待しない
・Progressive Discipline(段階的懲罰制度)とは?

第6章 勤務評定(Performance Evaluation)をする
・日本人と外国人の考える勤務評定にはギャップがある
・日本企業の勤務評定は、形式的に行われる場合が多い
・欧米の勤務評定は上司と部下の真剣勝負の場である
・勤務評定の目的
・勤務評定のために記録をつける
・勤務評定で日本人管理職が犯しやすいミス
・部下とよい勤務評定を行うのに必要なこと
・勤務評定で使える表現

第7章 部下が昇給の依頼をした時の対応の仕方
・外国人と日本人の給料に関する意識の差
・給与は同業社のそれと常に比較してみる
・日本人と外国人の給与交渉に対する考えは大きく違う
・給料の交渉の仕方
・昇給依頼への対応で気をつけること
・昇給依頼に対する具体的な対応

第8章 部下の職務内容(Job Description)に追加・削除を行う場合
・新しい職場になった場合、どうやって仕事を始めるべきか?
・外国人社員に理解しがたい日本式の曖昧な職務内容
・ジョブ・ディスクリプション(職務内容記述書)とは?
・日本人管理職がジョブ・ディスクリプションの作成を嫌がる理由

第9章 仕事のプライベートのバランスの問題について部下と話す
・外国人の仕事とプライベートのバランス
・残業の必要性に対する考え方の違い
・海外企業と日本企業の雇用事情
・アメリカで流行するワーク・ライフバランス
・仕事とプライベートのバランスについて話す

第10章 部下に残業を依頼する
・外国人と日本人の残業に対する意識
・日本企業の残業に対する意識改革の必要性
・外国人部下に残業を頼む

第11章 部下から他の社員の行動や振る舞いを報告された場合
・部下の不満や苦情に対する上司の役割
・苦情の対応の仕方
・セクハラがあった場合の上司以外の人の責任

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新型コロナウイルスの影響で、他の新規赴任者の方はどうしているのだろうかと「新規赴任」といったキーワードで検索していたところ、面白いブログに出会うことができた。いくつか興味深いエントリーだあったのだが、その中でも特に気になったものを紹介させていただく。

信頼関係
1. 新米駐在員が現地アメリカ人社員の信頼を得るためには5つの心構えが重要
 1)クイックレスポンス
 2)結論を曖昧にしない
 3)相手の領域では相手の手法を尊重
 4)プライベート(家族)>仕事を理解
 5)本社を都合のいい言い訳にしない
2.信頼関係を構築するには、時間をかけて小さなことをコツコツ積上げていくしかない
3.5つの心構えを常に意識して継続していけば、必ず相手からの信頼を勝ち得ることが出来る

コミュニケーション
1.駐在員が現地アメリカ人社員と仕事でうまく付き合っていくには3大コミュニケーションノウハウの実行と継続が大切
 1)1日1回は直接話をする
 2)相手の一番大事なこと(家族)に関心・興味を持つ
 3)本社への報告時に名前を出す
2.良質なコミュニケーションを取るには相手を待つよりもこちらから積極的に歩み寄っていくほうが効率的
3.この3大ノウハウの実行を継続していけば、お互いの意思疎通がよりスムーズになり、仕事が今よりもっとうまく回る

◇1934 『花王の経理パーソンになる』 >吉田栄介/中央経済社

自動車免許の期限延長をする際に、久しぶりに水戸駅の大型書店へ行って見つけた本。新型コロナウイルスの影響で書店へ足を運ぶ機会がほとんどなくなってしまい、以前にも増してAmazonに頼ってしまっていたので、久しぶりの書店は非常に心地よかった。やはりネット書店では味わえない、本との出会いというのを感じることができる。本書もたまたま会計のコーナーで見かけて、そんな類の出会いであった。

しかしながら、読み始めてみると内容は経理の初心者向けのもの。新入社員から入社数年目の人向けに書かれたものと言ってよいであろう。よって、結果としては既知の情報が多く、パラパラと読み飛ばす程度の読書になってしまった。

とはいえ「花王」という経理の世界では優等生の会社の内情を、ここまで細かく説明した書籍は資料として貴重である。ところどころ「へぇ花王ではこんな管理をやっているんだ」と手を止めて熟読するところもあり、楽しい読書であった。特に印象的だったのは直接原価計算という手法を採択している点。財務会計と管理会計を完全に切り離し、目的に応じた手法を選択しているところが花王らしいと感じた。

経理関係の新入社員のみならず、他社事例を研究したい方にとっても、よい資料になる書籍である。私も、しばらくは手元に置いておこうと思っている。



【目次】

序章 入社から研修期間前半
第1章 研修期間後半
第2章 工場経理
第3章 本社管理部管理会計グループ
第4章 本社財務部
第5章 経理企画部

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在宅勤務では、メールとビデオ会議が仕事の中心を占める。最近は少し落ち着いてきたが、アメリカと工場の仕事を掛け持ちしている時は、1時間置きにほぼ終日、ずっとビデオ会議という時があった。そうなってくると、集中力が続かない。

会議にも2種類あり、自分が主体的に切り回したり発言したりするものと、どちらかというと聞いているだけのもの。後者の場合は油断をすると、ふと違うことを考えてしまっていたり。特に英語の場合、少し気を緩めると、何を言っているのかロストして分からなくなってしまうことがある。日本語なら途中からでもキャッチアップできるが、英語の場合、テーマが変わるまでずっと議論についていけないことも。

これではまずいので、集中しようとするのだが、睡眠不足だったり、他に気になることがあったりすると、とたんに雑念に囚われたりしてしまう。どこかで聞いたことのある状態だなと思っていたら、ふと「そうだ、マインドフルネスと同じだ」と思い至った。

体調や心の状態がノーマルだと、「聴く」という行為もきちんとできるのではなかろうか。それでなくとも、英語のリスニング力はもっと鍛えなければと思っているので、他のことを考えている場合ではないのだ。

しかしながら画面をじっと見つめて、集中して耳を澄ませるというのはとても疲れる行為。1時間の会議が終わると、どっと疲労を感じる。うまく休憩をとったり気分転換して、集中できる状態を維持しなければ。もっと英語が上達して、よい意味で「聞き流せる」ようになると良いのかもしれないが。。。

