2006年06月03日

超ご無沙汰ですが、さりげなく近況報告

ご無沙汰×∞

そりゃもう色々ありましたから〜
って、みんな生きてれば色々ありますね。

念願かなって先月無事に夜のバイトを退職いたしました。
昼間のバイトを見つけ、やっと落ち着きました。

そのうちにまた何か書きたいけど夜は眠い・・・・(ρ_・).。o○

2005年11月16日

日和っていた

忙しさに流されて、日々をこなすだけの毎日。

何も考えない。これといって変ったこともしない。

ただひとつ、最近彼氏と同居をはじめた。
私は本来誰かと同居するのは好きではない。
徹底した個人である自分に侵入するものを、どうも受け入れられないところがある。

しかし、財政上、時間の都合上、保安上、色々な意味でこの同居はお互いに都合が合う。
とりあえず彼は元の部屋を借りたままなので、解消するのも容易な状況ではある。

たったひとつ、早速ぶつかった問題。

彼はパソコンに私が向かっているのをとても嫌う。
2人でいるのになぜパソコンに向かっているのか?と問い詰め、あげくには電源を落とされてしまう。

従って今私がパソコンをできるのは1日にせいぜい20分程度だ。
ときには彼のいないときを見計らって1時間くらい向かうときもあるが、丸1日パソコンをオンにしない日も珍しくなくなった。

そして、お決まりの通り・・・
専業主婦よろしく毎日炊事に追われているのである。

女性が誰かに守っていただくというのは、それなりに自分も犠牲を差し出さねばならないものなのだな、とふと思った。

ここで文句を言うなら、私は自立できるだけの稼ぎを出さなければならない。
それがカンタンにできたらこうはならない。

日本よ、子持ちの高齢女性が正社員として自活するに十分な給与を出す普通に働ける会社をもっと増やしてくれ〜。
(と、泣き言いってもはじまらないねぇ)

2005年11月06日

チカオその後

これを書くのに3日ほど悩んだ。

それでも自分の中で整理つけたいという気持ちがあるのと、一応事後報告。

その後私は店を辞めずにすんでいる。
ママに理解してもらって、無事にチカオの席に一切つくこともなく、チカオが来店しても無視状態である。
そう、チカオは私が「二度と席につかないこと」「お客としてしか接していなかったこと」をしっかり伝えたその後も時々来店しているのだ。
そして、相変わらず私の悪口を言っている。
席についたほかの女の子に「ナナは裏切った」とか、「結婚するはずだったのに・・・」とボヤいているらしい。
勝手に言っててください、ってカンジ。
私はお付き合いするとか、結婚を匂わせるようなことは何ひとつ言ってないし、そういう態度も出してない。

それだけならまだしも、「今度はどの男をカモにする気なんだ」「僕がここにいるのに他の男と仲良くしやがって、嫌味なヤツだ」っていうのはどう考えてもおかしい。
飲み屋のおねーさんがお客と仲良くするのは当然だし、それが『お仕事』であり『営業』である。
この仕事が理解できないなら来てもらって困るのはこっちだ。

チカオの本性が見抜けずにもっと早く縁を切らなかった私に責任の一端があるのは認めるが、彼の憎しみに満ちた態度を見ると、おそらく友人が1人もいないというのも納得できる。
自分を省みることなく他人を非難ばかりしていては、お付き合いする人も疲れるというものだ。
いつも愚痴と悪口しか言わないチカオ。
彼は他人が何かしてくれないとすぐに怒るが、他人にばかり期待しないで、まず自分が他人にどれだけのことがしてあげられるか考えるほうがよほど人間ができていると思う。
そして、他人が常に自分のために生きてるのではなく、人というのはみんながそれぞれ折り合いをつけて生きているのだということを知るべきだと思う。

彼は50歳を過ぎて、その人生の大半を愚痴と悪口で過ごしてきた。
これからもそうなんだろう。
私は、決してチカオのようにはなるまい、と心から思う。

2005年10月31日

今すぐリアルタイムオーロラを見よう

オーロラを見たいと思う人は結構いるのではないかと思う。
しかし、これを見るには相当の財力と運の良さが必要である。
オーロラ鑑賞ツアーに参加しても、必ずしもオーロラを見ることができるとは限らない。
いくつかの条件が整わなければオーロラは観測できないのだ。

