Namuraya Thinking Space

― 日々、考え続ける ― シンプルで、しなやかに ― 

カテゴリ:書評(番号順) > 書評1900-

◇1901 『イチから知る!IR実務』 >米山徹幸/日刊工業新聞社

財務関連の仕事に関して、知識の欠損部分がないかと振り返ってみて、内部統制とIR関係が弱いのではと思っている。この内、内部統制については米国公認会計士の学習の際に少しかじったことがあり、かつ会社の実務でも経験しているので、何となくの感覚は持っている。しかしながらJ-SOXに潮流が変わったことなどもあり、もう一度きちんと学習しておこうと手にしたのが『図解・ひとめでわかる内部統制』『内部統制の仕組みと実務がわかる本』の2冊である。こちらは読了・学習済み。

もう1つの鬼門であるIRだが、こちらは意外によい本がない。東京出張時に八重洲ブックセンターで店員さんに聞いてみたが、あまりよい本には出会えなかった。そこでAmazonで検索してみて、一番よさそうだったのが本書である。

ちなみに、IRの準備段階の仕事、つまり発表用のバックデータの作成や、発表時に使用する数値の分析などは、30代前半に経理関係の仕事をしていた関係で経験あり。しかしながら、いわゆるアナリストや投資家の方と接した機会はほとんどない。

唯一の経験が、中国のシンセンに駐在していた時のこと。香港が近いため、会社のIR活動で香港の投資家説明会(ロードショー)に立ち会う機会をいただいたのだ。私の経験の為ということで、投資家とのミーティングを聞いて議事録を取るだけの仕事であったが、市場の生の声に触れることが出来たような気がする貴重な機会であった。

さて、本書の構成は、IRの仕事そのものについて、対外部との仕事の進め方、社内的な仕事の進め方、情報を届ける相手=投資家について、といった構成になっている。前半部分については、多少なりともIRに関わる部門にいたため、何となく想像ができる範囲だが、後半部分は初めて知る内容も多く、大変勉強になった。大変初歩的な話で恥ずかしい限りだが、セルサイド・バイサイドといった言葉の定義も正確に理解していなかった。

(ちなみに「セルサイド」は証券会社のこと。「バイサイド」は証券会社から株式や債券を売買する資産の運用会社のこと。名前の響きから、株式や債券を売る側をセルサイド、買う側をバイサイドというように思うかもしれないが、違うので注意)

他にも投資家のスタイルなども未知の世界。「インデックス」は株式インデックスに見合ったパフォーマンスを目指す投資家。「グロース」は売上や利益の成長に着目。これは、保有期間が長期に渡る傾向が強い「コア・グロース」と、短期間のうちに頻繁に売買を繰り返す傾向がある「アグレッシブ・グロース」とに大別される。「バリュー」はバリュエーション(企業評価)の絶対水準が低いあるいは市場平均や同一銘柄の過去の水準と比較して低い銘柄に投資するファンドである。

ちなみに、巷でよく耳にする「アクティブ」「パッシブ」という単語は出てこなかったので、WEBで検索してみたところ、次のような解説が書かれていた。

・「パッシブ・ファンド」とは、市場全体の平均的な収益を獲得することを目的とし、十分に分散化されたポートフォリオを保有するタイプのファンドです。一方、「アクティブ・ファンド」は、市場や投資銘柄に対するさまざまな調査結果や予測を基にして、市場の平均的な収益率を上回る運用成果をあげようとするものです。

パッシブ・ファンドの代表例がインデックス、アクティブ・ファンドの代表例がグロースやバリューとのことで、本書の解説とも明確につながり、すっきりした。

この他、IR担当者が気にすべきこと、対応すべきことなど、実務に根ざしたさまざまな注意点やチェックポイントが書かれていて、非常に丁寧なつくりの実務書だと言えよう。今のところは可能性は無いが、将来IRに関与するようになった場合には、是非とも再読したい一冊である。



【目次】

第1章 IRの始まりと仕事
(IRの始まりを知って、ビジネスの原点を押さえる)
 IRの役割
 エンロン、サブプライム事件に学ぶIR担当者の教訓

第2章 IR部門の仕事を知ろう(1)
(IR担当者の社内向け仕事を知る)
 IR活動はどの部署に属するか
 情報開示方針(ディスクロージャー・ポリシー)の作成
 投資提案の立案―ドイツの化学最大手BASF/英旅客輸送ゴー・アヘッド・グループ
 IR業務リポートの作成

第3章 IR部門の仕事を知ろう(2)
(社外向けIR情報の仕事を知る)
 有価証券報告書
 決算短信
 事業報告と株主通信
 英文の決算プレスリリース
 アニュアルリポート
 IRサイト
 ソーシャルメディア

第4章 IR情報を届ける相手を知ろう
(IR情報の相手はだれか。それぞれに企業情報の見方も違う)
 アナリスト
 機関投資家
 個人投資家

第5章 プレゼンテーション
(プレゼンテーションはいつも初めての気持ちで)
 パワーポイント作成
 ―見た目の効果、テキストの書き方、カラーの使い方
 スライド・プレゼンテーションの前に
 プレゼンテーションで話すときは
 オンライン・プレゼンテーション

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◇1902 『交渉学が君たちの人生を変える』 >印南一路/大和書房

本を貸した後輩から、いつも借りてばかりで申し訳ないので、と逆に貸していただいた一冊。あまり本を読む印象がなかった後輩だったので、ちょっと嬉しい。週末の空き時間に一気に読了。

内容自体はオーソドックスな交渉論。ネゴシエーションについては、随分前に関連書籍を読んだことがあるので、BATNAという言葉くらいは覚えているが、知識というのは定期的に棚卸しないと忘れているものである、ということを改めて思い知らされた。

しかしながら、せっかくの面白い内容の本なのに、一番重要だと思われるBATNAに関する解説が不十分と感じた。本書で説明されているのは次の通り。BATNAとは、Best Alternative to Non Agreementの頭文字を取ったもの。これから行おうとする交渉がうまくいかなかった場合に備えて、あらかじめ用意した代替手段(選択肢)を指す。つまり値段交渉であれば、いくらまでなら値上げ(または値下げ)要求に応えられるかの境界線、とでも言おうか。

その他、本書のポイントを簡単に振り返っておきたい。

・交渉の3タイプ:(1)分配型交渉:1つの固定されたパイの奪い合い。ゼロ・サム交渉。(2)利益交換型交渉:複数のパイ(利益)を交換しながら、自分が重要だと思う利益を実現するために、それほど重要ではない利益で相手に妥協するタイプ。プラス・サム交渉、Win・Win交渉とも呼ばれる。(3)創造的問題解決:利益交換型交渉の発展形。交渉の当事者が信頼関係を築いて十分な情報交換をし、双方の利益を特定することで、当初は思ってもいなかった解決法を作り出し、問題そのものをなくしてしまうこと。

・交渉に働く3つの力:(1)相互依存関係:ゲーム構造を決定する。(2)返報原則:交渉プロセスを支配する。(3)コミュニケーション:比較優位を決める。

・正当な交渉戦術:(1)BATNA形成戦術、(2)アンカリング戦術、(3)返報原則の応用戦術、(4)信頼関係の構築。

・きわどい交渉戦術:相手がきわどい交渉戦術を使ってきた際に、ひっかからないようにするため、知っておくことは重要。ただし、信頼関係を築くという点からするとネガティブなので、積極的に使用すべきではない。
(1)迎合的関係の形成
(2)ゲームズマンシップ
(3)約束と脅かし
(4)疑似的説得的主張
(5)感情の人質
(6)ローボーリング
(7)ベイド・アンド・スイッチ
(8)最後通告・通牒
(9)チキンゲーム
(10)グッドガイ・バッドガイ戦術
(11)権限のない振り戦術
(12)交渉者の交代
(13)「拒否させて譲歩獲得」戦術
(14)二段階要求戦術




【目次】

1章 交渉とは何か?
2章 交渉をはじめよう
3章 正当な交渉戦術
4章 きわどい交渉戦術
5章 交渉戦略を実践しよう

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◇1903 『世界最高のリーダー育成機関で幹部候補だけに教えられている仕事の基本』 >田口力/角川書店

読了した本が段ボール箱2冊分溜まったので、古書店へ売りに行った。いつも2〜3千円程度の買取価格なので期待していなかったのだが、今回は何と1万円越え。新し目のビジネス書が多かったからだろうか。古書店で、査定待ちをしている間に目に入ったのが本書。この手の本は買わないつもりだったのだが、GEがどのような教育を実施しているのかを知りたくて、情報収集目的だと割り切って購入。

情報収集目的なので、不要なところは読み飛ばしての読書。1時間ほどで読み終えたのだが、結果は今ひとつ。もっとGEで教えていることを具体的に知ることができるのかと思っていたのが期待外れ。どちらかというと筆者の体験談的な内容。まぁ守秘義務もあるだろうし、そうそう教育の内容など開陳できるわけではないのだろうが。

付箋を貼りながら読んでいったのだが、付箋の箇所のみを再度読み返してみた。この中で、特に重要だと思う部分に限り、要約して引用しておきたい。

・GE会長のジェフェリー・イメルト氏曰く「リーダーシップとは、終わりのない自分探しの旅である」「毎週土曜日の午前中は、その週一週間の自分の行動・言動について振り返っている」

・優れたリーダーたちは、自分をオープンにして周囲の人と適切にコミュニケーションを図ることで、ジョハリの窓の「公開された自己」の部分を継続して大きくする努力をしている。

・コミュニケーションの本来の語源は「価値観を一緒に共有するためのもの」。欧米では、言葉と言葉を戦い合わせて互いの考えを理解し、「妥結点」(妥協点ではない)を見出したらがっちりと握手する。

・Exposureが高いポジション=人目にさらされることが多いポジション。他人が自分を見てくれているとは限らないので、必要かつ適切なアピールは必要である。

・「随処作主 立処皆真」 臨済宗開祖・臨済禅師の言葉。人目を気にして、自分らしさ(主体性)をなくしてしまうことは良くない。どこにいても自分らしくいられれば、そこは真に素晴らしい場所となり、どんな変化にも対応できる。いつでも、どこでも、自分の置かれた場所や状況の中で精一杯こころを込めて努め励み、相手を最善に生かすこと、そうすれば自分が生かされ光る。何事も自分が主役になるという意味ではない。

・GEの研修で、幹部がよく語るエピソード:キャリアプランについて、大きな方向性や志向はあったが、与えられた事に対して全力で打ち込み、自分はこうするという主体性を失わないようにした。意思決定する際には、周囲の意見は聞くがそれに流されず、自分を信じて自分らしくある(自分の価値観を失わない)ことを大切にしている。

・「内省する力」、すなわち経験から教訓を導き出す能力こそが、ビジネス・パーソンの基礎能力として最も大切なものだと信じている。

・「GEでコントロールという言葉を使ってはいけない。そういう考え方で成功した人間はGEにはいない」

・現地の料理など、その国の文化のことを笑ってはいけない(たとえ冗談でも)。「Global sensitivity(グローバルな感受性)」は非常に重要。

・最初に考えるのは良いが、考えすぎるな。ある程度考えたら、あとは走りながら考えろ。恥をかくことを恐れるな。「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」だ。本を読む時も、人の話を聞く時も、常に「本当か」と問い続けろ。

・GEでは7割OKならGo。あいまいさと不確実さの世界では、7割程度の情報で意思決定しなければならない。そうしないとスピード感を失ってしまう。

・転職を考える前に、「自分は今の会社で、なすべきことをすべてやったか」と自問してみる。




【目次】

序章 誰もが今より「自分を進化」させられる
1章 「Self‐awarenessがすべて」―自分を「知る」
2章 「最初の六〇秒で結論を見せる」―自分を「伝える」
3章 「費用対効果の高い意思決定を」―自分で「考える」
4章 「学ぶことをやめたら、会社を去れ」―自分を「鍛える」
5章 「GEでは七割オッケーならゴーです」―自分を「変える」
6章 「自分の運命は、自分でコントロールしなさい」―自分を「導く」
7章 「全社員がリーダーであることを望みます」―他者を「導く」

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◇1904 『忍びの滋賀−いつも京都の日陰で』 >姫野カオルコ/小学館新書

滋賀に帰省した際に、近隣の書店で平積みされていた本。パラパラと立ち読みして、ちょっと読んでみてもいいかなと思ったものの、所用があったのでそのまま買わずにいた。茨城に戻ってから、ふと思い出してKindleで購入。

この手の自虐ネタは、他人から言われると腹が立つが、同郷の人に言われると、いわゆる「あるある」的な笑いが生まれるのであろう。私自身、知らないエピソードもいくつか含まれていたが、大半は理解しつつ、そうだよなぁと感心しながら読み進めた。それなりに面白かったが、残念ながら滋賀出身以外の人が読んでも、今ひとつピンとこないかもしれないなぁ、というのが正直な感想。

そういえば、読んでいて、へぇと思った一文がある。引用してみよう。

百も承知で、滋賀県は「このへんの位置」にいることで、「ラク」をエンジョイしてきたのではないか。「そやかてな、京都でいるのは大変やんか。オリンピックに選手として出場するより、オリンピックをTVで永源寺茶飲みながら見てるほうがきらくでええわー」と、そんなエンジョイ。そんな滋賀の観光ポスターを考えた。『そうだ滋賀、忍ぼう』

私自身、がむしゃらに一番になるよりも、二番手くらいでほっこりしたい、と心の底では思っているのかもしれない。(そんな私を見て、欲が足りない、正しい野心を持て、などとアドバイスしてくれる先輩がいるのだが。。。)育った環境というのは重要なので、お国柄というのはあるのかもしれないなぁと素朴な感想を抱いた作品であった。



【目次】

第1章 自虐の滋賀―哀愁のあるある
 長寿も一位、忘れられるのも一位
 通過してても気づかない
 そうだ抗議、しよう
 ♪ちょっとティータイム―戦後最大の飲食事件・編集長は見た!
 アメリカン問題、読み方問題
 かわいい女の子の名前

第2章 ボーノ滋賀―無名だけどおいしい郷土料理
 うどんと蕎麦
 まぼろしのサラダパンから滋賀県を巡る
 彼が鮒鮨を毛嫌いするようになるまで
 もうれつ個人的四天王

第3章 忍びの滋賀―ミウラとヒメノ
 京滋を合コンにたとえると―京花ちゃんと滋賀菜ちゃん
 港の元気、横浜、横須賀
 ぼんやりとパリを思うように彼を
 世界三大夫人に見る京滋
 エマニエル夫人にみる京滋の光と陰
 忍びの滋賀―ミウラとヒメノ

第4章 これからの滋賀に―さきがける地方都市として
 ダサい
 臭い
 歩けない
 離されている

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◇1905 『知性を磨く−「スーパージェネラリスト」の時代』 >田坂広志/光文社文庫

田坂広志さんのお名前は何度も拝見しており、一度著書を読んでみたいと思っていたのだが、何故か御縁がなく、今回が初めてよむ著書。どこかの書評で取り上げられていて、気になってAmazonの欲しいものリストに入れておいたもの。出張時に読む本がなくなったので、Kindleでダウンロード。電車の中でも本が即座に買えるとは、便利な世の中になったものである。

Kindleでの読書時には、つい最近覚えた「ハイライト」機能を使用して、紙の書籍にラインマーカーを引く要領で読んでいく。この機能が便利なところは、後から「マイノート」という機能を使用して、ハイライトした箇所だけを一覧で見ることができる点。自分が気になった箇所を、まとめて読むことができるのだ。読書内容を振り返るには最適の機能である。(この機能を知ってから、紙の書籍ではなくあえてKindleで購入するパターンが増えたように感じる)

さて、前置きが長くなってしまったが、本書は「知能」と「知性」の違いに着目し、知性を磨いていってスーパージェネラリストの領域に達しよう、という趣旨の本。最近、知識の習得に少々飽きてきており、読書に対する意欲が少し衰えていたので、今の私にとっては非常に刺激になる良書であった。

しかしながら、前半部分の知能より知性が大切、そのためには自分で考え、行動することが大切、という論調には大いに賛同したものの、後半部分のスーパージェネラリスト、つまり複数の顔(筆者曰く多重人格)で仕事をする、という点について、そうかなとは思うものの、何故だかあまり腹落ちしなかった。

スーパージェネラリストという概念は、私が目指しているものと近しいような感じがしたのだが、方法論が異なるからだろうか。特に人間力を磨くためには古典を読むのではなく、相手の「心の動き」を感じ取る修業を積む、という点。私としては、実際の人間関係や普段のコミュニケーションの中で、相手に気遣い相手の心の動きを感じ取るという動作は必要だと思うが、一方で古典を読むことで内省し、そこから自分なりの考えを練ることも大事なのではと考えているから。

まぁこの手の書籍は、すべてを鵜呑みにして実践するのではなく、筆者が主張しているエッセンスを汲み取り、自分なりに咀嚼していくのが重要であろう。エッセンスを汲み取るべく、自分なりに理解した内容を下記にてまとめておきたい。

・「知能」とは答えの有る問いに対して、早く正しい答えを見いだす能力のこと。「知性」とは答えの無い問いに対して、その問いを問い続ける能力のこと。「知識」とは言葉で表せるものであり、書物から学べるもの。「智恵」とは言葉で表せないものであり、経験からしか掴めないもの。知性の本質は、知識ではなく智恵である。

・垂直統合の知性を持つスーパージェネラリスト。その7つのレベルの思考とは(1)思想、(2)ビジョン、(3)志、(4)戦略、(5)戦術、(6)技術、(7)人間力、である。これら7レベルを意識しながら、下位レベルの思考を上位レベルの思考でチェックするという「上向過程の思考」(戦術が戦略にマッチしているか等)と、逆の流れの「下向過程の思考」(ある戦術を実行するとき、それに必要な技術=スキルやテクニックを保有しているか等)の双方向で思考することで、7レベルの思考にシナジー効果が生まれてくる。

・ヘーゲルの弁証法に「事物の螺旋的発展の法則」というものがある。→物事の変化・発展、進歩・進化は、あたかも「螺旋階段」を上るようにして起こる。螺旋階段を上る人を横から見ていると、上に登っていくが(進歩・発展)、この人を上から見ていると、階段を一周回って、元の位置に戻ってくる(復古・復活)。ただし、これは螺旋階段。必ず、一段高い位置に登っている。すなわち、物事の変化・発展、進歩・進化においては古く懐かしいものが、新たな価値を伴って復活してくる。

・1つの経験をしたとき、その経験をそのままで終わらせず、心の中で追体験しながら、そこから掴める「智恵」を徹底的につかむというスタイル、いわば「反省の技法」とでも呼ぶべきものを身につけておくこと。反省の技法によって経験が体験へと深まっていく。

・嫉妬など「エゴ」というものは、人間であれば必ず起こり得るもの。そういった時、「エゴ」の動きを、ただ静かに見つめる。それを否定しようとせず、抑圧しようとせず、ただ静かに見つめることで、不思議なほどエゴの動きは静まっていく。これが「内観」という修業の本当の意味である。内観を通じて、自分の心の動きを感じ取るという修業や、エゴの動きを見つめるという修業を続けていくことが、人間力のレベルや知性を磨くための出発点となる。




【目次】

第1話 なぜ、高学歴の人物が、深い知性を感じさせないのか?
第2話 「答えの無い問い」に溢れる人生
第3話 なぜ、「割り切り」たくなるのか?
第4話 「割り切り」ではない、迅速な意思決定
第5話 精神のエネルギーは、年齢とともに高まっていく
第6話 「固定観念」を捨てるだけで開花する能力
第7話 なぜ、博識が、知性とは関係無いのか?
第8話 頭の良い若者ほど、プロフェッショナルになれない理由
第9話 なぜ、優秀な専門家が、問題を解決できないのか?
第10話 「スーパージェネラリスト」とは、いかなる人材か?
第11話 「垂直統合の知性」を持つスーパージェネラリスト
第12話 スーパージェネラリストに求められる「七つの知性」
第13話 なぜ、経営者がスーパージェネラリストになれないのか?
第14話 「予測」できない未来を「予見」するには、どうすればよいのか?
第15話 なぜ、「目標」と「ビジョン」が混同されるのか?
第16話 「志」と「野心」は、何が違うのか?
第17話 なぜ、「戦略」とは「戦わない」ための思考なのか?
第18話 なぜ、優れたプロフェッショナルは、「想像力」が豊かなのか?
第19話 「知性」を磨くための「メタ知性」とは何か?
第20話 なぜ、古典を読んでも「人間力」が身につかないのか?
第21話 あなたは、どの「人格」で仕事をしているか?
第22話 なぜ、多重人格のマネジメントで、多彩な才能が開花するのか?
第23話 なぜ、スーパージェネラリストの知性は、現場にあるのか?
第24話 なぜ、人類は、二〇世紀に問題を解決できなかったのか?
第25話 「二一世紀の知性」とは、いかなる知性か?

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◇1906 『アジアの人々が見た太平洋戦争』 >小神野真弘/彩図社文庫

太平洋戦争において、大日本帝国はアジアの国々を侵略した訳だが、その「功罪」を問う書籍。「功罪」というのは、本書を読了して私の頭に浮かんだ言葉だが、本書では日本軍の「罪」だけではなく「功」にも着眼している。

確かに歴史と言うのは常に「勝者の歴史」であり、敗戦国となった日本にとっては、ネガティブな情報だけが語り継がれているのかもしれない。アジア侵出に伴って、インフラを整備しただとか、教育を充実させた、などといった「功」の面も、あるにはあるのかもしれないが、個人的にはちょっと違和感を持ちながら読み進めることになった。

本書を読むと(細かな言い回しは忘れてしまったが、大意として)「中国は反日反日と言うけれども、実際に戦争を仕掛けて出て行ったのは日本の方なんだ」という元軍人の方の言葉を思い出す。足元の日中関係は良好だが、一方で韓国の理不尽とも思える要求には閉口させられる。それでも、実際に韓国を侵略した事実は消せるものではなく、我々日本人はこの点をしっかりと自覚していかなければならないだろう。

本書のような書籍を読んで「功」の部分があったという事実を認識しておくことは大切かもしれない。しかしながら、「功」ばかりを取り上げ過ぎて、「罪」を忘れてしまってはいけない。筆者は繰り返し、両者のバランスを計りながら主張してはいるが、ともすれば長い文章は都合のよいところだけを切り取って流布されがちな現在。間違った歴史認識をしないよう、きちんと事実を見つめる目を養わなければならないと考えさせられる著書であった。



【目次】

第1章 インドネシア
第2章 フィリピン
第3章 ミャンマー
第4章 マレーシア・シンガポール
第5章 インド
第6章 タイ王国
第7章 日本

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◇1907 『成功はゴミ箱の中に−レイ・クロック自伝』 >レイ・クロック/プレジデント社

本棚がいっぱいになってきたので、蔵書の整理を実施。なお、整理する際には3つのカテゴリーに区分している。(1)何度も読み返すであろう名著は、そのまま本棚で保管。(2)再読するかどうか不明だが、将来的に参考にするかもしれない書籍は、電子化して保管。(3)恐らく読み返すことはないであろう本は、古本屋に売却。

今回は段ボール箱2箱分の本を古本屋に売りに行った。比較的最近のビジネス書などが含まれていたせいか、1万円以上の買取金額。いつも2〜3千円の買取額なので、嬉しい誤算。査定を待っている間に店内をうろうろしていたところ、見つけたのが本書である。

先日「本の選び方・再考」でも記載したのだが、本を選ぶ際に、複数の人が紹介しているのを見かけたら買う、というのを1つの基準にしたいと思っている。そういった意味で、本書は何度もビジネス書や雑誌などで紹介されているもの。なかなか手に取る機会がなかったのだが、古本屋で400円という価格につられて購入してしまった。

50歳を過ぎてからマクドナルドという一大ファストフード・チェーンを築き上げた英雄。そのベンチャー魂はたくましく、本書の解説者である柳井正さんや、孫正義さんが絶賛するのもうなづける。また、本書にはアメリカのカルチャーも描写されており、面白く読み進めることができた。

しかしながらと言おうか、残念ながらと言おうか、ベンチャー的な本については、あまり参考になるところが少ないのかなというのが最近の傾向。本書も、読む人が読めばとても参考になるのであろうが、今の私の立場からすると、読んで面白いけれど、というのが正直な感想であった。

まぁこれは合う・合わないの問題。気になった箇所を引用しておきたい。

やり遂げろ−この世界で継続ほど価値のあるものはない。才能は違う−才能があっても失敗している人はたくさんいる。天才も違う−恵まれなかった天才はことわざになるほどこの世にいる。教育も違う−世界には教育を受けた落伍者があふれている。信念と継続だけが全能である。

いまのアメリカの若者には、仕事を楽しむ方法を学ぶ機会が与えられていない。この国の社会的、政治的哲学は人生から一つずつ、リスクを取り除くことを目標としているようだ。ダートマスでのスピーチで若い学生たちに伝えたように、誰かに幸福を与えることは不可能だ。独立宣言にもあるように、唯一できることは、その人に幸福を追う自由を与えることだ。幸福とは約束できるものではない。それはどれだけ頑張れたか、その努力によって得られる、その人次第のものなのだ。




【目次】

チャンスを逃すな
仕事はハンバーガーの肉だ
セールスの極意
売上げを伸ばす
ストレスに打ち勝つ!
契約の落とし穴
フランチャイズシステム
成功の方程式
知りたいことはゴミ箱の中に
キャッシュフロー
取引先とともに成長する
理想の組織
トップは孤独である
ヒット商品の作り方
球団買収
やり遂げろ!