ただし、会議や話の内容によって聞き流していけないこともたくさんある。やはり会話の内容をしっかりと理解していないと、その区別すらできない。まだまだ道のりは長いが、まぁ一歩一歩頑張るしかないのだろうなぁ。

◎1933 『CFO・最高財務責任者の新しい役割』 >ジェレミー・ホープ/ファーストプレス

五常CFOの堅田さんが紹介していた本。素晴らしい本であり、文句なしの◎であった。読み進めるのに苦労し、読了までに1カ月くらいかかってしまったが、じっくりと熟読すべき価値のある本。

アメリカの現地法人で仕事を進めるにあたって、本書は本当に参考になった。どういった仕事をすべきかと思い悩んでいたところに、一筋の光明が見えたような感覚。

もちろん、現地の状況を自分なりに把握し、自分の頭で考えて、自分で行動に移さなければならない。本から得られる知識や情報はほんの一握りであることは自覚をしつつも、何の武器も持たずに闇雲に一歩を踏み出すよりは、少しでも理論武装して前に進む方がリスクは少ないであろう。

アンテナを高くしていれば、必要な情報に巡り合うことができるという好例かもしれない。このタイミングで本書に出会えたことに感謝。これまでたくさん読んできた財務系の本のなかで、一番腹落ちするものだった。

私はいつも良書に出会った際は、あえて引用をしないようにしている。何度も再読をすることが前提だからだ。本書もそのポリシーに則り、感想を書くに留めておく。しばらくは座右の書になりそうだ。



【目次】

序章
第1章 CFOは自由の戦士である
第2章 CFOはアナリストでありアドバイザーである
第3章 CFOは変化適応型マネジメントの設計者である
第4章 CFOはムダに立ち向かう闘士である
第5章 CFOは業績測定のリーダーである
第6章 CFOはリスク管理の達人である
第7章 CFOは業務変革のチャンピオンである

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ふと頭に浮かんだのが「壁を壊す」というキーワード。

まず目の前の壁を壊す。障害物を取り除き、前に進んでいく「挑戦」のイメージだ。

次に頭の上にある壁を壊す。壁というよりもガラスの天井という方が適切かもしれないが。固定観念や諦めを排して、上に登っていく「成長」のイメージ。

そして左右にある横の壁を壊す。こちらは組織論的なサイロを打破しようというものであり、「協働」のイメージ。

我ながら面白い発想ではないかと思ったのだが、ここまで書いてMECE的に後ろと下はどうなのかと考えてしまった。

後ろ、つまり背後には壁があった方がよいであろう。背中を守られている安心感がある一方、これ以上後ろには下がれない、背後を絶つという「覚悟」のイメージが生まれてくる。

下は地面であり、自分が立つ拠り所。「基礎」のイメージであり、こちらもしっかりしていた方がよいであろう。

こういった概念的な話が、英語でもできるようになるといいんだけどなぁ。。。

○1932 『渚にて』 >ネヴィル・シュート/創元SF文庫

背表紙あらすじ:第三次世界大戦が勃発、放射能に覆われた北半球の諸国は次々と死滅していった。かろうじて生き残った合衆国原潜“スコーピオン”は汚染帯を避けオーストラリアに退避してきた。ここはまだ無事だった。だが放射性物質は確実に南下している。そんななか合衆国から断片的なモールス信号が届く。生存者がいるのだろうか?―一縷の望みを胸に“スコーピオン”は出航する。迫真の名作。

在宅勤務でずっと机に座りっぱなしでいると、読書しようという気力が失せてしまう。あれほど本好きだったのに、読書が少し億劫に感じてしまっている。仕事で集中力を使い果たしているのか、読書に集中できないのだ。これではいかんと、娯楽性のある小説を手にしてみることにした。

選んだのはずっと読みたいと思っていたネヴィル・シュートの『渚にて』。どれくらい「ずっと読みたいと思っていた」かというと、高校生の頃に遡る。当時、星新一さんから派生して筒井康隆さんや小松左京さんといった日本のSFにはまっていたのだが、確か筒井さんのエッセイで「終末物」というジャンルがあるのを知ったのだ。

当時は冷戦の真っただ中、核戦争が決して非現実的ではなかった時代である。筒井さん自身も『霊長類南へ』という核戦争後のSFパロディを書いており、それに関するエッセイだったと記憶している。もちろん小松さんの『復活の日』もその中の1冊なのだが、数冊紹介されていた終末物の中で『渚にて』というタイトルが、何とも素敵でずっと記憶の片隅にあったのだ。

高校生から約30年を経て、ようやく手にした作品。物語は世界の南端であるオーストラリアが舞台。ソ連が不凍港を得るために上海を奪いたいと考え、そこに核兵器を投下しようと考えたのだ。上海を始めとする中国各地は放射能で汚染されるが、ソ連は十数年で再び人が住めるようになると予測し、長期的な戦略を立てる。中国はこれに対抗し、ソ連を殲滅するのではなく、ロシアを大昔の農耕民族に戻すべく工業地帯を核攻撃していった。このどさくさに乗じてエジプトがアメリカを攻撃するなどして、世界は第三次世界大戦、つまり全世界的な核戦争に突入してしまった。これにより北半球は壊滅。それにとどまらず、核の汚染がじわりじわりと南半球へ忍び寄ってくる様を描いたのがこの作品である。

戦争はひとまず終結しているので、そこに描かれているのは非常に静かな世界である。潜水艦を利用して、北半球の状況を調査するも人類が生存している可能性はゼロ。そうしている間にもオーストラリアに核の影が近づいてくる。オーストラリアの人々は、一部で自暴自棄になりつつも、大半は今この時間を大切に生きようと、自分たちの生活を見つめなおす。

カーレースに興じる者、釣りに出かけるもの、ワインを飲むもの、家庭菜園を手掛けるもの。。。これまでの日常の延長に幸せがあるかのように、人々は普通の行為によって恐怖を紛らわせようと試みる。そんな有様が、妙にリアルであり、何度もページを繰る手が重くなってしまった。

放射能という目に見えない恐怖。まるで今のコロナ禍を彷彿とさせる世界であった。よりによって何故こんなに気持ちが暗くなる小説を選んでしまったのかと、自分を責めつつも、結局最後まで止められずに読了。名作と言われるだけあり、物語に深く深く引き込まれてしまった。

