Namuraya Thinking Space

― 日々、考え続ける ― シンプルで、しなやかに ― 

田舎暮らしの若者の鬱屈した気持ちと優しさが滲み出てくる作品。

1993年の作品なので、最初に見たのは恐らく大学生か社会人になりたての頃。当時はアクション映画ばかりみており、この手のストーリー映画は退屈で苦手だったのだが、なぜか本作だけは引き込まれるように見たのを覚えている。Netflixにアップされているのを見かけて、25年ぶりくらいに再視聴。

アメリカの田舎町(アイオワ州のエンドーラという架空の町)を舞台に起こる、何気ない日常を描いた作品。主人公はジョニー・デップ演じるギルバート・グレイプなのだが、弟アニー役のレオナルド・ディカプリオの演技が素晴らしすぎて、ずっとディカプリオのことをギルバートだと勘違いしていた。

私自身、滋賀の片田舎から東京に出て就職したのだが、変わり映えのしない日常に飽き飽きして、とにかく(特に大きな目的もなく)ただひたすら家を出たいと思っていた頃のことを思い出した。恐らく当時20歳前後の自分は、ギルバートが置かれている似たような立場に共感したことであろう。

そんなギルバートの日常に変化をもたらすのが弟アニーの存在。知的障害を持つアニーは、気が付けば貯水タンクに登ってしまったりと、手に負えないところもあるのだが、ギルバートにとっては可愛くてしかたのない弟。そして、さらに大きな変化がベッキー(ジュリエット・ルイス)によってもたらされる。

キャンピングカーで旅をするベッキー。車が故障してしまい、エンドーラで足止めを食ってしまいギルバートと出会うのだ。物事にとらわれない独自の価値観を持つベッキーに惹かれて行くギルバート。ラブストーリーとしても楽しめる。当時ジュリエット・ルイスのファンだったことも思い出した。

エンドーラという町は架空のものだが、実際にアメリカに住んでみて、少し車を走らせると似たような光景を見ることができる。東京で暮らすようになって、自分の知っている土地がテレビドラマに出てくるのが普通になってくると、田舎で見ていたのとはちょっと違う感覚を覚える。アメリカ映画も、実際にアメリカに住んでみて、これまでとは少し違う風に見えてくるのは何だか不思議な気分。

ラストではギルバートたち家族を大きな変化が襲うが、最終的にはハッピーエンド。また、少し時間を置いて見返してみたいと思った名作である。

5時間という長い時間を忘れさせるような、テンポが良く、ストーリーが作り込まれた作品。

過去に取り溜めておいたWOWOWの映画を視聴。前編・後編に分かれており、映画としては型破り。長いのでなかなかチャンスがなかったのだが、週末を利用してようやく見ることができた。

原作は寺山修司であり、1966年のもの。これを映画制作時からは近未来にあたる2021年を舞台に書き直している。原作について映画を見終えた後で、少しネットで検索してみたところ主人公2人の境遇は映画とほぼ同じ。よくもまぁこれほどうまく現代劇にマッチさせたものだと感心した。

主人公2人と書いたが、1人は菅田将暉さん演じる新宿新次(沢村新次)、もう1人がヤン・イクチュンさんが演じるバリカン建二(二木建二)である。ふとしたきっかけで始めたボクシングにのめり込んでいく青春映画。闘争心のカタマリのような新次に対して、力は強いが内気な建二。正反対の性格ながら、互いを気遣いながら一緒にトレーニングに励んでいく。

ボクシングシーンは圧巻。菅田さんは本当に何でも出来てしまうとただただ感心。プロから見たらまだまだなのかもしれないが、少なくとも私から見るとデビューしたてのプロボクサーの動きをきちんと再現しているように感じた。体もしっかり作り込んできており、映画が進行するにつれ筋肉が少しずつついてくるところなど、並行してトレーニングをしているのだろうかと不思議に思ったものだ。

残念なところが1点だけ。登場人物たちの関係が、都合よく繋がっていってしまうところは「偶然の出会い」というパターンがあまり好きではない私にとって、今ひとつと感じてしまった。まぁこうでもしないと、5時間という制約の中で物語が動き出さないのであろうが、せっかく現代風に描き直すのであれば、そこにも気を使って欲しかった。

ラストはネタバレになってしまうが★新次と建二が対戦するシーン。建二はどうしても新次と闘ってみたくて、ライバルのジムに移籍してしまったのだ。建二が新次に殴られながら、数を数えていくシーンは何とも言えない悲壮感が漂っていて秀逸だった。

最後に出てくる死亡診断書には「二木建二」と書かれそうになる。新次は建二を殴り殺してしまったのだろうか。実は建二の父親が「建夫」であり、末期癌を患っている。「建二」という字に「人」を書き足せば「建夫」になるので、果たして亡くなったのは誰なのか? 白い布がかぶせられており、視聴者に判断を委ねる終わり方になっていた。


それにしても5時間は長い。普通であれば、5〜6話のドラマにするところであろうが、そうすると本作で感じたようなスピード感やヒリヒリするような感覚は味わえなかったであろう。

◇2051 『我が師・志村けん−僕が「笑いの王様」から学んだこと』 >乾き亭げそ太郎/集英社インターナショナル

志村さんの懐の深さが分かる本。

読了した『変なおじさん』が興味深かったので、もう少し志村さんのことを知りたくなって手に取ってみたもの。志村さんが亡くなられた当時に、ネットで見かけて気になっていたのだ。

本書については、過去にネットの記事で見かけたことがあり、外国でパスポートや財布が入った志村さんのカバンを、げそ太郎氏が失くしてしまった際のエピソード。怒られるかと思いきや、あっそう、しょうがないね、との一言。後日、怒らなかった理由を聞くと、次の答えが返ってきたそうだ。

「怒ってもお前が困るだけで、何も解決しないだろ」  タバコが欲しい。飲み物が欲しい。これに気づかなかったときに怒るのは、言えば直せることだから。カバンを置き忘れたことを怒ったからといって、カバンが出てくるわけではない。だから怒らなかった。

この手のエピソードがたくさん出てくるかと思って読んでみたのだが、残念ながら一番印象的だったのがこの件であり、他のエピソードは『変なおじさん』とかぶるものが多かった。とはいえ、せっかく読み切ったので、いくつか要約して引用しておきたい。

・何をやるにしても、うまくなるための一番のコツはモノマネだ。

・志村さんはリアリティをとても大事にした。コントの舞台の冷蔵庫には食べ物が、机の引き出しには文房具が入っている。誰かがアドリブで冷蔵庫を開けるかもしれない。目に見えないところまで一切手抜きをしなかった。

・コントの入口がしっかりしていれば、オチはどうなっても大丈夫。だからこそ、入口(始まり)でのリアリティが大切。

・3年経って付き人を辞めたいと申し出たときには反対された。「お前は今まで何をした? 運転して、現場で着替えを手伝ったりしただけだろ。『自分の時間がない』なんて言い訳でしかない。やるヤツはどんな状況でもやる。俺はドリフのボーヤ(付き人)だった頃、いつもスタッフさんを笑わせていたぞ。お前は芸人になるために何をやった? 何もしていないだろ。『辞めて違う環境になったらやる』とお前は思っているかもしれないが、俺のところにいて何もしていないヤツが、俺から離れて何かをやれるわけがない」

・常識を知らないと、非常識なことはできない。志村さんは毎朝欠かさずニュースを見ていた。スポーツ氏は全紙購読して、隅々にまで目を通していた。

・人生の岐路について相談したいとお願いすると、その場ですぐに時間を作ってくれた。普段はまったく気にかけていない様子なのに、何かあったらすぐに対応してくれる。とても懐の深い人だった。

・キャラクターを演じる時は必ず設定を作る。例えば酔っ払いなら、その日何があって飲んだのかを考える。嬉しいことがあったのか、つらいことがあったのかで酔い方が違ってくる。酔い方が違えばしゃべることも変わる。だから俺がやっている酔っ払いは毎回違う。

・志村さんのほとんどの番組のタイトルには「志村」の二文字が入っている。これは、番組の評価は志村さんが一人で背負うということ。タイトルに俺の名前が入っているから、面白い面白くないの反応は全部俺に来る。




【目次】

序章 動いてみれば、答えは出る
第1章 仰げば尊し―志村さんから教わった大切なことの数々
第2章 常識を知らなきゃ「非常識」はできない―天才と呼ばれた人の日々の努力について
第3章 芸人修業―師匠のスネをかじってばかりでスミマセン
第4章 やさしさのカタチ―こらえきれなかった楽屋の涙
第5章 いつか「だいじょうぶだぁ」と言ってもらう日まで―もしも「あの世」というものがあるのなら

4797673958

アメリカに来て1年強が経過したが、懸念事項が2つ残ったままだった。

1つ目はアパートの契約期間。実赴任が昨年の7月だったので、今年の9月までの契約となっており、以降1年ごとの更新となる。問題は途中解約条項がないこと。駐在員の異動は通常4月であり、このままだと半年分の家賃を払い続ける必要がある。

アパートの契約はコロナ禍での赴任だったこともあり、特別に外部のエージェントにお願いしてサポートしてもらったのだが、そういった説明が一切なかったのだ。改めてエージェントに申し入れたところ、今回の更新のタイミングで帰任の場合は1カ月のペナルティでOKになるよう、覚書を締結することができた。

覚書がNGだった場合、4月までの半年契約にするか、別のアパートへの引っ越しを考えなければならなかった。電気やインターネットを、またイチから立ち上げるのは骨が折れるので、交渉が成立して一安心。

もう1つは家族のSSN(ソーシャル・セキュリティ・ナンバー)。これがないと自動車の免許証が取れないし、税金の申告もできない。しかしながら、SSNのオフィスが新型コロナウイルスの影響でずっとクローズ状態であり、アポイントがないと受け付けてくれない状態だった。

こちらの方も、外部のエージェントにお願いして、なんとか申請することができた。朝一番から電話をかけ続けて、昼過ぎに漸く繋がったとのこと。ありがとうございました。

書類に不備があって再申請になると面倒なので、事前に何度もチェックをしてSSNオフィスへ向かう。一度来たことがあり要領が分かっていたので、比較的スムースに進めることができた。1週間後、無事に正式なSSNカードも届き、こちらも一安心。

コロナ禍という特殊事情があったにせよ、生活が完全に立ち上がるまで1年以上かかってしまった。振り返ってみれば、どちらも大した問題ではないのかもしれないが、こういった「ちょっとした事」が、ずっと頭の片隅に引っかかっている状態というのは精神衛生上よろしくない。

この手の実務処理がとっても苦手なので、一段落して本当によかった。

【SSN事務所の入り口】
25C0B33D-334B-4F51-BF90-EEFD995D57F4

少し長めの夢を見た。私はどうやら工業スパイのようだ。相棒と二人で企業秘密を盗むべく、とある食品工場に忍び込んでいるという設定らしい。

工場の中を探索しているうちに、ガードマンに見つかってしまう。非常に機密性の高い情報を扱っているのだろうか、5名ほどのガードマンが駆け寄ってくる。追い詰められた先にエレベーターがあるのだが、動いていない。どうしようかと戸惑っていると、相棒が扉を無理矢理こじ開けて、そこから飛び降りてしまった。

取り残された私はガードマンに囲まれる。何やら光線銃のようなもので手のひらを撃たれる。すると、撃たれた箇所から音楽が流れ始める。手を握り締めると音楽は止まる。どうやらこれで逃亡した際に場所を特定しようとしているらしい。

その後、手足を縛られてトラックの荷台に乗せられてしまった。トラックにはこの工場で製造している大量の食品群が積まれている。その上に転がされるのだが、なぜかおにぎりを一つ与えられる。手も縛られているのだが、何とかおにぎりくらいは食べられそうなのである。

しかしながら、毒でも入っていては危険だと思い、食べるのは我慢する。そうこうしている内に、トラックはコンビニに到着。どうやら配送用の普通のトラックらしい。止まっている隙を見て、うまく逃げだすことができた。

その時、ポケットに入っていた携帯電話に着信が。会社の上司からだ。なぜか、工場のエレベーターが燃えているらしい。相棒の仕業だろうか。

上司は、盗んできた情報ではなく、エレベーターのことを気にしている。事故報告をどうするんだ、品質問題になるぞ、類例調査は終わったか、最悪はリコールだ。。。なぜ上司がエレベーターの心配をするのか、よく分からないままに目が覚めた。

久しぶりに声をあげて笑うことのできた一級のエンターテインメント作品。

Netflixのレコメンデーションに出てきて、気になっていた映画。アメリカから普通にアクセスすると、日本のドラマが見られなかったり、字幕に日本語が表示されなかったりする。そういった場合は、VPNを使って見ると、視聴可能なのだが、逆にアメリカ版のラインナップが見られなくなったり。

本作『エクストリーム・ジョブ』も、音声は韓国語、字幕は英語、という状態でしか見ることができず、これだと楽しめないと諦めていた。ところが、先日再挑戦してみると日本語字幕があるではないか。英語の勉強のために英語字幕という手もあるのかもしれないが、さすがに映像を見ながら文字を追うのは今の私にはちょっとしんどい。

張り込み捜査のため、犯罪組織のアジト近くのチキン店を買い取った麻薬捜査班の話。捜査の方ははかどらないのだが、チキン店は大繁盛。前半はチキン店の繁盛で捜査どころではなくなるというコメディ。後半は、そのチキン店をきっかけに偶然、麻薬組織に近づいていくのだが。。。

とにかく至る所に笑いの要素が織り交ぜてあり、ずっと笑いっぱなしであった。ラストシーンこそアクションシーン満載だが、カテゴリーとしてはアクションというよりもコメディ映画であろう。俳優たちも個性的で、それぞれのキャラクターが立っていた。

1つだけ残念な点が。夜寝る前にこの映画を見終えたのだが、無性にチキンが食べたくなってしまうのだ。アメリカで深夜にチキンを調達するのは至難の業。お腹はすいてくるし、困ってしまった(笑)。

◇2050 『変なおじさん(完全版)』 >志村けん/新潮文庫

志村けんさんの生き方、考え方がストレートに伝わってくる本。

志村さんが亡くなったのは2020年3月のこと。彼の死をきっかけに、日本でも新型コロナウイルスが大変なものだということが認知されたように思う。早いもので、もう1年半も経ってしまった。亡くなられた直後は、いろいろな追悼番組が放映されたのを見ながら涙したのを思い出す。

旅先で読む本が無くなり、ふとAmazonのほしいものリストの中から選び取ったのが本書。少し仕事で行き詰まりを感じていて、勇気が出る本が読みたかったのかもしれない。

志村けんさんが幼少の頃から下積み時代、売れっ子になってからの考え方などを、とても分かりやすい言葉で語り掛けてくる。さらりと読めるが奥が深い。志村さんのコントのような本だった。

そんな志村さんの言葉に勇気づけられた。「人が寝ている時に努力をすべし」という言葉は、本当にその通り。今の自分は努力が足りているだろうかと自問自答しながら読み進めた。

一部を要約して残しておきたい。

・マンネリになるまでやり続けられるというのは、実はすごいことだ。今はマンネリまでいかないうちに終わってしまう。

・芸人である以上、誰でも自分が一番受けたいという気持ちが強い。だけどドリフのメンバーは、平気で自分が捨て石になって笑いをとれるような人たちだった。

・自分たちが本当にやりたいこと、これを見て欲しいというのを、番組の頭できっちり見せておかないと気がすまないタイプだ。メインのコントをつくるのに、一番時間をかけて、考えたり撮ったりしてる。今の若い芸人の番組は、メインの部分がなく(やりたいものがないのか、作るのが大変だから逃げているのか)遊びが多いのが不満。

・ビシッとした、きちんとした格好の 奴 が水の中に落ちるから、そのギャップがおもしろいのであって、汚い格好の奴がずぶ濡れになっても誰も驚かない。

・番組にかかわってる人たち全員の力がかみあわさった時に、初めていいものができる。セットの小道具ひとつ、かつらひとつでも気を抜いてしまったら、コントの出来も変わってしまうものなのだ。

・コントの1本や2本つくれてもダメで、テレビの世界はとにかく数をたくさんつくれないと役に立たない。そのためには、ムダなことでもなんでも知ってた方がいい。知らないと損をすることはあっても、知ってて損することはない。

・なんとか生き残ろうと思って、人が遊んでる時には一緒に遊んで、向こうが酔っぱらって寝てる間に、こっちは寝ないでお笑いの勉強をしてた。人と同じことをしてたら、生き残るのは難しい。

・物事はなんでも、まじめというか、真剣にやらなきゃできない。お笑いの道にしても、大の大人が一生懸命やるわけだから、生半可な気持ちじゃ世間の常識人間を笑わせることはできない。

・仕事場に遅れて行くと、その時点でマイナスからスタートするような気がして、僕はすごく嫌なんだ。

・僕は平和主義者だ。もめごとが嫌いな人間だから、いろんな局面で自分が我慢することが多い。

・お笑いの仕事をやっていても、自分が好きなことを自由にやれるようになるためには、かなり我慢しなきゃいけないことが多いと思う。

・僕は心のない人間が一番嫌い。心のある人なら、自分が言われたら嫌だと思うことは、相手にも絶対言わないだろう。相手の気持ちが読めなかったり、その場の空気が読めない人とはつきあいたくない。




【目次】

ドリフのメンバーになるまで
『全員集合』時代
『加トケン』『だいじょうぶだぁ』の新境地
『バカ殿様』
お笑いについて
気になる人、お世話になった人
変なおじさんリタ〜ンズ
映画の現場
CMとラジオ
自分のこと

4101360316

9月6日の月曜日(9月の第一月曜日)はLabor Dayで休みのため、3連休だった。ちなみにWikipediaからの引用だが、Labor Dayとは次の通り。現在では、夏の終わりを象徴するものでもあるそうだ。

1894年、プルマン・ストライキ(Pullman Strike)の際に、陸軍と連邦保安官の手で多数の労働者が殺害される事態に至った後、クリーブランド大統領は、労働者陣営との和解を最優先の政治課題とした。労働者たちとの衝突の激化が懸念される中、レイバー・デーを連邦の祝日とする法案は全会一致で議会を通過し、署名され、ストライキが終わったわずか6日後に、法として成立した。

せっかくの3連休なので、自動車で2時間半で行けるガリーナという観光地に行ってきた。アメリカでもデルタ株がじわじわと広がっているので飛行機での遠出は断念。自動車旅行ならよいだろうと判断した。

アメリカでの旅行は3回目だが、初めて自分でホテルを予約。それまでは旅行会社に頼っていたのだが、何事も経験だと思い頑張ってみた。といっても、ホテルに電話を掛けるわけでもなく、ウェブサイトから簡単に予約できてしまったのだが。予約したのはThe DeSoto House Hotelという1855年に設立された老舗のホテル。土地勘がなく、どのホテルがよいかも分からなかったので、ウェブサイトのランキングが上位で歴史あるホテルというのに惹かれてトライしてみた。

予約はうまくできたのだが、メールアドレスを登録したのにコンファメーションが届かない。大丈夫だとは思うが連休だし万が一泊まるところがないと大変なので、ウェブの質問フォームから予約確認がしたい旨を連絡。3日後に、無事コンファメーションのメールが届いた。老舗ゆえにのんびりしているのだろう。

さて、当日はあまり早く現地に到着してもチェックインできないと思い、朝の10時に出発。到着して昼食をとってからチェックインすればよいかなという計画。高速道路を1時間半、その後下道を1時間ほど走って無事に到着した。アメリカの高速道路には日本のようなサービスエリアがほとんどなく、今回は一度も休憩せずに走り抜いた。また、下道の方も、途中の信号は2つくらい、草原の中を走るとても快適なドライブだった。

さて、到着してみると車の数が凄い。路上のものを含めて結構な量の駐車スペースが準備されているのだが、どこも満車。これほどとは想像していなかった。どこか空かないかとしばらくぐるぐると同じところを走り回ってみたが、昼時であり到着したばかりの人が多いのであろう。結局、少し遠くの市営の駐車場に空きスペースを見つけて何とか停めることができた。

そこから15分ほど歩いてホテルに到着。13時ごろだったが、やはりチェックインにはまだ早く、部屋が開いたらスマホにメールをくれるとのこと。ちなみに駐車場はホテルに隣接していたが、メインストリートの歩行者天国の真ん中のようなところに入口があり、見つけられなかったのだ。大きな荷物は車に置いてきていたので、まずは車を取りに戻ることにした。

町並みをぶらぶらと見物しながら(そして駐車場はどこだったかなと、少し道に迷いながら)、無事に車までたどり着くと、ちょうどホテルから部屋が空いたとの連絡が。少し渋滞気味の道をゆっくり進みながら、何とかホテルの駐車場に辿り着く。とても狭い立体式の駐車場で、きちんと停めるのにとても苦労した。

チェックインも無事に完了し、荷物を部屋に置いて町に出る。なんだかんだで昼食を取りそびれていたので、簡単な軽食をオープンテラスで。車を置いてきたので、久しぶりに昼間からお酒を少々。その後、町並みを見物。といっても、さきほど駐車場への往復で既に歩いているので、今回は目に留まったアンティークの店などを見物して回る。

町の大通りの両脇にレンガ造りの建物が整然と並んでおり、アメリカというよりヨーロッパにでも来たような感じ。異国情緒あふれる雰囲気が心地よい。大通りといっても、さほど長い訳ではなく30分もブラブラすれば通りの終わりに行きついてしまう。並んでいるお店も土産物屋、アンティーク、アクセサリー、ワインや食材のお店など、何店か回るとどれも似たような感じであり、夕食までにある程度満喫しきってしまった。

夕食はホテルのレストランで。コロナが少し怖かったが、昼間ちらっと見た感じでは、テーブルとテーブルの間もしっかりとスペースがとってあり、密にはならなさそうだったので。メニューはイタリアン。少し奮発してリブアイ・ステーキとロブスターを注文した。お酒は地元のビールとお薦めのワインを一杯ずつ。(ちなみに、注文したワインがとても美味しかったので、名前を書き取ってきた。VILLA ANDRETTI [Sauvignon Blank] と KIARA BELLA [Cabernet Saubignon])

運転疲れもあったのだろう。夜は22時くらいに早々と寝てしまった。翌日は8時くらいに目が覚める。散歩がてら通りに出て見ると、ほとんど人がいない。初日は少し曇り空で肌寒かったくらいだが、2日目は快晴。せっかくなので、少しだけ散歩をして、美味しそうなコーヒー店で深入りコーヒーをテイクアウト。ホテルにもどって、もうひと眠りした。

