経験のない人にはイメージしにくいかもしれません。胃の上部で骨(胸骨)との境目、ミゾオチと呼ばれる部分が苦しくて仕方ない。痛みではありません。気持ちが非常に落ち着かず、皮膚を切り裂いて取り除けるものなら、取り除きたいほどのつらさ。でも、指で押してみても何もないし、つかえる部分に触ることすらできない。

ミゾオチのつかえ…心下痞(しんかひ)は、2000年前の中国医学書である「内経」にすでに記載があります。また、漢方薬のバイブルである1800年前の「傷寒論」に詳しい解説が見られます。昔から心下痞を患う人は多かったということです。病理的に複雑で理解が難しい病態です。本ブログでは、傷寒論の記載に基づいて、基本に立ち返って心下痞について考えたいと思います。

傷寒論に見る心下痞
傷寒論には心下痞についての記載が多く見られます。以下、条文の番号は、上海中医学院「傷寒論」1976 によりました。

131「病発於陽、而反下之、熱入因作結胸、病発於陰、而反下之、因作痞、 …」
【訳】太陽病に下剤をつかうと悪化する。もともと実証の人に下剤をつかうと熱が内陥して結胸になることがある。もともと虚証の人に下剤をつかうと熱が内陥して痞になることがある。
【解説】虚証に下法をかけると、ますます虚がひどくなります。下法は胃実につかうべきものです。病が陰に発しているのだから、胃にも実がないのは確かです。にもかかわらず下法をかけると、必ず胃虚が生じます。
また太陽病を下しているのですから、表寒は内陥して邪熱になります。熱は上に昇る性質があり、上焦に入りやすくなります。
このように胃虚と邪熱が存在します。これは心下痞が起こる大前提を示していると思います。
結胸と心下痞は、二つを対比して考えなさい、ということでしょう。結胸は正気の虚と邪気の実が双方とも激しい難治の証です。これと並べて考えよ、という心下痞は分析の難しい証だと分かります。


149「傷寒、五六日、嘔而発熱者、柴胡湯証具。而以他薬下之、…(中略)… 但満而不痛者、此為痞、柴胡不中与之、宜半夏瀉心湯。」
【訳】表寒を感受して5.6日たって、吐いて熱が出たら柴胡剤をつかう証である。にもかかわらず下剤で下してしまったとする。その結果、ただ単に心下が満ちる感じがして痛みのないものは「痞」というのである。柴胡剤を与えるのは不適切で、半夏瀉心湯などがよい。
【解説】
少陽病は柴胡や人参などで虚実を和する証なのに、下法をかけてしまった。ただでさえ、少陽病は虚実錯雑で複雑な証なのに、そこに加えて下法で正気を弱らせた。それが心下痞だといっています。心下痞は少陽病よりも複雑な虚実錯雑証であることが分かります。


151「脈浮而緊、而復下之、緊反入裏、則作痞、按之自濡、但気痞耳。」
【訳】脈が浮緊で麻黄湯証を呈しており、発汗させるべきなのに下剤をかけてしまった。それで、緊脈のしめす寒邪が裏に入ると痞を形成してしまう。特徴は手で心下を押しても柔らかく物質的な塊はない。ただ機能的なものなのである。
【解説】
誤って下法をかけると必ず胃が弱ります。また寒邪は入裏すると必ず邪熱に変化します。胃の弱りと邪熱の存在。この二つが心下痞を形成する材料です。心下を押しても柔らかく何も触れない。前条文にもあったように、押しても痛くありません。


心下痞の基本病理
まずは、ざっくり考えましょう。
①心下は正中線上、つまり体を縦に割った真ん中にあります。ここが病位であるということは、左右の陰陽の境界が侵されている状態であると考えられます。
②心下は膈の部分にあります。膈とは人体を上下清濁に分けたときの境界となる機能です。上は澄んで下は濁る。これは大自然の真理です。西洋医学でいう横隔膜のあたりに膈は存在します。ここが病位であるということは、清濁の境界が侵されていると考えられます。ちなみに臍を中心とした帯脈で仕切られる上下の境界は上下寒熱・上下虚実の境界(上熱下寒・上実下虚)です。
③心下は心臓の下、胃の上です。心臓は脈を支配し、脈は深浅を分ける境界です(私見)。また、胃は中焦であり、中焦は上焦と下焦を分ける境界です。境界を病むということは陰が陰らしくあり得ず、陽が陽らしくあり得ない状態で、陰陽の幅が小さくなっているものと思われます。下法によって陰陽の幅が小さくなり、邪熱は心臓に、弱りは胃に生じやすい状態と言えます。

