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梅の花はようやく終わりとなり、こずえには淡い緑の新芽とともに、枯れたガクの奥にはすでに成長しつつある小さな実が隠れています。フェンスに這わせてあるアケビは新芽が吹き出し、春の雨を得て花の蕾まで出てきました。

ここ飛鳥地方では、3月14日に温かさが本番となり、この日から穴処に変化が現れました。今までよく用いていた内関の代わりに外関、また築賓の代わりに金門、これらに生きた反応が見られるようになりました。つまり、陰維脈から陽維脈に反応が移ったということだろうと思います。これらの穴処に補法をして様子を見るケースが増えました。

温かくなり季節は前に進んでも脈幅がないことが多く、邪実は邪熱を中心にいろいろなバリエーションがありましたが、3月17日からの4日間は腹診で両少腹に邪、この邪は浅部が瘀血で深部が邪熱、つまり瘀熱ですが、この形プラス脈幅ナシの形がほとんどでした。生活習慣がそれぞれ異なる人たちは、それぞれ異なる体の表現をするのが通常です。それが同じ表現をしてくるということは、みなが気候の影響を色濃く受けたということです。急に暖かくなったという環境の大きな変化が、一様に多数の人に影響したと考えられます。

脈幅について。今のところ、季節が前に進みすぎるのは邪気の横暴、季節が遅れるのは正気の弱り、平年並みの季節通りは正気の充実…と一応捉えています。そうだとすると、季節が進みすぎても、季節が遅れすぎても脈幅が出にくい可能性があります。もちろん正気が充実している人ならその影響を受けないと思いますが。

脈幅がないと邪実を取るのは難しくなるので、こういう時は正経を取らず奇経…特に陰維脈・陽維脈を補うのがよいと考えています。なぜ両維脈かというと、これは表裏を主るからです。気の動きは昇降出入と言われますが、出入の部分は両維脈に負うところが大です。

陰維脈・陽維脈については、
「肋間神経痛」
「冬至…営血分の熱」
をご参考に。

人体をバウムクーヘンのような筒状のものと考えると、つまり口から肛門までは真ん中の穴ですね、そういう筒だと考えると、筒の外側の表面を太陽、筒の内側の表面を陽明といい、太陽は表、陽明は裏とされます。余談ですが、太陽には排泄口として汗腺(毛孔・汗孔)と尿道(外尿道口)があります。陽明の排泄口は口と肛門です。いずれもバウムクーヘンのスポンジ部分の中にある不純物を排出するルートとなります。太陽か陽明か、どちらに排出するかを決定する機能を少陽と言います。

人体を地球のような球形のものと考えると、コアが骨、地球表面は皮膚(皮毛)、表面とコアを分ける境界が脈、その脈の皮膚側に筋肉(肌肉)、脈のコア側にも筋肉(筋)…という構図が得られます。この図式では、皮毛・肌肉が表(陽分)、筋・骨が裏(陰分)となり、これは衛・気・営・血と置き換えることもできるかと思います。

どちらにしても、表と裏、陽と陰ということができます。

春分以降、日中の時間が長くなり、夜間が短くなりますが、これから秋分にかけて(これを夏場と呼ぶことにする)は、一年の周期での陽の時期となります。この夏場は、冬場(秋分から春分まで)に比べると、表のキャパが増えなければなりません。表は陽であり、陽は活動を意味するからです。

自然界を見渡すと、動物・植物・昆虫に至るまで、夏場に活動し、冬場は息をひそめるように静かです。人間も相対的に夏場は活動し冬場は休むべきなのですが、逆の人も多いですね。これは病気の大きな原因になります。癌や脳梗塞などの原因の一つになります。

健康な人は、冬場の裏に比重を置いた状態から、表にシフトするのが速やかです。しかし、滞り(気滞)、あるいは冬場の無理がたたって正気の不足があると、スムーズにシフトできず、体調を壊します。それを事前に防ぐ、あるいは事後に治療するのに、この時期は陽維脈が有効だと思います。

3月17日からの腹診の様相は、瘀熱があるために陰から陽にシフトできなくなっているというストーリーが読み取れます。以上のことを踏まえ、もう一度今の状態…脈幅なし・両少腹に瘀熱…の反応について考察してみます。

幅が小さい理由は、季節が進みすぎたり遅れすぎたり…つまり寒暖の差が激しいことが一因だと思われます。また、こうも考えられます。陰維脈から陽維脈にメインがシフトしようとするこの時期、陰維脈に重心が偏っている状態は正常ではなく、陽維脈に変化すべきなのにできない陰維脈は邪気同様で、正気として機能できている陰維脈の量は少なく、もちろん陽維脈もキャパが足りないので、陰陽ともに小さい状態になっている…。思いつくままではありますが。

