2011年06月

目の端で犬を見る

里子に行ったコンちゃんの続報が入った。


コンちゃん、コンパパさんかコン姉さんが外出すると遠吠えするんだそうだ。


「アオーーーン」だけで、そのあとの吠えはない。


これは新しい家族を自分の仲間として認識しているということだ。


だからメンバーがいなくなると、「お〜い、ボクはここだよ〜!」と伝えているのだ。


うちではやらなかったので、ほんとの家族ができたということがわかっているのだと思う。


ちなみにコンちゃんは、ヒトや犬は家族とみなしているようだが、猫についてはたんなる同居人(猫)扱いだ。


ちょっかいも出さないし、いたずらもしないが、とくに仲良くもしない。


かれの日課は、近所の犬たちと会って、ひとりひとり挨拶してまわることだ。


わたしのうちの近所では、あいさつをさせずにそそくさと立ち去る人が多くて、かまってくれるのはシェルティミックスのプリン姉さんと、同い年くらいのいたずら坊主のビーグルくらいだった。


だが、いまではたくさんのお友達がいて、飼い主さんたちにも愛想を振りまいているそうだ。


コンちゃんにぴったりのおうちにもらってもらえて本当によかった。


コンちゃん、オフリードでみんなと挨拶すると、ちゃんとコンパパさんのところに戻ってくる。


犬同士のけんかの仲裁をしたり、シャイな子やちょっと乱暴な子に付き合ってあげて、そろそろ帰りたくなってくると、コンパパさんの手をくわえて「帰ろう」というのだそうである。


もう100点満点じゃないか。


コンちゃんのマナー教室のおかげで、コンちゃん邸の周辺には、挨拶上手なわんこが増えるだろう。


こんなふうにコンちゃんは、うちにいたときの何倍もいい子になって、何倍も楽しい生活を送っている。


もう何の心配もない。


さらに最近、コンちゃんの前に保護していた、牧羊犬MIXのライちゃんの近影も届いた。



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野山を駆け回るいなか暮らしで、ねずみの狩りがすっかり上手になったそうだ。


ライちゃんはコンちゃんと違って猫を仲間と認めている。


子猫のミアちゃんに授乳していたくらいなので、いまでも猫が大好きだ。


右の写真は、ライちゃんが家族に引き入れた猫のアオヤギくんと。


最近はいたずらもしなくなって、おとなしくなったそうだ。


少人数で細々とやっている保護活動だが、リホーミングした子達が幸せに暮らしているという便りが、何よりもうれしい。


たった1頭保護してリホーミングするにも、たいへんな手間ひまがかかるのだが、その苦労がすべて帳消しになる。


現在里親募集中の犬猫たちも、みんなよいご家族にめぐり合うことを願ってやまない。


ちなみに、7月3日にボニちゃんの病院で、子猫里親会が開催されるので、ご興味がある方はどうぞ。


場所:おおくぼ動物病院
   (東京都多摩市関戸2−1−1若菜ビル1階)
日時:7月3日午後1時から3時



子猫シーズンで供給過剰なため、貰い手がつかない子猫がたくさんいます。


よろしくどうぞ。


さて最近、散歩中のリード操作について、何人かの方からご質問を受けたのでお答えしたい。


繰り返しになるが、散歩のときは首に負担がかからないハーネスと、ある程度自由に歩けるように3メートルリードを使う。


3メートルリードはそのままだと長すぎるので、引きずらないように30センチくらいの長さで折りたたんで、道幅と状況にあった長さにする。


そして、犬がにおいを嗅ぎに行ったら、折りたたんだ分を伸ばす。


犬がそばに戻ってきたら、また余分を折りたたむ。


そしてリードが常にたるんでいる状態をキープしながら歩く。


ずるずる引きずっていると、うっとうしいだけでなくリードも痛むので気をつけよう。


そして犬が3mの範囲を超えて行こうとしたら、引きずられるままについていくのではなくて、リードを固定する。


そのときに、なるべく衝撃が少ないようにふわっと止める。


引きが強い犬の場合は立ち止まるが、ほんの少しリードが張る程度なら、手でリードをぐっと握るだけでもいい。


ここで引っ張り返してはいけない。


ただリードを固定するだけだ。


そして犬が気づいてリードが緩んだら、また歩き始める。


リードが緩むというのは、ダランと地面にたれるまででなくていい。


引きが強くない犬の場合は、ナスカン部分の張りがなくなる程度でいい。


肝心なのは、犬の様子をよく見ていて、次にどういう行動をするか予測することだ。


次にガーンと前に飛び出そうとしているのならしっかり立ち止まってリードを固定している必要があるし、犬が引っ張りに気づいてゆっくり歩き出そうとしているのならすぐに歩いてあげればいい。


犬の様子に応じて対応を変えるので、いつも立ち止まってじっとすることが必要なわけではない。


犬が何かに気をとられすぎてなかなか人のほうを気にしない場合は、音を出したり声をかけたり背中をカリカリしたりして、飼い主のほうに注意を向ける。


そのときにタイミングよく「こっちにおいで」の合図をする。


それから犬とアイコンタクトをしない、犬のほうをじっと見ないというと、犬を無視して歩くことと勘違いする方がいるかもしれないがそうではない。


いつもかならず目の端っこのほうで犬を見ていて、次の行動を先回りして予測していないといけない。


そうでないと危険を回避できないからである。


犬がおびえた様子を見せたらその原因を突き止めてあげる必要があるし、やたらグイグイ行こうとする場合には前方に食べ物や他犬などがあるかもしれないので迂回する。


自分の犬を他の犬や人にあいさつさせるときは、特に細心の注意を払う必要がある。


自分の犬の様子とともに、相手の犬や人の様子など周りの状況も観察して、さらにリードが張って犬を興奮させることがないように手元にも気をつけないといけない。


結構忙しいのだ。


それが自然にできるようになるまで、飼い主自身が練習する必要がある。


自分の犬の癖はある程度予測がつくのだから、そう大変なことではない。


いったん身についてしまえば、自分も犬もゆったりのんびり散歩を楽しむことができるようになる。


そうなるまでの間は、ちょっと集中して練習しよう。


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ガウガウ犬の悲しみ

ヒトや他犬に対して、あるいはその他のちょっとしたことに対して、過剰反応してガウガウになったり、威嚇したり噛み付いたりする犬がいる。


そうなってしまった経緯はさまざまであり、よく理由がわからないというものもある。


人間から殴られたり首を絞められたりなどの虐待を受けても、攻撃性としてあらわれないで、内臓や皮膚などが悪くなるなどの身体症状としてあらわれるケースもあれば、ちょっとしたストレス症状くらいですむ犬もいる。