2日目はワイナリーに行く計画であり、昼前にホテルを出発。事前にネットで調べておき、有名どころを2カ所訪れることにしていた。1つ目は少し遠方のワイナリー。犬が2匹迎えてくれると書いてあったのだが、本当にその通りでうれしかった。とても大きな毛むくじゃらの犬。ワインの方は14ドルで7種類のテイスティングが出来るセットを注文。車の運転があったので、飲み干さずに味見だけした。残念ながら前日のレストランで飲んだほどの感動は得られず、そのまま次のワイナリーへ。

2軒目はホテル近くのワイナリーだったのだが、こちらは大変な人だかり。テイスティングも本格的だが、ブドウだけでなくハチミツやラズベリーといったちょっと変わり種のワインが多い。ちょっと込み合っていたので、こちらでのテイスティングはやめて、珍しい蜂蜜ワインを購入して帰ることにした。

夕食は前日の散歩で目を付けていたレストランへ。オープンスペースが一杯だったので、屋内のテーブルに通されたのだが、なぜか貸切状態。おかげさまで感染リスクを避けながら食事を楽しむことができた。しかしながら、とても残念なことに料理が美味しくない。アメリカに来て残念なのは、不味い料理は本当に不味いこと。せっかくの旅行先なのにテンションが下がってしまう。。。

この日も早々に就寝。なんだか寝てばかりのような気もしたが、リフレッシュが目的なので、それもまたよし。最終日はホテルをチェックアウトした後に、メインストリート沿いを流れる川沿いの緑の中を少し散策。もう少し長居してもよかったのだが、翌日からまた仕事だしと思い、軽く昼食をとって帰路に向かうことにした。

昔であれば、あれもこれもと観光スポットを制覇しないと気が済まなかったのだが、年を取ってからは観光もほどほどでと思うようになった。見落としてスポットがあったとしても、それはそれで縁のようなものである。

【レンガ造りの建物が並ぶ町並み】
EBFC47B7-3BB5-4A89-BE55-392F852ECEB3
D4BCE7CD-D589-4B30-B029-C41B61122626

【歴史を感じるホテル】
78BE282E-A226-4819-B8D4-9548E536B1BB

【近郊のワイナリー】
3E7A5317-73CE-44F1-BE86-BDF3171B5601
6D78DEAC-E57F-4521-832E-F4F57EE1C374

冒頭部分が理解しづらかったが、一度ストーリーが把握できると目が離せなくなってしまった。

Netflixのレコメンドに、いつも出てくるので気になっていた作品。内容説明を読むまでもなく、タイトルからしてシカゴが舞台であることが明白であり、シカゴ近郊に住んでいる身としては、見ておかないとなぁと思っていたもの。

史実を元にした裁判物であり、少し予備知識を持ってから見始めた方が良いだろうと思い、こんなことをしたのは初めてなのだが、事前にネットであらすじをチェックして臨んだ。

事前情報によると、作品中の情報量が非常に多いため、日本語字幕よりも吹替え版で見た方がよいだろうとのこと。また、冒頭部分のアバンは登場する7人の人物像を簡単に紹介しているものだそうだ。何の説明もなく、いきなり次々に登場人物が入れ替わるので、こういった予備知識がないと混乱してしまうだろう。

あらすじは次の通り。1968年。民主党全国大会が開かれるシカゴの会場近くに、抗議デモを行う人々が集まる。ベトナム戦争に反対する市民や活動家たちによって平和的に実施される予定だったそのデモは、次第に激化。やがて警官との衝突に発展する。やがてデモの首謀者アビー・ホフマンをはじめとする7人の男たちが逮捕され、民衆を煽動して暴動をあおった罪で裁判にかけられることになる。陪審員の買収や盗聴が相次ぐ理不尽な状況下で、男たちは自らの信念を貫こうとする。

裁判官が、とにかく見ていて嫌になるキャラクター。名演技といえよう。最初から被告人を有罪と決めつけるような審理が続く。そんな裁判官に起立をしなかったり、ふざけた服装で無言の抵抗を示す被告人たち。

物語は裁判シーンと暴動のシーンが交互に入り交じって進んでいく。テンポがよく飽きさせない構成。途中で、吹替え版だと臨場感が感じられなくなり、英語+日本語字幕に戻したのだが、ラストシーン近くではまた話がややこしくなってきたので、日本語字幕に切り替えて視聴した。

アメリカの裁判制度が理解できるし、BLMなど現在のアメリカの動きにもつながる歴史的作品。アメリカの歴史と現在を理解するためにも、一度見ておいてよいのではなかろうか。ラストシーンは感動的である。

最近、英語の学習を兼ねてNetflixのドキュメンタリーを見るようにしている。社会問題などにもするどく切り込んでおり、なかなか見ごたえのあるものが多い。

今回視聴したのは、純粋に娯楽として楽しめるもの。名作と呼ばれる映画の舞台裏を、ドキュメンタリー形式で(すこしユーモアも加えながら)取材した記録だ。現時点で8作品が取り上げられている。特に面白かったのが『ダイ・ハード』と『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だ。

まず『ダイ・ハード』だが、もともとフランク・シナトラが出演した刑事ものの第2作目として作られた作品。しかしながら、なかなか原作が進まず、十年ちかく保留にされてしまった。高層ビルを舞台にした原作が出来上がったときには、フランク・シナトラは高齢であり、壁にしがみつくようなアクションは無理だと断られてしまった。

そこから主演男優探しの迷走が始まる。原作の主人公がそれまでのヒーロー像とはかけ離れた、ちょっと弱音を吐きがちなキャラクター。シルベスター・スタローン、アーノルド・シュワルツェネッガーなど、肉体派の俳優に声をかけたが、イメージダウンを恐れて断られてしまう。そこで白羽の矢が立ったのが、当時は主にテレビドラマに出演していた、ブルース・ウィルスである。

撮影現場を探すのにも苦労したようだ。結局、灯台下暗しではないが、建設中の自社ビルで撮影することになった。建設中といっても、すでに真ん中の層には入居者がいる。最上部と最下部で撮影を進めた。入居者の中には弁護士事務所などもあり、撮影時の銃声がうるさいとクレーム。結局、5時になってから撮影スタートという時間的制約が出来てしまったそうだ。

また、ラスト近くのヘリコプターを飛ばすシーンでは、近隣住民からクレームが入り、3日の撮影予定が2時間に短縮されてしまった。1回きりのぶっつけ本番。それでもよいシーンが取れたそうだ。

悪役ハンスが、ビルから落ちていくシーンも印象的。元々は舞台俳優だった彼は、この手のアクションシーンは初めて。階下にエアーバックを置いて、15メートルの高さから落ちるシーン。スタントマンを使わず本人が演ずる。その際、監督から指示されたのが、本人には3,2,1で手を離すと言っておいて、実際には3で手を離せというもの。ハンスの何とも言えない表情は本当の恐怖からきたものだそうだ。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』も紆余曲折があったそうだ。一番驚いたのは主役が途中で変わったこと。マイケル・J・フォックスは、当時ドラマの撮影が忙しく、一度オファーして断られていた。そこで二番手が登用されたのだが、どうにも深刻な演技をしがちで、暗い作品になってしまいそうだった。

そこでドラマの監督に掛け合い、ドラマを優先すること(つまり夜しか撮影できない)を条件にOKをもらった。すでに撮影はかなり進んでおり、現場は混乱したようだが、マイケルの好演に支えられ、撮影はスムースに進んでいった。ちなみに、マイケルへの交代に伴い、ヒロインも交代。マイケルの身長がそれほど高くないことから、背の低い女優に交代したのだ。

この映画は予算との闘いでもあったそうだ。特にラストシーンは、当初核爆発のエネルギーでデロリアンを起動させるというアイデア。しかしながら爆破シーンには莫大なお金がかかる。結局、時計台への落雷というアイデアに落ち着いた。予算が無い方が(制約条件がある方が)よいアイデアが生まれる、とは1つの真理であろう。

今となっては名作と呼ばれている映画が、制作当時は予算ギリギリであったり、ヒットする確信を持てないまま作り込んでいったりと、舞台裏で苦労している様が描かれており、大変興味深かった。映画を見る楽しみが増えそうである。

何度かトライしたのに最後まで見ることができず、この年になって漸く見通すことができた不思議な作品。

とても有名な映画であり、名作といわれている作品。これまでに2〜3回、レンタルビデオなどで見始めたのだが、なぜか途中で挫折をしてしまう、という不思議な作品。

ダスティ・ホフマン演じるサバン症候群の兄と、車のディーラーをしている少し身勝手な弟の話。飛行機に乗るのが怖い兄と、車で旅をするロードムービーでもある。

過去にこの作品を見ようと思った時は、まだ若く、こういったスローテンポで進むようなストーリーが退屈に感じたのであろう。実際に、旅の途中で大きな事件に遭う訳でもなく、ちょっとしたエピソードの積み重ねで物語が進んでいく。

なぜか鮮明に覚えているのは、レイモンド(兄)が床に落ちた爪楊枝の数をピタリと言い当てるシーン。しかしながら、その後のストーリーを覚えていないので、この辺りでいつも挫折していたのであろう。

今回は、私自身少しは成長して、こういった情緒的な話にも興味を持てるようになったこと、英語字幕しかなかったため台詞をしっかり聞こうを集中できたこと、そしてアメリカに実際に住んでいることもあり画面に現れる風景などを楽しんで見ることができたため、最後まで見通すことができたのだ。

ネタバレになってしまうが、最後の最後でせっかく打ち解けることができた兄と別れて暮らす決心をしたシーンが、よく理解できなかった。医者だか弁護士だかが出てきて、かなり早口で話すシーンがあり、そこから英語についていけなくなってしまったのだ。やむを得ず、ネットであらすじを検索して、何とか自分なりに納得できる答えを見つけることができた。(ネタバレになるので記載しない)

比較的シンプルなストーリーなので、ラスト以外はほとんどの部分を理解することができた。といっても、まだ英語の字幕には頼っているのだが。アメリカに来て1年強、ようやく少し英語に慣れてきたと思えるようになった。まだまだ頑張らなければ。

◇2049 『服従』 >ミシェル・ウエルベック/河出文庫

今世界が直面している課題を、絶妙に切り取った作品。

佐藤優さんが推薦していた小説。ずっとAmazonのほしいものリストに入れておいたのだが、なかなかよむ機会を得られなかった。今回、アフガニスタンのタリバン政権復活を機に、イスラームの政治的な勢いを描いた本書を読んでみたくなり手に取ってみた次第。

本書は、移民の多いフランスで、イスラーム与党が政権を取ってしまうという話。現在、先進国では少子化がどんどん進み、人口を維持するためには移民を受け入れざるを得ない状況に陥っている。新興国の移民は出生率が先進国よりも高いことから、各国での人口構成が徐々に変動してきているというのが、我々が直面している事実である。

あと十年後、二十年後には、本書に描かれているような事象が、キリスト教を主体とする国家でも起こり得るかもしれない。解説では佐藤優氏が、実際にはそんなことはあり得ないだろうというインタビューを載せているが、民主主義というのは人口の多さによって左右されるものであり、あり得ないとは言い切れないのではないかと感じた。

小説としては、好みとは言えず、若干退屈しながら読み進めたというのが正直な感想。特に前半はうだつの上がらない大学教授が女子大生と情事に耽るフランスっぽい退廃的な小説かと思い、途中で投げ出しそうになってしまった。3分の1ほど読み進めた辺りから様相が変わってきて、一気に政治的な話に入っていく。確かに、最初から政治の話というのも小説としては逆に退屈であり、一大学教授の私生活と、フランス国家が大きく変わりゆくというコントラストを楽しむべき作品なのであろう。

私自身、イスラームについては何冊か本を読み込み、多少の知識は持っているので、もしイスラームが政権を握ったのであれば、本書で描かれているような事象は起こり得るだろなと納得してしまった。ここに描かれている政策を先鋭化し暴力で服従させようとしているのが、アフガンのタリバン政権だと考えてよかろうか。

そう考えると「服従」というタイトルは、何とも意味深で面白いと感じた。以下、気になった箇所を引用。

・不思議なことに、西欧諸国は、対立するギャングが権力を分け合うに過ぎないこの選挙システムを非常に誇りにしていて、時には、その熱狂を共有しない国にそれを押し付けるために戦争を起こしたりもするのだった。

・彼らの論旨を要約すると、宗教を信じることには人生の選択をする上で有利な点があると言うのです。啓典の民であると自覚し、家父長制を尊重しているカップルは、無神論者や不可知論者のカップルよりも子どもを多く作ります。女性の教育程度は低く、快楽主義や個人主義をそれほど追求しません。また、宗教は広い意味で言えば遺伝のように次世代に伝えられる特徴です。改宗や家族の価値の拒否には副次的な重要性しかありません。人々は、ほとんどの場合が、自分が育てられた価値判断のシステムに忠実であり続けます。無神論者の人間中心主義と、それに立脚する、世俗主義の『共に生きる』という思想は、短命を運命づけられているのです。人口における一神教徒のパーセンテージは急速に増加するでしょうし、イスラーム教の人口は特にそうです。この現象を加速する移民を考慮に入れるまでもありません。ヨーロッパのアイデンティティーに根拠を置く者たちは、イスラーム教徒とその他の人々が、遅かれ早かれ必然的に内戦を引き起こすという予測をすでに受け入れています。彼らは、もしもこの戦争に勝ちたければ、戦争を早い内に起こす方がいい──仮説としては2050年以前、できればもっと早く──と結論づけています。

・彼らにとって不可欠な課題は人口と教育です。出生率を高め、自分たちの価値を次代に高らかに伝える者たちが勝つのです。彼らにとっては、事態はそれほど簡単なのです。

・女性が男性に完全に服従することと、イスラームが目的としているように、人間が神に服従することの間には関係があるのです。お分かりですか。イスラームは世界を受け入れた。そして、世界をその全体において、ニーチェが語るように『あるがままに』受け入れるのです。仏教の見解では、世界は『苦』、すなわち不適当であり苦悩の世界です。キリスト教自身もこの点に関しては慎重です。悪魔は自分自身を『この世界の王子』だと表明しなかったでしょうか。イスラームにとっては、反対に神による創世は完全であり、それは完全な傑作なのです。コーランは、神を称える神秘主義的で偉大な詩そのものなのです。創造主への称賛と、その法への服従です。

・吐き気を催すような解体がここまで進んでしまった西欧の社会は、自分で自分を救う状態にはもうないのだ。古代ローマが五世紀に自らを救えなかったのと同じだ。移民人口が大量に増え、それらの移民がまだ自然のヒエラルキー、女性の服従や先祖崇拝の色濃い伝統的な文化の影響を受けていることは、ヨーロッパの道徳及び家族をリセットする歴史的なチャンスであり、この旧大陸に新しい黄金期をもたらす機運なのだ。




あらすじ:2022年仏大統領選。極右・国民戦線マリーヌ・ル・ペンと、穏健イスラーム政党党首が決選に挑む。しかし各地の投票所でテロが発生。国全体に報道管制が敷かれ、パリ第三大学教員のぼくは、若く美しい恋人と別れてパリを後にする。テロと移民にあえぐ国家を舞台に個人と自由の果てを描き、世界の激動を予言する傑作長篇。

4309464408

人間として生きることの意味、幸福の意味を考えさせられる奥深い作品であった。

調べてみると1991年の作品。記憶がかなり曖昧なのだが、恐らく私が大学生の頃にレンタルビデオで視聴したのだと思う。多感な時代に見たためであろうか、ハッピーエンドではない結末のことを覚えており、名作だけどなかなかもう一度見る気にはなれなかった作品。

実はNetflixで見つけてウォッチリストに入れておいたのだが、見よう見ようと思っているうちに視聴期限が切れてしまっていた。そこでAmazon Primeを検索してみたところ、こちらでは視聴可能。しかしながら、私は日本のAmazon Primeは解約してしまっており(Kindleの電子書籍を買うために日本のアカウントは継続、日本とアメリカで別々のアカウントを持つ必要あり)アメリカでしかPrimeに加入していないため、Prime Videoは英語字幕のみである。難しい会話だと理解できないかもしれないと心配していたが、一度見た映画ということもあり、9割以上理解して見終えることができた。

さて、前置きが長くなってしまったが、感想を。物語はマルコム・セイヤー医師(ロビン・ウィリアムズ)が、慢性神経病患者専門の病院に赴任してくるところから始まる。嗜眠性脳炎という疾患にかかり、自分で動いたり話したりすることが出来ない患者に対して、パーキンソン病の薬が効くのではないかと、半ば治験のような形でレナード(ロバート・デ・ニーロ)に投与する。

この過程がちょっと強引だし、倫理的にどうなのかとも感じたが、舞台は1960年代。またセイヤー医師も、とにかく患者のことを考えて必死になって実行したことであり、許される範囲と言えようか。この投薬が功を奏して、レナードは奇跡的な回復を見せ、立ち上がり、歩き、話ができるようになる。

しかしながら薬の効き目は持続せず、やがてレナードは徐々に元の症状に戻って行ってしまう。一度回復してから、症状が悪化していく際のロバート・デ・ニーロの演技が凄まじい。最初にこの映画を見た頃は、まだ海外の俳優のことをあまり知らなかったので、すごい人がいるもんだと感嘆したのを覚えている。

一度回復した症状が徐々に悪化していく過程は、名作『アルジャーノンに花束を』にも通じる。本作でもレナードが、前の自分に戻りたくない、と悲しい目で訴える姿が印象的であった。

果たしてセイヤー医師が行ったことは、彼らにとって幸せだったのであろうか。元に戻ることが分かっていたのであれば、一時的な回復を希望したであろうか。自分が同じ立場であれば、この「束の間の青春」を楽しむことができたであろうか。

人間というものは、いやすべての生き物は「老い」という劣化・退化を受け入れなければならない。本作に登場する患者たちのように、急激な変化ではないものの、私たちは誰しもが、少しずつ人間としての機能を劣化させていく。私自身、50歳を目前にし、人生の折り返し地点を超えたからこそ、彼らに共感し、(当たり前だが忘れがちな)一日一日を大切に生きなければならないということを、改めて考えさせられた気がする。

やはり名作。このタイミングで見ることができてよかった。

◇2048 『ダライ・ラマ自伝』 >ダライ・ラマ/文春文庫

チベットの歴史を学ぶことで、現在の中国の立ち位置が改めて浮き彫りになったように感じた。

このブログには何度か書いているのだが、チベットは中国駐在中に行きたくて行けなかった憧れの土地。当時は、単に異文化を知りたい、もっと端的に言うと珍しい寺院などを見学したいという思いのみであり、それ以上の思い入れはなかった。しかしながら、今思うと、何の予備知識も持たずに彼の地を訪れるよりも、こうやって歴史を学んでから訪問した方がよいのだろうと感じた。今後、日本からチベットへ行けるのかどうかは不透明だが。

中国軍によるチベット侵攻があったことは、映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』などでも知ってはいたが、やはり当事者による記録は生々しい。数多くの罪なき人民が殺戮され、実質的に中国の支配下におかれてしまったチベット。ダライ・ラマはやむなくインドへ亡命するが、国民を残して逃げなければならないことに多大なる苦悩を感じていたことが伝わってくる。

現在の中国は、ウイグル自治区で多くの人民を強制収容所に閉じ込めたり、香港の一国二制度を踏みにじって当初の約束を反故にしたりと、「ひとつの中国」というスローガンに異様にこだわっている。その始まりが、チベット問題だったといっても過言ではあるまい。

ちなみに本書は、もともとが英語で書かれたものであり、原書も取り寄せてみた。英語の学習のため、英語版があるものは和訳と並行して読もうと思ったのだ。しかしながら、チベットの地名や風習など、出てくる単語が難しく、残念ながら英語で読むことは断念してしまった。英語のKindle版が出ておらず、ペーパーバックを取り寄せたのだが、紙の本だと英単語を調べるのに一手間かかってしまうのも断念の理由。名著だと感じたので、将来機会があれば原書も手にしてみたい。



【目次】

白蓮を持つ人
獅子の玉座
侵略―嵐の到来
南へ避難
共産主義中国
ネール氏の拒絶
亡命を決意
絶望の年
十万の難民
僧衣を着た狼
“魔術と神秘”について
チベットからの便り
平和への提言
普遍的責任と善意

4167651092

久しぶりにNetflixのドラマを視聴。英語学習のために、英語のドラマを見ようと思うのだが、アメリカのドラマは何シーズンも続くものが多く、私としてはきちんと完結していて結末のあるドラマを見たいので、なかなか食指が動かないのだ。そういった意味では、韓国ドラマの方が(日本のドラマに比べるととても長くは感じるが)きちんと完結するドラマが多いので、見易いと感じる。

そんなことを思いながら、ドラマを検索していたところ、4話で完結しているものを見つけたので視聴してみた。もしかすると面白くなくてたった4話で打ち切られた可能性もあるのかなと、少し心配しながら見始めたのだが、サスペンス物でちゃんと完結。うまく練られたストーリーであり、考えさせられる内容であった。

テーマは移民問題。アラブ系の移民がピザの配達中に射殺される事件が発端。ピザを頼んだ住民、射殺現場の目撃者も移民であり、イギリスが多くの移民を受け入れていることが分かる。最初は何の関係もなさそうなこれらの人々がやがて一本の線で繋がっていく伏線の置き方が秀逸。ただし、ネタバレになるが、★事件の黒幕が最後に逃亡を果たしてしまうのは、何ともすっきりしない気分にさせられた。まぁ、これが現実というものなのかもしれない。★ 

2時間の映画にするには複雑なストーリー。4話完結というのは、ちょうどよい構成。日本の刑事ものだと、最初はオムニバス形式で単発の事件を扱っておき、最終回へ向けて大きな黒幕や暗部に向かっていく、という構成が多い。これはこれで楽しめるのだが、本作のように最初から1つの事件を丁寧に追いかけていくという構成はとても面白く感じた。

本作はイギリス英語だが、ある程度は聞き取れることができた。結構複雑なストーリーなので日本語字幕で視聴したが、4話完結であれば、英語字幕で見返してもよいかもしれない。ちなみにタイトルの「コラテラル/Collateral」には、「見返り」「縁者」「付随事実」「巻き添え」等の意味がある。

 ▼

さて、イギリスと日本は同じ大陸に近い島国ということで地理的には似た環境とも言えるが、移民に関しては大きく状況が異なる。イギリスはアフリカや中東からもほど近く、そういった国からの移民・難民が多い。一方の日本は、留学生や技能研修性の受け入れは多いものの、正式な移民や難民の受け入れはかなり限定的である。

