眞鍼堂|奈良県橿原市の鍼灸専門治療院 大和八木駅から徒歩7分

一本鍼が鍼灸の力を最大に発揮。奈良県橿原市で本格的な東洋医学を実践する鍼灸院。肩こり・腰痛はもちろん、うつ・パニック・めまい・アトピー・喘息・不妊症・PMS・更年期障害・発達障害など、全科に対応。

実際の治療例③

「更年期障害…東洋医学から見た原因と治療法」で述べたように、ホットフラッシュの原因は陰虚陽亢です。

陰虚>陽亢の場合。陰虚は陰の不足。陰とは、ここでは求心力と考えましょう。地球でいう引力です。引力が足りなくなって、上に浮揚する。浮揚するのは陽です。陽は汗となって体外に漏れます。陽=活動力。だから発汗後は力が奪われるような脱力感が残ります。

陽亢>陰虚の場合。陽亢は陽の亢進。亢進した陽は熱といいます。この熱は緊張による滞りから生じた熱。だから体にとって邪魔なものです。熱は上に昇る性質があり、それが陰の求心力に打ち勝つ形で上に浮揚します。

以下に症例を挙げます。

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51歳 女性

2年前からホットフラッシュがある。
ホルモン治療を考えていたが、友人に当院を勧められ来院。

緊張すると起こる。≫陽亢。
特に、仕事(デスクワーク)の時はひんぱん。
夏の暑い時期は、特につらい。≫陽亢

突然、カーッとのぼせて暑くなり、首から上に汗が出る。≫陽亢
そのあと、何とも言えないしんどさが残る。疲れやすくなった。≫陽(活動力)が漏れている。

今、問診を取ってもらっている間もカーッとして汗が出ている。ましになる日がない。

【その他の症状】
●口苦。≫陽亢
●わずかに口臭。≫陽亢
●尿の勢いがない。ここ2~3年。≫腎虚。陰の弱りが隠れていることを示す。
●両耳が聞こえにくい。≫腎虚
●熟睡感なし≫陰虚+陽亢

【脈診】
男脈。脈幅(±)四霊(滑肉門・天枢・大巨)の可能性。正気(生命エネルギー)に弱りがあって、邪気(病理副産物)も存在し、疲れが取れにくい状態。

【腹診】
左章門に熱。≫気分に邪熱がある。
左章門の深部下方にも熱。≫営血分にも邪熱がある。
左右の章門を比較すると、左の方か邪の絶対量が多い。≫左右の章門がそろっていると、陰陽は動きにくい。どちらかに偏るということは、陰陽は動きやすい状態にあるといえる。
臍に手をかざし、空間診を行う。左下に虚の偏在。臍から見て左下によく効くツボがある
臍の左下に位置する左大巨に手を当てると、ツボが生きた反応を示している。≫左大巨が効く可能性が高い。

【舌診】
紅舌≫陽亢

ホットフラッシュの治療例
【治療】
左大巨に5番鍼を直刺にて補法。≫上に昇った熱を大巨に引き下げる。大巨は陰を補い、陽を引き下すことができる。
左章門の熱が取れたことを確認し、治療を終える。さっきまでカーッとしていたが、今は何ともない。≫陽を引き下した結果、邪熱(わるい陽)が取れた。

【2診目】
前回より7日後、来院。
前回治療から翌日夕方まで、カーッは全くなかった。それからまたカーッはある。今はカーッとしていない。

右陰谷に5番鍼にて補法。≫陰谷の効果は、大巨とほぼ同じ。2診目では左大巨ではなく、右陰谷に生きたツボの反応があった。



【3~6診】

それ以降、ほぼ一週間に一度のペースで治療。仕事が忙しいため、来院がままならない。
その間、用いるツボは左大巨、もしくは右陰谷。脈診と空間診とツボの反応により使い分ける。
ホットフラッシュは前ほど頻繁ではなく、体が楽。
2泊の研修旅行にも行ったが、しんどさは無く、親交を深めることができた。

