夢を叶えて成長する!

夢を叶えて成長したい人と一緒に考え学ぶブログ。社会を変えたい作業療法士の立場から発信します。木曜か金曜に週一回は更新したい。

このブログは、ほとんどがインプットの記録と自分の考えのメモで、ときどき少し頑張ったアウトプットが記録されています。毎週金曜日に定期更新される予定。

広げる面接・狭める面接

面接にはいろいろな視点があり、
何を意図した面接かは考える必要があります。
たとえば、過去のその人を知りたい面接、これからをどう作っていくかの面接。
どんな面接にしても、面接をする意図が
それが「広げる面接」なのか「狭めるのか面接なのか」を意識したほうがよいでしょう。

どんどんやりたいことが出てくる人と話す時は
狭める面接として、枠組みを使って優先順位を整理することが役立ちます。
しかし、そのような人に、やりたいことが広がる面接のやり方をすると
さらにいろいろな選択肢が出てきてしまい、話がまとまりません。
あれもこれもやりたい人に「ADOC」のイラストを見てもらうと
話がさらに広がって収拾がつかなくなってしまったり
「このセラピストは、普段の私の話を聞いていないの?」と不快感を与えたり
せっかく時間をかけたのにいつも以上の情報が引き出せなかったりします。
何を目的としている面接か、すくなくとも
「広げる面接」なのか「狭める面接」なのか考えることは大切です。

一方、広げる面接です。
したいことが出てこない人には、具体的に聞いていくことが有用です。
一度にどれぐらいの選択を提示するのが良いか
普段の会話から相手の反応をあらかじめ予想しておき
ADOCのようなイラストがいいのか、COPMのような枠組みがいいのか
紙とボールペンでひとつひとつ具体例を示しながらが良いのか検討し導入します。
しかし、作業に焦点をあてることは、時に侵襲的ですから
したいことが出てこない人には特に
うまくその人の逃げ場を作りながら面接をすることが大事です。
作業ではなく、機能に焦点をあてることで、自分を保っている人もいるからです。
広げる面接でも、あえて広げすぎない、広げるのをやめるということも
相手の反応次第では大切です。

必ずしも面接は、何かを決めなくてはいけないわけでもありません。
作業について話すことで、「私はあなたの作業的存在に興味がある」と伝えることにもなります。

【本】「経験学習」入門

手放しで進められる良書である!

楽しみ方
・効果的な経験学習について学び、職場のキャリア教育に役立てる
・効果的な経験学習について学び、自身の成長の糧とする
・さまざまな経験学習についての知見を学ぶ
・これまで明らかになっている研究知見や具体的事例を踏まえて、かつ読みやすい文章の
 構造に着目し、論理的な文章を考える一助とする
・GTAを用いた研究結果として、GTAを使うとどのような研究結果が得られるのか知る



ドレイファスモデルが、ピラミッド型になっていて割合を示しているところなんかおもしろい。

成長につながるリフレクション
>〇纏の後だけでなく、仕事の最中にも振り返り、
>他者からのフィードバックを積極的に求めて、
>H稟重な意見にもオープンな姿勢で未来につなげるという「進行形の内省」
P100


ということは、リフレクション研究でも
十分に成長につながるリフレクションを行えていない人のリフレクションを質的に分析しても
何も出てこないんじゃないか?と思った。
リフレクション研究をする人は、どのように研究対象を選ぶかも大事だと思う。

知識共有は効率化のためには有効な手段ですが、知識共有を進めすぎると、メンバーが自分で考えることを阻害してしまうことがあるのです
P86


マニュアルの整備でなんでも解決しようとする職場に対して、意義を申し立てる根拠になりそう。

人間の場合でも、情報を与えすぎたり、何から何まで教えすぎると、自分で考える力が低下してしまいます
P68


反省。
瞬間しか会えない人には、面倒すぎて教えてしまうことのほうが多い。
考えてもらう教育には手間がかかるので、最近もう、自分の関心領域に近いか距離的に近い人か
ある程度優秀な人だけにやろうかなーと思うこともある。
疲れてしまうんだ。

経験学習サイクル https://www.amazon.co.uk/Experiential-Learning-Experience-Source-Development/dp/0132952610 引用元はこれらしいんだけれど、読む気がorz.

訪問リハ学会に行ってきました

orz.
発表しないなら、もうこの学会には行かないかもしれない。
抄録的には、去年の学会のほうがよかったから、年によってあたりはずれがあるのかもしれない。
一応、改善してほしい点については、運営をされている偉い先生たちに伝えてきました。

■発表内容について
現在知られている知見を十分に読んでいるとは言い難い学会発表が多い
過去の研究知見に対して失礼である、研究知見をふまえた考察ができないのは仕方がないとしても
標準的研究知見を知らないというのは、大丈夫なんだろうか?

■質疑応答について
ポスター発表の座長がかわいそうである
もう少し偉い人達には、ポスター発表会場にて、後輩を育てるようなディスカッションの盛り上げを期待したい
口述発表の座長はもう少し自分の発言を減らしてほしい人もいた


学会規模は大きいので、インパクトのある発表をする場としては楽しいかもしれない。
賞も出してくれるし。

【本】すぐれた判断は「統計データ分析」から生まれる

本当の初心者向けの本ではないけど、
ビジネスの場面で、統計を学びながらデータ分析できるように成長する男性の物語としても楽しめる。

最近、gacco
データサイエンスや統計について学んでいます。
あれだけ学部生の頃爆睡していた統計の授業を。
確認テストもあるので、まあまあ真面目に勉強しています。

データサイエンティストという仕事もあるし
統計学が最強の学問であるという本がベストセラーになるし
統計を、どう生活に生かすかは今後重要なテーマなんでしょうね。





いつも何かを学ぶ時は、なるべく何冊も同じテーマの本を読むようにしています。
統計、データサイエンスについても何冊ももっと本を読まないといけませんね。

でも、本屋さんに行ってもこういう本をなかなか見つけられないorz.

大学卒と専門学校卒どっちがいいの?(2)

2)教養について
教養に対して、どのようなイメージがあるでしょうか?
芸術、歴史といった学問の基礎となる
いくつかのカテゴリーのイメージでしょうか?

アカデミック・スキルズという、おもしろい本があります。
その中で
>教養とは、多角的なものの見方であり、問題を発見し解決することのできる力であると言うことができる
(p14)と述べられています。
この本の考えによると、教養=基礎学問ではないのです。
教養は、社会を生きる力そのものです。

もう少し、この本の内容を紹介したいと思います。

(p14〜)
>現代社会は、特定の専門的知識や技能をもっているだけでは立ち行かない社会となっている。専門知識はつねに流転するし、専門技能もやがて陳腐化するからである。
(中略)
 >それまで培ってきた技能や知識を生かしながら、新しい技能や知識を自らのなかに蓄えていかなければならない。そのことを助けてくれるのが「教養」ではないだろうか。

専門学校で、教養が養われないとは言いません。
大学でも専門学校でも
教養という視点で学生を育ててくれる環境であるかは
検討したほうがいいと思います。

生涯学ぶ力を育てるだけでなく、自ら問を育てて明らかにしていく力を育てるのが大学だと、アカデミック・スキルズ
を読んで思いました。(実におもしろい本です。)

大学でも、教養として、自ら課題を設定して問を立てる能力が身につくかは
結局はその人次第です。
僕は少なくとも、今やっと身についてきた感じがします。


【結論】
大学=教養が得られると決まっているわけではない。
専門学校でも、教養を得られる可能性はある。
自分で学ぶ力がある人は、どちらでも構わないんじゃないか?


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