Namuraya Thinking Space

― 日々、考え続ける。 ―

惰眠をむさぼると、奇妙な夢を見るのは毎度のこと。

年配のママさんと、その娘の二人でやっているスナックのような店。同僚と飲みに来たのだが、娘の方は昼間、銀行で働いているらしい。どんな仕事をしているのかと聞くと、「特殊係」で勤務しているとのこと。特殊係? 特命係なら『相棒』なのだが。

面白そうなので、具体的には何をしているのかと聞くのだが、秘密の任務であり、誓約書まで書かされているので言えないとのこと。母親にも仕事の内容は話していないらしい。言える範囲でよいからと、しつこく食い下がると、絵画を保管していると教えてくれた。

大きな地下金庫に、富裕層から預かった絵画が保管してあり、それを毎日チェックするのだそうだ。壁にかかっているわけではなく、油紙のようなもので梱包された絵画を、毎日、員数があっているか、保管状態は良好か、など見ていく。

楽でよさそうだねといったところ、神経を使って大変だとのこと。ふーん、そんなもんかと頷いたところで目が覚めた。それにしても、何と何が結びついて、こんな夢を見るのだろうか???

週末のドライブ。せっかく茨城県に転勤してきたのだから、地の利を活かして行けるところには行っておきたい。旅行、というほどではないが、少しでも非日常を感じられるのはよいこと。

まずは大洗海岸で、ボーっと海を眺めてリフレッシュ。その後、大洗磯前(いそざき)神社から、鳥居越しに海を眺め、最後は海鮮料理。ハマグリが一袋1200円。他にも海鮮丼が800円など、東京だったら1.5〜2倍の値がはりそうな昼食を堪能。

15時には家に到着して、惰眠をむさぼる。至福の週末。

【大洗海岸】
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【大洗磯前神社】
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【ハマグリ・ホタテ・貝三昧】
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◇1459 『プラチナタウン』 >楡周平/祥伝社文庫

新聞の記事で、政治家の誰か(誰だったかを失念してしまった)が、話題にしていたのを記憶しており、古本屋で見つけて購入。最近、積読の小説を手に取ったり、図書館で借りてきて読んだりすることはあったのだが、小説を買うのは久しぶりだ。

楡周平のビジネス小説はなかなかに面白く、本人に会社勤めの経験があることもあって、リアルな描写も多い。本書も、上司が依頼してきたコネ入社を断ってしまい、上司の逆鱗に触れたことがきっかけとなっている。これをきっかけにして主人公は大手商社を辞職し、赤字財政に苦しむ出身地にUターン、町長に就任するのだ。

町の財政状態は主人公の想像以上に悪く、過去に景気対策や雇用対策として打ってきた箱物建設という施策が、大きく足を引っ張っている。利用者よりも従業員(=公務員)の方が多いという状態。これが後々の伏線にもなってくるから面白い。

一方で、町が持つ利点も徐々に明らかになっていく。地方都市のため生活費は安く、そのため人件費も下げることができる。自然に囲まれた土地であり、釣りやキャンプをする地にはことかかない。ゴルフ場も近い。その気になれば仙台までも遠くはない。そして、先ほどの箱物、たとえば病院などは、CTやMRIを予約なしで受診できるなど、メリットに化していく。

こういったメリットを享受すべく、工場を誘致しようと整備したまま放置されていた土地に、大規模な老人ホーム(本書では、老人向けテーマパークタウンと呼んでいる)を設立しよういうのが本書の肝となっている。安い労働力を使い、安価な土地を活用して、定年を迎えたお年寄りに第二の人生を謳歌してもらえる町づくり。しかも、介護が必要になっても追い出されることはなく、個室に近い形の小さな部屋で、安らかに余生を送ることができる。

後半にかけては、ほとんど大きな障害もなく、トントン拍子に話が進んでしまうのは、若干拍子抜けした感もなきにしもあらずだが、まぁ小説としては、非常に楽しめる内容であり、日本が抱える問題点と、それに対する解決策を一定の形で描き出しているのは、大したものである。実際には、これほどの好条件が整っていることはないのかもしれないが、条件など作り出してしまえばよいのだ。

老人を一か所に集めて集中管理する、というと冷酷に聞こえるかもしれないが、スモールタウンという発想は、昔からある。過疎化した山道を走り回って、食料や生活用品を運んだり、医者が訪問したりするよりも、一か所に集まったほうが効率がよいし、何よりも話し相手ができる。長年住んだ地を離れるのを嫌がる人も多いだろうが、本書では転勤などが多かった団塊の世代を対象にしており、一昔前に定年を迎えたご年配の方とは、少し感覚が違うと論じている。

私自身、両親は健在だが、年々体が弱っていくのは致し方のないことであり、こういった問題は他人事ではなくなってきている。ご老人一人ひとりの尊厳を大切にする、という理想や美談よりも、1カ所に集まって機能的に楽しく暮らす方が、良いと思うのだが、日本人特有の村社会的なモラルが、それを妨げているのではなかろうか。いろいろと考えさせられる作品であった。

犬を飼っているのだが、その愛犬と素潜りする夢を見た。グランブルーのように、青く透き通った海を私と愛犬とでゆっくりと潜っていくのだ。私は頭を下にして足をバタバタさせて潜っていくのだが、愛犬の方は頭を上にして、あぐらをかいたような体制で、潜るというよりも沈んでいく、といった感じ。

私のほうは、だんだんと苦しくなってくる感じがするのだが、愛犬は平気で沈んでいく。「お前、大丈夫なのか?」と頭に思い浮かべると、声は聞こえないのだが、頭に直接愛犬の声が響く。テレパシー。「はい、大丈夫です。エラ呼吸ですから」

大宰府だけでは夕方までの時間が潰せず、福岡城址のある大濠公園まで歩いてみた。大宰府から電車で天神へ戻り、そこからテクテクと。途中、パラパラと小雨が降ったりしたが、涼しくなって逆に快適であった。

城址のみというのは寂しい限りだが、それでも歴史の雄大さを感じることができる。ここに、あの黒田官兵衛が起居していたのかと思うと感慨深い。

小雨のせいもあるだろうか、大宰府と異なり、観光客はまばら。おかげでのんびりと散策を楽しむことができた。途中、歴史館のものがあったので立ち寄ってみたところ、オリジナルのCGを見ることができた。

CGの解説の中で、福岡は城下町、博多は商人の町、というのを改めて知ることができた。以前にも、福岡県にはなぜ福岡と博多があるのか、という理由を聞きかじったことはあったようにも思うが、きちんと認識したのは、恥ずかしながら今回が初めて。

ちなみに福岡という地名は、黒田氏が持ち込んだものであり、地元の人たちからすると、あくまでも「博多」という名前に愛着をもっているとのこと。また、当時は、福岡と博多は区分けされており、その接点となっていたのが中洲だとか。歴史の面白さを感じるエピソードである。

【福岡城址】
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【天守閣跡からみた街並み】
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【多聞櫓】
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九州へ出張だったのだが、福岡空港から茨城空港へは、一日一便で、夕方の便のみ。土曜日の朝から時間ができてしまったので、太宰府まで足を伸ばしてみた。東京に住んでいた頃は、上野や浅草で外国人観光客の多さを感じたことがあったが、大宰府では日本人よりも外国人の方が多いのではないかというくらい、海外からの観光客でにぎわっていた。

インバウンド、インバウンドとニュースで連呼されているが、今更ながらその勢いを肌で感じることができたように思う。個人的には、もう少し人気がいないところをゆっくりじっくり見て回りたいと思ったのだが、日本経済のためにはたくさんの人に来ていただく方がよいわけだし、これは痛しかゆしであろうか。

などと考えていたのだが、少し裏手へ回ると、人影のまったく見当たらない一角に出ることができた。小道が続いているので、進んでいくと「天開稲荷」というところに出ることができた。深い緑と赤い鳥居のコントラストが美しい。森の中の神社であり、木陰で涼しくて快適。ひんやりとした空気を感じながら、帰路についた。

【太宰府天満宮】
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【裏手の緑の小道】
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【天開稲荷大明神】
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◇1457 『ガラスの動物園』 >テネシー・ウィリアムズ/新潮文庫

背表紙あらすじ:不況時代のセント・ルイスの裏街を舞台に、生活に疲れ果てて、昔の夢を追い、はかない幸せを夢見る母親、脚が悪く、極度に内気な、婚期の遅れた姉、青年らしい夢とみじめな現実に追われて家出する文学青年の弟の三人が展開する抒情的な追憶の劇作者の激しいヒューマニズムが全編に脈うつ名編で、この戯曲によってウィリアムズは、戦後アメリカ劇壇第一の有望な新人と認められた。

勢いに乗って古典をもう一冊。本書も150ページ程度の短い物語。しかも、脚本形式なので余白も多く、さらりと読了できてしまう。作品自体は1945年のもので、解説によると戦後にかかれたものとのこと。終戦直後の作品ということであろうか。先に読了した古典2冊とは異なり、物語から戦争の臭いは感じられない。

たった4人の登場人物で完結する戯曲なのだが、その濃密さは、長年読み継がれてきた作品だけあり、濃厚である。内気な姉と文学青年の弟。その母と友人。微妙な気遣いと人間関係。。。面白く読めはしたのだが、最近文学作品から遠ざかっているせいか、本書の本当の面白さが理解できたかというと、残念ながら疑問。ラストはどうなるのかと期待させるストーリー展開や、ラストに向けてのカタルシス、遣る瀬無さは流石なのだが。

もう少し余裕のある時に、読み返してみるべき作品なのかもしれない。今の自分には、ちょっと合わなかったであろうか。

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◇1456 『異邦人』 >カミュ/新潮文庫

背表紙あらすじ:母の死の翌日海水浴に行き、女と関係を結び、映画をみて笑いころげ、友人の女出入りに関係して人を殺害し、動機について「太陽のせい」と答える。判決は死刑であったが、自分は幸福であると確信し、処刑の日に大勢の見物人が憎悪の叫びをあげて迎えてくれることだけを望む。通常の論理的な一貫性が失われている男ムルソーを主人公に、理性や人間性の不合理を追求したカミュの代表作。

『変身』に続いて、九州出張の帰りの便で読了した作品。本書は1940年代、第二次世界大戦のさなかに書かれたもの。その割には、戦時下という雰囲気はなく、むしろ退廃的な青年たちの日常と非日常を描いた物語である。

文学的にはすぐれた作品なのであろうが、残念ながら私には、そのよさが今ひとつ分からなかった。出張疲れの頭で読んだせいかもしれないが、もう少しさまざまな意味を考えながら、深く読み込まないとこの小説の良さは分からないのかもしれない。

救いのなさ、やりきれなさは、『変身』と共通している。この時代の人たちは、戦争という恐怖を間近にして、人生のやりきれなさを、日々感じていたのかもしれない。だからこそ、これほど退廃的な空気を本書から感じるのであろうか。