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◇1908 『Think Smart−間違った思い込みを避けて賢く生き抜くための思考法』 >ロルフ・ドベリ/サンマーク出版

本書の前作である『Think Clearly』を書店でよく見かけていたのだが、パラパラと立ち読みして今の私には不要かなと、買わずにいた。本書『Think Smart』も書店で平積みされており、続篇かなと手に取ってみたところ行動心理学的な内容のようなので、興味を持ち購入してみることに。

サブタイトルに「思考法」と書いてあるが、心理学的なものもあれば、人間が陥りやすいバイアスについて書かれたものもある。論理的思考法などではなく、ものの考え方、捉え方などを、52のトピックスにしてエッセイ風にまとめた本、といえばよかろうか。

52のトピックスの中で私が興味を持ったのは4つ。それぞれ私が理解した内容を記録しておきたい。

・選択肢の見過ごし:MBAを取得するかしないか、という選択を迫られているような場合、同じ時間と費用をかけるのであれば、MBA以外の選択肢もあり得る。しかしながら、その次善の選択肢との比較を見過ごし、ついつい忘れがちになってしまうこと。

・ウィル・ロジャース現象:A店の営業人員ごとの利益率を平均すると10%、B店は3%だったとする。この時、A店の営業2名(彼らの平均利益率は7%)をB点に異動させると、A店としては平均を下回る営業を異動させたことによって平均利益率は向上する。一方、A店にとっては平均以下でも、B店で7%は平均以上であり、彼らの異動によってB店の平均利益率も向上する。全体としては何も変わっていないのに、内部的な異動や統計の取り方で、業績を良く見せることができる手法のこと。

・治療意図の錯誤:ある高速道路の区間を時速150km、1時間で走り切る「スピード狂」とそれ以外の「理性的なドライバー」に区分すると事故が多いのはどちらだろうか。答えは後者。事故に遇ったスピード狂は1時間でその区間を走り切ることができないため、自動的に「理性的」に区分されてしまう。本来カウントすべき対象者を、調査対象から離脱させてしまうこと。

・情報バイアス:情報は多すぎると決められなくなり、決断の質も下がってしまう。最低限の情報で生活することを心掛けると、決断の質は上がっていく。(筆者はニュースを読むことをやめたが生活に一切支障はないとのこと。重要な出来事は、その背景関係を詳しく記した長文記事や本を読む方がよい)


本書には、さまざまな書籍からの引用も多いが、中でも良く出てきた著者がダニエル・カールマン(『ファスト&スロー』などの著者)と、ナシーム・タレブ(『ブラック・スワン』などの著者)の2名である。その内機会があれば、両名の原書をきちんと読んでみたい。



【目次】

01 新年の抱負が達成できないわけ【先延ばし】
02 「理由」がないといらいらしてしまうわけ【カチッサー効果】
03 比較しすぎると、いい決断ができなくなってしまうわけ【決断疲れ】
04 「自分は大丈夫」と錯覚してしまうわけ【注意の錯覚】
05 自分でつくった料理のほうがおいしく感じるわけ【NIH症候群】
06 労力をかけたものが、大事に思えるわけ【努力の正当化】
07 第一印象が当てにならないわけ【初頭効果と親近効果】
08 ボーナスがモチベーションを低下させるわけ【モチベーションのクラウディング・アウト】
09 「ありえないこと」を想像したほうがいいわけ【ブラック・スワン】
10 現状維持を選んでしまうわけ【デフォルト効果】
11 ほかの人も自分と同じ考えでいるように思うわけ 【偽の合意効果】
12 自分より優秀な人を採用したほうがいいわけ【社会的比較バイアス】
13 地元のサッカーチームを応援したくなるわけ【内集団・外集団バイアス】
14 予定を詰め込みすぎてしまうわけ【計画錯誤】
15 ほらで相手を納得させられるわけ【戦略的ごまかし】
16 計画を立てると心が安定するわけ【ゼイガルニク効果】
17 反射的に思いついた答えは疑ったほうがいいわけ【認知反射】
18 あなたが自分の感情の操り人形なわけ【感情ヒューリスティック】
19 自分の考えに批判的になったほうがいいわけ【内観の錯覚】
20 最適なものを見逃す場合が多いわけ【選択肢の見逃し】
21 「知らずにいる」ということに対する感情が存在しないわけ【瀉血効果】
22 数字は机上で改善できてしまうわけ【ウィル・ロジャース効果】
23 小さな店舗が突出して見えるわけ【少数の法則】
24 「スピード狂」の運転のほうが安全に見えるわけ【治療意図の錯誤】
25 平均的な戦争が存在しないわけ【平均値の問題点】
26 「拾ったお金」と「貯めたお金」で扱い方が変わるわけ【ハウスマネー効果】
27 統計の数字よりも、小説のほうが心を動かすわけ【心の理論】
28 私たちが「新しいもの」を手に入れようとするわけ【最新性愛症】
29 目立つものが重要なものだと思ってしまうわけ【突出効果】
30 占いが当たっていると感じるわけ【フォアラー効果】
31 満月の中に顔が見えるわけ【クラスター錯覚】
32 「期待」とは慎重に付き合った方がいいわけ 【ローゼンタール効果】
33 誰もヒトラーのセーターを着たくないわけ【伝播バイアス】
34 あなたが常に正しいわけ【歴史の改ざん】
35 下手に何か言うくらいなら、何も言わないほうがいいわけ【無駄話をする傾向】
36 「王者」になったほうがいいわけ【ねたみ】
37 都合よく並べ立てられたものには注意したほうがいいわけ【チェリー・ピッキング】
38 プロパガンダが硬貨を発揮するわけ【スリーパー効果】
39 ハンマーを手にすると、何もかもが釘に見えるわけ 【職業による視点の偏り】
40 成功の決定的な要因が「運」であるわけ【スキルの錯覚】
41 知識が転用できないわけ【領域依存性】
42 お金を寄付したほうがいいわけ【ボランティアの浅はかな考え】
43 行き当たりばったりで物事を進めたがらないわけ【曖昧さ回避】
44 敵には情報を与えたほうがいいわけ【情報バイアス】
45 ニュースを読むのをやめたほうがいいわけ【ニュースの錯覚】
46 危機が好機になることが滅多にないわけ【起死回生の誤謬】
47 頭のスイッチを切ったほうがいいわけ【考えすぎの危険】
48 チェックリストに頼りすぎてはいけないわけ 【特徴肯定性効果】
49 「いけにえ探し」はやめたほうがいいわけ【単一原因の誤謬】
50 「最後のチャンス」と聞くと判断が狂うわけ【後悔への恐怖】
51 あなたの船を燃やしたほうがいいわけ【退路を断つことの効果】
52 学問だけで得た知識では不十分なわけ【知識のもう一つの側面】

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◇1909 『ドクター・ヴァンスのビジネス・プロフェッショナルが使うパワー英単語100』 >W.A.ヴァンス/ダイヤモンド社

いつ頃買った本かなと、奥付を見てみると2009年2月の初版となっている。2009年といえば中国に滞在していたので、購入したのは帰国後だろうか。それにしても8年近く、書棚に眠ったままだった本。

英語の学習を再開しているのだが、従来とは少し色合いを変えて、とにかくネイティブの方ときちんと話せる英語を身につけたいと思うようになった。これまでは、ブロークンでも通じればOKと考えていたのだが、ネイティブは、使う英単語によって相手のレベルを推し測るのが普通だとのことなので、自分の主張にしっかりと耳を傾けてもらうためにも、それなりのレベルの英語が必要だと考えるようになった。

本書はそんな私にはピッタリの単語集。produce → generate、get →  capture、improve → sharpenなど、簡単な単語をプロフェッショナルな響きのする単語に言い換えることができるという構成。

収録されている英単語は、一部を除くとさほど難しくはなく、中級レベルの英語学習者であれば、一度は目にしたことのあるものであろう。しかしながら、シンプルな単語が、実は非常に奥深いイメージを持っていたりするのだ。

本書では、英単語の意味だけではなく、その単語が持つ本来の意味と、そこから派生するビジネスシーンで使用した時のイメージを丁寧に解説している。また、それらの単語が結びつきやすい(相性の良い)単語も合わせて紹介されているので、コロケーションの学習にも最適である。

そんな単語が100個。数的にも厳選されていてちょうどよい。1000単語を覚えろと言われると私の年齢ではちょっと躊躇するが、100個ならなんとかなりそうである。そんなやる気にさせてくれる単語集。もっと早く手に取っていればよかった。



【目次】

プロローグ ウィリアム A.ヴァンス
この本を効果的に使用していただくために

Level 1

1. Cut
2. Share
3. Aim
4. Build
5. Note
6. Race
7. Step
8. View
9. Face
10. Key

Level 2

11. Pinpoint
12. Timeline
13. Highlight
14. Update
15. Feedback
16. Deadline
17. Background
18. Downsize
19. Outlook
20. Spearhead

Level 3

21. Focus on
22. Jazz up
23. Hinge on
24. Point to
25. Track down
26. Stem from
27. Look over
28. Iron out
29. Wrestle with
30. Gear up

Level 4

31. Drive
32. Flood
33. Launch
34. Grasp
35. Bridge
36. Soar
37. Plunge
38. Weigh
39. Range
40. Steer

Level 5

41. Swamped
42. Scope
43. Spur
44. Gauge
45. Fuel
46. Concrete
47. Tweak
48. Mammoth
49. Speedy
50. Climate

Level 6

51. Sharpen
52. Signal
53. Channel
54. Applaud
55. Capture
56. Guidance
57. Surface
58. Impact
59. Polish
60. Target

Level 7

61. Digest
62. Strengthen
63. Relay
64. Address
65. Structure
66. Explore
67. Spectrum
68. Metrics
69. Alert
70. Hurdle

Level 8

71. Tailor
72. Juggle
73. Reflect
74. Juncture
75. Revisit
76. Elect
77. Derail
78. Strategy
79. Direction
80. Flexible

Level 9

81. Foundation
82. Envision
83. Puzzling
84. Clarify
85. Generate
86. Arena
87. Astronomical
88. Mechanics
89. Trajectory
90. Expertise

Level 10

91. Navigate
92. Economize
93. Orchestrate
94. Leverage
95. Maximize
96. Buttress
97. Catalyst
98. Crystallize
99. Encompass
100. Encapsulate

ドクター・ヴァンスがよく聞かれる英単語に関する質問トップ10
エピローグ 神田房枝
キーワード、関連表現、イディオムリスト
パワー英単語から簡単な相当語句への変換リスト
簡単な語句からパワー英単語への逆引きリスト
発音のためのサンプルワード

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◇1910 『Blue Ocean Strategy』 >W. Chan Kim & Renee Mauborgne/Harvard Business School Press

先日エントリーした学習方法で試してみたのが本書。日本語訳の方は過去に読了しているので、内容に関する感想は割愛。Kindleで購入した英文書籍を、Audibleを聞きながら目で追っていく。音源なしでの読書だと、どうしてもスピード感が出ないが、この方式だと、意味が分かっても分からなくても前に進まなければならないので、「量的な英語に慣れる」という意味では、なかなかよい方法ではないだろうか。

本書を原書で読んでいて、面白いなと思ったのが、具体的な事例について。日本語訳で海外書籍を読む際、事例が多すぎて困るというような感想を書くことが多いのだが、原書で読む際には具体的事例の方が頭にシーンが浮かんで、英語であってもすーっと理解することができたのだ。

一方で、日本語訳だと読み応えがあると感じていた、まとめの部分や抽象的・一般化された記述部分については、英語での理解が追い付かなかった。やはり、英語での抽象思考ができるレベルにはなっていないということであろう。

今回は、精読はできなかったので、本来ならもう少し読み込んだ方がよいのかもしれないが、欲張っては前に進めない。まずは量に慣れて、その後、理解が難しかった部分を、それこそ筆写したり音読したりして、自分のものになるようにしていきたい。

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◇1911 『運命を創る』 >安岡正篤/プレジデント社

プレジデント社から出ている安岡正篤先生のシリーズもの。今回、全シリーズを古本で購入してみて、一度読み終わってはいるのだが、『干支の活学』のみ簡単な感想を書いたままで放置してしまっていた。講演録形式のものが多く、話している内容に重複が多い(これは仕方のないこと)ため、どの本の感想がどれなのか、こんがらがってしまい、書評未記載のままになっていたのだ。

講演会形式で読み易いので、今回は再読しながら、改めて感想を書くことにしてみた。また内容を忘れないように、重要だと思った箇所はテークノートしながら精読した。

・「中」:いろいろな矛盾を克服して、無限に進歩していくという意味。論理学で言う弁証法的発展。

・「一燈照隅、万燈照国」

・ものごとは、「多面的」「全面的」「根本的」に見る。

・孟子「賢を尊んで」「能を用い」「俊傑位にあり」=学問・教養・人物がそろっていたことが、明治維新成功の要因。

・成功した後、気を付けておかないと、簡単に非常に早く駄目になる。

・人間を養う、徳性を磨く。本質的要素が人間の道徳性・徳性。付属的要素が知能と技能、知識と技術。徳性に準ずる第三の要素が習性・躾。

・民主主義とはいかにエリートを輩出し、これを有能に活用するか。今の民主主義の一つの誤りは、大衆と言うものを錯覚して、大衆に迎合して、大衆を指導することを忘れ、大衆に指導されている点。

・孫子、呉子、韜略(六韜三略)の兵学の書を読む。

・戦争、戦略というものは、あらゆる手段を以って、相手を誤算に陥れるもの。

・兵は詐を以て立ち、利を以て動き、分合を以て変を為す。

・六然
 自処超然(自ら処すること超然):自分自身に関しては一向物に囚われないようにすること
 処人藹然(人に処することあい然):人に接するには人を楽しくさせ、人を心地よくさせる。
 有事斬然(事あれば斬然):事があるときは愚図愚図しないで活き活きと
 無事澄然(無事にはちょう然):事なき時は水のように澄んだ気である
 得意澹然(得意の時はあっさりと)
 失意泰然(失意の時は泰然自若)

・六中観
 忙中閑あり
 苦中楽あり
 死中活あり
 壺中天あり
 意中人あり
 腹中書あり

・愛だけでは駄目であります。人間の人間たる所以は、愛と同時に「敬」というものにある。愛敬、敬愛、特に敬という心によって、初めて進歩向上をするのであります。愛だけでは甘やかされる、だらしがなくなるのです。

・知識・見識・胆識

・運命:「運」は「動く」という意味。動いてやまざるもの。変わり得る命(めい)。
 宿命:「宿」は「宿る」という意味で、固定的。変えられない。
 知命:命の複雑な因果関係(これを「数」という)を知ること。
 立命:その因果関係を動かして、新しく運命を創造変化させること。

・人間というのは、本能的にいろいろな情欲、煩悩と言いますか、そういうものがなくなるほど、人間が高次の存在になる。

・人間は早く若朽する。若朽しないでいつまでも伸びていこうと思ったら、絶えず正しい意味の運命観を持たねばならぬ。ということは、常に研究的態度で絶えず問題と取り組んで実践していく。決して安易な自己満足あるいは自暴自棄に陥らないことであります。

・専門になるほど富士山のように裾野が広くなければならぬ。専門に徹しようと思えば思うほど、まるで無関係な何の因果もないようなところに、とんでもない因果の関係がある。

・壺中有天:自分の現実生活の中に別天地を持つこと。哲学でも趣味でも何でもいいが、別の世界を現実の中に持っていること。

・東洋哲学の「止」=とどまる。ものに打ち込んで一つになるという文字。「止観」:ものに打ち込んで一つになると、本当の叡智というものと、直感力が出てくる。

・四耐:(1)冷ややかなることに耐える。人生の冷たいことに耐える(2)苦しいことに耐える。(3)煩わしいことに耐える。(4)閑に耐える。

・人に嫌われぬための五箇条
(1)初対面に無心で(慢心や偏見を持たずに接すること)
(2)批評癖を直し、悪口屋にならぬこと。
(3)努めて、人の美点・良所を見ること。
(4)世の中に隠れて案外善いことが行われているのに平生注意すること。
(5)好悪は問わず、人に誠を尽くすこと。

・八観法:ダイナミックな人物観察法(「呂氏春秋」より)
(1)通ずれば、その礼するところを観る。少し自己がうまくいきだした時に、どういうものを尊重するか。金か位か、知識か、技術か、何かということを観るのです。
(2)貴ければ、その挙ぐるところを見る。地位が上がるにつれて、その登用する人間を見て、その人物が解るというものです。
(3)富めば、その養うところを見る。たいていは金ができると何を養いだすか。これは誰にも分かりよいことです。たいていは着物を買う、家を建てる、骨董品を集めるー決まりきっています。
(4)聴けば、その行うところを観る。聴けば、いかに知行が合一するか、あるいは矛盾するかを観る。なかなか実行となると難しいものです。
(5)止まれば、その好むところを観る。この「止まる」は俗に言う「板についてくる」の意です。
(6)習えば、その言うところを観る。習熟すれば、その人の言うところを観る。話を聞けば、(学問がどの程度身についているか)その人の人物・心境がよく分かる。
(7)貧すれば、その受けざるところを観る。貧乏すると何でも欲しがるというような人間は駄目です。
(8)窮すれば、そのなさざるところを観る。人間は窮すれば何でもやる、恥も外聞もかまっておられぬ、というふうになりやすい。

・六験法:感情を刺激して人を観察する法(「呂氏春秋」より)
(1)之を喜ばしめて、以てその守を験す。喜びというものは我々の最も本能的な快感であります。人間は嬉しくなると羽目を外す。しかし我々には、外してならぬ枠がある。これが守です。ところが、いい気になって軽々しくこの枠を外すと乱れてしまう。
(2)之を楽しましめて、以てその僻を験す。喜びの本能に理性が伴うと、これを楽と申します。人は公正を失って偏ると物事がうまくいかない。僻する人間はいろいろのことに障害が多いものであります。
(3)これを怒らしめて、以てその節を験す。怒りというものは、非常に破壊力を持っておる。感情の爆発ですから、それをぐっとこらえる節制力を持っているのは頼もしい人物です。
(4)これを懼(おそ)れしめて、以てその独を験す。この「独」とは絶対性・主体性・独立性を意味する言葉で、単なる多に対する孤独の独ではない。
(5)これを苦しましめて、以てその志を験す。苦しくなると理想を捨ててすぐに妥協するような人間は当てになりません。
(6)これを哀しましめて、以てその人を験す。悲哀はその人柄全体をよく表します。

・禅の「関」(くわん):人生はしばしば出会わなければならぬ関所を幾つも通り抜ける旅路である。難しい、解き難い、通り難い、すなわち難解難透の関をいくつか通りますうちに、ついに真の自由ー古い言葉で申しますと無礙自在というような境地に到達して、すなわち「無関に遊ぶ」こともできるようになります。

・絶えず精神を仕事に打ち込んでいく。純一無雑の工夫をする。「心に一処に対すれば、事として通ぜざるなし」(対心一処、無事不通)

・心を養うには「無欲」が一番よい。つまらぬことに気を散らさぬこと。

・心中常に喜神を含むこと(どんなに苦しいことに遭っても、心のどこか奥の方に喜びを持つということ)。心中絶えず感謝の念を含むこと。常に陰徳を志すこと。




【目次】

組織盛衰の原理
 近代中国にみる興亡の原理
 明治・大正・昭和三代の盛衰
 兵書に学ぶリーダーの心得―孫子・呉子・六韜三略より

東洋思想と人間学
 「万世ノ為ニ太平ヲ開ク」―終戦の詔勅秘話
 人生の五計―人生観の学問
 見識と胆識
 人間学・人生学の書

運命を創る
 運命を創る―若朽老朽を防ぐ道
 次代を作る人々のために
 若さを失わず大成する秘訣

「気力」を培う養生訓
 敏忙人の身心摂養法
 憤怒と毒気

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◇1912 『地図で見るアメリカハンドブック』 >クリスティアン・モンテス/原書房

地図やグラフがたくさん載っていて、ビジュアルでアメリカのことを理解できそうかなと思い購入。発行日が2018年と新しいのも手に取った理由。

ページ数は170ページほどあるのだが、図が多いため2時間もあれば読了できるボリューム。さまざまな角度からアメリカのことを分析しているが、私自身がこれは重要だとフックがかかったのは、移民、宗教、銃社会といった項目。完全に池上さんの『そうだったのか!アメリカ』の影響を受けている。

せっかく別の本を読むのだから、別の切り口で物事を捉える必要があるだろう。そういった観点からすると、「都市化」「エネルギー(シェールガス)」「イラクとアフガニスタンの軍事的失敗」といったポイントが重要であろうか。

巻末には重要な映画と文学作品というページもあり、こちらも参考になりそうである。



【目次】

国の誕生と確立
大国の矛盾
アメリカン・ウェイ・オブ・ライフとその裏側
アメリカはまだ世界の憧れか?

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◇1913 『人物を創る』 >安岡正篤/プレジデント社

安岡先生の講演録。読了して感想を書かないまま放置しており、シリーズを再読してから感想を書こうと思っていたのだが、アメリカ駐在が決まりバタバタとしてきて時間がなくなってきた。この手の書籍については、できれば原文をそのまま引用しておきたいのだが、講演録のため話し言葉であり、今回は私が理解した範囲で要約して記録しておくことにする。まぁ要約した方が、後から読み返すのに時間がかからないし、自分の言葉で記録するので記憶にも定着しやすいのだが。

本書は経書の一つである『大学』『小学』について、安岡先生が解説しているもの。日々の行いについての原理原則について学ぶところが多いものである。

それでは要約。

・本は「読まれる」のではなく「読む」こと。本が主、自分が客ではなく、自分が主、本が客であるべき。知識も同様で、知識がある人は偉い人のように感じてしまうが、知識自体に本質的価値はない。知識に立脚して自らが主体的に考え、生きた学問(活学)にしていかなければならない。

・陶鋳力とは山鹿素行の言葉で、消化力・包容力のこと。日本人は東洋・西洋の宗教・食文化などさまざまな文化を自由自在に消化してきた。

・徳:宇宙生命より得たるもの。人間はもちろん一切のものは徳のためにある。

・道:我々の「徳」の発生する本源、これを包容し超越している大生命を「道」という。「道」とは、これによって宇宙・人生が存在し、活動している所以のもの、これなくして宇宙も人生も存在することができない。その本質的なものが「道」で、それが人間に発して「徳」となる。

・「明徳を明らかにする」とは「我々の持っている能力を発揮する」ことで、明徳を明らかにしようと思えば、かえって玄徳に根ざなねばならぬ。(明徳とは意識できる範囲の徳のこと。玄徳とは意識下に自覚されない無限の領域にある徳のこと)

・我々が本当に知を致むる−真知に到達するためには、法則・心理というものを正しく把握しなければならない。

・漢民族は自分の文化を中心にそれの及んでいる厚薄・濃淡に従って世界を分類した。自分たちの理想精神を化外にまで広めて、それによって人類を救うという、一種のメシヤ思想を多分に持っている。

・シンギュラー・ポイント(特異点)というものを注意しなければならない。指導的地位が高くなると、その人の特異点は非常に高くなる。だから一言一行を慎まないと、とんでもない影響を及ぼす。まさに「一人貪戻なれば一国乱を作す」。

・人間生活のよって立つ根本はなんといっても道徳。この道徳の基本的な精神・情緒といったものを培養しなければ、人間の生活は発達しない。

・「習(ならい)、知と与(とも)に長じ、化、心と与に成る」:物事はどうしても時間をかけて習熟する必要がある。価値のあるもの精神的なものほどインスタントでは駄目。

・本当の智というものは物を分別すると同時に、物を総合・統一してゆかねばならない。末梢化すれば常に根本に還らなければならない。これが円である。どれが根本でどれが末梢であるかをよく知って、根本を培養しなければならない。

・人物が出来ると、身体・言語動作が決まってくる。修養を積むと「定静」の境地に定まってくる、落ち着いてくる。

・寧静致遠:諸葛孔明の子を戒める手紙にいう、君子の行いは、がさつではいけない。静かに落ち着いて身を修め、末梢的な欲望に打ち勝って徳を養うことだ。淡白でなければ、高邁な理想を明らかにすることはできない。寧静でなければ、遠大な経綸を達成することはできない。そもそも本気で学ぶ者は、がさがさすることなくすべからく静かでなければならない。世間で役に立つ才識は、学んで初めて身につくものである。学ばなければ才を豊かにすることはできない。寧静に努力を持続しなければ、学問を成就することはできない。いい気になって怠けておったのでは、学の精粋をきわめることはできない。心険しく騒がしければ、生来の個性を磨きだすことはできない。時が過ぎるとともに、人はいつしか年をとり、何事かを為さんとする意欲も消え失せ、遂には年老いて尾羽打ち枯らし、貧居に悲しみ嘆いたとて、どうして取り返すことができようぞ。