このように、心下痞は陰陽の境界が侵された病態と言えます。境界が侵されるということは、陰・陽ともに病むということです。陰陽ともに病むとは、いろいろな病み方がありますが、ここでは、
●正気・邪気ともに病む。虚実錯雑です。
●上・下ともに病む。心臓・胃がともに病みます。
●清・濁ともに病む。心臓は清らかであるべきだが清らかでいられず、胃は濁っているべきだが濁っていられない。つまり、心臓は炎熱に侵されており、胃は重濁の力なく空虚です。
このような陰陽倶に病む形になっていると思います。煩悶と空虚の合体したもの。つらいつらい痞の正体です。

まとめます。
心下痞は、心火(邪実)と胃虚(正虚)の程度が拮抗したときにおこります。これが基本病理です。

心下痞の図

さまざまな心下痞
傷寒論では、おもに表証を誤って下して邪熱が内陥、加えて胃虚が生じるというストーリーを描いています。また発汗も重要なキーワードになります。汗は心の液と言われるように、発汗は心陽に負担をかけます。汗で心臓に弱りが生じ、そこに邪熱が入って心火となると考えられます。また、下法で胃虚が起こると結果として寒湿の邪が生じ、その内生の寒邪がもともとある胃の陽気を弾き飛ばし(格拒)、上に心臓に熱を持たせやすい演出をしています。もともと心臓に熱を持ちやすいタイプということもあるでしょう。ともかく、このように心臓・胃という上下で病が交錯するのは、境界が侵されているからで、汗法・下法による体力(陰陽の幅)の縮小が境界をあいまいにしているからです。

このような傷寒から起こる心下痞のメカニズムは、一般雑病として起こる心下痞にも応用できます。
現代はストレス社会。おまけに運動不足・睡眠不足。これは心臓に熱を持たせるのに十分な条件です。そこに飲食の不養生で胃虚をおこし、体力を縮小させたならば、心下痞を生じる条件がそろうと言えます。

1.半夏瀉心湯証
半夏瀉心湯…半夏・黄芩・乾姜・人参・黄連・大棗・甘草。
前出の149条を詳しく見ていきます。

149「傷寒、五六日、嘔而発熱者、柴胡湯証具也、
而以他薬下之、
①柴胡証仍在者、復与柴胡湯、此已雖下之、不為逆、必蒸蒸而振、却発熱汗出而解、
②若心下満而鞕満者、此為結胸也、大陥胸湯主之、
③但満而不痛者、此為痞、柴胡不中与之、宜半夏瀉心湯。」

【訳】表寒を感受して5.6日たって、吐いて熱が出たら小柴胡湯証の少陽病である。
にもかかわらず下剤で下してしまったとする。その結果、
①まだ少陽病の証があるなら、再び小柴胡湯を与えよ。すでに下剤で下痢をしていても問題ない。必ず正気が復活し、発熱・汗出を見て治癒する。
②もし心下が満ちる感じがして、そこに硬いものを実際に触れて痛みのあるものは、これを「結胸」という。大陥胸湯が主治する。
③ただ単に心下が満ちる感じがするのみで、そこに触れても何もなく痛みもないものは、これを「痞」という。小柴胡湯を与えるのは不適切で、半夏瀉心湯などがよい。

【解説】
まず、少陽病についてです。少陽病は、少陽が戦場になっている状態。少陽は陽病と陰病の境界をなす枢要でもあり、太陽に開く(発汗による排邪)のか、陽明に開く(排便による排邪)のかを仕分けるドアの枢(くるる)でもあります。そういう場所がやられるということは、すでに陰陽の境界がぼやけてきているからです。
陰陽の境界がぼやける理由は2つ挙げられます。1つは陰陽の幅が小さくなったから。もう一つは邪気の勢いが強すぎるからです。いずれも、優劣という陰陽…つまり、正気の優勢(陽)と邪気の劣勢(陰)という陰陽の境界もハッキリしなくなり、正邪が拮抗します。
そんなきわどい状態で、下法をかけた。陰陽の幅は一気に狭まり、邪気が威張りだします。これが内陥した邪熱です。かなりきつい邪熱となります。

①下法をかけたが、正気は持ちこたえていて邪熱はさほどパワーアップせず、まだ小柴胡湯証を維持できている。
②もともと陰陽幅のある人が、強い傷寒にやられ、なかなか治らずに少陽病になってしまった。これに下法をかけてしまい、パワーアップした邪熱が、もともと持っていた水邪と結びついて大陥胸湯証(急性膵炎・腸閉塞・胆石痛など)となる。
③もともと陰陽幅のない人が、傷寒にやられて治らず少陽病になった。これに下法をかけてしまい、さらに陰陽幅が狭まり、心下という境界(上下・左右)がぼやけて邪気の侵入を許し、心下痞となる。