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◇1455 『変身』 >カフカ/新潮文庫

背表紙あらすじ:ある朝、気がかりな夢から目をさますと、自分が一匹の巨大な虫に変わっているのを発見する男グレーゴル・ザムザ。なぜ、こんな異常な事態になってしまったのか…。謎は究明されぬまま、ふだんと変わらない、ありふれた日常がすぎていく。事実のみを冷静につたえる、まるでレポートのような文体が読者に与えた衝撃は、様ざまな解釈を呼び起こした。海外文学最高傑作のひとつ。

随分と更新が滞ってしまった。5月はよいペースだったのだが、6月に入って急に忙しくなってきたのだ。4月から工場勤務となったが、はじめは右も左も分からず、相談事なども少ないため比較的時間に余裕があったのだが、2カ月経ち、少し慣れてくるといろいろな仕事にインボルブされるようになってきた。出張など外に出る機会も本社の時より増えており、充実している。

さて、本書は九州へ出張の飛行機の中で読了した本。出張のお供に、薄くて軽めの本がよいなと考え、ずっと積読になっていたものを引っ張り出してきたのだ。100ページ程度の物語で、九州までの片道で読了できてしまう分量なのだが、何とも言えない余韻を残す物語であった。

執筆されたのは1912年、第一次世界大戦以前である。100年以上まえの作品であるから、古さは否めないものの、その発想の斬新さは少しも色あせておらず、不条理小説の傑作のひとつと言えよう。

朝、目覚めると、いきなり虫になっていたという不条理。そこには何の説明もない。挿絵も何もないのでどのような形状の虫に生まれ変わったのかは不明だが、私はカブトムシのような姿を想像してしまった。(解説にはムカデのような形態では、と推測されている

その虫となってしまった主人公が受ける、無視、虐待、同情。。。何を象徴しているのか、と解説で疑問が呈されている。歴史の中で虐待されてきたユダヤ人だというと、あまりにも短絡的かもしれないし、ヒトラーによる大虐殺は歴史を待たなければならない。

虫を描いた意図は、もしかしたら筆者自身にも分かっていなかったのかもしれない。ただそこに不条理な世界を描いてみたかっただけ。そんな空想をしながら、2時間弱の読書を楽しんだ。それにしても、100年前の読者たちは、よくもこのような突拍子もない物語を受け入れたものである。この作品を広い間口で受け入れた、当時の読者にも賛辞を送りたい。

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欲望、欲求、など、「欲」というものについて、考えてみた。やりたいこと、ほしいものなどが、いかほどあるか?

仕事ではきちんとした成果を出したい。かといって、出世がしたいかというと、それは目的ではない。やりがいのある仕事を任されることに喜びを感じるし、その結果として出世も伴えばありがたい。

ほしいもの。考えてみると、あまり無い。どこかで読んだが、人生の前半はいろいろなものを得ていくステージで、後半はさまざまなものを捨てていくステージ。前後半で考えると人生80年、40歳が折り返し地点である。少し早いような気もするが、どちらかというと余計なものは持ちたくないという感覚になってきている。

少し前までは、身に着ける小物や文房具に凝っていたが、自分なりの高価ではないが使いやすいものを愛用しており、十分満足している。例えば先日紹介したペンなど。モンブランのようなペンが欲しいなと思ったこともあるが、普段使いとしてはどうだろうか。道具は使ってナンボ。ステータスとしては、持ちたくない。

あえて挙げるなら、腕時計か。これとて、今使っているもので満足といえば満足。10年以上愛用しており、シンプルで飽きの来ないデザインだ。

物欲よりも、やりたいことの方が増えてきているのだろうか。たまに家族で旅行したり、おいしいものを食べたり。あとは、好きな本が読めれば十分。旅行は、もう少しいろんなところへ行ってみたいな。

以前、ある人から「お前は欲がなさ過ぎる」と言われたことがある。言われてみれば、思い当たる節もなきにしもあらず。しかしながら、一方で何とも言えない、渇望感を胸に抱えてもいる。この渇望感を言葉にするのは難しい。いわゆるマズローの「自己実現欲求」だろうか。ぼんやりと、いつか本を書いてみたいという思いは、これにあたるのかもしれないなぁ。

引っ越し前に、某古本チェーン店で文庫本をまとめ買いしたのだが、最近の価格設定は高めだと感じる。以前からこんな値段設定だっただろうか。例えば定価が2000円の書籍だと、1600〜1800円くらいのイメージ。一方、仕入れ値、つまり買い取り価格は定価の10分の1程度なので、200円程度。粗利が1400〜1600円ということになる。

多くの店舗を展開しており、スタッフもたくさんいるので固定費がかかるのはわかるが、新品と数百円の差しかないのであれば、新品を買おうと思ってしまう。そもそも私は本好きでもあり、できれば新品をきちんと買いたいと思っている。そうしないと、筆者に印税が入らないから。ところが、本にはいくらでもお金をかけるべきだというモットーで買い漁っていたところ、家計に響くようになってしまったので、少し自粛中。図書館や古本屋を活用しているのである。

以前であれば、資源ごみとして古紙回収に出されていたであろう本が、リサイクルされて、別の人の楽しみや教養に変わるのはとてもよいことだと思う。しかしながら、そこにあまりにも大きな価格ギャップがあるのは、いかがなものか。個人的に、古本の適正価格は定価の半額だと思う。2000円の本が1000円で手に入るのであれば、購買意欲も湧くというものだ。

自分で書きながら、セコイ議論をしているようにも感じるが、古本の趣旨が、良い本をより多くの人に読んでもらうというものなのであれば、是非とも適正価格の維持に努めてもらいたいものである。

筆記用具には、こだわりがあり、とにかく書き心地がよく筆がさらさらと進むことを重要視している。

紙のほうは表面がざらざらではなく、すべすべしているもの。出来れば方眼のものがよい。これを満たすのは、オキナ社のプロジェクトペーパーか、アピカ社のCD NOTEBOOK。プロジェクトペーパーはA4サイズのレポート用紙を、CD NOTEBOOKの方は、会社ではA6サイズ、家ではA5サイズのものを愛用している。

筆、つまりペンの方は(以前にも書いたかもしれないが)、三菱鉛筆のuni signoというゲルインク・ボールペンをメインで使用している。以前は、ブルーブラックがあったのだが、販売中止となっており、青色のものを愛用。また、サブのペンとしては、パイロット社のフリクション・ボールペンの0.7mmを使用している。

さて、ここまでは前置き。家で使用しているA5のノートだが、今までは読書記録やテレビ番組の視聴記録用の一時保管ノートと、語学などのテクネー用、さらには重要なことを書き留める永久保存用ノートの3冊を使い分けていた。一方で、佐藤優さんが、ノートは一冊に集約すべきと主張されており、自分なりの方法を模索してもいた。

ノートを複数冊用意するのはよいのだが、アイデアがひらめいたり、ちょっとした気付きをメモしたりしたいとき、すぐに手元にないのは困ってしまう。また、ノートが手元にあっても、用途が異なるとメモすることを躊躇してしまう。それでは、せっかくのノートの意味が半減すると考え、私も1冊に集約することにしたのだ。

しかしながら、読書やテレビ番組の記録と、語学のテクネーが混在するのは、後から見てわかりにくい。どうしたものかと考えて、生み出したのが、ノートを前後の両方から使うという方法。記録に関しては前から、テクネーについては後ろからノートを使っていく。後ろから使うと、読み返すときに読みづらくなるが、テクネーの目的は書いて手に覚えさせることであり、後から読み返すことではないので問題ない。読み返す必要のある記録の部分は、ノートの前から書き記していくのでこちらもOK。

ちょっとした工夫は、栞となる紐を2本取り付けたこと。アピカのノートには栞がついていないので、ステープラーで自作。これで、前の部分と後ろの部分の両方のページをすぐにめくることができる。

ノートを集約してからまだ間もないが、以前のノートも含めると今は6冊目。佐藤優さんは、コクヨのB4・100枚綴りのノートを毎月1冊消化するという。それに比べると、2012年4月に始めたA5ノートが4年でたったの6冊。まだまだである。毎月1冊は無理にしても、2〜3か月に1冊は消化したいもの。書いて書いて書きまくって、記憶に定着させるのだ。

NHKスペシャル・伊藤若冲

少し前の話だが、自家用車が車検の時期を迎え、持ち込んだ整備会社のテレビで伊藤若冲の番宣をやっていた。これはおもしろそうだと録画予約しておいたのだが、ようやく視る時間が取れた。番組では、「私の絵は1000年後に理解される」という謎の言葉を残した、とされていた。その技法が、当時の常識を超えるものであったからであろうか。

今ほどたくさんの色の種類がなかった時代。絵の表と裏、両面から同じ色を塗り重ねる層の数を変えることで、色合いの変化をつけたり、0.2mmという非常に細い線で、色を塗るのではなく線を書き込んで鳥の羽を表現したり。しかも、下絵もなく直接描いているという。日本画は油絵のようにやり直しがきかず一発勝負。とてつもない忍耐と集中力。

考えてみれば、エジプトのピラミッドなど、当時の技術力の高さをしのばせるものだし、日本だって法隆寺など古代の建築物にほどこされている技術は、今のものよりもすごいという。人類は発展・進化してきているようで、技術的にも、精神的にも、足踏みをしているだけなのかもしれない。

追記)ちなみに、本日までがゴールデンウイーク中に行った読書や番組視聴の振り返りである。毎日エントリーして、5月末までかかってしまった。たっぷりインプットしたので、アウトプットも心掛けたい。

録画しておいた番組を視聴。世界的に活躍されているお二人ということで、いろいろと刺激になる会話が多かったのだが、一番感銘を受けたのは、渡辺謙さんの英語に対する努力。40代でハリウッド・デビューされ、本当に苦労し、努力されたのだと思う。

番組で直接語られた訳ではないが、なぜ渡辺さんがこんなにも早く英語を習得することができたのか。舞台の練習風景を見ていて合点がいった。

まず、台詞を感情面まで含めて理解しなければならない。ここで、自分が発する台詞に関しては、100%以上の理解が求められる。英語を精読するというステップが必要となる。

次に、台詞を暗記しなければならない。何度もつぶやいて暗記することで、英会話のパターンを暗記し、英語の回路が頭の中に出来上がるであろう。

最後に、台詞を発しなければならない。しかも感情を載せて。ここには普通の音読以上の効果が生まれるであろう。実際に大きな声で英語の台詞を発することで、その会話が血肉となる。

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ミーハーな私は、この番組を見て、さっそく音読を始めることにした。今までも音読の重要性は何度も認識していたのだが、なかなかスタートを切るモティベーションがなかったのだ。少しだけトライしたこともあったが、続かなかった。今回、渡辺謙さんが台詞を吐くシーンを見て、これはやらねばと火がついた。