【目次】

1 活学とは何か

2 政教の原理「大学」
 自己を修め人を治める学
 「道」に則れば人間無限の可能性(三綱領)
 致知格物・治国平天下の因果物(八条目)
 三綱領八条目の典拠

3 処世の根本法則「小学」
 道に始めなく終りなし
 独を慎む
 人と交わる
 子弟の告ぐ

4 古本大学講義
 人生の指導原理「経学」
 学問・修養は烈々たる気風の持主こそがやるべき
 土地の明徳
 是非善悪の葛藤を止揚
 人物が出来ると身体・言語動作が決まってくる
 為政者が陽明学を排斥する理由

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◇1914 『首都感染』 >高嶋哲夫/講談社文庫

背表紙あらすじ:二〇××年、中国でサッカー・ワールドカップが開催された。しかし、スタジアムから遠く離れた雲南省で致死率六〇%の強毒性インフルエンザが出現!中国当局の封じ込めも破綻し、恐怖のウイルスがついに日本へと向かった。検疫が破られ都内にも患者が発生。生き残りを賭け、空前絶後の“東京封鎖”作戦が始まった。

『夏の災厄』をKindleで読了後、本書がレコメンドされてきた。基本的にAmazonのレコメンドなど人工的な推薦には、あまり惑わされないようにしているのだが、本書『首都感染』に関しては、妙な魅力を感じてしまい、その場で購入。すぐに読み始めることができるのが電子書籍の魅力。

具体的な時代設定はなされていないが、中国でサッカーのワールドカップが開催されるという近未来。その中国で強毒性の鳥インフルエンザが発生したという設定。中国政府は自国開催のワールドカップに水を刺したくないが故に事実を隠蔽し、事態を悪化させていく。

本書で扱われている鳥インフルエンザはウイルス性の感染症で、飛沫感染または接触感染する。ワールドカップから帰国した人々を通じて、世界各国へ一気に感染が広がっていく。罹患すると、致死率は60%。有効なワクチンはなく、病院はベッドが足りず医療崩壊が発生。多くの人々が亡くなっていく。

致死率60%というのを除くと、どこかで聞いたような話である。目に見えないウイルスは、その怖さが伝わりにくい。今回、世界中で発生している新型コロナウイルスは、不幸中の幸いと言おうか、致死率が2%程度にとどまっている。(それでも亡くなった方が1万人を超えているのだ。謹んでご冥福をお祈りしたい) もしかしたら、新型コロナによって、将来の本格的な強毒性ウイルスに備えての予行演習をさせてもらっているのかもしれない、などと感じてしまった。

さて、本書では世界中が感染に苦しむ中、日本だけが例外的にウイルスの封じ込めに成功している様が描かれている。早期の空港閉鎖と入国拒否、そのバリケードが破られてしまった後には首都圏の完全封鎖。現実的にはあり得ないような様だが、中国の封鎖状況を見ていると、現実的であってもおかしくないと、肌寒いリアリティを感じてしまった。

非常に優れたシミュレーション小説だが、1点だけ気に入らないところが。主人公が総理の息子で世界的な感染学の医者という設定なのだ。親子の確執と和解も小説のワン・テイストとして描かれているのだが、個人的には余計なテイストだと感じてしまった。感染に立ち向かう医師の姿を、淡々と描いた方がリアリティが増したように感じる。まぁ息子の言うことだから首相も真剣に耳を傾けたのかもしれないが。(今の日本では、本書に登場するような政治家のリーダーシップは期待できないであろう)

最後は一応、希望の光が見える形でのラストシーンとなっているが、現実の世界に目を向けると、そうそう簡単にワクチンができる訳ではなく、果たしていつ収束するのやら。人間、ゴールが見えない戦いには弱いとよく言われるが、この終わりなき戦いには、閉塞感と疲弊感が伴う。この小説のもう1つの効用は、そんな中でも未来を信じて希望を持ち続けることの大切さを教えてもらった点であろうか。

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◇1915 『人生の大則』 >安岡正篤/プレジデント社

『運命を創る』『運命を開く』に比べると今ひとつかなと感じてしまった。まぁこういった書籍は、読むタイミングや読んだときの自分が置かれている環境によって感じ方が異なってくるもの。また別のタイミングで手に取ると、違った感想を抱くのであろう。

本書におさめられている聖徳太子の十七条憲法と、佐藤一斎の重職心得箇条は、哲学としても面白い。こちらは少々長文になるので、コピーを取って手元に置いておきたい。

それでは今回も、私なりの理解で要約したものを記録しておきたい。

・スピノザ曰く、不安と懐疑は別物である。不安は自己の無力から出る漠然たる感情。懐疑は誰にでもできるものではなく、しっかりとした中核的思想を持たなければできないもの。むしろ危険なのは、大切な指導的地位にある人々が当然為すべき懐疑を為さないで漫然たる不安に生きることである。我々は無用な不安に生きるべきではなく、しっかりした中核的思想を抱いて、価値のある懐疑をしなければならない。それによってのみ問題を解決し、進歩してゆくことができる。

・飲食は適正か、毎晩安眠熟睡できるか、心身に影響する悪習慣はないか、適当な運動をしているか、日常一喜一憂しやすくないか、精神的動揺があっても仕事は平常通り続け得るか、毎日の仕事に自分を打ちこんでいるか、自分は今の仕事に適しているか、現在の仕事を自分の生涯の仕事となし得ているか、自分の仕事と生活に退屈していないか、たえず追求すべき明確な問題を持っているか、人に対して誠実であるか、人間をつくるための学問修養に努めているか、エキスパートになるための知識技術を修めているか、信仰・信念・哲学を持っているか。

・性格教育が重要。明朗、清潔、正直、同情、勇気、義侠、反省、忍耐というような徳性が人間の本質である。

・西郷南洲(隆盛)は激しい陽性の人に見える反面、内面では隠遁的な志を抱いて悩んでいた。井伊直弼は残忍な鉄血政治家に見えるが、内面では茶・和歌・禅にたしなみ内面的な人格であった。一見矛盾するがごとき二つの魂を統一して、大きく抱懐することで、言うに言えない魅力ある風格がでてくる。

・才が無いと世の中は発展しないが、才に過ぎると世の中は崩壊する。『資治通鑑』では才と徳について書かれており、才が徳に勝ったものを小人、徳が才に勝ったものを君子と呼んでいる。

・『荘子』に名高い混沌の話がある。混沌というのは中央の天子の名前で、南海の帝を儵(シュク)といい、北海の帝を忽(コツ)という。これはいうまでもなく刹那的なるものの代名詞である。混沌というのは全き存在、永遠の存在の象徴である。そうして『荘子』にはその南海の天子と北海の天子とが中央の天子の混沌のところに遊んで非常に歓待されたと書いてある。枝葉的なものは根本によって存在するのである。根本が健やかなる時は、枝も葉もすべて派生的のものがみずみずしく栄える。そういう派生的なものを歓待するのが根本の働き、根幹の働きである。混沌が歓待したというところに妙味がある。さて南北二帝が中央の混沌にお礼をしたいというので協議した結果、人間には眼・耳・鼻・口など七つの竅(あな)がある。混沌にはそういうものもなく、ずんべらぼうである。一つ人並みに孔を開けてやろうではないかというので、一日に一つずつ孔を開けた。そして七竅が開いた時には混沌は死んだ。実に意味深長な面白い話である。




【目次】

人間の不和がもたらすもの
自然の中の大和
大和的人間の在り方
経世と大和
東西文化と陰陽相対性原理
大和のための原則
大和と日本民族文化

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◇1916 『論語の活学』 >安岡正篤/プレジデント社

要約して簡潔に引用をと思いつつ、簡潔ではなくなってしまった。引用するのに力を割いてしまったので、感想は無し。論語に関する書籍ということで、「義」「仁」「命」「信」「忠」「恕」などと言った漢字の根本的な意味が丁寧に解説されているのが興味深い。

・「利の本は義」「利は義の和なり」という。したがって本当に利を得ようとすれば「いかにすることが義か」という根本に立ち返らなければならない。

・釈迦、孔子、ソクラテスの三人の偉人が紀元前5、6世紀の頃に相前後して世に出た。

・結局つきつめて言うならば、人間が健全であるか、頽廃するかというか、ということの二つに帰着する。人間というものは、苦難の中から成功するのであるが、いざ成功すると、容易に頽廃・堕落して、やがて滅亡する。「成功は常に苦辛の日に在り、敗事は多く得意の時に因る」

・そもそも達人というものは、性質が真っ直ぐで、名や利を好むのではなくて、人間がいかにあるべきか、また為すべきか、という義を好み、人の言うこと・主張することをただ言葉どおりに聞くのではなくて、よくその言葉の奥を察して真実を見究め、万事心得たうえで謙遜に人に下るのである。

・「君子、多能を恥ず」 いろいろなものに手を出すのは、それだけ気を散らすということ。能力を一つのことに集中すべし。細かいことに多能になるよりも、無能になった方がよい。

・「子の驕気と多欲と態色と淫志とを去れ、是れ皆、子の身に益無し」 俺が俺がという態度が「驕気」、それから「多欲」、「態色」はゼスチュア、なんでもかんでもやってのけようというのが「淫志」である。

・「政治に一番大切なことは、またしたがって最も心配すべきことは、善悪をわかたざること、はっきりせぬことだ」

・驕かつ吝であるということは、つまり徳がないということ。

・非を知り、否定し去って、初めて新しくやり直すことができる。

・「倦むこと無かれ」 途中で嫌になってはいかん。人間というのもは、自分の思うようにならぬと、つい嫌になりがち。これはおよそ人に長たる者の常に注意しなければならぬこと。

・小事にその人間がよく現れる。

・「君子は言に訥にして、行に敏ならんことを欲す」 言葉は訥がよい。しかし実行・行動はきびきびと敏でなければならぬ「訥言敏行」

・「器」というものは用途によって限定されている。いかに立派であっても便利であっても、器はどこまでも器であって、無限ではない、自由ではない。これに対して「道」というものは、無限性、自由性を持っている。したがって「道」に達した人は、何に使うという限定がなく、自由自在で何でもできる。

・人物たるに、まず一番根本的に具わっていなければならないものは「気力」である。気力というものは、その人の生を実現しようとする絶対者の創造的活動であり、必ず自ら実現しようとする何物かを念頭に発想するもの。これが理想あるいは「志」である。この「志」が立つにしたがって、人間が本来具有している徳性・理性により「反省」というものが行われ、何が執り行うべきことか否かの判断・決定、すなわち「義」と、単なる欲望の満足にすぎぬ「利」との弁別が立つ。「利」が「義」と一致するほど、本当の利であり、義こそが「利の本」である、利は「義の和」である。

・価値判断力や判別能力を「見識」・「識見」と呼ぶ。見識は単なる知識とは異なる。知識は頭の機械的な働き(本を読んだり、講義を聞いたり)によって幾らでも得られるもの。見識は、理想を持ち、現実のいろいろな矛盾・抵抗・物理的・心理的・社会的に貴重な体験を経て、生きた学問をしてはじめて養われるもの。それが現実のさまざまな矛盾や悩みに屈することのない実行力、決断力を持つときに「胆識」になる。

・人間内容が人生の大権を積んで、だんだん磨かれてくると、それだけ深さ、確かさ、不動性などがおおきくなってくる。これを「命を知る」「命を立つ」「命に達す」などという。ここに「信」という徳ができ、信義・信念・信仰となる。

・慈悲・仁愛の心は人格のもっとも尊い要素すなわち徳であり、智慧・信念と相まって人を申請にする。人間は必ずしも知の人でなくともよい、才のひとでなくともよい。しかし、どこまでも情の人・愛の人でなくてはならない。

・人間の諸内容、もろもろの徳が和合してくると、宇宙も生命人格も一つのリズム・風韻をなしてくる。人間そのもの、人格自体がどこか音楽的なものになってくる。これを風格・風韻・韻致などという。

・「省」ということは本当に大事なことであり、人間万事「省」の一字に尽きる。「省」は「かえりみる」と同時に、「はぶく」と読む。かえりみることによって、よけいなもの、道理に合わぬもをがはっきりわかって、これをはぶくことができるからである。

・忠恕の「忠」とは文字通り「中する心」で、限りなく進歩向上する子事が「忠」である。弁証法的進歩、つまり相対立するものを統一し止揚して、限りなく進歩向上してゆくことである。同様に「恕」は心と如(恕の旁は口ではなくて領域世界を表す口で、女の領域・女の世界、転じて天地・自然・造化を意味する)、造化そのままに進んでゆくことである。「ゆく」で分からなければ「来る」でもよい。即ち「如来」である。女性は子を生み育てる。女は造化そのもので、大きな愛、大きな慈悲を以てすべてを包容してゆく。そこれ恕を「ゆるす」とも読む。理想に向かって限りなく進む方を「忠」、包容してゆく方を「恕」で表し、結んで「忠恕」という。

・自分がわかっている心算でも案外わかっておらぬものだ、ということを悟ることがさらに大事。

・人間は、本当に人間に立ち返れば立ち返るほど、良心的になればなるほど、偏見・偏心を捨て去って、己を空しうして謙虚に学ばなければならない。いささかの理論の書物などをかじって、もう得たり賢しで大言壮語するのは最も浅薄であり、最も愚劣である。

・「時に之を習う」は「その時代、その時勢に応じて学ぶ」という意味。学問・学習というのは、時どきこれを習うのではなく、その時代、その時勢に適切に勉強してこそ学問・学習と言えるので、時代・時勢を離れて学問したのでは、空理・空論になってしまう。

・孔子は4つのことを絶たれた。私意・私心というものがなく、自分の考えで事を必する、即ち独断し専行することがなく、進歩的で、かたくななところがなく、我を張らなかった。

・「利は智をして昏(くら)かしむ」 「利」というものは、目先のものであり、官能的なものである。言い換えれば、枝葉末節なものである。だから単にそれだけに捉えられていると、人間は馬鹿になってしまう。

・「人が己れを知ってくれようがくれまいが問題ではない、そもそも己れが己れを知らないことのほうが問題だ」 たいせつなことは、まず自分が自分を知るということである。そこに気がつけば、人のことなど苦にならなくなる。

・人間の美というものは、その人間の素、生地にある。いろいろのものをつけ加えるということではなく、その人間の素質を生き生きと出すようにする。と言っても、持って生まれたものをそのまま醜くむき出しにするのではない、美しく映えるように磨き出すのである。

・「仁」は天地が万物を生成化育するように、我々が万事に対して、どこまでもよくあれかしと祈る温かい心・尽くす心を指す。したがって、とにもかくにもその仁に志すようになれば、何事によらずその物と一つとなって、その物を育ててゆく気持ちが起こってくる。だから、好き嫌いが激しいというのは、要するにまだ利己的でけちな証拠である。少し大人になると、自然に何事にも好感が持てるようになる。

・過失を犯したときにその人柄がよく現れる。善事や功業は人が意識してそのために己れを矯(た)めるが、不用意の間に暴露する過失というものは自己を露呈するものである。




【目次】

1 論語の人間像
 孔子を生んだ時代相
 最も偉大な人間通―孔子の人間観
 理想的人間像―晏子、子産、周公、きょ伯玉
 孔子学園の俊秀たち―子路、顔回、子貢、曾参

2 論語読みの論語知らず
 孔子人間学の定理―「利」の本は「義」である
 論語の文字学―孝、疾、忠、恕
 論語の活読、活学―古典の秘義を解く鍵

3 論語為政抄
 論語為政抄
 孔子について―講義草案ノート

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◇1917 『運命を開く』 >安岡正篤/プレジデント社

講演録なので、同じ話が何度か繰り返されるのは仕方のないこと。以前であれば、また同じ話かと投げ出していたかもしれないが、今の心境としては、大事な話だからこそ何度も繰り返すのだろう、と思えるようになった。本書は、先日読了した『運命を創る』と同じような内容のものが多いと感じたが、別の語り口調のものを読むことで、より理解が深まるというものだ。

本書でも、知識よりも「徳性」を高めることの重要性が説かれており、そのためにも良書を読むことが推奨されている。結局、本質というのは簡単でシンプルなものなのかもしれない。しかしながら、その簡単・シンプルなものを、継続するのが難しいのだ。

・人間は学ばなければいけない。学問をすることによって初めて気がつく。不明が不昧になる。むしろ、出来れば出来るほど、経験を積めば積むほど、やはり学ばなければならない。ところが人間は少し成長し、少し仕事をするようになると、学ばなくなる。学ばなくなるから不明になる。

・革命建設を成功させ永続させるために、どうしてもなければならぬことは、原理原則に従って、その弱点を救済する「精神性」であり、結局「教え」というものである。これがないと没落は時間の問題である。

・挨拶の挨と拶は、もともと「物がぶつかる、すれあう」という文字で、物事がぴったりすることを「挨拶」という。だから、挨拶する際には、相手の思っていることに、ぴたりと的中するような言葉がでなければならない。

・物が足るのは結構なことだが、足ると人間はまた誤る。物は中庸を得なくてはならない。中庸とは調和。アンバランスが一番いけない。

・「才」には「わずかに」という意味がある。「才」は僅少であり、ちょっと頭を出したばかりの能力のこと。才とか知とかいうものは、たいせつなものであるが、その反面危ないものである。人間が才に走ったり、知に過ぎたりすると、つまらない味のものになる。「徳」とは、自然が物を生み育てるように、我々の中に在る凡(およ)そ物を包容し育成する能力を言う。才が徳より優れている人間を小人、反対に徳が才より優れている人間を君子といい、才徳二つとも大いに発達している者を聖人、才徳ともつまらない人間を愚人と言っている。

・「賢にして財が多ければ過ちを益す、小人にして財多ければ愚を増す、子孫には財を残さず徳を残すが一番である」

・経済の「経」という字は織物の縦糸となって織物を「おさめる」。そしてそれは衣服となって「つね」に着られるという意味になる。「済」とは穀物の穂が伸びそろって整っているというのが元来の文字である。よって済とは、皆そろってみずみずしく成長している姿で、すべての関係者をそろって伸ばすこと、満遍なく守り立てる意味である。よって、経済家とは、投機をやったり不正を働いたりするのではなく、常に変わらぬ法則をもって、常に変わらず人に対して、あらゆる関係者を公平に守り立ててゆくような行為をする人のことである。

・新聞、テレビ、映画などの刺激ばかりを受けていたら一億総白痴化してしまう。人間が機械のようになってしまい、自主的な個性的な思考や、情操を養う余裕がない。文明が発達するが如く見えて、人間が無内容になりつつある。

・一番大事な人間たる本質、人格としての人間たる本質と言うべきが「徳性」である。たとえば心の明るさ、清さ、人として人を愛する、助ける、人に尽くす、恩を知る、恩に報いる。正直、勇気、忍耐など、そういった貴い心の働きを徳性という。

・「徳性」の次に重要なのが、見過ごされがちである「習慣・慣習」である。「習慣は第二の天性である」「人生は習慣の織物である」

・尋常教育の「尋常」は文字通り「常を尋ねる」という意味。「平常心これ道」と言い、人間はいかなることがあっても平常と変わらぬ、平常からちゃんと覚悟ができていることが大切。

・良い木を育てよう、あるいは良い花を咲かそう、良い実を成らそうと思えば、始終、植木屋のように剪定をする必要がある。枝葉を刈る必要がある。あるいは花や果物をもぎる必要がある。これを果断、果決という。決も断も、もぎることである。

・宗教と道徳を、東洋哲学では1つにして「道」という。道というのは、人間がこれを踏まなければ目的地へ到達しない、進歩しない。目的に向かって進むという意味、実践という意味を具体的に徴して「道」という。

・人間というものは、トントン拍子に伸びていったときが衰えの始まりである。懐の蒸れとはいい気になること。換言すれば、いい気になって、昔を忘れて、ぼつぼつと忠言を聞かなくなる。

・「田」という字の周囲の口は土地の一定区画を表す。真中の十は縦横の道を表す。即ち田には道が大事ということ。すべて縦横に道をつけなければ、農業だけでなく人生すべてのことに通じる。どこへ行くにも、何をするにも、まず道をつけなければならない。

・物事は末梢化、即ちだんだん分派するうちに、次第に根や幹から遠ざかる。根から幹から遠ざかるということは、それだけ生命力が希薄になる。それから全体的統一を失ってくる。だから末梢部分というものは非常に脆弱で、すぐ枯れ、すぐ散る。分派するほど、そこに統一というものがなければならない。統一があることによって、初めて全体と結ばれ、永続ということができる。つまり、全体性とか、永続性・永遠性というものは、統一によって得られる。

・専門家になるということは、昔のように他から孤立するということは、もう時代遅れである。専門化するということは、複雑微妙な連関性に立っているということ、総合的関係を把握するということでないと、本当の専門とは言えない。

・素直、真っ直ぐ、即ち「直き心」、仏法でも「直心(じきしん)」という。直心が人間を作る道場である。

・「鈍」は時に大成のための好資質とさえ言うことができる。鈍はごまかさない。おっとりと時をかけて漸習する。利巧な人間は、とかく外に趨(はし)り、表に浮かみ、内を修めず、沈潜し難く、どうしても大成しにくいもので、味がない。

・始終、愛読書・座右書を持つ。それはなるべく精神的価値の高い、人間的心理を豊かに持っておるような書がよい。たえず心にわが理想像を持つ、私淑する人物を持つ、生きた哲学を抱く。これが我々が人間として生きてゆく上に最もたいせつなことである。

・中道の「中」というのは常識的な意味の「真ん中」という意味ではなく、陰陽が相和して、活発な創造に進むことを「中」という。

・アンビシャスな人ほど、内省的である必要がある。どちらかといえば、反省する方が強いという人の方が、人格としては上である。




【目次】

活人活学
 現代に生きる「野狐禅」―不昧因果の教え
 家康と康煕帝―守成の原理について
 漢字のマネー哲学―金を負む者は負ける

「人間」を創る
 「人間」を創る―親と師は何をなすべきか
 父親はどうあるべきか―細川幽斎と西園寺公望
 「道徳」の美学
 東洋哲学からみた宗教と道徳

運命を展く
 中年の危機―樹に学ぶ人生の五衰
 大成を妨げるもの―“専門化”の陥し穴
 夢から醒めよ―邯鄲の夢
 運命を展く―人間はどこまでやれるか

養生と養心
 養生と養心―易学からみた心と体の健康法
 「敏忙」健康法

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◇1918 『シン・ニホン−AI×データ時代における日本の再生と人材育成』 >安宅和人/ニューズピックス・パブリッシング

米国駐在が決まってから、アメリカに関する本を買い集めるとともに、日本についても、もっと深く知っておく必要があると思い、日本に関する考察を行った本を数冊買い求めた。そんな折、たまたま目についたのが本書である。もともとは、日本の文化的・歴史的な良さが書かれているような本を求めていたのだが、本書はどちらかというと、技術的・未来的な視点での著書である。

筆写のAIに対する深い造形に始まり、そこから感じる日本の教育に関する提言、環境に対する提言など、非常に広範な日本論になっている。もちろん教育も環境も大事なのだが、一番興味深く読み進めたのが、日本とAIの関係である。特に重要だと感じ、日本にも明るい未来があるのではないかと希望を抱かせてくれたのが、次の2つのポイントである。

・技術革新には3つのフェーズがある。第1のフェーズはまったく新しい技術やエネルギーを創出する時代。第2のフェーズはこの新しい技術が実用性を持つようになり、さまざまな世界に実装される時代。第3のフェーズは新しく生まれてきた機械や産業がつながりあってエコシステムを生み出す段階。日本はフェーズ1を経験したことがないが、フェーズ2や3に強い。AIについてはフェーズ1の段階がそろそろ終わり、フェーズ2に差し掛かっている。ここから日本が巻き返すことは十分に可能である。

・データ×AIの世界には、入口系と出口系とがある。入口系は外部から入ってくる基礎的な情報をどのように仕分けるか、識別するかという話であり、対象は音声、画像、言葉など。一方、出口系はヘルスケア、住宅、教育、金融などといった実際の産業での用途や、その構成要素としての調達、製造、物流、マーケティング、人事といった機能側の話。入口側の機能は業界横断的、すなわち水平的だが、出口側は業界もしくは機能に特化しているという意味で垂直的であると言える。垂直領域は深いドメイン知識に基づく作り込みと、汎用性だけでないセミカスタム力がカギになるため、日本の持ち味の一つである現場・顧客に寄り添う力が生きてくる。日本はほぼすべてのオールドエコノミーをフルセットかつ世界レベルで持っている数少ない国の一つであり、今後出口系のAIが発達してくるフェーズ2・3で強みを発揮できる可能性が高い。


日本が持つ「擦り合わせ」の強みが、AIのようなデジタルの世界でも生かせそうだという論にはワクワクさせられる。私のような世代は、勝海舟を目指せというアドバイスにも賛成だ。