【7診目】
ホットフラッシュの無い日が多い。今日も一日中ホットフラッシュなし。



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85歳女性。

18年前から診させていただいている患者さん。
当時、苦しんでおられた持病の腰痛fは完全に癒え、ここ10年ほどは健康維持のために2週間に1度の治療を続けている。
しかし、何といっても、もう高齢。
些細なことが体力を弱らせる原因となりえる。
悪い芽を見逃さず、見つけたら早いうちに摘み取るよう注意を払い、治療してきた。
その甲斐あってか、最近まで老人会の副会長を問題なく務められるほど、お元気。

8月26日、来院。
診ると、両足の外踝の正座ダコが赤く腫れあがり、カサブタができている
右足が特に腫れている。
足の甲や足首を指で押すと、右側のみが凹み、粘土のように戻らない。右足がむくんでいる。足首の上5㎝辺りから、足先にかけて。これはよくない。

「〇〇さん、足が腫れてむくんでますね。気づいてますか?」
「え? そうですか?」
「ほら、座って、よく見てください」
「あら、ホンマ…。」
「このカサブタは?」
「いやー、ホンマですねえ、知りませんでしたわ。」
「痛いとか、正座しすぎたとか、ない?」
「はい、正座なんか、もうずっとしてないです。」

高齢による免疫の低下により、正座ダコが炎症をおこし、むくみまで併発したようだ。

「ほか、変わったことない?」
「ここ4日ほど、大便が柔らかいんです。」
「においは?」
「気になりません…。」

この患者さん、便が固くなることは時々あるが、柔らかくなることはまずない。

「あと、口が乾いて仕方ありません。」

じっと寝ていても、常に口をペチャペチャさせている。普段はこんなことはない。かなり口内が乾いている。明らかに、体に異変が起こりつつある。

「足、冷えませんか?」
「ああ、日中でも冷える時があって、靴下を2枚履いてます。夜も靴下を履いて寝ます。」
「むくみはね、ほうっておくと心臓や腎臓に負担をかけてきますから、早い目に治しておきましょう。それから炎症は、免疫が落ちてるんだと思います。治るまで、間隔を詰めて治療したほうがいいですね。」

むくみは右足のみ。押すと深く指が入り、粘土のように戻らない。これは肌水と呼ばれる。むくみには押してもすぐ元に戻るものもあり、これは皮水と呼ばれるが、肌水は皮水よりも重症である。ただし、本症例は両足のむくみではない。右足のみなので、その限りでは軽症。



むくみの原因
むくみはなぜ起こるのだろう。「浮腫…東洋医学から見た5つの原因と治療法」で詳しく述べたが、簡単におさらいしよう。むくみの原因は多くは脾臓(消化・吸収・栄養機能)の問題がある。脾臓はに例えられる。土はフカフカのスポンジ様が健康。保水性・通気性に富み、生命を育てる。もし、土がスポンジではなくドロドロだと、水はけが悪くなる。雨水は浸み込まず、変なところ(皮下)に流れ込む。これがむくみの基本病理だ。本症例は、何が原因で土がドロドロになったのだろう。熱だろうか、寒だろうか。東洋医学は全ての病態を「寒」か「熱」かに分けて診断する。本症例は寒によるものか、熱によるものか。

患部である右足は、むくみ+炎症。炎症は間違いなく「熱」。熱が主体なら、湿熱がむくみの原因になりうる。自然現象でいえば、夏の高温時に大雨が降ると、土は腐って水はけが悪くなる。そういうむくみだ。みなさんは、お酒を飲み過ぎて足がむくんだことはないだろうか。これなどは湿熱によるむくみである。

もし、寒が主体ならどう考えるか。冷たい雨が続いて土はドロドロになり、美しい地下水にする濾過作用を失い、保水性も通気性も失う。土は冷え切ってしまい、雨がふらなくても、ドロドロの状態が続く。水はけの悪くなった土の上を、泥水が流れ、皮下に溢れる。このむくみは湿熱のむくみと異なり、体力(脾臓)の弱りが大きく関与する。ゆえに老化とも関係が深い。脾陽虚によるむくみである。
脾臓の陽気(温め水をさばく力)の弱りのこと。