何か良いメソッドはないかとネットを検索したところ、『英会話・ぜったい・音読』という本がよさそうだ。入門編・標準編・挑戦編とあるが、一応TOEICも800点程度を取れるレベルなので、思い切って挑戦編にトライすることにした。結果がついてくるかどうかはまだわからないが、日常的に続けるトレーニングを始めたいと思っていたところなのでちょうどよい。まずは、毎日続けること。頑張ってみよう。

◇1454 『創造する経営者』 >P.F.ドラッカー/ダイヤモンド社

本書は1964年、ドラッカーが54歳のときの著作。事業とは何かを明らかにした世界最初の事業戦略書という触れ込み。確かに、マーケティングであったり、コスト管理であったりと、事業戦略的な内容が大半を占めている。個人的には、マーケティングだのコスト管理だのは、ドラッカーでなくとも、別の教科書で勉強すればよく、ドラッカーにはもっと哲学的なことを教わりたいと考えていたので、少し期待外れであっただろうか。

それでは気になった箇所を引用。

・企業にとって今日行うべき仕事は3つある。
(1)今日の事業の成果をあげる
(2)潜在的な機会を発見する
(3)明日のために新しい事業を開拓する

・重要なことは、いかに適切に仕事を行うかではなく、いかになすべき仕事を見つけ、いかに資源と活動を集中するか、である。

・経営者の仕事は、昨日の通常を、変化してしまった今日に押しつけることではない。企業とその行動、姿勢、期待、製品、市場、流通チャネルを新しい現実に合わせて変化させることである。

・知識は、本の中にはない。本の中にあるものは情報である。知識とはそれらの情報を仕事や青果に結びつける能力である。そして知識は、人間すなわちその頭脳のうちにのみ存在する。

・3つのアプローチ
(1)「理想企業の設計」によって方向性を決定することができる。基本的な目標を設定することができる。さらには成果を評価するための基準を設定することができる。
(2)「機会の最大化」によって、昨日の企業を今日の企業へと変え、明日のための挑戦に対する準備を行うことができる。現在の活動のうち何を推進し何を放棄すべきかを知ることができる。さらには、市場における成果や、知識を増大させるものがなんであるかを明らかにすることができる。
(3)「人材の最大利用」によって、事業についての分析結果を行動に移すことができる。人材を優先度の高いものに集中することによって最大の成果をあげることができる。

・廃棄することに機会を見出すということは、奇異に聞こえるかもしれない。しかし、古いもの、報われないものを意図的かつ計画的に廃棄することは、新しいもの、有望なものを追求するための前提である。まさに廃棄は、資源を解放し、古いものに代わるべき新しいものの探求を刺激するがゆえに、イノベーションの鍵である。

・われわれは未来について、2つのことしか知らない。1つは、未来は知りえない。2つは、未来は、今日存在するものとも今日予測するものとも違う。

・現在の事業に成果をあげさせるには、そのための行動が必要である。他方、未来において新しい事業をつくりあげるためにも、そのための行動が必要である。しかs、現在の事業に成果をあげさせるための行動は、現在の資源を投入し事業の未来に影響を与える。また逆に、未来のための行動は現在の方針、期待、製品、知識に影響を与える。したがって、いかならう次元における行動もほかの次元における行動と一貫していなければならない。

・決定した仕事はすべて、今日行われなければならない。直ちに成果が期待されていようと、遠い先に期待されていようと、仕事はすべて今日の人材、知識、資金によって行われなければならない。

・事業の定義:意思決定を行う人たちが、いかに事業を見、いかなる行動をとり、あるいはいかなる行動を不相応と見るかを規定する定義というものがなければならない。事業の定義が市場に供給すべき満足やリーダーシップを保持すべき領域を規定する。

・事業の定義が有効であるためには、成長し変化していけるだけの大きさのものでなければならない。さもなければ市場や技術が変化したとき簡単に陳腐化する。

・卓越性の定義:卓越性とは、常に知識に関わる卓越性である。すなわち、事業にリーダーシップを与える何らかのことを行いうる人間能力のことである。事業の卓越性を明らかにするということは、その事業にとって真に重要な活動が何であり、何でなければならないかを決定することである。

・優先順位と劣後順位の決定:事業を、いかに組織化し単純化したとしても、なすべきことは常に、利用しうる資源に比してはるかに多く残る。機会はそれらを実現するための手段よりも多い。したがって、優先順位を決定しなければ何事も行えない。

・誰にとっても、優先順位の決定はそれほど難しくない。難しいのは劣後順位の決定、なすべきでないことの決定である。延期は放棄を意味する。一度延期したものを復活させることは失敗である。このことが劣後順位の決定をためらわせる。

・4つのリスク
(1)負うべきリスク(=事業の本質に付随するリスク)
(2)負えるリスク
(3)負えないリスク
(4)負わないことによるリスク

・業績をあげるための3つの能力
(1)企業家的な計画を、特定の人間が責任をもつべき仕事に具体化する。
(2)企業家的な計画を、日常の仕事に具体化する。
(3)一人ひとりの人間の職務と組織の精神の中心に、業績を据える。

・知識労働者は、自らのためにも、貢献、集中、目的的な企業家精神にコミットしなければならない。自らの人生と仕事を有意義で満足なものにするためにも、そのようなコミットメントが必要である。




【目次】

第1部 事業の何たるかを理解する
 企業の現実
 業績をもたらす領域
 利益と資源、その見通し
 製品とライフサイクル
 コストセンターとコスト構造
 顧客が事業である
 知識が事業である
 これがわが社の事業である

第2部 機会に焦点を合わせる
 強みを基礎とする
 事業機会の発見
 未来を今日築く

第3部 事業の業績をあげる
 意思決定
 事業戦略と経営計画
 業績をあげる

コミットメント

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◇1453 『現代の経営』 >P.F.ドラッカー/ダイヤモンド社

1954年、ドラッカー44歳の時の著作。世界で最初の総合的経営書だという触れ込みであるが、『経営者の条件』ほどの感銘を受けなかった。当時は斬新だったのであろうが、経営書が巷に溢れている現代からすると、古さは否めない。もちろん、世界で最初にこれだけの著書を執筆したということに対しては、大きな経緯を払いたいし、古典的価値も認めたいが。

それでは気になった箇所を引用。

・企業の目標は次の5つのことを可能とするものでなければならない。
(1)なすべきことを明らかにする
(2)なすべきことをなしたか否かを明らかにする
(3)いかになすべきかを明らかにする
(4)諸々の意思決定の妥当性を明らかにする
(5)活動の改善の方法を明らかにする
 →いわゆるPDCAだ。

・イノベーションの目標として考えられるものは次の通り。
(1)市場地位にかかわる目標の達成に必要な新製品と新サービス
(2)現在の製品を陳腐化する技術変化が原因となって必要となる新製品と新サービス
(3)市場地位にかかわる目標を達成し、かつ技術変化に備えるための製品の改善
(4)市場地位にかかわる目標を達成するために必要なプロセスの改善と新しいプロセス
(5)経理、設計、事務管理、労使関係など、あらゆる種類の知識と技能の進歩に合わせたイノベーションと改善

・マネジメントはそれ自体が目的ではない。それは企業の機関にすぎない。それは一人ひとりの人からなる。したがって、経営管理者のマネジメントにおいてまず必要とされることは、一人ひとりの経営管理者の目を企業全体の目標に向けさせることである。彼らの意思と努力をそれらの目標の実現に向けさせることである。

・キャンペーンによるマネジメントは失敗する。キャンペーンによるマネジメントを行っている組織では、キャンペーンに従って本来の仕事の手を抜くか、キャンペーンをサボって本来の仕事をするか、いずれかしかない。いずれにせよ、やがて誰も、狼だという声に耳を貸さなくなる。本当の危機がやって来たとき、あらゆる仕事を一時さしおいて緊急の問題に取り組まなければならないとき、みながトップマネジメントの例のヒステリーと思う。

・共通の方向付けを行うだけではなく、間違った方向づけをなくすための努力が必要である。相互理解は、下へのコミュニケーションによって得られるものではないし、下に向けて話すことによって得られるものでもない。上へのコミュニケーションによって得られるものである。それは、上司の耳を傾ける姿勢と、部下の声が伝わる仕組みを必要とする。

・自己管理によるマネジメントを実現するには、報告、手続き、書式を根本的に見直すことが必要である。報告と手続きは道具である。だがこれほど誤って使われ、害をもたらしているものもない。報告と手続きは誤った使い方をされるとき、道具ではなく支配者となる。

・最も基本的なマネジメントの仕事を行うのは、第一線の現場管理者である。つまるところ、彼らの仕事がすべてを決定する。このように見るならば、上位の経営管理者の仕事はすべて派生的であり、第一線の現場管理者の仕事を助けるものにすぎないことになる。組織構造の観点からも、権限と責任は第一線に集中させなければならない。彼らにできないことだけが上位に委ねられる。

・経営管理者間の上下関係は、上から下への関係ではない。上下間の二方向の関係でもない。経営管理者間の関係は三つの次元である。第一が下から上への関係であり、第二が全体との関係であり、第三が上から下への関係である。これらの三つの関係は、基本的にすべて責任に関わる関係である。義務に関わる関係であって、権利に関わる関係ではない。

・正しい組織の文化を確立すrには、行動規範として次の5つが求められる。
(1)優れた仕事を求めること。劣った仕事や平凡な仕事を認めないこと。
(2)仕事それ自体が働き甲斐のあるものであること。昇進のための階段ではないこと。
(3)昇進は合理的かつ公正であること。
(4)個人に関わる重要な決定については、それを行う者の権限を明記した基準が存在すること。上訴の道があること。
(5)人事においては、真摯さを絶対の条件とすること。かつそれはすでに身につけているべきものであって、後日身につければよいというものではないことを明確にすること。

・いかなる仕組みをつくろうとも、マネジメントへの昇格人事で日頃いっていることを反映させなければ、優れた組織の文化をつくることはできない。本気であることを示す決定打は、人事において、断固、人格的な真摯さを評価することである。なぜならば、リーダーシップが発揮されるのは、人格においてだからである。多くの人の模範となり、まねされるのも人格においてだからである。

・真摯さは習得できない。仕事についたときにもっていなければ、あとで身につけることはできない。真摯さはごまかしがきかない。

・真摯さよりも頭脳を重視する者を昇格させてはならない。そのような者は未熟だからである。また、有能な部下を恐れる者を昇進させてはならない。そのような者は弱いからである。さらに、自らの仕事に高い基準を定めない者も昇進させてはならない。仕事やマネジメントの能力に対する侮りの風潮を招くからである。

・企業活動を「ライン」と「スタッフ」という言葉で分けることは疑問である。この二つは軍からきた言葉である。しかし軍では意味のある言葉かもしれないが、企業にとっては混乱をまねくだけのものである。