攻撃性がある犬の飼い主さんとしては、「なんでうちの子だけこんなにひどいことになるのだろう」と、絶望してしまったりする。


こうした差異は、犬それぞれの感受性によるところが大きいので、しかたないとあきらめるより他ない。


とにかく一番やってはいけないのが、「そういう犬は自分がボスだと思っているのだから、人間が偉いんだということを教えなければいけない」などといって、犬を羽交い絞めにしたり、強い口調でしかったりなどすることである。


そんなことをすると、ますます関係が壊れていく。


今日、川原のそばでのんびりしていたら、車からジャックラッセルテリアが4頭も出てきた。


飼い主は2名で、リードをつける前に車から出してしまっている。


おとなしくじっとしている犬なら問題ないのだが、その犬たちはすぐさま逃走(笑)。


元気いっぱいで愛嬌たっぷりのジャックちゃんの1頭は、座り込んでいたわたしの膝の上にちょこんとおさまっておくつろぎに。


テリア好きの私としてはたまらない。


「なんならうちの子になるかい」、と言いたいぐらいなのだが、飼い主さんは大声で「こらっ、おいで」とか、「だめっ」などと怒鳴る。


わたしはそういう声が苦手だし、そばに他の犬もいたので、「お願いだから大声は出さないでください」と頼んだ。


だが、おもいっきりスルーされてしまった。


膝の上の1頭はわたしがリードをつけてあげたが、他の子たちは、なんと尻尾をぎゅっとつかまえられたり、首根っこを鷲づかみにされたりして、連れ去られていった。


ドアを開ける前にちゃんとリードをつけておけばこんな捕り物劇をしないですんだのに。


でも、犬たちはそんなことはものともせずに、走り回っている。


そういうタフな犬もいるのである。


だが、ちょっと神経質でデリケートな超小型犬とか、ドーベルマンや、柴犬なんかに同じようなことをやったら、すぐに咬み犬になってしまう。


前の子は大丈夫だったからなどといって、手荒く扱ってガウガウ犬にしてしまう飼い主がけっこういるのだ。


そういうガウガウ犬は、好きでそうなったのではない。


自分ではとても悲しんでいるということがヒシヒシと伝わってくる。


飼い主を血が出るほど咬みながら、ヒーンヒーンと悲しげな声で鳴く犬もいる。


犬がヒトに咬み付くなどというのは、非常事態である。


そういう犬は、犬になる過程で人間によって淘汰されてきたからだ。


ヒトに対して従順なものが犬として進化して行ったので、ヒトを攻撃するということは習性に反する。


だから犬たちはつらいのだと思う。


どうしようもなくて咬んでしまうけど、それはとても嫌なことなのだ。


そのあたりのことを理解し、犬に共感してあげよう。


そして犬がガウガウにならなくてもいいように、根気よく教えてあげよう。


嫌いなもの、苦手なものには、遠くから少〜しずつ慣らして、ガウらないでいられるという経験を積んで、自信をつけてあげよう。


長年かかって身につけた習慣は、すぐには改善しないだろうが、あきらめずに犬と自分を信じて取り組もう。



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←なつかしのツーショット。






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犬も考えている

朝からぐんぐん気温が上がる中、気持ちよくジョギングを楽しめて、小さな幸せを噛みしめる。


保護犬コンちゃんがいる間は、とてもそんな時間が取れなかったからだ。


熱中症になりそうな暑さがまたひときわ心地よい。


そんな中、ボニちゃんのお散歩セッションを見学に来られた方がいた。


慣れていない方は、夏場の川原散歩は厳しいものがある。


ボニちゃんは川の中に入って体を冷やすからいいが、人間はひたすら日陰のない場所を歩くのだ。


昼前後は地獄である。


ただ、地面が草地なので、照り返しがない分マシだ。


ジョギングは舗装道を走るのでさらに過酷である。


ボニちゃんは、お客さんが見えると、とたんにお仕事犬になる。


オフリードではけっこう自由に歩いているが、お客さんにリードを持っていただくと、まったく寄り道もせずにまっすぐに歩く。


お客さんのとなりをわたしが歩いているのだが、ボニちゃんはわたしの方をチラチラ見ながら、明らかにわたしに合わせて歩いている。


そしてこれが自分の役目だとよく理解しているようなのだ。


いや、していると思う。


動物たちは、人間が思っているよりももっと多くのことを理解していると、私は信じて疑わない。


それはチンパンジー研究者ジェーングドールや、『動物の心』を書いたドナルド・R・グリフィンらの研究からも明らかである。


わたしが心を打たれるのは、もうすぐ40歳になるメスのローランドゴリラのココの言動である。


ココは手話によって話すようにトレーニングされた(研究のため)のだが、1000語もの語彙を持っており、絵を描いてしかもそれにタイトルをつける。



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この絵のタイトルは「LOVE」で、わたしはこれが大好きだ。



