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前回の続きです。
3月19日から、後頂がよく効いた、という話でした。この後頂は、督脈‐陽維脈グループを補うことを意図したものでした。

その後頂の反応は、3月28日に消えて、かわって百会が反応するようになりました。

最初は、どういう変化が起こったのかよく分かりませんでした。分からないながら、内関・外関・照海・申脈を詳しく観察しつづけました。春の気候変動の激しさによる体調の変動を制するには、両維脈・両蹻脈を整えることが必要であると考えたからです。
その結果は、
RL内関…沈んでいる
RL外関…浮いている
RL照海…浮いている
RL申脈…浮いている
というものでした。陽維脈・陰蹻脈・陽蹻脈が正常に機能している中、陰維脈のみが機能不全である、との仮定は立ててはいましたが、春分を過ぎて陰維脈に問題が出るということの意味を考えつづけました。

4月2日には、左内関に生きた反応が出て、これを取穴するケースが複数ありました。このときは、
RL内関…沈んでいる
RL外関…沈んでいる
RL照海…沈んでいる
RL申脈…浮いている
という結果でした。

内関に治療すると、沈んでいた反応はすべて浮いたので、効いたということだけは言えると考えられます。症状的にも改善が見られました。しかしそれにしても、3月19日にいったん、陰維脈から陽維脈にバトンタッチされたはずなのに、なぜ今さら内関に生きた反応が出るのか。この時期はもう外関が主要となるはずです。


3月28日に出た百会は、4月3日朝まで続きました。どの患者さんも内関が沈んでいる状態です。

ところがその日の4月3日夜、後頂に反応が変わりました。このときは、
RL内関…浮いている
RL外関…浮いている
RL照海…沈んでいる
RL申脈…浮いている
これは、3月21日から28日まで続いた後頂と同じです。

ここで、初めて気づきました。後頂をやり直している。つまり、春のやり直しです。

まとめると、
~3/19…冬場(秋分から春分まで)
3/19~3/28…1回目の夏場(春分から秋分まで)
3/28~4/3…冬場に戻る
4/3~…2回目の夏場

4月1日には、飛鳥地方ではアラレが降りました。真冬並みの寒さでした。

この後頂は4月8日まで続き、4月8日からは百会に戻りました。外関に生きた反応が出るようになりました。
百会に取穴するようになってから、内関・外関・照海・申脈を注意してみていましたが、多くは申脈のみが沈んでいて、百会に治療するとこれが浮くというパターンが多かったです。しかし、それ以外の、たとえば照海が沈んでいたりということは時々あり、今までのようにどの患者さんも画一的に特徴が同じということはなくなり、傾向はあるがバラエティーある個性も混じる…という感じです。

おそらく、督脈‐陽維脈グループが安定してきたと思います。もう、急な体調変化は下火になるだろうとみています。

3月19日に春本番になったとき、それにうまく体がついていけていた患者さんも、4月3日から2度目の春本番にはついていけない患者さんが見られました。春というのは、1日のサイクルでは朝に相当します。朝というのは、ダイナミックかつドラマチックな変化が生じるときで、真っ暗だった夜の帳を破って朝日が昇りだす、鶏やキジは騒ぎ出す、布団を上げて立ち上がる…というふうに、すごい力を使うものです。1回やるだけでも大変なのに、それを今年は2回もやらされたわけです。そうとう、正気(体力)に負担をかけたはずです。

こういう気候不順は、たぶん温暖化が原因です。しかし、温暖化を原因にしていても、これを改善することができないのですから、これは原因にしてはいけません。春は陰維脈から陽維脈に切り替わる重要な時期で、1年を通してこれに勝る気候変化はなく、ここを切り抜けられれば、他の時期で少々寒暖の差が出ても耐えられるはずです。ここをどう切り抜けるか。今年は想定外の2度目の春に課題を突き付けられました。

何か良い方法はないか。基本に戻って考えることにしました。

たとえば秋分も、夏場から冬場に切り替わる時期ですが、陽から陰に落とすだけなので、激しさはありません。しかし春分は陰から陽に上げる時期なので、やはり不安定なのです。不安定…そういえば、春の卦は巽風(☴)です。上に陽爻が2つ乗っているが、下が陰爻1つで不安定な激しさを示します。なるほど、春そのものが不安定なのです。それを安定させたいなら、陰を補って陽を制するしかない。風邪(ふうじゃ)を収めるときも血(陰)を補うではないか。そう考えると、やはり血なのです。

血虚があるのか? たしかに血虚は普段は症状に出ず、顔とか舌とかの色に出る。そして急に気虚とか気滞とかを巻き込んで症状を出す。血に関わる穴処といえば、三陰交、公孫…。そうか、公孫は衝脈の主穴でもあり、百会とも通じる。百会で伏衝脈を補ってはいるが、気候不順が激しいと、それだけでは貫目に不足が出る。それを公孫でサポートしたらどうだろう。