もともと少陽(両側腹部)にあった邪熱が、下法で境界を狭めた結果、より枢要の場所である心臓に侵入します。また、下法で脾胃の陽気を弱めた結果、胃に寒邪が生じ、膈という境界で仕切られていた上(心臓)と下(胃)の邪気が心下で結びつきます。心臓の熱・胃の弱りが拮抗して心下痞を生じます
下法や汗法は、正しく使えば邪気を急激に除去できますが、誤って使うと正気を急激に損ないます。この急激さが此証から彼証へと変動する原因となります。雑病でも急激に正気を損なうことはありますね。また興奮状態にあって水面下で正気を弱らせていたものが、突然表面化して邪実と正虚のギャップが大きく出る人もいます。ここで大切なのは、このギャップがあるということです。以下の条文でも、ギャップがあるからこそ起こるものであるということを念頭に置いて分析していきます。

さて、このように半夏瀉心湯証は、「ますます境界が働かなくなった少陽病」ということが言えます。

半夏瀉心湯証は、腸胃の弱りによる冷えがありますので、金匱要略に「嘔して腸鳴し心下痞するもの半夏瀉心湯これを主る」とあるように、吐いたり、お腹がゴロゴロいって下痢したりもします。これは少陽の邪が脾胃に横逆して、弱りによる冷えが生じ、嘔吐・下痢が起こる、とも説明できます。

ちなみに、心下痞硬ではないのは、食滞がないからでしょう。少陽病の特徴は嘔吐や食欲不振も挙げられます。あまり食べていないので有形の邪が生じません。

●症状…心下痞・嘔吐・泄瀉・口苦・微口渇不多飲・舌色やや淡白・苔は薄白微黄
●治療方針…陰陽の幅を増すことと熱を取り去ることを同時に行います。
●鍼灸…中脘・内関・築賓など。

2.大黄黄連瀉心湯証(熱痞)
大黄黄連瀉心湯…大黄・黄連。

154「心下痞、按之濡、其脈関上浮者、大黄黄連瀉心湯主之。」
【訳】心下痞があり、押しても柔らかい。脈診をすると関上のみ浮脈となっている。そういう場合は大黄黄連瀉心湯が主治する。

【解説】
大黄黄連瀉心湯は、大黄と黄連を沸騰させたお湯に浸して、煎じることなく抽出した湯液です。なので大黄や黄連、特に大黄の瀉下する力を煮出さず、冷ます力だけを取り出しています。ゆえに多少の胃虚があっても、それをひどくすることなく邪熱を冷ますことができます。
関上浮脈について。浮は上です。関は中です。ゆえに、上(心臓)と中(胃)の間に位置する心下に問題があることを示します。また、浮は陽熱です。浮は虚ろです。熱といくばくかの虚がある病態を示します。

164「傷寒、大下後、復発汗、心下痞、悪寒者、表未解也。不可攻痞、当先解表、表解、乃可攻痞。解表、宜桂枝湯、攻痞、宜大黄黄連瀉心湯。」

【訳】表寒実証を発汗させずに下剤をかけ、その後、発汗させた。それで心下痞があって悪寒があるとする。これは表寒がまだ癒えていない。先表後裏の原則通り、心下痞を取ろうとしてはならない。まず、表寒を桂枝湯などで治療しなさい。その後、心下痞が残れば大黄黄連瀉心湯などで治療しなさい。

【解説】
表寒実証に下剤をかけたということは、当然ながら寒邪が内陥して邪熱になったことが言えますが、もっと大事なことは、ここですでに胃虚を生じているということです。桂枝湯は太陰病の桂枝加芍薬湯とほぼ同義であることを考えるとうなずけると思います。この条文で重要なのは、大黄黄連瀉心湯においても、心下痞の基本病理である胃虚があるということです。ただし、ここでの下法は数を重ねていませんので、胃虚の程度は軽く、食滞が出るほどではありません。だから痞硬という形にはなりません。

ちなみに、表証を発汗させて、なお悪寒がするのは、胃虚があるのにそれを無視して麻黄湯などで発汗させているので表邪が退かないということでしょう。胃虚があるならまず正気を補い、正気が充実した結果として表邪が退くという形でなければなりません。桂枝湯とはそもそもそういう方剤です。ここでも胃虚があると推測できます。無理に発汗させたことで、発汗による負担だけはかかっているので、心臓に負担がかかり、境界がぼやけやすくなります。

