夢を叶えて成長する!

夢を叶えて成長したい人と一緒に考え学ぶブログ。社会を変えたい作業療法士の立場から発信します。木曜か金曜に週一回は更新したい。

このブログは、ほとんどがインプットの記録と自分の考えのメモで、ときどき少し頑張ったアウトプットが記録されています。毎週金曜日に定期更新される予定。

【本】しない家事

こういうシンプルライフをすすめる人と、それを読む人って
読んだあと、本をどうするんだろうか?処分するの?

この著者は働きながら二人の子供を育てる母親です。
本人は四時までの時短勤務。比較的仕事場所が近そう。
あまり休みの日に、仕事のための勉強をせずとも、暮らしていけるらしい。
たぶん、どちらかというと頭がいい人なんだろうなと思う。

参考になりそうだなーと思ったことは
・寝る時間を決めてしまい、子供が起きていようとしても母親は寝る。子どもが寝た後に何もしない
・平日は毎日同じリズムで家事をする(三日に一回洗濯物とかにしない)
・ホームベーカリーを手放したこと

ホームベーカリー!僕はほしかったので……。

で、僕が思ったのは
このお母さん、家事を抱えすぎなんじゃないかな?
パターンを構築しすぎなんじゃないかな?っていうこと。
「手伝ってらもう」家事なんですよね。
あくまでも家事の中心人物は母親らしい。

たとえば、すべての食材は容器に移し替えて使う。
これって、もし彼女に何かあったら、夫は自分でこれができるんだろうか?
また、子供の洋服もシンプルなものに制限されている。
この子供たちは、キャラクターものの洋服とか、着てみたくないのだろうか?

しない家事というより、夫や家族になにをしてもらわないか決めている
「させない家事」なんじゃないかなと思った。

僕は作業療法士として、人がどのように生活スタイルにあわせて
家事活動の再構築をしているかに興味があります。
年配の人って、家事を自分が思うように進化させすぎているところがあるんですよね。
これも、キャリアをおりることに似ていて、家事を縮小していく援助技術が
もっと必要なんじゃないかなと思った。

著者のブログ
エコナセイカツ
もうね、著者にとっては「マキ」さんであることも仕事なんですよね。きっと。
しない家事といいつつ、この人はものすごくやっています(笑)
たぶん子供が男の子だったら、無理かもしれない。



図書館でこの本を確認したら、予約が29件も入っていて
書店で本を買うということは、
自分がその本をいますぐ読みたい時に読める権利を買うんだな、と思った。

【本】介護保険は老いを守るか (岩波新書)

面白かったー!!!



2010年の本ですね。
介護保険がもともと、高齢になっても安心して
自分らしい尊厳を保ちながら暮らせるサービスだったということを
改めて伝えてくれる本です。

現場で起きていることも、特にホームヘルパー、生活援助サービスを中心に書かれています。
ぜひ続編も書いてほしい作品。


著者のHP
ノンフィクション作家 沖藤典子公式サイト 【らっきょう亭】 http://noriko-o-rakkyou-tei.com/


もっと簡単に介護保険が知りたい場合はこちらも。

「一定以上の所得がある人」とは高額所得者のことではなく、六五歳以上の第一号被保険者の上位二割にあたる「相対的に負担能力の高い人」です。
P25
こっちの本を読んではじめて、負担割合二割の意味を知った。

【本】Experiential Learning

経験学習でしばしば引用されている例の本の、新しいバージョン。
たっかい。
だいたい知りたいことは第三章に書いてありそう。
専門ではないので、今のところじっくり一冊読むのは無理そう。
読むならOTの本にしよう。でも大事な本よ。

------------------------------メモ-------------------------------------
経験学習でのプロセスと構造

4つの適応学習モデルが関与する4段階のサイクル
Concreate experience(具体的な経験)
Reflective observation
Abstract conceptualization(抽象的な概念)
Active experimentation(アクティブな実験)

・Concreate experience(具体的な経験)/ Abstract conceptualization(抽象的な概念)
・Reflective observation/ Active experimentation(アクティブな実験)
は二つの異なるディメンション(次元)がある。


ビジネス書ならともかく、kindleでこういう分厚い本を読もうとは思わない。
けれど、洋書なので、単語調べるのはkindleの方が楽なのかしら。
そのうち、電子書籍で本を読めない古い世代になるんだろうな。。。

手持ちの電子辞書で出てこなかった単語
prehension:把握

【本】障害とは何か―ディスアビリティの社会理論に向けて

障害学のリハビリテーション―障害の社会モデルその射程と限界を読んでいたら
この本が引用されていたので、先に読破しました。
高齢障害者ではなく、先天的に障害がある方視点の本です。
これをどう、高齢者に応用しながら読み解くか……。

この本で重要な主張は
> <ディスアビリティとは、不利益が特有な形式で個人的に集中的に経験される現象である>
(P195)です。

(個人的にちょっと理解しきれていない部分もあるのですが)
今回自分で読んでて思ったのは、
高齢者は中途障碍者で、
若い頃から障害をもっている人に比べて集中的に経験されてないかもしれないですけど、
若年者に比べて「高齢者」というスティグマも付与されて
集中的な不利益が加速度的に増加する可能性はあるのかなと思います。

OTとして
特に面白いのは「第4章 ディスアビリティとインペアメント」と思います。
特に229ページからの3節 自己抑制としてのディスアビリティは
今まで出会って来た方を思い出しては読むのを休んで、という繰り返し。