寒・熱、どちらも考えられる。正しい診察・診断が必要だ。

 
【診察】
左の脈のみ浮いていて、両章門の邪の絶対量が同等。このままでは左右が動かない(虚実錯雑)。左右が動かなければ陰陽が動かず、陰陽が動かなければ症状が好転することはない。左右が使えないときは、左右の境界である任脈、あるいは督脈を用いる必要がある。しかし、境界を用いる治療は非常に影響力がある。寒か熱かを正しく診断しないと、安易に用いてはならない。寒か、熱か。

●舌は白膩苔。≫この限りでは寒。
●口の乾き。≫寒・熱どちらもあり得る。
●軟便。臭いなし。≫軟便は寒・熱どちらもあるが、臭いがないのは寒。もし臭いが強ければ熱。
●正座ダコの部分は左右ともカサブタ(右>左)ができ、腫れている。ほんのり赤みがあり、触ると熱感がある。≫これは明らかな熱。

お腹を診ると、左不容に寒邪の反応。外感は認められないので、内生の寒邪といえる。
また、左章門は直接の反応は無いが、その深部下方に邪熱。これは営血分に邪熱が潜んでいることをしめす。
メインは左不容。ということは、寒邪が邪熱を格拒(最下段で説明)して営血分に押し込めた…と推測できる。寒が主体であると、ここで初めて断じた。寒邪をとれば、むくみだけでなく邪熱(炎症)も自然と取れると予測。

寒(むくみ)が熱(炎症)を取れなくしている。寒(むくみ)が表面を覆った隙間から、熱(炎症)が顔を出して、その存在を示している。このように体は、(カタチ)を現し、我々に、「体は今、こんなふうだよ!」と教えてくれている。これが「現象」だ。


むくみ症例














【治療】
寒がメインと診断、任脈を用いる
任脈上の中脘に反応。
中脘にお灸を11壮すえて治療を終える。

本症例は足に炎症がある。にもかかわらず、寒の証と断じてお灸をするのは診断力が必要。
もし、熱の証にこのお灸をすると悪化しかねない。しかし、寒の証なら効果テキメンのはず。ツボをしぼりこむのは、それほど難しいし、価値のあることだ。ツボをたくさん使うと効果があいまいになる。たくさんツボを使うなかで中脘にお灸もするならば、悪化の心配などいらないし、むくみを治す期待もできないだろう。デリケートさはダイナミックさに直結する。


【経過】
●前回治療から4日後、来院。
むくみ10→3に減少
炎症(カサブタ・発赤・腫脹)は不変。
口の乾きは、ほぼなし。くちびるは乾く。
大便は細いのが出ている。固まってきていて形があるものの、まだ柔らかい。臭いはきつくなった。治療の手ごたえあり。≫臭いのきつい便が出だしたのは、むくみ部分の淀んだ水が、大便ルートを使って体外に排出されつつあるから。寒による水邪と、営血分にあった邪熱は排泄されつつある。むくみの水邪は、ほうっておくと生命を急速に弱らせる。

治療同前。

●前回治療から7日後、来院。
むくみ0
炎症(カサブタ・発赤・腫脹)なし。
大便は普通便に。
くちびるの乾きなし。

営血分の熱について
今年の夏は不規則に暑かったり寒かったりを繰り返した。急に熱くなると気分※1に邪熱がこもる。ここに、急な寒さがくると、気分に寒邪が生まれる。邪熱と寒邪は気分で入り混じって中和することなく、寒邪は邪熱を拒み、邪熱は寒邪に追われるように営血分※2に入る。
※1 気分(きぶん)…病気の深さをしめす概念。気分は浅い。浅いゆえに、ここに邪気があると症状が表に現れやすい。
※2 営血分(えいけつぶん)…病気の深さをしめす概念。営血分は深い。深いゆえに、ここに邪気があっても症状は現れにくい。