彼女は子猫が好きで、ペットとしてかわいがるという点にも好感が持てる。



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またココは、”Tea with Mussolini” というわたしも劇場に見に行ったことがある映画を見ていて(かなり高尚な趣味だと思う)、悲しい別れのシーンになると、くるっと後ろを向いて、「いやだ」、「悲しい」、「泣く」などと手話で言った。


もはや人間と変わりない。


そんなゴリラたちの生息地が少なくなっているので、興味がある方はゴリラ・ファウンデーションにご寄付をお願いします。


ココの描いた絵やビデオも売ってます。


大型類人猿はさもありなんと思われるだろうが、胡桃ほどの脳しか持たない鳥だってすごい。


昨日読み終えたアイリーン・M・ペーパーバーグ『アレックスと私』では、アレックスと名づけられたオウム科の鳥ヨウムの一生がつづられている。


それを見ると、鳥はなんと知的で、感情豊かで、複雑な生き物なんだろうと驚愕する。


音声言語を教えてトレーニングするのだが、アレックスは言葉の意味を理解し、それを人とのコミュニケーションツールとして使っている。









数の概念、それも「ゼロ」の概念さえも持っている。


トレーニングは科学的正確さを追及するために繰り返しが多く退屈なものだが、いやなときはNOと言ったり、帰りたいと言ったり、ナッツがほしいと言ったりする。


それを読んで、犬もトレーニング中に同じようなことを言っているのだろうと思った。


犬はNOという代わりに、横を向いたりあくびをしたりなどのボディシグナルで表現する。


だがヒトはそれに気づかない。


アレックスはそんなとき、わざと間違えたりからかったりするのだが、犬もひょっとしてそんなことをやっているかもしれない。


われわれは、彼らが知的な存在であることを忘れている。


動物もまた「思考する」のだが、彼らが考えるやり方は、人が考えるやり方(言語を使用する)とは違う。


スクリーンに映すように、視覚的に考えるのではないかとペーパーバーグはいう。


自閉症スペクトラムの人と同じやりかたである。


犬は人のような音声言語を持たないが、いろんなことを考えているのだ。


そして人と同じく感情を持つので、飼い主がつらく当たったときなどは、「いやだ」、「悲しい」、「泣く」などと言っているかも知れない。


こうした考え方は、オペラント条件付けを提唱したスキナーに代表される行動主義とは対立する立場である。


スキナーの場合は、何度も書いているように、動物を同じ刺激に対しては同じ反応をする機械のようにとらえている。


したがってある行動を教える場合にも、刺激のインプットに対する行動のアウトプットという図式で組み立てる。


だが、動物に感情や知性を認める上記の研究者たちは、もっとコミュニケーション的な方法を使う。


アレックスのトレーニングはオペラント条件づけではなくて、モデル・ライバル法の改良版で行われた。


二人の訓練者がお手本となって、正しいときにはごほうびがもらえ、間違ったときはしかられるところを動物に見せるというやり方である。


アレックスはこのやり方で、ココはオペラント条件づけではないやり方で学習した。


わたしも、犬に感情や知性を認めるならば、単純なオペラント条件付けではなくて、コミュニケーション的な方法を使うべきであると思う。


そこで現在模索中なのだが、とくに呼び戻しなどのような「しつけ」に関することについてはそういえると思う。


飼い主との関係性と、犬同士で見られるようなボディランゲージを使ったやり取りで、「おいでよ」とか、「こっちに行こう」などと伝えるのである。


最近呼び戻しがうまくいかないというご相談が多いが、それも機械的なトレーニングとしてではなく、コミュニケーションの問題として考えてみたらいいと思うのである。


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失敗したっていいさ。

コンちゃんが巣立っていって、自由の身を満喫している。


新しいおうちをスムーズに受けれてくれたようで一安心である。


だが念のため、昨夜、コンパパさんが困っていないか電話してみた。


すると予想以上にうまく適応している様子を聞かされて、うれしい驚きだった。


コンちゃんがスムーズになじめるようにと、うちからラグや毛布などを持っていったのだが、そんなものは見向きもせずに、床にごろんと横になって寝ているという。


トイレも近所に好みの場所を見つけて順調だそうだ。


散歩ではちょっと元気すぎるわんこが気に入ったらしく、遊びに誘ってお友達になった。


早速けんかの仲裁をしたりして、コンパパさんは「カーミングシグナルのお手本みたいやなぁ」と言っていた。


新居のすぐそばに古墳があり、その周りに遊歩道があって、そこにたくさんの犬が散歩しに集まってくる。


コンちゃんはそういうのが大好きなのだ。


遠くまで出かけて行って野山を駆け回るよりも、家の近所で犬と挨拶したいのである。


なのでコンちゃんにはうってつけの場所だった。


あまりにもスムーズになじんでくれたので、コンパパさんも驚いている。


わたしは、譲渡した子が出戻ってこないように、譲渡先も慎重に選ぶし、犬猫もしっかり教育しておく。


やっぱり合いませんでしたと返されると、犬猫に大きな負担がかかるからだ。


だが、結果的にはなんとなくうまく育ってくれても、振り返ってみるとわたしの側の失敗はたくさんある。


コンちゃんについて反省してみると、留守番のときに退屈させてしまって、破壊活動を招いたことが何度かあった。


コンちゃんはまだ若いので特に、おもちゃ類をたくさん用意してあげて、しかもそれを随時リニューアルすることが必要である。


古いおもちゃは飽きてしまうからだ。


わたしが家にいれば寝ているのだが、留守で退屈すると新しいおもちゃで遊びたくなる。



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←かじり棒と寝るコンちゃん。


だが、使い古して新鮮味がなくなったものしかないと、自分でおもちゃを調達する。


本棚に入っている文庫本を1冊ボロボロにされたことが1回、机の上においてある図書館の本をかじられたことが1回(弁償しました)、レインシューズを破壊されたことが1回、ベッドのマットレスの側面に穴を開けられたことが1回。


大きなのはそんなところである。


今になってよく考えてみると、新しいおもちゃが切れていたときに起こったことだった。


おもちゃというのは市販品でなくてもいい。


犬用歯磨きの空き容器とか、壊れたタッパーの蓋とか、なにかそういう新しいものを置いていってあげればそれで遊んでいた。


うっかりそれを怠ると悲劇が待っているのである。


もっと気を遣ってあげるべきだったと、今になって思う。


そんな失敗が、犬育て中にはたくさんあると思う。


もちろん、失敗しないように未然に気をつけなければいけないことは言うまでもない。


だが、すでに起こってしまった失敗に落ち込んだり、失敗を恐れるあまりに神経質になったりすると、逆に犬に悪影響がでる。


次の機会にそれを生かせばいいのだ。


だから犬育てはおおらかにやろう!