印象的だったのは主人公の妻が、軍人である夫に、この戦争を防ぐことができなかったのかと問うラストに近いシーンのこと。夫曰く「新聞で、もっと事実を伝えるべきであった。国民は暴力事件やスキャンダルばかりに目をひかれ、政府もそんな国民を正しく導けるほど賢くなかった」。政治の汚点を他のニュースで誤魔化そうとする今の世の中は、数十年前と何も変わっていない。いやむしろインターネットの発達でフェイクニュースが溢れており、事態はより悪くなっているかもしれない。

こういう今だからこそ、長く読み継がれている物語をもう一度真摯に読み返してみるべきなのかもしれない。

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川野泰周さんという方の瞑想(マインドフルネス)に関するオンラインセミナーを見る機会があった。このブログに何度かエントリーしている「情報過多」の時代にどう対処していくかの、1つの解のように感じた。

・マインドフルネスの定義=今この瞬間の体験に注意を向け、評価をせず、とらわれのない状態で見ること。

・マインドフルネスとは「1つのことに集中している状態。余計なことを考えない状態」

・アウェアネス(気付き):外から入ってくる情報や、自分の内部から湧いてくる情報に気付くこと。

・アクセプタンス(受容):情報をありのまま受け入れるようになること。

・マインドフルネスはアウェアネスを高めたうえで、アクセプタンスする技術。アウェアネスの感覚が過剰だと他人の言動に神経質になってしまうし、感覚が鈍いと相手のことを考えない言動を取ってしまう恐れがある。アウェアネスを高めたうえで、その事実を受け入れるように(アクセプタンス)するのがマインドフルネス。→幸せを感じる力を高めること。

・生活の中では物事に集中できずに、他のことを考えている時間が半分もある。Wondering Mindといい、心がさまよっている状態、心ここに在らずの状態。

・スマホやSNSの発達で、人々は常に情報を「待ち受け」ている状態になっている。これをデフォルト・モード・ネットワークという。新たに入ってくる情報に対応するために、脳の半分のパワーを使っている。情報端末に囲まれているため、過剰状態に陥っている。

・マインドフルネスの具体的なメソッド:
1.背筋を伸ばして座る。
2.手のひらを上に向けて胸を開くようにする。
3.ゆっくりと呼吸をし、その呼吸に意識を集中する。
4.目は半眼にして、目の前をボーっと見る。目を閉じると雑念が浮かんできやすい。
5.呼吸に集中しきれず、雑念が浮かんできたら、また呼吸に意識を戻す。

・雑念が浮かんでくるのは普通のこと。集中するのは難しいこと。雑念が湧いてきたら、それを受け入れることも重要。

・禅の教え:雑念があると地獄、心をここに置くと極楽。

・禅の教え:念起こらばすなわち覚せよ、これを覚すればすなわち失す。(雑念が浮かんできたらそれを自覚すること、自覚することで雑念は消えていく)

・書籍紹介:ジョン・カバットジン氏の『マインドフルネスストレス低減法』、グーグルの『サーチ・インサイド・ユアセルフ』

・不安な出来事に遭遇した際、理性で感情を押し殺す人と、不安な出来事を在るがままに受け入れる人がいる。前者だと、バーンアウト(燃え尽き症候群)してしまうリスクがある。後者は坐禅などを習慣にしている人に多い。

・自尊心ではなく「自慈心」を高める。自尊心は他人からの評価に依存するもの。それに対して「自慈心」は自分を大切にする心。自利があってこそ利他が成立する。

・慈悲の瞑想:大事な人の顔を思い浮かべて「あなたが幸せでありますように、あなたが健康でありますように、あなたが幸福でありますように、あなたが安らかに暮らせますように」と呟いてみる。次に「あなた」を「わたし」に替えて呟いてみる。自分を大事にする感覚を養う。


マインドフルネスの実践にあたっては、寝転がって手足や背中と床や布団との「接地面」を意識するという手法もある。過呼吸の症状を抱えている人などは呼吸を意識するよりも、接地面を意識する方がよいのかもしれない。

私の場合、今のところ次のような手順でマインドフルネスを試してみている。

1.寝る前に仰向けになって姿勢を整え(体をまっすぐにして)、身体を弛緩させる。
2・手のひらを上に向け、腕は身体と並行してだらんと伸ばした状態にする。
3.寝ていても意外と緊張しているものなので、あえて身体の力を抜くことを意識する。
4.呼吸に意識を集中。おおきく1〜8まで数えながら息を吸い、その際に下腹部を膨らませる(腹式呼吸)。
5.その後1〜8まで数えながら息をはき出し、下腹部を凹ませていく。
6.雑念が入ってきたら、手足と布団との接地面に意識を集中する。
7.呼吸への集中と接地面への集中を交互に繰り返すことで、雑念を振り払う。

まだまだ始めたばかりだが、睡眠が深くなったように感じる(気のせいかもしれないが)。しかしながら、深く眠った分、夜中に目が覚めてしまうのが難点なのであった。。。

◇1931 『1兆ドルコーチ−シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』 >エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル/ダイヤモンド社

本書は複数のソース(何であったかは失念)で取り上げられており、評判もよかったので購入してみたもの。しかしながら、読み始めてすぐに、何だか当たり前のことが書いてあるなぁと興味を失い、読書を中断してしまっていた。

アメリカのシリコンバレーの最先端では、スピードと成果が求められ、人間関係もギスギスしているのであろうか。足の引っ張り合いなども容易に想像できてしまう。しかしながら本書では、むしろ他人に対する思いやりやチームへの貢献といったことが重要だと説かれている。典型的な日本企業で育った私としては(もちろん日本企業にも陰湿な足の引っ張り合いはあるが)、当たり前のことのように感じてしまったのだ。

しかしながら、本書で描かれているビル・キャンベルという人物は、そんな当たり前のことが当たり前ではない世界で、自分の信念を貫き通したという点で、大いに評価されるべきなのであろう。そしてアメリカ企業は、一旦良いと思えば、徹底的にその考え方や思想を取り入れてしまう。今やビルの教えを受けたアメリカ企業は日本企業よりも働きやすい、働き甲斐のある職場を実現しているのではなかろうか。