特に技能研修性に関しては、大きな課題を感じる。どうも日本人というのは同質性が高いせいか、外国人、とくにアジア地域の人たちを排除または差別する傾向にあると感じるし、実際にこういった人々を低賃金で働かせる事例をよく耳にする。

世界は今や環境や人権に関してかなり厳しい目を向けるようになっている。環境に関しては一程度の規律を持っている日本だが、人権や差別についてはどうだろうか。オリンピックの開会式で複数名が辞任・解任となったが、日本が世界から遅れていることが明確になった好例であろう。

日本でもダイバーシティ、ダイバーシティと多くの人が口にするようになっているが、ダイバーシティやインクルージョンの本質的な部分を理解しないと、経済だけでなくSDGsでも世界に取り残されてしまうであろう。

◇2047 『劒岳〈点の記〉』 >新田次郎/文春文庫

登山+測量という、冒険と実務が織り交ざった物語。一部はフィクションのようだが、綿密な取材に基づく実話に近い小説である。

『デス・ゾーン』を読み終えて、ふと登山に関する本が読みたくなった。私は登山にはほとんど興味がなく、怖くて自分で山に登ろうなどとはまったく思わないのだが、夢枕獏さんの『神々の山領』を読んで以降、登山小説には興味を持っている。極限での心理状態などは、読んでいてドキドキするし、自分だったらどうするだろうかという危機シュミレーションのような効果もあるかもしれない。

本書は登山をテーマにした小説だが、登山といっても目的は測量であり、事故はご法度の世界。よって、手に汗握るような危険なシーンは登場しない。しかしながら、主人公・柴崎の人柄を表すかのように、小説そのものも実直に物語が進んでいく。

登れない山、登るべき山ではないと言われている劒岳。そこへ日本で初めて登頂して、測量するのが柴崎に与えられたミッションである。山岳会という登山団体も初登頂を狙っているという話が耳に入り、物語は単なる登山ではなく、どちらが先に上るかという競争の要素も散りばめられている。

結果をここに書くのはネタバレになるので避けるが、結果に対する陸地測量部長の態度・反応がとても残念であった。日露戦争直後で、軍における(柴崎が属する測量隊は軍所属)上司の命令は絶対。とはいえ、自分の苦労を分かってくれない上司の下では、部下は思う存分に働けないであろう。軍隊だけでなく、全ての組織に通じる普遍的な人間の感情を学んだように感じた。

そんな一方で、柴崎自身は部下を気遣う素晴らしい上司である。そんな柴崎の人柄が偲ばれる一節を抜粋しておきたい。

人夫等と共同生活をしているのに、(柴崎)測量官だけが、 旨い物を食べることはできなかった。測夫や人夫たちと同じ天幕に寝、同じものを食べて働くのが、測量を成功させるこつ であると先輩に教えられたことが、柴崎の頭の中にたえず働いていた。

まだもう少し物語が続くのかなと思いきや、唐突に小説は終わってしまい、突然、新田次郎さんの回顧録が始まる。この小説を書くに至った経緯や、取材の過程が克明に描かれているのだ。最初は、あれっと少し戸惑ったが、筆者自身が小説の過程を明らかにするというのは、読者にとっては興味深くありがたい。そんな、巻末ボーナスも付いている一冊であった。



あらすじ:日露戦争の直後、前人未踏といわれ、また、決して登ってはいけない山とおそれられた北アルプスの劔岳。測量官・柴崎芳太郎はその山頂に三角点埋設の至上命令を受ける。山岳信仰から剱岳を畏怖する地元住民の反発、ガレ場だらけの切り立った尾根と悪天候・雪崩などの厳しい自然環境、日本山岳会との登頂争い、未発達な測量技術と登山装備などさまざまな困難と戦いながら山頂に挑んだ柴崎一行の苦闘の姿をえがく、新田次郎「山岳小説」の白眉。

4167112345

ごく稀にだが、夢の中に変な固有名詞が出てくることがある。今回はアノマトープ。バス会社の名前である。(目が覚めてから、枕元のメモに書き留めて置き、後からインターネットで検索してみたが、該当する言葉はなかった)

さて、このアノマトープ社に、会社の同僚が数名異動することになったという夢。私の実際の勤務先はバスの運営とはまったく関係がないのだが、夢の中ではバス会社はグループ会社の一社のようである。

気がつくと、そのバスに乗客として乗っている。目的地も分からず、ずっとバスに揺られたまま。異動になった同僚が乗っている訳でもなく、ただ乗り続ける。循環バスのようで、結局、駅前に戻ってきてしまった。その後、会社に出社しパソコンを開く。

その同僚だが、急に決まった異動のため、壮行会が出来ないでいた。その内飲み会でもやろうと声をかけたのだが、「すみません、うちの会社は土日も出勤なんです。火曜と水曜が休みなんで、火曜の夜とかどうっすか?」という返事。

何だか、変なところが妙にリアルな夢であった。

◇2046 『告白』 >湊かなえ/双葉文庫

賛否両論のある良い意味での問題作。グイグイ読ませる筆力は新人離れしているが、個人的には今ひとつだったであろうか。

中学校を舞台に起こる殺人事件。女性教師の娘が殺され、その復讐劇が展開されていく。章ごとに語り手が変わり、それぞれの視点で物語が紡がれていく。物語の展開が気になり、一気に読み切りはしたが、もう少し登場人物の内面に深く切り込んでもよかったのではなかろうか。読者を飽きさせない展開は素晴らしいと思うが、読み終えてみるとテーマの割には軽い読後感であった。

湊かなえさんの作品は、読んだつもりになっていたのだが、本書が初めて。読んだつもりというのは、『Nのために』『リバース』というドラマを見たからであろう。ドラマの感想も、ミステリーとしてではなく青春物語として楽しむべき作品と記している。本書も映画化されたそうだが、残念ながら映画も見てみようという気にはなれなかった。

本書は湊さんにとってのデビュー作であり、「このミス」にランクインしたり、本屋大賞を受賞したりと、巷では話題になったようである。本屋大賞では例年良質な作品が選ばれており、今まであまり外れがなかったので期待していたのだが。。。まぁ時代がこのような勢いのある作品を求めているのであろう。



あらすじ:「愛美は死にました。しかし事故ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」我が子を校内で亡くした中学校の女性教師によるホームルームでの告白から、この物語は始まる。語り手が「級友」「犯人」「犯人の家族」と次々と変わり、次第に事件の全体像が浮き彫りにされていく。衝撃的なラストを巡り物議を醸した、デビュー作にして、第6回本屋大賞受賞のベストセラーが遂に文庫化!“特別収録”中島哲也監督インタビュー『「告白」映画化によせて』。

457551344X

筆記用具にこだわりがあることについては、このブログでも何度か述べている。今日はアメリカで手に入る筆記用具について、記載してみたい。

在宅勤務で資料を印刷することがなくなったので、資料への書き込みという行為はほとんどなくなった。また、記載されている文書にマーカーを引く行為もなくなったので、日本から20本ほど買ってきた、無印良品のノック式蛍光ペンはほとんど使わないまま。ノック式なのでインクが乾いてしまわないかが心配である。

印刷した資料が無い分、打ち合わせの際などはメモを取る量が以前よりも増えた。これまではA6サイズのノートを使っていたのだが、日本語と英語を織り交ぜたメモを殴り書きのようにとるので消費量が激しく、A6だとすぐに使い切ってしまうため、ノートはA5に変更した。現在は日本ノート社(旧アピカ社)のC.D.NOTEBOOKを愛用している。

幸いなことに、このノートはミツワに併設されている紀伊國屋書店で購入することができる。ただし、こちらで買うと18ドル。日本で買うと600円程度なので、Amazonの国際配送でまとめ買いをした方がよいかもしれない。米国まで1800円で郵送してくれるので、3冊買えば取り寄せの方が安くつきそうだ。

私は1枚1枚切り離すことができるレポート用紙形式よりも、綴じてあるノートの方を好んで使っている。ノートの段差が気になることもあるのだが、それよりも情報が散逸しないメリットの方を感じている。過去には、案件ごとにレポート用紙に記録して、関連資料と一緒にファイルをしていた時期もあったのだが、情報がバラバラになってしまう(案件ごとに整理できるとも言えるのだが)ため、ノートに切り替えた。

しかしながら、英語を学習したりする際に、大量消費するようなケースで高価なノートを使うのに抵抗を感じるようになってしまった。日本にいたときは、学習用のノートも同じC.D.NOTEBOOKを使用していたのだが。そこで学習用に関しては方針を変更し、リーガルパッドと呼ばれるレポート用紙形式のものを使うことにした。

アメリカでは安価・大量に売られており、どこででも手に入れることができる。近所のスーパーなどにも置いてあるのだが、メーカーによって品質はバラバラ。ザラザラした感触の安っぽいものもあれば、ツルツルした肌触りのものもある。裏写りが激しいものもあったりして、文房具好きの私としては、ちょっと比較したくなってしまった。

ある程度、有名メーカーのものがよいかなと考え、4種類購入してみた。以下はその感想。リーガルパッドは最上部がホチキス止めされており、ミシン目からピリッと切り離すタイプが多い。安物だと、この切り離しに苦労して、せっかく書いたメモを変な風に破ってしまうことがあるので、切り心地も重要である。

・Amazon:紙の質は一番高品質のように思えるが、書き心地が若干ザラザラしている。またミシン目の切り心地は、とても気持ちよく、適度な力加減でピリッと気持ちよく切れる。紙質も薄いが丈夫でほどよい。

・Pen Plus Gear:書き心地はサラサラとして心地よく、インクの吸いがよい。紙質は若干悪く、日本のわら半紙のような感じ。個人的には、このわら半紙感も嫌いではない。切り心地が難点で、切り離すのにコツがいる。

・Staples:書き心地、切り心地ともに普通。悪くはないのだが、とてもよい、と言うほどではない。罫線の印刷が他に比べると雑。インクがにじんでいることもある。

・Office Depot:書き心地はヌラヌラとした感覚で心地よい。また切り心地もAmazonまではいかないが、悪くはない。また最上部がホチキスではなく糊付けしているタイプがあり、こちらは日本のレポート用紙と同じような感覚で切り離すことができる。

AmazonかOffice Depotかで迷ったのだが、複数のペンで書き心地を試してみた結果、やはりAmazonのザラザラした感触が気に入らず、当面はOffice Depot製を使うことにした。また、ミシン目から切り離すタイプよりも、糊付け(Glue top というらしい)の方が、慣れているのでそちらを購入。Office Depotで50枚x12冊セットが販売されており、15ドル程度である。C.D.NOTEBOOK 1冊よりも安い。

さて、紙の次はペン。日本から三菱鉛筆のUni ball Signoを十数本持ってきていたのだが、残りが少なくなってきた。もともと0.7mmのブルーブラックを愛用していたのだが、販売中止になり0.7mmの青に切り替え。こちらも販売中止となってしまい現在は1.0mmを使用。最初は太くて書きづらいと感じていたが、一度太さに慣れてしまうと、サラサラというかヌラヌラといおうか、絶妙な書き心地が手放せなくなった。

アメリカで手に入るのは次の3種類。ペン類は日本メーカーが大活躍であり、どの文具コーナーでも見つけることができる。なおペン軸はZEBRAのSARASAシリーズのビジネスタイプのものを愛用している。

・Uni-ball Signo:Impact 207 RT Refillsというリフィルを購入。現在使用しているのと同じメーカー、同じ太さなのだが、なぜか書き心地が若干劣る。微妙な感覚なのでうまく言えないのだが、ヌラヌラ感が少なく、あっさりし過ぎている感じ。1.0mmなのに若干細く感じる。

・Pentel EnerGel-X:Retractable Liquid Gel Penを購入。こちらはリフィルではなくペン軸ごと購入。ペン軸はグリップの握り心地が今ひとつなので、SARASAのペン軸に入れ替えて使用。書き心地はヌラヌラとしており、一番良い。しかしながら、かすかに裏写りしてしまうのが難点。リーガルパッドは表しか使わないからよいのだが、ノートに書く時は裏写りしない方がよい。

・PILOT G2 Premium:Refillable & Retractable Rolling Ball Gel Pensをペン軸ごと購入。他のペンに比べると青というよりも紺色に近い発色で、太さも0.7mmに近い感覚。書き心地は悪くないのだが、微妙なところで好みから外れるだろうか。また、リフィルの長さが若干長く、SARASA軸に適合しないのも難点。

SignoとEnerGelは甲乙つけがたい。個人的にはEnerGelの書き心地を優先したいところだが、実際にしばらく使ってみて、裏写りがどの程度気になるかを試してみたい。それにしてもSignoについては、同じ太さで同じ日本製なのに書き心地が異なるのは不思議。たかがペンとはいえ、匠の世界。微妙な仕様が異なるのかもしれない。

今回、筆記用具を探し求めて、StaplesやOffice Depotというアメリカの文房具店に足を運んでみたのだが、改めて日本の文房具店の素晴らしさを痛感した。こちらの店舗はとても広くて大きいのだが、ガランとしている。文房具だけでなく椅子や机まで置いているからであろうか。広さの割に置かれている文房具の種類はさほど多くない(日本が多すぎるのだろう)と感じた。

また、先にも書いたが、日本のペンメーカーの努力に感心した。三菱、パイロット、ぺんてるといったメーカーのペンは、かなりの確率で目にすることができた(私が見落としたのかもしれないが、残念ながらゼブラ製は見かけなかった)。文房具は軽くて小さく消費期限もないので、日本製であっても輸出するには適しているのではなかろうか。0.1mm単位のペン先を精度よく加工する技術や、インクの技術など、日本の技術が活かされている好例。中国製などに負けないように、もっともっと頑張ってもらいたいものである。

◇2045 『マイクロソフト−再始動する最強企業』 >上阪徹/ダイヤモンド社

マイクロソフトの底力を見せつけられた本。

職場の上司から進められて購入。私の勤務先は規模的には大企業に属するであろう。以前はベンチャー企業のリーンな経営が勉強になると思い、いろんな本を読んでいたのだが、結局大企業がベンチャー企業のように機敏に動けるわけはなく、最近はあまりその手の本を読まなくなった。そんな折に紹介されたのが本書。マイクロソフトという大企業が、変革を遂げた物語であり、ベンチャーの成功物語よりも説得力があるとのこと。

確かに米国のIT4強をさすGAFAというバズワードにはMの文字、つまりマイクロソフトは含まれていない。IT企業ではあるが、もはや老舗の大企業といった風格であろうか。そんなマイクロソフトが経営方針を大きく変え、戦略に関してもクラウドシフトに舵を切ったいきさつが書かれている。

特に興味深かったのは、ナデラというインド出身の3代目CEOが、企業文化を変えようと尽力した点。戦略も大事だが、その根底を支えるのは従業員であり、従業員が活躍するためには企業文化をより良いものにしなければならないということであろう。

もちろん、ナデラの戦略眼は優れており、クラウドシフト、サブスクリプションモデルへの転換など、これまでのマイクロソフトの常識を覆すような戦略に着手している。ただ、企業変革という意味では、戦略の変更よりもむしろ、ソフトな部分に着手したところに注目したいと思ったのだ。

こういった企業変革の話が前半に書かれており、中盤はマイクロソフトを支える技術基盤の話、そして後半は働き方改革(本書が発売された2018年当初は働き方改革がようやく緒に就いたころ)に通じる業務改革について描かれている。

働き方改革・業務改革については、私自身、バックオフィスを預かる身として勉強になった。付加価値型の人材にリソースを充実させるため、どんどんアウトソースを進めたいき、従来はすべての国に独立した部門があって正社員が十数人ずついたのが、徹底的に標準化し、グローバルでのワンチーム・ワンオペレーションになっているとのこと。

そのためにも徹底したペーパーレスを目指した。紙は働き方や時間などをものすごく制限する。ペーパーレスであれば、会議の資料に間違いがあっても、その場でデータを修正できるし、不明な点などはその場でドリルダウンして詳細情報を得ることができる。そうなると、会議では資料を読むのではなく、問題点の把握と次のアクションに議論が集中できるという。これによって経営会議の議論のスピードが上がり、質も高まったそうだ。(それまでは、会議の席上で不明点があると、持ち帰って調べる必要があった)

それでは、特に重要だと思った前半の企業文化変革に関わる部分を引用しておきたい。

・テクノロジーはどうあるべきか、クラウドはどうあるべきか、目指すべきビジョンをしっかり語る一方で、お客さまにとってのリアリティは何なのか、ということを強く意識していましたね。

・「変わることがいいとか、変わらないといけない、というよりも、こういうあるべき姿があるよね、そこにはなかなか到達できないけど、常にその姿に向かってやっていこう、という姿勢なんです」

・「彼が言ったのが、『グロース(成長)マインドセット』という言葉でした。もっと会社としてリスクを取らないといけない。成長のためにマインドを変えないといけない。だから、リーダーのみんなにはリスクを取ってくれることを期待している。自分にできることをもっと考えないといけない。変わらないといけない。能力は、自分が思う以上に持っている。それを利用すべきだ、と。間違いをしてもいい、とも言いました」

・学習せよ、話すより聞け。

・極めて興味深いのが、2番目の「世界観」(Worldview)である。これこそ、ナデラCEOのインド人らしい哲学的なところ。

・「トルストイというロシアの有名な作家がいますが、彼が言っていました。『この世界をみんなが変えようと言っている。しかし、誰一人として自分が変えようとは言わない」

・「同じ行動をして違う結果を期待する。これはおかしいでしょう。そうなれば、違うことをしないといけない。マインドを変えないといけない。それが会社を変えていくんです」

・「サティアは聞き上手なんです。本当に人の話に耳を傾ける。議論するために聞いているのではなく、理解しようと思って聞いている。それは、話している私にもパワーになります。そして、私に対してリアクションをしてくれる。『これは君の専門だよね。何か推薦してくれないかな』。そんな対話ができるんです」

・「座ったとたん、上司の口から出てきたのは、How can I help you?瓩世辰燭鵑任后これをしろ、あれをしろと言われると思って身構えていたら、何を手伝おうかと。これには目が点になりました」

・我々は民間の会社なのでプロダクトに対するインパクトも意識してほしいと。技術を開発して、プロダクトに技術移転して、より多くの人に使ってもらうことのインパクトだったり、あとはもう少し広い意味での社会に対するインパクトであったりするのも大事。大きくその3つのインパクトを研究者は出すように求められています」

・マイクロソフトは今も、過去の否定はしていない。チェンジという言葉ではなく、トランスフォーメーションという言葉を使っている。うまくいかなかったから、悪かったから変わっていこうということではなく、うまくいっているものから、シフトさせようとしているのだ。




【目次】

1 12万人の10兆円企業をゼロから作り替える
  −全盛期を過ぎたと思われた巨大企業はなぜ蘇ったのか
2 知られざる最強企業の全貌
  −未来の震源地に集まる世界最高の頭脳たち
3 AIを最もスケールできる会社
  −「AIの民主化」ですべての人の仕事と生活を変える
4 未来を激変させる驚異の発明
  −無限の可能性を秘めた破壊的テクノロジー「MR」の秘密
5 驚異的な生産性を実現する仕組み
  −なぜ少ない人数でより多くの仕事ができるのか
6 ポスト・スマホ時代の覇者
  −AI、MR、ビッグデータ、ワークプレイス…すべてつながる働き方の未来

4478102821

先日8月15日に世界情勢の定点観測の記事をアップした直後に、大きなニュースが飛び込んできた。タリバンの勢力が急拡大しているのは把握していたが、首都カブールに侵攻し大統領府を掌握、実質的な政権交代に至ったのだ。これによって2001年の米国同時多発テロ事件をきっかけに旧タリバン政権が崩壊してから20年、振り出しに戻る形になってしまった。

まずは新聞記事から事実関係をピックアップしておきたい。

・タリバン(ターリバーン)は8月15日、首都カブールに侵攻し、大統領府を掌握
・ガニ大統領は国外へ退避(実質的な逃亡)
・タリバン幹部が勝利宣言。アフガニスタン政府は事実上瓦解
・アフガンから国外への脱出を求める市民が空港に殺到。死亡者も発生
・米国は20年間で2兆ドル超、最大11万人の駐留米軍を派遣。2400人以上の米国兵士が死亡


米国のアフガン撤退に対する批判が殺到しているが、主なものを紹介しておきたい。

・ベトナム戦争時のサイゴン陥落に次ぐ失策
・アフガン撤退は既定路線でありやむを得ない決断だったが、タイミングや撤退方法がまずかった
・結局、米国は多大な人的・金銭的投資を行うも、民主政府を育てることができなかった


今後の国際政治などに対する様々な影響も論じられている。

・タリバン政権は穏健を主張しているが、実際に民間人が殺害されたりしている。また女性に対する規制(外出や教育、就業)の強化も懸念される

・パキスタンを始めとする周辺国で、イスラム過激派が活気づくことが懸念される。また、アルカイダのようなテロ組織がアフガンへ潜伏する可能性もあり

・米国のアフガン撤退により、テロ監視機能が低下。世界的なテロ行為の再拡大が懸念される

・パキスタンは長年に渡りタリバンを支援してきた。今後、パキスタンのアフガンに対する影響力が増す可能性あり

・中国は一帯一路を通じてパキスタンとの関係を強化してきた。また内政不介入の姿勢を保っており、タリバンと良好な関係を築く可能性あり。これにより中国・アフガン・パキスタンという回廊が出現する。一方で、ウイグル族がアフガンに拠点を見出すリスクもあり

・ロシアがアフガンに接近する可能性もあるが、米国駐留以前は、ロシアがアフガンに侵攻して手痛い失敗を経験しているため、介入は限定的か

・インドでは、イスラム教徒が多数を占める唯一の地域であるジャム・カシミールの治安悪化が懸念される

・欧州各国は米国の判断ミスを非難。高まりつつあった米欧の強調ムードに水を差す形に


最後に、日経新聞2021.08.16より、20年に及ぶ、米国のテロとの戦いという年表を引用しておく。

・2001年9月11日:米同時テロ。ニューヨークの世界貿易センタービルや国防総省に航空機が突入。約3000人が犠牲に
・2001年10月:米主導の有志連合が、国際テロ組織アルカイダとタリバン政権壊滅のためアフガニスタン空爆
・2003年3月:イラク戦争開始。12月にイラクのサダム・フセイン元大統領を拘束(06年に死刑)
・2010年8月:オバマ大統領がイラクでの戦闘任務終結を宣言
・2011年5月:米軍がアルカイダ指導者オサマ・ビンラディン容疑者を殺害
・2014年6月:過激派組織「イスラム国」(IS)が「国家樹立」を宣言
・2017年10月:米主導の有志連合が支援するシリア民主軍がISの「首都」ラッカを制圧、解放宣言
・2020年2月:トランプ政権がタリバンとの和平合意に署名
・2021年4月:バイデン大統領が9月11日までのアフガンからの米軍完全撤収を表明
・2021年8月:タリバンがカブール進攻、アフガン政権が事実上崩壊