おおらかな飼い主からはおおらかな犬が育つ。


あまり細かいことにはこだわらずに、犬にかまいすぎずに、長子ではなく末っ子を育てるようにするといいかもしれない。


根っこの部分に信頼があれば大丈夫である。


完璧を目指して自分も犬も窒息しないようにしよう。


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命を育てるということ

昨日大阪に旅立っていったコンちゃん、無事におうちに着き、お姉さんと挨拶すると、さっさと寝てしまったそうだ。


そしてうちでの習慣どおりに5時に起床して、散歩に行ったそうだ。


他人のハンドリングにはなるべく慣らしておいたのだが、環境も変わったので大丈夫かと心配していたが、問題なく歩き、朝食も普通に食べたそうだ。


意外と適応力があるらしい。


新しい家族の元に行った当日はご飯を食べないという犬猫も時々いるが、コンちゃんはうちに来たときも平気だったが、今回も平気だった。


わたしとしても、なるべく「うちの子」扱いしないように、預かりっ子として接するように努めている。


そのほうが新しい家族に慣れやすいと思うからである。


犬猫もそれをわかっているのかどうかは定かでないが、旅立っていくときは未練なく、気のせいかちょっとうれしそうに行ってくれる。


ルルは空輸されてきたのだが、最悪な健康状態だったにもかかわらず、とてもうれしそうにキャリーから出てきた。


何かを感じとっているような気がしてならない。


ともあれ、コンちゃんが無事に巣立っていったので、今日は久しぶりに自由な気分を味わった。


犬3頭の散歩があるので、ジョギングも読書もする暇がなかったのだが、ようやくそんな時間が取れた。


たとえ保護犬1頭でも、命を預かって育てるのだから、それはそれは大変なことである。


しかも子犬、子猫の場合は、大変さが何倍にも膨れ上がる。


うちの犬猫スタッフと協力して、教育をしなければならないからだ。


逆に飼育放棄状態にしておけば、何匹いても関係ない。


そうはいかないと思うから忙しくなる。


怪我をして野性に返せなくなったメンフクロウを育てたステイシー・オブライエンの著書『フクロウからのプロポーズ』を読んだのだが、雛のころから野生の猛禽類を育てた苦労と楽しみがつづられており、非常に共感を覚えた。



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by:Wouter de Bruijn


←ちょっとかなしい顔をしたメンフクロウ。


フクロウは雛をつきっ切りで世話するので、巣立ちの時期までは常に巣箱を持ってまわらなければならない。


それでデートを台無しにしてフラれたなどというエピソードもあって、さもありなんと思った。


フクロウが鳴き叫ぼうがどうしようが、ケージの中に入れて外出することもできただろう。


だがそうしないところが、動物好きにはよくわかる。


なぜそうしないかといえば、それは動物には感情があるからである。


生物学を研究する著者はこう書いている。


哺乳類はもちろんのこと、鳥類や爬虫類など、脳を持つ動物には感情がある。


ヘビやトカゲだって、捕まえて刺激の少ない場所に閉じ込めておけばうつ状態になるのだそうだ。


ましてや哺乳類や鳥類となると、よりいっそう豊かな環境を提供することが必要である。


何度も書いているが、刺激の少ない環境では、脳が十分に発達しないということは、さまざまな実験によって確かめられている。


だから、子犬子猫のころからケージやサークルなどという名の「檻」に長時間閉じ込めておくことは、脳の発達を阻害し、うつ状態にする虐待行為であるということを、認識していただきたい。