本書に関しては、文書の引用というよりも、気になったキーワードやセンテンスを記録しておきたい。その方が、本書にふさわしいと感じたのだ。

・心理的安全性が高いチームではパフォーマンスが高まる。

・ビジネスの世界では「思いやり」が成功のカギ。

・チームのコミュニケーションが取れているか、緊張や対立が明るみに出され話し合われているか、大きな決定が下されるときは賛成しようがしまいが全員がそれを受け入れているか。

・他人からのコーチングを脅威に感じるのは自信のないマネージャー。逆に言うとコーチングを受け入れるのは自信の表れ。

・トップ(上司)よりも、同僚からの評価に注意を払うこと。

・コンセンサスではなく最適解を得ることが重要。コンセンサスを目指すと「グループシンク(集団浅慮)」に陥り意思決定の質が低下しがち。

・重要なのは短期目標の達成ではない。オペレーショナル・エクセレンスが少しでも欠けた状態を許さないことのほうが重要である。

・信頼している相手には、安心して自分の弱さを見せられる。

・コーチは何が起こっているかを常に把握しておき、コーチする相手からはプライバシーを尊重してくれる存在と見なされていなくてはならない。

・リーダーにふさわしいのは好奇心旺盛で、新しいことを学ぶ意欲にあふれた人物。利口ぶった傲慢な野郎は願い下げだ。

・コーチとは、自分がなれると思っている人物になれるように、聞きたくないことを聞かせ、見たくないものを見せてくれる人だ。

・ビルが求めたコーチャブルな資質とは、「正直さ」と「謙虚さ」、「明べず努力を厭わない姿勢」、「つねに学ぼうとする意欲」だ。

・人の話を聞かないことが多くのリーダーに共通する特徴である。もっと耳を傾ければ誰もが今より賢くなれる。ただ言葉を聞き取るだけでなく、相手が言いそうなことを先回りして考えたりせず、とにかく耳を傾けること。

・正直で偽りのないフィードバックを与えることの大切さ。相手の尊厳を守り、誠意を大切にしながらも、パフォーマンスに対する厳しい評価を与えることはできるのだ。

・優れたボスになるために必要なことは、相手を大切に思っていることを分かってもらえるような形で本音を伝えること。

・ビルは4つの資質を人に求めた。(1)知性、遠い類推=かけ離れたものごとをつなげる発想。(2)勤勉。(3)誠実。(4)グリットを持っていること=打ちのめされても立ち上がり、再びトライする情熱と根気強さ。

・「会社のことを心から考えている、本物のチームプレーヤーがいる。彼らの意見に僕は一目置いている。正しい立場から出た意見だと知っているからだ」

・ビジネスであれスポーツであれ、誰の手柄になるかを気にしなければ、とてつもないことを成し遂げられる。

・「リーダーが先陣に立たなくてどうする。迷っている暇はない。本気でやるんだ。失敗するのはいいが、中途半端はダメだ。君が本気で取り組まなかったら、誰が本気を出すというのか。やる以上は全力でやれ」

・人を大切にするには、人に関心を持たなければならない。




【目次】

1 ビルならどうするか?―シリコンバレーを築いた「コーチ」の教え
2 マネジャーは肩書きがつくる。リーダーは人がつくる―「人がすべて」という原則
3 「信頼」の非凡な影響力―「心理的安全性」が潜在能力を引き出す
4 チーム・ファースト―チームを最適化すれば問題は解決する
5 パワー・オブ・ラブ―ビジネスに愛を持ち込め
6 ものさし―成功を測る尺度は何か?

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中国に駐在していたので、中国という国の良さと怖さは、普通の日本人よりは理解しているのではないかと思う。今の中国は、IT化が進み、電子マネーやタクシーアプリなどが普及し、超絶便利な社会になっている一方で、SNSへの書き込みが常時監視されていたり、街中に監視カメラが設置されたりしているというのは周知の事実。(しばらく中国には行っていないので、残念ながらヒアリング情報だが)

しかしながら、中国という国の本質の部分が変わったわけではない。むしろITの進化により本質的な部分がより先鋭化している状態と言えようか。

そんな中国において香港は自由(=民主主義、言論の自由)を謳歌している出島的存在であった。1997年のイギリスからの返還時には、50年間一国二制度を維持するという約束がありながら、その半分にも満たない23年目にして早くもその約束が反故にされてしまった。そう、「香港国家安全法」の裁決である。

私がシンセンと香港を週1回のペースで行き来していた頃は、香港の駅に着くといたるところに中国共産党を批判する立て看板が立っていた。今後はそういったものも撤去されてしまうのであろう。いや、すでに撤去済みだろうか。

日本に居ると忘れがちになってしまう言論の自由。こうして私が好きなことをブログに書いているのも、その自由が保障されているからだ。香港の人たちが、自分たちの最大の権利を奪われまいと、大規模なデモを繰り返したのは記憶に新しい。あわや現代の天安門かというほど緊迫した情勢になってしまった。

【未来ジパングに何度も登場し、注目していた活動家・周庭さんの最後のメッセージ。死すら覚悟する壮絶なメッセージに、涙が出てきてしまった】
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そんな香港だが、私が駐在していた2007年から2010年の間は、香港の中国依存が徐々に大きくなっていく時期であった。従来に比べて中国の方が香港に行きやすくなったため、買い物(いわゆる爆買い)客が急増したのだ。これによって、これまで普通語を毛嫌いしていた香港人たちが、どんどん普通語を話すようになっていった。

商売のためならとことん柔軟になれる愛すべき香港人たちも、さすがに今回の中国政府のやり方には腹立たしさを覚えてのであろう。しかしながら、たかだか700万人の人口が14億人に勝てるはずもなく、一香港ファンの私にとっては、大変残念な結果になってしまった。

中国で生活をしていく上で、政府批判さえしなければ、比較的自由に行動できていた。香港もそんな国になっていくのであろうか。しかしそれはもはや香港ではなく、本当の意味での中国の一部なのだ。

ふと、親しくしていた香港の元同僚のことが頭をよぎる。でも、どんなメッセージを送ればよいのだろうか。私が送るメッセージがすでに監視下に置かれているかもしれない。迷惑をかける可能性を考えると、軽々しいメッセージは送信できない。。。

このまま中国の覇権が続くと、次は台湾だろうかと危惧してしまう。香港のように最低限の流血では済まない可能性もある。中国には是非、覇道ではなく王道を行ってほしい。今や大国となってしまった中国には。