・まったくのところ、いわゆるスタッフ機能などは一切もつべきものではない。私の理解するかぎりでは、スタッフとは責任抜きの権限を意味する。そのような者をもつことは破壊的な害をもたらす。確かに経営管理者は、特定の機能に関わる専門家の助けを必要とする。しかし彼ら専門家といえども、いかに仕事をするかを人に教えるのではなく、自らが仕事をしなければならない。そして、自らの仕事について全面的に責任を負わなければならない。彼らは何か特別な存在となるのではなく、特別の機能をもってその属する部門の経営管理者に貢献する存在とならなければならない。

・専門職を生産的な存在にするには、満たすべき要件が5つある。
(1)専門職は、あくまで専門家でなければならない。同時に、事業に対し貢献しなければならない。そして自らが現実に事業に貢献していることを知り、それが何であるかを知らなければならない。
(2)専門職は、専門職としての昇進の機会を持たなければならない。
(3)専門職は、事業に貢献する者として、その優れた仕事や貢献について報酬面でのインセンティブを与えられなければならない。
(4)専門職は、本当の専門家としての仕事を持たなければならない。
(5)専門職は、社内だけでなく、専門家の世界においても一流として認められなければならない。

・時間の使い方を知っている者は、考えることによって成果をあげる。行動する前に考える。繰り返し送る問題の処理について、体系的かつ徹底的に考えることに時間を使う。

・要約するならば、明日の経営管理者は7つの仕事に取り組むことを求められる。
(1)目標によってマネジメントする。
(2)長期の大きなリスクをとる。リスクを計算し、有利なリスクを選択し、何が起こるかを予期し、予期した事態あるいは予期せぬ事態が生じた場合の行動を自らコントロールする。
(3)戦略的な意思決定を行う。
(4)共通の目標のもとに自らの成果を評価するメンバーからなるチームを構築する。同時に、明日のための経営管理者を育成する。
(5)情報を迅速かつ明確に伝え、他の人を動機づける。すなわち責任ある参画を得る。
(6)一つあるいはいくつかの機能に通じているだけでなく、事業全体を把握する。
(7)いくつかの製品あるいは一つの産業に通じているだけでなく、それらのものを社会全体に関連づけ、そこにおいて重要なことが何であるかを知り、自らの意思決定と行動に反映させる。市場の外と国の外の動きに注意する。世界的な規模における経済、政治、社会の動きを把握し意思決定に反映させる。


序論 マネジメントの本質
 マネジメントの役割
 マネジメントの仕事
 マネジメントの挑戦

第1部 事業のマネジメント
 シアーズ物語
 事業とは何か
 われわれの事業は何か
 事業の目標
 明日を予期するための手法
 生産の原理

第2部 経営管理者のマネジメント
 フォード物語
 自己管理による目標管理
 経営管理者は何をなすべきか
 組織の文化
 CEOと取締役会
 経営管理者の育成

第3部 マネジメントの組織構造
 組織の構造を選ぶ
 組織の構造をつくる
 小企業、大企業、成長企業

第4部 人と仕事のマネジメント
 IBM物語
 人を雇うということ
 人事管理は破綻したか
 最高の仕事のための人間組織
 最高の仕事への動機づけ
 経済的次元の問題
 現場管理者
 専門職

第5部 経営管理者であることの意味
 優れた経営管理者の要件
 意思決定を行うこと
 明日の経営管理者

結論 マネジメントの責任

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○1452 『経営者の条件』 >P.F.ドラッカー/ダイヤモンド社

早速、エターナル・コレクションに着手。まずは1冊目の『経営者の条件』から。本書は、1966年、ドラッカー56歳のときの著作とのこと。万人のための帝王学と説明されているとおり、単なるノウハウ・テクニックではなく、心構え、あるべき姿といった精神論の領域にまで踏み込んでいるように感じた。

今回はノートを取りながら読書を進めてみた。ノートに書きつけた引用および要約を記録しておきたい。ちなみに、ノートを取りながら読書を進めると、その時に考えたこともメモするという利点が生じた。自分の考えのメモに関しては、今の仕事に直結するため、ここには記載できないが、受け身で本を読むのではなく、能動的に考えて読むという行為につながったように感じた。

・8つの習慣
(1)なされるべき事を考える
(2)組織の事を考える
(3)アクションプランをつくる
(4)意思決定を行う
(5)コミュニケーションを行う
(6)機会に焦点を合わせる
(7)会議の生産性をあげる
(8)「私は」ではなく「われわれは」を考える

・知識労働は、「コスト」でも「量」でもなく、「成果」によって規定される。

・成果を阻むもの
(1)時間を他人に奪われてしまう。
(2)日常業務に取り囲まれてしまう。
(3)組織で働いていること
 =ほかの者が彼の貢献を利用してくれるときのみ成果を上げることができるという制約。
(4)組織の内なる世界にいるという現実
 =組織の中に成果は存在しない。すべての成果は、顧客など組織の外にある。

・成果をあげる能力は習得できる。成果をあげることは1つの習慣である。実践的な能力の集積である。

・成果をあげるために身につけておくべき習慣的な能力
(1)何に自分の時間がとられているかを知ることである。残されたわずかな時間を体系的に管理することである。
(2)外の世界に対する貢献に焦点を合わせることである。仕事ではなく成果に精力を向けることである。「期待されている成果は何か」からスタートすることである。
(3)強みを基盤にすることである。自ら強み、上司、同僚、部下の強みの上に築くことである。それぞれの状況下における強みを中心に据えなければならない。弱みを基盤にしてはならない。すなわちできないことからスタートしてはならない。
(4)優れた仕事が際立った成果をあげる領域に力を集中することである。優先順位を決めそれを守るよう自らを強制することである。最初に行うべきことを行うことである。二番手に回したことはまったく行ってはならない。さもなければ何事もなすことはできない。
(5)成果をあげるよう意思決定を行うことである。決定とは、つまるところ手順の問題である。そして、成果をあげる決定は、合意ではなく異なる見解に基づいて行わなければならない。もちろん数多くの決定を手早く行うことは間違いである。必要なものは、ごくわずかの基本的な意思決定である。あれこれの戦術ではなく一つの正しい戦略である。

・知識労働者というものは、自らが自らに課す要求に応じて成長する。

・ゼネラリストについての意味ある唯一の定義は「自らの知識を全領域に正しく位置づけられる人」である。

・我々は貢献に焦点を合わせることによって、原則とすべきものを知る。貢献に焦点を合わせることによって、組織の内部に引きこもることを防ぐ。

・人に成果をあげさせるには「自分とうまくいっているか」を考えてはならない。「いかなる貢献ができるか」を問わなければならない。「何ができないか」を考えてもならない。「何を非常によくできるか」を考えなければならない。特に人事では一つの重要な分野における卓越性を求めなければならない。

・力強くはあっても腐ったエグゼクティブほどほかの者を腐らせる者はいない。そのような者は自らの仕事では成果をあげることができるかもしれない。ほかの人に影響のない地位に置くならば害はないかもしれない。しかし、影響のある地位に置くなら破壊的である。これは人間の弱みがそれ自体、重要かつ大きな意味を持つ唯一の領域である。

・人の世界では、リーダーと普通の人たちとの距離は一定である。リーダーの仕事ぶりが高ければ、普通の人の仕事ぶりも高くなる。集団全体の成績を上げるよりも、リーダー一人の成績を上げるほうが易しいということを知らなければならない。したがって、リーダー的な地位、すなわち標準を設定し基準を定める地位には、傑出した基準を設定できる強みを持つ人をつけなければならない。

・成果をあげるための秘訣を1つだけ挙げるならば、それは集中である。成果をあげる人は最も重要なことから始め、しかも一度に1つのことしかしない。

・完全な失敗を捨てることは難しくない。自然に消滅する。ところが昨日の成功は非生産的になったあとも生き続ける。もう一つ、それよりもはるかに危険なものがある。本来うまくいくべきでありながら、なぜか成果のあがらないまま続けている仕事である。

・状況からの圧力は、未来よりも過去を、機会よりも危機を、外部よりも内部を、重大なものよりも切迫したものを優先する。実は本当に行うべきことは優先順位の決定ではない。優先順位の決定は比較的容易である。集中できる者があまりにも少ないのは、劣後順位の決定、すなわち取り組むべきでない仕事の決定とその決定の順守が至難だからである。

・優先順位の決定には、いくつか重要な原則がある。すべて分析ではなく勇気に関わるものである。第1に過去ではなく未来を選ぶ。第2に問題についてではなく機会に焦点を合わせる。第3に横並びではなく独自性をもつ。第4に無難で容易なものではなく変革をもたらすものを選ぶ。

・集中とは「真に意味のあることは何か」「最も重要なことは何か」という観点から時間と仕事について自ら意思決定をする勇気のことである。この集中こそ、時間や仕事の従者となることなく、それらの主人となるための唯一の方法である。

・決定を行動に変えなければならない。決定は最初の段階から行動の取り組みをその中に組み込んでおこなければ成果はあがらない。事実、決定の実行が具体的な手順として、誰か特定の人の仕事と責任になるまでは、いかなる決定も行われていないに等しい。それまでは意図があるだけである。

・コンピューターが扱うことのできるのは抽象である。抽象化されたものが信頼できるのは、それが具体的な事実によって確認されたときだけである。それがなければ抽象は人を間違った方向へ導く。

・成果をあげるエグゼクティブは、意思決定は事実を探すことからスタートしないことを知っている。誰もが意見からスタートする。最初から事実を探すことは好ましいことではない。すでに決めつけている結論を裏づける事実を探すだけになる。したがって、現実に照らして意見を検証するための唯一の厳格な方法は、まず初めに意見があること。また、そうでなければならないことを明確に認識することである。こうした認識があって初めて、意思決定においても科学においても、唯一の起点として仮説からスタートしていることを忘れずにすむ。われわれは仮説をどう扱うかを知っている。論ずべきものではなく、検証すべきものである。

・最後に、伊S決定は本当に必要かを自問する必要がある。何も決定しないという代替案が常に存在する。意思決定は外科手術である。システムに対する干渉であり、ショックのリスクを伴う。よい外科医が不要な手術を行わないように、不要な決定を行ってはならない。




【目次】

序章 成果をあげるには
第1章 成果をあげる能力は修得できる
第2章 汝の時間を知れ
第3章 どのような貢献ができるか
第4章 人の強みを生かす
第5章 最も重要なことに集中せよ
第6章 意思決定とは何か
第7章 成果をあげる意思決定とは
終章 成果をあげる能力を修得せよ

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ダイヤモンド社がドラッカーのエターナル・コレクションというシリーズを刊行している。永久保存版、という位置づけであろうか。ドラッカーの名著、12作品(全15冊)のシリーズだ。

2007年に、このシリーズの存在を知って、古本屋で見かけるたびに購入してきた。1冊2000円程度するので、すべてそろえると3万円近く。本にはお金をかける私も、ちょっと躊躇してしまう金額だ。