逆に、いろんな刺激のある豊かな環境を与えてあげると、動物は生き生きと暮らせるようになる。


このメンフクロウは、簡単な言葉を理解するようになり、鳴き声で意思を伝えることができるようになった。


ヒトとの付き合いが長い犬猫なら、なおさらヒトとのコミュニケーションは得意だろう。


著者は動物のほうがヒトに比べて感情がより激しいと書いている。


わたしは、よりストレートだと感じている。


いずれにしても、自分が育てている個々の動物の気持ちを読みとろうと努力すること、そして自分の気持ちを伝えようと努力することが大事だと思う。


気持ちがわかったらひどいことはできないのが、社会的動物である人間の一般的性質である。


だが、種が違うとか、世間でこういわれている(都市伝説)とか、思い込みなどによって、わかろうとしないところに問題があると思う。


もっと動物の側に歩み寄ってみると、動物との絆というすばらしい世界が開けるのに。


わたしはすっかりその虜になっているので、せっかく動物と暮らしながら飼育放棄している人々を見ると、もったいないと思うのだ。


動物たちはいろんなことを感じており、すばらしい能力を持っている。


その能力を引き出してあげるものまた、動物育ての喜びでもあるのだ。


命というのは、抽象的なものとしてでなく、感情や知性や能力などを備えた個体として存在している。


それを大事にしたいと思うのである。


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コンちゃん元気でね〜みんなで散歩するときの注意

保護犬コンちゃん(和犬MIX♂11ヶ月)が、新しい家族のもとに巣立っていった。


保護犬猫を、「この人なら大丈夫」と確信できる方のもとに送り出すと、本当に肩の荷が下りた気がする。


さびしいという気持ちはほとんど感じない。


大仕事を終えてヤレヤレという安堵感でいっぱいだ。


車に積んだ大き目のクレートの中に、お気にいりのラグを敷いてあげたら、出発してすぐに寝始めたという電話をいただいた。


うちに車がないために車慣れしていないので、それがちょっと心配だったが、問題ないことがわかってさらに安心した。


今日は最後の日だったので、動物病院犬ボニちゃんと、渡英中に預かってもらったレオン姉さんと3頭で多摩川散歩のお別れ会をした。


午前中は日が照っていて暑かったので、みんな川の中にザブザブ入って遊んだ。



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みんなそれぞれリラックスしている。


仲良しの犬同士連れ立って散歩する場合、ダーッと走り回ったり、いつまでも追いかけっこしたりという風景をよく見る。


だが、それは興奮しすぎである。


なんとなくお互いを気にしつつ、のんびり歩くというのがあるべき姿である。



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コンちゃんは、生後半年くらいのころには、川原に来ると子犬らしくよく走り回っていたが、まもなく走らなくなった。


最近はボニちゃんと一緒でも、甘えて口元を舐めたりはするが、走らずにのんびり歩く。


何頭かで一緒にお散歩するということは、犬同士のコミュニケーションを図るためにも、またそこで犬語や犬マナーを学ぶためにも、非常に好ましいことである。


だが、ハイパーで興奮した犬ばかりが集まってしまうと、無法者のギャング集団のようになってしまうので注意が必要だ。


落ち着いた犬が多い中に、犬マナーを勉強中の犬がいるというぐらいが望ましい。


そんな集団の中で一緒に行動することにより、犬社会のルールを身につけていくことができるので、できればそういう機会を設けてあげたい。


といっても、まるで知らない犬、しかもストレス犬が多数集まるようなイベントは、逆にストレスになるので避けたほうが賢明である。


あくまでも素性のわかっている数頭の友達犬からはじめてみよう。



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コンちゃん、いかにもゴキゲンな顔をしている。


大好きなレオン姉さんと、お母さん代わりのボニちゃんがいるので、もう大満足である。


コンちゃんの中では、ボニちゃんは初めて会ったときからどうも別格らしい。


母犬のように慕っている。


なにかというとボニちゃんだ。


山梨の家族と離れて、ひとり知らないところに来て、フシギな人間と一緒に室内で生活するようになって心細い中、唯一頼れるのがボニちゃんだった。


ボニちゃんのおかげで、コンちゃんはわたしにも慣れることができたし、子供から大人になる大事な時代に、しっかり教育してもらうことができた。


グレートマザー・ボニちゃんである。


病院でボニちゃんとお別れして、そのときに体重を量ってみたら、なんと20キロを越えていた。


最近多い小さめのラブくらいには成長するだろう。


病院でも長くなったなどと言われたので、22〜3キロにはなるかもしれない。


大満足して家に帰ると、ルルと並んで死んだように寝ていた。



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たっぷり寝た後に、むっくり起きあがったと思ったら、いきなり替えたばかりのコルクマットの上でおしっこをしてしまった。


水をたくさん飲んだせいもあるが、遊び疲れて寝た子供と同じだなぁと思った。


やっぱりまだ子供っぽいところがあるコンちゃんだった。



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←うちに来たころのコンちゃん。


まだあどけない顔をしている。


コンちゃんはこれから大阪で暮らすことになる。


大阪弁とノリツッコミを覚えるようにと、ボニちゃんの院長からあたたかいはなむけの言葉をいただいた。


今度会ったら、「そうそう、・・・ってなんでやねん!」って言ってるかもしれない、ってなんでやねん!


〜〜コンちゃん保護日記・完〜〜


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信頼にたる飼い主と信頼にたる犬

30度を超える日が続いてバテバテな犬・猫・人間だ。


ルルもメンバーになっている研究会があったのだが、チャリで移動中に熱中症になりそうだったので、ルルは留守番してもらった。


ルルはいいが、わたしが熱中症になりそうだった。


昨日もそうだが、夜になってもたいして涼しくないところがつらい。


だが今日は風があるのが救いだ。


さて、少し前に信頼関係の崩壊について書いたが、今日は信頼関係の形成について書きたいと思う。


信頼関係とは、ここでは犬とヒトが信頼しあっている関係のことをさす。


それは、前にも書いたように、相手のことを味方だと信じて頼りにしている関係、害を加えたり不利益になるようなことはしないと信じられる関係ということである。


そもそも動物とそんな関係になれるのか。


そういう疑問が出てくるのも当然だと思う。


犬を信じられない飼い主が非常に多いからだ。


自分が犬を信じていなかったら、犬も自分のことを信じてはくれない。


だがそうはいっても、何の関係もない犬をいきなり信頼することはできない。


それはヒトの場合でも同じで、見ず知らずの他人を信頼などできない。


信頼するには、信頼にたる関係を築く努力をしないといけない。


まずは、犬に信頼してもらえるように、犬の期待を裏切らない、犬を騙さない、嫌がることをしない、痛みや恐怖を与えないといったことを実行しよう。


コンちゃんのように、「ヒト」というものに対して、経験不足からビクビクになっているような子の場合には、脅かさない(急な動きや大声、目をにらむ、手を頭の上に出すなど)、かまいすぎない、押さえつけない、体罰を使わない、乱暴なことをしない、などが重要である。


ヒトは怖いことをしない、嫌なことをしないとわかれば、だんだん信頼してくれるようになる。



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コンちゃんを預かって半年近くが経つが、常にこうしたことには気をつけてきた。