さて、このように情報を整理して考えたのは、果たして民主主義というのは、他者から与えられて、あるいは強制されて根付くものなのか、ということ。日本が戦後、軍国主義から民主主義に転換できたのは、さまざまな要素がうまいタイミングで重なったからであると思う。戦後復興で経済が上向いていたこと、戦前も教育はしっかりしており識字率も高く民度も高かったこと、など。

一方で、特に現在の中国(のみならずシンガポールなども)の発展を見ていると、開発独裁というメソッドもあり得るのだろうと感じてしまう。私個人としては、民主主義が一番マシなシステムだという論に賛成であるが、残念ながらその民主主義がうまく機能していない例も散見される。

またチュニジアの例など、せっかく自らが勝ち取った民主主義であっても、経済がうまくいかなかったりすると、破綻して逆戻りする可能性も高い。

結局、国民たちは自分の生活が安全できちんと食べていける状態であれば、政治がどうあろうと二の次というのが本音であろう。国民の生活が保障されるのであれば、民主主義が絶対的な解とは言えない時代になっているのかもしれない。

それでも民主主義がよいと思うのは、内政のみならず外交にも歯止めが利くから。中国を見ていると、内政がしっかりしてさえいれば、国民は外交について文句を言わないように感じる。そうなると、非常識な要求、グレーゾーンの対応などが増加するように感じるのだ。

今回のアフガン問題で一番懸念されるのは、タリバン政権がテロを支援するところまでいかずとも、テロ組織に対して見てみぬふりをする可能性が高いということ。そうすると、タリバン自体がテロ組織にならずとも、アルカイダやイスラム原理主義者たちが、アフガニスタンという国を隠れ蓑に活動を活発化させる恐れがあるだろう。

そういったグレーな政権に対してNoと言えるのは、やはり民主主義なのである。

◇2024 『デス・ゾーン−栗城史多のエベレスト劇場』 >河野啓/集英社

なかなか表には出てこない現代社会の暗部を垣間見たような作品。読了後、なんとも居たたまれない気分になってしまった。

読もうか読むまいか迷っていた作品。信頼できる2名の方がブログで取り上げていたので、Amazonのお気にいりに入れておいたのだが、旅先で読むものがなくなり目に留まった。

本書の主人公・栗城史多(のぶかず)さんのことは、カンブリア宮殿で取り上げられているのを見たことがある。番組では登山の姿を自撮りする新しいタイプの登山家として紹介されていたと記憶している。登山家というと寡黙な方が多い印象だが、栗城さんはとても快活で笑顔が素敵な青年であった。カンブリア宮殿の映像は印象的ではあったが、私としてはその後の栗城さんの成果を追い続けるところまでは興味を抱かなかったというのが正直なところ。

番組当時が栗城さんの絶頂期だったのではなかろうか。その後、凍傷で指を切断したことや、登山中に滑落して亡くなったことはネットのニュースで知ってはいたが、その舞台裏までは知らなかった。

本書には筆者が関係者への取材から推定した内容も書かれている。凍傷に関しては、ドラマチックな演出をするため、まさか指を切断するほどまでの悪化するとは思わず、わざと手袋を外したりしたのではないか。滑落死に関しても、自殺だったのではないか、と。自殺説に関しては、自殺願望はあったかもしれないが、最後の最後で死ぬのが怖くなり下山しようと思ったが、集中力を欠き滑落してしまったのではないかというのが、筆者の最終的な推論。

また筆者は栗城さんが掲げる「単独無酸素」という言葉にも疑問符を投げかける。本当に単独だったのか?本当に無酸素だったのか? 登山には明確な定義がなく、ベースキャンプまでは単独で無くてもOK、酸素を吸ってもOKなど、栗城さんが自分で定義を決めていたのではないかとも述べている。また、無酸素での七大陸最高峰制覇を狙っていたとのことだが、エベレスト以外の6つの最高峰に酸素を担いで登る人間などいないそうだ。

私も含めて山に詳しくない視聴者からすると、6つの最高峰に単独無酸素で登ったと聞くと凄いと思うが、登山家からしてみると当たり前のこと。元来人を楽しませるのが好きだったという栗城さんが、意図的・確信的にこういった言葉を使ったのは、他の登山家にしてみれば面白くなかったであろう。そういった栗城さんの本性が徐々に露呈していき、それまでは応援の声が多かったSNSでも批判がそれを上回るようになってしまった。

登山の費用はスポンサーから出してもらう。そのために番組でも取り上げてもらう。そういったしがらみに縛られていく毎に、栗城さんは山に登ることを止められなくなったのであろう。本書の中で一番印象的だったのは、次の一文である。

一人称で彼を語ろう……と。結果的にはそれがメディア全体の信頼につながると思うのだ。  ――私は当初、「単独無酸素」の矛盾に気づかなかった。  ――私は、「裏取り」という取材の基本も忘れていた。  ――私は、映像の面白みと「夢」という心地よい言葉に乗っかって、タレントのように彼を描いた。  ――私は、彼の死によって再認識した。……人間を安易に謳い上げるのは危険なことだ。その人間が「生死に関わる挑戦」を行なっている場合はなおさらだ……と。  ――栗城さんを死に追いやったのは……私かもしれない。

筆者は真摯に自分と向かい合っているが、最後の一文は「私かもしれない」ではなく「私たちかもしれない」とあるべきだろう。誹謗中傷などを簡単にSNSで発信できる現代社会。それによって自殺に追い込まれた人、精神的な苦痛を味わった人がたくさん存在している。栗城さんの死が我々に残してくれた教訓こそ、大切にすべきではなかろうか。



【目次】

序幕 真冬の墓地
第1幕 お笑いタレントになりたかった登山家
第2幕 奇跡を起こす男と応援団
第3幕 遺体の名は「ジャパニーズ・ガール」

4087816958
kuriki

昨年は赴任直後ということもあり、夏休みは取らなかったのだが、今回は日本のお盆休みに合わせて一週間の休みを取得。7月初旬から計画していたフロリダのディズニー・ワールドに行ってきた。

計画当初はワクチンのおかげでアメリカのCOVID-19感染者は減少傾向にあったのだが、ここへ来てデルタ株による感染が再び拡大しつつあった。感染リスクを考えて中止しようかとも思ったのだが、直前のキャンセルは100%のキャンセルフィーを取られてしまうとのこと。ディズニーでは入場者制限をしており、マスク着用も義務化されている。また、アトラクションは基本的に屋外のものが多いので、感染対策を万全にしながら旅行を決行することにした。

シカゴのオヘア空港を朝7時に立つ便。早朝のため、ウーバーが捕まらないリスクを考慮してリモを頼んだ。少し料金は高めだが、一番確実だとのこと。朝から快適な気分で空港へ向かうことができた。空港は早朝にも関わらず、かなり混みあっている。考えてみると、アメリカに来て初めての飛行機。久しぶりの旅行だったので、空港での勝手が分からず少し戸惑っていると、何と幸いにも空港に日本人の従業員の方がいらっしゃり、丁寧に対応いただいた。

過去に米国内を出張で回ったときは、テロ対策のためのセキュリティチェックがかなり厳しかったが、今回はテロよりもコロナ対策、といった様相。皆さんマスクをしてはいるものの、コロナ後はじめての人混みで、不安なまま飛行機に搭乗。飛行機も混みあうことが予想されたので、少し追加料金を支払って前方のプレミアム・エコノミー席を確保した。

定刻にフロリダのオーランド空港に到着。空港からはディズニー専用の大型バスでホテルへ向かう。マジックバンドという、腕に取り付ける電子IDバンドを事前に受け取っており、バスの振り分けもそのIDを元に実行される。また、事前にオンラインで手続きをしておくと、ダイレクトチェックインが出来るというシステム。マジックバンドで部屋の鍵も空けることができるのだ。

14時過ぎにホテルに到着し、当日早速ハリウッド・スタジオというテーマパークを訪問。ここの目玉はスターウォーズの新アトラクションなのだが、これだけは事前予約が必要。残念ながら当日しか予約を受け付けておらず、楽しむことが出来なかった。それでも入場制限をしているおかげで最長でも1時間待ち。スターウォーズ以外の乗りたかったアトラクションにはすべて乗ることができた。

アトラクションには乗れなかったが、スターウォーズの一角は映画の世界観をそのまま再現しており、十分に楽しむことができた。スターウォーズのTシャツが格好良かったので、久しぶりにTシャツを購入。初日としては満足な一日だったが、最後に乗ったジェットコースター系のアトラクションが思いのほか激しく、少し乗り物酔いしてしまった。

2日目は早起きしてアニマル・キングダムへ。園内にサファリがある本格的なテーマパーク。キリマンジャロ・サファリというアトラクションはジープでサファリの中を進んでいくアトラクション。残念ながらライオンなどの猛獣には会えなかったが、キリンの群れを見ることが出来たりと、なかなか楽しめる内容だった。また、アバターのアトラクションはVRによってアバターの世界を体現しており、とても感動的だった。目の前に広がる世界に少しだけ涙腺が緩んでしまったほど。

私が購入したのはテーマパークを5日間楽しめるチケットだったため、日程的には1日余裕がある。3日目は少し足を伸ばして、ユニバーサル・スタジオへ行ってきた。こちらにも2種類のテーマパークがあるのだが、ハリーポッターが楽しめる方を選択。映画をテーマにしたアトラクションではあるが、私が想定していたのとは少し違い、ジェットコースター系(絶叫系)のアトラクションが多かった。もともと絶叫系は苦手なので、正直あまり楽しめなかった。ただし、食事はディズニーよりもはるかに美味しかった。

4日目は、エプコットというテーマパーク。他のテーマパークに比べると乗り物も少なく、疲れてきたころに休憩を兼ねてスケジューリングするとよいと聞いていたとこと。ちょうど疲れも溜まっていたので、昼頃まで休んで午後から出かけた。アトラクション以外に、世界各国をテーマにしたコーナーもあり、個人的にはそれなりに楽しかった。日本コーナーは城と寺が隣り合わせというあり得ない配置だが、外国人が制作するとこうなるのであろうと苦笑。他国のコーナーも同じような内容になっているのかもしれない。

5日目はマジック・キングダム。こちらは日本のディズニーランドの元祖版とでもいうべき存在で、ビッグサンダー・マウンテンやスプラッシュ・マウンテンといったお馴染みのアトラクションがずらり。途中で雷雨のため、ライド系が一時中止になってしまったが、再開後は30分待ちのものが多く、夕方にかけて一気にアトラクションを乗り継ぐことができた。

6日目はもう1日マジック・キングダムを楽しむ予定にしていたのだが、東京ディズニーランドでも楽しめそうな内容だったので、アニマル・キングダムに切り替え。もともと4テーマパークに対して5日分のチケットだったので、1日余裕があったのだ。ところが、連日猛暑の中マスクを付けて立ちっ放し、歩き詰めでかなり疲弊しており、ホテルで休養することにした。

勿体ない気もしたが、6日連続というのは年齢を考慮しない強行軍だったかもしれない。体調がすぐれないときに出かけてコロナ感染してもまずいので、おとなしくすることに。日本も連休だったので仕事のメールはほとんど入っていなかったが、それでもアメリカの同僚からのメールが何通か届いていたので、そちらに返信したり。後は、久しぶりにじっくりと読書を楽しんだ。

最終日は移動のみ。11時にホテルをチェックアウト。ホテルからバスで空港へ向かう。雷雨のため、飛行機が遅れており、空港で簡単な食事を済ませることにした。テイクアウトの中華料理(ディズニーではずっとアメリカンな食事だったので、中華料理が懐かしかったのだ)を、比較的すいているベンチを探して食す。

たまたま隣に座っていた方が、日本の方ですか?と日本語で話しかけてきたのにはびっくり。住友重工で30年以上勤務して、昨年リタイアされた方だった。日本の話などで盛り上がる。旅先のちょっとしたふれあいというのは、心地よいもの。

無事にオヘア空港へたどり着き、後は帰宅するのみ、と思ったところでトラブってしまった。ウーバーを頼んだのだが、空港の構造が複雑なのでうまく出会えないのだ。やむなくキャンセルし、待ち合わせスポットを再度入力しようとするが、画面に表示されない。これでは帰れないと焦っていると、後ろから子供の声が聞こえる。日本語だ。思わず、そばに居た父親の方に「日本人の方ですか」と話しかけ、ウーバーの呼び方を教えていただく。

最初にオヘア空港を選択した後に、ターミナルを選択し、待ち合わせスポットを選ぶ仕組みだった。最初の検索で待ち合わせスポットが表示されなかったので、うまく前に進めなかったのだ。結局ウーバーを呼ぶのに1時間程度かかってしまい、家に帰り着いたのは夜の9時。

長い旅だったが、終わってみればあっという間。少しは気分転換できただろうか。もともと夏休みは愛犬を連れてドライブで旅行するつもりだったのだが、予定が変わってしまった。犬がいたらディズニーワールドになど行けなかったかもしれないが、やはり愛犬と旅をしたかった。誰も待っていないアパートに帰り着いて、そんな思いにとらわれてしまった。

【ハリウッド・スタジオ】
7C2A84A3-7072-43A9-8570-46618E495850

【アニマル・キングダム】
8C94D7A3-3B52-4879-A1CD-B086281F6975
DEB1D730-D8D5-419C-BAED-38B21A851E42
F111FE92-6702-47B6-9323-62BB1C53B5E1

【ユニバーサル・スタジオ】
11D6A1EB-AA39-40AB-A6E7-526BECC84D67

【エプコット】
F088659D-D6BB-4652-8788-9E9AECD2C06D

【マジック・キングダム】
6B72F9A3-8C87-4052-955C-00EE2D1B9225

【ディズニー・ボードウォーク】
8D32A7BB-1ED0-4437-8D02-43EB45348D28

◇2043 『いかに生くべきか−東洋倫理概論』 >安岡正篤/致知出版社

難解で今の私には付いていけなかった本。ただし、突き詰めるとおっしゃっていることはシンプルなことのようにも感じた。

本書の存在を知ったのは、SBIホールディングス社長の北尾吉孝氏の本を読んで。『東洋倫理概論』『東洋政治哲学』『日本精神通義』『日本精神の研究』が安岡先生の四部作だそうだ。安岡先生の本に関しては、プレジデント社から出ているものを一通り読み込んだが、正直本書よりもプレジデント社のシリーズものの方が、分かりやすかった。

本書はなんと安岡先生が30代前半の頃に書いた著書だそうだ。使用されている語彙や引用されている古典文章などの奥深さを見るに、今の日本の30代の人々の中にこれほどの文章が書ける人が果たして何人いるだろうかと考えてしまった。

しかしながら、難しいことを平易に書き記すのも1つの才能である。プレジデント社のシリーズものの方が読み易いと書いたが、これは安岡先生自信が自分の論理を磨き上げ、より熟成したから為すことができた技ではなかろうか。逆に言うと、本書はまだ若かりし頃の安岡先生が、自分の博学をそのまま紙面にぶつけたものとも言えよう。

難解であるが故に、読み進めるのにはかなり苦労したのだが、突き詰めて考えてみると、本書で語られていることは、親を大切にすること、良き師匠に師事すること、古典を読み過去の英雄に学ぶこと、家庭生活を大事にすること、人としての道徳を学ぶこと、独りの時間を以て学習すること、など非常に基本的なことである。

もっと深く読み込めば、新たな発見もあるのかもしれない。今の自分にはこれが精一杯。四部作については、せっかく日本から持ってきたので、アメリカにいるうちに読破してみたい。

・童心と素心:静かに考えると、人々は少年の時から早くも、国家のために尽くした志士や、天子宰相の物語を聞いては感奮興起するものである。否、この感情はむしろ成長して世故(せこ)慣れるに随い薄れ易い。これ少年の時はまだ純真であって、我執我見の障礙(しょうげ)がないために、かえってよく天と通ずるのである。これを「童心」と言う。同様に世間摺れした男より家庭の女に、貴族富豪その他の文化階級より田夫野人の間に、大義に対する純真な感激が存するものである。これを「素心」と言う。我々は幾才になってもこの童心を、どんな地位身分になってもこの素心を失ってはならぬ。もちろん、いつまでも子供のままであれ、野人のままであれというのではない。成長と教養とに従って思索反省は複雑豊富になれねばならないが、しかも常にそれを包んで偉大なる永遠の童心素心がなければならぬの意味である。成長と教養がこれを傷(そこな)っては、人間として忌むべき不詳である。

・およそ物に二つの見方がある。一は物を外から見、己が認識対象として見る。それは毎(つね)にある立場から物を見るのであるから立場立場によって所見も異ならざるを得ず、その上に物のある方面を分析して見るので、要するに抽象的である。分析的抽象的に見ることは精細な概念的知識の結構には便利であるが、その代わり実在の意味生命からは遊離する。これに対していま一つの見方は物を内から見、情意に抱一して見る。生理学から言えば、前者の「己を以て物を見る」に対して、後者は「物を以て物を観る」のである。これによれば実在の意味生命を体得する。行為的直観が深くなる。

・啐啄同機:学という機(はたらき)に応じて教という機がある。学のないところに教はなく、教のないところに学はない。禅家の公案には有名な啐啄(さいたく)同機ということがある。牝鶏が卵を毎日懐き温めていると、やがて孵化の機が熟するとともに、雛が中からコツコツと殻をつつく。それが啐である。すると母鶏がこれに応じて外から殻をつついてやる。これが啄である。啐啄同機の下に孵化が行われる。

・器度とは平たく言えば、大いさである。由来、宇宙人生は複雑な矛盾の統一であって、一事に拘泥すれば身動きが取れない。人間は天地同根万物一体と言いながら、なぜ平気で肉を食い菜を食うかというようなことが解決されなかったり、上役との不和が全生活を暗くしたり、恋愛に肉欲が伴うことを苦にしたり、小廉曲謹や悲歌慷慨に終わるのは、いずれも根本において器度狭小なためと言わねばならない。我々はすべからく大矛盾に堪え、これを掌理するだけの器度力量を具備すべきである。(小廉曲謹:小さな細かいことを潔く慎んで行うこと。悲歌慷慨:思いどおりにならないことや世の不正を嘆き怒ること)

・人は成長するに従って、肉体的にも新陳代謝の機能を活発にして、疲労物質を摘除し、血液を純浄にせねば、健康を害し、ついには夭死するように、人格的にも早年から中年に進んで、家庭生活社会生活等の経験を積んでくるほど、滓(かす)が溜まる。修養してこれを摘除せねば、人格的に病人、あるいは亡者である俗物小人となってしまう。

・宿命観:宿命観は容易に免れ難い人間性の要求といわねばならない。人々は生まれて物心がつくと、親の命に率(したが)って行動せねばならず、世に出れば、また長上の命に率って服事せねばならぬように、いつも自己の生活を支配する強大な力の何者かを有する。のみならず、森羅万象や造化自体を内面的に看得するようになれば、どうしてもそれ等が人格化され神霊化される。人間のこういう内外の経験は、いつのまにか相互の生涯についても、これを支配し、制約する絶対者−神を想定せしめずにはおかない。そこで弱い人ほど、また素朴な人ほど、この宿命観が強い。しかし、深く考えれば、我々の意志のいかんにかかわらず、全然我々の生涯を左右するような神が、親やその他の長上のように我々に対して存在するというようなことを、どうして言うことができよう。そんなものが存在すれば、それはすでに我々と相対的存在であって、絶対者ではない。真の絶対者は相対的な何ものでもない。

・国老:家に祖父母が大切なように、国には国老がなければならぬ。国老は当局の為政者のように忙しい地位ではない。差し当たって直接権略を要する身ではない。そう油断なく施政の利害に考慮を払う必要もない。彼はひたすら国家・人民を愛する人、心配する人でなければならぬ。何とか人民の生活を安楽にし、風教を振興し、国家の貞祥を謀りたいと種々肝胆を砕く人でなければならぬ。




【目次】

緒論

本論
 志尚−早年の倫理
 敬義−中年の倫理
 立命−晩年の倫理

4884745876

8月15日。終戦記念日。年々、戦争経験者が減少し、戦争についての記憶が失われていくのはやむを得ないこと。だからこそ、忘れないよう記録を取り、それを読み返したり再現したりすることが大切なのであろう。

毎年、この終戦記念日には戦争が二度と起こらないようにという願いを込めて、ともすれば戦争に入ってしまうのではないかという危うい世界情勢を振り返ることにしている。

この1年の動きは、新型コロナウイルスと米中摩擦に集約されるであろう。これは昨年から大きく変わっておらず、とくに米中の確執は長期化の様相を見せている。

・新型コロナウイルスの世界的な拡大が止まらない。先進国ではワクチン接種が進み、一旦沈静化したかに見えたが、デルタ株をメインとする変異種の再拡大が始まっている。新興国ではワクチン接種が進まず、また脆弱な医療体制のため死者数が増えている。今後ワクチンの大量生産、大量流通、大量接種が大きなカギになるであろう。

・ワクチン接種の進む先進国では、日常が戻りつつある。ロックダウンは解除され、各産業が動き出している。変異種再拡大も懸念されるが、ワクチン接種者は感染はするものの重症化の恐れは少ないということで、新型コロナウイルスを克服しつつあるといってよい状態であろうか。しかしながら、フェイクニュースによるウイルス拒否者が一定数いること、新興国ではワクチンそのものが入手できないことなどから、集団免疫を獲得するにはまだまだ時間がかかりそうである。そうこうしている内に新たな変異種が発生し、ウイルスとワクチンのいたちごっこになることも想定される。

・米国ではトランプ氏に代わり、バイデン新大統領が誕生。従来の無茶苦茶とも言える政策を正常に戻しつつある。欧州や日本などとの関係も修復し、クアッド(米豪印日)による協力体制なども構築。また大幅な財政支出による経済や生活の立て直しにも着手。一方、トランプ路線から変わらないのが、対中国政策。中国への技術移転を防ぐための輸出管理、中国製品の流入を防ぐための関税施策などはトランプ政権よりも厳しくなっている状況。

・米国の政権交代時には、トランプ派による連邦議会議事堂への乱入が起こった。米国には陰謀論者やQアノンと呼ばれる人たちが一定数存在し、新型コロナウイルスのワクチン陰謀説なども流布されている。米国は、民主党・共和党の対立のみならず、所得による格差・分断、白人とそれ以外、保守派とリベラル、エリートと非エリート、ミレニアルとベビーブーマーなど様々な対立が生まれている。