◇1930 『後藤田正晴と十二人の総理たち−もう鳴らない”ゴッド・フォン”』 >佐々淳行/文春文庫

私の書評の書き出しは、本との出会いから始まることが多いのだが、本書に関してはどういう経緯で購入したか失念してしまっている。奥付を見ると2008年3月の発行、中国から赴任してしばらくした後である。中国赴任をきっかけに近代史に興味を持ったので、その勢いで購入したのかもしれない。

さて、買ってから10年以上も放置してしまったのだが、たまたま長時間の移動があったので、旅のお供に持っていき読了。読み始めると、まさに昭和近代史の体を為しており、興味深く一気に読み切ってしまった。

タイトルにもある後藤田正晴氏は、政治の裏舞台で総理大臣を支えた最後の内務官僚と呼ばれる人物。その後藤田氏から、「ゴッド・フォン」なる直通電話で特命を受けては、それを実直にこなしていく筆者。タイトルこそ後藤田氏だが、実質は筆者である佐々淳行氏の自伝であろう。

正直、ちょっと自慢が多いかなと感じなくもなかったが、まぁ自慢できる実績である。佐々氏がいなければ日本とアメリカの関係はもっと早い段階でまずくなっていたのではないかとも思わせられる。これほどまでにアメリカの政治に深く入り込んでいた人がいたとは、恥ずかしながら存じ上げなかった。

本書は「危機管理の教科書」として読み進めることもできる。危機管理に関する記述をちょっと引用してみよう。

・危機管理上のしてはならない経験則として「兵力の逐次投入」というのがある。日本の太平洋戦争の歴史にはガダルカナル戦をはじめ、「兵力の逐次投入」の失敗例は枚挙に遑ない。

・危機管理の本質は、アメリカのプラグマティスとの哲学者ウィリアム・ジェームズの『宗教的経験の諸相』の一節に語りつくされている。「何か重大なことが起きたとき、ひとは皆誰かがこのことについて何かしなければならないと考える。だが自ら進んで何かをやる人は極めて少い。大部分の人は、誰かが何かをしなければいけない、だが、なぜ私が<ホワイ・シュッド・アイ>と自問する。ごく少数の人は<ホワイ・シュッドント・アイ、なぜ私がやらなくていいのか>と自問する。この二つの自問自答の間に人類の道徳的進化の過程が横たわっている」と。

・マックス・ウェーバーではないが、「地上戦必至」という「認識」と、その可否という「価値判断」とは峻別して取り組まないと、社会科学の判断を誤ることになる。戦争がないことを願うのは世界観や宗教の問題で、起こる必然性が高いと考えることは情報の確度の問題なのである。

・(湾岸戦争でイラクを殲滅する前に停戦した理由に対する米官僚の回答)「それは、陸軍国イラクが残ることが中東だけでなく世界のために必要だったからだ。サダムはスンニ派、もし完全に打倒してしまうとシーア派が支配して、イランと連携して厄介なことになる。シーア派支配となるとイスラエルとぶつかる。CBR兵器、とくに彼らはサリン爆弾をクルド人弾圧に使って5千人殺した奴らだから、スカッド・ミサイル、空軍と共に破壊して、ただの大陸軍国にするという方針で寸止めのシーズ・ファイアー(停戦)となったんだ。とくにパウエル統合参謀本部議長は『これ以上は戦争ではなく虐殺(マサッカー)だ』といい張って和平となったんだ」

・後藤田五訓:(1)省益ヲ忘レ、国益ヲ想エ。(2)嫌ナ事実、悪イ情報ヲ報告セヨ。(3)勇気ヲ以テ、意見具申セヨ。(4)自分ノ仕事ニ非ズトイウナカレ。自分ノ仕事デアルトイッテ争エ。(5)決定ガ下ッタラ従イ、命令ハ直チニ実行セヨ。

・橋本総理からペルー青木大使公邸占拠事件の対応に派遣されることになった佐藤俊一氏へのアドバイス:(1)まず精神的安定。そのために辞表を書く。(2)次は遺言状。辞表ですめば御の字。これは家族に渡さず事務所の机の引き出しに入れておく。自分が死んだあと遺産がどうなるかと思うと落ち着かない。遺産配分を遺言状に書いてしまうと、スーッと心が落ち着く。(3)犯人たちの宗教を調べて、調停役に使う。(4)日本式の「イエス・バット」は禁物、絶対に「ノウ・バット」。子供と女性は解放されているが、次に老人・病人を開放したら食糧を差し入れるなど、ギブ&テイクで交渉。(5)交代で眠ること。「不眠不休、寝食を忘れ」は失敗の元。(6)ユーモアを忘れずに。ユーモアはノイローゼ防止。
→これに対して佐藤氏は「弔辞」まで書いておいたとのこと。「だって外務省、私の実績をちゃんと評価してないもん。自分でちゃんと褒めとかなきゃと思って」。こういう神経の男は危機に強く、しぶとく生き残るものだ。

・「過チヲ改ムルニ憚カルコトナカレ」。間違ったからといって、それを改めることを躊躇してはいけない。この姿勢が大切。


本書を読んでいて「繋がった」エピソード。

・村山内閣政権下での全日空機ハイジャック事件。羽田発函館行きの便がハイジャックされたもの。このときに対応した特殊部隊を秘密裏に編成したのが後藤田正晴氏だった。本件は、元日立製作所・川村会長が乗り合わせていた飛行機でもある。

・佐々氏の三男は住友銀行に入りながら、430年の歴史を誇る寝具メーカー西川産業の養子となり、最近社長になったとのこと。こちらは「カンブリア宮殿」で特集されていたのを見た記憶がある。

・ところどころに岡本行夫氏や「岡本アソシエイツ」の名前が出てくる。先日コロナで逝去されてしまった方。それまでは存じ上げなかった方だが、本書ではとても印象的だった。あとがきも岡本氏である。

その岡本氏のあとがきが非常に印象的だったので、一部を引用しておきたい。

「時代は急速に変わっている。世界の変化は、後藤田さんの亡くなったあとの2006年の始めに、既に始まっていた。日米同盟を基軸に世界を考えていればそれがそのまま日本の世界戦略となった時代は、過去のものになりつつある。アメリカでブッシュ政権が終われば、そのことは一層明らかになるだろう。

