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春にたくさん花を咲かせた梅の木は、今は新緑の葉に包まれ、腰をかがめて樹下から仰げば、昼下がりの陽光に照らされて、若い実があちらにもこちらにも、たわわにぶら下がっています。もう本当に、今から梅の砂糖漬けが楽しみ。

さて、そんな昼間の穏やかさとはかけ離れた話になります。

5月8日、霜が降りました。ここ飛鳥地方では、「八十八夜を過ぎたら霜はもう降りない」と言われるのですが…。家の軒につってある温度計は、午前5時で1℃でした。

前夜の天気予報で霜注意報が出ていたので、畑のキュウリやスイカなどに慌てて霜よけをかぶせました。こういうことは例年、たまにやるのですが、いつも霜は降りずじまいで、無駄骨になるのです。しかし、今年は違いました。ぼくが農業を始めてからもう20年になるのですが、実際に5月に入ってから霜が降りたのは初めてです。

タケノコも変でした。「春に3日の晴れなし」と言われ、タケノコ梅雨と言われるように、タケノコの取れる4月は雨が降るものです。しかし、4月で雨が降ったのはわずか4日で、それも少量でした。今年タケノコを掘りに6~7回行ったでしょうか。例年にはない異変に多く気づきました
◉タケノコの全盛期は4月中旬だが、雨が少ないためか極端に少ない。4月下旬になると例年なら収量は少なくなるが、今年はこのころにまとまった雨が2回ほどあったためか、全盛期が遅れてずれ込んだ。例年、収穫が終了となる5月に入っても豊作である。
◉イノシシがタケノコを食べに来るのは桜が満開になるころまでなのに、今年は5月に入ってもイノシシが荒らしていた。伸びたタケノコまで横からかじってあった。山に食料(ミミズや昆虫の幼虫など)が足りないのだろうか。
◉タケノコを掘って放置しておくと、数秒でハエが集まり、切り口の白い部分が真っ黒になるほどだった。1000匹くらいは集まっていたのではないか。例年はハエなど意識したことがない。山でイノシシやシカが多く死んだのではないか。
◉ブヨが少ない。3月下旬は寒いのでブヨはいないが、4月に入って暖かくなるとうるさいほどに顔に集まってきて血を吸おうとする。だから網で顔を覆ってタケノコを掘るのだが、今年は4月中、一度も寄ってこなかった。

かつて、「夏至…気候と体」で、
季節が遅れると正気が弱り、季節が進みすぎると邪気が幅を利かせる。
季節が遅れたり進んだりを極端に繰り返すと、虚実錯雑となりやすくなる。
このように私見を述べました。

今年は、4月20日から26日まで、最低気温が15℃を上回る日が4回、最高気温が25℃を上回る日も4回ありました。6月並みと天気予報でも言っていました。そして、冒頭の霜に象徴される寒さ。寒暖の差が激しく、季節が遅れたり進んだりを繰り返していると総括できます。

竹藪の向こうにある山を臨み、そのありようを察するに、かなりの混乱状態にあるのではないかという感じがしてなりません。そして、山のありようはこの地域の自然のありようであり、その自然は日本全体の自然とつながり、地球ともつながっています。そのつながりが人体にも脈々とめぐっているのです。このように書き留めておくことが、そのつながりに気づくための第一歩であると考えています。

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さて、自然のことはここまでとして、臨床です。

まずは気候の影響による症状から。気候の影響による症状は、それによらない症状とは別次元で考えるべきだということに気づきました。たとえば徹夜をして頭が痛くなる。これは徹夜した本人が悪いのです。徹夜したいという意識(神)の動きに問題があり、その神を蔵するところの五臓の問題となるのです。だから五臓を治療すると頭痛が止まる。五臓とは十二臓腑経絡です。つまり正経です。

しかし、急に寒くなって頭が痛くなったのならば、これは本人の責任ではありません。だから神に問題はなく、五臓を治療しても効果が上がりません。では、どこを治療すればいいのか。それをぼくは奇経と考えます。正経で産生された気血は奇経にプールされます。予期せぬ気候変動、あるいは予期せぬ事態(たとえば親が入院したとか仕事で問題が起きたとか腐ったものを知らずに食べたとか)が起こったときに、このプールした気血を使って対応するのです。もし、予期せぬこういった事態がなければ、プールがなくても健康でいることが可能です。

「春分…花粉症と陽蹻脈・陰蹻脈」で提起した秋山選手の花粉症の問題を解くヒントが見えてきますね。ちなみに、時差ボケも奇経にプールした気血の量の多少によって出る場合と出ない場合があるという仮定も立てることができました。大型連休で海外旅行帰りの患者さんを診させていただけたおかげです。

気候の寒暖差が症状の主要な原因となっている最近の特徴として、表証がほとんど見受けられないことも挙げておきたいと思います。反応しているのは奇経の動揺のみで、表証がありません。表証がなくても悪寒・後頭部から項の痛み・悪寒・発熱などがあります。発熱は陰火も係わりますが、ほとんど奇経の問題があります。奇経の問題は治療するとその場でアジャストできます。それを持続するためには、正経を正常に保つ工夫…たとえば腹八分・無理をしない・ウォーキング・夜更かしをしない…等の基本的なことに励み、奇経にプールするための気血を減少させず増加させることだと、現時点では仮定しています。