それでは、その他にも気になった箇所を要約して引用しておきたい。

・指数関数的というのは不連続ではない。連続的ではあるがちょっと時間が経つと想像を絶する変化になってしまう。

・現代における「正しいAIの理解」とは、早い計算環境もしくは計算機(コンピュータ)に、情報を処理したりパターン学習したりするための情報科学技術(アルゴリズム群)を実装し、最終目的に即した膨大な訓練を与えたもの。訓練には通常かなりの量のデータが必要なので、「計算機×アルゴリズム×データ=AI」ということになる。データとAIは表裏一体。

・これからは「系」(=関連するシステム全体のこと)のパフォーマンスを見ながら、系そのものをチューニングすることが業務の中心になる。従来型のPDCAサイクルは半ば終焉する。

・世界経済の重心が急速にアジアに戻りつつある。つい200〜300年前まで世界経済のトップは長らく中国とインドであったが、産業革命以降、インドの植民地化や中国での阿片戦争を経て数百年に渡って抑えつけられてきた。この二大大国のプレゼンスが世界史上かつてなかったスピードで元に戻ってきている。

・これからの地政学的な重心の変化は日本にとって千載一遇のチャンスと言える。現在トップの米国の強い同盟国であり、これからトップに立つ中国の隣というこれ以上なく地政学的に有利な状況にいる。

・日本の生産性は欧米諸国に比べると数倍効率が悪い(業種によって異なるが通常2〜3倍程度、農林水産業では米国と40倍の格差)。ここから分かるのは、日本の大半の産業は「やるべきことをやっていない」ということ。まだ着手できていない宿題が沢山あり、多くの分野で「伸びしろ」は巨大である。

・日本の教育における数学的知識の欠落:(1)基本的な問題解決能力の欠落−問題を定義できない、結論を出すことができない。(2)数字のハンドリングの基本が欠落−指数と実数の使い分けができない、指数を指数で割ったりする。(3)分析の基本ができていない−数字を並べることと分析の違いがわかっていない、軸を立てるということの意味がわかっていない。(4)基本的な統計的素養がない−平均を鵜呑みにする、サンプリング・統計的な優位性の概念の欠落。(5)情報処理・プログラミングについての基本的な理解がない。

・ミドル・マネジメント層は、いい年をして坂本龍馬を目指すのではなく、若者たちの挑戦をサポートし、励まし、金を出し、必要な人をつなぐという、勝海舟的なロールを担うべきだ。

・マネジメントとは結局、(0)あるべき姿を見極め、設定する。(1)いい仕事をする−顧客を生み出す、価値を提供する、低廉に回す、リスクを回避する他。(2)いい人を採って、いい人を育て、維持する。(3)以上の実現のためにリソースを適切に配分し運用する。この4つである。AI社会に向けた取り組みとして、日本に必要とされているのは(2)と(3)である。

・これからは誰もが目指す分野で一番になる人よりも、あまり多くの人が目指さない領域あるいはアイデアで何かを仕掛ける人が、圧倒的に重要になる。ビジョンを描き、複数の領域をつないで形にしていく力を持っている人が遥に大切になる。

・大切なのは「人としての魅力」の育成。明るさ、前向きさ。心の強さ。信じられる人であること、人を傷つけたり騙したりしないこと。包括力、愛の深さ、心の優しさ。その人らしさ、真正さ、独自性。エネルギー、生命力、運気の強さ。リスクをとって前に進める提案力、実行力、推進力。建設的な発言。協力し合う、助け合う人柄、耳を傾ける力。ユーモア、茶目っ気。素敵な裏表のない笑顔。

・知識が一定の量を超えると、新しく知覚する内容が少なくなってくる。情報のロングテール性から半ば仕方のないことではあるが、この状態を「集めすぎ」と言う。知識を収集するのに費やす時間、投下する時間というリソース自体がもっとも希少な資源なので、ROI視点は持っておいた方がよい。(できれば若いうちに体幹的に学習しておくこと)

・「集め過ぎ」に陥ったと感じたら、別領域に進出し、何か新しく知覚できる領域の数を増やす努力は、アイデアを生み出すためにも必要である。複数の領域で知見を持っておくことによって、異なる領域間に何らかのアナロジー(類似性)を見出しやすくなる。

・知覚を鍛えるために必要なマインドセットは、言葉・数値になっていない世界が大半であることを受け入れること。感じることを幅広く受け入れられるようにすること。そのためのコツは5つ。(1)現象・対象を全体として受け止める訓練をする。全体として何が起こっているのか、個々の存在物を超えたパターンや特徴に注目し、そこでさらに共通・連関するパターン、特徴的な動きの意味合いを考える。(2)現象・対象を構造的に見る訓練を行う。複雑な現象の背景に一体どのようなルール(パターン)があるのかを探る意識を持ち、それぞれの階層構造を読み解くことを意識する。(3)知覚した内容を表現する。表現することで自分が何を分かったのかを理解する。この結晶化過程が、知覚する力・観察する力を高め、名前のついていない事象に向かい合う力を高めてくれる。(4)意図的に多面的に見る訓練をする。思いつく限りの視点やレイヤーから見てみる。他人の考えを聞いてみる。一段上または下のレベル構造で考えてみる。(5)物事の意味合いを深く、何度も考える。何度も何度も考え、問いを深めることで、深い知覚能力を鍛え上げる。

・講演などで質問すると、単なる知識を得ていく人と、気づきを得ていく人の2パターンあることに気がつく。後者は2〜3割程度。気づきの量は人の成長そのもの。人から聞いた話は忘れやすいが、新たに自ら気づいたことはそう簡単には忘れない。この積み重ねがその人の本当の力になる。

・AIを理解する上で必要な数学の知識:統計数理の基礎となる分布・ばらつき・確率的な概念、三角関数・指数関数ほか代表的な関数、二次曲線、数列、空間座標・複素数平面・極座標的な概念、線形代数の基礎となるベクトル・行列・内積・外積、極限・微分・積分の基礎概念とその図形的な意味。

・仕事=力×距離(force x displacement)

・高坂正堯『文明が衰亡するとき』、杉山正明『モンゴル帝国と長いその後』、ダロン・アセモグル『国家はなぜ衰退するのか』

・CO2の吸収量から計算した地球上の人口のキャパシティーは約50億人。現在の約3分の2.

・課題解決には2つのパターンがある。あるべき姿が明快で現状とのギャップを埋める打ち手を考えれば「ギャップフィル型」と、あるべき姿の設定から始めなければならない「ビジョン設定型」。後者の課題を前者のアプローチで解決しようとして行き詰っている企業が多い。現状、あるべき姿、ギャップ、ソリューションという構造は同じでも、ケリをつけるべきポイント(イシュー)が異なるのだ。




【目次】

1章 データ×AIが人類を再び解き放つ―時代の全体観と変化の本質
2章 「第二の黒船」にどう挑むか―日本の現状と勝ち筋
3章 求められる人材とスキル
4章 「未来を創る人」をどう育てるか
5章 未来に賭けられる国に―リソース配分を変える
6章 残すに値する未来

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◇1919 『デジタルで読む脳×紙の本で読む脳−「深い読み」ができるバイリテラシー脳を育てる』 >メアリアン・ウルフ/インターシフト

本書は、新聞の書評で見かけて、HONZのサイトでも紹介されており、その内読んでみたいなと思っていたところ、ブログのコメントでも推薦をいただき、これは読まねばとAmazonで取り寄せたもの。本の趣旨のせいか、Kindle版は販売されていなかった。(このブログ記載時点現在)

第1・2章は「読字」の科学的な分析であり、私にはちょっとハードルが高い内容だったが、理解半分程度で何とか読み進めた。第3〜5章が本書のポイント。第6章以降はポイントを踏まえての具体的な育児方法について述べられている。

第3〜5章を中心にたくさん付箋を張り付けたのだが、同じような内容が繰り返し述べられているところも多く、私の理解した範囲であえて大胆に要約すると次のようになるだろうか。

・デジタル媒体の文章は、読み手の興味を惹くために、短く読み易い文書が多い。これになれてしまうと、長文の読解が困難になる。

・インターネット上の文章は、飽きたら他の場所へクリックひとつで飛んでいけるため、集中力が持続しない体になってしまう。

・たくさんの文章を目まぐるしく切り替えて読む行為は、マルチタスクであり、強度の刺激を伴う。注意過多の状態は「恒常的注意力分散」につながる。

・文章を深く読み込まず、表層だけを拾い読みする行為を続けていると、思考を深めたり、洞察力を養ったりすることが損なわれてしまう。

・紙媒体であれば、理解できなかったところに簡単に回帰する(=戻る)ことができるため、文章に対する理解を深めることができる。

・デジタル媒体により、いつでも検索して必要な情報が入手できる状態に慣れてしまうと、自分で記憶するのではなく、外部記憶に依存するようになる。

・自分の中に蓄積された=記憶した情報がないと、間違った情報などが正しいかどうかを判断できなくなってしまう。(フェイクニュースを鵜呑みにしてしまうなど)

・画面で文章を読んでいると、キーワードを探して他は斜め読むするクセが付きがちである。このクセは、やがて紙の媒体を読むときにも出てきてしまい、理解の妨げになるリスクがある。


これらのことは私自身、うすうすそうではないかと感じており、何度かブログにも書いたことがある。大いに共感しながら読み進めた。しかしながら、筆者の主張はこれでは終わらず、「そうは言っても、今の世の中、デジタル媒体抜きでは生きていけない。よって紙媒体とデジタル媒体の両者のメリットを享受できるようになろう」と言うのである。

具体的には幼少期には絵本の読み聞かせをしたり、デジタル媒体に触れる時間に制限を設けたりして、紙媒体に触れることによる思考力や情緒を養成していく。その上で、デジタル媒体もきちんと使えるようにしていこうというのがコンセプトだ。

また筆者は、途上国にて教育を受けられない子供たちにも目を向けている。そもそも教師が圧倒的に足りない彼ら・彼女らに、デジタル媒体を活用することで字が読めるようにしてあげたいという想いを感じることができた。

総じて、興味深く読み進めることが出来たのだが、一点だけ引っかかった箇所がある。筆者が「マルチメディアによる物語は学ばなくてはならない新しい言語を教えるだけでなく、私たちの文化の重要な要素を伝えることができる」と述べている点だ。

米国主導にて、このようなデジタル教育を普及させ、英語の識字率を上げていくことで、途上国の人々も豊かな生活を手に入れるチャンスをつかむことが出来るようになるかもしれない。しかしながら、そこに用意された豊かな生活というのは米国流のものになるかもしれない。これは「緩やかな洗脳」に成り得るのではないかと懸念を覚えたのだ。

中国のアフリカへの進出が凄まじい勢いだが、同じように中国が子供たちにタブレットを配信し、中国語の教育を始めたらどうなるだろうか。言語とともに中国流の考え方(政治的な意味も含めて)を教育することにならないだろうか。

最後に1点、紙の媒体と、Kindle Whitepaperのように読書に特化した媒体との違いが、今ひとつ理解できなかった。(文中では、紙とKindleで小説を読み比べると、Kindleの方が理解度が低かったとの実験結果が紹介されている)

Kindle FireやiPadのKindleアプリを使っての読書であれば、すぐにメールをチェックしたり、気になる言葉が出てきたときにWebで検索したりと、気が散る行為を取りがちである。しかしながら、Kindle Whitepaperであれば、読書に入り込むことが出来るように感じるのだが。

米国に赴任してしまうと、日本語の紙の本を購入するのは難しくなるであろう。そんな時、頼りにしていたのがKindle Whitepaperだったのだが。。。



【目次】

第1の手紙 デジタル文化は「読む脳」をどう変える?
第2の手紙 文字を読む脳の驚くべき光景
第3の手紙 「深い読み」は、絶滅寸前?
第4の手紙 これまでの読み手はどうなるか
第5の手紙 デジタル時代の子育て
第6の手紙 紙とデジタルをどう両立させるか
第7の手紙 読み方を教える
第8の手紙 バイリテラシーの脳を育てる
第9の手紙 読み手よ、わが家に帰りましょう

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◎1920 『亡びゆく言語を話す最後の人々』 >K.デイヴィッド・ハリソン/原書房

久しぶりに素晴らしい本に出会った。不思議なことに、つい最近Amazonで取り寄せたばかりなのに、なぜ本書を選んだのかが思い出せない。本との出会いなど、そういったものなのかもしれない。

言葉に興味を持ったのは中国語の学習を始めてからであろうか。漢字と言う文字が日本に入って来ながら、発音はまったく異なることに興味を覚えたのがきっかけ。日本語の漢字体と中国の簡体字、香港・台湾の繁体字がなぜ異なるのかなど、歴史的な背景もあり面白い。極めつけは、明治維新後に日本が、欧米から輸入した英語などの外来語を漢字に当てはめていったもの(Economics=経済、Social=社会など)を中国が逆輸入したというエピソード。国を往来しながら双方向に発展していく、言葉の不思議さを感じたのだ。

本書を読んで、そんな「言語」に関して、民族そのものが少数化してしまい、周りの文化と融合するために自分たちの言葉を話さなくなっているという事実があることに衝撃を覚えた。冷静に考えると、さもありなんな状態なのだが、日本人のようにそれなりの人口規模を持つ国に住んでいて、かつ単一民族(アイヌのことなどは考慮しなければならないが)であると、考えたこともない事象である。

長い歴史を持つ言葉には、生活の知恵が沢山含まれているという話には感動を覚える。しかしながら、それらの言葉の大半は「文字」体系を持っておらず、すべて口承されている。筆者曰く、なんと言語の8割は文字を持っておらず、つまりはデジタル化などもされていないのだ。日々、インターネットを駆使して、分からないことがあれば、まずは検索という行為が当たり前になってしまった世の中だが、世界にはまだまだ知られていない暗黙知が沢山あるということに、驚きを覚えるとともに、人間の叡智の奥深さを覗き見た気がした。

インターネットには「ロングテール」という用語があり、これは1件あたりの数としては非常に少ないものが、件数的には非常にたくさんあり、グラフにすると果てしなく長く横に伸びていく様を表している。従来はマスの世界に目を向けられていたものが、ネットの発達によってマイナーなものにも目を向けられるようになってきたことを表すものだが、今だデジタル化されていない知恵が沢山あるという文書を読んだとき、すぐさまこの「ロングテール」を頭に思い浮かべた。いわば「目に見えないロングテール」である。

たまたま先日、紙の本とデジタルの本の比較論を読んだばかりだが、本書の筆者は文字(紙)ですら6000年の歴史しか持たないものであり、損なわれやすい脆いものだと喝破する。私の感覚からすると口承・口伝の方が損なわれやすいように感じるが、口承だからこそ、余計な情報はそぎ落とされ、本当に大事なものだけが伝承されていくのであろう。玉石混交、というよりも意味をなさない大量のデータが織りなすネットの世界とは真逆である。

私自身、外部記憶媒体としてこのブログを活用しているが、本当に大切な「知恵」に関しては、きちんと記憶していかなければならないと反省した。長年継続しているが故に、ブログの容量が増えてしまい、重要なことが埋もれてしまっている気もする。どこかで一度立ち止まって、今まで蓄積してきた知識や考えをを整理する必要があるかもしれない。

それでは気になった箇所を要約して引用。

・人類は三重の絶滅危機に直面している。生物種と生態系、そうした種や生態系についての伝統的な知の体系が、文字に記されていない少数言語の消滅とともに消えていく。

・言語(単語)の分割法の問題。「手」という単語が、手と腕の両方を含むことがあれば、「右手」と「左手」で異なる一語で示されることもある。言語学者が「手」のつもりで書きとった単語が、実は「左手」の意味だったことを、後で知ることになるかもしれないし、あるいは永遠に気づかないままかもしれない。

・例えばシベリア少数民族トゥバ族のトゥバ語には丘陵の短い側を指す「iy(イー)」という単語がある。筆者はこの単語を知るまで、丘が左右対称でないことなど意識したことがなかった。丘の短い方は急斜面で険しく、馬や山羊を連れて歩くには危険である。イーという単語を知ってからは、丘を見るたびにどちらがイーかを意識し、危険を回避するようになった。このように民族特有の単語は、土地の環境に合わせた暗黙知を包含していることがある。

・「先住民族が持つのは、彼らの生活様式を維持する権利だけではない。彼らは自分たちがともに暮らす動植物に関する重要な知識をも持っている。彼らの文化や習慣のなかには、環境に優しい方法で土地と生息環境を維持していくための秘密も大事いしまわれているのだ」 クラウス・デプファー

・北極圏に住むエスキモーのユピク族が持つ雪や氷に関する語彙は99種類以上ある。一つの言葉の中に、外観、質感、氷上を歩けるかどうかの安定性、季節や時期、狩猟に役立つかなど、様々な意味が含まれている。これは厳しい環境下で生き残るために長年自然を観察しつづけてきた英知の終結でもある。こういった言葉の中に、地球温暖化に適応するためのカギが隠されているかもしれない。

・ボリビアのカラワヤ族は数千年の時間をかけて生み出され受け継がれてきた薬草に関する豊富な知識を持っている。しかしながら、これらの知識体系は法的保護を受けておらず、「バイオプロスペクティング(生物資源探査)」の餌食になりやすい。製薬会社が飛びつき、先住民の伝統的知恵を盗み出し、使用料など一切払わないまま多額の収益を上げている例がある。

・チリのマブチェ族のリーダーは、彼らの言語であるマブドゥングンが、ウインドウズに組み込まれていると、ビル・ゲイツに「知的財産侵害」を訴える書簡を送った。これに対する世の中の反応は批判的なものが多かった(自分たちの言葉を死なせることになる、英語を使っているかどで彼らを訴えるべきだ、等)が、マブチェ族の人々は言語そのものが知恵だと考えているのである。

・生まれたときから知っていながらほとんど使わなくなったために言葉をなかなか思い出せなくなる状態を、言語学者は「言語摩滅」と呼ぶ。違う文化に溶け込もうとする移民は、何十年も母国語を口にしないかもしれない。発話しないことで神経経路は衰えていき、かつては自然と使えたごく単純なフレーズすら出てこなくなる。

・世界の言語の大部分は、文字をほとんど、もしくはまったく使っていない。何千年という間、先住民族の文化は、膨大な知識を整理し、広め、そして伝えていくという問題を文字の助けを借りず、口承(=物語、歌、詳細な意味を持つ単語など)によって解決してきた。口承によって伝えられた知恵は堅固であり、人類の歴史の大部分において、口承こそが知識を伝える唯一の手段となっていた。

・文字というのは、たかだか6000年程度の歴史しか持っていない。また、今のデジタル世代では、人工テクノロジーに頼る部分がますます増えてきているが、これは非常にもろく、簡単に消えてしまうかもしれない装置なのだ。現在の膨大な道具と技術によって、かつた私たちの記憶が行っていた仕事は外注に出された。記憶の補助具に囲まれた私たちは、一種の人工頭脳のごとくにそれに頼って安楽な生活を享受している。

・インターネットの中には膨大な知識があるように思われているが、世界の言語の8割は、いまだにまったく文字表記を採り入れていないか、あるいは非常に限られた範囲でしか使っていない。すなわち人間の知恵の大半は記憶の中にしか存在せず、口頭でしか伝えられていないのである。この事実は、情報について、知恵について、文化について、これまでとはまったく異なる視点を提供するはずだ。




【目次】

第1章 言語学者になる
第2章 シベリア・コーリング
第3章 言葉の力
第4章 ホツスポットのあるところ
第5章 隠れた言語を探して
第6章 言語の六次の隔たり
第7章 物語が生き残るためには?
第8章 歌が生まれるとき
第9章 世界が衰退に向かうとき
第10章 言語を救うために

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○1921 『日本人が海外で最高の仕事をする方法−スキルよりも大切なもの』 >糸木公廣/英知出版

新型コロナウイルスの影響で、米国への赴任時期が遅れており、いつとも見通しが立たない状況。そんな中、前任者の帰任は決まってしまい、私自身が米国現法のマネジメントに入り込んでいかなければならない。財務関係の数名は以前からの親交があり、ある程度の信頼関係は築けていると思うのだが、それ以外は知らない人ばかり。文明の利器であるSkypeやTEAMSといったビデオ会議は可能とはいえ、どのように仕事を進めていけばよいか頭を抱えている状態。

そんな折、ふと思い出したのが本書である。会社が主催してくれた駐在員向けの赴任前研修で紹介されていた本。そういえば中国への赴任は7月と中途半端な時期だったため、研修も受けずに現地に放り込まれた。それを思えば、まだましなのかもしれないが、それにしてもこの状況は非常である。まぁこんな経験、他ではできないと前向きに考えるしかないのだが。

筆者はソニーで9カ国、約20年に及ぶ海外勤務を経験された方。20年間一度も日本への帰国無しというのは、本人も望んでいたことといえ、過酷な人事である。私の勤務先は4〜5年立てば、一度日本へ帰任するのが慣習になっており、社員に優しい会社と言えようか。それとも、グローバル時代を勝ち残っていくためには、現地で骨をうずめる覚悟がなければ、甘いと言われるのだろうか。

今回のエントリーの末尾に、筆者がまとめてくださっている「ポイント」を引用させていただいたので、こちらが私にとっては非常に有用な備忘録になりそうだ。ただし、もし海外勤務を控えている方は(新型コロナウイルスの影響で足止めを食っている方は特に)一読をお薦めしたい。下記はあくまでも備忘録であり、本書の神髄は本文を読まなければ伝わらないであろう。

印象的だったのは筆者が大失敗を犯したときに、自ら頭を下げて謝罪に足を運んだ際のエピソード。失敗して帰国を命ぜられると覚悟していたところ、立腹しているはずの現地のボスが、自分の右腕にと呼び寄せてくれたのだ。「イトキさん、我々が求めているのは、頭がいいとか言葉が上手とかいうような赴任者ではありません。困ったとき、逃げずに一緒に戦ってくれる人です。だから、あなたを選んだんです」

筆者の駐在経験年数とともにポジションも上がっていく。ベトナムと韓国では社長として赴任なさっている。ベトナムでは外資規制の緩和による現地企業との合弁解消とそれに伴う工場閉鎖という修羅場。しかしながら、早い段階から情報をオープンにし、退職金も相応以上のものを準備し、次の職場のあっせんなども手厚く行ったことで、ストライキなどには発展せず、円満に閉鎖することができたとのこと。最後に全員で取った写真には笑顔が溢れており、まるでオープニングの記念写真みたいだとのコメントには目頭が熱くなった。

韓国では儒教社会にありがちな上意下達の風習を少しでも緩和しようと、若手との飲み会を企画したり、事務所ビル移転の計画を若手に権限委譲したり。現地の人と向き合うことで、信頼を勝ち得ていく姿には感動すら覚える。

私自身、参考にしたい、心掛けたいと思ったことが2つ。1つ目は「自分を語る」ということ。よく言われることだが、日本はハイコンテクストの国で、阿吽の呼吸で言わなくても通じてしまう世界。仕事に関する指揮命令などを明確に言うべきはもちろんであり、それは自覚していたのだが、本書で触れられているのは、自分自身をも語るということ。自分の考え方、人間性、はたまたプライベートの趣味などもオープンにしていく。そうして初めて人と人との関係が構築できる。

もう1つはその国の文化を1つでもよいから徹底的に知ること。筆者の経験では、インドでは映画、ベトナムではカラオケ、韓国では納豆汁と、筆者が興味を持った1つをトコトン極めていらっしゃる。それによって、話題に事欠かなくなるし、現地社員から、こんなのもありますよと紹介してもらえることも多々あったとのこと。アメリカの文化、と言われてもまだピンとこないのだが、お笑いが好きなのでアメリカン・ジョークを収集するなど面白いかもしれない。ブラックなジョークはNGだと思うので、他愛もないものがよいだろう。それでも笑いを知るというのは、その国の文化の背景や深いところを知らなければならないので、思い付きにしてはよいアイデアかもしれない。

日本の上司に挨拶した際、現地の利益代表として、アメリカと日本の懸け橋になれと言われた。現地の社長は米国人。社歴は長いので、もちろん日本にも人脈は持っていらっしゃるが、時には日本人的なコミュニケーションが求められることもあるとのこと。そんな際は、私が矢面に立たなければならないと覚悟を新たにした。

それでは最後に「ポイント」を引用しておきたい。

現地に飛び込む ●海外での仕事は現地を知り、現地に根ざすことから始まる。 ●現地のやり方・考え方を尊重し、敬意をもって接することが大切。 ●現地の社員やビジネスパートナーとの関係を深める上で「文化」はよい入り口になる。 ●現地文化に親しめば新たな発見がある。それは仕事上の展開にもつながり得る。 ●時には違和感を覚えることもあって当然。それでも尊重することは心がけるべき。

「違い」を活かす●国とは文化の最小単位。それぞれ異なる歴史、特色、国民の誇りがある。 ●積極的に「違い」を知り、「違い」を楽しみ、「違い」を尊重することが大切。 ●「違い」を理解するには、現地の文化を「知る」だけでなく、「体験」すること。 ●現地では自分は異質な存在。自分の観点を現地に提供し、刺激することが大切。 ●現地の中での「違い」(多様性)にも目を向け、活かすよう心がけることも重要。