最終巻の『マネジメント』だけ未購入の状態なのだが、1巻から12巻までがようやく手元にそろったので、ゴールデンウイークから読み始めてみた。何となく、ハードルが高くて手を出せなかったのだが、せっかくの名著群を積読にしておくのは、それこそ宝の持ち腐れ。

1巻から順に読むのがよいのか、刊行年度から読み進めるのがよいか、暇に飽かせてパラパラと目次などを眺めてみた。すると、どうも経営書だけではないようだ。ドラッカーというだけで、中身も見ずに買っていたせいで、今まで気づかなかったのだが。

あらためてシリーズを列挙してみると次の通り。

『経営者の条件』
『現代の経営』上下巻
『非営利組織の経営』
『イノベーションと企業家精神』
『創造する経営者』
『断絶の時代』
『ポスト資本主義』
『「経済人」の終わり』
『産業人の未来』
『企業とは何か』
『傍観者の時代』
『マネジメント』上中下巻

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経営学に関するものは、『現代の経営』『経営者の条件』『創造する経営者』が3大古典という扱いになっているらしい。これらに『マネジメント』が加わるのであろう。このあたりは、一番とっつきやすそうだ。

意外だったのは、『「経済人」の終わり』と『産業人の未来』。これらは経営書というよりも歴史書・政治の書である。特に、『「経済人」の終わり』は、1939年、ドラッカー29歳のときの処女作だそうだ。チャーチルが本書を絶賛したことで有名になったらしい。また、『傍観者の時代』は、ドラッカーの自伝である。これら3冊は、まだ今の私が読む段階ではないと判断した。もうしばらく積読のままでいてもらおう。

『非営利組織の経営』と『企業とは何か』は、残念ながら、目次を見ただけで読むのをやめようと決めた。なんとなく感性に合わないと感じたのだ。合わない本を無理して読んでも、得るものは少ないと判断。

残った、『イノベーションと企業家精神』『断絶の時代』『ポスト資本主義』は、経営書というよりも時代の流れをとらえた社会学・経済学のような位置づけであろうか。こちらもなかなかハードルが高そうだが、挑戦してみたい。

◇1451 『知の教室−教養は最強の武器である』 >佐藤優/文春文庫

佐藤さんのこの手の本は、もういいやと思っていたのだが、本屋でパラパラと立ち読みをしていて「本を読む体力」「読書的体力」という言葉が目に飛び込んできたので、買ってしまった。というのも、最近、自分の読書的体力が落ちてきていると感じているから。いや、落ちているというよりも伸びていない、といった方が正確だろうか。

今まで読んできた本が安易だったとは言わないが、自分なりに少し読む本のレベルを上げようと意識したところ、とたんに読み進めるのが辛くなってきているのだ。本来、読書とは楽しいものであるべきであり、新しい知識や概念に触れるのは喜ぶべきことなのだが、相手が難解だとその気力もそがれてしまう。

では佐藤さんはどうしているかというと、まずは速読で読むべき本をスクリーニングし、選んだ本を熟読している。また、読む順番も大事だとのこと。いきなり難しい本を読んでも理解できない。まずは十分な基礎体力が必要ということか。さらには、難しくて読み切る自信がなければ音読も勧めるとのこと。自分で読み上げてiPadに入れて後から聞いてもよい。気になる部分は書き写すのもよい、とのこと。

要するに五感を総動員して読み切れということなのであろう。私自身が最近始めたのは、気になった個所をその場でノートに書き写すという行為。従来は、本の端を折ったり付箋をつけたりして、書評を書くときにパソコンに打ち込んでいたのだが、そうではなく、読んでいて気になったその時点で、ノートに手書きで書き写すのだ。難解な本の場合は、こうやって、重要なポイントを整理しながら読み進めた方が、結果的には早く読めるし、きちんと理解もできる。読書の急がば回れということか。

それでは気になった箇所を要約して引用。

・いまはあらゆる仕事で数学の比重が高まっている。たとえば『分数ができない大学生』(岡部恒治/ちくま文庫)を最低限読んでおくべき。

・歴史については高校の教科書を読むのがいい。特に日本史A・世界史Aがおすすめ。Bシリーズは進学校が使う教科書で用語の羅列。それに比べてAシリーズは解説がしっかりしている。

・宗教に関心をもっているのではない標準的な日本人が欧米文明(それは依然として国際社会において指導者的役割を果たしている)について知るためには新約聖書だけを読んでおけば十分と考える。そこで佐藤氏が解説をつけたのが『新約聖書I・II』(文春新書)

・リーダーに必要な資質とは、自分の仕事に直接、関係のないものには触れないというのではなく、リーダーとして成長するのに役立つのであれば何であれ手にするという姿勢。歴史や文学に触れる中で涵養される洞察力、教養、そして余裕が重要。

・『論理的に考え、書く力』(芳沢光雄/光文社新書) グローバル化時代に大切なのは、立場の違う相手にも納得できるように伝える論述力。そのために必要な資質とは、答えよりプロセスを重視する姿勢。

・『時間と自己』(木村敏/中公新書) 「こと」と「もの」の違いからアプローチして、精神病者の時間感覚をベースに、時間と私が私自身であることのかかわりを考察する。

・『新体系・中学数学の教科書(上下)」( 芳沢光雄/講談社ブルーバックス) 数学的な思考法は、文系理系を問わずとても大切だ。中高で数学をスルーしてしまった人も、この一冊を改めて読み返せば、数学らしい証明力・論述力を身につけることが可能。

・「わが心の書」を一冊だけあげよということならば、チェコの神学者ヨゼフ・ルクル・フロマートカの自伝『なぜ私は生きているのか』(新教出版社)をあげる。(by佐藤優)

・明治人はもともと方言と標準語の2つを操るバイリンガルだった。また漢籍をしっかり勉強しており、国語力があったため、英語の上達も早かった。さらには、1日18時間勉強したり、図書館にあった英語で書かれた本を全部読んだりと、勉強ぶりも桁外れだった。

・石光真清の『城下の人』(中公文庫)などを読んで、この人は一級の諜報員だと思った。情報屋で重要なのは文章力。

・法律用語に「発生事実」と「決定事実」という言葉がある。発生事実とは、物理的に物事が発生したそのままの事実。それに対して決定事実とは、当事者が「これが事実である」と取り決めた人為的な「お約束」。欧米、そして日本で重視されるのがより客観的な発生事実であるのに対し、中国は決定事実でしか歴史を語らない。

・現在の中国はまぎれもない帝国主義。しかし、旧来型の帝国主義のように植民地の争奪戦や国家間が正面からぶつかる戦争は行わない。そのかわり、宣伝戦や反日デモなどの経済的圧力などを駆使して、近隣国家の権益を収奪するというソフトな新帝国主義を実践している。

・佐藤氏はロシア人の内的ロジックを、次のように理解している。西ローマ帝国を継承する欧米文化は、ユダヤ・キリスト教の一神教の伝統、ギリシア古典哲学、ローマ法から形成されている。これに対して東ローマ(ビザンツ)帝国を継承するロシアでは、前二者の伝統は共有するが、ローマ法的意識は希薄である。「合意は拘束する」というローマ法の原則よりも、「確かに口ではそう誓ったが、心は誓いにはとらわれていない」というギリシア古典劇の台詞のほうが、ロシア人の世界では普遍的なゲームのルールなのだろう。

・『北方領土交渉秘録』(東郷和彦/新潮文庫) 東京宣言に基づき、2000年までに北方領土問題を解決しようという合意の事実関係がよくわかる。

・「イスラム国」に関する情報が欲しいという場合、池内恵さんの『イスラーム国の衝撃』を読むであろう。この本の参考資料になっているのが、今の神奈川県警本部長で、外事警察で活躍された松本光弘さんの『グローバル・ジハード』(講談社)だ。今のイスラム国がどうして登場してきたのかという論理を見事に解明している。この本をイスラム専門家である池内さんが、きちんと消化してインテリジェンスとの学際的な作業をすることに成功したのだ。

・外国でバーベキュー、中東でシャシリック(シシケバブ)に呼ばれるようになると、関係がかなり深くなったことになる。ポイントは煙。われわれは一緒に食事をしている。煙は誰が食べるのか。神様が食べる。神様と共食しているわけだ。




【目次】

第1講座 佐藤優の知的技術のヒント
第2講座 情報を拾う、情報を使う
第3講座 知をビジネスに取り込む
第4講座 知の幹を作る最低限の読書
第5講座 武器としての教養を蓄える
第6講座 佐藤優式・闘い方を学ぶ
第7講座 対話のテクニックを磨く
第8講座 分析力を鍛える―国際情勢篇
第9講座 分析力ケーススタディ―ロシア読解篇
第10講座 佐藤優の実戦ライブゼミ

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『マネーロンダリング』 >橘玲/幻冬舎文庫

橘玲さんの名作を再読。『「読まなくてもいい本」の読書案内』が面白かったのと、ビジネス小説特集で本書が上位に入っている記事を見かけて、思い出したのだ。初読は2002年で、2005年にも再読している。当時は自分が香港の近くに住むことになるなどとは夢にも思っておらず、純粋な金融小説として楽しんだ。今回、ストーリーのほうは読む進めるうちに、おぼろげながら思い出してきたので、むしろ香港の地名に懐かしさを馳せて読了。

今読んでも十分に面白い内容。しかしながら、中国の管理下に置かれつつある今後の香港は、今まで通りの自由な金融取引をキープできるのだろうか。また、マネーロンダリングといえば、パナマ文書が話題になっている。こちらも香港にとっては逆風ではなかろうか。香港の洗練されているようでいて、自由で猥雑な何とも言えない雰囲気。この雰囲気は消えてほしくないものである。

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◎1450 『AKIRA』 >大友克洋/講談社

『AKIRA』は、私が中学生のころに連載されていた漫画。壮大なストーリーのせいであろうか、なかなか筆が進まないようで、時々連載が中断されたりして、ヤキモキしていたのを思い出す。改めてコミックの奥付に書かれている連載期間を確認すると、1982年から1990年まで、10年近くの歳月をかけての作品。巷にはずっと連載を続けている長寿漫画もあるが、そういった類のものとは一線を画しており、密度の濃い物語である。

骨太のストーリーと緻密な画。そのコントラストが美しく、今読んでも圧巻である。引っ越しで本棚を整理していて、そういえば書評を書いていなかったと、ゴールデンウイークを利用して読破。もっと時間がかかるかと思っていたが、1日で読了してしまった。それにしても薬物による人格の覚醒、人間を兵器として利用しようという発想。すべてがぶっ飛んでいる。

読み終えて感じたのが『ジェノサイド』との相似。新人類と、その新人類が持つパワーの使い方。「恐ろしいのは知力ではなく、ましてや武力でもない。この世でもっとも恐ろしいのは、それを使う人格なんです」という『ジェノサイド』のワンシーンを思い出してしまった。

『AKIRA』が描かれた時代も冷戦下。人類が核の恐怖に怯えていた時代である。そんな時代だからこそ生まれてきた物語であろう。もし、今、大友さんが未来を描くとすれば、どのようなストーリーが生まれるのだろか。イスラム国の台頭や頻発するテロルなど、もっと複雑な物語になっていたかもしれない。

ちなみに、今更気づいたのだが、『AKIRA』の舞台は2019年。翌年の2020年には東京でオリンピックが開催されるという設定になっている。偶然ではあるが、奇妙な一致が恐ろしいと感じた。東京の晴れ舞台が、終末を予測させるようなものにならないことを祈りたい。

最後に、印象的だったセリフを2つ。

「未来は・・・一方向だけに進んでる訳ではないワ・・・私たちが選択できる未来もあるはずよ・・・」byキヨコ

「遠方を見るとき人間はどうする。目を細めるではないか・・・もっと大きなものを見るときはどうする。目を開いておっては見えはせぬ」byミヤコ


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○1449 『ジェノサイド』 >高野和明/角川書店

背表紙あらすじ:【上巻】イラクで戦うアメリカ人傭兵と、日本で薬学を専攻する大学院生。まったく無関係だった二人の運命が交錯する時、全世界を舞台にした大冒険の幕が開く。アメリカの情報機関が察知した人類絶滅の危機とは何か。そして合衆国大統領が発動させた機密作戦の行方は―人類の未来を賭けた戦いを、緻密なリアリティと圧倒的なスケールで描き切り、その衝撃的なストーリーで出版界を震撼させた超弩級エンタテインメント、堂々の文庫化!

