70歳。女性。
初診 2018年9月6日

主訴
リウマチによる痛み。両手・両手関節・両肩関節・左膝関節。特に左手指の第2・3・4指のこわばり・痛みが強い。薬を飲んでいるので腫れは治まっている。両手関節・手指に変形がある。免疫抑制剤を服用しているが、薬を止めたい。

既往歴
13歳 初潮。以来、生理痛なし。
48歳 閉経。リウマチ発症。同居していた義父母の逝去とともに症状が軽減。
52歳 悪性リンパ腫。抗がん剤で治癒。以来リウマチは影をひそめる。
63歳 悪性リンパ腫が再発。抗がん剤で治癒。
8か月前 リウマチ再発


2種類の免疫抑制剤を服用している。
◉アザルフィジンEN錠500㎎ 朝1錠 夕1錠
◉ケアラム錠 25㎎ 朝1錠

数値
CRP(下限値0 上限値0.14)…炎症の程度を示す数値 
2018. 8月31日 0.20
2018. 11月2日 0.14
2019. 1月25日 0.05 → 医師から「完治」と告げられる。医師は断薬のことは知らない。

リウマチ因子(正常値15以下)
2018. 8月31日 53.8
2018. 11月2日 46.3
2019. 1月25日 52.1 

カルテの記録
2018. 9/6 神闕に打鍼 ウォーキング10分指導
9/8 左神門に鍼
9/13 百会に鍼 痛みがすごく楽になった。こわばりのみ残る。
9/15 百会 
9/18 百会 アザルフィジン朝4分の3に。夕はそのまま。ケアラムもそのまま。
9/20 百会 ウォーキング15分に増やす。
9/25 左内関
9/27 左帯脈 表証。
10/2 百会 ウォーキング20分に。
10/4 左帯脈
10/9 百会 アザルフィジン朝夕とも4分の3に。ケアラムはそのまま。
10//12 左内関 急に寒くなる。今朝こわばりが強かった。
10/16 百会
10/19 左滑肉門 アザルフィジン朝2分の1に。夕そのまま。ケアラムもそのまま。
10/25 左内関 「リウマチということを忘れる。」
10/26 百会
10/30 百会 アザルフィジン朝夕とも2分の1に。ケアラムはそのまま。
11/3 百会 病院での数値がよかった。
11/6 百会
11/8 左内関 アザルフィジン朝夕とも2分の1。ケアラムを4分の3に減らす。ウォーキング30分に。
11/13 百会
11/16 百会
11/22 百会
11/27 右不容に打鍼 38℃の発熱あるも食欲・睡眠は良好で普通に動けた。
11/30 百会 アザルフィジン朝夕とも2分の1。ケアラムを2分の1に減らす。
12/3 百会
12/6 百会
12/13 百会
12/14 百会 アザルフィジン朝4分の1、夕2分の1。ケアラム2分の1。
12/17 右外神門
12/20 百会 起床時、左手~上腕痛
12/24 百会 左手~上腕痛は消失。左肩関節→右腰→L股関節に痛みが遊走。
12/27 神闕に打鍼 起床時、左手関節痛
1/7 百会 左手関節痛は消失。右肩関節痛。
1/8 百会 右肩関節痛は消失。右股関節痛。
1/11 百会 痛みなし アザルフィジン朝4分の1、夕4分の1。ケアラム2分の1。
1/14 左帯脈
1/17 百会 昨冬に比べて足の冷え大きくまし
1/22 百会 アザルフィジン朝4分の1、夕4分の1。ケアラム4分の1
1/24 百会 今朝、右手関節に痛み。布団を干すよう指導。
1/29 百会 痛みなし。CRP(炎症の数値)が正常値となり、病院で「完治です」といわれる。減薬中であることは病院には報告していない。
2/2 百会 アザルフィジン朝 0、夕4分の1。ケアラム4分の1。
2/5 関元
2/8 百会
2/12 右合谷
2/15 右大巨に打鍼
2/19 左百会
2/22 百会
2/26 百会 今朝、右手関節に痛み。布団を干すよう指導
3/2 右大巨に打鍼 痛みなし。
3/5 中脘 昨朝、左手関節つっぱり。今朝はなかった。
3/7 右内関 痛みなし。アザルフィジン朝0、夕4分の1。ケアラム 10
3/12 百会
3/15 百会
3/19 百会 左手関節のつっばり。
3/22 後頂 つっぱりは半減するも残余。
3/26 神闕に打鍼 たまにつっばる。
3/30 百会 つっばりなし。
4/2 百会
4/6 後頂
4/9 百会 アザルフィジン・ケアラム、完全に断薬。
4/12 百会 昨日から左ふくらはぎの痛み。
4/15 百会 ましだが痛み残余。
4/19 百会 左ふくらはぎ、痛みはなくなったが少しだるい。ウォーキング40分指導。
4/23 百会 左ふくらはぎOK。尾骨の圧迫時の痛み。
4/26 百会 痛みなし。
4/30 百会 丹波まで日帰りバス旅行。なんともない。
5/2 百会
5/7 百会
5/10 百会
5/13 百会
5/17 百会 痛みこわばりなし。