・中国も共産党が100周年を迎え、ますます国力増強に力を注いでいる。米国に対抗すべく、軍事力を増強し南シナ海を実質的に制圧しつつある。また経済面では半導体、EVなどの先端技術に注力。個人情報の制約が少ない中、ITやAI技術にも磨きをかける。さらにはデジタル人民元の実験を大々的に行い、通貨での覇権も視野に入れている。

・中国の大きな動きとしては、香港国家安全法の制定が挙げられる。これによって、香港の自治は実質的に崩壊し、一国二制度は名ばかりとなった。民主的な選挙や報道は規制され、中国共産党の指揮下に入ったも同然。またウイグル民族への弾圧はジェノサイドと看做され、ウイグル産の綿や太陽電池材料が制裁対象に指定された。次なるターゲットは台湾であり、米国との摩擦が台湾を巡って軍事的な摩擦に発展しないかが懸念される。

このようにコロナと米中対立が大きな課題となった世界情勢だが、その他にも各国で不穏な動きが発生している。

・タイでは軍政の流れをくむプラユット政権への反政府デモが過激化。国王の権限縮小や不敬罪の撤廃を求める声も上がった。

・アルメニアとアゼルバイジャンが係争地ナゴルノ・カラバフを巡って戦闘状態に。その後、ロシアの仲介で停戦。

・ミャンマーでクーデターが勃発。国軍が全権を掌握するも、民主主義を訴えるデモ活動が続く。

・米国はアフガニスタンの駐留米軍撤退を決断。これによりタリバンの勢力が再拡大。

・イスラエル軍がガザ空爆。パレスチナ自治区のロケット弾発射に対する報復として。その後交戦が続いたが、エジプトの仲介によって停戦に合意。

幸いなことに戦闘に関しては早期の停戦に至っているが、問題が完全に解決された訳ではない。こういった局地的な戦闘が、大国を巻き込んだ代理戦争のようになる可能性も秘めている。それ以外にも、軍事政権を巡る大規模なデモなども心配の種。中国が軍事政権に肩入れしたりすると、国際情勢はさらにややこしくなるであろう。

◇2042 『A Whole New Mind』 >Daniel H. Pink/Penguin Random House

10年以上前に書かれた本だが、AIなどが発達してきている現在、本書で語られているコンセプトは、ますます重要になってきていると感じた。

英語学習の一環として、過去に読んだことのあるビジネス書を原書で読むようにしている。しかしながら、英語に関しては当面、リスニングとボキャブラリーが最優先であり、リーディングは次点。仕事もそれなりに忙しく、なかなかまとまった時間を読書に割くことができない。結果として、2カ月ほどかけて断続的に読み進めることになってしまった。

今回も、日本語の紙の本と原書のKindle版を交互に読み進めた。最初は日本語で1段落を読み、同じ箇所の英文を読み進める。リズムが出てきたら、段落数を増やしていく。あまり頻繁に日本語と英語を行ったり来たりすると、英文を読むスピードが上がらないのだ。

更に慣れてくると、日本語で読んでいない部分についても英文を読み進める。途中で、意味が分からなくなった時点で日本語に戻る。こういったマニアックな読み方をしているため、1時間程度はまとまった時間を確保しないと、非常に中途半端な読書になってしまう。細切れ時間では対応できないのだ。

本書の内容については、日本語版を読んだ際のブログに詳しい。冒頭にも述べた通り、今後はコンピューターに置き換えられない「デザイン、物語、調和、共感、遊び、生きがい」という6つの非常に人間臭いスキルが重要になるという話。

本書が書かれたころと大きく変わったのは、グローバル化の一時的な停止であろうか。単純な仕事はコンピューターに置き換えられたり、途上国の安価な労働に置き換えられたりするリスクがあるというのが本書の前提条件だが、米中対立に代表されるように、産業を国内に囲い込もうという動きが出始めている。

現在は製造業がメインであり、ホワイトカラーの仕事については、むしろリモートワークの普及で、グローバル化が加速している感がなきにしもあらずだが、今後は自国の雇用を守るという名目で、国境をまたいだ仕事は減っていくかもしれない。

ただし、それ以上にAIの発達が目覚ましく、単純作業はどんどん機械に代替されてもおかしくないであろう。とはいえ、こういった状況を警戒し過ぎる必要はないとも感じた。「デザイン、物語、調和、共感、遊び、生きがい」 要するに、人間らしく生きればよいということである。

○2041 『英語「なるほど」ライティング−通じる英文への15ステップ』 >遠田和子・岩渕デボラ/講談社インターナショナル

英文を書く際の注意点が、バランスよく網羅された良書。手元に置いておいて、辞書代わりに使いたい。

このところ、英語の書き方・話し方に関する書籍を数冊読み込んできた。日本人の感覚で英語に直訳すると、おかしな表現になることがままあり、ネイティブの人たちとのコミュニケーションでは注意しなければと思っていたためである。

何冊か読み込んでいくと、共通点が見えてくる。英語には日本語のような敬語表現はないが、英語独特の丁寧な表現というものがあり、それに加えて欧米人のメンタリティを意識した話し方をすべきだというのが、総論であろうか。

本書は、そういった英語の敬語とは少し異なる観点から書かれている。日本語と英語の構造に関する違いを指摘し、日本語を直訳するのではなく、より英語らしい表現になるような注意点が記載されているのだ。改めて指摘されてみると、なるほどと感じることが多い。

私自身、英文で少し長めのメールを書く際は、日本語で構成を考えてから書き始める。ただし、日本語で考えるのは構成、つまりどの順番で何を書くのかということだけなので、日本語から英語への直訳にはなっていないと思う。これを、日本語で文章まで考えて書き留めてから英語でメールを書くと、本書で指摘されているような不自然な英語になってしまう恐れがあるのだろう。

本当は、メールの構成まで英語で準備ができるとよいのだが、私の実力ではまだそこまでは到達していない。やってやれないことはないであろうが、効率がかなり落ちるであろう。

さて、本書に関しては手元に置いておき、何度も繰り返して見返すことになると思うので、引用などは割愛。一度読んで終わりではなく、必要に応じて読み返し、血肉とすべきだと思う。電子書籍で購入してしまったので、機会があれば紙の本を買い直そう。

久しぶりの名著。本を読み続けていると、こういった出会いに遭遇するから嬉しい。



【目次】

1 英語のセンテンスを組み立てる
 英語では主語が大事―隠れた主語を見つけよう
 まずは主語を決める―主語は人、それともモノ?
 能動態を使おう―弱い動詞から強い動詞へ
 魔法の前置詞―「前置詞は苦手」からの脱却へ
 順番を考えて書く―どっちが先でどっちがあと?
 日本語の影響から自由に!―「ある」から「する」へ

2 アイデアを英語らしく表現する
 英語はポジティブにいこう!―「否定」から「肯定」へ
 具体的な言葉は伝わりやすい―「抽象」から「具体」へ
 自信を持って言い切ろう―「あいまい」から「言い切り」へ
 文は短いほうがわかりやすい―「冗長」から「簡潔」へ
 和製英語には要注意―「カタカナ語」から「本物」へ

3 センテンスからまとまった文書へ
 英文はとにかく「結論が先」―「起承転結」から抜け出そう
 エッセイを書こう―PREP手法
 ビジネスレターを書こう―伝えたいことを明確に
 Eメールを書こう―意図を正しく伝える方法

4770040741

正直、実際にオリンピックが始まるまでは、コロナ禍での開催には懐疑的であり、本当にやるのかなと感じていたのだが、いざ始まってしまうと、やはり応援してしまう。

開催前には、関係者の過去の行為が問題になったり、不適切発言があったりと、とにかく運営側には課題が山積み。しかも、開催か中止かの判断がギリギリまでもつれ込み、現場の混乱は相当なものであっただろう。トップがだらしなくても、現場が何とかしてしまう日本組織そのものを目の当たりにしたような気がした。

アスリートにとっては、オリンピックは特別なもの。4年に1度というのは、そう何回も挑戦できるものではない。この絶妙な頻度がオリンピックを特別なものにし、アスリートたちの思いを熱くさせている。

そんな中、特に印象に残ったのが次の2選手。

まずは柔道の73キロ級で金メダルを獲得した大野選手。とにかくストイックで、武士のような佇まいの人物だが、そんな彼ですら柔道が辛くてやめたくなったことがあったとのこと。「リオデジャネイロ五輪を終えて、苦しくて、つらい日々を凝縮したような、そんな一日の戦いでした」というインタビューには思わず落涙してしまった。

次に卓球の水谷選手。ボールが見えづらいというハンディキャップを抱えながらも見事、混合ダブルスで金メダル。水谷選手も、前回のオリンピック以降、卓球をやめたいと思ったことが何度もあったそうだ。トップ選手にはトップ選手にしか分からない悩みと葛藤があるのだろう。

そんな困難苦難を乗り越えてのオリンピック。しかも1年延期され、モティベーションを保つのにも苦労したのではなかろうか。

自分自身、彼らとは比べるべくもない境遇だが、最近スランプ気味。苦しい壁を乗り越えてこそ見えるものがあるということを、改めて教えていただいた気がする。金メダル獲得おめでとうございます。そして、メダルの有無にかかわらず参加したすべてのアスリートの皆さんと、現場を支えているスタッフの皆さんに拍手を送りたい。

◇2040 『エマニュエル・トッドの思考地図』 >エマニュエル・トッド/筑摩書房

考えることが好きなので、思考に関する本だと思い手に取ってみたのだが、学者としての考え方であり、ビジネスシーンにどこまで応用できるのか、少し難しいと感じた。

アメリカに来てから、日本から持ってきた本以外は基本的に電子書籍での読書になっている。中国に居た頃は、電子書籍が出始めたばかりであり、ラインナップがさほど充実していなかった。また会社の物販サービスで、日本から送料無料(書籍代は自己負担)で本を取り寄せることが出来たため、こちらを活用することが多かった。今や、私が欲しいと思う本の7割程度は電子書籍化されている。本好きにとっては嬉しい限り。技術の変化というのは本当に早いと実感。

さて、そうは言ってもずっと電子書籍で読書をしていると、目が疲れるし、違和感を感じることもある。ノートを買いに行ったついでに、紀伊國屋のビジネス書コーナーを覗いてみると、Amazonのほしいものリストに入れてあった本書を発見。たまには紙の本を読んでみるかと購入。日本の販売価格の1.5倍くらいするのだが、久しぶりだしと衝動買い。

家に持ち帰りさっそく読み始める。紙をめくり、ページの隅を折り、マーカーを引きながら読む。久しぶりの紙の感触が心地よい。小説に関しては電子書籍でも違和感を感じなくなったが、やはりビジネス書のように、行ったり来たりしながら読むものは紙の方がよい。

さて、前置きが長くなってしまったが、肝心の本の内容については、少し期待外れだっただろうか。冒頭に書いた通り、思考の方法については書かれているものの、学者としての思考の仕方であり、今の私にとってどのように活用すればよいか、少し戸惑ってしまったのだ。

本書のキモの部分を整理すると次のようになるだろうか。

・とにかく大量のインプットを長期に渡って行う。
・興味が湧けば、他の分野についてもインプットを行う。
・大量のインプットが脳内に蓄積されると、そこから化学反応が起こり、アイデアが降りてくる。


こういった地道な作業から、筆者は旧ソ連における乳児死亡率のデータが急激に悪化していることから、ソ連崩壊を予測したのだ。筆者曰く、経済データは偽造できるが、人口に関するデータを誤魔化すことはできないとのこと。実際にソ連は、ある時から乳児死亡率のデータの公表をやめてしまった。

筆者が指摘する通り、人口動態を確認することは非常に有益であろう。しかしながら、それには一定のスパンが必要である。ビジネスの世界はもっとダイナミックに、もっとアジャイルに動いている。そういったスピードに対応するためには、読書のようなインプットに、プラスアルファの何らかの要素が必要ではないかと感じてしまった。

このように、全体を通しての論調は学者としての思考方法についてであるが、部分部分を見ると、示唆に富む内容がたくさん含まれている。今回はそういった示唆の部分を抜き書きしておきたい。

・研究においては、逸脱を繰り返した後に意志を持って、思い切ってこうだ、と結論づけなければならないときがやってくる。決断し、結論づける勇気、そして自分が誤っているかもしれないというリスクも含めて決断するという勇気が必要である。

・思考することの本質とは、とある現象と現象の間にある偶然の一致や関係性を見いだすということ、つまり「発見」をするということだ。

・ある同じような思考を持ったある集団がある事柄を信じ込み、それが外の現実にまったくそぐわないという事態が起こることを「グループシンク」という。

・脳があまりにも効率よく働いてしまう人たち、つまり出る杭になれない人たちからは新しいアイデアは生まれない。アイデアを生むには、まともではない思考をしてみたり、とっぴな関連性を見出だしたりする必要がある。

・未来を見たいと思うのであれば、一歩下がって歴史的な観点から考察するのは必要不可欠なこと。長期的な傾向についての知識を持っているということは、今日の突然で極端な変化をしっかりと捉えることにつながる。長期スパンの分析が、急激な変化を理解し、それに対応する力をつけてくれるのだ。

・最も重要なのは、間違えないことではなく、間違いを最初に見つけてそれを言うこと。

・人間というのは何か非常に不穏な事柄に出会ったときに、そこから目をそらすという能力を備えている。どんな社会でも共通して最悪の事態を予測しないようにできている。

・新型コロナウイルスが明らかにしたことの1つは、グローバル化というのは社会発展の単なるステップではなかったということだ。産業を自国に残したドイツ、日本、中国や韓国という国々は、グローバル化の流れで自国の産業を手放したフランスやイギリスなどの国々よりも、この状況を比較的うまく切り抜けている。グローバル化によって西洋社会に一部は後進国状態に陥ってしまった。




【目次】

序章 思考の出発点
1 入力―脳をデータバンク化せよ
2 対象―社会とは人間である
3 創造―着想は事実から生まれる
4 視点―ルーティンの外に出る
5 分析―現実をどう切り取るか
6 出力―書くことと話すこと
7 倫理―批判にどう対峙するか
8 未来―予測とは芸術的な行為である

4480847537

中国のIT系大企業であるアリババが、政府から目を付けられて規制を受けたことは記憶に新しいが、最近、配車アプリを提供するディディ(滴滴)も規制対象になった。具体的には、米国に上場したディディに対して、米国への情報漏洩が懸念されるとして審査や立ち入り検査を実施したもの。これによってディディの株価は大幅に下落した。

米国上場に関しても、現在はVIE(変動持ち分事業体)という方式により、中国企業が迂回上場することが暗に認められているが、この制度に規制が入ると中国企業の株価はそろって暴落する危険がある。

また、本件に関しては米国への情報漏洩が直接的な懸念事項かもしれないが、巷では中国のIT企業が中国共産党を上回る力を持ち過ぎないように規制を厳しくしているという見方が強い。

中国の経済発展の大きな原動力となってきたIT企業だが、このような規制強化は企業の競争力を削ぐことになるであろう。中国共産党も、そんなことは百も承知で、こういった規制強化に踏み切っているということは、よほど大きな焦りがあるのかもしれない。

また、もう1つ新しいニュースとして中国政府が、学習塾の業界を非営利団体に転換すべしという方針をだそうとしている。これは教育費の高騰によって少子化が進んでいることへの対策である。また一部の報道では、海外からの教育産業への参入によって、中国政府にとって不都合な情報が生徒に提供されるのを防ぐためだという説も囁かれている。

しかしながら、資本経済に慣れてしまった中国が非営利の事業にどれだけ注力するであろうか。もちろん、教育に関しては義務教育を充実させればよいのだが、長期的に見ればこういった学習塾への規制も教育という将来への投資を手控えさせる要因になるであろう。

こうやって見ていくと、わざわざ自ら国力を減退させかねない施策を次々と打ち出しているように感じる。中国の台頭を懸念する欧米各国からの様々な制約を受け、従来のような成長路線が描けなくなっている中国。一度経済が停滞すれば、共産党の基盤は意外と脆いのかもしれない。これまで幾度も易姓革命を繰り返してきた中国にとって、人民を飢えさせないことは至上命題なのだ。

◇2039 『一俗六仙』 >川村隆/東洋経済新報社

日立製作所の元会長・川村さんの新著。これまでの著書を読んで感銘を受けたので購入してみたが、残念ながら私にとっては今ひとつ。

タイトルの『一俗六仙』とは、1週間の内、1日だけ俗世間と交流し、残りの6日間は読書などで気ままに過ごすという意味。川村さんは大の読書家であり、ドストエフスキーの長編小説などを楽しみたいとのことである。

本書は、そんな川村さんの勇退後の計画について書かれたもの。本の前半部分は経営に関する記述などもあったが、これらに関しては、『ザ・ラストマン』『100年企業の改革』の方がより詳しく記載されている。

私自身は、まだ50歳手前であり、一俗六仙には早いであろう。週末だけは仕事を忘れて読書を楽しむ五俗二仙がせいぜいであり、実際は六俗一仙に近い状態である。もう少し年を重ねれば本書の良さも分かるのかもしれないが、私にはちょっと早すぎたというのが正直な感想。

それでは気になった箇所を引用しておきたい。

・(日立の社長を引き受けた際)急速に業績を回復させるためには、集中する事業と、遠ざける事業−つまり撤退や縮小の対象にする事業の選別、意思決定のスピードアップと少人数での意思決定、日本本体の社内分社による責任の明確化、グループ会社への「君臨すれども統治せず」方式の改革、そして連結資本の増強などが必要だろうと大体の見当をつけ、記者会見に臨んだが、結果は散々であった。

・(日本企業による法と企業倫理の不遵守の事例が続出していることを受けて)この日本的やり方は3つの意味で恥ずかしいのだ。経営陣が法と企業倫理に悖ることをしてしまうということ。それを監督・監査機関たる取締役会が把握できず是正できないこと。さらには両者がこのイロハのイのところで躓くため、本来の役割である「企業価値の持続的向上」という企業のあるべき境地には到底達しえないこと、の3つである。

・DXは従来業務のデジタル化ではまったくなく、業務システムを稼ぐ力の持続的向上型に変更することである。ここには経営者の思想が入っていなければならない。経営者がデジタルデータ部門を直轄して、自分は日々こういう数値と情報がほしい、各週では……各月では……と決め、そのためにはシステムはこういうインプットに対しこういうアウトプットたるべし、と指示しなければならない。

・経営者は、人材育成や人材獲得など役に立つヒトの確保にこれまでよりはるかに努力が必要だ。現在では、企業価値は「株式時価総額+有利子負債」などで近似されているが、いずれ社内の有為な人々の未来価値換算値がそれに加わってくるはずだ。

・企業にとって一番難しいが大切なのは、平時からの改革だ。

・企業においては、まず取締役会が企業の存続・成長にかかわる重要な意思決定を明確にしておく。それに基づいて革新的な社長・CEOが最大限アクセルを踏む。これが大前提で、その次に取締役会が経営陣とくにトップを監督しモニタリングするというのが企業統治の重要眼目になっているのだ。日本ではアクセルを踏む経営者が少数派であるところが問題であるのに、そこに焦点が集まらずに、それ以前の法令等遵守が不備だというところでとどまって、不遵守にどういうブレーキを掛けるか、という話ばかりになるというのは本当に情けないことだ。

・どんな改革でも、必ず抵抗勢力や反対勢力は出てくる。大きな改革は、必ず痛みを伴うことが多い。企業風土が現状維持型である場合には、組織に痛みを与える改革にはとくに抵抗が大きいのだ。

・激動する世の中で生き残るのは、強い者でもなく、賢い者でもなく、変化に適応するスピードの速い者なのである。

・世界には三大幸福論と呼ばれる著作がある。バートランド・ラッセル、カール・ヒルティそしてアランである。(中略)アランの幸福論では、最後に「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。気分にまかせて生きている人はみんな、悲しみにとらわれる。−気分というのは正確に言えばいつも悪いものなのだ。だから幸福とはすべて、意志と自己克服とによるものである」とある。マーク・トウェインは「やったことは失敗しても 20 年後には笑い話になる。やらなかったことは 20 年後でも後悔として残る」と言い、本田宗一郎は「チャレンジせよ。失敗を恐れるよりも何もしないことを恐れよ」、チャーチルは「悲観主義者はあらゆる機会の中に困難を見出す。楽観主義者はあらゆる困難の中に機会を見出す」と言っている。アラン以下チャーチルまで皆同義であろう。

・まずはCX(コーポレート・トランスフォーメーション)、DXをはじめとした諸施策を各企業が実行して、従来の微温型日本的経営モデルを破壊し、米英と対等に戦えるような日本企業に生まれ変わらなくてはならない。大企業はもとより、中堅・中小企業のCXも日本企業復活のカギとなりうるmのであり、重要なのだ。企業の実力向上のためには、先に述べたとおり、積年の課題である日本人の語学能力向上も欠かせない。中国語の時代ではなく、おそらく再び英語力が必要になる。

・ポストコロナ時代に復活が確実なのは中国と考えられがちであるが、私は違っていて、やはり米国だと考えていることを付記しておかねばならない。世界的な人材を自国に集めてくる力とか、大学や研究所といった社会的共通資産が新しい価値を社会に生み出す力とか、チャプター11等を活用してゾンビ化した企業などを素早くたたんで企業を新たに生み出す力とか、将来にわたって中国を凌駕する軍事費など、社会のあちこちに強い機動力と安全保障力とが分布しているのが米国なのである。中国は中央政府による一党独裁で、短期的な財政政策の効果などでは世界を感心させるであろうが、10年あるいはそれ以上というようなスパンでは米国に後れを取るのではなかろうか。




【目次】

第1章 引き受ける力
第2章 企業は社会のためにある
第3章 働き方の哲学
第4章 引き下がる力
第5章 仕事はやりがい、人生は生きがい
第6章 人生の愉しみ
第7章 次の世界を思う

4492046925

日経新聞[2021.04.28]「究極の資源」水素

最近よく目にするのが「水素」に関する記事。環境への負荷も少なく理想的なエネルギーになる可能性を秘めているとのこと。

脱炭素の観点から、製造方法によって水素を「色分け」することがある。

・グリーン水素:再生可能エネルギー(風力・太陽光など)を使って製造される
・ブルー水素:化石燃料を使って製造し、二酸化炭素(CO2)の回収・貯蓄を行う
・グレー水素:化石燃料を使って製造し、二酸化炭素(CO2)の回収・貯蓄を行わない