これからのアメリカにとって日本はアジアの中心ではないし、悲観的に考えればアメリカにとっての「特別の国家」ですらなくなるかもしれない。米国の大統領候補たちが外交政策を発表しているが、中国の陰に霞む日本の姿は、虫眼鏡をもって探さなければ見つからないほどだ。これからは、日本に対して『オマエはオマエ、オレはオレ』のメッセージがアメリカの一部から聞こえてくることも覚悟しなければなるまい。逆に、アメリカの北朝鮮への対応によっては、日本の中にアメリカへの不信感が出てくる怖れもある」

「そもそも日米関係が世界の中で果たしていた比重が相対的に小さなものになった。アメリカの影響力も減退した。世界でのアメリカの信頼性を計る調査では、イスラエル、イタリア、日本といった少数の国を除けば、世界の多くの国の人々がアメリカよりも中国を選好しているという衝撃的な数字が出ている。アメリカはイラクを巡る不手際から全イスラムを敵に回してしまったが、それだけではない。時として強引な価値観の押しつけと、同じ原則を国によって違えて応用する恣意性の故に、アメリカは新興世界に対しての指導的な地位を失ってしまったのである。日米の比重が低下したぶん、中国、ロシア、インド、ブラジルを始めとする新しいプレイヤーの動向が世界の動きを大きく規定することになった。世界は完全に新しい時代に入った」


本書が発行されたのは2006年のこと。今から15年近くも前に、トランプの出現や中国の台頭を予言しているかのようである。冷静に世の中を見ていると、ここまで予見できるものかと驚嘆してしまった。佐々氏も異能の人であったが、岡本氏も同類、類は友を呼ぶということであろう。



【目次】

後藤田さん逝く

台湾騒擾と天安門事件
 ―機動隊「二都物語」(竹下登内閣・宇野宗佑内閣)

湾岸戦争とソ連邦崩壊
 ―冷戦終焉と世界新秩序(海部俊樹内閣)

PKO文民警察官殉職事件
 ―「行かせた者」と「行かされた者」(宮澤喜一内閣)

対露ODA「ポチョムキン村」騒動
 ―五五年体制の崩壊、自社倒れ「日本新党」誕生(細川護煕内閣・羽田孜内閣)

阪神・淡路大震災とオウム真理教地下鉄サリン事件
 ―自社連立政権下日本の運命(村山富市内閣)

ペルー青木大使公邸占拠事件
 ―国際テロの世紀へ(橋本龍太郎内閣)

テポドン、ハイジャック、不審船、沖縄サミット
 ―惜しみてもあまりある未生の危機管理宰相の急死(小渕恵三内閣)

えひめ丸衝突沈没事故
 ―ガルフ危機ならぬゴルフ危機(森喜朗内閣)

9.11同時多発テロ、拉致、不審船、イラク人質事件
 ―織田信長型危機管理宰相と後藤田正晴(小泉純一郎内閣)

等身大の後藤田正晴
 ―晩年に見せた意外な素顔

最後の内務官僚

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英語のメールでは、冒頭に相手の名前を書いて、カンマ(,)か、コロン(:)を付けるのが一般的なプロトコル。カンマはイギリス流、コロンはアメリカ流というのを、どこかの本で読んだ記憶があるが、私の同僚はカンマを使う人が多い。

ちなみに、この知識は「英文メールの書き方」的な本で覚えたもの。本来であれば、こういった生きた知識こそを学校教育で教えるべきではなかろうか。英語が話せないどころか、ちゃんとメールすら掛けない人が増えてしまってはいないだろうか。

一方で、文末には「Regards,」とか「Best regards,」といった単語を記載するのが一般的(こちらも単語の後ろにカンマを付ける)。まぁ前略に対する草々みたいなものなのだろうが、個人的には「Regards」ってどういう意味って思ってしまうのだ。

このブログを書くにあたって、改めて意味を調べてみたところ、「敬意・心遣い」を意味する単語だとのこと。これをメールの文末に置くことで「敬意を込めて」という意味になるらしい。「Best regards,」は「最上の敬意を込めて」となる。

まさに「敬具」に近しい言葉であろうか。言語は面白い。しかしながら、何となく堅苦しくて、形だけのように感じてしまったので(私の英語力で偉そうに言えることでもないのだが)、会社のメールでは「Many thanks,」という結びの言葉を使用している。

私はメールの返信に際して、日本語の場合であっても、必ずお礼の言葉を入れるように意識している。仕事とはいえ、わざわざ私のために大事な時間を割いてくださったことに対する感謝だ。例えば「ご連絡ありがとうございます」「ご確認いただきありがとうございます」「ご対応ありがとうございます」、特に何かをやっていただいたわけでないときであっても「ご返信ありがとうございます」。

英語であっても気持ちは同じだと信じている。だから、Regardsという聞きなれない言葉よりも、誰にでも分かる「Many thanks,」なのだ。ビジネスでのやり取りとしては、少し軽めの表現なのかもしれないが、私のコミュニケーションの相手は大半が同じ社内の同僚である。だから形式よりも気持ちを優先している。

まぁそのうち変えるかもしれないけれど、今のところは私の気持ちに一番しっくりくる言葉を選んでいる。

◇1929 『知らないと恥をかく世界の大問題11−グローバリズムのその先』 >池上彰/角川新書

このシリーズも11作目。継続は力なり。毎年クオリティの高い本書を出し続ける池上さんのバイタリティには頭が下がる。

この1年も世界ではいろいろなことが起こったが、本書で取り上げられている1年(昨年7月〜今年6月)の後半部分は、ほとんどが新型コロナウイルスのニュースばかりで、国際的な動きも一時停止状態になってしまっていたように感じる。

そのせいであろうか、本書はこれまで取り上げてきたテーマをもう一度丁寧に解説するようなところが多いように感じた。例えば、イラン・イスラム革命、アイルランド、アフガニスタン、パレスチナ問題など。

改めて読むとよい復習になるし、衰えてきた記憶を補うためにも、くり返して同じ解説を読むのは有用なこと。しかしながら、既知といえば既知の内容なので、新しく引用したいと思う部分が少なかったのは残念。これは池上さんのせいというよりも、コロナ禍で大騒ぎとなっている現状が原因であろう。