逃げずに向き合う ●どんな仕事でも現場視点を失わないことが大事。 ●現地社員が赴任者に求めるのは、困難な状況から逃げないこと、現地に向き合うこと。 ●日本人は本心が見えづらいと思われがち。意識的に自分を見せる姿勢が大切。 ●グローバル化とは画一化ではなく多様性を包含した全体最適化。 ●個々の独自性に向き合うことで、共通性と全体最適も見えやすくなる。

文化を知り、人を知る ●現地の文化の中で「自分の好きな一分野」を極めてみると、さまざまな面で役に立つ。 ●現地の文化の魅力を深く探っていけば、ビジネスへの示唆も得られる。 ●何か一つでも現地人に驚かれるほど文化に詳しくなれば、関係構築に大きく活かせる。 ●社員と経営陣が信頼し合える関係を築ければ、難局も乗り越えていける。 ●現地との信頼関係は、その国と任務へのコミットメントを生み、自分の成長につながる。

自分を見せる ●赴任者に対して現地社員がもつ不安や疑念に向き合うこと。●積極的に自分を開示し、権威に頼らず、一人ひとりに向き合う姿勢を徹底するべき。 ●積極的に近寄ってくる社員だけでなくサイレントマジョリティの声を聞くことが大切。 ●フェアに広く、深く聞くことで組織の課題が見えてくる。 ●メッセージは心に届き、残ってこそ意味がある。カギとなるのは象徴、比喩、体感。 ●トップは公式な場の発言だけでなく多角的なコミュニケーションを行うべき。 ●社外へのメッセージ発信や会社の可視化も大切。そこでも文化が役に立つ。

誇りと喜びを育む ●社員の真に求めているもの(期待、課題)は何かを探り続けることが大切。 ●権限委譲は、社員の活性化だけでなく、自分の知識・手法を残す上でも有意義。●権限委譲は赴任直後から戦略的に考え、組織的に準備し、機会を探すことが大事。●組織改革は地道な施策と象徴的な施策を組み合わせると効果的。●厳しさも大切。厳しい局面では小義は捨てて大義を求めなければならない。●現地に赴任者が複数いるなら、赴任者間で考えを共有し一丸となることが大切。●向き合う相手が「人」であることを常に忘れずに仕事をすることが大事。

海外で仕事をする人が心がけるべき15条 ●現地の文化、社会状況を知る。●現地の立場で考える。現地を代表する人になる。●「違い」について善し悪しを語るのではなく、ありのままを見て、楽しむ。●地域も人も、一括りにせず、「個」にも目を向ける。●「外国人」としての自分の観点・立場を活かす。●現地の文化で何か一つでも気に入ったものを「極めてみる」。●困難な状況でも逃げずに現地の人たちと一緒に戦う気構えを持ち、示す。●自分を可視化する。人柄や考えを意識的にオープンにする。●メッセージは現地に合わせた象徴・比喩など伝わりやすい形で伝える。●自分の発したメッセージと行動の一貫性に特に注意する。●「社内・社外」×「公式・非公式」の多角的なコミュニケーションを行う。●グローバル化とローカル化のバランスに配慮する。●職場環境やワークスタイル等、人の気持ちにかかわることを重要視する。●現地人材の登用と権限委譲を、慎重かつ大胆に行う。●人志向は長期的には必ず報われると信じる。




【目次】

序章 どこの国でも相手は人
第1章 現地に飛び込む―失敗からのスタート、助けてくれたのは映画だった
第2章 「違い」を活かす―わかったと思うと裏切られ…外国人としての強みとは
第3章 逃げずに向き合う―ヨーロッパでの大仕事で大失敗。さあ、どうする?
第4章 文化を知り、人を知る―ベトナム人の心をつかんだ広告はこうして生まれた
第5章 自分を見せる―「三重苦」の国・韓国へ…コミュニケーションで会社を変える
第6章 誇りと喜びを育む―ついに熱狂する社員たち。信じてきたことは正しかった
終章 異なるものに出会う意味

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◇1922 『観光コースでないシカゴ・イリノイ』 >デイ多佳子/高文社

米国の赴任先はシカゴなのだが、シカゴについて書かれている本がないかとAmazonで探してヒットしたのが本書。他にはあまりよさそうな本がなかったので、取り寄せてみることに。なるほど、タイトル通り、観光ではなく、シカゴの歴史などに触れた著書であった。

まず冒頭のシカゴ・イリノイに関する地理的な紹介を抜粋。

・イリノイ州は、五大湖の1つ、ミシガン湖の南西に位置し、面積約15万平方キロ、これは日本の総面積38万平方キロの40パーセントにあたる。州の東から南はインディアナ州、北はウィスコンシン州、西から南はアイオワ、ミズーリ、ケンタッキー州に囲まれた人口約1300万人の農業州である。北境以外の州境はすべて川であることが、イリノイ史に多大な影響を及ぼしたユニークな特徴だろう。

イリノイの成長は、1818年、州に昇格するときに、州の北端をミシガン湖の南端とせず、そこから約64キロほど北にずらすことで、ミシガン湖の湖岸とシカゴ川からイリノイ川までをつなぐ水路を確保したおかげである。湖と川はアメリカ経済の発展に重要な役割を果たし、それがそのままイリノイの発展に大きく貢献した。

人口統計学的には、イリノイ州は「アメリカの顔」とされる。人種、年齢、所得、教育程度、産業構成、移民、そして都市と農村の比率など21項目において、その値がほぼ全米平均に近いからである。

シカゴは、そのイリノイ州の北東部にあって、ミシガン湖に面している。人口300万人近く、全米第3位の大都市で、世界一忙しいオヘア国際空港を擁する大商工業圏の中心地である。


この他にもシカゴにゆかりのある人物などが、紹介されていく。備忘のために箇条書きにしておこう。

・シカゴ大学:ロック・フェラーが創立
・ジョージ・フェリス:世界で初めて観覧車を作った発明家
・フランク・ロイド・ライト:建築家(帝国ホテル中央玄関の設計者)
・アーネスト・ヘミングウェイの生誕地
・ジョージ・プルマン:ニューヨーク出身の鉄道王
・モンゴメリー・ワード:世界で最初に通信販売を考案したセールスマン
・スポルディング:加工肉から排出される安価な皮でスポーツ用品を制作
・「ジャングル」:アプトン・シンクレアの小説
・ジェーン・アダムス:全米女性初のノーベル平和賞受賞者
・カール・サンドバーグ:詩人
・アル・カポーン(アル・カポネ):マフィアの大ボス
・世界初の原子炉
・マクドナルド第一号店
・レイモンド・クロック:マクドナルド創設者
・ウォルト・ディズニー
・ルイ・アームストロング:ジャズ奏者
・ジョン・ディア:世界的農機具メーカー




【目次】

1 大火の廃墟から立ち上がった町・シカゴ
2 シカゴの繁栄―「金ぴか時代」と「左翼のメッカ」
3 シカゴ激動の二十世紀へ
4 イリノイ南部―追われた人々、征服する人々
5 イリノイ北部―ヤンキーたちのビバ・アメリカ!
6 イリノイ中・西部―「いつも心にフロンティアを」自由を求める人々

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◎1923 『眼の誕生−カンブリア紀大進化の謎を解く』 >アンドリュー・パーカー/草思社

本書との出会いは十年近く前に遡る。東京に住んでいた頃、近所の開業医さんと仲良くなり、本を貸し借りするようになった。博識な方で、私が読まないようなジャンルの本を紹介いただけるため、非常に勉強になっていた。そんな先生の机の上に、いつも存在感を放って置かれていたのが本書なのである。

まだ読みかけなのだろうか、その本については貸してあげるよと言われなかった。しかしながら、美しい装丁とシンプルながら刺激的な『眼の誕生』というタイトルは、メモを取るまでもなく、頭の隅にこびりついていたのだ。

ふとした記憶のいたずらで、Amazonのサイトを見ているうちに、そういえば『眼の誕生』という面白そうな本があったよなぁと、検索してみたのが今回読書に至ったきっかけ。直接的に仕事には関係なさそうなので、読む機会を逸していたのだが、最近は意図的に仕事に関係のない本を読むようにしているので、ちょうどよいと思ったのだ。

良質なノンフィクションは、まるでミステリーのようである。先般読了した『亡びゆく言語を話す最後の人々』も、謎解きミステリーの要素を持っていたが、本書も「なぜカンブリア爆発が起こったか」という謎に迫っている。化石の発掘から始まり、カンブリア以前と以降とを丁寧に比較することで、推論や世間で謳われている異論を1つずつ潰していく様は、科学者らしいアプローチ。

さて、小説のミステリーであれば、ネタバレは避けたいところであるが、本書はノンフィクションであり、私自身の備忘のためにも、結論を記録しておきたい。以下、ネタバレを含むので未読の方はご注意を。

カンブリア以前と以降で、決定的に異なるのは生物が「眼」を持っていたかどうか。化石の証拠からすると眼が存在したのは5億4300万年前のことで、それ以前5億4400万年には存在しなかった。最初の未発達な段階から出発して魚類の眼が進化するまでに40万世代もかからない。1世代1年とすると、50万年足らずで達成されることになる。ここから、5億4400万年前から5億4300万年前という100万年の間に、視覚が生まれたことが類推できる。

生物が眼を持つ以前は、時には動物の死骸を食べたり、たまたま捕まえることができた動物を食べることもあったが、メインは草食だったとのこと。しかしながら、最初に眼を持ったと思われる三葉虫の進化に伴い、捕食・肉食というパラダイムシフトが発生したのだ。

こうなると、食べられる側(被食者)は、視覚から隠れようと体の色を背景に合わせたり、魚の鱗のように光を反射させることで相手から見えなくなるようにしたり、クラゲのように体を透明にしたり、といった進化を経てきた。一方、あえて派手な色を身にまとうことで威嚇する方向に進化したものもいる。

また、食べられることを前提に大量に卵を産み、数で勝負する種が現れたり、外敵から身を守るために外骨格を固くして装甲としての機能を得る種が現れたりした。

視覚の無い世界から、有る世界への劇的な変換は、進化の度合いと多様性を一気に爆発させたのだ。

捕食者と被食者の眼の構造を解説した箇所も面白い。ウサギのような被食者は敵の動きを感知するために360度の動きを捉えることができる眼を持っている。しかしながら、このような眼は相手との距離を測るのは難しい。一方捕食者は、2つの眼が同じ方向を向いており、相手との距離を測るのに適している。これは獲物との距離を測って確実に仕留めるためである。

水中という上下への気配りも必要な空間において、魚の眼は水平方向だけでなく、垂直方向の視野も獲得している。また魚の体は上半分が黒または銀色の鱗で覆われているが、下半分は白いことが多い。これは水の中で上から対象物を見たときには、水の底が暗いため黒い色の方が保護色になるのだが、下から対象物を見上げる際には、太陽が逆光となり白い方が保護色になるためだそうだ。

あとがきで訳者が本書を「目から鱗の物語」だと評している。これは今まで盲点だった視覚という機能が、生物の進化を大きく後押ししたという事実に加え、眼の発達により捕食から身を守るために外殻(=鱗)を持つようになったという、二重の意味を含んでいる。うまいなぁと思うとともに、これほど本書の意図を的確に表している言葉はないのではないかと、いたく感心してしまった。

本書のような本は、仕事には直結しないかもしれないが、知的好奇心を刺激してくれるし、何となく生きるための智慧をもらっているような感じを抱かせてくれる。読書家としては、このような本に出会えることが望外の喜びなのである。



【目次】

第1章 進化のビッグバン
第2章 化石に生命を吹き込む
第3章 光明
第4章 夜のとばりにつつまれて
第5章 光、時間、進化
第6章 カンブリア紀に色彩はあったか
第7章 眼の謎を読み解く
第8章 殺戮本能と眼
第9章 生命史の大疑問への解答
第10章 では、なぜ眼は生まれたのか

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◇1924 『点・線・面』 >隈研吾/岩波書店

日経新聞の書評欄で見かけて購入。建築はまったくのド素人だが、何となく好きな分野であり、仕事に直結しない本が読みたいと思い購入したもの。

読み始めてすぐ、その難解さに頭を抱えてしまった。第1章が「方法序説」というタイトルなのだが、タイトルから想像できる通り哲学的であり、正直日本語なのに何が書いてあるのか、まったく頭に入って来なかった。

これは自分のレベルに合わない本を買ってしまったかなと、少し後悔したのだが、まぁ頑張ってもう1章だけ読んでみようと、次章の「点」を読み始めた。こちらも多少難しいものの、具体例が沢山紹介されており、私の頭でもついていくことができた。筆者がなぜ「点・線・面」というタイトルをつけたのか、その意図が分かってくるにつれ、論旨も頭に入ってくるようになった。

筆者が言いたいこと(というか、筆者のこれまでの建築物で表現してきたもの)は、20世紀に栄えたコンクリート建造物によるヴォリュームの否定である。もっと軽やかな建築物を、というのがテーマである。軽やかにするために、3次元の立体を、2次元の面に分解し、1次元の線に解きほどき、最後には0次元の点に帰結する。

読み終えてみると、筆者の考えはいたってシンプル。しかしながら、そのシンプルさの裏には、膨大な知識量(異分野の知識も含む)と経験、本質を突き詰めようという思考力と哲学、そして自らのアイデアを実行する技術力が見え隠れする。

これはどんな仕事にも通ずることであろう。自分の仕事以外の分野からも学ぼうという知識欲、自分の仕事の目的が果たして何なのかを突き詰める思考力、それらを自分の仕事に結びつけ実行していくための実務知識。これらをバランスよく身につけていく必要があるということ。

最後まで読了した後に、改めて「方法序説」を読んでみたところ、少しは理解が進んだように感じた。しかしながら、筆者の意図を正しく辿るのであれば、点→線→面ではなく、面→線→点という順序の方が、理解しやすかったようにも感じた。

「点→線→面」というアナロジーを自分の仕事に応用できないかと想像してみたが、すぐには思い浮かばなかった(まぁ簡単に思いつくようなアイデアは陳腐で使えないことが多いのだ)。思い浮かばないまでも、こういったコンセプトを自分の思考の引き出しにしまっておくことで、何かのときに役立つかもしれない。

私は建築の専門家ではないので、個々の事例に触れるのは控えておこう。しかしながら、美しいものはシンプルであり、そのシンプルの裏側には、究極まで考え抜かれた思想があるということを学んだ気がする。



【目次】

方法序説
20世紀はヴォリュームの時代/日本建築の線とミースの線/構成のカンディンスキーから粒子のギブソンへ/ギブソンと粒子/主知主義対ダダイズム/運動としての時間から、物質としての時間へ/足し算のデザインとしてのコンピュテーショナル・デザインへ/ブルーノ・ラトゥールと写真銃/建築と時間/運動から時間を開放する/カンディンスキーによる次元の超越と埋め込み/相対的な世界と有効理論/建築の拡大と重層/金融資本主義のXL建築/建築の膨張と新しい物理学/進化論から重層論へ/超弦理論と新しい建築/ドゥルーズと物質の相対性


大きな世界と小さな石ころ/ギリシャからローマへの転換/点の集合としてのシーグラム・ビル/石の美術館の点への挑戦/点からヴォリュームへのジャンプ/ブルネレスキの青い石/ブルネレスキの点の実験/帰納法の建築/ブルネレスキとトビケラ/液体で点をつなげる/メタボリズムと点/木よりも細い石/日本の瓦と中国の瓦/点の階層化とエイジング/自由な点としての三角形/松葉の原理の成長するTSUMIKI/千鳥という点/線路の砂利という自由な点/離散性と倹約とフレキシビリティ


コルビュジエのヴォリューム、ミースの線/丹下健三のずれた線/線からヴォリュームへと退化した日本建築/木の小屋からの出発/ガウディの線/点描画法/熱帯雨林の線/モダニズムの線と日本建築の線/伝統論争と縄文の太い線/移動する日本の木造の線/芯おさえと面おさえ/広重の夕立の細い線/夕立の建築/線の自由とV&A・ダンディ/生きている線と死んだ線/生と死の境をさまよう線/限りなく細いカーボン・ファイバーの線/富岡倉庫の絹のような線


リートフェル対クレルクト/ミース対リートフェルト/サハラで出会ったベドウィンの布/ゼンパー対ロジエ/フランクフルトの布の茶室/ライトの砂漠のテント/大樹町の布の家/災害から人を守るカサ・アンブレラ/フラー・ドームと建築の民主化/テンセグリティで地球を救う/細胞とテンセグリティ/800年後の方丈庵

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◇1925 『PIXAR−世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』 >ローレンス・レビー/文嚮社

五常CFO堅田さんのブログで勧められていた一冊。堅田さんのブログはベンチャー企業特有の内容も多く、今の自分に直接関係するものは少ないかなと感じていたが、本書ともう一冊『最高財務責任者の新しい役割』は、購入して手元に置いておきたいと思い紙の本を購入。

実は『最高財務責任者の新しい役割』の方から読み始めたのだが、内容が濃くじっくり腰を据えて読む必要がありそうだと思い、本書『PIXAR』のページをパラパラとめくってみた。すると、ついつい読み始めてしまい2時間程度で一気に読了。小難しい内容はなく、ピクサーの裏話的なストーリーで非常に面白く読み進めることができた。

堅田さん曰く、『最高財務責任者の新しい役割』は平時のCFO、『PIXAR』は有事のCFOの役割だとのこと。確かに、資金調達、IPO、ディズニーとの契約見直しなど、どれを取っても大変な仕事。筆者はもともと法律畑のキャリアだったのだが、ピクサーでは見事にCFOの役割を全うしている。

財務的な視点で勉強になったのは次の箇所。

・映画産業ではポートフォリオ管理が重要である。2割程度のヒット作で、残り8割の分まで稼がなければならない。

・映画上映だけでなく、ライブラリーというストックも重要。ライブラリー(DVDやレンタル)から、安定的な収益を稼いでいる。

・実写フィルムの財務モデルを手に入れ、映画業界の制作予算や利益配分を分析し、アニメーション映画用の財務モデルを作り上げた。

・PIXARの戦略:(1)取り分を4倍に増やす、(2)制作費用として7500慢ドル以上を調達する、(3)制作本数を大幅に増やす、(4)ピクサーを世界的ブランドにする。簡単な話だ。

・予算超過のリスクを思い出させるのが最高財務責任者の仕事だ。


ここでいう財務モデルとは、自社の収益構造を分析し、将来の業績をシュミレーションできるモデルのことであろう。私自身、米国現地法人の収益構造をしっかりと把握し、シュミレーションできるツールを手元に準備しておく必要があるだろうなと感じた。

残念ながら、上記の引用部分以外は、エピソード的な話が多く、本書がCFOのための勉強になるかというと、ちょっと疑問符かもしれない。知識・ノウハウというよりも、「IPOを目指すベンチャーCFOの心構え集」として読むのが適切であろうか。

本書で一番感動したのは、筆者が財務やITといった裏方の管理部門の名前も、クレジットに載せたいと尽力するシーン。映画業界ではクレジットに名前が載ることが履歴書代わりにもなるため、制作に直接携わっていない人の名前を載せるのは難しい。結局「thanks to everyone at Pixar who supported this production」という文書が追加され、その後に管理部門のメンバーの名前が表示されるという方法が認められた。

残念ながらここに筆者の名前が載ることはなかったのだが、だからこそ一層感動してしまった。日々汗を流してくれている縁の下の力持ちへの感謝の気持ちを、形にする。そんな筆者の優しさが心に沁みて、ついつい涙腺が緩んでしまった。



【目次】

第I部 夢の始まり

第1章 運命を変えた1本の電話
第2章 事業にならないけれど魔法のような才能
第3章 ピクサー派、スティーブ・ジョブズ派
第4章 ディズニーとの契約は悲惨だった
第5章 芸術的なことをコンピューターにやらせる
第6章 エンターテイメント企業のビジネスモデル
第7章 ピクサーの文化を守る

第II部 熱狂的な成功

第8章 『トイ・ストーリー』の高すぎる目標
第9章 いつ株式を公開するか
第10章 ピクサーの夢のようなビジョンとリスク
第11章 投資銀行の絶対王者
第12章 映画がヒットするかというリスク
第13章 「クリエイティブだとしか言いようがありません」
第14章 すばらしいストーリーと新たなテクノロジー
第15章 ディズニー以外、できなかったこと
第16章 おもちゃに命が宿った
第17章 スティーブ・ジョブズ返り咲き

第III部 高く飛びすぎた

第18章 一発屋にならないために
第19章 ディズニーとの再交渉は今しかない
第20章 ピクサーをブランドにしなければならない
第21章 対等な契約
第22章 社員にスポットライトを
第23章 ピクサーからアップルへ
第24章 ディズニーにゆだねる

第IV部 新世界へ

第25章 企業戦士から哲学者へ
第26章 スローダウンするとき
第27章 ピクサーの「中道」
終章 大きな変化

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◇1926 『英会話ペラペラビジネス100−ビジネス・コミュニケーションを成功させる、知的な大人の会話術』 >スティーブ・ソレイシィ/アルク

ビジネス英会話をブラッシュアップしようと思い、Amazonで検索して購入。一番評判がよさそうだったので購入してみたのだが。。。現在、本書と並行して『英語のお手本』という英語の丁寧な使い方について説明した本を読んでいる。そちらの表現と微妙に異なっている点が、気になってしまった。

例えば、本書では短縮形を活用すべしと書いてあるが、お手本の方では短縮しない方が丁寧だとなっていたり、本書では「I'll do my best」という表現を使用しているが、お手本では口だけに思われてしまうとネガティブな印象を与えてしまうと書かれていたり。

これは本書が会話中心の話し言葉であるのに対して、お手本がメールなどの書き言葉を主に取り上げている違いであろうか。と、細かい点は気になったものの、勉強になるところも多かった。個人的には、もう少しハイレベルな内容のものが欲しかったかな。。。

「ビジネス会話は、シンプルに分かりやすく伝えることが重要。誤解を避けることができるし、時間の節約にもなる」というのが本書のコンセプトであると感じた。そういったビジネスシーンにおける英語の考え方・心構えを学ぶことができた点で、本書は有用であったと言えようか。

それでは、私なりに気になった表現を引用しておきたい。

・May I have + 人の名前/内線番号/部署名 + please?:一番応用力のある表現。
・Would you say that again?:今おっしゃったことをもう一度言ってもらえますか?
・Just a moment, please.:ちょっと待ってください。電話のHold onより汎用的。
・I'm not sure if I understand,:理解しているかどうか定かではありませんが、
・I'm not sure:知らないときに使う。I don't know.や I have no idea.は丁寧ではない。

・See you later.:同僚などであれば、次に会う予定がなくても、こう言う。
・What do you do?:お仕事は何ですか? What's your job? は唐突で失礼な言い方。
・Please don't...:それは困ります。この後に代替案を述べると更に丁寧。
・When will it be ready?:いつできあがりますか? When will you be free? When will he be back?
・I'd like a better price.:I'd like + モノで、「〜が欲しい」となる。

・I'm sorry to bother you,:お忙しいところ申し訳ありませんが、
・I'm sorry to hear that.:ご愁傷様です。残念です。
・I'm sorry to keep you waiting.:お待たせしてすみません。
・I'm sorry about that.:about thatを後ろに付けるとスマートかつ誠実な表現になる。
・Don't worry about it.:Don't worry.だけだと「気にすんなよ」。about itを付けるとソフトになる。

・Is that OK?:文脈上、Is it OK?はおかしい。
・Have you ever heard of...?:ご存知ですか? Do you know...?は相手が知らなかったときに失礼。
・It was so nice talking to you.:電話の最後に付けると感じよく会話を終えることができる。
・Thank you so much for...:very muchよりも発音しやすい。会話で有効。
・We can't...:〜は禁止です。You can'tはきつい表現。

・Why don't we get started:そろそろ始めましょうか。Let's...だとカジュアルすぎ、Shall we...だとフォーマルすぎる。
・I'd really appreciate it if...:〜していただけると、本当にありがたいのですが。
・I hope SV:〜していただけると幸いです。(I wish...は過去のこと、後悔・愚痴の表現)
・I'm afraid so.:残念ながらそうです。I'm afraid not.:残念ながらそうではありません。
・I'd rather not.:私は結構です/やめておきます。

・Where can I get...:〜はどこに行けばありますか?(持ってきてではなく、自分で取りに行く)
・What's your budget like?:予算はどんな感じですか?(状況を聞くためのlike)
・What if he's out?:彼が外出していたらどうしますか? What if SV?:〜だったらどうしますか?
・I don't think we should...:〜しない方がいいと思いますけど。I think+否定形よりナチュラル。
・It's up to you.:あなたの好きなように進めて/決めてください。

・It depends.:場合によりますね。
・It's a case by case situation.:ケースバイケースですね。(case by caseは形容詞)
・I'm concerned about...:〜が気になります/心配です。
・We decided not to do it right now.:とりあえず見送ることになりました。(やむを得ず決定したニュアンス)
・That's OK for now?:とりあえず大丈夫です。 for now:とりあえず

・Will it be on time?:間に合いますか? (On time?だけでは駄目。センテンスで言うことが重要)
・already:もう〜だ。語順は文末でOK。not yet:まだ〜はない。still:まだ〜です。
・not...often:あまり〜しない。oftenは肯定文ではあまり使わない。usuallyを使う。
・not...really:あまり〜ではない。notのみよりもソフトに言うことができる。話し言葉ではveryよりもreally。
・Should I...? / Should we...?:〜した方がよいですか/〜すればよいですか?