この「邪気同様」の部分が瘀熱なのかもしれません。瘀熱は営血分の邪熱+瘀血です。瘀血は営血分の気滞と言い換えてもいいかもしれませんね。つまり陰維脈の領域(=陰分)の気滞化火…つまり瘀熱です。気滞化火はこの時期の運気どおりです。営血分つまり裏(陰分)に気滞化火した邪がしつこく居座ると、とうぜん陽にシフトできません。冬場つまり生命が陰(休息)の状態にあるときに受けたストレス(気滞化火)は、今、陽に転換するときに邪魔になっているのです。

まとめます。夏場の正気の割合は、陽分>陰分 であるべきです。それがうまくいかず、陰分>陽分 となるとどうなるか。陽分に正気が足りないので、陽分の邪気が相対的に強くなり、生命は苦しみます。陰分に無用の正気があると、無用の正気はイコール邪気ですので、もともと正気によって抑えられていた営血分の熱や瘀血が強くなります。どちらにしても、正気が適材適所にないわけですから、邪気が暴れ出す…ということになります。

外関・金門の他に、深浅・左右の陰陽が動きにくい場合は、陽脈の海たる督脈を使うのも良いと思います。反応としては督脈に直接出ず、その別れであるところの背部膀胱経、特に脾兪に反応が出ることが多いと思います。これも補法です。

これで衛分・気分の邪はきれいに取れる印象です。営血分の瘀血・瘀熱なども勝手に取れますが、残る場合もあります。残る場合は、2穴目となりますが、臨泣や三陰交の瀉法で取ればいいと思います。それを1穴でやりたければ、外関を神門に向けて斜刺する、あるいは金門を取穴せずに陽交を取る、という方法もあります。これは補中の瀉で、除去しにくい営血分の邪を一度に取ることが出来ます。

陽交は陽維脈の郄穴であり、足少陽胆経の穴処でもあります。なぜここで瘀血が取れるのでしょう。まず、瘀血を取る穴処として有名な臨泣を考えてみます。重要なのは少陽を動かすということです。少陽は半表半裏ともいわれ、太陽(表)と陽明(裏)の境界でもあり、陽分(太陽・陽明)と陰分(太陰・少陰・厥陰)の境界でもあります。特に、陽分と陰分の境界という面から、陽分の邪(気滞)と陰分の邪(瘀血)を仕分けて排泄することが出来る…だから瘀血に用いられるのだと思います。では、なぜ原穴である丘墟ではないのか。

臨泣は帯脈の宗穴という特別な場所で、奇経とのかかわりが大変深い穴処です。奇経は衝脈・任脈・督脈が大本となりますが、衝脈は「十二経脈の海」「五臓六腑の海」、任脈は「陰脈の海」、督脈は「陽脈の海」と称せられ、これからも奇経が「臓腑経絡の海」としての役割があることは明白だろうと思います。陰陽の境界である少陽を動かすのに、こうした別枠のエネルギーのダム(海)と臨しているということは、運用の上でとても有利、だから瘀血という難しいものが取れるのだろうと思っています。

そういう意味で陽交は、陽維脈という奇経を補うべき今の時期ゆえに奇経そのものを補いやすく、同時に少陽を動かせるので、この時期の瘀血に有効な場合があると言えるかもしれません。

瘀血でなく、営血分の熱だけを狙うなら、やはり陽交で、これは三陰交に向けて斜刺するといいと思います。あるいは、陽維脈などの奇経の原点であるところの衝脈を使い、その宗穴である公孫で、陽維脈を補いながら営血分の熱を取り去るのに有効です。衝脈は血海の別名があり、血と関わるので営血分の熱にも効くのでしょう。

この数日で面白い経験がいくつかありました。70代の女性で肥満、もともと水邪があり、3日前に腕を打撲してひどい内出血が起こったものに、右金門を補ったところ、9時の治療直後から2時間おきに大量の小便が気持ちよく出て、水分も取っていないのに、それが6~7回もあったというのです。体が非常に軽くなったとおっしゃっていました。

腹診では両少腹に瘀熱。脈幅なし。打撲で瘀血が生じ、おそらく、その滞りで水滞がひどくなった状態で治療に来られたのでしょう。金門で陽維脈の幅を増やすと、瘀血(瘀熱)が勝手に取れただけでなく、表(皮毛・肌肉)の部分の陽気(衛気)も補われ、宗気が助けられて推動作用が強くなり、水邪をも排除したのだろうと思います。術者としては、瘀血を取ることのみを意図しており、水邪はまったく意図していなかったので、金門の威力に驚くとともに、非常に勉強になりました。


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