34 太陽病、桂枝証、医反下之、利遂不止、脈促者、表未解也、喘而汗出者、葛根黄連黄芩湯主之、

【私見】
太陽病、桂枝証、医反下之、
16条「太陽病、三日、已発汗、若吐、若下、若温針、仍不解者、此為壊病、桂枝不中与也、観其脈証、知犯何逆、随証治之、」のところで、「太陽病、下之…」とあれば桂枝湯を下したと考える…といいましたが、ここではわざわざ「桂枝証」と言ってくれています。
葛根黄連黄芩湯証が、桂枝湯の壊病だとは考えにくいような証だから、張仲景が、読者が間違わないように念を押してくれているように思える、そんなフレーズのようにも見えます。

さて、桂枝湯証ですから、風>寒 です。また、陰弱で自汗します。表衛は肌表までなら守れますが、肌表から皮毛は風邪に侵されています。そういう状態で下剤をかけた。

利遂不止、
ここで、原則を思い出しましょう。15条に「太陽病、下之後、其気上衝者、可与桂枝湯、方用前法、若不上衝者、不可与之、」とあります。しかし下痢が止まらないのですから、気は下降しています。だから桂枝湯はもはや不可です。内陥したと考えていいのです。

つまり、陰弱はひどくなり、表衛は肌表という砦を守り切ることができなくなった。風邪は陽明に内陥し、邪熱に変わる。だから下痢が止まらなくなる。

脈促者、表未解也、喘而汗出者、
しかし一方で、気が上衝している側面もあります。「喘 (呼吸困難) 」と「脈促」です。

脈促は22条「太陽病、下之後、脈促、胸満者、桂枝去芍薬湯主之、」で出てきましたね。促は歇・数です。桂枝去芍薬湯でも表は未解でした。桂枝湯類でも行けるということは、気の上衝があるのではないかと分析しましたね。そして胸満は、下虚上実による気の上衝、肺気の渋滞でした。本条文の脈促も、気の上衝があるはずで、表が未解の根拠になります。肺気が頑張って、表で食い止めている側面があるのでしょう。

しかし、肺気の渋滞があっても、それが喘の原因にはなりません。35麻黄湯証に喘が出てきますが、このたぐいの表証なら説得力がありますが、本証はもともと桂枝湯証です。いくら肺気が渋滞しているとしても、風邪は疏泄しますので、喘とまではいかないでしょう。ただし、実喘であれは気の上衝があることは確かです。

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表で食い止められた部分と、内陥を許した部分があります。二陽併病との鑑別が必要ですか、それに見られるような正気のくたびれは感じられません。

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では、太陽陽明合病である葛根湯証 (「必自下利」) ではないのか。これをはっきり否定できるのは「汗出」です。そもそも、太陽陽明合病は無汗です。桂枝湯証から太陽陽明合病にはならないのでしょう。32で説明したように、太陽陽明合病は、太陽の邪が強すぎで境界と陽明に影響を与えるという構図です。

葛根黄芩黄連湯証はそうではありません。大腸 (陽明) を弱らせ過ぎて、境界と太陽に影響を与えるという構図です。表裏にまたがる証ということでは共通しますが、方向が逆です。

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まず、桂枝湯証 (風>寒) がありました。そこに下剤をかけた。無理に下したということは、裏を弱めたということです。すると、相対的に表の風邪が強くなった。勢いづいた風邪は表裏の境界に影響し、裏を侵した。この場合、大腸腑の虚の勢いが強すぎて、境界に影響し、表にも影響を与えたことが、そもそもの原因です。風邪 (陽邪) が内陥すれば、邪熱に変わります。その行きつく先は、弱りのある大腸です。大腸に熱をもったのです。

喘 (呼吸困難) についてです。実喘か虚喘かでいうと、薬の組成から見て、実喘であることは明らかです。実喘の基本病理は、外邪・気滞・湿痰・邪熱が肺に影響することによります。外邪は35麻黄湯に喘がありますが、麻黄湯の特徴は無汗ですので考慮しません。気滞も湿痰も、組成から見て当てはまりません。消去法で邪熱が喘の原因となりそうです。もちろん、病位は肺です。大腸の熱が肺に影響したのです。