こういう現象は気象にもみられる
ようだ。最近よく聞く「偏西風の蛇行」。熱い空気と冷たい空気はすぐには混じらない。温暖化の影響で赤道付近の温度は熱くなっている。それが北極に向けて北上、北極圏の冷たい空気に、赤道で生まれた熱い空気が侵入しようとすると、冷たい空気は熱い空気に居場所を奪われるようにして南下する。
「あんこ」を手のひらに乗せ、それを握りつぶすと、指のすきまからアンコが飛び出る。こういうイメージで、熱い空気は冷たい空気を押しのけ、冷たい空気が下に飛び出る。飛び出た冷たい空気は、下にある熱い空気を押しのけ、熱い空気は上に飛び出る。
これを気象用語で「オストアンデル現象(押すとアン出る)」というらしい。この南下した冷たい空気と、北上した熱い空気が偏西風の蛇行部分で、近年の異常気象の原因となっている。

このように、すぐには入り混じらず、寒が熱を押しのけ、熱が寒を押しのける現象を、東洋医学では「格拒」という。対義語は「順接」。東洋医学は、こういう概念を少なくとも2000年前から持っている。最新の気象の研究を、すでに人体に見ていた。すごい。このすごさが治療効果にも反映される。



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営血分の熱。これは300年前の清代に起こった「温病学」という東洋医学の一部門の中の概念だ。癌をはじめとした難治性疾患には、こうした考え方を用いた診断が必要不可欠である。基礎を学び実戦を踏んだうえで挑む学習部門である。

しかし、たかだか300年の歴史しか持たない温病学は、詳しい体系付けはこれからで、発展途上の分野だ。3000年以上の歴史を持ち、千年単位で発展・成熟してきた東洋医学。生命の奥深さを追求するために必要な時間の積み重ねである。その悠久の歴史から見ると、「たかだか300年」なのである。

とにかく、営血分の熱は診断が難しい。「熱が深すぎて所見に現われない」というヒントを恩師からいただき、ならば感じ取ろう、どこかに絶対あるはずだ、と探ってみると、あった。藤本蓮風先生がおっしゃっているように、やはり章門。歴史的に何かと謎の多いツボだ。熱の場所が深すぎて、一見、熱の反応は見当たらないが、固定概念を退け、触診の発想を変えると、確かに熱が見える。

今年の夏は、暑かったり寒かったりを極端に繰り返す異常気象のため、ややこしい症状を示す患者さんが少なくない。そこには営血分の熱が絡んでいた。もし異常気象がなければ、問題にせずに素通りするところ。やはり、ピンチはチャンス。これを自分のものにすれば、大きな武器になる。

それにしても、絶えず勉強し続けていることが、時として得られるこうした成果につながる。これからも励まねば。先人の考えを学ぶことは基礎の基礎。理論をしっかり学んでおかないと、とんでもない勘違いを起こす。だが同時に、机上の空論で満足してはならない。理論と一致する現象を探り、この目で見る。この目で見ると確信が持てる。確信が持てれば、治療効果が如実に得られる。その積み重ねの中で独創的な考えも浮かぶ。このサイクルを多くの先人たちも繰り返し、3000年以上の時を刻んで今の東洋医学がある。

ともあれ、営血分の熱をうまく見抜き、治療することができれば、一般雑病を効率よく治療できるだけでなく、様々な難病に応用できる。出血を主とする病気…例えば各種の癌・潰瘍性大腸炎など。また、アトピー性皮膚炎にも。

・・・・・・・・・・・・・・

以下に症例を挙げる。
10代男性。
治療日時…8月9日午後7時。

【症状】
昨日の夕食で肉を大量に摂る。
直後に嘔吐・悪寒・高熱。
その夜は寝苦しさ顕著。
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発熱後、丸一日経過した現在も、
悪寒・39度近い高熱が続いている。
体はどこを触っても熱い。
だが、本人は熱っぽさの自覚はなく、非常に寒がる。
この日の最高気温は36℃。にもかかわらず、発汗は全くなく、寒さで震えている。
今日は一日中しんどかったが、夕刻になるにつれ、ますますしんどさが増してきた。
食欲なし。
口渇なし。
病院へは行っていない。