以上から、心臓・胃ともに、つまり上下ともに邪熱に侵され病む状態。その背後には胃虚があると見ます。心胃の熱を取れば、正気はおのずと回復し、胃虚が消える病態です。内陥させてなお、桂枝湯で治療ができるレベルですから、表裏という陰陽は機能しています。陰陽の幅は極端に狭くなく、すこし邪熱をとって助けてやるだけで陰陽のシーソーが動き、虚が回復する状態と見ます。


●症状…心下痞・関上浮にして数・心煩・口渇・尿赤・舌紅苔黄。
●治療方針…心臓・胃の熱をさまします。
●鍼灸…霊台・後渓・十井穴など。


3.附子瀉心湯証(熱痞+腎陽虚)
附子瀉心湯…大黄・黄連・黄芩・附子。

155「心下痞、而復悪寒、汗出者、附子瀉心湯主之。」

【訳】大黄黄連瀉心証で、心下痞があり、そのうえ悪寒・自汗があるなら、附子瀉心湯で治療しなさい。

【解説】悪寒があり汗が出るということは、とりあえず表には桂枝湯証があるということでしょうが、164のように先表後裏の原則を使わず、表裏同治となっています。これは、表証はあるにはあるが、裏証(腎陽虚)を取れば勝手に表証も取れることを意味します。桂枝が使えないということは、表裏の陰陽が働いていないとも考えられます。
全体としてみると、上に熱がこもる2.大黄黄連瀉心湯の形は残しながらも、下の冷えがあってこの熱を取れにくいものにしています。普通は、上に熱があるということは下の命門の火がシッカリしているからそうなりやすいのですが、心下痞を形成するには陰陽ともに病むことが条件なわけですから、下は逆に冷えるということです。全体として陰陽幅が小さく上下ともに病みやすく、生命を構成する陽気が上に偏り、下は弱って冷えると考えていいと思います。下の冷えが上の熱を拒み、余計に上の熱が取れにくくなります。ですから、附子で下を温めるながら上の熱を取り去ります。
このように下が弱くなるための過程として、2.大黄黄連瀉心湯で学んだ胃の弱りが踏み台となってそれを導いていると言えます。

●症状…心下痞・心煩・悪寒・汗出・舌尖紅‐苔白あるいは淡紅舌‐微黄・関上浮にして尺中沈遅。
●治療方針…下焦の陽気を補い、上焦の熱を浮かして取ります。
●鍼灸…復溜‐後渓など。

4.五苓散証
五苓散…桂枝・白朮・茯苓・沢瀉・猪苓。

五苓散証はそもそも、悪風・汗出・発熱があり、これは桂枝湯証を示します。この表証がなかなか解けずに発症するパターンが代表的です。また水入即吐があり、これは中焦の水滞を意味します。

桂枝湯証はそもそも中焦の弱りがあって、営陰が弱く衛陽を皮膚表面まで張り出せないために、さほど強くもない風邪なのに、たやすく侵入を許したものです。
ここで大切なことは、外邪に対する防御を担う衛陽、それを支える営陰が、どのようにして形成されるかという生理です。衛陽は腎陽が変身したものですが、その腎陽を養っているのは、ほかでもない飲食物です。口から入った飲食物は胃によって下降して営陰となり、下にある腎臓の力を補充します。力を得た腎臓は、温める力(腎陽)を上にある肺臓に持ち上げ、肺臓はその温める力を皮膚表面に衛陽として発散します。これを言い換えると脾臓のバックアップを受けた腎陽の力で膀胱の気化が行われ背部膀胱経に衛陽が張り出す、となります※1。口から皮膚に至るこのルートは流れてやまないものです。それが風邪によって皮膚表面が渋滞すると、この渋滞は今言うルートすべてに波及します。ちなみに腎陽の気化と膀胱の気化は表裏一体のものであると考えるとスッキリすると思います。
※1
外邪は必ず皮毛を攻める。内と外という陰陽でいうと、外は陽ゆえに皮毛は陽である。つまり、外邪は必ず陽を攻めるといえる。では、外以外の陽の要素とは。
督脈は陽脈の海であり、背部膀胱経は督脈の傘下である。よって人体では後ろが陽である。
上と下という陰陽でいうと、上は陽である。
以上から、外邪の影響や衛気のガードは、後の上つまり
後頭部から肩背部に反応がシンボライズされることが分かる。よって、外邪が上部膀胱経を犯し、衛陽が膀胱経に張り出すということが言える。
また、皮毛は肺の一部である。外邪が肺と関わるのはこの部分においてである。