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なぜ大腸の熱が肺に影響したかというと、肺と大腸は表裏だからです。しかしそもそもこの両者はどういう関係にあるのでしょう。肝胆・脾胃・腎膀胱はよく分かります。しかし肺と大腸、心と小腸は分かりづらいですね。説明を試みましょう。

上は空のように澄みわたり、下は地のごとく重濁です。人体の上焦は、心・肺という清なる機能があり、下は小腸・大腸という濁なる機能があるのです。清濁は陰陽で、相対的なものです。清は濁の存在によって清であることができます。また濁も清の存在によって濁たることがかなうのです。お互いが協力し合って存在しうる関係、これが紙の表・裏であり、陰陽です。心小腸は水穀の精気・営血をめぐらせ、肺大腸は水穀の悍気・衛気をめぐらせます。

肺と大腸は、紙の裏と表の関係、陰陽の関係です。陰陽には必ず境界があります。大腸の熱が強すぎると、境界に影響し、境界を越えて肺に影響を与えるのです。

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汗出は、桂枝湯証によるものとも言えるし、内熱によるものともいえるでしょう。寒邪の影響は少ないということだけは言えます。

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ここで大きな疑問が生じます。そもそも桂枝湯証で、虚証です。それに下剤をかければますます虚してしまうはずです。なのに、葛根黄芩黄連湯は、どう見ても実証です。どういうことでしょうか。

ここが陰陽なのです。陰極まって陽となる。陽極まって陰となる。こう言われますが、ここでのスポットは、虚・実という陰陽です。分かったようで、いつまでも分からないのは虚実の陰陽です。

そもそも陰陽とは、陰は陰らしく、陽は陽らしくあらねばなりません。相対する要素が、お互いを助け生かし合う、それが陰陽のあるべき姿です。つまり、虚は虚らしく、実は実らしくあらねばならないのです。虚実錯雑がいけません。純粋な虚は補いやすく、純粋な実は瀉しやすい。つまり、治癒力が旺盛だということです。虚実という陰陽の場は、治癒力なのです。

こう考えると、虚はいけない、実は丈夫だ、という考えは、まだ虚実が分かっていない証拠です。虚は虚らしく、それが極まると純粋な実に転化します。振り子が虚の側に振れ、それが行ききると、今度は実の側に振れていきますね。そういう振り子の揺れ方ができるということは、治癒力が旺盛なのです。

葛根黄芩黄連湯もこれが言えます。もともと表虚証だった。多少寒がりかもしれない。しかし、これは寒邪をうまく避けることのできる柔軟性という体力の豊富な体質の持ち主で、下剤というひどい誤治をされても、なお健気に内陥した邪熱を下痢として排邪している。そういう角度から本証をみたら、面白くありませんか? 陽明に内陥しているのに、燥屎を形成しないのは、こんな理由なのかもしれませんね。


葛根黄連黄芩湯方
葛根半斤 甘草二両 黄芩二両 黄連三両
右四味、以水八升、先煮葛根、減二升、内諸薬、煮取二升、去滓、分温再服、
【私見】実証の色が濃いです。

葛根は、下剤で弱った陽明を補い、潤しながら浮かせて散らす作用です。肌表の風邪・寒邪・熱邪は、裏にある邪熱も含め、表に仕分けることのできるものはすべて、葛根で取ります。葛根は半斤、つまり8両で、葛根湯の倍、非常に多いです。もともと表から入った邪気なので、表に戻そうとするのでしょう。
境界の図 くすり


それで戻せずに裏に残る邪熱を黄芩・黄連でとります。黄芩・黄連は、大腸の湿熱を取り、肺の熱にも効果があります。

組成からみて、裏証=表証です。甘草は、葛根の辛散 (開) と、黄芩黄連の苦降 (闔) のつなぎ役です。

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鍼で行くなら、霊台でしょう。浮かせて取る邪熱と、苦降して取る邪熱とを噛分ける必要があると思います。