営血分の熱…画像
【所見】
舌診…背腹ともに淡白舌。潤。
脈診…左のみ沈脈。全体として脈は浮いていない。堅さもない。中位に外感の寒邪を示す脈あり。
腹診…左右の章門の邪の絶対量が同等。左期門に寒邪があり、これがメイン。左章門の下方深部に邪熱。


【解析】 
まず、この猛暑の中、丸一日たっても悪寒が取れないというのが問題
急に生じた悪寒があるということは、外感の寒邪に体が攻められている証拠。
悪寒が引かない限り、治らない。

それから、発汗が全くないというのが問題
発汗しないと、邪熱は体内にこもり、外に出られない。寒邪も皮膚に張り付いたまま動かない。
うっすら発汗してくると、寒邪も邪熱も外に排出され、解熱する。

また、大量の肉食の直後、発熱しているので、肉のもつ熱性が発熱をひどくしていることは間違いない。
同時に、多食によって、陽気を生み出すベースである脾臓を弱らせ、クーラー・冷たい飲食などによる外襲性の寒邪に対抗できず、寒邪の侵入を許している。≫東洋医学の脾臓って何だろう

ここまでは基本通り。
では、具体的にどういう病態なのか。

●麻黄湯の可能性
悪寒・発熱・無汗という症状から、まず疑わしいのは、表寒実証。具体的には麻黄湯証。鍼灸なら合谷など。
舌が潤っているのは寒を示す。
しかし、脈が浮いていない。麻黄湯証の緊脈も診られない。
単純な表寒実証ではなく、よって麻黄湯証は否定。

●葛根湯+白虎湯の可能性
食欲がなく、高熱が続いているところをみると、(体の表面)から、(体の内部)に 寒邪が熱化して内陥した可能性がある。
胃に内陥すると、当然食欲はなくなる。
しかも、表の寒邪もまだ居座っているので悪寒が取れない。
表寒が裏熱を抑え込み発散できず、
高熱が続く。
ちなみに、この場合は葛根湯+白虎湯。鍼灸なら合谷+申脈+霊台など。
ただし、その場合、舌のどこかが赤くなったり、黄苔がでたりするはずだ。
この症例の場合、舌は明らかな淡白舌!寒を示す淡白舌だ。
よって、葛根湯+白虎湯も否定。

●四逆湯の可能性
表証もなく、裏熱もない。しかも悪寒。
こう見ると、四逆湯証…つまり寒邪直中を彷彿とさせる。鍼灸なら中脘・気海・関元などに灸。
しかし、そんな危険な状態ではない。
意識はハッキリしているし、手足も冷たくない。むしろ熱い。
よって、これも否定できる。

●麻黄附子細辛湯の可能性
ならば、麻黄附子細辛湯証では?
この証は、表・裏ともに寒の状態。裏を温め、表も温めて寒邪を散らす。鍼灸なら胞肓+合谷など。
本症例は、これで治療する漢方医が多いのではないか。脈が沈んで悪寒が強いのは、麻黄附子細辛湯証のセオリー通り。
だが、麻黄附子細辛湯だと、一時的に悪寒は取れるかもしれないが、おそらく熱は下がらず、それのみか、煩渇し意識障害を引き起こす悪化をみる可能性がある。
なぜなら、本症例は裏に邪熱があるからだ。邪熱に麻黄附子細辛湯は良くない。とくに附子が危険だ。
しかし、裏の邪熱は「葛根湯+白虎湯」のところで否定したはず。
それでも邪熱がある、という根拠は?