もともと中焦が弱くて桂枝湯証となっていますし、中焦にもともと若干の水滞があったかもしれません。そこに先のルートが突然渋滞する。当然、中焦は滞って水が下降せず、滞って水邪となります。このために清陽昇らず濁陰下らず、結果として膀胱の気化ができないで小便不利となる…という言い方ができます。この状態を、太陽経から膀胱腑に内陥するという風に簡略化して言うのですが、これはかなり乱暴な割愛ですね。
五苓散の組成をみても、白朮・茯苓で中焦を補いながら水をさばき、桂枝で表を温通し、沢瀉・猪苓で膀胱の水滞をとって気化をスムーズにする意図が見えます。

また、五苓散証には煩渇・渇欲飲水と言われるほどの口渇があります。太陽中風証による急激な中焦の水滞(水寒)が、もともと体に遍在した陽気を激しく格拒※2し、上焦に集めるためです。上焦には心臓・肺臓があり、肺臓に熱が入ると口渇となります。
※2
格拒…ヤカンに水を3分の1ほど入れて沸騰させる。ふたを開けてナガシに持っていき、冷水を勢いよく注ぐ。すると一気に湯気が立ち上る。熱と寒は急激にぶつかると交わらずに弾き合う。交わることを順接と言い、弾き合うことを格拒という。


以上を踏まえたうえで心下痞の五苓散証を考えてみます。

156「本以下之、故心下痞、与瀉心湯、痞不解、其人渇而口燥、煩、小便不利者、五苓散主之、」

【訳】もともと下剤をかけたことで心下痞が起こったとする。これを熱痞として大黄黄連瀉心湯(あるいは三黄瀉心湯)を与えたが、痞は解けない。その病人は口乾し、心が落ち着かず、小便がうまく出ないという症状がある。こういう場合は五苓散が主治する。

【解説】
下剤をかけて心下痞が起こるということは、表寒があって、下法によって表寒が内陥して化火し、同時に中下焦を弱らせたものです。この時すでに五苓散証であり、胃虚水滞と格拒された上焦の熱があるわけで、下法で陰陽幅を狭めていますので、熱は心臓に入りやすく、弱りは胃に集約されやすくなります。心火と胃虚により心下痞が起こっているのです。
これを熱痞と見誤り処置しても、胃虚水滞は動かないので、格拒された熱は実熱ではないため当然取ることはできません。

●症状…心下痞・小便不利・心煩・口燥渇・欲飲水・水入即吐。
●治療方針…中焦を温めて利水します。
●鍼灸…中脘・水分など。

5.生姜瀉心湯証
生姜瀉心湯…半夏瀉心湯+生姜。

157「傷寒、汗出解之後、胃中不和、心下痞鞕、乾噫食臭、脇下有水気、腹中雷鳴、下利者、生薑瀉心湯主之、」

【訳】表寒実証があり、発汗して表寒が取れたのち、胃に問題が起こり、心下痞+触れると硬さがある。酸腐食臭するゲップがあり、水邪を持っており、腹がゴロゴロと鳴り、下痢するものは生姜瀉心湯で治療しなさい。

【解説】
まず、表寒実証から考えます。表寒実証は、表寒虚証との対比で考えると、正気が充実しているということです。正気が充実しているのに、なぜカゼをひくのでしょうか。きつい寒邪に当たったからです。正気が充実しているので、食欲もあり、営陰は旺盛、衛陽も皮毛までシッカリ張り出しています。そのガードを破るほどのきつい寒邪です。

そういう体質の人は何でもよく食べるので食滞があった。そこに表寒が張り付き、口→胃→腎臓→肺臓→皮膚という営陰・衛陽のルートが急にストップした。たくさん食べていたものが急に停滞します。

表寒実なのに発汗させてよくない結果が出た。本来ならば、食滞を取ってから表寒実を叩くべきでした。しかし、表から攻めて発汗させたので、表寒はとれても、食滞を動かすべき陽気を表で使ってしまった。陰陽の幅は狭まり、食滞+脾胃陽虚水滞という形になります。

そうなると、営陰は急激に弱り、皮毛まで張り出していた衛陽は後退せざるを得ません。この時、発表したばかりの風寒が再び侵入し、内陥して熱となり心臓に入ります。

胃の弱りと心火が拮抗し心下痞となります。また、胃には食滞と寒水がありますので、有形の邪となり心下痞に心下硬が加わり、心下痞硬となります。

●症状…心下痞硬・酸腐食臭するゲップ・下痢・淡白舌・白厚膩苔または白腐苔。
●治療方針…陰陽幅を増やしながら熱を取り去ります。食滞があるので食事養生も指導する必要があります。
●鍼灸…中脘・内関など。