しかし、世の中は便利になったものだ。
ついに室内にて今この瞬間に、アラスカの空を鑑賞することができるようになったのだ。

詳細はオーロラライブというサイトへ飛んでもらえばわかる。

アラスカのフェアパンクスから連日映像を送り続けてくれているのである。
そしてこのサイトは科学的にオーロラを勉強するのにも適している。
言葉は知っていても、実は「オーロラって何?」とか「どうやって光っているんだろう?」と思う方はぜひともここでマメ知識を仕入れて、えらそ〜に誰かに語ってもらいたい。

秋の夜、私はのんびりオーロラ鑑賞。
自然とは、実に美しい。

2005年10月25日

いつか同じに。

男と女は平等だろうか。

最近の男性は「女はいいよな〜」とよく言う。
しかし、そのつぶやきは一時のものであって、決して女になりたいと真剣には思っていないはずだ。
女であるがゆえの不自由さを私は嫌というほど味わってきた。
もちろん、女であるがゆえの特権もたくさん味わってきた。
しかし、トータルしたらどう考えても女が不利だ。
社会で男性と同じ仕事をこなしても、同じ金額の給料はもらえない。
何かあれば「男を立てろ」という空気に包まれ、自分を主張するのも遠慮がちになる。

男女雇用機会均等法が施行されたとき、私の勤めていた会社の課長がこういった。
「これからは女性にもどんどん残業してもらわなきゃいけないな〜。差別しちゃいけないんだから。」
そして総務部長はこう言った。
「生理休暇なんてもちろん廃止だね。これからは平等なんだから」

しかし、「これからは同じ金額の給料を払わなきゃいけいないな」とは一言も言わない。実際、給与の男女格差はほとんど縮まらなかった。
都合の良い部分だけ取り上げて、女性を男性並みに残業させても、基本賃金が上がっていないため、残業代すら男性の半分だった。

また、学校でも「男女同権」を主張するあまりに、着替えるとき男女が同じ部屋だとか、修学旅行でも男女同室という学校まで登場したらしい。
同権ならばお互いの裸を見てもいいものか??
ある意味虐待のような気もする。

履き違えもここまで来ると、いっそのこと同権なぞいらないから、女性は弱いもの、守るものとして大切にしてくれたほうがいい。
給料だって同じにくれないのならいっそのこと簡単な仕事のみでさっさと帰宅させて欲しい。

中途半端な保護はかえって残酷だ。

「男女を平等に」というスローガンを掲げているうちは、いつまでも平等など有り得ない。

いつか
本当に平等になったとき
そのスローガンは廃語となっているはずだ。

「男女平等?なにそれ?」という時代の到来を待ち続ける。

遠い未来の日に
誰も「私たちに権利を」と叫ばなくなったとき、
はじめて本当の男女平等は訪れる。


しかし、他ならぬ女性自身が不平等に加担していることを女性もまた気付くべきだと思う。
結婚するとき男性側の姑が「嫁にもらう」と言うとか。(人間はモノではない)
なかなか結婚しない女性を女性が「負け犬」と言うとか。
「女は子供を産んでこそ一人前よ」ってセリフは子持ち主婦からよく出る言葉だ。

決して戦いたいのではない。
私たち女は、「人間」として大切にされたいのだ。
男性だけが偉いのではない。女性だけが偉いのではない。
同じ「人間」だということを理解して欲しいと思う。

2005年10月21日

前日の続き 『投影』

前回、他人の欠点を指摘したとき、それは自分のことを表していると書いたが、これは心理学でいう『投影』と呼ばれる。

自分の中にある感情を人は無意識に表に出すことが多い。

たとえば、秋晴れの空を見たとしよう。
そのとき「澄みわたっていてキレイだな」と思う人もいれば、「寂しそうだな」と思う人もいる。
そのときのその人の感情が投影されているわかりやすい例だ。

こういうテストもある。

「あなたはレストランに入りました。しかし、大変頭にくる事があって、怒りながらレストランを出ました。何があなたに起こったのでしょう」

答えは色々あると思う。

ウエイトレスが無愛想だったからとか、あまりにも店内が汚かったとか、注文してもなかなか料理が来なかったとか・・・・・

それが自分のひっかかりである。

無愛想だと感じた人は自分が無愛想なのだというひっかかりがあり、汚いことが気にかかった人は自分の部屋が汚いとか、料理がなかなか来ないということは時間にルーズであるとか、自分の抱える問題点を浮き彫りにしている。