水を電気分解して水素ガスを取り出す製造方法で製造した水素を「グリーン水素」と呼ぶ。製造時にもCO2を排出しない利点があるが、他の製造方法に比べてコストが高いのが難点だ。現時点では化石燃料を使用して作る水素が99%を占めている。また、水の電気分解に原子力発電の電力を使ったものを「パープル水素」と呼ぶこともある。

もう1つの課題は輸送方法。サプライチェーン(供給網)を世界各地に張り巡らせるには「運ぶ・ためる」技術の確立が欠かせない。体積が大きくて一度に運べる量が少なく、可燃性で爆発の危険もある難点をどう克服するか。

(1)圧縮して運びやすく

水素を気体のまま運ぼうとすれば、入れ物は膨大な容積が必要となる。現時点で最も実用化が進むのは、強い圧力をかけて高密度の状態をつくり、ボンベに充填する「圧縮水素」だ。水素ガスをコンプレッサーなどで圧縮して体積を小さくして運びやすくする。

(2)液化して船で運ぶ

大量輸送に優れているのは「液化水素」だ。水素をセ氏マイナス253度に冷やし、体積を800分の1まで縮める。液化の技術はほぼ確立している。圧縮水素より効率的に運ぶことができ、大型船で運ぶ際の方法として最有力候補に挙がる。課題は運搬中に気化して損失が出やすいこと。1カ月以上の長期貯蔵には向いていない。

(3)トルエンと結合してMCHに

トルエンを使うユニークな方法もある。水素とトルエンを結合してメチルシクロヘキサン(MCH)にする。気体の水素と比べて体積が500分の1となり、常温常圧で運べるようになる。既存の石油製品のインフラを使え、投資を抑えられるのが利点だ。MCHもトルエンも消防法でガソリンと同じように扱える。長期保存にも向く。

(4)アンモニアに変える

水素を窒素と反応させてアンモニアにして運ぶ研究も進む。IHIや宇部興産、東京ガスなどはアンモニアを水素の貯蔵・輸送の手段として推進する共同事業体に参画する。オーストラリアでは英BPや独シーメンス・エナジー、豪ハイドロゲンユーティリティーなど世界のエネルギー関連企業が我先にとアンモニアの量産計画を立てる。

(5)水素吸蔵合金

「水素吸蔵合金」で運ぶ技術も生まれた。冷却や加圧すると水素を吸収し、加熱や減圧によって水素を放出する合金を使う。水素を出し入れする際の損失が少ない半面、合金自体が重く、長距離を運ぶには向かないのが難点だ。

『コインロッカー・ベイビーズ』 >村上龍/講談社文庫

本書も再読。40年前の作品だが、いまだに瑞々しさを失っていないことに驚いた。

私の中でW村上(龍氏と春樹氏)のベスト作品は本書『コインロッカー・ベイビーズ』と少し前に再読した『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』である。もともと星新一や筒井康隆といったSF小説が好きだったのが、違うジャンルの小説に手を出し始めた頃、手に取ったのが村上龍氏の作品群。特に本書は、近未来のSF小説的な面白さも感じられ、一気に読了したのを覚えている。

本書が東京に「薬島」という治外法権のような場所(香港の九龍城をイメージしたのだろうか)を作り上げて、非現実な世界に読者をいざなっているのに対して、『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』ではヤミクロが生息する地下世界を構築している。『世界の』が軽快なジャズミュージックとするならば、本書は骨太のパンクロックのようなイメージである。

とにかくさまざまな設定が有機的に結びついて独特の世界観を作り上げている。コインロッカーに遺棄された2人の子供・キクとハシ。棒高跳びと音楽に対する敏感な能力。幼い頃に聞かされた心臓の音。美少女アネモネとワニのガリバー。ダチュラと呼ばれる生物兵器ガス。『世界の』が現実的にはあり得ない世界を描いているとしたら、本書は「あり得るかもしれない世界」であり、現実と非現実の絶妙なバランス感覚が面白い。

親に捨てられたというトラウマを、それぞれ抱えるキクとハシ。外交的なキクと内向的なハシは、それぞれ異なる方法でそのトラウマと対峙し、やがて破滅へと向かっていく。ラスト近くで出てくる、ハシの独白がせつない。気がつけば、とても遠い所へ来てしまったという感慨には私自身の境遇も重ねて共感を誘われた。キクやハシほど大きくはなくとも、我々一人ひとりが逃げられない何ものかと闘っているのだと。

初読の正確な時期は記録にないが、中学・高校でそれぞれ1回ずつ読んでいる。3回目が2005.05.08でこちらはブログに感想を残している。今回が4回目だが、読み返す価値のある作品だと感じた。本書は村上さんが28歳の時の作品だそうだ。作家というのは作品を書き上げるたびに熟達していくのであろうが、逆に若いときにしか書けない作品というものがある。本書はその好例。勢いを感じる佳作である。

4062764164

久しぶりにカンブリア宮殿を見たのだが、今回のネジロウ社長・道脇裕氏はとてもユニークで強烈だった。

車輪が外れたのを見かけたのをきっかけに「絶対に緩まないネジ」を開発。右からも左からもネジを回すことができる特殊なネジ山で、振動などで右や左にネジが緩もうとしても、どちらかのネジが締まる方向に動くため緩まない。言われてみれば当たり前のことだが、まさにコロンブスの卵的発想であり、こういったアイデアを即座に思いついてしまうという天才。

いたく共感したのは、気に入ったペンをずっと使い続けているという点。残念ながら発売中止になってしまったそうだが、一生分を買い溜めたとのこと。私もペンにはこだわりがあるので、気持ちは分かる。とにかく、ペンの書き味で思考が中断されるのが嫌だそうだ。

他にも1日に10本以上レモンティーを飲むだとか、考え事をしているうちに迷子になってしまうだとか、日常生活における風変わりなエピソードが満載。その一方で、空気中の新型コロナウイルスを滅菌するシステムや、コンクリートの気泡を取り除き寿命を長くする装置など、天才ならではの発想でさまざまな社会課題を解決してのける。

こういった日本人がまだ存在していたことが、非常に嬉しいと感じた。道脇氏はほとんど学校には通っていないとのこと。学歴ではない、本当の意味の学習を支える仕組みを構築しないと、天才は生まれない。



【番組ホームページより】

『どうしても解決することが出来なかった問題』...そんな企業や社会の困りごとを、独自の発明で解決し、注目を集める人物がいる。それが、ネジロウの社長を努める道脇裕(みちわき・ひろし)だ。そんな道脇の代表作は「緩まないネジ」。橋や飛行機、建物など・・・あらゆる場所で使われる「ネジ」は、これまで、どんな工夫をしても「緩んでしまう」のが常識。世の中に「緩まないネジ」は存在しなかったという。そもそも、この「緩み」の問題は、ネジが生まれて2000年以上、誰も解決できなかった人類にとっての超難題だったのだ。しかし、そんな難問に対して道脇は、「ネジ山の螺旋構造をやめる」という常識外れの発想で解決。世界初の「緩まないネジ」を生み出した。小学5年の時に学校を自主休学し、以来ほとんど義務教育を受けずに育った道脇裕とは・・・いったい、どんな人物なのか?常識を打ち破る発想を続々と生み出す、道脇の発想法の秘密に迫る!

1日に10本以上レモンティーを飲むという道脇。なんと20年以上前から飲み続けている。他にもペンやズボン、靴も常に同じものを使い続けている。理由は・・・選ぶ作業のために発明の思考を邪魔されたくないからだという。そんな道脇の発明は「緩まないネジ」だけではない。高速道路の消音システム、放射線による被爆を防ぐための装置、さらには高齢者など握力の弱い人でも簡単にペットボトルの蓋を開けられる器具など、多岐にわたり、特許も500以上取得しているのだ。そんな道脇が小学1年生にして共感したのが、ナポレオンの「我が辞書に不可能はない」という言葉だ。自分の辞書から不可能が乗っているページを破り捨て、以来、自分の辞書からも不可能がなくなったという。解決不可能だった企業の問題を解決に導く、道脇の姿を徹底取材した。

理系一家に育った道脇は、小さいころから実験や発明が好きだった。小学校に入学すると1週間で全教科の教科書を読破したほど。しかし、進級するにつれ、学校の授業に疑問を感じるようになる。道脇は、既に分かっていることをやらされることが「苦痛でしかなかった」という。そして小5にして自ら休学を決意する。以来、まともに学校には行っていない。社会と距離を取りながら生きてきた道脇は、なぜ、誰も成しえなかった「緩まないネジ」を発明し、「企業の困りごと」を解決する会社を立ち上げたのか?社会のために自分の発明を役立てたいと思うに至った、道脇の半生を紐解く。

『逆命利君』 >佐高信/講談社文庫

愛犬の急死以来、何となく仕事に対してやる気が出ないので、活を入れるために再読。

本書にも、鈴木氏が可愛がっていた愛犬・ケニィが外で遊んでいて毒を飲んでしまい急死してしまうシーンが出てくる。いたたまれない気持ちになってしまった。

さて、逆命利君とは、命に逆らいて君(主君)を利する、と読む。会社生活に置き換えると、上司の命令に背いてでも、本当に会社に必要なことをやる、ということであろうか。

振り返ってみると、本書は何と4度目の再読。私が4回も同じ本を読むというのはとても珍しいこと。それだけ共感する部分が多いということであろう(1回目:1997.11.20、2回目:1999.11.18、3回目:2004.07.17)。社会人になって数年で2回読み返しており、こんなビジネスパーソンになりたいと憧れたものだ。

主人公の鈴木朗夫氏は、日本企業から見ると破天荒のように感じるが、私自身、中国やアメリカで働いてみて、日本企業の一般的なサラリーマンが国際的にみるといかに特殊かということを思い知らされた。本書でも、深夜残業と休日返上で仕事だけする日本企業は軍隊のようなものだ、という表現が出てくるがまさにその通り。最近でこそ働き方改革で、随分と意識は変わってきているが。

今回、特に熟読したのが「タフ・ネゴシエーター」と「卓越した現代世界論」という章。1980年代の話なので半世紀近く前のものであり、国際環境は様変わりしてしまっているが、その本質的なところは現在にも通じる。米中対立が激化している現在を、歴史を踏まえて客観視するためにも、私なりに咀嚼してまとめてみた。

・「国際化」について巷ではいろいろな議論があるが、どうすれば国際化したことになるのか、またどうしなければ国際化と言えないのか、定義を明確にして具体的に論じる必要がある。世界を眺めまわして、そもそも国際化した国はあるのか。例えばアメリカは世界をリードする大国だが、ドメスティック・マインドが強い。

・日米間などの国際摩擦は、日本の専売特許ではなく、複数の国や異文化が接触するところには摩擦があるのが正常である。各国にはそれぞれ独特なカルチュアがあり、お互いに摩擦を起こして対立したり、週付記したりしながら付き合っている。「国際化」という問題を考えるためには、もう少し上手くやるためにはどうしたらいいかという手法の問題に限定して考えるのが現実的だ。

・日本が摩擦の中心になっている理由。(1)つい最近まで「下請の町工場」だった日本がいつの間にか「老舗の大企業」である欧米諸国を脅かすようになったのに、会社の雰囲気や経営手法がえげつなく品がないままだったため。欧米諸国は日本にマナーとルールの習得を求めている。例えば労働基準法。深夜残業と休日返上で戦うのはアンフェア。(2)アジアの発展途上国から見ると、製品を売り浴びせ、資源を持っていく、経済植民地主義に映る。日本は自分たちだけのユートピアをつくり、発展途上国は日本に収奪され奉仕するだけの立場だと思われている。(3)日本は犠牲を一切払わず、自由貿易の果実だけを取ろうとしている、という状態にアメリカは苛立っている。

・諸外国からの圧力に対して鈴木は、「不条理のものと条理のものを峻別し、不条理に対しては厳しく対決して譲らず、条理に対しては虚心坦懐に対応すること」「一方で対決、他方で対応の上手な手法が、謂うところの国際化の中身である」と述べている。

・国際人の要件:国際語とされる外国語を駆使する能力を習得すること。日本人の外国語習得に関する怠惰は絶望的。外国語は国際人の必要条件だが、十分条件ではない。国際人であるためには、日本人としてのアイデンティティを餅、日本の文化と伝統を体現しなければならない。然る後、異文化としての接点である国際場裡を遊弋する人物でなければならない。

・日本人としてのアイデンティティを捨てることが国際人だと錯覚してはいけない。自国のアイデンティティを捨てた者は無国籍者であり、亡命者であり、迎合者に過ぎず、誰からも尊敬されることはない。

・自己主張:国際ネゴシエーションは、例外なく自己主張のぶつけ合いから始まり、論理の応酬が続く。感性に訴え、足して二で割る式の日本式ネゴシエーションは世界でも珍しい独特のものであり、国際ネゴシエーションの場に、日本式で臨むことは愚の骨頂。

・相手が賢者ならば理解するはずである。相手が愚者ならば説得は更に容易なはずである。相手が強者であるならば、緒戦の先制攻撃で可能な限り対等の立場でネゴシエーションをスタートさせなければならない。

・日本人がよく使う「承った」「検討する」「分かった」「善処する」は、自己主張の放棄を意味し、次はこちらから相応の妥協を申し出るという意思表示になってしまう。

・妥協の仕方と妥協の歯止め:ネゴシエーションは自己主張にはじまるとはいえ、妥協と譲歩はつきものである。問題は妥協が「屈服」という形でなされるか、それとも対等の間柄において「論理ある譲歩」「名誉ある譲歩」としてなされるかという点にある。同様に重要なことは妥協に一定の歯止めがかかるか、それとも一つの妥協が次の妥協を招き、際限もなく押しまくられて、降伏に近いところまで追い込まれてしまうかということである。

・本来、仕事の能力だけでなく、家庭人としての豊かさ、個人としての教養と情操に裏打ちされた重層的な人格形成があってこそ、国際人として通用するわけであるが、昨今の日本のモノカルチュア人間郡は、それ自体が国際摩擦の根本であり、カルチュアという栄養補給が無いまま枯死する運命にあるのではないか。

・日本の社会はコンセンサス主義の行き過ぎがあり、一見民主的に見えながら、ボス支配の構造や集団主義により個人の締め付けが強く、いきおい個人の自由な発言をためらわせ、発言する時は事前にお伺いを立てなければならないような風土が出来上がっている。そういう風土の中では、豁達なディベイトは望むべくもない。本来は逆であるべきで、自由な精神を持った知性ある個人のとらわれない発言こそ、傾聴に値するのであり、それらの総和を求める過程で誤差や偏差を修正し、最期に健全なコンセンサスに到達すべきである。

・今の世の中で起こっていること。(1)貧富の差が縮小せず、むしろ拡大していること。(2)文化摩擦が激化していること。(3)ひとつの時代が終わり、ひとつの文明が凋落して、大いなる社会変化が起こっていること。

・現時点での変化に必要以上に気を取られ、これを近視眼的にクローズアップするのは、歴史観の欠如だ。現在活躍中の人間が生きたのは、ごく最近の数十年。自分が生きた僅か数十年の経験だけによって、変化・激動を言うのは浅はか。今日存在しないものが、明日突如として出現するのは何も今だけの現象ではない。蒸気機関や印刷機も出現するまでは存在しなかったのであR。歴史観を持ち、変化にうろたえるな。

・経済社会においては、その時そこで働く経済原則に合致し、有用な機能を果たす生き物だけが生存を許され、発展することができる。企業にとっての問題は、その時代が住みやすいかどうかではなく、その時代に企業がいかに適合し、卓抜の機能を発揮するかだ。

・「強い軍団」から「強くてなおカルチュアを持った集団」へと脱皮しなければならない。カルチュアを備えた集団は、オーケストラに似て、ひとりひとりが別々の楽器を奏し、全体で美しいハーモニーを実現する。

・外国の顧客と接する時の注意点。(1)服装を清潔に。(2)相手の言葉とロジックを使って話をすること。相手を有効に説得するためには往々にして、相手の性格、思考様式、論理、用語をいちはやく察知し、これらを借用して、尚且つ当方の主張なり意見也を展開することが必要。相手の言葉で説得すれば、相手は説得されたとは思わず、自分でそう決めたような気分になる。(3)話し上手だけでなく、聴き上手に。(4)必ず「まとめ」を試みること。(5)接客マナーは折り目正しく。

・一定の仕事を効率的にこなすためには、まずフレームワークを決め、フォーミュラを設定する。そうすれば一度に大量のことができる。


4062767260

居住している郡から、一枚の葉書が届いた。自動車の更新手続きに関するもので、150ドルほどかかるらしい。

アメリカでは、加入した保険会社などから、さまざまなダイレクトメール(ほとんどジャンクメール)が届くのだが、たまにこういった重要な書類が届くので注意が必要。先日もリコールの書類が届いたばかり。

詐欺だったら嫌だなと思い、自動車取得の手続きを手伝っていただいた日本人の代理店の方に電話して確認すると、正規のものだとのこと。運転免許センターに行けば、1時間程度で手続きが可能だとのこと。

Webで調べてみると、Currency Exchangeでも支払いが可能とのこと。ただし、どこでも手続きできる訳ではなく、特定のCurrency Exchangeに行かなければならないようだ。少し遠方だが、たまたまいつも行っている食材調達の店の近く。週末も空いているので、買い出しついでに行くことにした。

ナビを頼りに到着すると、中には誰もいない。窓口の担当者も不在だったが、声をかけると奥から担当の方が現れた。葉書を見せるとOKといってすぐに手続きをしてくれる。1つだけ注意が必要なのは、クレジットカードが使えないこと。公共料金なので念の為現金も持っていたのだが、カードの読み取り機がある。クレジットカードを入れて2回試したのだが、アンマッチという表示がでる。担当者の方に聞くと、デビットカードなら使用可能とのこと。

現金はほとんど使わないため、久しぶりに使ったデビットカード。暗証番号が一瞬思い出せなかったが、何とか無事に終了。支払いが終わると、ナンバープレートに貼り付けるシールを手渡してくれた。

手続き完了までに10分もかからなかった。6月末に葉書が届き、7月31日までに手続きをする必要があったのだが、何だか面倒だなと先延ばしにしていたのだ。こんなにあっさり手続きが終わるならもっと早くやればよかったといつもの後悔。まぁこういったことも1つ1つが経験なのだ。

【通知の葉書】
IMG_1016

【税金支払後にもらえるシール】
IMG_1017

◇2038 『組織 −「組織という有機体」のデザイン28のボキャブラリー』 >横山禎徳/ダイヤモンド社

組織というハードだけではなく、人間心理といったソフトにまで踏み込んだ佳作。

本書は確か、慎泰俊さんが紹介していた本だったように記憶している。Amazonのほしい物リストは便利だが、一旦入れてしまうと、どういう経緯で選んだのかを忘れやすくなってしまう。デジタルが人間の記憶を希薄にしてしまう一例といえようか。

さて本書は、私が過去にブログに記載した「職場の心情論」に近いような洞察もあり、興味と共感をもって読み進めた。筆者は、単純な組織論ではなく「組織デザイン」と呼んでいるが、組織をデザインするためには、組織が人間で考察される有機体であることを意識し、環境に合わせて変化する必要があることを理解する必要があるだろう。

以下、気になった箇所を要約して引用。

・組織には3つのシステムとそれに付随するサブシステム[鉤括弧内]が必要である。(1)意思決定システム[情報収集システム・会議システム]、(2)業績モニター・評価システム[管理会計システム・人事考課システム]、(3)人材育成・配置システム[採用・退出システム・訓練システム]

・行動変容(人の行動を変えること)こそが、組織を変える目的である。情報が大事だといって大量に集め社内会議で過剰消費するような行動から、答えは常に外にあると機敏に動き回る行動へ。行動を変える要素を「組織デザイン」という。体内時計をこれまでより格段に速くするなど、行動とその背景にある意識を変えることをデザインするのだ。

・組織を顧客別で構成するか、製品別で構成するかといった「あちらを立てればこちらが立たず」になる場合、最初はどちらかを選択し、どちらかを犠牲にするのがよい。犠牲にした方がうまくいかなくなるが、時機を見計らって逆にする。最初に選択した方には慣性が残っているから、ゼロには戻らない。これを繰り返すことで組織全体の底上げが図られる。

・組織横断的な部署や委員会において、積極的に情報共有したり、全体最適のために自部門は不利益を被ってもよい、という利他的な行動を人々は取りづらい。業績評価の項目にしないと行動しない。

・企業内であまり語られることのない、出世欲、権力欲、競争心、嫉妬心、虚栄心などの極めて自然な人間の感情にも目を向けるべきである。

・「小さな幸せグループ」が組織の変化を阻害する。自分のやり方とペースで仕事をすることに満足している人たちは、改善・改悪に関わらず、現状を変えること自体を避ける傾向にある。

・ミスなくオペレーションを実行するためには再現性が重要であるため、組織文化は連続性と現状維持を大事にする。組織デザインの試みは破壊が目的ではない。外的変化に対応するため、組織行動に変革の仕組みをつくることである。

・組織とは外界から最新の情報を得てそれを最小の時間とコストで処理して、最も優れた製品やサービスという解を「仮説」としてつくり、外界に示して仮説の妥当性を確認し、必要な修正をする仕組みのこと。

・効果の上がらないことを効率よくやるのは、やってはいけない無駄なこと。

・組織デザインの最も重要なポイントは、外界との接点がいかにうまくいくかをデザインすること。管理部門からは全社で帳票を統一せよと言ってくるかもしれないが、現場で不統一の帳票を使っていたとしても、外界との接点がうまくいっている限り問題はない。

・人間は誰しも二面性を持っているもの。それが人間の本質ととらえて、人々の好ましい性向が発現するように仕掛けていくのが組織デザインである。

・人は慣れてくると堕落しやすくなる。セルフ・ドライブを持ち続けるのはたやすいことではない。それを前提に人を望ましい行動に「駆り立てる仕組み」をデザインするのが、「性怠惰説」に基づく組織デザインである。

・企業の上層部が人の顔と名前を大量に覚えていることの効果は大きい。ある人事部長は3000人の顔と名前を憶えていた。ここまでやらずとも、300人を覚えることを役員が意識的に努力している会社は極めて少ない。

・組織の「体内時計」ーその組織でどのように時間が流れているか、何が時間を区切る最小単位か。PDCAは行動を遅くするアプローチ。DとAは同じであり、2度やる必要はない。PDSを高速で回していくべき(グーグルのアプローチ)。時代が求める体内時計を速めて、社員を駆り立てる仕組みをデザインする。