6.甘草瀉心湯証
甘草瀉心湯…甘草・半夏・乾姜・大棗 (半夏瀉心湯-黄芩&黄連&人参)

158「傷寒、中風、医反下之、其人下利、日数十行、穀不化、腹中雷鳴、心下痞鞕而満、乾嘔、心煩、不得安、医見心下痞、謂病不尽、復下之、其痞益甚、〔此非結熱、但以胃中虚、客気上逆、故使鞕也〕、甘草瀉心湯主之」
※〔〕内は後人の傍註とみなして省略。「鞕」の字は説明しにくいのだろう。

【訳】表寒実あるいは表寒虚証なのに医者が下法を用いてしまい、その患者は下痢を日に何十回とすることとなり、飲食は消化せず、腹はゴロゴロと鳴り、心下痞硬して満ちる感じがし、カラエズキし、心が落ち着かず安心できない状態となってしまった。そこで医者が心下痞のあるのを診て「病気が治っていない」といい、再び下法をかけた。心下痞はますますひどくなった。甘草瀉心湯で治療しなさい。

【解説】2回も下していますね。下しに下したということです。これだけ下すと、内陥した熱まで消えてしまいます。甘草瀉心湯の組成をみると、大黄・黄連・黄芩などが入っていません。ですから瀉すような熱はないと言えます。

しかし、心下痞の基本病理は、心火と胃の弱りが拮抗するからだといいました。これが1つ目の問題。それから有形の邪の特徴である痞硬をどう説明するか。これが2つ目の問題です。

心火について。164条で、大黄黄連瀉心湯でも表寒実を下していますが、その後も表証が残るということは、正気はそこまで損なっていないということが言えます。しかし、甘草瀉心湯では表寒を下し、内陥した熱まで下法で無理に下し、急激に脾胃が虚して寒邪が内生した結果、もともとあった陽気が脾胃の寒邪に格拒され、邪熱となって上の心臓に集まっていると考えられます。陰陽の幅はかなり小さくなっているはずで、それだけにこの邪熱は心臓の深い部分である「神」に迫る勢いなので、気持ちが非常に不安定になります。急激で重度の脾胃の虚を回復できれば、格拒された熱は再び脾胃の活動力となるはずです。

痞硬について。素体としてはそんなに虚弱ではありません。2回も下したことが悪いのです。149条のように少陽病を下したら、少陽病は食欲がないので、脾胃が虚しても食滞は起こりませんが、太陽病では食欲は普通にありますので、飲食物はそこそこ胃にあり、下して急に胃を弱らせると食滞が起こります。この食滞が有形の邪となり、心下痞に加えて硬となります。

●症状…心下痞硬満悶・心煩・下痢は未消化物が混じり匂いはきつくない。
●治療方針…脾胃を補い格拒された熱を引き下げる。
●鍼灸…中脘・足三里など。

7.赤石脂禹余糧湯証
赤石脂禹余糧湯(しゃくせきしうよりょうとう)…赤石脂・禹余糧。

159「傷寒、服湯薬、下利不止、心下痞鞕、服瀉心湯已、復以他薬下之、利不止、医以理中与之、利益甚、理中者、理中焦、此利在下焦(※)、赤石脂禹余糧湯主之、復利不止者、当利其小便。」

【訳】表寒実証に薬を与えたころ下痢が止まなくなり、心下痞硬が出た。瀉心湯を服用済みなのだが癒えず、また下剤をかけて下痢が止まらなくなった。医者は理中湯を出したが、下痢はますますひどくなる。理中湯は中焦を理(ととの)える。この下痢の原因は下焦にある。赤石脂禹余糧湯で治療しなさい。下痢の止まらないものは小便に出すとよろしい。

【解説】表寒実を下して下痢が止まらなくなり心下痞硬が出た。これは甘草瀉心湯証のことです。これに瀉心湯を与えた。この瀉心湯が金匱要略にある大黄・黄連・黄芩の瀉心湯ならば、明らかに誤治です。脾胃陽虚をますますひどくし、おまけにもう一度下剤を与えたという。計3回も誤治を行っています。下痢は止まらず、今度は理中湯を出して中焦を補ってみた。するとますます下痢がひどくなったということです。病位は中焦にとどまらず下焦に及び、いまさら中焦のみを補っても遅かった。ちなみに甘草瀉心湯は半夏瀉心湯から人参を抜いています。食滞に人参がよくないのかもしれません。
赤石脂禹余糧湯証は、下痢はしますが小便は出ていません。病が下焦にあって下痢するので下焦陽虚なのですが、頻尿はなく、どちらかといえば腎よりも大腸に病位のウェイトがあります。小便が出るとともに下痢が止まります。ですから、腎陽虚の症状はあるにはあるが軽度です。
この証は心下痞硬よりも下痢の方が際立ちます。この心下痞硬は甘草瀉心湯の病理と同じです。
下痢が止まり小便が出れば、自然と下焦は温まり、中焦も温まって食滞も取れ、格拒された心臓に入った熱も自然と陽気に転化し、痞硬が解けるということでしょう。