【下巻】研人に託された研究には、想像を絶する遠大な狙いが秘められていた。一方、戦地からの脱出に転じたイエーガーを待ち受けていたのは、人間という生き物が作り出した、この世の地獄だった。人類の命運を賭けた二人の戦いは、度重なる絶対絶命の危機を乗り越えて、いよいよクライマックスへ―日本推理作家協会賞、山田風太郎賞、そして各種ランキングの首位に輝いた、現代エンタテインメント小説の最高峰。

小説を読む量を意識的に減らしているので、手に取ると久しぶりと感じるのだが、振り返ってみると月に1〜2冊は小説も読んでいる。たまには息抜きの読書も必要だしね。本書は、タイトルから連想されるイメージが悪く、あまり期待していなかったのだが、読み始めた途端、ぐいぐいと引き込まれてしまった。「人類の未来」がテーマなのかもしれないが、そんな小難しいことは別にして、素直に面白い。ハリウッド的なハラハラドキドキ感は最高。

冒頭のシーンで、ハイズマン・レポートなるものが登場する。レポートが書かれたのが冷戦の真っただ中である1977年。この後、ジョナサン・イエーガーと、古賀研人という2人の主人公が、交互に現れるのだが、30年前の世界と現代とを、あたかも同時進行しているように書き分けているトリック小説かなと、勘違いしてしまった。

イエーガーと研人の物語はあくまでも同時進行。ハイズマン・レポートだけが30年前の代物であり、これは完全なる私の勘違い。余計なことを考えず、素直に物語に没入すればよかった。。。

ここからはネタバレなので未読の方はご注意を。

物語の中盤あたりから明らかになってくるのだが、本書には進化した人類(いや、もはや人類とは呼べないのかもしれない)が登場する。その圧倒的な知性を恐れる米国政府が、新人類の抹殺を計画するというストーリーだ。その圧倒的な知性は、通常では開発できないような難病の治療薬を開発させたり、政府や公的機関のコンピューターにいとも簡単にハッキングできたりする。人類を圧倒する生命体が何を考え、何をなし得るかというのは、いくら空想を重ねても難しい。筆者である高野さんは、その答えの一つを「複雑系」に見出している。

本書で細かな説明はなされていなかったが、新人類のアキリが、葉っぱを手のひらから落とすと、地面に描いた円の中に収めることができるという。これは、複雑系の不規則な法則を読むことで、どの角度で葉っぱを落とせば円の中に収まるかを計算できるということだ。また、ラスト近くで、メタンガスが溜まっている海域に戦闘機をおびき寄せるシーンがあるが、これもメタンガスがどういうふうに流れるかを複雑系の計算で導き出しているということだろう。

ハイズマン・レポートがなかなか興味深く秀逸だったので、少し長くなるが、一番重要な第5章を引用させていただく。

5.人類の進化

生物進化が、遺伝子の点突然変異によってのみ、もたらされるという言説には疑義を呈する。化石資料を見る限り、生物進化は漸進的あるとともに断続的である。進化と言う現象には、漸進と断続の両面から生物種を作り替える未知のメカニズムが潜んでいる。生物は、長い時間をかけて微細な変化を蓄積させていく一方で、ある時突然、大きく形質を変え得るのである。そしてこの主張は、我々霊長類にも当てはまる。

著書『ヒトと進化』の中で、形質人類学の視点から人類の進化について論じたパリ大学教授ジョルジュ・オリヴィエの言を借りるなら、「未来のヒトは間もなく不意に来る」ことになる。実際のところ、約六百年前にチンパンジーとの共通祖先から枝分かれした生物は、猿人、原人、旧人、新人と姿を変える過程で、進化の速度を明らかに加速させている。人類の進化は、明日にでも起こり得るのである。

現生人類から進化を遂げた次世代のヒトは、大脳新皮質をより増大させ、我々をはるかに凌駕する圧倒的な知性を有するはずである。その知的能力を、オリヴィエはこのように想像する。「第四次元の理解、複雑な全体をとっさに把握する事、第六感の獲得、無限に発展した道徳意識の保有、特に我々の悟性には不可解な精神的特質の所有」

このような次世代の人類が出現し得る場所は、文明国ではなく、周囲との交通が遮断された未開の地である可能性が高い。こうした地域に住む少数の集団では、個体レベルの遺伝子変異が集団間に定着しやすいためである。

では、新たに誕生したヒトは、どのように行動するだろうか。間違いなく言えることは、我々を滅ぼしにかかるだろうということである。現生人類と次世代の人類、この二つの生物種は生態的地位(エコロジカル・ニッチ)が完全に一致するため、我々を排除しない限り、彼らの生息場所は確保されない。その上、彼らからみた現生人類とは、同種間の殺し合いに明け暮れ、地球環境そのものを破壊するだけの科学技術を持つに至った、危険極まりない下等動物なのだ。知的にも道徳的にも劣った生物種は、より高度な知性によって抹殺される。

人類の進化が起これば、ほどなくして我々は地球上から姿を消す。北京原人やネアンデルタール人と同じ運命を辿るのである。


最後に、印象に残ったセリフを抜粋。特に最後の一文は、本書の大きなテーマの一つに通ずる、筆者の思いが詰まったセリフであろう。

「戦争というのは形を変えた共食いなんだ。そして人間は、知性を用いて共食いの本能を隠蔽しようとする。政治、宗教、イデオロギー、愛国心といった屁理屈をこねまわしてな。しかし根底にあるのは獣と同じ欲求だ」

「一つだけ言うなら、失敗のない人生などあり得ないし、その失敗を生かすも殺すも自分次第だということだ。人間は失敗するだけ強くなれる。それだけは覚えておきなさい」

「恐ろしいのは知力ではなく、ましてや武力でもない。この世でもっとも恐ろしいのは、それを使う人格なんです」


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◇1448 『孫正義・危機克服の極意』 >ソフトバンクアカデミア特別講義/光文社新書

本書は速読を意識しなくとも、さらっと読めてしまう内容。ソフトバンクが直面した危機に対して、それに対峙する際の心構えや考え方が書かれている。しかしながら、あまりにもさらりと書かれすぎていて、自分のこととしてとらえて危機感を醸成するまでには至らなかった。やはり、こういった危機克服というのは、ケーススタディも大事だが、自身が経験することが何よりの学習なのであろう。

それでは気になった箇所を要約して引用。

・ソフトバンクBBの顧客情報漏えい事件の後。孫社長が責任者にかけた言葉。「今回の件で一番悔しさ、苦しさを知っているのはおまえだ。それをもとにソフトバンクを一番セキュリティの強い会社にしろ。それができるのはおまえだ。変なもの(辞表)は出すな」

・大事なのは、逃げないこと、隠さないこと。顧客には誠実に、ちゃんとオープンに対応していく。

・リーマンショックで株価が急落した時には、決算発表の予定を1週間早めて実施。また、従来開示していなかった業績予想を、フリーキャッシュフローの予想と借入残高の予想も含めて2年分を開示。市場を安心させ、株価下落を食い止めた。

・会社の危機については、「7」という数字を使う。会社の資産、利益、資金が3割くらい失われても、それはトカゲの尻尾でまた生えてくる。しかし、4割、5割を失うかもしれないところまでリスクを冒してはいけない。7割は温存できるという範囲でしかリスクテイクしてはいけない。何か新しいことをやるばあい、7割以上成功する確率でないと始めてはいけない。9割、10割の成功を目指すと出遅れてしまう。7割以上の成功が見込める、あるいは、失敗しても7割以上を温存できるという確率で、判断しなければならない。

・難事に突き当たった時に眼をそらす人は、リーダーになってはならない。

・知恵や知識は、道具に過ぎない。明確な志し無き時は道具の持ち腐れである。

・ビジョンを持つというのは、山に登る前から、山頂から見える景色とはどんなものだろうかと想像することです。

・常識で考えて解決策が出ない時は、絶好なチャンス到来と思え。常識で出来る範囲であれば既にそれは平凡な物である。

・僕にとって「悩む」ことは、悲しみに沈むようなことじゃない。非常にアクティブにアグレッシブに、持っている選択肢について考え抜くということなんです。

・努力しても報われないなあと感じ嘆く時、大抵の場合は、まだ本当の努力をしていない。

・弱音は吐くものではない。呑み込むものである。

・責任転嫁をしてはならない。すべての責任は己の中にある。その様に覚悟を決めるだけで物事は前進する。




【目次】

第1部 孫正義危機克服の極意
第2部 孫正義名言集

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◇1447 『未来の働き方を考えよう−人生は二回生きられる』 >ちきりん/文藝春秋

ちきりんさんの本は、書店では何度か目にしていたものの食わず嫌いであった。読もうと思ったきっかけは出口治明さんが推薦していたから。読んでみるとなるほど、視点が面白い。最初に読んだのは『自分のあたまで考えよう』だが、本書は私にとっては2冊目。

さて、この本は『ワークシフト』という本を、ちきりんさんが読んだことがきっかけで書かれたもの。『ワークシフト』は私も読んでおり、それなりに感銘を受けたが、ちきりんさんほど深く考えることはなかった。

また、本書では「世界を変える3つの革命的変化」として「IT革命による大組織から個人へのパワーシフト」と「グローバリゼーションによる先進国から新興国へのパワーシフト」が紹介されている。ここまでは、私もなんとなく意識していたもの。今回新たな気づきを得たのは3つ目の「人生の長期化によるストックからフローへのパワーシフト」である。