しかし、百会で十分に平脈にできている。型としてはきちんと平脈なのだが、ただ、少し脈幅が少ないような。平脈であるということは、十二経脈は整っているということが言える。だから奇経としての公孫、これなら脾経とも連絡があるので後天の元気の力を借りて血を衝脈に満たすことができる。衝脈が充実していれば、任脈(‐陰維脈グループ)だろうが督脈(‐陽維脈グループ)だろうが、気候の寒暖の陰陽に合わせて対応が可能ではないか。

このような直感を得、公孫をよく見ると、治療後の平脈の状態ではすべての経穴が浮いた状態になっているはずなのに、公孫だけが沈んでいることに気づきました。診ると両方に生きた反応があります。よって、左右にお灸を試みました。公孫は浮き、脈幅も満足できるくらいに増しました。

公孫が重要だと分かったら、後は臨床での工夫です。まず、どのような状態で公孫が必要なのか。治療前の診断です。公孫は虚実ともに反応がでますが、左右とも沈んだ実の場合、気候不順に対応できない状態である可能性があると仮定しました。まあ、それが外れていたとしても、公孫を浮かして取るという仕事は絶対にしなければならないので。

例えば百会と公孫の組み合わせだと、2穴になるので、これを1穴にしたい。その方が便宜だし効果も優れるからです。治療に入る前にまず、公孫を診る。すると左右とも沈んでいて生きた反応はなく、このまま公孫に治療しても効かない状態です。たとえば疏泄太過の診断ならば、百会に鍼を打ってみる。いつものように頭部全体を補うような感覚です。その奥に営血分の熱や瘀血があるなら、少し鍼を深く進めて散らす、なければそのまま。この時、公孫を再度診ると、左右とも沈んでいて、生きた反応がある状態に変化しています。ここでお灸をしても効くのですが、それでは面白くない。鍼が立っている百会をジッと見る。もっと深部から補えないか。少し鍼を深く進めてみる。すると気がよく集まってきた。この時、公孫をみると、生きた反応が消失…つまりお灸をやったと同じ結果になっています。とうぜん、公孫は浮いてきています。この手技は百会だけでなく、他の穴処でやっても同じ結果になりました。

とにかく、公孫を意識しだしてから、効果が安定するようになりました。公孫は衝脈の主穴で、衝脈は伏衝脈といわれるように、空間の中では最も深部の軸になります。少し深いところを補うと衝脈に届きやすいという印象です。私見として、奇経は空間を主ると考えていますが、この空間論では、衝脈は空間の枢軸となるもので、衝脈が整わなければ奇経は整わないという考え方ができます。

気候の振れ幅が強すぎるとき、公孫を注意して観察してみようと思います。

春という変化の時期、気候の寒暖差が激しい。しかし、4月に入ってから雪が降るというのは、ここ飛鳥地方ではたまにあることです。しかし、春のやり直しというのは、おそらく初めてではないかと推測します。ということは、昨夏の未曽有の暑さによる体力の消耗が、いまだ回復せぬままに迎えた今春だったのかもしれません。

考えてみれば、病気のほとんどは五神(こころ)の乱れが原因です。例えば夜更かしで頭が痛くなったとか、食べ過ぎでコレステロールが上がって脳梗塞になったとか、すべて人間の誤った欲望が病気を作ります。その五神の家となるのが五臓で、五臓を治すことにより五神も整い、病気が治る。だから治療では臓腑経絡(正経)を使うのです。それによって病気の原因が除かれるのです。

しかし、気候不順や花粉飛散は、原因がその範疇ではありません。近年の気候不順は温暖化が原因と言われますが、温暖化を生み出したのも、スギの植林をしたのも、苦しんでいる当の本人がしたことではなく、他の誰かがしたことです。こういう原因によるものは、正経では効きにくいのでしょうか。だから奇経の運用が求められるのでしょうか。五神を治すのではなく、空間を治す。原因は環境という空間にあるのです。

温暖化は我々が初めて直面する変化です。東洋医学は四千年の歴史があると言っても、石油をこれだけ燃やした時代は今が初めてです。古人が築き上げて下さった理論を腹に入れ、今という時代に合った新しい発想を生みださなければなりません。朝ドラ「まんぷく」で、エジソンの名言が紹介されていました。「私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。」全くその通りです。今回の公孫はその1万通りの一つかもしれませんし、その中から見いだされる原石かもしれません。今までもそうやって、数えられないほどの試みをし、フルイにかけられて生き残ったものを、患者さんに提供してきたのですから。


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