すると、だんだん自分からそばに寄ってくるようになり、知らないヒトにも近づいて行くようになった


つまり、まず自分が信頼にたる飼い主にならないといけないのである。


だがそれだけでは足りない。


うちの犬は信頼して大丈夫と思えるような、信頼にたる犬にすることも同じように必要なのである。


リードが外れてしまってもどこにも行かない、いきなり他の犬にガウりに行ったり、ヒトに吠えたりしない、公共の場所ではおとなしくしている、突然暴走したりしないといった、日常生活で必要な行動を教えてあげないといけないのだ。


行動を教えるときには、よくコミュニケーションをとりながら行おう。


失敗するようなシチュエーションは避けて、成功体験を積み重ねていくようにしたい。


他の犬が前方から来て、自分の犬がガウガウになる犬だったとしたら、早い段階で犬を回避して、十分な距離を確保して、ガウガウにならないようにしてあげる。


他の犬が遠くに見えてもガウらないという経験を積み重ねていき、少しずつその距離を縮めていくと、そばですれ違っても大丈夫でいられるようになる。


そのためには失敗させないこと、早め早めに犬の行動を予測して回避するなどの対策をとることが肝心だ。


ヒトとすれ違うときに、犬とヒトとの間に入ってバリアーになってあげることも、犬の信頼を得る助けになるだけでなく、犬に安心感を与えて落ち着いて行動するよう教えることになるのでおすすめだ。


それから、日常生活からストレスを少なくして、快適な暮らしを実現してあげるのも大切である。


そうすると落ち着いて、自分で冷静な判断ができる犬になる。


「うちの犬の判断は間違いない」と思えるのは、すばらしいことである。


だがその一方で、そういう状態にはないのに、「うちの子はいい子」と勘違いする飼い主やトレーナーもいるので、その点には注意したい。


すべてはその犬の行動が物語っているので、実際に犬がどう行動しているかということから判断しよう。


飼い主を自分の味方扱いしているだろうか、。


また飼い主のほうは、犬の味方になってあげているだろうか。


犬の味方になってあげていなかったら、犬は飼い主を信頼してくれない。


私自身は、信頼にたる飼い主と犬が、ともに犬語で会話しながら、楽しく暮らせたらいいなと思うのである。


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和犬系雑種の魅力

今日も非常に蒸し暑かった。


保護犬コンちゃん(和犬MIX♂11ヶ月)は、涼しいところ出身なせいか、非常に暑そうにしている。


ルル(ヨーキー♀6歳)は涼しい玄関のところに陣取って元気にしている。


このところルルは散歩に行く気満々なのだ。


病気に負けるなとか元気になれなどと叱咤激励しているせいか(違う)、やたらよく歩く。


朝も夕方も、コンちゃんと一緒にずいぶんたくさん歩いた。



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コンちゃんはコンちゃんで、野良犬のようにダラダラとご近所をさまよう。


以前は田舎の野良犬っぽかったのだが、今では町の野良犬っぽくなった。


もうヒトに過剰反応することはなく、車がすれすれのところを通っても落ち着いていられるので、どこに行っても大丈夫だろう。


コンちゃん、土曜日に里親さんのところに行くことになった。


ようやく本当の家族ができるのである。


よかったね、コンちゃん!