「ストックからフローへ」と書いても後から読むと訳が分からないと思うので、もう少し解説を加えておこう。分かりやすく言うと、ストック型というのは貯金はあるが稼ぐ力がないこと、フロー型というのは貯金はないが稼ぐ力を持っていること。

寿命が伸びたことによって、長生きのリスク、つまり想定以上に長生きしてしまい暮らしていく資金がなくなってしまうリスクが生じてきた。これを打破するためには、若いうちに貯金に励み、老後はその貯金を取り崩して生きていくというストック型では対応に限界があり、たとえ年を取っても一定の収入を得ることのできるスキルを持って、貯金や年金に頼らずとも自分で稼いで生きていくパワーを身につける必要があるということだ。

また、もう1つ気づきを得たのが、副題にもある通り、人生は二回生きられるということ。つまり、40代くらいで一度キャリアを見つめなおすことで、後半の人生をまったく違ったものに転換できるというのだ。今までは、40代ともいえば会社における先が見えてくる頃。とはいうものの、転職するには手遅れだと感じ、汲々と会社にしがみつく。そんな人生ではなく、40代でもう1つ別パターンの職業人生を送ればよい、というのが本書の主張の根幹である。

かく言う私も40代。私なりにいろいろと考え、もう少し今の仕事を突き詰めてみたいと考えている。ちきりんさんの提案とは方向が違うけれども。

最後に、印象的だった一文を引用して筆をおきたい。

人は、不遇な立場に置かれると、しっかりと考えるようになります。ものごとにはいい面と悪い面があります。幸運な立場にあったからこそ何も考えずに済み、そのために人生の折り返し地点を過ぎてさえ、自分がどういう人生を送りたいのか、自覚的になれない人もいるのです。そういう意味では今の若者は幸せです。希望する会社に入れなければ、たとえ内定がもらえても、これが本当に歩みたい道なのか、真剣に考えるでしょう。働き始めてからも、経済環境が悪いために後ろ向きな仕事が続けば、ずっとここに居ていいのかと、考え続けるはずです。そうやって意識的に考えてこそ、自分のやりたいことに気がつくのが、私たち「のほほん」とした人間の性(さが)なのです。



【目次】

序章 “働き方本”ブームが示すモノ
第1章 現状維持の先にある未来
第2章 世界を変える3つの革命的変化
第3章 新しい働き方を模索する若者たち
第4章 ふたつの人生を生きる
第5章 求められる発想の転換
終章 オリジナル人生を設計するために

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◇1446 『すらすら退職給付会計』 >佐藤雄太/中央経済社

ちょっと仕事で必要に迫られて購入。私の退職給付会計に関する知識は、2007年の中国赴任前で停止してしまっている。その後、平成24年(2012年だからちょうど中国赴任中)改正基準にて、大きく処理が変わってしまった。そのうち、IFRS基準なども更新され、知識があやふやになってしまっていた。ちょうどよい機会なのでと、本書を購入。

茨城に転勤してきてから、まだ近くに大きな本屋を見つけられずにおり、Amazonで取り寄せ。内容を見ずにレビューを信じて買ったのだが、これが大当たり。鈍ってしまっていた私の頭の知識を呼び戻してくれたし、今回の平成24年改正についても非常にわかりやすく、よく理解できた。

せっかくなので、ちょっと専門的になるが備忘のメモを。

・平成24年改正基準のキモは、これまで損益計算書の遅延認識を優先するために簿外にされてきた部分=数理計算上の差異を、貸借対照表で即時認識する、というもの。

・退職給付会計は予想に依拠する部分が多く、これを毎年のPLに認識していると、業績のブレ幅が大きくなってしまう。これを避けるために、遅延認識し、安定的な会計処理がなされてきた。一方、BSの退職給付にかかる負債については、できるだけ時価で認識すべきという、即時認識に対するニーズがある。これらを両立させるため、退職給付にかかる負債の相手勘定を、PLの退職給付費用ではなく、純資産へ直入したのが、実務上のポイント。

・純資産に直入する際、税効果会計を意識すること。つまりBSが100動いたとすると、純資産は60しか動かず、税金相当の40は繰延税金負債として計上される。これは、ここで発生したBSの100の変動は、あくまでも未実現の評価損益であり、実際の税金計算とは区分する必要があるため。

・純資産に直入された数値は、「退職給付にかかる負債」として計上され、「その他の包括利益」にて表記される。この「その他の包括利益」のことを「OCI(Other Comprehensive Income)」という。

・時間の経過により、退職給付にかかる負債から、PL勘定である退職給付費用に振り替えが行われていく。これを「組替調整」または「リサイクリング」という。

・IFRSではPL勘定での遅延認識が廃止されている。この点が日本基準との最大のギャップ。これにより、IFRSでは組替調整は発生しないこととなる。


この筆者の素晴らしいところは、素人が躓きやすい点を丁寧に解説しているところ。会計の専門書であれば、知ってて当然とばかり解説をすっ飛ばしているような点まで懇切丁寧に書かれている。筆者の整理された頭の中が伝わってくるかのよう。私自身、書類作成時などにはこのような記述を心掛けたいとさえ思った。隠れた名著である。



【目次】

第1章 退職給付って何ですか?
第2章 退職給付計算の全体像
第3章 退職給付の計算はこうする
第4章 連結財務諸表上の取扱い(平成24年改正基準)
第5章 その他の実務上のポイント
第6章 IFRSはこうなる

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◇1445 『外資系コンサルの知的生産術−プロだけが知る「99の心得」』 >山口周/光文社新書

本書は購入した記憶が全くないという不思議な本。この手のノウハウ本からは卒業しようと思っているのに、なかなか抜け出せない。まぁカンフル剤のように、たまに読んで、意識を高めるのには役に立つであろう。

読んでいて一番ドキッとしたのは、読むべき本のロングリストを作って、片端から読んでいったが、内容をなんとなく覚えているのは1割にも満たないという記述。私も、似たような状況に陥っているかもしれない。ある程度の多読は必要だが、そろそろギア・チェンジをする必要があるのでは、と感じていたので、なおさらその感を強めた。

あと、アレっと思ったのが最後に出てくる映画『E.T.』に関する挿話。映画を見ていて大人の顔が画面に出てこないことに気付いたというのだ。子供たちの味方しか顔を見せないという天才的な演出については、雑誌の記事で読んだことがある。筆者自身が、映画を見ていて気付いたというのだが、もし本当に自分で気付いたのであればこの筆者・山口さんは素晴らしい洞察力をお持ちの方である。

さて、せっかくなので、新しい気付きを得た箇所を要約して引用。

・顧客(上司を含む)に対して知識を提供する際は、「広さによる差別化」か「深さによる差別化」のどちらが求められているかを、最初に整理しておくこと。

・プロフェッショナルは、常に100%の力を出し切るのではなく、80%の力でクライアントを継続的に満足させられる人。置かれている状況、作業を依頼する相手方の力量、扱うテーマの難易度に応じて適切なミニマムラインの設定を行うのが、管理職の大事な仕事。

・知的生産の実務においてインパクトのある成果物を生み出す方法:(1)相手が知らないような一次情報を集めて情報の非対称性を生み出すというアプローチ。(2)顧客がすでに知っている二次情報を高度に組み合わせて情報処理し、インサイト=洞察を生み出すというアプローチ。

・学習のS字カーブを意識する。学習曲線を立ち上げるには一定の臨界量を超えるインプットが必要。一方で、インプット量がある一線を越えると学習効率は低減してしまい、時間投資に見合った効果を得られなくなってしまう。よって、3〜5冊程度の主要書籍・解説書に目を通しておけば、ほぼ十分な情報量が得られる。

・長く考えるのではなく、何度も考える。思考の総量は「考える時間」の量よりも「考える回数」の量によって決まる。

・ヒューリスティックなアプローチ:必ずしも論理的に正しい答えを導けるわけではないが、ある程度のレベルで正解に近い解を得ることができる方法。あるいは、必ずしも答えの精度は保証されないが、答えに至るまでの時間が少なくて済む方法。

・視点・視野・視座の取り方を他人と変える。視点とは対象に着目するポイント、視野とは検討する対象の空間的・時間的な広がり、視座とは対象を考察する上での自分の立ち位置。

・帰納すれば無理そうだが、演繹して必然性を導けない以上、ブレイクスルーがあるかもしれない、と感じるセンス。例えば「人間の死」は、帰納法でしか証明されておらず、演繹法によって厳密に論理的に導き出すことができない。ということは、死なない可能性をブレイクスルーできるかもしれない。

・具体的に行動するためには、抽象行動用語を使わない。抽象行動用語=検討する、推進する、強化する、実践する、注力する、連携する、など。

・論理・倫理・情理=ロゴス(ロジック)・エトス(エシックス)・パトス(パッション)

・どれがけ長期的に、質の高い知的生産を継続して行えるかは、自分という知的生産のシステムの中にどれだけ容量の大きい知的ストックを抱えられるかにかかっている。知的ストックが厚くなると、洞察のスピードと精度が高まる。

・重要なのは「常識を疑う」態度を身につけることではなく、「見送っていい常識」と「疑うべき常識」を見極める選球眼を持つこと。




【目次】

第1章 知的生産の「戦略」
第2章 インプット
第3章 プロセッシング
第4章 アウトプット
第5章 知的ストックを厚くする

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◇1444 『現代中国の歴史−両岸三地100年のあゆみ』 >久保亨他/東京大学出版会

本書は中国赴任前に買ったもの。一度通読したのだが、なぜか書評を書いていない。一時期、中国の近・現代史については、たくさんの本を読み漁ったが、こういった記憶は使わないとどんどん減退していく。埋もれた記憶を活性化させようと、ゴールデンウイークに再読したもの。

中国の近代史は1840年のアヘン戦争に始まると思っているのだが、本書は「現代史」という位置づけなのであろうか、1901年の光緒新政あたりから始まっている。そこから2008年の本書執筆当初の調和社会までを一気に描いている力作。それぞれの事件の背景や原因なども、きちんと書かれており、非常にわかりやすい。

個人的には、岩波書店の『中国近現代史』も好きなのだが、こちらは残念ながら1985年までの記述。(執筆時期が1986年のため) 中国は地理的にも切っても切れない関係。ビジネスでの関わりも継続するであろうから、ぜひ本書のような近現代史を通読することをお勧めする。



【目次】

第1章 中華民国の誕生
 20世紀初頭の世界と中国
 地方の時代
 民族運動の形成と展開
 革命政党による政治

第2章 国民党中国の近代化と抗日戦争
 自立への模索
 帝国日本との対決
 抗日戦争と中国の戦時体制
 近代教育と都市文化の展開
 植民地台湾の発展

第3章 共産党中国の成立と冷戦
 戦後再建の試みと国共内戦
 戦時体制から社会主義へ
 文化大革命への道とその破綻
 画一化された社会
 戦後台湾の出発と香港

第4章 現代の中国と世界
 改革開放と天安門事件
 冷戦の終結と経済成長
 多様化する社会
 香港と台湾の変容

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◇1443 『木のいのち木のこころ・天』 >西岡常一/草思社