●症状…水様下痢・心下痞硬・小便不利・神疲欲寝(軽度)・畏寒肢涼(軽度)。
●治療方針…固渋して下痢を止める。
●鍼灸…梁丘など。

8.旋覆花代赭石湯証
旋覆花代赭石湯…旋覆花・代赭石・人参・半夏・甘草・生姜・大棗

161「傷寒、発汗、若吐、若下、解後、心下痞鞕、噫気不除者、旋覆花代赭石湯主之。」

【訳】表寒実証を、もともと胃虚による伏飲がいくばくかあるのに、発汗したり、もしくは吐かせたり下したりしてもそうなのだが、表寒実が解けた後も、心下痞硬とゲップが取れないものは旋覆花代赭石湯で治療しなさい。

【解説】
小児や老人・虚弱体質にこの証は多いと言われます。条文で表寒実証とは言っていますが、胃虚があれば祛邪をすべきではありません。こういう場合は浮脈が浮ききっていませんので、発汗しても寒邪はきれいに取れません。まず胃虚を補って、きちんとした浮緊の脈にしてから発汗させるべきです。

胃虚があるのに汗吐下の瀉法をしたのですから、胃虚はますます激しくなります。もともとあった伏飲が胃に停滞し、胃の下降機能が阻害されてゲップが頻発するのが特徴です。みぞおちはつかえ、食欲なく、胃が冷えて口渇なく小便は透明です。代赭石が肝陽・肝気の上逆を治療するのにつかわれることから、この病態には土虚木乗による肝気犯胃があると言われます。

一般に純虚寒の証と言われますが、ここでは別の見方をしてみましょう。この場合は、表証が解けたということですが、取れきれなかった寒邪が内陥して、いくばくかの邪熱になったとみます。虚に対して汗・吐・下で祛邪していますので、陰陽幅は狭まり、境界がぼやけます。胃虚は重症化し、もともとあった痰飲が増大します。

急激に正気を消耗しているので体に遍満した陽気は、痰飲(寒痰)に格拒されて上焦に追われます。これが内陥した熱と結びつき、心火となり、心火と胃の弱りが同等となり、心下痞を生じます。また痰飲は有形の邪なので心下痞硬となります。実としての熱は軽微で、寒痰に格拒された熱が主となるので、冷やす薬は代赭石のみ、半夏で寒痰を温め散らし、旋覆花・人参・甘草・生姜・大棗でわずかに温めながら胃虚を補い痰をさばく組成となっています。痰飲がさばければ上に格拒された熱は自然と取れると考えられます。

●症状…ゲップ頻発・心下痞硬・淡白舌・白薄滑苔。
●治療方針…胃の虚を補い痰飲をさばく。
●中脘・内関・足三里など。

9.桂枝人参湯証
桂枝人参湯…桂枝+人参湯(=理中湯)。※人参湯…人参・乾姜・白朮・甘草。

163「太陽病、外証未除、而数下之、遂協熱而利、利下不止、心下痞鞕、表裏不解者、桂枝人参湯主之。」

【訳】太陽病で、証が除かれていないのに、何度も下法をかけた。ついに協熱して下痢をし、瀉下が止まらなくなり、心下痞硬し、表裏とも病が解けないものは、桂枝人参湯で治療しなさい。

【解説】この証は甘草瀉心湯と対比して考えるべきだと思います。甘草瀉心湯との大きな違いはこの証は表証が残っているということです。これは甘草瀉心湯証に比べて正気が外邪iに抵抗できているということです。甘草瀉心湯証よりも何度も下しているみたいですね。普通、これだけ下すと表邪は内陥し尽くすと思われますが、まだ表がのこるということは、かなり体力のある人なのかもしれません。もとは食欲も旺盛に違いありません。そんな人がカゼをひいて何度も下剤をかけられてしまった。