【目次】

First Contact
 初対面の人との成熟した大人としての接し方

Light Contact
 たまに会うような人といいrelationshipを築いていくために

Regular Contact
 いつも会うような人と互いにrespectしあうために

Heavy Contact
 ごく頻繁に接する人と信頼しあえるコミュニケーションをとっていくために

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◇1927 『知的再武装−60のヒント』 >池上彰・佐藤優/文春新書

池上・佐藤両氏の対談集。お二人の対談は文春新書以外からも発売されており、目に留まる度に買い求めるようにしているのだが、本書に関してはちょっと残念な内容だった。

本書のキモは「新しい分野の学習は45歳までに始めておくべき。45歳を過ぎたら、新しい分野に手を出すのではなく、自分の知識の棚卸を行い得意分野を伸ばしていくような勉強をすべきである」というものである。これは私自身(45歳という明確な年齢の区切りは意識していなかったものの)何となく感じていたことだったのだが、モヤモヤしていた頭の中をすっきりと言語化していただいたような感覚を抱いた。

確かに今更新しい分野を学習しても時間的な費用対効果が悪いし、年齢からくる記憶力の減退もあり、あまりよい戦略とは言えないであろう。それよりも自分の武器を絞り込む方が重要だというのは、戦略論としても理に適っている。本書の一節を引用するならば「自分の限界を知ることと、何を諦めて、何を伸ばすかを見切ることはすごく大事になってくる」ということ。

私の場合も、手広く様々なことを勉強するよりも、これまで培ってきた学習の延長線上での読書などを継続していきたいと改めて思った。具体的には財務・会計・税務などの専門分野、経営哲学・国際情勢などの仕事に直結する教養分野、歴史・宗教・古典などの仕事とは関係の無い教養分野、英語(と中国語)を中心とした語学の分野である。

1つだけ、どうしようかと迷っているのが数学、特に統計学の分野である。今更数学をイチから学習しなおすには骨が折れるであろうが、財務・会計分野でキャリアを積んでいく上で、もう一度数学をきちんと学習しなおすべきではないかとも感じている。まぁ米国駐在中は、とにかく仕事と英語に邁進するしかないので、数学に関しては余裕ができてから考えればよいであろう。定年後のボケ防止のために勉強してもよいかもしれないし。

もう1つ気になったのが、WEBニュースなどの短い文章ばかり読んでいると、長文読解が出来なくなるリスクがあるという警告。これはこのブログで何度も取り上げている通り。ここで気になったのが、本書そのもののレベル。ブログの冒頭で「残念な内容だった」と記載したのも、ここに起因しているのだ。

本書を手に取るような人は、それなりに長文読解もできる層だと思うのだが、そもそもターゲットにしている読者層のレベルを一段階下げたのではないかという気がしたのだ。記載されている内容全般が、これまでのお二方の対談内容に比べると平易で分かりやすい。本書でも述べられている通り、決して分かりやすいことはよいことではないのだ。正直、このレベルの対談であれば、今後は読まなくてもよいかなと感じてしまった。

これはお二人の知的レベルが落ちたわけでは決してなく、むしろ編集者の意向なのか、本を売り込むためのマーケティング、ターゲティングの問題なのであろう。つまり、レベルを一段下げないと、本が売れないということではなかろうか。(別に私が一段高いところにいるというつもりは全くないのだが、純粋にそう感じてしまったので、正直に書いておく)

その他、気になった箇所を要約して引用。

・語学には終点がないから、自分なりのゴールや、段階(ステップ)を決めておくと、取り組みやすい。

・日産のカルロス・ゴーンの事件と、鈴木宗男事件には類似性がある。自分の組織で邪魔になったものを、検察(国策捜査)を使って追い出そうという構図。

・PCやクラウドなど外付けのデータベースが発達してきているが、本当にその知識を使いこなすためには、自分の頭の中で記憶して、血肉化していることが重要。

・教養とは、周りに流されず、適切な場面で立ち止まれること。

・自分が危機的な状況に陥った際に、一番重要なことは筋を通すこと。そうすれば長い目で見て拾ってくれる人が現れる。




【目次】

第1章 何を学ぶべきか
第2章 いかに学ぶべきか
第3章 いかに学び続けるか
第4章 今の時代をいかに学ぶか
第5章 いかに対話するか

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◇1928 『ペスト』 >カミュ/新潮文庫

背表紙あらすじ:アルジェリアのオラン市で、ある朝、医師のリウーは鼠の死体をいくつか発見する。ついで原因不明の熱病者が続出、ペストの発生である。外部と遮断された孤立状態のなかで、必死に「悪」と闘う市民たちの姿を年代記風に淡々と描くことで、人間性を蝕む「不条理」と直面した時に示される人間の諸相や、過ぎ去ったばかりの対ナチス闘争での体験を寓意的に描き込み圧倒的共感を呼んだ長編。

新型コロナウィルスに触発されての読書としては4冊目。これまでにも『首都感染』を購読し、『夏の災厄』『復活の日』を再読してきた。これらの前作がウィルス蔓延を「事件」として捉えているのに対して、本書『ペスト』は、そこから生まれてくる人間の「感情」の襞を丁寧に描いた作品だと感じた。

そもそもウィルスというのは、広く蔓延するものであり、非常に多くの人々が関与するものなので小説の中にヒーローを作りづらい。それぞれの筆者もそのことを自覚しながらも、主人公らしき人物にスポットライトをあてながら物語を進めていく。しかしながら、本書『ペスト』は、主人公群とでもいおうか、主要な複数の人物に均等にライトをあてながら物語が進行していったように感じた。

さて、本書を読み始めたのは1カ月ほど前のこと。仕事が忙しかったり、仕事のために優先して読むべき本があったりして、本書は断続的に読む形になってしまった。そのせいだろうか、物語の中でペストの感染が広がったり収束していく時間軸が、まるで現実世界のように長く感じられた。

その一方で(私が外国人の人名を覚えるのが苦手だからかもしれないが)、時間が空いたことで登場人物のキャラクターを忘れてしまい、あれっこの人はどういう人物だったかなと思い出しながら読むことになってしまった。よって、本書の特徴である心情の襞に対して、感情移入をすることが出来ないまま、読了してしまったのだ。

恐らくこういった読み方では、本書をきちんと味わったとは言えないであろう。自分としては納得のいかない読書であった。

それにしても、100年近く前の出来事であるのに、現在のコロナ禍との相似は何ということであろうか。人々の行動、町中の状況、密閉された中での心理状態などなど。在宅勤務ができるなど、テクノロジーの恩恵は多分に受けてはいるものの、人間の深層心理というものは昔から変わらないのだなぁと改めて実感した。

一番怖いと感じたのは、人々が「死」に慣れてしまっていく様。死者が名前ではなく、「数」で語られていく怖さ。日本ではコロナ禍は落ち着いてきたとはいえ、二次、三次の波がいつ来てもおかしくない状況。コロナ疲れも分からなくはないが、油断せず、感染予防に努めていくべきだと思った。

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◇1929 『知らないと恥をかく世界の大問題11−グローバリズムのその先』 >池上彰/角川新書

このシリーズも11作目。継続は力なり。毎年クオリティの高い本書を出し続ける池上さんのバイタリティには頭が下がる。

この1年も世界ではいろいろなことが起こったが、本書で取り上げられている1年(昨年7月〜今年6月)の後半部分は、ほとんどが新型コロナウイルスのニュースばかりで、国際的な動きも一時停止状態になってしまっていたように感じる。

そのせいであろうか、本書はこれまで取り上げてきたテーマをもう一度丁寧に解説するようなところが多いように感じた。例えば、イラン・イスラム革命、アイルランド、アフガニスタン、パレスチナ問題など。

改めて読むとよい復習になるし、衰えてきた記憶を補うためにも、くり返して同じ解説を読むのは有用なこと。しかしながら、既知といえば既知の内容なので、新しく引用したいと思う部分が少なかったのは残念。これは池上さんのせいというよりも、コロナ禍で大騒ぎとなっている現状が原因であろう。

世界が大きく変わろうとしている現在。影響力が衰えてきたとはいえ、アメリカのパワーはまだまだ巨大である。そんなアメリカの大統領選の真っただ中に飛び込んでいくことができるかもしれないというのは、非常に楽しみである。



【目次】

プロローグ 二極化する世界、深刻化する世界の大問題
第1章 トランプ再選はあるのか?アメリカのいま
第2章 イギリスEU離脱。欧州の分断と巻き返し?
第3章 アメリカが関心を失い、混乱する中東
第4章 一触即発。火種だらけの東アジア
第5章 グローバル時代の世界の見えない敵
第6章 問題山積の日本に、ぐらつく政権?
エピローグ 2020年の風をどう読むか

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◇1930 『後藤田正晴と十二人の総理たち−もう鳴らない”ゴッド・フォン”』 >佐々淳行/文春文庫

私の書評の書き出しは、本との出会いから始まることが多いのだが、本書に関してはどういう経緯で購入したか失念してしまっている。奥付を見ると2008年3月の発行、中国から赴任してしばらくした後である。中国赴任をきっかけに近代史に興味を持ったので、その勢いで購入したのかもしれない。

さて、買ってから10年以上も放置してしまったのだが、たまたま長時間の移動があったので、旅のお供に持っていき読了。読み始めると、まさに昭和近代史の体を為しており、興味深く一気に読み切ってしまった。

タイトルにもある後藤田正晴氏は、政治の裏舞台で総理大臣を支えた最後の内務官僚と呼ばれる人物。その後藤田氏から、「ゴッド・フォン」なる直通電話で特命を受けては、それを実直にこなしていく筆者。タイトルこそ後藤田氏だが、実質は筆者である佐々淳行氏の自伝であろう。

正直、ちょっと自慢が多いかなと感じなくもなかったが、まぁ自慢できる実績である。佐々氏がいなければ日本とアメリカの関係はもっと早い段階でまずくなっていたのではないかとも思わせられる。これほどまでにアメリカの政治に深く入り込んでいた人がいたとは、恥ずかしながら存じ上げなかった。

本書は「危機管理の教科書」として読み進めることもできる。危機管理に関する記述をちょっと引用してみよう。

・危機管理上のしてはならない経験則として「兵力の逐次投入」というのがある。日本の太平洋戦争の歴史にはガダルカナル戦をはじめ、「兵力の逐次投入」の失敗例は枚挙に遑ない。

・危機管理の本質は、アメリカのプラグマティスとの哲学者ウィリアム・ジェームズの『宗教的経験の諸相』の一節に語りつくされている。「何か重大なことが起きたとき、ひとは皆誰かがこのことについて何かしなければならないと考える。だが自ら進んで何かをやる人は極めて少い。大部分の人は、誰かが何かをしなければいけない、だが、なぜ私が<ホワイ・シュッド・アイ>と自問する。ごく少数の人は<ホワイ・シュッドント・アイ、なぜ私がやらなくていいのか>と自問する。この二つの自問自答の間に人類の道徳的進化の過程が横たわっている」と。

・マックス・ウェーバーではないが、「地上戦必至」という「認識」と、その可否という「価値判断」とは峻別して取り組まないと、社会科学の判断を誤ることになる。戦争がないことを願うのは世界観や宗教の問題で、起こる必然性が高いと考えることは情報の確度の問題なのである。

・(湾岸戦争でイラクを殲滅する前に停戦した理由に対する米官僚の回答)「それは、陸軍国イラクが残ることが中東だけでなく世界のために必要だったからだ。サダムはスンニ派、もし完全に打倒してしまうとシーア派が支配して、イランと連携して厄介なことになる。シーア派支配となるとイスラエルとぶつかる。CBR兵器、とくに彼らはサリン爆弾をクルド人弾圧に使って5千人殺した奴らだから、スカッド・ミサイル、空軍と共に破壊して、ただの大陸軍国にするという方針で寸止めのシーズ・ファイアー(停戦)となったんだ。とくにパウエル統合参謀本部議長は『これ以上は戦争ではなく虐殺(マサッカー)だ』といい張って和平となったんだ」

・後藤田五訓:(1)省益ヲ忘レ、国益ヲ想エ。(2)嫌ナ事実、悪イ情報ヲ報告セヨ。(3)勇気ヲ以テ、意見具申セヨ。(4)自分ノ仕事ニ非ズトイウナカレ。自分ノ仕事デアルトイッテ争エ。(5)決定ガ下ッタラ従イ、命令ハ直チニ実行セヨ。

・橋本総理からペルー青木大使公邸占拠事件の対応に派遣されることになった佐藤俊一氏へのアドバイス:(1)まず精神的安定。そのために辞表を書く。(2)次は遺言状。辞表ですめば御の字。これは家族に渡さず事務所の机の引き出しに入れておく。自分が死んだあと遺産がどうなるかと思うと落ち着かない。遺産配分を遺言状に書いてしまうと、スーッと心が落ち着く。(3)犯人たちの宗教を調べて、調停役に使う。(4)日本式の「イエス・バット」は禁物、絶対に「ノウ・バット」。子供と女性は解放されているが、次に老人・病人を開放したら食糧を差し入れるなど、ギブ&テイクで交渉。(5)交代で眠ること。「不眠不休、寝食を忘れ」は失敗の元。(6)ユーモアを忘れずに。ユーモアはノイローゼ防止。
→これに対して佐藤氏は「弔辞」まで書いておいたとのこと。「だって外務省、私の実績をちゃんと評価してないもん。自分でちゃんと褒めとかなきゃと思って」。こういう神経の男は危機に強く、しぶとく生き残るものだ。

・「過チヲ改ムルニ憚カルコトナカレ」。間違ったからといって、それを改めることを躊躇してはいけない。この姿勢が大切。


本書を読んでいて「繋がった」エピソード。

・村山内閣政権下での全日空機ハイジャック事件。羽田発函館行きの便がハイジャックされたもの。このときに対応した特殊部隊を秘密裏に編成したのが後藤田正晴氏だった。本件は、元日立製作所・川村会長が乗り合わせていた飛行機でもある。

・佐々氏の三男は住友銀行に入りながら、430年の歴史を誇る寝具メーカー西川産業の養子となり、最近社長になったとのこと。こちらは「カンブリア宮殿」で特集されていたのを見た記憶がある。

・ところどころに岡本行夫氏や「岡本アソシエイツ」の名前が出てくる。先日コロナで逝去されてしまった方。それまでは存じ上げなかった方だが、本書ではとても印象的だった。あとがきも岡本氏である。

その岡本氏のあとがきが非常に印象的だったので、一部を引用しておきたい。

「時代は急速に変わっている。世界の変化は、後藤田さんの亡くなったあとの2006年の始めに、既に始まっていた。日米同盟を基軸に世界を考えていればそれがそのまま日本の世界戦略となった時代は、過去のものになりつつある。アメリカでブッシュ政権が終われば、そのことは一層明らかになるだろう。

これからのアメリカにとって日本はアジアの中心ではないし、悲観的に考えればアメリカにとっての「特別の国家」ですらなくなるかもしれない。米国の大統領候補たちが外交政策を発表しているが、中国の陰に霞む日本の姿は、虫眼鏡をもって探さなければ見つからないほどだ。これからは、日本に対して『オマエはオマエ、オレはオレ』のメッセージがアメリカの一部から聞こえてくることも覚悟しなければなるまい。逆に、アメリカの北朝鮮への対応によっては、日本の中にアメリカへの不信感が出てくる怖れもある」

「そもそも日米関係が世界の中で果たしていた比重が相対的に小さなものになった。アメリカの影響力も減退した。世界でのアメリカの信頼性を計る調査では、イスラエル、イタリア、日本といった少数の国を除けば、世界の多くの国の人々がアメリカよりも中国を選好しているという衝撃的な数字が出ている。アメリカはイラクを巡る不手際から全イスラムを敵に回してしまったが、それだけではない。時として強引な価値観の押しつけと、同じ原則を国によって違えて応用する恣意性の故に、アメリカは新興世界に対しての指導的な地位を失ってしまったのである。日米の比重が低下したぶん、中国、ロシア、インド、ブラジルを始めとする新しいプレイヤーの動向が世界の動きを大きく規定することになった。世界は完全に新しい時代に入った」


本書が発行されたのは2006年のこと。今から15年近くも前に、トランプの出現や中国の台頭を予言しているかのようである。冷静に世の中を見ていると、ここまで予見できるものかと驚嘆してしまった。佐々氏も異能の人であったが、岡本氏も同類、類は友を呼ぶということであろう。



【目次】

後藤田さん逝く

台湾騒擾と天安門事件
 ―機動隊「二都物語」(竹下登内閣・宇野宗佑内閣)

湾岸戦争とソ連邦崩壊
 ―冷戦終焉と世界新秩序(海部俊樹内閣)

PKO文民警察官殉職事件
 ―「行かせた者」と「行かされた者」(宮澤喜一内閣)

対露ODA「ポチョムキン村」騒動
 ―五五年体制の崩壊、自社倒れ「日本新党」誕生(細川護煕内閣・羽田孜内閣)

阪神・淡路大震災とオウム真理教地下鉄サリン事件
 ―自社連立政権下日本の運命(村山富市内閣)

ペルー青木大使公邸占拠事件
 ―国際テロの世紀へ(橋本龍太郎内閣)

テポドン、ハイジャック、不審船、沖縄サミット
 ―惜しみてもあまりある未生の危機管理宰相の急死(小渕恵三内閣)

えひめ丸衝突沈没事故
 ―ガルフ危機ならぬゴルフ危機(森喜朗内閣)

9.11同時多発テロ、拉致、不審船、イラク人質事件
 ―織田信長型危機管理宰相と後藤田正晴(小泉純一郎内閣)

等身大の後藤田正晴
 ―晩年に見せた意外な素顔

最後の内務官僚

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◇1931 『1兆ドルコーチ−シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』 >エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル/ダイヤモンド社

本書は複数のソース(何であったかは失念)で取り上げられており、評判もよかったので購入してみたもの。しかしながら、読み始めてすぐに、何だか当たり前のことが書いてあるなぁと興味を失い、読書を中断してしまっていた。

アメリカのシリコンバレーの最先端では、スピードと成果が求められ、人間関係もギスギスしているのであろうか。足の引っ張り合いなども容易に想像できてしまう。しかしながら本書では、むしろ他人に対する思いやりやチームへの貢献といったことが重要だと説かれている。典型的な日本企業で育った私としては(もちろん日本企業にも陰湿な足の引っ張り合いはあるが)、当たり前のことのように感じてしまったのだ。

しかしながら、本書で描かれているビル・キャンベルという人物は、そんな当たり前のことが当たり前ではない世界で、自分の信念を貫き通したという点で、大いに評価されるべきなのであろう。そしてアメリカ企業は、一旦良いと思えば、徹底的にその考え方や思想を取り入れてしまう。今やビルの教えを受けたアメリカ企業は日本企業よりも働きやすい、働き甲斐のある職場を実現しているのではなかろうか。

本書に関しては、文書の引用というよりも、気になったキーワードやセンテンスを記録しておきたい。その方が、本書にふさわしいと感じたのだ。

・心理的安全性が高いチームではパフォーマンスが高まる。

・ビジネスの世界では「思いやり」が成功のカギ。

・チームのコミュニケーションが取れているか、緊張や対立が明るみに出され話し合われているか、大きな決定が下されるときは賛成しようがしまいが全員がそれを受け入れているか。

・他人からのコーチングを脅威に感じるのは自信のないマネージャー。逆に言うとコーチングを受け入れるのは自信の表れ。

・トップ(上司)よりも、同僚からの評価に注意を払うこと。

・コンセンサスではなく最適解を得ることが重要。コンセンサスを目指すと「グループシンク(集団浅慮)」に陥り意思決定の質が低下しがち。

・重要なのは短期目標の達成ではない。オペレーショナル・エクセレンスが少しでも欠けた状態を許さないことのほうが重要である。

・信頼している相手には、安心して自分の弱さを見せられる。

・コーチは何が起こっているかを常に把握しておき、コーチする相手からはプライバシーを尊重してくれる存在と見なされていなくてはならない。

・リーダーにふさわしいのは好奇心旺盛で、新しいことを学ぶ意欲にあふれた人物。利口ぶった傲慢な野郎は願い下げだ。

・コーチとは、自分がなれると思っている人物になれるように、聞きたくないことを聞かせ、見たくないものを見せてくれる人だ。

・ビルが求めたコーチャブルな資質とは、「正直さ」と「謙虚さ」、「諦めず努力を厭わない姿勢」、「つねに学ぼうとする意欲」だ。

・人の話を聞かないことが多くのリーダーに共通する特徴である。もっと耳を傾ければ誰もが今より賢くなれる。ただ言葉を聞き取るだけでなく、相手が言いそうなことを先回りして考えたりせず、とにかく耳を傾けること。

・正直で偽りのないフィードバックを与えることの大切さ。相手の尊厳を守り、誠意を大切にしながらも、パフォーマンスに対する厳しい評価を与えることはできるのだ。

・優れたボスになるために必要なことは、相手を大切に思っていることを分かってもらえるような形で本音を伝えること。

・ビルは4つの資質を人に求めた。(1)知性、遠い類推=かけ離れたものごとをつなげる発想。(2)勤勉。(3)誠実。(4)グリットを持っていること=打ちのめされても立ち上がり、再びトライする情熱と根気強さ。

・「会社のことを心から考えている、本物のチームプレーヤーがいる。彼らの意見に僕は一目置いている。正しい立場から出た意見だと知っているからだ」

・ビジネスであれスポーツであれ、誰の手柄になるかを気にしなければ、とてつもないことを成し遂げられる。

・「リーダーが先陣に立たなくてどうする。迷っている暇はない。本気でやるんだ。失敗するのはいいが、中途半端はダメだ。君が本気で取り組まなかったら、誰が本気を出すというのか。やる以上は全力でやれ」

・人を大切にするには、人に関心を持たなければならない。




【目次】

1 ビルならどうするか?―シリコンバレーを築いた「コーチ」の教え
2 マネジャーは肩書きがつくる。リーダーは人がつくる―「人がすべて」という原則
3 「信頼」の非凡な影響力―「心理的安全性」が潜在能力を引き出す
4 チーム・ファースト―チームを最適化すれば問題は解決する
5 パワー・オブ・ラブ―ビジネスに愛を持ち込め
6 ものさし―成功を測る尺度は何か?