コンちゃんのような雑種の中型犬は、なかなか貰い手が見つかりにくい。


動物愛護センターや保健所でも、愛護団体に引き出される可能性が低い。


ということは、殺処分される確率が高いのである。


中型犬雑種を多く抱えている愛護団体もあるが、時々HPを覗いてみると、この子まだいるのかというような状況である。


他方で純潔種の犬は、比較的早く貰い手が見つかる。


同じ犬なのに、見てくれや「純潔」というブランドで、ずいぶん差別されている。


犬種特性が云々という方もいるだろうが、この仕事をしていて、犬種特性のことを理解して飼いはじめたという方には、めったにお目にかからない。


ペットショップで目があったとか、かわいいからとか、賢そうとか、そういう理由で買ってくるのだ。


そして、見た目がかわいいボーダーコリーに手を焼いたり、盲導犬のイメージのせいで賢そうなラブラドールにふりまわされたりなどということになる。


少なくとも、犬種特性くらいは理解してから飼いはじめてほしい。


運動量の多い犬種を、住宅密集地の散歩だけで満足させようなどという無謀な考えは捨てよう。


そもそも、日本の法律や条令は、運動量の多い犬を飼えるようにはできていない。


常に「係留しなければならない」し、リードも短く持たなければならない。


ドッグランはあっても非常に狭く、野山を走り回る犬種にはまるで足りない。


作業犬系洋犬などは、法律を守っていたらとても飼えないのだ。


正確に言えば、飼うことはできるが犬のQOL(生活の質)を保障することができない。


さらに、気候のミスマッチもある。


ずいぶん前にシベリアンハスキーがブームになったときに、夏の暑さで死にそうになっているハスキーをたくさん見た。


冬の寒さに震える短毛の犬もいる。


このように、純潔種の流行は、犬にかわいそうな犬生を強いることになるのである。


それに対し、和犬系の雑種はとてもお勧めである。


日本の気候には最初から適応している。


そういう個体が生き残ったからである。


山で猟に使われていた和犬もいるが、多くは農作業についてきたりしていた畑犬の子孫である。


なので、人間との共同作業に喜びを見出すよりも、勝手にのらくらしていることを好む。


せっせと遊んであげるよりは、放っておかれたいのだ。


だから、忙しい現代人にはもってこいである。


散歩も、野良犬のように、自分のなわばりの範囲内をのらくら歩く犬が多い。


飼い主はお付の人になればいい。


それに雑種は先天性疾患が少ない。


そういう犬はすでに淘汰されているからである。


純潔種は、それぞれの犬種特有の病気がある。


ヨーロッパのように病気に配慮したブリーディングが行われていても、やはり出てしまう。


ましてや日本のように何の規制もなく、人気犬種を素人が繁殖し放題なところでは、病気持ちの犬ばかりが作り出されることになる。


ルルのような超小型犬では、ほとんどといっていいほど多くの犬が、水頭症か後頭骨形成不全を持っており、軟口蓋過長やパテラなどがある。


こうした障害に苦しむ犬を世話するのは、何よりも精神的に苦痛である。


原因が無理・無知なブリーディングにあるだけに、やり場のない怒りがわいてくる。


もちろんお金だってかかる。


だが雑種犬は、元気な個体が生き残っているだけに、基本的に丈夫である。


ということは、医療費がかからない。


また、ペットショップ犬と違って、生後30日そこそこで親元から離されることが少ない。


中には、不妊・去勢手術を怠って、自分のうちの犬が子供を生んだからといって、小さいうちに捨てたり、ヒトにあげたりなどするケースもあるが、十分な期間親元にいる犬が比較的多い。


なので、性格的に安定している。


そういう犬の飼いやすさは、飼ったことのある人ならよくわかるだろう。


コンちゃんのようにたとえ人馴れしていなかったとしても、安定していて興奮しにくく落ち着いている。



CIMG0401



ボク、いい子だよ!


室内で寝ているか、でなかったらベランダで寝ている。


元気で性格がよくて手がかからない和犬系雑種を、ぜひとも積極的に家族に迎えてほしいと思うのである。


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ズボンの縫い目フェチな人々

急に暑くなったので、犬猫たちはみんなグッタリしている。


わたしはSOYというヴィーガン・ベジタリアン仕様(乳・卵不使用)のアイスを食べて、暑さをごまかしながら仕事をしている。


セミナー準備のために、使えそうな動画を探しているのだ。


ドッグトレーニング関係の動画を見ていると、プロのものも一般飼い主さんのものも、精神衛生に悪いものが多すぎてクラクラしてくる。


あまりハードなものは自分が見たくないので、ソフト路線でいきたい。


「リーダーウォーク」で検索したら、けっこう恐ろしいものが出てきてしまったので、ヒールポジションに変えたら多少マシだった。


犬と一緒に歩くときに、「ヒールポジション」にツケるということが、警察犬訓練でも、JKCのテストでも、はたまた優良家庭犬テストでも行われている。


それぞれ別組織で、やっていることも一見違うのだが、基本的な考え方は同じだ。


人間が決めた意味不明なルールに、犬を従わせることをよしとするのである。


警察犬やJKCなどとは一線を画していると自称する優良家庭犬協会のテキスト(テリーライアン著『トレーニング・ザ・ケイナイン・グッド・シチズン)をみると、「ヒールポジション」の定義についてこんなことが書いてあった。


「『ヒール』とは飼い主と同じ方向に歩く、ということです。
正確なヒール・ポジションとは飼い主の脚に限りなく近い場所であり、そこで犬は飼い主に黙って全神経を集中させなければなりません。
外部の刺激を察知したとしても、一瞬視線を送る程度にしかその集中から気を散らすことはなく、かつ絶対にリードを引くようなことはしません。
ズボンをはいた脚を想像してください。
ゴン太の鼻先はズボンの横の縫い目より後にさがることはなく、肩はかならず縫い目の先に出てはいけません。体全体は直接触れることはなく、かぎりなく飼い主に近い位置になければなりません」(p.37)。



だそうである。


正気の沙汰とは思えない。


犬の鼻先から肩までの幅というのは、中型犬のコンちゃんで20センチ程度、超小型犬のルルだと5センチ程度しかない。


その範囲内で人のそばを歩けというのである。


しかもハンドラーの限りなくのそばを、体が触れないように歩くというのだ。


ぬいぐるみでも引っ付けてろと言いたくなる。


子供はもちろん、大人だってこんなことは難しい。


わたしにはできないだろう。


それを犬にさせようというのである。


しかもこれができないと、グッドシチズン(優良家庭犬)ではないのだ


だったらそんなものはいらない。


その他数々の意味不明な項目があったので、わたしはこのテストを受けるのはやめた。


犬が社会の中でヒトと共存するためのマナーと、ズボンの縫い目より先20センチの範囲で歩くことと、どんな関係があるのだろう。


犬にそんな難しくわけのわからないことを教えて何の意味があるのだろう。


「テスト」好きな方は、そういう問いを自分に投げかけてみていただきたい。


YOU TUBE にこんな動画があった。


動画共有サイトなので、ありがたく共有させていただく。







この飼い主さんは、ヒールポジションを教えようとしているが、犬はおやつがほしくて何度もジャンプしたり、前足をかけたりしている。


興奮状態なのだ。


犬にとってもヒトにとってもよいマナーは、一瞬おやつにつられてヒールポジションにいることではなくて、ジャンプしない、前足をヒトにかけないことである。


しかしこれが極めて一般的な光景なのだ。


こんなふうにパフォーマンスだけ教えようとするから、興奮状態がおさまらず、競技会会場でワンワンギャンギャンが繰り広げられ、車の陰でこっそり腹を蹴るとか、首を絞めるなどの虐待がおこなわれることになるのである。


蹴ったり首を絞めたりしなくても、こういう無理なことを教えようとするだけで、犬にストレスがかかって興奮しやすくなったり咬んだりするようになる。


先日習ってきたイギリスのトレーナー、シーラ・ハーパーのボーダーコリーもそうなってしまった一頭だ。


だから彼女は、テストや競技会に強く反対するのである。


これらは、人間社会の中での共生にとって意味がないばかりでなく、犬にストレスをかけて苦しめる。


実生活の中では、よそ様の邪魔にならないようにヒトのそばを歩ければいいのである。


次の動画はルルが研修生のよねちゃんと歩いているところである。



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ルルはちょっと警戒して距離をとっており、よねちゃんも慣れない小型犬との散歩で歩幅が大きすぎる(笑)。