得られる利益とアイデンティティの損傷のリスクとの比較考量の結果、社会的活動への参加を「主体的に」断念(P235)

人生全般にわたって「弱者」としてふるまうことが期待される存在として、その期待に適応する形で「弱者」としての自己規定をするようになるのである(P235)

「自立生活」を選択した若年障害者を軸に考察している部分が
あるんですけど(本書後半、5章くらいから)
選択した人と選択しなかった人がいると思うんですね。
まず若年者に比べて高齢者も、本当は
重要な他者からの否定」とそれを内在化した「自己否定」から逃れたいと思っているのではないか?
と疑問がわきます。
また、似たような障害をもつ高齢者同士でも
「自立生活」を選択できる人とできない人がいると思うんですけど
このあたりは、若年者の「自立生活」を選択する人、
しなかった人と同じような背景をもっているのでしょうか?

P302
「自己信頼」
過去・現在・未来において、「個体的条件」を含めた自らの存在のあり方に基づいた生き方を受容し、そのように生きる自己の存在を主体的に承認することである


若年障害者は、自立を獲得する過程で、自身の生き方を受容できるよう模索するんですね。
ピアグループとかで。
きっとこれも、みんながみんな、ここにたどり着くとは思えないんですけど。

これを読んでいて、あー中途障害の高齢者は、こういう機会に恵まれているのだろうか?と思いました。
もっと、若年高齢者と高齢中途障害者が交流できたらいいのかもしれませんが
まぁお年寄りはそこまでバイタリティ―ないですよね。
高齢中途障碍者が若年高齢者から、新しい価値観を学ぶ、なんてことができたら……。

もう少し、いろいろ勉強しようと思わせてくれる本でした。



最近、本当に思うんですけど
作業療法に「障害学」や「家族社会学」って大事。
学問は応用されてなんぼなので
いろいろな学問領域から学んで、実践に返していかないといけないなと思います。

しかし、先天性障害、脳性まひの方に対する障害学の方が、進んでいるのかなー。

しかし
読むのがTA I HE N だった。
自分の興味のあるところはサクサク読めるんですけど
慣れない部分は非常に堅苦しく感じて、超々大変でした。
学位論文をいくつか読んでるからこそ、投げ出さずに読破した感じ。

介護関係に、力関係が生まれることについてはこの論文も。
CiNii 論文 - 介護関係の発生による夫婦関係の変化 : 夫婦間介護をめぐる語りの分析を通じて http://ci.nii.ac.jp/naid/110009863647

【メモ】「省察的実践とは何か―プロフェッショナルの行為と思考」を読む

省察的実践とは何か―プロフェッショナルの行為と思考
この本、読むのが大変なので、リベンジ二回目。
前回よりは読んだ内容が頭に入ってくるのだけれど
つまり、この本は何が書いてあるのかを、自分なりに要約し
考えたことを整理していきたいと思う。
読みっぱなしでは、まったく頭に入らないから!!!

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■第一部 専門的知識と行為の中の省察 の要約

専門職職業(プロフェッショナル)は、今日の社会に必要不可欠なものとなっている。
「社会からの期待」と、「プロフェッショナルが使うことが期待される知識」が急速に変化し
予測できない状況に適合することがプロフェッショナルに求められている。
しかし、熟練した専門家にとっても、実践のプロセスを説明することは困難である。

<技術的合理性>のモデルでは
道具的な問題解決という考え方がプロフェッショナルの活動を成り立たせているという。
しかし、<技術的合理性>のモデルでは
予測不能で<拡散的>な状況での実践的能力を説明できない点で不十分である。

普通の人もプロフェッショナルも、行為の最中に考え、振り返る。
「行為の中の省察」というプロセス全体が
実践者が葛藤に対応する際に用いる<わざ>の中心部分を占めている。

多くの実践者は自分達を、技術的熟練者であると思い込んでおり
実践の中で省察する機会を見つけられない。
実践が決まりきったパターンで繰り返されると
実践者は現在行っていることについて考える機会を見失ってしまうだろう。
実践者は、自分の知っていることを「過剰学習」し、
決まりきったパターンを修正するのが難しくなる。

>行為の中で省察するとき、そのひとは実践の文脈における研究者となる。(P70)


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かなり無理やりの要約になってしまった(苦笑)。

第一章を読むと
プロフェッショナルは単に知識をもっているだけの存在ではなく
自身の持っている知識を用いながら
実践の中で考え続け、新たな知見を生み出す存在ということだと思う。

作業療法士の中にも
実践を重ねることにつれて、自分の臨床実践を事例発表にまとめない人がでてくる。
また、まとめても、文献的に検討せず、独りよがりの報告から
抜け出せない者もいる。
(この場合は、知識を新たに取り入れていないことが問題である)。

省察的思考のできる専門家として、私たちは成長し続けるために
事例について振り返り、既存の知識で説明できないことを
既存の知識と比べながら、考察し、広く発信していくことが重要なのだと思う。



もう少しまともな要約は
学校教育におけるドナルド・A・ショーンの省察的実践論の再検討 ―個人の省察的実践から組織の省察的実践へ― http://ir.nul.nagoya-u.ac.jp/jspui/bitstream/2237/21830/3/%e4%b8%89%e5%93%81%e9%99%bd%e5%b9%b3%20%e5%8d%9a%e5%a3%ab%e8%ab%96%e6%96%87.pdf
などの文献を参照するとよいです。
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