確か、伊丹敬之先生が紹介されていた本だったと記憶している。積読でずっと本棚で眠っていた本。読み始めると、温かな語り口調に引きずり込まれ、一気に読了。

本書で語られていることを、敢えて一言で言うならば「適材適所」。これは、木材を適所に使うということであり、人材を適所に使うということでもある。棟梁たるもの、これができなければ職を去れ、とまで自分に言い聞かせている。

「百論をひとつに止めるの器量なき者は謹み惧れて匠長の座を去れ」

これは、口伝と呼ばれる宮大工の棟梁に代々受け継がれてきた格言の一つ。

木を選ぶには山を見るという。その木が北側で育ったのであれば、建物の北側に使う。そうすることで、千年持つ建物ができる。木の特性を知らずに、合板のようなものを使っていたのでは、この強さはでない。

人間も同じであり、その人の特性を見ながら根気よく育てる。生活を共にし、箸の上げ下げにまで口を出す。丸暗記ではなく自分で考える人を育てる。丸暗記するだけでは新しいものに向かっていけない。

1つのことを究極した人にしか出せない、貫禄、威厳、そして温かさ。リーダーたるもの、読んでおいて損はない名著である。



【目次】

I.宮大工という仕事/木を長く生かす/木の二つの命/礎石の大切さ/木の触り心地/飛鳥の工人に学ぶ/古い材は宝もの/千年の命の木を育てる/宮大工棟梁の自然観/道具と大工の魂/創りたいもの/経験という学問/大工だからこそわかること/学者と職人

II.徒弟制と学校/教えるということ/芽を伸ばす/育てるということ/無駄の持つ意味/褒めること/癖のある木、癖のない人/おじいさんの教え/法隆寺棟梁三代目/息子に継がせなかった理由/夫として父として/思い出に残る人々/法隆寺大工の口伝/巡り合わせた時代のこと

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◇1442 『池上彰の大衝突−終わらない巨大国家の対立』 >池上彰/集英社文庫

積読整理の第一弾。池上さんの本は分かりやすくかつ本質をついていて好きなのだが、残念ながら本書は2010年のもの。この手の本は鮮度が大事であり、なぜもっと早く読まなかったのかと反省。本書が書かれてからの5年間に世界情勢は大きく動いている。新聞などで既知の部分は読み飛ばし、あまり理解できていなかったロシアとサウジアラビアの解説についての部分を精読した。

読み飛ばしたとはいえ、大きな項目は追っていったので、だいたいの流れは頭に入ってくる。すごいと感じたのは、中国とアメリカの対立、ロシアとアメリカの対立など、現在、顕在化している問題点がきちんと網羅されている点。以前、池上さんの情報整理法に関する記事を読んだことがあるのだが、気になる情報をカテゴリーごとに区分しているとのこと。(クリアファイルだったか、封筒だったかは忘れてしまった) こういったカテゴリー化=頭の引き出しに情報を整理して蓄積していく行為、が分かりやすい解説につながるのであろう。

それでは気になった箇所を要約して引用。

■ロシア

・1991年12月、約70年継続 したソ連が崩壊。→急激な市場経済の導入により、インフレや経済格差が広がり、大きな混乱が生じた。

・1992年、旧ユーゴスラビアのボスニア・ヘルツェゴビナで紛争勃発。宗教的にも近いセルビア勢に加勢するロシアと、ボスニア勢に肩入れする西側諸国との間に緊張が。

・1994年、反政府勢力を攻撃するという名目でロシア軍がチェチェンを攻撃。

・1997年、タイ・バーツ暴落を発端とした金融危機が、ロシアにも波及。

・1998年8月、ルーブル切り下げなどの経済政策を実施。多くの銀行が倒産し、たくさんの個人の預金が失われた。→エリツィン政権下の8年でGDPは4割縮小。

・プーチン政権の特徴:報道規制、企業の国営化、民族独立への抑制など、中国に似ている。

・チェチェン:ロシア連邦を構成する共和国の1つ。イスラム教徒が多く、18世紀後半から19世紀半ばにかけてイスラム国家を樹立していた。→ロシアへの帰属意識が少なく、独立志向が強い。1991年のソ連崩壊を機に、独立の動きあり。スターリン時代に、チェチェン人がドイツ人と手を組むのではないかと不安視され、強制的にカザフスタンへ移住させられた。

・グルジア(現ジョージア)は、NATO加入を申請し、ロシアからにらまれる。

■サウジアラビア

・サウド家が支配する王国。一夫多妻制の影響で、王子だけでも1万人弱。国の主要ポストはすべて王族が独占。王族支配に対する国民の不満が高まり、イスラム原理主義過激派の勢力が伸長。

・サウジアラビアは、イスラム教を国教とする専制君主国家。→米国とは対立する思想だが「石油」が両国を取り持っている。

・第二次世界大戦後、ソ連が中東への影響力を強める。→石油と安全保障で、米国とサウジアラビアが結びついた。

・イラクのクウェート侵攻時に、危機感を抱いたサウジアラビアが、米国に応援要請。→異教徒や女性兵士が聖地に踏み込んできたと、イスラム教徒の怒りを買う。

・ソ連のアフガニスタン侵攻:ソ連の衛星国であるアフガニスタンがいうことを聞かなくなったため、ソ連は軍事力で傀儡政権を作ろうとした。→アフガニスタン国内のイスラム教徒の若者がムジャヒディン(イスラム聖戦士)として抵抗。この「ジハード」をサウジアラビアと米国が支援。ただし、サウジアラビアは、軍事だけでなくワッハーブ派も輸出する意図あり。アフガニスタンからソ連が撤退した後、ワッハーブ派のサウジアラビアの若者は、より一層過激になって、サウジアラビアに帰国。

・米国はイスラエルを支援、サウジアラビアはパレスチナ人(サウジと同じアラブ民族でスンニ派)を支援。ここでは両国は対立する。


ちなみに、この本が出版された後、米国でシェール革命が起こり、石油価格が下落。ロシア経済を直撃している。また、サウジアラビアも無傷では済まず、権力を急拡大させているムハンマド・ビン・サルマン副皇太子が主導で、国営石油会社サウジアラムコの株式の5%未満を公開し、アラムコ株を含む資産を政府系ファンドに保有させる計画を立てている。



【目次】

第1章 中国vs.アメリカ「太平洋をめぐる対決」
第2章 ロシアvs.アメリカ・EU「異質な国との対決」
第3章 EUvs.アメリカ「グローバルスタンダードをめぐる対決」
第4章 サウジアラビアvs.アメリカ「中東への影響力をめぐる対決」
第5章 中国vs.日本「アジアの覇者を賭けた対決」
結び 新たに生まれている対立

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◇1441 『デスマーチに追われるIT技術者が勉強せずに英語力を身につけてキャリアアップした方法』 >鈴木信貴/秀和システム

本書は筆者から献本いただいたもの。まずは御礼を申し上げる。最近、少しずつ、こういった献本をいただく機会が出てきた。10年以上、本の感想を書き続けてきた、ちょっとしたご褒美であろうか。

さて、本書はタイトルの通り、英語とは無縁のIT技術者である筆者が、残業に追われて時間の無い中、英語を身につけたという話。IT業界には詳しくないので、タイトルに出てくる「デスマーチ」の意味が分からなかったのだが、死ぬほど大変な状態なのだろうなと想像。検索してみると、プロジェクトにおける過酷な労働状況のことだそうだ。「死の行進」という意味。コンピュータプログラマーのアンドリュー・ケーニッヒという人が使い始めた言葉。

残業150時間というと、週末もほとんど休めない状態。そんな時間に制約がある中で、日常のちょっとした行為を、英語学習に結び付けてみようというのが本書の趣旨である。私が、本書を読んでいて一番良いなと感じたのは、筆者自身が英語が得意ではなかったが故に、英語が苦手な人が陥りやすい、心理的な壁を取り除こうとしている点。英語学習の本というと、もともと英語が得意だった人が書いていることが多く、頭では分かるけど行動に移すのは大変だよな、と感じることが多い。本書は、そんな心理的抵抗を除外するところから始めているのが素晴らしい。

具体的には、TOEIC900点は決して高いレベルではなく、達成しても英語がペラペラになるわけではない。だから、誰でも達成可能なレベルなのだ。また、TOEICで話されている英語は、日常会話に比べると早いスピードではない、などなど。また、英語学習の本を買うだけ買って、すぐに放り出していないか、英語は学習すればしただけ成果が出ると思っていないか(実際には階段状に成果が表れるので学習を続けていてもしばらくは成果が感じられない)など、初心者が陥りやすい悪いクセについても言及している。

私が、本書を読んでいてドキッとしたのは2カ所。1つ目は「習慣化するためには1分でもよいから英語学習すること。実際には、忙しいから風邪気味だからと、言い訳を考えてさぼってしまう。この考えが習慣化するための壁になっている」というもの。英語学習の計画を立てて、最初は意気込んで長時間学習するのだが、だんだんとその量が減っていき、気が付くと何日も英語に触れていないということが、ままあるもの。たとえ1分でもよいから、継続せよというのは、その通りだと思う。

もう1つはTOEICで800点を超えたら、「間違ってもいいから英語を話せばよい」を卒業しよう、というもの。私自身、英会話に本格的に取り組んだのは中国駐在時に同僚と英語でコミュニケーションのをとる必要があったから。特に香港の人たちの英語は、ブロークンで、当時、このような記事を書いている。→「ブロークン・イングリッシュの許されるレベル」

現在の私のTOEICスコアは、ちょうど800点前後。日本に帰国して、欧米の同僚とも話す機会が増え、もう少しきちんとした英語を話さなければいけないなと感じていたところだったので、非常に心に響いた。筆者ももっとも役に立ったアドバイスの一つだと述べている。

さて、では具体的にどうすればよいのか、というところまで記載してしまうと、ネタバレであろうから自粛しておく。是非、本書を手に取っていただきたい。ただし、本書はあくまでも英語学習の初心者や、これまでにトライして何度も挫折してきた人向けである。ある程度、学習が進んでいる方が読んでも、物足りないかもしれないので、ご注意を。



【目次】

1 こんなことをしていませんか?
 ―英語を上達させたいなら変えるべき、14の行動
2 こんな風に考えていませんか?
 ―英語を上達させたいなら捨てるべき、11の思い込み
3 ふだんやっていることを、ちょっとだけ変えてみよう!
 ―英語ができるようになる、18の行動
4 あなたの環境を、ちょっとだけ変えてみよう!
 ―英語の上達を助ける、5つの準備

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