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○1932 『渚にて』 >ネヴィル・シュート/創元SF文庫

背表紙あらすじ:第三次世界大戦が勃発、放射能に覆われた北半球の諸国は次々と死滅していった。かろうじて生き残った合衆国原潜“スコーピオン”は汚染帯を避けオーストラリアに退避してきた。ここはまだ無事だった。だが放射性物質は確実に南下している。そんななか合衆国から断片的なモールス信号が届く。生存者がいるのだろうか?―一縷の望みを胸に“スコーピオン”は出航する。迫真の名作。

在宅勤務でずっと机に座りっぱなしでいると、読書しようという気力が失せてしまう。あれほど本好きだったのに、読書が少し億劫に感じてしまっている。仕事で集中力を使い果たしているのか、読書に集中できないのだ。これではいかんと、娯楽性のある小説を手にしてみることにした。

選んだのはずっと読みたいと思っていたネヴィル・シュートの『渚にて』。どれくらい「ずっと読みたいと思っていた」かというと、高校生の頃に遡る。当時、星新一さんから派生して筒井康隆さんや小松左京さんといった日本のSFにはまっていたのだが、確か筒井さんのエッセイで「終末物」というジャンルがあるのを知ったのだ。

当時は冷戦の真っただ中、核戦争が決して非現実的ではなかった時代である。筒井さん自身も『霊長類南へ』という核戦争後のSFパロディを書いており、それに関するエッセイだったと記憶している。もちろん小松さんの『復活の日』もその中の1冊なのだが、数冊紹介されていた終末物の中で『渚にて』というタイトルが、何とも素敵でずっと記憶の片隅にあったのだ。

高校生から約30年を経て、ようやく手にした作品。物語は世界の南端であるオーストラリアが舞台。ソ連が不凍港を得るために上海を奪いたいと考え、そこに核兵器を投下しようと考えたのだ。上海を始めとする中国各地は放射能で汚染されるが、ソ連は十数年で再び人が住めるようになると予測し、長期的な戦略を立てる。中国はこれに対抗し、ソ連を殲滅するのではなく、ロシアを大昔の農耕民族に戻すべく工業地帯を核攻撃していった。このどさくさに乗じてエジプトがアメリカを攻撃するなどして、世界は第三次世界大戦、つまり全世界的な核戦争に突入してしまった。これにより北半球は壊滅。それにとどまらず、核の汚染がじわりじわりと南半球へ忍び寄ってくる様を描いたのがこの作品である。

戦争はひとまず終結しているので、そこに描かれているのは非常に静かな世界である。潜水艦を利用して、北半球の状況を調査するも人類が生存している可能性はゼロ。そうしている間にもオーストラリアに核の影が近づいてくる。オーストラリアの人々は、一部で自暴自棄になりつつも、大半は今この時間を大切に生きようと、自分たちの生活を見つめなおす。

カーレースに興じる者、釣りに出かけるもの、ワインを飲むもの、家庭菜園を手掛けるもの。。。これまでの日常の延長に幸せがあるかのように、人々は普通の行為によって恐怖を紛らわせようと試みる。そんな有様が、妙にリアルであり、何度もページを繰る手が重くなってしまった。

放射能という目に見えない恐怖。まるで今のコロナ禍を彷彿とさせる世界であった。よりによって何故こんなに気持ちが暗くなる小説を選んでしまったのかと、自分を責めつつも、結局最後まで止められずに読了。名作と言われるだけあり、物語に深く深く引き込まれてしまった。

印象的だったのは主人公の妻が、軍人である夫に、この戦争を防ぐことができなかったのかと問うラストに近いシーンのこと。夫曰く「新聞で、もっと事実を伝えるべきであった。国民は暴力事件やスキャンダルばかりに目をひかれ、政府もそんな国民を正しく導けるほど賢くなかった」。政治の汚点を他のニュースで誤魔化そうとする今の世の中は、数十年前と何も変わっていない。いやむしろインターネットの発達でフェイクニュースが溢れており、事態はより悪くなっているかもしれない。

こういう今だからこそ、長く読み継がれている物語をもう一度真摯に読み返してみるべきなのかもしれない。

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◎1933 『CFO・最高財務責任者の新しい役割』 >ジェレミー・ホープ/ファーストプレス

五常CFOの堅田さんが紹介していた本。素晴らしい本であり、文句なしの◎であった。読み進めるのに苦労し、読了までに1カ月くらいかかってしまったが、じっくりと熟読すべき価値のある本。

アメリカの現地法人で仕事を進めるにあたって、本書は本当に参考になった。どういった仕事をすべきかと思い悩んでいたところに、一筋の光明が見えたような感覚。

もちろん、現地の状況を自分なりに把握し、自分の頭で考えて、自分で行動に移さなければならない。本から得られる知識や情報はほんの一握りであることは自覚をしつつも、何の武器も持たずに闇雲に一歩を踏み出すよりは、少しでも理論武装して前に進む方がリスクは少ないであろう。

アンテナを高くしていれば、必要な情報に巡り合うことができるという好例かもしれない。このタイミングで本書に出会えたことに感謝。これまでたくさん読んできた財務系の本のなかで、一番腹落ちするものだった。

私はいつも良書に出会った際は、あえて引用をしないようにしている。何度も再読をすることが前提だからだ。本書もそのポリシーに則り、感想を書くに留めておく。しばらくは座右の書になりそうだ。



【目次】

序章
第1章 CFOは自由の戦士である
第2章 CFOはアナリストでありアドバイザーである
第3章 CFOは変化適応型マネジメントの設計者である
第4章 CFOはムダに立ち向かう闘士である
第5章 CFOは業績測定のリーダーである
第6章 CFOはリスク管理の達人である
第7章 CFOは業務変革のチャンピオンである

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◇1934 『花王の経理パーソンになる』 >吉田栄介/中央経済社

自動車免許の期限延長をする際に、久しぶりに水戸駅の大型書店へ行って見つけた本。新型コロナウイルスの影響で書店へ足を運ぶ機会がほとんどなくなってしまい、以前にも増してAmazonに頼ってしまっていたので、久しぶりの書店は非常に心地よかった。やはりネット書店では味わえない、本との出会いというのを感じることができる。本書もたまたま会計のコーナーで見かけて、そんな類の出会いであった。

しかしながら、読み始めてみると内容は経理の初心者向けのもの。新入社員から入社数年目の人向けに書かれたものと言ってよいであろう。よって、結果としては既知の情報が多く、パラパラと読み飛ばす程度の読書になってしまった。

とはいえ「花王」という経理の世界では優等生の会社の内情を、ここまで細かく説明した書籍は資料として貴重である。ところどころ「へぇ花王ではこんな管理をやっているんだ」と手を止めて熟読するところもあり、楽しい読書であった。特に印象的だったのは直接原価計算という手法を採択している点。財務会計と管理会計を完全に切り離し、目的に応じた手法を選択しているところが花王らしいと感じた。

経理関係の新入社員のみならず、他社事例を研究したい方にとっても、よい資料になる書籍である。私も、しばらくは手元に置いておこうと思っている。



【目次】

序章 入社から研修期間前半
第1章 研修期間後半
第2章 工場経理
第3章 本社管理部管理会計グループ
第4章 本社財務部
第5章 経理企画部

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◇1935 『外国人部下と仕事をするためのビジネス英語−指示・フィードバック・業績評価』 >ロッシェル・カップ/語研

海外駐在にあたって会社の事前研修に参加した際に紹介された本。ふと思い出したのだが、前回の海外赴任である中国に行った際は、人事異動の発令が6月1日と定期異動から外れていたため、この手の事前研修を受講できなかったのだ。自分なりに必死に勉強して、何とか大過なく任を終えることができたが、やはり知識というのは無いよりは有る方が良い。

本書のような書籍の紹介もその1つであろう。今でこそ、さまざまな経験を通じて、外国人との付き合い方もある程度は心得ているつもりだが、やはりこの手の本を読むと、自分が知らなかった「世界の常識」に触れることができる。また、本書ではそういったやり取りを会話の実例を用いて解説しており、非常に有用だと感じた。

特に日本人が苦手なフィードバックや給与アップの交渉など、日本語ですら難しいのにこれを英語で出来るのだろうかと不安になるような内容を、懇切丁寧に説明してくれている。もちろん、現実の世界はケース・バイ・ケースであり、本書を読んだからといって、すべてがうまくいくわけではない。しかしながら本書を読むことで、一程度の「心構え」が出来るのではなかろうか。

本書はタイトルこそ「ビジネス英語」と付されているが、むしろ異文化マネジメントの本である。初めての海外駐在の方、ある程度のポジションで赴任される方は、英会話の部分は読み飛ばして構わないので、解説部分を一読しておくことをお勧めしたい。



【目次】

はじめに

第1章 外国人は上司に対して、どんな期待を持っている?
・日本式マネジメントからグローバルマネジメントへ

第2章 指示の与え方
・外国人に対して指示を出すとき、どのくらい丁寧にすべきか?
・期待された仕事をしてもらうためのコツ

第3章 フィードバック
・外国人にとって「言わぬが花」や「以心伝心」は通用しない。
 部下との良い関係を保つためのフィードバックの役割とは?
・日本にフィードバックが存在しない理由
・フィードバックがなぜ、外国人部下に使えるのか?
・フィードバックの種類
・ポジティブ・フィードバックの3つの基本ステップ
・ネガティブ・フィードバックを行う上での留意点
・ネガティブ・フィードバックの3つの基本ステップ
・ネガティブ・フィードバックの変形
・通常の仕事の中でのフィードバック

第4章 仕事ぶりに問題がある時の対処法——1回だけの失敗・問題の場合
・外国人部下が失敗・問題を起こした時の対処法とは?
・怒鳴るマネージメントは通用しない
・「叱る」ことに関する日本独特の文化

第5章 仕事内容・仕事ぶりに問題がある時の対処法——パターン化している場合
・日本人の上司は問題を放置する傾向にある
・コーチングとカウンセリング
・部下の仕事ぶりに問題がある時、どのような対処をすべきか?
・外国人部下からの謝りの言葉を期待しない
・Progressive Discipline(段階的懲罰制度)とは?

第6章 勤務評定(Performance Evaluation)をする
・日本人と外国人の考える勤務評定にはギャップがある
・日本企業の勤務評定は、形式的に行われる場合が多い
・欧米の勤務評定は上司と部下の真剣勝負の場である
・勤務評定の目的
・勤務評定のために記録をつける
・勤務評定で日本人管理職が犯しやすいミス
・部下とよい勤務評定を行うのに必要なこと
・勤務評定で使える表現

第7章 部下が昇給の依頼をした時の対応の仕方
・外国人と日本人の給料に関する意識の差
・給与は同業社のそれと常に比較してみる
・日本人と外国人の給与交渉に対する考えは大きく違う
・給料の交渉の仕方
・昇給依頼への対応で気をつけること
・昇給依頼に対する具体的な対応

第8章 部下の職務内容(Job Description)に追加・削除を行う場合
・新しい職場になった場合、どうやって仕事を始めるべきか?
・外国人社員に理解しがたい日本式の曖昧な職務内容
・ジョブ・ディスクリプション(職務内容記述書)とは?
・日本人管理職がジョブ・ディスクリプションの作成を嫌がる理由

第9章 仕事のプライベートのバランスの問題について部下と話す
・外国人の仕事とプライベートのバランス
・残業の必要性に対する考え方の違い
・海外企業と日本企業の雇用事情
・アメリカで流行するワーク・ライフバランス
・仕事とプライベートのバランスについて話す

第10章 部下に残業を依頼する
・外国人と日本人の残業に対する意識
・日本企業の残業に対する意識改革の必要性
・外国人部下に残業を頼む

第11章 部下から他の社員の行動や振る舞いを報告された場合
・部下の不満や苦情に対する上司の役割
・苦情の対応の仕方
・セクハラがあった場合の上司以外の人の責任

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◇1936 『ハムレット』 >シェイクスピア/新潮文庫

背表紙あらすじ:城に現われた父王の亡霊から、その死因が叔父の計略によるものであるという事実を告げられたデンマークの王子ハムレットは、固い復讐を誓う。道徳的で内向的な彼は、日夜狂気を装い懐疑の憂悶に悩みつつ、ついに復讐を遂げるが自らも毒刃に倒れる―。恋人の変貌に狂死する美しいオフィーリアとの悲恋を織りこみ、数々の名セリフを残したシェイクスピア悲劇の最高傑作である。

気分転換に小説を読みたい気分になったというのは『渚にて』で書いた通り。Kindleのほしいものリストには、沢山の候補となる小説を入れてあるのだが、よく考えたら購入済みの積読本が残っている。PDFにしてiPadに入れてある小説が何冊かあるので、まずはそちらから読み進めることにした。

と言っても、面白そうな小説は先に読んでしまうので、残っているのは古典ばかり。多いのはシェイクスピアの作品群。読書好きなのに、シェイクスピアも読んだことがないというのは情けないかなと思い、古本屋でまとめ買いしたもの。古典という意味では、日本の作家、例えば夏目漱石、芥川龍之介、太宰治などの作品も未読が多いのだが、こちらは青空文庫なども出ているので、ついついいつでも読めると考えてしまっている。。。

さて、最初に手にしたのが『ハムレット』。シェイクスピアの四大悲劇と言われるシリーズの一冊だ。ちなみに四大悲劇とは『ハムレット』『オセロー』『リア王』『マクベス』。シェイクスピアは1600年頃の劇作家だが、今でも小説家や脚本家に多大なる影響を与えているとのこと。しかしながら、私にとってはなかなか敷居が高く、ずっと積読本になっていたのだ。

読み進めてみると200ページほどの作品であり、しかも脚本の台詞形式なので、すらすらと読み進めることができる。ストーリーも面白く、途中で飽きたり、難しくて分からないといったこともなく、一気に読了できてしまった。これならば、もっと早く手に取っておくべきであっただろうか。

しかしながら、こういった人間模様を描いた作品は、若い頃の私には咀嚼できなかったのではなかろうか。ミステリーなど、心理描写よりもストーリーそのものの面白さに惹かれて読書を始めたため、恐らく若い頃の私には本書の面白さは理解できなかったであろう。

物語は父を殺した叔父と王子ハムレットの確執を描いたもの。王子が狂人のふりをして吐いていく台詞がなんとも文学的で面白い。訳文は若干古めかしい日本語だが、その古めかしさが物語に重厚感を与えている。有名な「生か、死か、それが問題だ」という台詞も登場し、なるほどこの場面での言葉だったのか、と妙な感動をしてしまった。

ラストシーンは壮絶。なるほど悲劇の代表作と言われる所以であろう。ハッピーエンドが好きな私好みのラストではなかったが、何故か納得感のある、腹落ちするラストであった。

この調子で、一気にシェイクスピアの作品を読み切ってしまおうか。。。

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◇1937 『オセロー』 >シェイクスピア/新潮文庫

背表紙あらすじ:ムーア人の勇敢な将軍オセローは、サイプラス島の行政を任され、同島に赴く。副官に任命されなかったことを不満とする旗手イアーゴーは、策謀を巡らせて副官を失脚させた上、オセローの妻デズデモーナの不義をでっちあげる。嫉妬のあまり、妻を自らの手で扼殺したオセローは、すべてが、イアーゴーの奸計であったと悟り自殺する。シェイクスピアの後期の傑作で、四大悲劇の一つ。

『ハムレット』につづいてのシェイクスピア作品。『ハムレット』が思いのほか読み易かったので、続けて読んでみることにした。

本書『オセロー』は一言で言うと「嫉妬の物語」と言えようか。同僚に嫉妬する男性が、男女間の嫉妬を利用して狡猾に立ち回る話だ。しかしながらその企みは露見してしまい、予想通り悲劇の結末を迎える。

本書が書かれたのは400年も前のことだが、いつの世の中も変わらないのだなと、ある種の「人間」という生き物に対する諦念すら感じる。出口治明さんが、人間は1万年以上も能力的には進化・進歩していない、とおっしゃっていたのを思い出す。

他人からの嫉妬を避ける最大の方法は、謙虚に生きることであろうか。アイツなら仕方がないと言わしめるくらい人よりも努力をすることであろうか。

物語そのものは、スラっと読めてしまい、少し物足りない感じがした。訳者による「解題」でも、本書は他の悲劇と比べると少し毛色が異なるというようなことが書かれていた。まだ2冊しか読んでいないので、まずは他の作品も楽しんでから、総合的に評価すべきなのかもしれないが。

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◇1938 『老人と海』 >ヘミングウェイ/光文社文庫

背表紙あらすじ:数カ月続く不漁のために周囲から同情の視線を向けられながら、独りで舟を出し、獲物がかかるのを待つ老サンチャゴ。やがて巨大なカジキが仕掛けに食らいつき、三日にわたる壮絶な闘いが始まる…。決して屈服しない男の力強い姿と哀愁を描く、ヘミングウェイ文学の最高傑作。

私のKindleの蔵書は「コレクション」という機能を利用してカテゴリー別に整理している。シェイクスピアは「古典」カテゴリーなのだが、同じところにヘミングウェイの『老人と海』を保管してあるのに気がついた。ヘミングウェイといえば、シカゴの出身。こちらも読んでみたいなと手に取った。

アメリカ人の作家に関してはどの時代を生きた人物なのか時間的な知識が全くなく、ヘミングウェイも古い作家だという認識で、1700年〜1800年代だと勝手に思い込んでいた。ところが冒頭の港のシーンで、トラックが出てきたり冷蔵庫が出てきたりして、ガソリンや電気が普及している時代の物語だと知る。意外と新しい物語だということにちょっとびっくりした。

『老人と海』という作品は、中学生の頃だろうか、教科書で一部を読んだ記憶がある。しかしながら、そんな記憶は忘却の彼方、まったくの新しいストーリーとして読み進めることが出来た。主人公である老人は漁師だが、80日以上も不漁であり、勝負を掛けようと沖合まで船を走らせる。

そこで出会った大物との格闘。手に汗を握るシーンだ。大変な場面にもかかわらず、ふと野球の試合結果のことが気になったりするのがリアリティを増している。余計なことを考えるな、いまは魚に集中するんだ、という独白が心に響く。

本書も電子書籍で読んだのだが、ページの右下にどの程度まで読んだのか進捗率(パーセンテージ)が表示されている。2日間にわたる苦闘の上、ようやく獲物を仕留めた老人。しかしながら、本のパーセンテージは50%を少し超えた程度。これで終わりではないのか。。。

獲物が大きすぎて船には乗せることができず、ロープで船の側舷に縛りつけて帰路を急ぐ老人。しかしながら獲物を仕留める際に銛を使ったため、魚の血が流れだしており、その臭いに釣られて鮫がやってくる。物語の後半は鮫との格闘だ。

せっかく釣り上げた獲物が、じわりじわりと鮫に奪われていく様は、読んでいられなかった。ページを繰る手が重くなる。結局、頭と尻尾だけを残して鮫に食べつくされてしまう大物。無事に帰還できていれば一冬越せる程度のカネが手に入っただろうに。

何とか港に戻った老人はそのまま小屋に戻って眠りこけてしまう。しかしながら、港では残っていた頭と尻尾、そしてそれをつなぐ背骨から、老人が大物と格闘したことを皆が知ることになる。獲物は失われてしまったが、老人は名誉を守ったのだ。

ほんの数人の登場人物だけで、ここまでの作品を描いた筆力。何かを暗示しているかのような老人の生き様。シンプルなストーリーだけに、いろんなことを考えさせられてしまう。シェイクスピアとは違った、生々しい「悲劇」は、短いながらも読みごたえのある作品だった。

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○1939 『トヨトミの野望−小説・巨大自動車企業』 >梶山三郎/小学館

背表紙あらすじ:愛知県豊臣市に本社を構える世界的自動車企業、トヨトミ自動車。フィリピンに左遷されていた武田剛平はどん底から這い上がり、社長に昇りつめた。創業家とはなんの関係もないサラリーマン社長はその豪腕で世界に先駆けてハイブリッドカーの量産に挑戦する。いっぽう、創業家出身の豊臣統一は入社以来、豊臣家の七光りと陰口を叩かれながらも、いつの日か武田剛平を越えてやろうと野心を抱いていた。自動車王国アメリカでのロビー活動、巨大市場中国の攻略、創業家との確執―世界と戦う企業の経済戦争を描いた衝撃フィクション!

Amazonプライムの読み放題にリストアップされていたもの。どこかで聞いたことがあるタイトルだと思い、ダウンロードする前に検索してみるとなかなか面白そう。(ちなみにどこかで聞いたことがあると思っていたのは『プリンセス・トヨトミ』だった。こちらも未読)

フィクションということにはなっているが、トヨタ自動車の内幕を小説仕立てで書いた物語である。読めばすぐにそれと分かる人物像。少しWebを検索しただけで、下記のような情報ソースにたどり着くことができる。

・武田剛平→奥田碩氏(現トヨタ相談役、元経団連会長)
・御子柴宏→張富士夫氏(現トヨタ名誉会長) 
・豊臣統一→豊田章男氏(現トヨタ社長)
・豊臣新太郎→豊田章一郎氏(現トヨタ名誉会長、元経団連会長)

私自身、豊田章男氏に対しては、さほど悪い印象は持っていなかったのだが、本書を読むと少しがっかりするような人物として描かれている。しかしながら米国で起こったリコール事件をきっかけに、人物が大きく成長したとのこと。私が知っている章男氏は、生まれ変わった後だったのだろう。

社内政治や軋轢を描いた小説は、高杉良の作品でたっぷりと堪能したので若干食傷気味だったのだが、本書は読んでいて非常に面白かった。あのトヨタ自動車がと想像しながら読むから面白いのだろうか。我ながらちょっと野次馬根性が入っているなと、反省もしたり。

興味深かったのはアメリカにおけるロビー活動。「ロビー活動」という言葉は聞いたことがあったが、具体的に何をしているのかはよく理解していなかった。特に大企業になればなるほど、経済活動をしていく上で、各種規制が自社に良い影響を与えるか悪い方向に働くかなど、政治的な動きが必要になることもあるだろう。自動車メーカーの意外な一面を垣間見た気がした。私が赴任する米国法人の規模では、このようなロビー活動とは無縁だとは思うが、こういった動きがあるということを知っておいて損はないと感じた。

それでは強烈な個性を持つ武田社長の言葉を中心に、気になったところを引用。

・フィリピン駐在時代の武田に大学の同窓会を作ろうと持ちかけたところ「そんな暇があるならひとりでも多くのフィリピン人と知り合いになれ、汗をかいて走り回れっ」

・(堤の父親の回想)「トヨトミの本社は凄いんだぞ、役員フロアの廊下はいつもオイル塗れなんだ、と。全役員がしょっちゅう工場を見て回り、技術者や作業員と膝詰めで話し合い、生産ラインを前に改善と研究を重ねるから靴がオイルで汚れるのだそうです。そのオイル塗れの靴のまま役員室に駆け込み、ばりばり仕事をこなすんですね」

・「おまえら、アメリカがどれほど怖い国か知らんだろう。あれほど国益に敏感な国はない。うちがこのまま輸出を続ければ、貿易摩擦が再燃してしまう。いまは目先の儲けより、アメリカの感情を損なわないことが大事なんだっ」

・「ずっと読みたいと思っていたチャーチルの『第二次世界大戦』とギボンの『ローマ帝国衰亡史』、それに『ドン・キホーテ』『平家物語』だ」

・「ビジネスは戦争です。社長はその最高指揮官です。最高指揮官の仕事は会社が進むべき方向を社員に示すことに尽きます。方向を誤ってしまえば会社は破綻し社員とその家族は路頭に迷います。どうか怯むことなく、臆することなく、全世界三十万人の社員に正しい針路を示していただきたい。我らがトヨトミ自動車がさらなる五十年、百年を生き抜くために」 そして最後、こう記してあった。「進むも地獄、退くも地獄。ならば統一さん、進みませんか。想像を絶する逆境のなか、ひたすら戦い続けて、前のめりに斃れていった豊臣家の人々の、その強靱な気高き魂を引き継ぐあなたであれば、必ずや成し遂げられます。私はあなたの力量を信じています」


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◎1940 『英語のお手本−そのままマネしたい「敬語」集』 >マヤ・バーダマン/朝日新聞出版

ずっと手元に置いてあったのだが、良い意味で、なかなか感想を書く気になれなかった本。「良い意味で」とは、きちんと咀嚼してから感想を書きたいと思い、温めておいたということ。奥付を見ると第5刷発行が2015年11月となっている。いつ頃購入したかも覚えていないが、恐らく東京の書店で見かけて買ったのであろう。

英語にも敬語があるらしいぞ、と知ったのはその前後。しかしながら、中国と香港で英語を覚えた私にとって、ブロークン・イングリッシュこそが、世界共通語だと開き直っており、とにかく通じればよいと思っていた。しかしながら、次は出来れば欧米で働いてみたいと考え始め、そうであれば少しは洗練された英語も必要だと思い、評判になっていた本書を手にした次第。

しかしながら、高尚な英語は私にとってはハードルが高く、まどろっこしく、文法が嫌いなように、本書も毛嫌いして読み進めることができなかったのだ。その内読まなければと、本棚の目立つところに置いておいたにも関わらず、放置されていた一冊。それが、急に活躍するようになったのはアメリカの駐在が決まってから。

現地の同僚とやり取りをするのに、やはり丁寧な英語を使いたいと思い、本書を参考にするようになったのだ。実はこの他にももう一冊、英語でのメールの書き方についての本を持っているのだが、そちらは逆に文例が多すぎて使えない(どの例文を使えばよいか迷ってしまう)。その点、本書は160ページという手軽さで、いたってシンプルな構成。まさに私にピッタリの教科書である。

最初から最後まできちんと精読し、例文を全てノートに書き写してみた。その上で、よく使う表現が含まれているページには付箋をつけ、いつでも参照できるようにした。特に使用頻度が高いのが「依頼」「意見」「感謝」に関する言い回しであろうか。これに「謝罪」(めったに使わないが)が加われば、私の仕事の大半はカバーしてくれる。

完全に咀嚼できたとは言えないが、使い始めて3カ月、本書を参照する回数は随分と減ってきた。ビジネスというのはある意味ワンパターンであり、依頼や意見を言う中身は変わっても言い回しはさほど大きく変わらない。何度も本書を見ながら、見よう見まねで英文メールを打っているうちに、少しずつ手の方も慣れてきたと言えようか。

とにかく、ワンランク上の英語を目指したい方には必須の名著と言えよう。



【目次】

0 英語の「敬語」
1 メールの基本
2 招待する・依頼する
3 問い合わせる
4 電話対応
5 謝罪する
6 確認する・催促する
7 お知らせする
8 意見を述べる
9 毎日のオフィス英語

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◇1941 『リア王』 >シェイクスピア/新潮文庫

背表紙あらすじ:老王リアは退位にあたり、三人の娘に領土を分配する決意を固め、三人のうちでもっとも孝心のあついものに最大の恩恵を与えることにした。二人の姉は巧みな甘言で父王を喜ばせるが、末娘コーディーリアの真実率直な言葉にリアは激怒し、コーディーリアを勘当の身として二人の姉にすべての権力、財産を譲ってしまう。老王リアの悲劇はこのとき始まった。四大悲劇のうちの一つ。

こちらもハムレットの名作。タイトル名は聞いたことがあるが、どんなストーリーかも知らず、興味を持って読み進めた。非常に単純化してしまうと、財産(と権力)を巡る親子の確執の物語、といえようか。

これまでのハムレット作品は、読み進めているうちに登場人物の名前を覚えることが出来たのだが、今回はリア王の娘が3人いて、それぞれに夫がいるため、途中で頭が混乱してきてしまい、巻頭にある人物表の一部をメモに書き写して読み進めた。