・組織には「完成」という概念はない。常に状況に合わせて自ら調整を行うダイナミック・システムである。それは人間という有機体が集まって動かしている疑似有機体だからである。組織は人が動かしているのだから、人が持っている限界を知り尽くし、同時に人の持つ多面性をうまく取り込んで活用すべきである。

・時間軸のはっきりしない「問題意識」を、いつまでにやらないと手遅れになるという「危機意識」に転換していかなければならない。

・よくある古くて新しい問題は、職能別か、事業別か、地域別かというもの。この問題にすっきりした解はない。一定期間ごとに組み替えるのが、知恵であり、あるべき姿。

・7Sのシェアドバリューが一番重要。全体を統括する思想(Governing thought)、果たすべき使命(Mission statement)、行動指針(Guiding principle)という抽象から具体への三層構造で考える。

・どんな評価であっても組織に不満は出る。人事の基本である「よく見た評価」に徹すること。「悔しいが評価者は私のことをよく見ている」と納得させることが大事。

・リーダーシップはケース・バイ・ケース。一般的なリーダーシップ論や、万能のリーダーは存在しない。状況に応じたシチュエーショナル・リーダーが現実解。

・他に先駆けて時代を洞察した「課題設定」を自律的にでき、しかも人を説得して巻き込むことのできる能力と魅力をもったリーダー=アジェンダ・シェイピング(課題設定・形成型)リーダーが求められている。

・人の性として、やってきたことを手放したくない、まだできるのではないか、これまでの成功を続けていきたい、という思いを捨てることは出来ない。この結果、これまでアセットだったものが、ライアビリティになってしまうことがある。

・リーダーシップ論のもう1つの問題は、フォロワーとしての人生を送ってきた人は急にリーダーにはなれないということ。長年かかって出来上がった思考パターンから抜けきれないことが多い。急にリーダーシップを志したりすると、かえって混乱を招くことがある。

・リーダーシップだけでなく、才能のある人たちにリードさせるイネーブラーシップ(enabler-ship)もトップマネジメントには必要。enabler-shipは筆者の造語。リーダーシップより難しく、より高級な能力。時代に対する先見性と洞察力、そして哲学や思想、普遍性のある強い思いをわかりやすく語ることのできる能力である。




【目次】

第1章 組織を導くボキャブラリーを発見する
・人の行動を変えること、すなわち行動変容こそが組織を変える目的である。
・動ける組織にするためにまず必要なのは、ボキャブラリーである。
・ほとんどの組織のデザインが素人仕事に終わっている。
・「小さな幸せグループ」こそが、組織の変化を阻害する大問題である。
・「外界との接点」からの発想を最優先すると優れた組織になる。
・「性怠惰説」に基づく組織をデザインせよ。
・「優しいが実は冷たい」組織でなく、「厳しいがどこか温かい」組織を志向する。
・座りにくい椅子を用意する。

第2章 組織ならではの不合理性に向き合う
・組織の猗意識瓩肪輒椶擦茵
・企業カルチャーは最大公約数に過ぎない。各部門にはサブ・カルチャーが存在する。
・組織は隅から隅までデザインしてはいけない。
・組織ごとに異なる「体内時計」は能力差につながる。
・「問題意識」では人は行動を起こさない。「いつまでに」という時間軸を持たせて「危機意識」には昇華させる。
・絶え間ないラーニングとアンラーニングが欠かせない時代である。
・組織図をいじることが組織デザインと勘違いする人は多い。
・過去、現在、未来を通じて「正しい」組織を求めない。変化できる組織を志向する。
・組織は永続しないもの、そう割り切る方が賢明である。
・戦略立案時に考えるべき組織デザイナーには、二つの落とし穴がある。

第3章 マッキンゼーの7Sを組織デザインに使う
・マッキンゼーの組織の7Sを、組織の問題を採集・整理する枠組みとして使う。
・戦略執行体制としての組織には、デザインする手順がある。
・都市デザイン同様、組織においても「ミニ・プラン」アプローチが有効である。
・マッキンゼーの7Sのうち、最優先すべきSは、シェアード・バリューである。

第4章 組織の3要素は、意思決定システム、業績モニター・評価、人材育成である
・組織の意思決定システムをデザインしなおすことには、大きな戦略的な価値がある。
・どんな評価であっても組織に不満は出る。「よく見た評価」でありさえすればよい。
・「人材重視」のはずの日本の組織。実際は人材育成がおざなりである。

第5章 組織デザインの普遍性、時代性
・組織図の箱、線、配置の意味する曖昧性を理解せよ。
・ネットワーク型組織を一般解とするのは危険である。それを成り立たせる特殊状況を棚上げしてはいけない。
・組織デザインは、四段階に発展する。

4478024162

長屋のようなところに住んでいる。裏手には長屋同士で行き来ができる横に細長い庭がある。長屋の住人は、ゴミが出たらその裏庭に捨てることができる。週1回、持ち回りの当番制でそのゴミを拾って、分別しなければならない。

私のゴミ拾いの番が回ってきたので、燃えるゴミと燃えないゴミの2種類のビニール袋も持って、庭の端の方からごみを拾って歩く。今回のゴミはさほど多くなく、あまり時間をかけることなく終えられそうである。

ゴミ拾いが終盤に差し掛かった頃、ゴミの下に何やら鉄の板のようなものが見える。土や雑草に覆われており気付かなかったのだが、扉のような蓋のような形状。小さな穴が開いているので、そこに指をひっかけて持ち上げてみると、地下に続く階段が現れた。少し怖かったが興味の方が勝ってしまい、地下に降りてみることにした。

どこから光が入ってくるのか分からないが、地下は真っ暗ではなく、薄暗い。庭だけでなく、長屋の建物全体に渡る大きさのようでかなり広いスペースだ。高さは1.5メートルほどだろうか。少しかがまなくてはならない。

暗さに目が慣れてきたので、少し歩いてみると、なぜかところどころに大きく育ったアジサイが生えている。かなり巨大なアジサイで、茎などは木の枝のようになっている。地下の天井に突き当たるとそれ以上上に伸びることができないので、途中から横に曲がって並行に枝を伸ばしている。

何だか、途轍もない義務感に駆られてしまい、これもゴミと一緒に処分しなければと感じてしまう。家に戻って道具箱からノコギリを取り出し、アジサイの枝を切り始める。。。

郵便受けにFordからのレターが入っていた。中身を見るとリコールのお知らせ。

どのようにすべきか要領を得なかったので、車を購入した日本人のディーラーに電話をして手順を聞いてみた。すると、近所のFordのディーラーに電話をして修理のアポイントを取ればよいとのこと。ちょうどオイル交換の時期だったのだが、そちらも合わせて対応してもらえばよいとアドバイスをいただいた。

未だに電話は少し苦手(特に仕事以外の一般的な話は、とても難しく感じる)なので、最初はFord社ホームページにあるチャットボックスで手続きを進めてみたのだが、こちらはFord全社のチャットボックスであるため、個別のディーラーの予約は電話で行う必要があるとのこと。結局電話をすることに。

案の定、とても早口な店員が応対に出たのだが、ゆっくりと話してもらい、何とか予約を取ることができた。できれば夏休みに長距離ドライブをしたいと思っていたので、それまでに直るとよいのだがと思っていたところ、1週間後の予約が取れた。所要時間は2〜3時間ほどだそうで、店内で待つ必要があるらしい。

当日、予約した時間の10分前くらいにディーラーに到着。受付の人にリコールの予約だと告げると、修理工場の方へ車を持っていくように言われる。修理の受付で、リコールの手紙を見せ、ついでにエンジンオイルも交換してほしいと告げる。受付はとても丁寧で、英語も分かりやすかった。

日本人ディーラーからは、通常はリコールだけでは儲からないので、あれやこれやとちょっとした不具合を見つけて修理しないかと持ち掛けてくる可能性があると聞いていた。そういった場合は、よく値段を聞いた上で判断し、無理して修理する必要はないとのこと。

ところが、実際にはそういった押し売り行為もなく、非常に紳士的に進んだ。待っている間の部屋も清潔だったし、2〜3時間と言いつつ、実際には4〜5時間くらい待たされる覚悟だったのだが、何と2時間丁度で終了。なかなかよいサービスである。

アメリカに来てから何度も感じていることだが、「悩むより行動」が重要だということ。私はプライベートのこういった事務手続きが苦手で億劫に感じるのだが、先送りしてもよいことはない。とにかく当たって砕けろで進めて行けば、何とかなるものだと改めて感じた次第。

『陰の季節』 >横山秀夫/文春文庫

こちらも現実逃避の読書。長編はちょっと疲れるので、気軽に読めそうな短編集に手を出してみた。

過去のブログを振り返ってみると、本書も3回目の読書である。1回目:2001.12.19、2回目:2003.06.21。過去に読んだ際は、どちらかと言うとミステリーとして、つまり謎解き的な要素に目を向けて読んでいたのだが、今回は登場する人物の心情に着目して読み進めてみた。

警察組織にはびこる出世欲や嫉妬。そういったものをとても精密に描き出していると感じた。私が尊敬するOBの方は、本をほとんど読まない方だったのだが、唯一、松本清張の作品だけは読んでいた。なぜですかと聞いたことがあるのだが、人間観察のための最良の教科書だとのこと。人間の心理を知るために読まれていたようだ。横山さんの作品にも、同じような熱を感じる。

今回はKindleで再購入してみた。日本であれば古書店にでも行って100円のものを買うところだが、アメリカではそういった自由がない。とはいえ、クリック1つですぐに好きな本が読める環境というのは、読書好きにとってはありがたい。Kindleでマーカーした箇所を引用。

・なにも刑事や公安ばかりが警察ではない。負け惜しみでなく、組織には組織をコントロールし、組織そのものの体力をつけつつ、次代へ引き継いでいく役割の人間が必要だ。その役割を担う警務課が揺らげば、組織も揺らぐ。警務を単なる事務屋と見下したがる他のセクションの人間たちに、しかし、警務はやはり警務なのだと、常に思い知らせておくことが、組織を一枚岩に保つ秘訣であり、絶対条件でもあるのだ。

・「三十を過ぎたら、友だちってのはもうつくれないよ。仕事の相棒とかはまあできるし、信頼できるやつもいるけど、やっぱ、友だちじゃないさ。青臭いとことか、みっともないとことか互いに知ってないとな。結局、馬鹿やってた二十代までさ。それまでに知り合った奴ってことなんだよ」

・一人でいい、友だちをつくれ。


4167659018

最近、よく行く食材店は韓国系のHマートというスーパー。シカゴ郊外にはミツワ、テンスケという日系のスーパーもあるのだが、調味料などが一通りそろった後はあまり行かなくなってしまった。Hマートで調達するのは主に牛肉。ローカルのスーパーの肉も美味しいのだが、アメリカらしく赤身のものが多い。一方、Hマートは韓国の焼き肉を意識してか、結構サシが入ったものが多く、日本人の口に合うのだ。

先日、買い出しに行った際に、懐かしい果物に出会った。ライチである。中国のシンセンに居たときには、夏になると大量に買って食べたものだ。アメリカ産なのか、中国または台湾から輸入しているのかは不明。ただ、日本では缶詰でしか見たことのなかったライチが生で食べられるのは嬉しい。

早速2袋購入。よく水洗いして食べてみると、とても甘い。中国のものよりも糖度が高いように感じた。また果実は新鮮だと半透明のはずなのだが、こちらのライチは白っぽい。品種のせいなのか、輸入して時間が経っているせいなのかは不明。甘さがきついので、あまり大量には食べられない。5〜6個食べると十分という感じ。

ライチの他にもチェリーを発見。アメリカの果物は豊富なのだが、日本に比べると大味で美味しいと感じるものが少ない。そんな中、チェリーはほとんど外れなく美味しい。

あとは果物ではないが、パクチーが安いのもありがたい。日本だと少量でも数百円と高価な食材だったイメージがあるのだが、こちらは大ぶりの一束が1ドル程度。傷みやすいので大量には変えないが、買い物の度に2束ほど買ってしまう定番である。

アメリカに赴任して1年。少しずつルーティーンのようなものが生まれつつある。新しいことにも挑戦すべきなのだろうが、年のせいだろうか。定番を食するのが楽だと感じるようになってしまった。

【ライチ】
B57399A7-B308-4E82-AB1C-E06AC66EA63B

【チェリー】
6933BCC3-4320-4815-BF11-39EF8EFAE46A

【パクチー】
23A5885C-2438-45E3-A44A-E574377360FE

『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』 >村上春樹/新潮文庫

愛犬の死という現実から目を逸らしたくて、過去に読んだ名作を再読。

自分がかつて面白いと感じた作品であるとともに、適度にストーリーを忘れているため、一気に読み進めることができた。私は村上春樹さんの作品を、発表順に読んだわけではないのだが、この物語は後に続く「二重世界を描いた物語」への入り口であると感じた。

一角獣の頭骨、ペーパークリップ、暗闇といったキーアイテムが2つの世界をリンクさせていく描写はさすが。また、主人公を通じて情報を暗号化する様は、最近のAI、ブロックチェーン、量子コンピューターといった情報技術を予見しているとも感じられた。

本書を読むのは3回目。ブログを遡って見ると、初読が1996.09.23、2回目が2003.11.30である。何度読んでも飽きさせない世界観と、一気読みさせるストーリーテリングの力は村上さんならではであろう。しかしながら、3度目の読書だからか、私自身が年を取ったせいか、あるいは愛犬の死の直後という読んだタイミングのせいか、昔ほどのときめきを感じなかった。

十年以上も前の読書なので、結末はすっかり忘れていたのだが、何とも言えない静かで物悲しいラストシーンに、思わず深いため息をついてしまった。ハッピーエンドではないことは確かなのだが、悲劇とも言えない。不思議な喪失感を感じさせられる物語であった。

410100157X4101001588

アメリカに連れて来た2頭の内、1頭が3月14日に亡くなり、信じられないことだがもう1頭も7月4日に逝ってしまった。

ウチの2頭目の愛犬は中国のシンセン生まれ。1頭目は中国で犬を飼えるか心配だったので連れて行かず実家に預けていたのだが、中国のペットショップで2頭目に出会ってしまい、やはり犬が欲しいと思って家族になってもらったのだ。マイクロチップを中国で打ち込み、日本へ連れて帰った。そしてまたアメリカへ。3カ国で生活をした犬というのは珍しいのではなかろうか。

ここ数年、心臓に雑音があったり、甲状腺低下症だったりで、投薬治療していた。アメリカでも同様の投薬をしていたのだが、前の犬が亡くなってしまったこともあり、新しい獣医さんを紹介してもらったばかり。つい先週、その先生に診てもらって、新しい薬を処方してもらった矢先のこと。

原因は、グルーミングに連れて行ってしまったこと。極度の怖がりで、毛を切られたりするのを嫌がるのは知っていたのだが、特に脚の毛がかなり伸びてきており、ときどき滑っているのを見て、そろそろ切らなければ脚に悪いと思ったのだ。少し調子が悪くなる可能性はあるかもしれないが、まさか死んでしまうなんて思ってもみなかった。

死ぬ間際に、嫌いなカットをされてしまい、さぞ怖かっただろうなぁ。なんでこんな時にわざわざカットに連れて行ってしまったのかと、自分の判断の甘さを呪うばかり。

グルーミング店にも責任はあるのだろうが、事前に責任は問いませんというディスクレーマーにサインをしてしまっているし、アメリカ人が言い訳を並べ立てるのが容易に想像できたので、泣き寝入りしてしまった。私がもう少し英語が出来たなら、文句も言えたのかもしれないが、そんなことをしても愛犬は戻ってこないし。

(憧れて赴任したアメリカだが、アメリカのことが嫌いになりそうだ。嫌いというのは、悪意はないのだが「雑」で「がさつ」なところ。新型コロナウイルスのワクチン接種に関して、アメリカの素早い対応が素晴らしいと感じ、日本の遅い動きにイライラしたりしたが、これも裏を返せばアメリカは雑だから早い、日本は丁寧に考えすぎて遅いとも言える。99.9%の命が助かることを優先するアメリカと、0.1%の命にまできちんと目を向けて丁寧に対応する日本。そんな日本の丁寧さが、もどかしくも懐かしい。。。)

前回と異なり、何の予兆もなかったので、ろくろく看病もしてやれなかった。好きなものも食べさせてやれなかった。あまりにも突然すぎて呆然自失。

極度の怖がりで、いつも部屋の隅で丸くなっていた。私の仕事部屋にも遊びに来て、隅っこでちっちゃくなっていた。ビデオ会議の打ち合わせがないときは、そのまま同じ部屋で何時間も一緒に過ごした。その残影がまだ目の裏に残っている。

今日7月4日は、アメリカの独立記念日。外は花火と音楽で騒がしい。そっとしておいてくれよ、と思いつつ、何だか花火のように散ってしまったなぁと考えたり。花火を楽しむ気分にはなれなかったが、天国から何かを訴えているのかもと思い、一枚だけ写真を撮った。

最期に怖い思い、苦しい思いをさせてしまって、本当にごめんなさい。前回は謝るのは違うと思ったけど、今回はごめんと言うしかない。これから何を支えに生きていけばいいのだろう。ただただ悲しい。寂しい。

 ▼

私は気持ちを整理したいときには文章を書く。上の文章は愛犬の死の直後のもの。2週間ほど経過し、少しだけ気持ちは落ち着いてきた。ただ、ふとした瞬間にささいな仕草を思い出してしまい、悲しみに暮れることも。

火葬の手続きは、前回と同じところで行ったため、とてもスムースだった。こんなことに慣れたくはないけど、滞りなく終了。もう少しだけそばに居たかったので、7月7日に最期のお別れをした。もう1頭の愛犬と色違いでおそろいの骨壺と、思い出グッズを数点。

カット前は毛に覆われていて分からなかったのだが、随分と痩せてしまっていた。元気にご飯を食べていたので気付かなかったのだが、やはり体にはかなり負担がかかっていたのだろう。心臓の病気は急変することがあるそうなので、もしかしたら外出から帰ってきたら冷たくなっていた、ということもあったかもしれない。そう考えると、腕の中で看取ることができたのは、よかったのかもしれない。

新しい獣医さんに紹介してもらった薬を取り寄せていたのだが、到着したのは6日のこと。この薬を飲ませてやれていたら助かっただろうか。100ドル近くかかったので、残念ながら返品しようと、薬の販売サイトであるChewy.comにコンタクトしたところ、返金はするけど返品は不要とのこと。とても丁寧なお悔やみの言葉をいただいた。

その後、Chewyからはお花まで届けていただいた。さらに、新しい獣医さんからもお悔やみのレターが届いた。アメリカの雑なところがちょっと嫌になっていたのだけれど、こういった心遣いには本当に胸が熱くなった。感謝。

そんなちょっとした温かな出来事もあり、やはり愛犬には「ありがとう」って言いたいなと思えるようになった。死の直後はどうしても悲しい思い出や後悔ばかりが頭を駆け巡るのだが、それ以上にたくさんの楽しい思い出があるのだ。それを全否定してはいけないだろうし、そんなことをしたら一番悲しむのは天国にいる愛犬である。

夢を見た。私が坂道をゆっくりと登って歩いているのだが、坂の向こうから愛犬2匹がこちらに向かって降りてくる夢。尻尾を振りながら私に向かってきてくれ、頭をなでてやることができた。私たちは大丈夫だよって、励まされている気分になった。いつまでも落ち込んではいられない。まだまだ喪失感は大きいし、辛くて悲しいけど、愛犬たちの愛情に応えるためにも前を向こう。上を向こう。

71CC60BE-BC31-4661-AAAE-647CF519A2C8

アメリカに赴任して約1年が経過した。いまだに英語力に自信が持てず、ネイティヴ同士の会話についていけないことや、自分の言いたいことが思うように話せないことがしばしば。立場上、そうも言っていられないので、相手の言っている意味や、自分が話していることの真意が伝わっているかを何度も確認しながら会議を進めている。

もっと英語を勉強しなければという思いばかりが募り、焦ってしまっているようにも感じる。もう一度、自分の実力を冷静に見つめて、学習計画を練り直す必要がありそうだ。

私が考える英語力とは次の6つ。語彙、文法、読む、聴く、書く、話す、である。それぞれに関して自分の実力を分析してみたい。ちなみに私のTOEICスコアは最高で900点である。

・語彙:一般的なビジネス用語はそれなりに身に付けている。しかしながら、会話の中で出てくる語彙がとっさに分からないこともある。また、聞いてわかる単語は多いが、自分で使うことのできる単語はまだまだ足りない。また、日本では習わなかった表現、句動詞、イディオムの増強もテーマ。

・文法:一番苦手とする分野。TOEICの試験対策として復習はしたものの、もう一度基礎から鍛え直す必要ありと自覚している。

・読む:英文メールなどの平易な文章については問題なし。ただし、公的な文章、法律関係の文章など、構文が複雑になると意味を汲み取れないこともある。また、読むスピードについてはまだまだ訓練が必要。

・書く:アメリカの現地スタッフとコミュニケーションを図れるライティング力は身に付けている。しかしながら、複雑な内容、長文による説明などはまだまだ未熟なレベル。また、適切な敬語の使い方、単語の使い方(コロケーション)などにも改善の余地あり。

・聴く:綺麗な発音であれば、早口の英語でも聴きとれるレベル。しかしながら、省略形の英語を使用されたり、英語独特の言い回し(婉曲表現やイディオムの多様)には付いていけないことが多い。また、これは日本語でも同じだが、知らない分野の話題に付いていくのは厳しい。

・話す:仕事に関してはある程度自分の言いたいことは発信できるレベル。文法的には怪しい面もあるが、失礼な表現にならない限り、書き言葉よりは許容されるのではと割り切っている。一方、抽象的なことを表現したり、相手の意見を聞きながら考えて自分の意見を発することなどが、これからの課題。

私は不安になると、手当たり次第に関係する本を手にしてしまいがち。メソッドに関する本はたくさん読んで自分に合う手法を模索してもよいが、トレーニングのためのテキストは1冊に絞り込んで、徹底的にこなした方がよいであろう。あれもこれもと手を出しがちなので、この点は絞り込みが必要である。こういったメソッド、ノウハウ本を読んで考えた私なりの勉強法は次の通り。