とは言え、昨日書いたような他人の欠点をあげたらそれがそのまま自分なのだと言われてもね〜・・・・
実は私が一番嫌いなのは言うまでもなくチカオである。
友人や知人にはこれといって嫌いな人はいない。嫌いならば友人にはならないから問題ない。
しかし、仕事の関係上、仕方なく関わったチカオは紛れもないストーカーである。
「しつこいこと、うそつきであること、愚痴と文句しか言わないこと、努力もせずに責任転嫁ばかりすること、ストーカー体質であること」等々書いたが、それが本当なら私はストーカーかいっ。
どうもこの『投影』の心理テストには無理があるんじゃないかなぁと、皆様のコメントを見てもそう思う。

2005年10月20日

他人への悪口はそのまま自分の・・・・

心理テストを見つけたのでやってみた。
(私はこういう類のものが大好きだ)

紙とペンを用意する。
まず、大嫌いな人の名前を書く。
次にその人のどこが嫌なのかを書く。
そして、その人がどうなってくれたら気が済むのか書く。

さて、
その結果。








テストの結果説明を見てびっくりした。

「そこに書かれている嫌な部分はすべてあなたそのものです」


なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜???


私はこんなにイヤな奴なのか??
と、ゆーかこんなに欠点だらけなのか??
決していいオンナとまでは言わないのもの、せめて人並みではなかったのか??

「他人はあなたを映す鏡そのものです。自分の心の中のひっかかりや、避けて通りたい問題を人は無意識に避けます。ですから、他人に対して怒りや嫌悪を抱くというのは、まさにそれらの問題がクローズアップされている時なのです。他人を通して自分の認めたくない欠点を見ているのです。それが耐えられないから悪口を言って、逃げるのです。しかし、他人はあなたにその欠点を教えてくれているのです。自分の中にそういう部分があるということを認めるのは苦しいものですが、それを認めて、直すことができれば、あなたは他人に好かれるのです」
と、説明が続いてるではないか。
そして、その人にどうして欲しいか、というのは「他人が私に対して思ってること」らしい。

「目の前から速やかにいなくなってくれれば幸せ〜」と思われてるんかいっっっ(撃沈)



こんなコトなら・・・嫌いな人なんかいないわ。みんないい人だわ。大好きよ〜〜(*^▽^*)
って答えれば良かったのか。
何だか腑に落ちないテストだった・・・。
それともやはり自分の中にそれだけの改善の余地が残っているということか。
自省が足りないんだろうか。うーん。

2005年10月17日

Σ( ̄ロ ̄lll)  ソフトバンク負けたっっっ 

私にしては珍しい野球ネタ。

あの卑怯ともいえるシステム、プレーオフにてソフトバンクが敗退してしまった。
レギュラー戦を1位で勝ち抜いてきて、最後の最後で負けてしまい、何とも後味が悪い。
昨年に引き続き、みすみす優勝を逃してしまったのである。

そもそもプレーオフ制度って何の意味があるんだろう。
130試合以上をがんばってきて1位になったのに、最後のわずか5試合で覆された日には、「努力すれば夢は叶う」という言葉も虚しいってもんだ。
コツコツと積み重ねた勝利は目前で取り上げられてしまった。
そりゃ、ソフトバンクが1位としての実力を出し切ってプレーオフも勝ち抜けば良かったんだろうけど・・・・・なんとも腑に落ちない。

しかし、私は野球を特に好きでもないし、詳しくもない。
なぜ今シーズンのプレーオフで精魂こめてソフトバンクを応援したかというと、彼氏が稀に見るほどのソフトバンクファンだからである。

優勝したら高級焼肉店、イタリアンレストランと連日ごちそうしてくれる約束だったのだ。
これで明日はファミレス決定か・・・・とほほ。
私にとっての野球の価値はその程度・・・いや、本当はひいきチームが優勝したときのうれしそうな彼氏の顔が見たかったのかも知れないな。

2005年10月16日

生物が無事に化石となれる確率

非常に笑えるFAQ発見。

「死んだら化石になりたいんですが」という質問にマジメに(しかし文章的には幾分ジョークもこめて)答えているのである。
ぜひこちらを読んで笑いながらも考古学の勉強をしてみて欲しい。
人間が化石になるのはこれほどまでに難しいのだ。