世界が大きく変わろうとしている現在。影響力が衰えてきたとはいえ、アメリカのパワーはまだまだ巨大である。そんなアメリカの大統領選の真っただ中に飛び込んでいくことができるかもしれないというのは、非常に楽しみである。



【目次】

プロローグ 二極化する世界、深刻化する世界の大問題
第1章 トランプ再選はあるのか?アメリカのいま
第2章 イギリスEU離脱。欧州の分断と巻き返し?
第3章 アメリカが関心を失い、混乱する中東
第4章 一触即発。火種だらけの東アジア
第5章 グローバル時代の世界の見えない敵
第6章 問題山積の日本に、ぐらつく政権?
エピローグ 2020年の風をどう読むか

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『「好き嫌い」と経営』 >楠木建/東洋経済新報社

何と、本書も重複投稿していたもの。語学系はずっと手元に置いておきがちなので、重複のリスクがあることは認識していたが、経営書まで重複してしまうとは。2度目を読んだときにデジャブを感じないというのは、よほど記憶に定着しなかったということか。情けない。「再読」カテゴリーに入れ替えて投稿。

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楠木さんらしい、興味深い取り組み。著名な経営者の方々に、ひたすら好き嫌いについてインタビューするという試み。経営書として役に立つのかどうかは、正直よく分からないが、例えて言うなら、こういった経営者の方と会食する機会を頂き、そこで酒を飲みながら、自分の経験談を聴く、的な感覚だろうか。

私自身は飲みにケーション賛成派であり、尊敬する先輩や上司から、過去の経験談や仕事に対する考え方を聴くのは好きな方。とはいうものの、こういった飲みにケーションは自社内に限られることが多く、社外の方とそこまで打ち解けて話すには、ある程度の時間と信頼関係が必要。となると、なかなか社外の方の経験談などは聴く機会が少ないというのが実態。そんな貴重な機会を、紙面とはいえ与えてくれるのが本書だと言えよう。そう考えると、非常に貴重な本である。

楠木さんの質問や突っ込みが秀逸だからであろうが、経営者の方々は非常にざっくばらんにご自分の好き嫌いを語っておられる。読んでいて楽しく、あっという間に読了してしまった。そして、最終章ではなぜ「好き嫌いなのか」がきちんと書かれている。端的に言うと、「良し悪し」だけで判断していては、企業間の競争での差別化は出来ない、よって経営者やその企業スタイルとして「好きか嫌いか」で差別化する必要がある、ということ。

若干こじつけのように感じなくもないが、ひとつの理論としては面白い。まぁそんなこじつけなど要らないほど、純粋に読んでいて面白いのだが。ちなみに印象的だったのは、次の4人の経営者の好き嫌い。

・永守重信氏:サボる人、怠け者が嫌い。そういう人には辞めてもらう。ただし、能力が無いからといって誰かをクビにしたことは一度もない。

・原田泳幸氏:クライシスが好き。苦しみを感じることが好き。苦しみの中で覚悟を決めるとアイデアが浮かんでくる。

・松本大氏:ゼロから始めて高回転が好き。小さなトルクで無理して頑張って回転をあげるのが好き。

・江幡哲也氏:営業が好き。営業ノウハウをマニュアル化するのが好き。リクルートではノウハウを体系化したハンドブックを作って、若手向けの勉強会を開催していた。


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『経営者になるためのノート』 >柳井正/PHP研究所

最近、意識的に再読の数を増やしている。新型コロナウイルスの影響で、書店へ行く機会が大幅に減ってしまったことが原因で、新しい本を買わなくなったのも一因。と書きつつ、積読本やAmazonのほしいものリストには沢山の未読本が残っているので、これだけが要因ではない。

アメリカ駐在に向けて、これまでに読んできた経営や財務に関する良書を復習がてら再読しておこうというのが、一番の要因であろうか。これまでは、どうも新しい本が出るとそちらに飛びついてしまっていたのだが、それよりも良書を何度も繰り返して読んだ方がよいと再認識。

ブログに感想を書いたり、重要なところを引用することで、自分なりに咀嚼し、記憶に定着させるよう努力はしているものの、そのブログを読み返す機会も少なく、定着度合いは怪しいもの。また、「良書」と認定した書籍に関しては、再読を前提としており、引用なども最低限にしている。

本書は分量も少なく(しかしながら濃密度合いはとんでもないが)、何度も読み返すには非常に適している書籍。タイトルそのものが「ノート」であるから、本来であれば手元に置いておき、気づきを書き込みながら、使い込んでいかなければならないものだ。

恥ずかしながら前回読んだのは2016年のことで、一度も読み返していない。改めて読み進めながら、うなずくことしきり。自分自身の立場が、2016年と比べると少し変化したこともあるだろうか、初読の時よりも「耳が痛い」と感じてしまった。

今回は、大事なところを引用しようかとも思ったのだが、やはりやめておく。引用したり、まとめたりしてしまうと、読まなくなってしまう気がするから。私の中で、書評を書くというのは、読了後の「区切り」の儀式なのだが、あえて中途半端な状態のままにしておくことで、更にもう一度読む、というモティベーションを保っておきたい。

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コーチ・エィというコンサル会社のメルマガに、トップが変わるとなぜ会社が変わるのかという考察があった。曰く、トップから繰り返し同じ質問が発せられると、従業員もそこに意識を集中し、意識改革・行動改革が生じるとのこと。例えば、トップが常に「利益はどうだ?」と聞くような会社であれば、皆が利益を意識するようになるだろうということ。

私自身がどこまで影響力を持てるかはまだ分からないが、海外の現地法人という環境において、「あるべき質問」を発することを心掛けたい。あまり細かな質問をし過ぎると、マイクロマネジメントになってしまい現場に負担を掛けるだろうし、頓珍漢な質問をしてしまうと、会社の方向性を誤らせてしまうリスクも出てくると認識した。

またメルマガでは、新しいトップはしがらみがなく、周囲の人に対する先入観がないため、さまざまな人たちから意見を聞き、その結果として思いもかけない人物がキーパーソンとして浮上することもあるという。ここからは、特定の人に偏ることなく、オープンなコミュニケーションを心掛ける必要があると認識した。

さらに、10人に1人は気の合わない人、意見の合わない人であるとのこと。意見が合わない中で、厳しい意見を言ってくれる人は大切にすべきだとのこと。どうしても苦手な人は敬遠しがちであるが、厳しい意見を言ってくれる人は貴重である。そのためにも聞く姿勢、異論を受け入れる姿勢というのを、相手にわかるように表していく必要があるのだろう。