また、ウォーキングは正経に、筋トレは奇経に関わるということも見えてきました。ウォーキングは気を下げることが主な目的であり、下段にこれから説明する疏泄太過を収める働きがあって、これは五神を整え正経を整えることにつながります。いっぽう奇経は空間を支配し、人体の空間はその主要な部分を筋肉が占めていることから、筋肉を大きくするということは奇経を強化することにつながります。重要なのは、正経が整って初めて気血の余りを奇経にもっていけるということで、正経を整えてから奇経を整えるというのがセオリーです。正経が整っていれば筋トレで奇経を強化し、より強靭な体力を作ることができますが、正経が整っていないのに奇経を強化しようとしても難しいということです。スクワットが良いと聞いて勝手にやる患者さんがいますが、みな悪化しています。

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さて、疏泄太過についてです。最近の特徴として気づくのは、関元の虚の面積が大きい人がまれであるということ。1人、黒苔が気になると言って来院された患者さんがおられますが、面積が大きかったのはこの人くらいでした。ガンの危険性が非常に高いと思うのですが、もう黒苔は縮小し、関元の虚も小さくなり、左脾兪から意舎にかけて広がっていた虚も消失しています。

関元の虚が大きい場合、背部の二行・三行の穴処、主に左脾兪・意舎から腎兪・志室あたりに強い虚の反応がでることを経験しています。この左の虚と、右肝兪あたりの実の面積が均しくなってしまうと、バランスが取れて自覚症状が出ず、水面下で病魔が進行する傾向があると仮説を立てています。

疏泄太過の傾向のある人は、ガンや脳梗塞・心筋梗塞の危険があるとみていますが、そんな傾向にある人でも、いまは関元が小さく出ています。仮定として、寒暖の差が大きすぎて、それによって体調が変動し、結果として無理をしていない…つまり疏泄太過にならないで済むので小さいのではないか、と考えています。

ガンという病気、脳梗塞・心筋梗塞もそうなのですが、多くは手遅れになるまで無症状で進行していきます。興奮状態にあるからです。興奮しつらさに気づけない。興奮するのは本人の考え方が誤っているからで、五神・五臓に問題があるのです。しかし、気候の大変動があると、その次元は五臓の支配の外なので症状が自覚されるのです。症状は、疏泄太過というスピードの出過ぎに対して、ブレーキとして働きます。結果として疏泄太過が改善され、五臓の問題が下火となり、先ほど述べた関元の虚の改善につながるのです。

自然は穏やかな時、我々をいつくしみ支えてくれます。それは当然のことです。しかし、荒ぶる時でさえ、我々を正しい方向に導き助けてくれているのでしょうか? 

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去年の夏の、あの激しい暑さ。そしてこの春から初夏にかけてのの寒暖差。虚実錯雑という複雑な状況を考えるうえで、奇経の運用は、やはり重要です。

ぼくは近頃、ほぼ百会しか使っていません。たまに外関を使うくらいです。これは、ほとんどの患者さんか、脈幅がなく、腹診で邪を表現しており、疏泄太過の傾向にあるからです。これらの条件が変われば、もちろん百会は使わなくなると思います。

膵炎の患者さん(陥胸湯証)は入院せずに仕事が続けられています。腎不全の患者さんの浮腫が消失しました。リウマチの患者さんは免疫抑制剤を完全断薬し完治となりました。80歳を超えた坐骨神経痛の患者さんが2人とも治癒しました。あらゆる症状が百会一穴で改善に向かっています。だだし初心者の方はくれぐれも真似をしないでください。基本となる中医学理論と体表観察に励むことです。百会に一本鍼を打つためには、それに見合う理念と信念が必要です。鍼を打ったからといって効くものではありませんし、悪化する危険すらあります。

百会には色々な意味が込められています。
◉五神に作用し、疏泄太過(あらゆる病気の原因)を治し、また疏泄太過にならないように予防する。
◉正気を補い、脈幅を大きくする。
◉衝脈を補い、奇経を強化する。
◉営血分の熱、瘀血があれば、同時に取り去る。
◉正経と奇経を整えることで、結果として表証を取り去る。

疏泄太過は、無理のし過ぎ、食べ過ぎを生み出します。無理のし過ぎ・食べ過ぎは、つきつめると欲の行き過ぎです。また、疏泄太過は感情の行き過ぎを生み出します。怒り過ぎ・喜び過ぎ・悲しみ過ぎなどです。これらはすべてストレスです。疏泄太過を治すことは、感情が中庸を得ることにつながります。感情豊かで愛に満ちた人柄です。欲の行き過ぎがなく、愛情豊かな高い人格。無理のし過ぎ・食べ過ぎ・ストレスがなければ、人間は病気になりません。疏泄太過が万病の原因と断じるゆえんです。


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