だが、飼い主はもちろんのこと、よく知らないヒトのハンドリングでも、こうやってリードを張らずに、ヒトのそばを落ち着いて歩けるということが大事である。


つねにヒトに引っ付かんばかりにそばを歩く必要はないどころか、そんなことをしていたら楽しい散歩にならない。


ヒトに全神経を集中させていたら、自分で危険物を避けられなくなる。


道に落ちているいろんなものを見たり、匂いを嗅いだりしてリラックスして歩くのが散歩の王道である。


実生活ではいつ必要になるのかよくわからないヒールポジションを教えることに時間をかけて、犬を苦しめるのはやめよう。


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犬とヒトとのいい関係

なんだか、犬とヒトとのよくない関係の話が続いてしまったので、今度は動物とのいい関係について書こうと思う。


最初に紹介したいのは、ちょっと例外的な事例だ。


アスペルガー障害がある10歳の少女が、飼い猫について書いた記述である(『うわわ手帳と私のアスペルガー症候群』)。


「私の一番のお友達はネコのラッキーです。ラッキーはいろいろなことをしてくれます。


相談相手にもなってくれるし、初めての人が来た時などに話すことを作ってくれたり、助けてくれたりもします。


疲れもとってくれます。


遊んでくれたりします。


疲れすぎて食べる気もない時に、ラッキーの食べているところを見ていると、食べる気が出てくる時もあります。


ラッキーはいろいろなことを教えてくれたりします。


こんなふうにして疲れをとるんだって教えてもらいました。


ラッキーにはお世話になっています」。


わたしはこの文章を読んで、自分の子供時代のことを思い出した。


幼稚園に上がる前からボブと言う名前のオスのボクサーを飼っており、ボブにはずいぶんお世話になった。


よく遊んでもらい、相談相手になってもらったりしたものである。


犬猫との関係は、実はそのころも今も大して変わっていない。


いまもお世話になりっぱなしである。


研究論文を書く時には、かならず犬猫が付き合ってくれるし、研究会ではルルが膝の上に乗っていてくれる。


おかげさまで、スムーズに報告ができたりするのである。


わたしはルルがいると、不得意分野である社会性スキルが向上するように思う。


そこでルルを連れ歩いているのだが、必ずほんにんの意向を確認するようにしている。


「一緒に行く?」と。


尻尾を振って「行く!」というときもあれば、巣に戻りながら「行かない」というときもある。


だが、「行く」というときのほうが多い。


いつもわたしはTシャツかトレーナーにジーンズという服装なのだが、遠くに行くときは、ちょっとくたびれ度が少ないTシャツを着る。


ルルはそれを見ていて、「遠くにいくらしいぞ」と判断するのだろう。


かならず「行く!」というのだ。


外出の際には、犬の意思、決定権を尊重してあげることが重要である。


また連れて行った先が騒がしかったり、落ち着けなかったりしたときに、その場から退散してあげたい。


犬が嫌がっていることに、自分の都合で無理につき合わせてはいけない。


一方的であってはいけないということである。


犬猫たちは、ただそこにいるだけで人間を落ち着かせてくれたり、癒してくれたりする。


だが、それを目的にして、すなわち犬猫を利用するために飼おうとすると、大間違いが起こる。


世話が大変だとか、部屋を汚すだとか、言うことを聞いてくれないだとか、思い通りにならないことばかりが目についてくる。


そうするとだんだん犬猫の存在がうっとうしくなってくる。


特に犬の場合は、しつけに関する都市伝説が横行しているだけに、犬の気持ちを無視した接し方をすることによって関係がこじれて、咬みつくようになってしまうこともある。


そうなったら、お互い一緒に暮らすことが苦痛でしかなくなる。


お互いの存在にビクビクしながら暮らすなんて、まっぴらである。


だから犬猫を飼う前に、まずは本当に動物が好きなのかを自問しよう


この点が一番大事である。


大して好きでもないのに、なんとなく犬猫を飼って世話が嫌になったり、飼育放棄したりするヒトが非常に多い。


ちなみにわたしは、犬が大好きな飼い主からしかレッスンの依頼は受けないことにしている。


それから、世話をする時間とやる気はあるのか、その子と一生つきあう覚悟はできているか、犬猫の飼育について勉強するつもりはあるか、そんなこともしっかり自問しておきたい。


一方的に「癒し」などの恩恵だけ受けようと思っても、そうはいかない。


自分と他者との関係は、相互的、すなわちお互い様なのである。


自分が相手を尊重すれば、相手も自分を尊重してくれる。


たかが犬猫と思ってどこか馬鹿にしているところがあると、犬猫も心からなついてはくれない。


逆に、犬猫の意思を尊重して、彼らの言い分に耳を傾けてあげると、彼らもまた人間の言うことに耳を傾けてくれる。


そしていい友達になれるのだ。



添い寝ルルごろん胸の上2



ルルとベッドの上でゴロゴロしているところ。


ルルはこれが大好きだ。


夜寝るときは、わたしがベッドに入ると、自分もさっさとわたしの胸の上に登ってきて寝る。


暑い時期はさすがにしばらくすると体の上からは降りるが。


われわれはとてもいい友達であり、仲間であり、家族である。


そうなると、一緒に暮らすのが楽しい。


だが、だれでもが動物と友達になれるわけではない。


わたしの母はそもそも動物嫌いであり、友達になろうなどとはさらさら考えない。


気持ち悪いなどと言う。


そこまではっきりしていると、間違っても動物を飼おうとは思わないが、グレーゾーンの方々は間違ってしまう可能性もあるので注意していただきたい。


動物のことを、信用ならない、何を考えているかわからない、怖いなどと思っていたら、やめたほうがいい。


動物は心から動物好きな人間と暮らすのが幸せであると思う。


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