●章門が示す治療指針
その根拠が、左章門の反応だ。
章門の下方、深くて見えにくいところに、確かに存在する強い邪熱。
営血分の熱だ。
営血分に邪熱が入ると、口渇・熱っぽさといった「熱証」がはっきり出ない。
また、夜間が寝苦しくなる。そもそも、夜は体の表に出ていた陽気(活動力)が裏に入る。裏に陰気(クールダウンする力)が足りていれば、陽気は陰気で相殺され、安眠できる。ところが、営血分という深いところに邪熱があると、陰気はそれに対抗するだけで手いっぱい。夜になって裏に入った陽気は、安眠を妨げる邪熱と化す。昨夜は寝苦しくてしんどかった。治療当日は夕刻になるにつれて、しんどくなってきた。これらは、営血分の熱を裏付ける一つの材料になる。

インフルエンザなどの高熱を伴う感冒は、通常は葛根湯+白虎湯…つまり、表(衛分)の寒邪が裏(気分)の邪熱を抑えて、寒邪が悪寒を、邪熱が高熱を、という場合が多い。しかし本症例では、表の寒邪が営血分の邪熱を抑えている形。営血分に邪熱の中心があって、それが気分に波及し、発熱しているものと見た。高熱の本体は営血分にある


【治療方針】
脾虚・寒邪侵襲・熱入営血分。寒熱錯雑・虚実錯雑。
かなり複雑。
正気(脾気)を補い、寒邪を表まで浮かして取る。その後、営血分の熱を取り去る。
いわゆる先表後裏だ。
まず寒邪から手を付けるべき根拠は、左期門の寒邪がメインになっていることから裏付けができる。

ただし、寒邪の取り方が問題。
左のみ沈脈で、左右章門がそろっているので、このままでは左右が動かない。左右が動かなければ陰陽が動かず、治癒力を引き出すことができない。そこで、左右の境界である任脈を動かしながら、左右の消長を引き出し、陽気を増しながら寒邪を散らす必要がある。

寒邪をうまく散らすことができたとして、それで治療を終えるとする。すると、おそらく悪寒は取れるが高熱が引かない。熱の出どころである営血分を治療する必要がある。


【治療】
中脘に金製古代鍼。鍼を水平に寝かせ、穴処にかざして補法。その後、鍼を垂直に立て、皮膚に軽く当てて瀉法。
脈力が出る。寒邪を示す脈が消失。左期門の寒邪が消失。入れ替わるように左章門の浅部に反応(邪熱ではない)。章門の下方深部の邪熱は不変。メインが左期門(寒邪)から左章門(営血分の熱)に移った。

左三陰交に銀製古代鍼で瀉法。左章門の浅い反応、および下方深部の邪熱が消失。

【効果】
治療直後、悪寒消失。震えが止まり、うっすらと発汗。
「横になりたい」「みずみずしいものが食べたい」とのこと。
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横になりたくなったのは、陰気(クールダウンし疲れを取る力)が働き始めたから。
食べたいものが出てきたのは、脾臓の弱りが、ある程度改善されたから。

ちなみに、表に寒邪があって悪寒が強いときは、みずみずしいものは求めないことが多い。悪寒をひどくするからだ。ひどい場合は水の流れる音が耳に入ることさえ嫌がる。だから、そういうものが食べたくなるということは、表寒がきれいに取れたことを推測させる。また、裏熱によって陰が弱り、それをみずみずしいもので補おうとしている姿でもある。

ただし、この状態で、もし、冷たい飲食物をとると、脾臓を弱らせ、せっかく取れた悪寒が再発し、再び無汗状態になる可能性がある。
逆にもし、熱い飲食物をとると、発熱を助長し、せっかく復活した陰気を弱らせる可能性がある。
よって、人肌程度の温度のものを飲食するよう指導し、治療を終える。

【経過】
悪寒は再発せず、翌朝から昼にかけて解熱。その日の夕方…つまり治療の24時間後には完全に通常生活に戻った。


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50代女性。

9カ月前から、カゼをよく引く。
一度引くと、1カ月ほど動けなくなる。
ましになっても、体がだるくて家事がこなせない。 
こんな状態が、昨年5月、10月、1月と続いた。
1月のがましになったと思ったら、2月に入ってまたカゼを引く(初診日の5日前)。
熱は今はないが、しんどくて何も手につかず、ずっと寝ている。寒くて仕方がない。
何とかしてほしいと来院。