「アルキメデスの大戦」を見ていて、ふと思い出したことがある。尊敬する上司がおっしゃっていた「10の選択肢」の話だ。

仕事をしているとさまざまな困難や障壁にぶつかることがある。その課題を突破するために、打ち合わせなどを行うと、複数のアイデアが出てくるだろう。例えば仮に、10のアイデアが出てきたとしよう。

10のアイデアは10の選択肢を得たと考えることができる。この選択肢を1つ1つ愚直に潰しこんでいくことが大切。ともすれば、その内のいくつかのアイデアは単なる思い付きだったり、常識的に考えると絶対に無理だったりする。だからといって、行動を起こさずに諦めるのではなく、ダメもとでもやってみるのだ。

やってダメだったら、その選択肢は完全に消えることになる。そうやって、1つ1つの選択肢を消していく。例えるなら、刑事が目撃者を探すために、ある地域一帯を全戸訪問するローラー作戦のようなイメージだろうか。難しい課題の場合、すべての選択肢を試しても、事態が改善しないこともあるだろう。それでも、やれることを全てやりつくすことで、少なくとも「あの時ああすればよかった」という後悔は生まなくなる。

これは私自身が強く意識していることでもあるのだが、最近は若手の行動を見るときにも使えるなと思うようになった。やるべきことを愚直に10やりきるタイプと、要領よく10のうち効果のありそうな3だけやって終わらせてしまうタイプ。通常の仕事であれば後者が評価されるかもしれないが、有事の際には前者が重要。

きちんと意識をして使い分けることができるのならよいのだが、3に慣れてしまった人に、急に10やれと言ってもできないことが多い。常に今の仕事が10を求められているのか3でよいのかを意識しながら仕事をすることが大切なのだろう。10の人と3の人はタイプで分かれるように思うが、両者を使い分けている人は、意外と少ないのではないかと感じている。

菅田将暉さん主演とのことで、WOWOW放送の録画を見てみることに。最初の戦争シーンこそ、CGを駆使してド派手だが、その後はむしろ数学の天才と言われる主人公が、延々と机に向かって計算作業を続けていくという話。映画としては地味かもしれないが、それなりに楽しむことができた。

まず、感銘を受けた点だが、主人公が困難に直面した際の「まずは目の前にある出来ることを愚直にやろう」という姿勢。巻き尺で戦艦の大きさを測り、手書きで図面を描き上げようとする。そして自分が信じる道を(周りから見ると多少変人だと思われながらも)真っ直ぐに突き進み、それによって、周囲の人も動かしてしまうという熱意の大きさ。

私はこんな天才ではないが、不器用で1つのことしか出来ない生き方が、ちょっと似てるかなと思ったり。そうであれば、目の前のことを愚直にやり続けるしか成功への道はないんだなと、改めて思ったり。

それにしても最後のシーンは意味深だった。国民に「この戦争はもう無理だ」という諦念を抱かせるために、あえて大きな戦艦を作ったという。沈めるために。戦艦大和は、おおきなおおきなスケープゴートだったというのだ。ありえない話ながら、なぜか納得感のあるラストだった。

今の世の中もポピュリズムが台頭し、自国主義が蔓延し、そこに新型コロナウィルスが決定的な打撃を与えている。戦争といってもよいような非常事態。我々国民は、冷静に情勢を見なければならない。「大和」に踊らされてはならないのだ。

中国への赴任の時も、引っ越しは大変だったはずなのだが、不思議なことにほとんど記憶にない。出発ギリギリまで、会社の仕事が忙しく、ろくろく準備もしないままスーツケース2つに、とりあえず必要なものだけ詰め込んで旅立ってしまったことだけを覚えている。

これまた不思議なのだが、中国への赴任に関するブログのエントリーがまったく見当たらない。2007年6月に赴任したのだが、多忙な業務にブログどころではなくなり、ほぼ半年ブログを書くのを休んでしまっている。あの時の激務は忘れられない思い出だし、あの時の苦労に比べると多少のことは大丈夫だと思えてくる。

今回は、4月に赴任の予定が新型コロナウイルスの影響で、延期になってしまい、中途半端に時間が空いてしまった。3月末には引っ越し業者の方に下見に来ていただき、どの荷物をどうするかの目星がある程度ついていたのだが、その記憶もあいまいになってしまった。

実際に赴任するに当たっては、5つのカテゴリーに荷物を分けておかなければならないのだが、頭を整理するために改めて書き出してみた。

1)スーツケースで持参するもの
2)航空便で送る、当座の生活に必要なもの
3)船便で送る、現地での生活に必要なもの
4)現地では不要であり、国内の倉庫に保管しておくもの
5)倉庫に保管しておくと劣化するため実家に送るもの

1)は1週間程度の着替え(スーツ、シャツ、下着、私服など)、靴、パソコン(会社用と私用)、携帯電話、会社の書類、参考書籍数冊、文具類、洗面用具、コーヒーセットなど。
2)は当面の着替えや、仕事で必要な書籍、簡単な調理器具と食器など
3)は収納家具(現地では冷蔵庫・洗濯機などは備え付けだが収納家具がないとのこと)、ふとん、調理器具、食器などなど、通常の生活に必要なもの
4)は大型家具(ソファー、机)、過去に読んで当面は読まない書籍、装飾品、アルバムなど
5)は冷蔵庫、洗濯機、電子レンジや食料品(調味料など)。食料品はアメリカには輸出できないため

とくに気を遣うのが1)と2)。これらがないと生活が立ち行かない。もちろん、現地でほとんどのものが揃うとは思うのだが。中国の時に苦労したのが、市販薬と歯磨き粉・歯ブラシといった身の回りの物。あと、当時は書籍も手に入りにくかったが、今やKindleがあるので、こちらは心配無用。

家の中を見渡しながら、エクセルにこれは1)、これは2)などと打ち込みながら整理していくのだが、何を持って行って何を残すか、何だかパズルを考えているような頭の使い方をする。最近、こういった頭を使っていなかったので、妙に疲れてしまった。。。でも、ちゃんと整理して準備をしておかないと、大変なことになるのだ。それは分かっているのだが。。。

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