既往歴の解析
13歳 初潮。以来、生理痛なし。
≫素体として疏泄太過に傾きやすい。疲れなどの矛盾があっても滞り(症状)が出ず、無症状で過ごす。
48歳 閉経。リウマチ発症。同居していた義父母の逝去とともに症状が軽減。
≫月経は疏泄の力によって機能しているが、その力が弱まるとともに疏泄太過も弱まった。陰陽転化の法則により、結果として疏泄不及となる。疏泄不及による滞りは症状を自覚させる。今まで疏泄太過のために解決を先延ばしにしてきた水面下の矛盾は、一気に表面化しリウマチの発症となる。しかし、義父母の束縛から解き放たれることによって、再び陰陽転化が起こり、疏泄太過に戻り、無症状となる。
52歳 悪性リンパ腫。抗がん剤で治癒。以来リウマチは影をひそめる。
≫癌は無症状。疏泄太過が続いている。ガンという診断のショックや抗がん剤の副作用で疏泄太過はましにはなる。
63歳 悪性リンパ腫が再発。抗がん剤で治癒。
≫無症状。疏泄太過が続く。前回同様、程度はましにはなる。
8か月前 リウマチ再発。
≫年齢による体力の衰えとともに、誤った肝気も力をそがれ、疏泄太過から疏泄不及に陰陽転化が起こる。

病因病理
疏泄太過は、いずれ必ず疏泄不及に転化する。疏泄太過の度合いが大きければ大きいほど、疏泄不及に陥ったとき重症となる。スピードが出過ぎていれば出過ぎているほど、急ブレーキがかかったときの衝撃が大きくなり危険度も増すようなものである。

当該患者も、疏泄不及になったときの衝撃が大きく、リウマチという難病となった。

まず、疏泄不及に転化した瞬間に、大きな気滞が発生する。それはすぐさま化火し、四肢の炎症を引き起こした。また、疏泄太過によって飲食してきた間食、この飲食不節によって生じた水面下の湿痰が、気滞の発生とともに表面化する。それは寒湿としても存在し、心肝の熱と合わさって湿熱をも形成する。このように寒証と熱証が同時に存在、すなわち陰陽ともに病むというケースは、陰陽幅の少ない場合に見られ、証候は複雑となる。陰陽幅が少なくなった原因は疏泄太過による正気の消耗である。

本証は肝鬱痹に分類され、寒湿痹と湿熱痹を併発しているものと診断した。

疏泄太過の図 2


付記
減薬とウォーキングの時間の程度を決定する指標は、脈診によった。この脈診については「あわや難病、原因はゲーム?」で詳しく説明したのでご参考に。

一般的に、リウマチにおける免疫抑制剤を、減薬・断薬するのは不可能に近い。なぜなら、まず医師がそれを許可しない。また患者さんが不安を覚えるからである。本症例では当該患者から、「先生、薬を止めたいんですけど、お願いできませんか?」との要望があった。「それなら、僕が脈診で診断して薬を減らしてあげましょう。と言っても、僕が診断するのではなく、僕がやるのは〇〇さんの体の声を通訳するだけなんですがね」と説明し、治療で体を良くしながら薬を減らしていったのである。

当該患者は、純粋に僕の言葉を信じ、ついてきてくれた。「2日連続の治療になっても全然問題ないので、週に2回、治療しましょう」という言葉のままに、まじめに愚直にやり遂げられた。電車とバスで片道1時間以上かけての通院である。食事指導も行っていたが「先生、昨日はルール違反しました。間食を摂りました」と自らおっしゃるのである。

治療とはそもそも医者と患者さんの信頼関係によって成り立つ行為である。もし、当該患者が僕にまかせ薬を止めたいという願いを持たない人なら、つまり、僕の強引な勧めによって減薬を進めたならば、このような結果には断じてならなかったはずである。

治るかどうかは、医者の資質と患者さんの資質が、双方とも大きく関与することがよく分かる。医者と患者の息が合えばこそ、奇跡は起こるのである。


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