まず、表の問題からです。もし表寒実を下したらどうなるでしょう。表寒実(風寒…風<寒)では正気の最前線(衛陽)は皮毛にあります。これは営陰がシッカリしているからです。それを破るだけの強い寒邪が入ってきた。そういう状態を下すと、まず営陰が弱くなります。そして営陰が支えていた衛陽が肌表まで後退します。寒邪は肌表のやや深いところまで入ると熱化し、風熱となります。皮毛にいくらか寒邪がのこったとしても、肌表の浅いところにいくらか風邪が残ったとしても、肌表の裏側は風熱となります。

表寒虚(風寒…風>寒)の場合は、もともと営陰がシッカリしておらず、衛陽の最前線は皮毛に届いておらず肌表までしか達していません。だから最初から肌表の風邪が主で、風邪にくっついている寒邪はわずかであると考えられます。ここで下法がかかると、肌表でもやや深い部分に陥って風熱となります。風熱の場合、舌診で舌尖がやや赤くなるという変化が見られます。これは裏に近いところに邪がある証拠です。こう考えると、表実・表虚をひっくるめた太陽病というくくりで同様の結果が考えられます。風熱の場合、条件がそろえば風による悪風や自汗があります。

邪熱はすべて肌表の深い部分で持ちこたえられるわけではなく、内陥入裏するものも当然あります。しかしそれら邪熱は下法によってすでに除かれているので、表は中風に限りなく近い風熱だけが残っていると言えます。何度も下法をかけているので、陽明は内熱が除かれるにとどまらず、当然脾胃の正気は急激に弱り冷えを生じ、中焦は人参湯が適応する証となります。何度も下しているうちに陰陽の幅が小さくなり、熱は陽明には入らなくなり、甘草瀉心湯証と同様に、飲食物は食滞として胃中に停滞し、冷えによって格拒された陽気が邪熱となって心臓に集まります。表熱と心火があるので、表裏協熱となります。心火と胃の弱りが拮抗し、心下痞となります。もともと体力があり食べている人なので、急な脾胃の弱りで食滞が生じ心下硬となります。

問題は桂枝の意味です。風熱に桂枝とはどういう意味でしょうか。金匱要略に白虎加桂枝湯というのがあります。白虎湯に桂枝を足したものです。熱痹(熱>風・寒・湿)に用いる薬ですが、ここでの桂枝の功能は温めるというよりも疏風通絡であるとされます。温病の初期も桂枝湯を与えると温病条弁にあり、桂枝の目的は解肌であるとされます。中風に限りなく近い段階の風熱は桂枝が有効なのでしょう。

人参湯だけでも営陰・衛陽が増して表証が取れるかもしれませんが、ハッキリした表証があるなら桂枝で解肌して表を取るべきです。表が残ると気の昇降出入がうまくいかないので、上の熱と下の冷えが順接せず、心下痞硬が取れにくくなります。

●症状…下痢(不臭)・心下痞硬・食欲不振・腹満。軽度の発熱・悪風・頭項痛・自汗。淡白舌・白薄苔。
●治療方針…中焦を補い温めながら風熱を取る。
●鍼灸…中脘・外関・手の十井穴など。

まとめ
一般雑病としての心下痞あるいは心下痞硬を考えるとき、もともと陰陽幅が少ない、あるいは急激な脾胃の弱らせ方をするという条件があると疑うべきです。

もともと肝鬱傾向にあって横逆で脾胃を弱らせやすい人は、陰陽幅が小さくなりやすくなります。普段から食べていなくても慢性的な脾胃の弱りを生じます。内臓は下垂することが多く、心下に力はありません。こういう場合は心下痞が出やすいと思います。半夏瀉心湯証です。

肝鬱が関わらず、もともと元気でよく食べている人が冷たいものをバカ食いして下痢した、とかの後ならば、急性に陰陽幅が狭くなり、食滞を生じで心下痞硬として出やすいと思います。中焦は冷えていますので、人参湯などでも効くと思いますが、あくまでもこの人参湯は「急性の人参湯」だと思います。

非常に専門的な解説となりました。その上、僕なりの私見がかなり入っています。普通に読んでいては難しい傷寒論。発想豊かに行間を読む必要があります。とくに心下痞は理解しようとしてもしっくりこないところが多いと思います。できるだけ簡潔に、しかも細かい部分まで話がつながるように努力したつもりです。まあ、それだけ心下痞は説明しづらい。患者さんが説明しても、医者ははっきりとイメージしにくい病態です。だからこそ掘り下げた分析が必要となります。

陰陽の幅が少ない、邪気の勢いが強い、正虚と邪実が拮抗する…。これらの言葉から得られるイメージの延長線上には癌などの重症疾患があることを知るべきです。体が教えてくれている小さな徴候を見逃さず、深い洞察力をもってその場で片づけていくことが肝要です。



BlogPaint