・リア王
・長女ゴリネル、夫はアルバニー公爵
・次女リーガン、夫はコーンウォール公爵
・三女コーディリア、フランス王の元へ
・グロスター伯爵、息子はエドガー、庶子はエドマンド

リア王とその娘たちの確執と、グロスター伯爵とその息子たちとの確執が、入り組みながら物語は進んでいく。ラストは大半の登場人物が死んでしまうという悲劇。ちょっと殺し過ぎだろうとも感じてしまうが、まぁこの時代であれば、そういったものなのかもしれない。

自分さえよければいい、そのためには他人の足を引っ張ってもいい、そんな思いが錯綜する物語。そんな中にも救いはあるもので、コーディリアやエドガーは人間の良い面を映し出す象徴的な人物。いつの時代になっても、人間の本質は変わらないということを、思い知らされる作品であった。

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◇1942 『マクベス』 >シェイクスピア/新潮文庫

背表紙あらすじ:かねてから、心の底では王位を望んでいたスコットランドの武将マクベスは、荒野で出会った三人の魔女の奇怪な予言と激しく意志的な夫人の教唆により野心を実行に移していく。王ダンカンを自分の城で暗殺し王位を奪ったマクベスは、その王位を失うことへの不安から次々と血に染まった手で罪を重ねていく……。

本書でシェイクスピアの四大悲劇を読破したことになる。在宅勤務が続く中、よい気分転換になった。『マクベス』は130ページほどの短い作品。現代小説を読みなれた私としては、構成やセリフがとてもシンプルに感じて、少し物足りなさもあったが、逆に考えると、さまざまな冗長な描写を削ぎ落した究極の作品と言えるのかもしれない。シンプルだからこそ、本質を突いており、長い間読み継がれてきたのだろうか。

これまで読んだ3作品は、どれも主人公が被害者側だった。『ハムレット』は父親を殺された王子、『オセロー』は部下に裏切られた将軍、『リア王』は娘に裏切られた王の話だった。しかしながら本作『マクベス』は主人公が裏切りの加害者側、自らが王を裏切る立場である点が、他の作品と異なっていた。

不思議なことに、裏切った人間の苦悩を描写しているシーンの方が、リアリティがあり、面白いと感じてしまった。裏切りによって手に入れた地位は安定しているとはいえず、常に悪夢や白昼夢に悩まされる。地位や身分は正当に手に入れなければ意味がないということであろう。

現代社会に置き換えてみると、殺されることは無いにせよ、社内の人事抗争などで出世する人と左遷される人とで明暗が分かれてくるなどはよく聞く話。他の作品でも感じたことだが、人間の本質は変わらないということであろう。変わらないのであれば、変わることを期待するのではなく、人間とはこのような哀れなものなのだという諦念を以て現実社会と向き合う方がよいのであろうか。

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◇1943 『天、共に在り−アフガニスタン三十年の闘い』 >中村哲/NHK出版

中村哲さんのアフガニスタンに関するインタビュー記事を読んだ後、書店で見かけて購入したもの。中村さんご自身が亡くなられたという事実もあり、なかなか手を出せずにいたのだが、少し読み始めると一気に引き込まれて読了してしまった。文才もあり、本当の意味での知恵・知性を持った素晴らしい方だったのだと改めて感じさせられた。

本書の前半部分は、中村さんの生い立ちに始まり、アフガニスタンの情勢などについて記載されている。特にアフガンの情勢に関しては、先のインタビュー記事の方がより詳しく、リアルな内容であったように感じた。よって、今回の感想からは割愛したい。ただし、1つだけ気になった箇所があったので、最初にそちらを要約して引用しておきたい。

2002年の復興ブームにのって、アフガニスタンには各国から「復興支援資金」が集められた。しかしながら、カネというものは実情に合わせて使用しなければ意味がない。この支援金は首都カブールの集中して投下されたため、農村部のかつての無医村にいた医者などが、高額で都市部に引き抜かれてしまった。外国人が上から目線の、場当たり的な復興支援を行ったせいで、現場は大混乱してしまった。

現状認識・事実認識の重要性を改めて感じさせられるものであり、今の私の心に大きく響いた。自分の仕事と結びつけるものおこがましいかもしれないが、アメリカの仕事が始まり、何とか役に立ちたいと良かれと思ってやろうとしている施策が、本当に現地の実態に合っているのか、現地の人が喜ぶ施策になっているのか、よく確認してから実行しなければならないと強く思ったのだ。

さて、話が逸れてしまったが、本書の醍醐味は何といっても後半部分の水路を築いてくところであろう。私は素人ながら建築などにも興味を持っており、水路工事はまさに自然と人間が持つ土木・建築の知恵比べの闘いだと思いながら読み進めた。高度な技術や高額の資材を使っての工事には、永続性がない。アフガニスタンの人たちが自分たちでメンテナンスできるような水路を作るというのが、現地に長く居た中村さんならではの方針である。

現地の事情を知らない中途半端な人が工事を計画していたなら、巨費を投じてコンクリートで固めた水路を作り、もし壊れてしまったらそれまで、という極めてお粗末なものが出来上がっていたのではなかろうか。それを中村さんは、蛇篭と柳という、現地で調達が可能であり、現地の人たちが自分で作ることができる材料で、大きな水路を作り上げてしまったのだ。この発想が素晴らしいと思った。

アフガニスタンの水路では、日本の古い技術が随所に活かされている。つまり、大がかりな機械がなかった江戸時代などの技術をもって水路を作ることで、アフガニスタンでも永続性のあるものを作ることができるという発想だ。中村さんは日本に帰国するたびに、古い水路や堤を見て回ったという。

中でも「斜め堰」という技術は、中村さんの故郷に近い筑後川の山田堰というものをまねて作ったそうだ。水路の最大のポイントは河から水路へ水を引き込むところだそうだ。冬の渇水時に合わせた作り方をすると、雨期の増水に耐えられなくなってしまう。しかしながら、これまでは少しでも多くの水を引き込もうと増水や洪水に弱い引き込み口しか作ってこなかったそうだ。それがこの斜め堰を使うと、水の増減に柔軟に対応できる引き込み口を作ることができる。こんなところに、日本古来の土木の技術が活かされていることを知り、何だか嬉しくなってしまった。

それ以外にも、貯水池を作ったり、その周りに植樹をしたりと、出来るだけ自然の力を活用した、洪水対策をほどこしていった。急な増水で危機的な状況にも直面したが、木々が水の力を緩和して大事に至らずに済んだとのこと。自然の力は偉大である。

そんな中村さんが現実を見据えて放った言葉が強烈であった。書き留めておきたい。

平等や権利を主張することは悪いことではない。しかし、それ以前に存在する「人としての倫理」の普遍性を信ずる。そこには善悪を超える神聖な何かがある。

そして、本書の最後はタイトルにもなっている「天、共に在り」という言葉で締めくくられている。

「天、共に在り」 本書を貫くこの縦糸は、我々を根底から支える不動の事実である。やがて、自然から遊離するバベルの塔は倒れる。人も自然の一部である。それは人間内部にもあって生命の営みを律する厳然たる摂理であり、恵である。科学や経済、医学や農業、あらゆる人の営みが、自然と人、人と人の和解を探る以外、我々が生き延びる道はないであろう。それがまっとうな文明だと信じている。その声は今は小さくとも、やがて現在が裁かれ、大きな潮流とならざるを得ないだろう。これが、三十年間の現地活動を通して得た平凡な結論とメッセージである。



【目次】

第1部 出会いの記憶 1946〜1985
 天、共に在り
 ペシャワールへの道

第2部 命の水を求めて 1986〜2001
 内戦下の診療所開設
 大旱魃と空爆のはざまで

第3部 緑の大地をつくる 2002〜2008
 農村の復活を目指して
 真珠の水−用水路の建設
 基地病院撤収と邦人引き揚げ
 ガンベリ沙漠を目指せ

第4部 沙漠に訪れた奇跡 2009〜
 大地の恵み−用水路の開通
 天、一切を流すー大洪水の教訓
 日本の人々へ

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◇1944 『ベニスの商人』 >シェイクスピア/新潮文庫

背表紙あらすじ:ヴェニスの若き商人アントーニオーは、恋に悩む友人のために自分の胸の肉一ポンドを担保に悪徳高利貸しシャイロックから借金してしまう。ところが、彼の商船は嵐でことごとく遭難し、財産の全てを失ってしまった。借金返済の当てのなくなった彼はいよいよ胸の肉を切りとらねばならなくなるのだが――。機知に富んだ胸のすく大逆転劇が時代を越えてさわやかな感動をよぶ名作喜劇。

シェイクスピア作品の中で、唯一ある程度のあらすじを知っていたのが本書である。ネットで調べると喜劇として分類されており、なるほど、楽しく読み進めることができた。(本来ならば結構ハラハラするような展開の物語なのだが、ラストシーンを知っていたので、安心して読み進めることができた)

個人的に悲劇があまり好きではないからであろうか、他の四大悲劇よりも、本作の方が好みだと思った。あらすじは知ってはいたものの、詳細なストーリーは知らなかったので、かの有名な「血の一滴も」の判決を下したのが、この人物だったとは、ちょっと新鮮な驚きであった。

それにしてもユダヤ人のことがひどく描かれていると感じてしまった。まぁ1600年頃の時代背景を考えるとやむを得ないのであろうが。当時、航海に対して資金を出資する話というのは、会計の「資本金」を説明する際によく出てくる事例である。そんな点にも親しみを感じたのかもしれない。

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◇1945 『山田方谷−河合継之助が学んだ藩政改革の師』 >童門冬二/人物文庫

背表紙あらすじ:農民出身ながら、怒涛の時代に、幕政を担う老中の代行役として、備中松山藩(岡山県高梁市)を赤字から黒字経営に転換させ、藩政改革を見事に果たした山田方谷。改革成功の秘訣は何か?民の幸福を願い「人としての誠を貫く」生き方の中に見えてくるものは…。行財政改革に混迷する今の世におくる啓発の一書。

童門冬二さんの小説を最初に読んだのは上杉鷹山だっただろうか。歴史小説なのに箇条書きが多くて、何だかビジネス書を読んでいるみたいだと、最初は好きになれなかった。しかしながら、歴史の人物に焦点を当てたビジネス書だと思って読むようになってからは違和感を感じなくなった。

本書も、山田方谷をモデルにした経営改革の物語として読むことができるだろう。実際に、作中でも方谷の上役である板倉勝静(かつきよ)を子会社の社長、方谷のことを子会社の総務部長と例えているのが何か所も出てくる。そんな現代風歴史小説といってもよい独特の構成が面白い。

そんな中、一番感銘を受けたのは方谷が朱子学や陽明学を学んで得た知見から「義」を重んじた点である。政治改革を断行する際にも、「義」を重視し、大義名分や理屈を大切にしていった。このことが遠回りながらも多くの人の共感を呼ぶことになる。これはまさに経営理念の重要性を説いているといってもよいであろう。

ちなみに方谷が師事したのが佐藤一斎、交流があり議論などを戦わせた相手が佐久間象山、教えを与えたのが河合継之助という錚々たる人物たちとの関わりがあったそうだ。また、幕末動乱の中、急遽、備中松山藩の藩主から老中に登用された勝静を陰日向たに支え、徳川の時代を延命させた立役者が方谷であったというのは本書を読んで初めて知る事実であった。

それでは気になった箇所を要約して引用しておいきたい。

・方谷の態度は一貫して「人としての誠を貫く」ということであった。「誠を貫き続ければ、中国古代の聖人の心情にも達し得る」と考えた。誠を貫くということは(1)結果を自分で考えない。(2)超能力を期待しない。(3)根気と時間が要ることを覚悟する。ということである。このことは「プロセスに全力投球する」ということである。

・天人の理というのは、天の理すなわち天の道と人の理すなわち人の道は合致するということを意味する。この天の道と人の道を『中庸』という儒学の古典では「誠は天の道なり、誠ならんとするは人の道なり」と書いている。すなわち誠というのは天の定めた目標であり、それに到達しようと努力することが人の道なのだ。だから、別々のものではない。一方は目的であり、一方は手段だ。したがってこの両者は一致する。

・今のような選択肢が非常に多い時代に、決断をするということは、51対49である。つまり、その決断によって51人を味方にしたら、49人は必ず敵に回すということだ。その敵を、少しずつ切り崩して味方の中に組み入れるのが、今のトップリーダーの悩みである。


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◇1946 『全アメリカ大統領の履歴書−自由の名による大略奪の220年、44代の野望』 >笠倉出版社

『眼の誕生』を紹介していただいた医師の方から貸していただいた本。何やらおどろおどろしい表紙、聞いたことのない出版社。内容的にはもしかしたら眉唾物のものも含まれるかもしれないなと、気を付けながら読み進めた。

初代大統領であるワシントンから、出版当初(2009年)にはまだ就任予定だったオバマまで、44代の大統領の主な足跡を記した書籍である。想像していた通り、非常にアンチ・アメリカの視点で書かれている。その分、週刊誌のゴシップ記事のような感覚で読み進めることができて、一気に読めてしまったのは皮肉な結果だろうか。

本書は大きく5つのパートに分かれている。建国の時代、南北対立の時代、世界大戦の時代、冷戦の時代、冷戦後の時代。近代史はそれなりに勉強してきたので、世界大戦の時代以降に関しては、ある程度既知の内容が多かった。しかしながら、建国の時代や南北対立の時代に関しては、まったく知らない大統領の名前もたくさん出てきて、大きな流れをつかむことができた。

本の論調が過激なので、少し割り引いて考える必要はあるかもしれないが、下記の記述に関しては、なるほどなと納得する一面もあったので要約して記録しておきたい。

・第16代リンカーンの時代、北部は保護貿易・奴隷制反対、南部は自由貿易・奴隷制存続、という関係だった。イギリスはアメリカとの貿易を増やすため、南部に肩入れしようとしていた。そこでリンカーンは、人道的な視点から奴隷制反対を掲げ、これを盾にイギリスの南部擁護を阻んだとされている。

・第27代タフトの時代、アメリカはドル借款を新興国に拠出し、その見返りとして経済的な便益を図らせる「ドル外交」を推進した。(現在の中国による新興国向けの「債務の罠」を見るかのようである)

・第28代ウィルソンの時代、アメリカは第一次世界大戦に参戦。それまで中立を保っていたのが、急に態度を急変させたのは中国の利権を日本に奪われる可能性が出てきたことと、同盟国であり戦費を貸し付けているイギリスやフランスが戦争に負けてしまうと貸し倒れが発生するリスクがあったから。

・第31代フーバーの時代、経済は好調だったが経済界の意向を受けて輸入品に高率の保護関税をかけていた。この対抗策として他国からアメリカの輸出品である農産物に対して高関税をかけられ農家が疲弊していった。このような状況下でウォール街の株価暴落が発生したが、フーバーは意に介さず保護関税を続け、貿易が縮小、国内の工業生産や国民所得が大打撃を受ける大恐慌を招いてしまった。


本書はオバマ大統領就任前で終わっているが、果たしてトランプ大統領の現施策を見ていたら、どのように痛烈な批判を書いていたであろうか。



【目次】

1.建国の時代
2.南北対立の時代
3.世界大戦の時代
4・冷戦の時代
5.冷戦後の時代

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○1947 『マネジメントへの挑戦−従来の経営論は、現実に対してあまりにも無力である (復刻版)』 >一倉定/日経BP

「一倉定」という名前は何度か目にしたことがあったのだが、著書は廃版になっていたり、やたらと高額だったりして、なかなか手を出せずにいた。この度、日経BP社から復刻版が、しかもKindleで出たということでさっそく手に取ってみた。

内容的には古いものだが、読み始めると、その本質を突いた論旨にぐいぐいと引き込まれてしまった。これは当たりだろうと、ノートにメモしながら読み進めたので、まずはそちらを記録しておきたい。

・これだけ主義とできるだけ主義。できるだけ、と欲張るのではなく、これだけ、と割り切る。やるべき範囲を限定して、やり遂げる。

・計画と予想は異なる。計画通りにやることが大切。計画以上やるときは、計画そのものを見直す。計画とは一見達成不可能な無茶なものである。

・最大の改善ではなく、これだけはやらねばならぬという「最小限の改善」が重要。

・「どんな馬鹿でも予算を守ることはできる。しかし、守るだけの価値ある予算をたてられる人はめったにいるものではない」 ニコラス・ドレイスタッド

・仕事の現実とは、(1)限られた時間のうちに、(2)不完全な資料をもとにして、(3)事態を把握し、判断し、決定し、行動するものである。

・統制とは目標を達成しようとする執念である。

・達成率ではなく「不達成率」を捉えること、つまり差を捉えることが重要。達成率97%の場合、未達成の3%が問題なのである。

・進捗管理とは、遅れそうなものに対して、未然に手を打つためのものである。

・計画を外部環境に合わせて変更するのはよいが、内部活動のまずさによって変更してはいけない。

・急性問題:(1)問題をつかむ、(2)対策をとる、(3)原因を調べてこれを除く。
 慢性問題:(1)問題をつかむ、(2)原因をあきらかにする、(3)対策をとる。

・経営者の心構え:(1)まず自分自身を管理せよ、(2)上を向け、(3)すみやかに決断をくだせ、(4)目標を設定せよ、(5)結果に注目せよ、(6)時間を有効に利用せよ、(7)優先順位を決定せよ、(8)人の長所を利用せよ。

・自己啓発の最もよい場所は、自分の仕事それ自身である。このなかで実践し、実験し、考え抜くことである。タタミの上の水練は無意味である。万巻の書を読破しても、それは真の自己啓発とはならない。読書は、これを自分の仕事、自分の会社と結びつけて実践してこそ意味がある。これをやらない読書は害あって益はない。

・帝人の社員行動指針:(1)常に視野を広くし新しい知識を絶えず世界に求め指導力をもつ人となること。(2)自己の仕事については常に第一人者たるべく努力し個性ある社員となること。(3)積極的に仕事に当り摩擦を恐れず常に責任をもちつつことに当る人となること。(4)よいと信じたらいかなる障害にも負けずやりとげること。(5)経験を活用し経験の中から合理性を見出すこと。


後半部分は非常に実務的であり、残念ながらちょっと期待とは異なっていたが、本質論を重視している点は前半部分と同じ。むしろその考え方をどのように実務に応用していくかという、非常に実践的で具体的なものだととらえることもできよう。

まえがきでは、ユニクロの柳井社長も一倉定氏の著書を読んでいると紹介されていた。柳井さんといえば、本質的な思考ができる経営者の代表であるが、そういった方が愛読している書というのはやはり価値があるということだろう。一倉氏の著書については、もう一冊、比較的安価なものを見つけたので、こちらも取り寄せて読破してみたい。(残念ながらKindle化はされていないようだ)



【目次】

1章 計画は本来机上論である
2章 実施は決意に基づく行動
3章 統制とは目標を達成しようとする執念
4章 組織は目標達成のためのチーム・ワーク
5章 有能な経営担当者への道
6章 お金(財務)に強くなる法
7章 時代おくれの教育訓練
8章 破産しかかっている人間関係論
9章 労務管理の基礎は賃金
父・一倉定を想う

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◇1948 『ジュリアス・シーザー』 >シェイクスピア/新潮文庫

背表紙あらすじ:“おれはシーザーを愛さぬのではく、ローマを愛したのだ” 高潔な勇将ブルータスは、自らの政治の理想に忠実であろうとして、ローマの専制君主シーザーを元老院大広間で刺殺する。民衆はブルータスに拍手を送ったが、アントニーの民衆を巧みに誘導するブルータス大弾劾演説により形勢は逆転し、ブルータスはローマを追放される……。脈々と現代に生きる政治劇。

「ブルータス、お前もか」のセリフで有名な『ジュリアス・シーザー』。恥ずかしながら、この物語も今回の読書まで、ストーリーを知らなかった。知らないどころか、シーザーが悲劇のヒーローで、ブルータスは完全な悪役だと、間違った想像をしていた。

本書では、有名なセリフは「お前もか、ブルータス」となっている。このセリフが逆なのとは何の関係もないが、私の想像も真逆であり、シーザーは政治を私物化する暴君、ブルータスはその暴君を義憤で止めようとする家臣であり友人という位置づけ。

しかしながら、ブルータスの義憤も暗殺という形を用いてしまったが故、自分自身も死を選ぶことになってしまう。この辺り、シェイクスピアの悲劇のラストシーンとしては、おなじみのパターンと言えようか。

今回も130ページくらいの短い物語であったがためであろうか、私にはシーザーの暴君ぶりがよく理解できなかった。セリフ回しも比較的単調だったせいか、他の作品に比べると心情描写が少なかったように感じたのは、私の読み込みが少ないせいであろうか。

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◇1949 『ロミオとジュリエット』 >シェイクスピア/新潮文庫

背表紙あらすじ:モンタギュー家の一人息子ロミオは、キャピュレット家の舞踏会に仮面をつけて忍びこんだが、この家の一人娘ジュリエットと一目で激しい恋に落ちてしまった。仇敵同士の両家に生れた二人が宿命的な出会いをし、月光の下で永遠の愛を誓い合ったのもつかのま、かなしい破局をむかえる話はあまりにも有名であり、現代でもなお広く翻訳翻案が行われている。世界恋愛悲劇の代表的傑作。

こちらも有名なハムレットの戯曲ながら、読むのは初めて。結ばれてはいけない二人が愛し合ってしまった物語だということは知っていたが、悲劇の結末は知らず、ドキドキしながら読み進めた。とはいえ、シェイクスピアのことだから、ハッピーエンドではなく、悲しい結末なのだろうと想定しながら読み進めてしまったのだが。

予想通りの衝撃的なラスト。ちょっとしたボタンの掛け違いから、二人は命を落としてしまう。この物語が史実なのかどうかは知らないが、たとえ史実だとしても物語であれば何とでも書きようがあると思うのだが、やはり悲劇的な結末の方が観客受けがよいのだろうか?

これで手元にあるシェイクスピアの作品は一通り読み終えた。残念ながら今回は時間つぶし的な読書になってしまい、物語の深いところにまでたどり着けなかったように思う。世界中で読み継がれている名作だからこその奥深さがあると思うのだが、こちらは私自身がもう少し人生経験を積んでから、相まみえよう。

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◇1950 『アメリカ史』 >紀平英作/山川出版社

アメリカ赴任が決まった直後に購入した本。山川出版社が出しているもので、非常に教科書的に書かれており、ちょっと読みづらかった。その分、内容も正確だろうし、読むに値するのであろうが、半年以上かけて漸く読了できた。

やはり歴史というのは、大きな流れが頭に入っていると読み易いのだろうか、先日読了した『全アメリカ大統領の履歴書』を読んでからは、随分と読書がはかどった。

(大統領の履歴書については、ちょっと眉唾物だとは思っていたが、山川出版のものと比べても、なるほどと思う箇所も多かった。ただし、アンチアメリカの材料を意図的に探して記述している感は否めないので、気を付けて読む必要あり)

個人的にはやはり上巻の方が、知らない内容が多く、読みづらく感じてしまった。建国までの歴史、大統領制が出来てからの歴史、南北対立時代、と大きく3つの時代に分けて考えると分かりやすいだろうか。

下巻の方は近現代史に近づいてくるので、ある程度の予備知識もあり、比較的スムースに読み進めることができた。少なくとも戦後の大統領と主な功績や事件くらいは頭に入れておいてもよいであろう。

・ハリー・トルーマン:日本へ原爆投下、マーシャル・プラン、朝鮮戦争
・ドワイト・アイゼンハワー:善隣外交、スエズ危機
・ジョン・ケネディ:キューバ危機
・リンドン・ジョンソン:ワシントン大行進、ベトナム戦争激化
・リチャード・ニクソン:ソ連・中国との緊張緩和、ウォーターゲート事件
・ジェラルド・フォード:大統領として初めて公式に訪日
・ジミー・カーター:ソ連のアフガニスタン侵攻、イランのパーレヴィ政権崩壊
・ロナルド・レーガン:プラザ合意、INF条約
・ジョージ・H・W・ブッシュ:湾岸戦争
・ウィリアム・クリントン:ITバブル、ユーゴ紛争、スキャンダル事件
・ジョージ・W・ブッシュ:911同時多発テロ、リーマンショック
・バラク・オバマ:イラン核合意、キューバとの国交回復、オバマケア
・ドナルド・トランプ:




【目次】

序章 「アメリカ」とは何か
第1章 北米イギリス植民地の建設と発展 十六世紀末〜一七六三年
第2章 独立から建国の時代 一七六四〜一八〇八年
第3章 共和国の成長と民主制の登場 一八〇九〜四〇年
第4章 「明白な運命」と南北対立の激化 一八四〇〜六〇年
第5章 南北戦争と再建の時代 一八六〇〜七七年
第6章 爆発的工業化と激動の世紀末 一八七八〜九六年
第7章 革新主義と世界大国アメリカ 一八九七〜一九一九年
第8章 繁栄と大恐慌 一九二〇〜四一年
第9章 第二次世界大戦から冷戦へ 一九四一〜六〇年
第10章 パクス・アメリカーナとその陰りの始まり 一九六一〜八〇年
第11章 新自由主義を掲げて 一九八一〜二〇〇〇年
終章 グローバル化する二十一世紀世界のなかのアメリカ

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