・語彙:普段のアメリカ人同僚とのやり取りで出てくる知らない単語・表現を書き留めて覚えていく。

・文法:英語版の文法テキストを1冊仕上げる。

・読む:日本語訳があるものを参考にしながら、Kindleで原書を読む。

・書く:和文英訳のテキストを学習する。

・聴く:ビジネス英会話の音源を精聴する。具体的にはディクテーションを行い、聴き取れなかったところを確認する。Audibleによる多聴も実践する。

・話す:抽象的表現をブラッシュアップするため、過去にブログで考えた思索内容を、英語で話してみる。

6つの分野をバランスよく勉強できればよいのだが、そこまで時間の余裕はない。取り急ぎ、一番重要だと感じているのがリスニング。ネイティブの同僚とビデオ会議で打ち合わせする機会が多いため、仕事をする上でも、もう一段レベルアップする必要を痛感している。

このためにも、多少遠回りかもしれないが、精聴・ディクテーションを継続したい。早口の会話にはある程度慣れてきたので、精確に聴きとることを目指すのだ。

また、語彙に関しては使う機会の少ないものを覚えても仕方がないし、年齢的にも記憶できるキャパシティが減少していると感じているので、実際の仕事で出てきたものを覚えるようにしたい。実効性が必要なので市販の単語集はあえて使わない。すでにエクセルで単語帳を作成しており、これらを使われたシーンを思い出しながら、覚えていく。

文法に関しては苦手分野なので無理のない範囲で長期的な取り組みが必要。英語版の文法テキストを欲張らずに1日1ページ仕上げていく。

まずはこの3つに集中したい。3つのうち、1つに手ごたえを感じたら話す能力の開発と優先順位を入れ替える。読み書きは最悪、時間をかければなんとかなるので、リアルタイムな対応が求められる聴く・話すの能力を向上させたい。

読む力がすべての基礎になる、読む力以上に書いたり話したり聞いたりはできない、というのが一般的な通説。確かにその通りだとは思うのだが、限られた時間を有効活用するためにも、まずは上述の戦略で臨みたい。

英語の学習と知識の習得を兼ねて、ビジネス書などは英語で読むのが理想的だと思っていたが、今の私のレベルでは時間対効果が悪すぎる。いつまで経っても進まないのであれば、知識の習得を優先して日本語の本を読む方がよいのかもしれない。この辺りは、もう少し試行錯誤しながら考えてみたい。

迷った時は、一番重要だと思えるものに集中することが大切。あとは、その集中をぶれずに継続すること。私の場合、ついつい新しいテキストや手法に目が行きがちなので、愚直に頑張れるかどうかが肝になりそうである。

◇2037 『前置詞キャラ図鑑 −革新のイメージがわかる!』 >関正生/新星出版社

本書も残念ながら私のニーズには合わなかった。面白い試みだとは思うのだが。。。

そもそも前置詞というのは、日本語には無い存在であり、なかなか理解が難しい。頭では理解できても、実際に使いこなすのは困難である。私自身、苦手意識を持つというほどではないが、やはり前置詞が持つ微妙なニュアンスについてはまだまだ自信がなく、普段発している英語で、前置詞をうまく使いこなせているかというと疑問符が付く。

関先生の、本質をズバリと突いた英文読解や英文法の解説書の内容から、期待して手にしてみた書籍だが、ちょっと予想していたものとは違ったであろうか。それぞれの前置詞が持つイメージを膨らませることが出来たが、やはり一言でズバリ説明するのは難しく、ちょっとコジツケなのでは、と感じる説明が散見されたのは残念であった。

まぁこの辺りも個人の好みの問題であるので、イラストによる解説も多く、英語をイメージで理解したい人にはうってつけの参考書かもしれない。また、さすがは関先生と思えるポイントを突いた解説もあるので、読んで損をしたというほどではなかった。



【目次】

1 よく目にする基本の前置詞
2 実は日本語でも使っている前置詞
3 知っているとおトクな前置詞
4 知っていると自慢できる前置詞

4405011427

◇2036 『サバイバル英会話 −「話せるアタマ」を最速でつくる』 >関正生/NHK出版新書

残念ながら、本書は私のニーズにはマッチしなかった。

アメリカに赴任して1年。仕事の英語はそれなりに話せるようにはなったものの、まだまだ言いたいことが思うように言えないという感覚が強い。関先生の英文読解や英文法の著書が本質を見極めた優れたものであったので、英会話にも期待をしたのだが、残念ながら期待とは異なる内容だった。

本書はこれまでほとんど英語を話したことのない、初心者向けに書かれた内容である。また、私は雑談や日常会話はビジネス英会話よりも話題となる範囲が大きくて難しいと思っているのだが、筆者は雑談や日常会話が重要という説を述べられており、この点も意見が異なっていた。

本書ではとにかく「些細なことでも話す」ように、マインドチェンジを求めている。話さないからいつまで経っても話せないということであろう。欧米人は他愛もないことをドンドン話すというのは、私が経験した肌感覚ともあっている。しかしながら、実のところ雑談の方が難しく、使用するボキャブラリーがある程度定まっているビジネス英会話の方がよほどシンプルで分かりやすいというのが私の実感でもある。

本書にも書かれていることだが、世の中に英会話の本は山ほどあり、ニーズに合った本に出会わないと回り道をしてしまうことになりかねない。本書についても、自分のニーズに合っているかどうかを確認した上での一読をお薦めしたい。



【目次】

1 マインド編
 話せるまでの「地図」を持つ―無駄な努力や挫折をしない
 「マインドセット」を知る―壁を乗り越える3つのステップ

2 テクニック編
 「テクニック」を使いこなす―今すぐ使える万能の表現
 「見栄え」を整える―“近道”に必要なエトセトラ

4140885653

◇2035 『サバイバル英文法 −「読み解く力」を呼び覚ます』 >関正生/NHK出版新書

英文法の核心、本質的な部分を掘り下げて解説している目から鱗の良書。

サバイバル英文読解が私の好みにあったので、本書を合わせて読んでみた。英文法は苦手分野で、基礎から勉強し直しているところなのだが、核になる部分を非常に分かりやすく、余計なものを削ぎ落して解説しているので、記憶にも定着しやすい。

とくに素晴らしいと感じたのが、文型によって動詞の意味が分かってしまうという箇所。具体的には次のような説明が記載されている。

・第一文型:動詞だけで完結する動作、つまり原則として「存在」か「移動」に関する意味になる。

・第二文型:S=Cであるため、動詞の意味が分からなくても文意は理解できる。

・第三文型:この文型だけは、動詞の意味を覚える必要あり。

・第四文型:基本的には give「与える」の意味。例外的に take「奪う」という意味になる。take型の代表例は、cost、save、owe のみを覚えておけばよい。

・第五文型:SVOC の「OC」の部分に力点が置かれる。「Sのおかげで(Sのせいで)OがCする」と訳せばよい。動詞の意味が分からなくても文意は理解できる。


これ以外の解説も素晴らしい。文法が得意・苦手に関わらず、英語を学習している人には是非一読をお薦めしたい。文型以外の説明も素晴らしかったので、備忘の為、要点のみを列記しておきたい。

・the は「共通認識」であることを示すもの。その場にいる人たちが同じものを思い浮かべることができるときに the を使う。一方、a は「たくさんある中の1つ」という意味を持つ。

・名詞の可算・不可算は、単語ごとに決まっている訳ではない。大半の単語が、使い方によって可算にも不可算にもなる。考え方として、はっきりした形があるものは可算、切りようがない・切っても形が変わらないものが不可算である。

・現在形は今のことだけでなく、現在を含む過去や未来の行為など、昨日も今日も明日も繰り返し起きることに使われる。

・進行形は「〜している途中」という意味。まだ完了していない状態。また、know や have は「知っている途中」「持っている途中」とは言わないので、進行形にはそぐわない。(中断・再開できない動作は進行形にならない)

・現在完了形は、「過去形+現在」であり、過去から現在をつないだ「線的」な時制。(現在完了形の「経験」の意味:欧米人は過去の経験をずっと現在も持ち続けていると感じている)

・過去完了形は、現在完了形をそのまま過去にコピーした状態。

・仮定法は、現実にはありえない「妄想」を語っているもの。英語では事実と妄想を文法的に分けて記載する。その際、ヒントになるのは if ではなく「助動詞の過去形」。

・ネイティブは過去形を使うことで「一歩遠ざかる」感覚を持っている。過去形は現在から一歩遠ざかる、仮定法過去は現実から一歩遠ざかる、丁寧形は相手から一歩遠ざかる。

・will「必ず〜する」という力強い意味を持つ。shall も強い意志だが「神の意志に従って」というより強いニュアンスを持つ。

・can「いつでも起きる可能性がある」という意味。よって「できる」(やろうと思えばいつでもできる)だけでなく「あり得る」という意味になる。

・may は「50%程度」の意味、must は「それしかない」という強い意味を持つ。

・no は「強い否定(全否定)」であり「〜なんてとんでもない」というニュアンスを持つ。not は「〜ではない」と除外するだけ。no more than「〜しか」、no less than「〜も(多くの)」、not more than「多くとも〜」、not less than「少なくとも〜」

・関係代名詞や関係副詞などは「形容詞節」をつくる。つまり、形容詞のカタマリをつくって、そのカタマリが名詞を修飾する。関係代名詞の後ろには不完全な文がくる。関係副詞の後ろには完全な文がくる。

・強制倒置は、否定語で始まる。Not, Never, Little, Hardly, Scarcely, Rarely, Seldom, Only。倒置の形は「疑問文の語順」になる。

・任意倒置は次の形に整理される。第一文型:SVM→MVS、第二文型:SVC→CVS、第三文型:SVO→OSV、第四文型:SVOO→OSVO、第五文型:SVOC→SVCO。

・感情を表す動詞:surprise という動詞の意味は「驚く」ではなく「驚かせる」。英語圏の人間は感情を操るものが神様だと思っている。感情については、神様が驚かせるというように「〜させる」という意味になる。

1)ワクワク系:amuse 楽しませる、interest 興味を持たせる、excite ワクワクさせる、thrill ワクワクさせる、please 喜ばせる、satisfy 満足させる、relieve 安心させる、relax リラックスさせる
2)感動系:move 感動させる、touch 感動させる、impress 印象を与える、strike 印象を与える
3)魅了系:attract 魅了する・興味を引く、fascinate 魅了する、enchant 魅了する、charm 魅了する
4)驚き系:surprise 驚かせる、amaze 驚かせる、astonish 驚かせる
5)疲労系:bore 退屈させる、tire 疲れさせる、exhaust 疲れさせる
6)失望系:embarrass 恥ずかしい思いをさせる、confuse 混乱させる、depress がっかりさせる、disappoint がっかりさせる、discourage がっかりさせる、disgust うんざりさせる
7)怒り・狼狽系:annoy イライラさせる、irritate イライラさせる、offend 不快にさせる・怒らせる、upset 狼狽させる・むしゃくしゃさせる、shock ショックを与える
8)恐怖系:scare 怖がらせる、frighten 怖がらせる、terrify 怖がらせる、horrify 怖がらせる
9)例外 自動詞「〜する」:marvel 驚く、fear 怖がる、delight 喜ぶ・喜ばせる、bother 悩む・悩ませる




【目次】

第1講 直感的に意味がわかる
第2講 知らない単語の意味がわかる
第3講 形からニュアンスがつかめる
第4講 スムーズに読みこなす

414088472X

◇2034 『英語の品格』 >ロッシェル・カップ/集英社インターナショナルe新書

英語の敬語・丁寧語表現について触れた本。学校英語では習わない知識が満載。

ロッシェル・カップ氏の『反省しないアメリカ人をあつかう方法34』が面白かったので、こちらの手に取ってみた。内容的には『英語のお手本』と同類の書と言えようか。『英語のお手本』が2015年、本書が2017年の出版である。内容的に似通っていることは、ある程度想定していたが、アメリカで実際に働いている身としては、念の為読んでおきたいと思ったのだ。

本書で主張されているのはズバリ、英語というのはストレートな表現だと思われているが、きちんとした敬語や丁寧語の表現が存在しており、そういった英語を使用しないと相手を不快にさせたり、無用な誤解を生む恐れがあるというもの。日本人として、ネイティブ並みの英語を使いこなすのは難しいかもしれないが、最低限のルールは守った方がよさそうである。

単なる言葉遣いだけで、誤解を受けたり無用な軋轢を生んでしまうのはもったいない。知っているのと知らないのとでは大きな違いが生ずるので、アメリカ人とビジネスでお付き合いをするなら、前述のどちらか1冊でも目を通しておいて損はないのではなかろうか。

それでは気になった箇所を要約して引用。

・基本的にアメリカは横社会で日本は縦社会。日本では話す相手が自分よりも上か下かによって適切な敬語が変わるが、アメリカ社会では皆が平等という前提なので、相手の身分や地位に関わらず丁寧な表現を使うべき。

・英語の婉曲表現は、日本語の曖昧な表現とは異なる。英語の婉曲表現では、言いたいことははっきりと言いつつ、それをやわらかな表現で包んでソフトな響きにする。

・日本人英語から脱出し、自然な品格のある英語を身に付けるためには、できるだけネイティブが実際に使用している英語を覚える努力をすること。

・ネイティブはよく句動詞を使って、1つの動詞では言い表せないような微妙なニュアンスを表現する。句動詞の難しいところは、文脈によってまったく違う意味を持つこと。

・英語では1から10までをきちんと説明することが好ましいとされている。これを英語では spell it (all) out 「詳細に説明する」という。

・何かを依頼したい、または質問がある場合、疑問文ではなく平叙文を使う方が洗練された印象を与えることができる。

・no を使わないで、否定するのも丁寧な表現方法。




【目次】

第1章 日本人英語の非常識―ネイティヴが驚く不自然な英語を正す
第2章 自然な英語を目指して―語感から理解する本物の英語
第3章 品のある英語に仕上げるためのスパイス―ビジネス実践編1
第4章 品格のある英語で好感度を上げるコツ―ビジネス実践編2

4797680121

単純に、ワハハと楽しめる軽快なドラマ。

松たか子さんが演じる大豆田とわ子は、3回結婚し、3回離婚している。その個性的な元夫たちとの友情?を描いたコミカルな作品。会話劇が面白く、新しい感覚のドラマだった。

それにしても、元夫たちのキャラクターづくりが絶妙。黙っていても女性にモテてしまう田中さん、器が小さく小皿と呼ばれる佐藤さん、弁護士で挨拶やお土産など無駄なものが嫌いな中村さん。そして、忘れてはならないのが、伊藤沙莉さんのユーモラスなナレーション。

コメディとして笑い飛ばしながら見るもよし、ドラマの根底に漂うちょっとした優しをを味わうもよし。三人の元夫たちが、なんだかんだ言いながら仲が良く、いまでもとわ子のことを大事に思っているという、現実的にはちょっとあり得ない設定なのだが、ドラマなんだから現実逃避も面白い。

◇2033 『サバイバル英文読解−最短で読める! 21のルール』 >関正生/NHK出版新書

英語の読解も、国語の読解と同じ要素があるということを分かりやすく説明してくれている良書。

仕事で大量の英文を読まなければならないのだが、なかなかスピードが上がらない。まだ読み飛ばしができるレベルではなく、下手に速読をして意味を取り違えたり、重要な部分を読み落としてしまっては意味がないので、踏み切れないのだ。

そんな中、手にしてみたのが本書。(日本語の)国語の読解では、「同等関係」「対比関係」「因果関係」が重要だというのは、『ドラゴン桜』で説明されていたキモだが、英文にも同じようなことが言えるのだと、当たり前のことながら、改めて実感させられた。

下記の通り、要点を引用させていただいたが、主張を導くパターンは対比関係、まとめ表現・具体例・言い換えは同等関係と言えるだろう。

長い文章を読みながら、こういったことをちゃんと意識できるかどうかは、まだ不安だが、知識としてしっているか否かは重要であると思う。ビジネス文書の場合、日常のメールのやり取りでは、ここまで意識して書かれている文章は少ないかもしれないが、公的な資料などでは活用できるかもしれない。

■主張を導くパターン

1)「〜ではない、〜である」
・基本は not A but B。B以下が主張。だが、十中八九 but は消えてしまう
・not A. B.(否定文の後にくる「肯定文」を主張と考える)

2)「〜ではない、〜である」
・not A but Bのバリエーション。主張を導く4つのワード
 not A. Instead B.(Aではない。その代わりにBだ)
 not A. Indeed B.(Aではない。実際はBだ)
 not A. Rather B.(Aではない。むしろBだ)
 not A. In fact B.(Aではない。実際はBだ)

3)「〜だけでなく、〜でもある」
・not only A but also B(AだけでなくBも〜だ)
 →but が消え、not only A. Also B.に変形することも
・さらに only は simply に、also は as well や too に代わることも

4)「〜よりも、〜である」
・比較表現のある分の中には、一般論と主張の対比が隠されていることがある
・B than A(AよりもBである)

5)「昔は〜だったが、今は〜である(〜ではない)」
・過去と現在と対比させるパターン。重点は「今」にある
・目印となる「昔」を表す語句の例:Once, In the past, 〜 years ago, traditional など
・目印となる「今」を表す語句の例:Now, Today, Nowadays など

6)「みんな〜だけど、実は〜である(〜ではない)」
・出だしに We often 〜などがきている場合は「一般論からの主張」のパターン
・このパターンの時には、but や however などのわかりやすい目印が多い

■「まとめ表現」に注目する

・前の内容をまとめるときに使われるのが「まとめ表現」。だから前の内容がつかめなくても、まとめ表現を見逃さなければ、その部分を重点的に読むことで、前の内容を理解する足がかりにできる
・ある程度前の内容が理解できる場合でも、まとめ表現を見るたびにいったん読み進めるのをやめ、そこまでの無いようについて頭を整理するほうが、英文の流れに沿って理解でき、効率的に読み進めることができる

1)this + 名詞、these + 複数形名詞
・次の説明に入る前に、そこまでの内容を一旦整理する目的で使われる。
・名詞部分には、直前の内容を凝縮した1語がくる
・名詞部分の単語の意味がわかる場合、直前のまでの内容を推測するカギになる。単語が難しくてわからない場合には、this + 名刺を「今言ったこのこと」と解釈して読み進めればOK
・this + 名詞には、名詞をより詳しく説明するために形容詞などが挟まることもある。この要素があればあるほど、文章の意味を理解するヒントが増える

2)文頭の And
・長い説明や具体例の列挙などの後、最後のまとめに入りたいときに and が使われる。「〜ということで、まとめに入ると〜」というイメージ
・文頭にくるので、必ず And と大文字で始まる

■具体例に注目する

・主張がどこにあるのかを意識するきっかけになる
・主張→具体例の流れがわかるようになると、具体例の分が難解でわからなくても、直前にある内容(主張・主題部分)と同じ趣旨になると考え、具体例の文の意味を推測できる
・逆に前の内容がわからない場合、具体例の文から直前までの内容を推測することができる
・前の内容もわかり、具体例の内容もわかった場合、直前の内容を加味したうえでより正確に英文を理解することができる

1)固有名詞
・固有名詞は究極の具体例。2文目以降の文頭、あるいは文中で固有名詞が出てきたら、その文から具体例が始まる

2)文頭の If
・文章の中で If が出てきたら、その文から具体例が始まる
・固有名詞の場合は文の先頭、文中を問わないが、この If は必ず先頭にくる。そのため、大文字で始まる If に見慣れておくこと
・稀に「主張と真逆の内容」の具体例のサインとして If が使われることもある

3)A + 名詞
・文章の中で A + 名詞が出てきたら、その文から具体例が始まる
・これも If とまったく同じで、この冠詞 A は必ず文頭にくるので大文字で示される

■「言い換え」に注目する

・ある文が他の文の言い換え(同じ内容)だとわかると、わからない箇所の意味をわかる部分と対応させて、補いながら読んでいくことができるようになる。また、文章の中で全体として大事なところと、流してもかまわないところを見分けられるようになり、メリハリをつけながら読むことができるようになる
・言い換え表現に気づくには、文の「形」に注目する。同じ構文が反復されている場合(構文反復)、それは言い換え表現。ネイティブは同じ文の形を反復することで、主張を強く印象づけている

1)主語+否定語が同じ
・They don't など、文頭の主語と否定語が同じ文が浮く数回続く場合は、構文反復と考えられるので、同じような内容になると予想できる

2)主語+助動詞が同じ
・he must のように、主語と助動詞が同じ場合には、構文反復と考えられる
・構文反復が「どの程度同じ形をとるか」はその都度異なる。たとえば分の一部が he must、2文目の先頭が He must になっている場合でも、構文反復とみなすことができる

3)主語+助動詞(+α)という形が同じ
・助動詞は違っても、主語+助動詞(+後に続く部分の形)が同じであれば、構文反復とみなすことができる

■その他

・固有名詞の直後に関係代名詞は続かない。ただし「非制限用法」は、コンマを使って一度分を区切り、名詞の補足程度の説明をする形であり、この場合のみ関係代名詞が固有名詞を説明する。

・to be 構文は「予定・意図・義務・可能・運命」の5つの訳語を覚えるとされているが、「〜することになっている」という意味が核になっており、このまま当てはめればほとんどの英文は解決してしまう。

・文頭に否定語がきたら、その文は「倒置」になっている。

・mean A by B は「BによってAを意味する」、つまり「Bとは(つまり)Aのことだ」という意味で、用語の定義づけをするときにこの形がよく使われる。

・副詞は、文頭・文中・末尾のどこにでも置くことができる。副詞+SV、S,副詞,V、SV+副詞。
 接続詞は次のパターン:接続詞+sv+SV、SV+接続詞+sv。

・with は関連を表す。「〜について」の意味を持つ。

・can には「あり得る」という意味もある。can の奥に潜む、核となる意味は「いつでも起きる」

・may の核心は「50%(半々)」。「してもしなくてもよい」という気持ちが半々、「そうかもしれない」という予想が半々。

・important が用いられる部分をしっかり読めば、それだけで文章の主張がわかることがある。この important の類義語が、significant, fundamental, critical, vital, essential, indispensable である。

・comparable は「似ている」「匹敵する」という意味。比喩(例示)が出てくるサインである。

・接続詞の for は、「というのは〜だからだ」という、理由を補足する用法。

・given 「ある特定の」。

・lag behind - (in --) 「(--において)〜に後れをとる」

・so 〜 that -- 「とても〜なので--だ」という訳が多いが、「--なほど〜だ」と考えた方が自然なことが多い。

・文中の疑問文は、読者への問いかけ。「重要なことなのでちょっと考えてみてください。では今から私の考えを述べます」というしるし。疑問文には、その英文全体または途中までのテーマを提示する働きがある。




【目次】

第1講 主張を一瞬で見抜く
第2講 まとめ表現でリカバリー
第3講 具体例を賢く活用
第4講 「言い換え」に気づく
補講 重点を「点」でつかめ
総仕上げ!チャレンジ問題

4140885181

このページのトップヘ