ちょうど化石の話などいくつか書いている今日この頃。
まさにタイムリー。

地球はその地層の中にいくつもの過去の遺産を遺している。
が、生物が化石になるのは非常に難しいらしい。

甲殻類などは比較的残りやすいらしいが、人間はまず化石になれないと思っていたほうがいいようだ。
46億年もの地球の歴史の中で、発生しては滅んだ数多の生物。それらは推定で450万種にも及ぶらしい。
それらの中で無事に化石となれたものはわずか5%ほどではないかと言われている。
つまり、大半の生物はその痕跡すら残さずに消え去っているのだ。
きっととてもヘンテコリンな形状、色、模様、信じられないような生態の生物がたくさんいたに違いない。
考えるだけでも惜しい話だ。
今となってはそれを推測することすらできないのだから。

ところで最近アノマロカリスがブームなのだろうか。
なんとぬいぐるみまで登場している。
アノマロカリスはカンブリア紀の生物である。それが今ぬいぐるみとして人気を博しているとは・・・・・っ。
こちらは色違い(爆)
某ピザ屋さんの「エ○マヨ」キャラに似ている・・・・。


最後に、決してぬいぐるみの紹介をしたかったわけではないことをここに強調しておく。

2005年10月15日

鳥を見て恐竜だと思ったら末期症状

非常にヘンなタイトルをつけたが、チャットで知り合った友人が言っていた言葉だ。
その人は大変な博識で、私などとても足元に及ばないが、以前はよく一緒に話をさせていただいた。オフでお会いしたときも、その博識ぶりには恐れ入ったものだ。

私は太古の地球史が妙に好きである。
かなり幼い時に見た原始の海のイラストが、今も鮮やかに心の奥に焼きついているのだ。
地球上に海が出現し、その中に有機体が発生し、生命が誕生する。
三葉虫やアンモナイトなどが水中に生息する絵は、不思議なくらい想像力をかきたてた。

しかし・・・
だれがその海を見たというのだろう。
すべては想像だ。
発見された化石や地層から分析された想像図だ。
実際は全く違っていたかも知れない。
現に恐竜などは新しい化石が発見されたり、解析が進むたびにその生態や形状は変化している。
(映画ジュラシックパーク気任蓮▲謄ラノサウルスがダッシュして車に追いつきそうになっていたが、実際にはあのようには走らなかったことや、とても車には追いつかなかったという話は有名)

ここ数年で2回ほど恐竜博を見に行っているが、実物大の骨格標本を見ると、涙が出るほど感激する。
そんな話をしたら、かの友人が言ったのだ。

「鳥を見て、恐竜だと思ったら末期症状」

今現在、空を自在に飛び回る鳥は、恐竜の進化の果てだという説はかなり有力になっている。
私が見た恐竜博でも、中国にて発見された羽毛に覆われた、まさに鳥の一歩手前のような形状の恐竜化石と復元見本が展示されていた。
大きさもいわゆる恐竜というにはあまりにも小さい。
原寸サイズで身長60cmくらいだったろうか。
しかし、その復元見本、羽毛がとてもカラフルだったのが笑えた。
赤や黄色、緑にオレンジ。南国の極楽鳥か・・・。
ともあれ、実際の色は化石ではわからないらしい。
恐竜の復元予想図はたくさんの人が見たことがあると思う。
あの模様や色が正しいという実証は今のところできていない。
皮膚の実物標本はないのだから、色や模様については予想の域を出ない。
ものすごくハデな色の恐竜や、面白い模様の恐竜がいたかも知れない。

で、私は鳥を見て
「あ、恐竜の子孫だ」と思ったことがあるかというと・・・
実は一度も思ったことはなかった。

鳥は鳥。
私の中で恐竜はかつての定説どおり、6500万年前に絶滅してしまっているのである。
あまりにもその説の本ばかり読みすぎたせいだと思う。
ユカタン半島の地下深くには、その絶滅に関与したと思われる巨大な隕石衝突の痕跡(クレーター)があるらしい。

しかし、恐竜が鳥へとその命を繋げたという説が正しいのなら、私たちはちゃんと恐竜と共に今も生きているではないか。


恐竜万歳♪

そして鳥は次にどんな進化をするのだ?