もともと、疲れると顔に赤い湿疹が出ていた。
1年前に家族の看病で、その湿疹が治らなくなる。
病院を転々とした結果、遠方の病院でヘルペスウィルスの値が高値であることが分かる。
ヘルペスウィルスの増殖を抑える薬であるアシクロビルを1日8錠を処方され、以来9カ月間服用し続けている。
それ以降、発疹は出なくなったが、カゼを引くようになった。


●脈診
男脈…疲れが取れにくい状態。四霊(滑肉門・天枢・大巨)の可能性。
やや無力…体力の弱りがある。
尺位から寸位に向かう脈の流れが、中位・浮位にあり、しかも寸位外→尺位内の方向…皮毛・肌表の両方に寒邪があることを示す。

脈は全く浮いてはいませんが、外邪に侵されており、表寒証(カゼ)です。表寒証をとれば、体はある程度楽になるはず。その目的が果たせたら、カゼを引く原因の治療が必要。寒邪は肌表まで侵入していることが伺え、直接寒邪を取ることはできません。正気を増して、侵された肌表に援軍を送り、皮毛まで寒邪を浮かして追い詰め、そのうえで寒邪を取るべきです。

●腹診
臍を中心とした空間は、右下。右大巨を探ると生きた反応。

●舌診
淡白舌・薄白苔・潤。やや無力。寒邪により、陽気が圧迫されている姿。陽気が伸びないと、しんどくて動けない。

●治療と経過
右大巨に5番鍼の横刺。3分置鍼。
つづいて腹部打診術、右脾募に処置。
カゼを引いているので、今日の入浴は控えるよう指導。
アクシロビルは中止するよう指導。
同時に、本薬を処方されている病院の通院も中断。 

2診目(2日後)
しんどさ、寒さ、熱っぽさ、すべて10→5
まだ表寒がある。入浴はまだよくない。
関元に4番鍼の横刺。3分置鍼。

3診目(3日後)
動けるようになった。表寒なし。入浴OK。
舌が明るくなる。
左天枢に5番鍼の横刺。3分置鍼。

4診目(2日後)
コーラスの練習を再開したい!とのこと
舌が赤くなる。これは表寒が取れ、もともとあった裏熱が主になったことを示す。

4診目以降、疏肝理気・清熱解毒を中心に治療を続けました。たまに脈で表寒が見受けられましたが、そのたびに治療で取り除き、体調は良好です。4カ月経過現在で、カゼは一度も引くことなく、忙しい日常をこなし、趣味のコーラスを続けることができています。顔の発疹も出ていません

●考察
顔の発疹は、ストレスから熱化した肝火と、ストレスによる過食が原因の脾虚と、過労と年齢からくる腎虚から起こっています。発疹はアシクロビルの投与で出なくなりましたが、肝火・脾虚・腎虚は、西洋薬では改善しません。むしろ、体にとって不自然な薬を多量に飲むことで、脾虚を悪化させます。

カゼを引きやすくなったのは、ひどくなった脾虚が腎虚を悪化させ、ウィルスに対する防御が弱くなったためです。脾虚と腎虚の2つは、カゼをひく直接原因となります。また、肝火はこれら2つの根本原因です。

裏で糸を引いていた病気の黒幕は衰えず、むしろ勢いづいて、カゼを引きやすくなり、動くこともできなくなりました。症状を抑えることのみに終始し、原因(生活習慣や価値観の狂いから生じる疲労)に目を向けない場合に、よく見られる病態の変遷です。

アシクロビルを中止した理由は、①帯状疱疹・単純疱疹・水ぼうそうなどが認められないにもかかわらず、ヘルペスウィルスを問題にするという個性的な病院にかかっていたということ、②また、本薬を使用してから発疹がカゼに移行した明らかな経過があるということ、③さらに、ご本人がこの病院に不信感を持っておられ薬を止めることを希望されたためです。

ヘルペスウィルスといえば、代表的なのは帯状疱疹(ヘルペス)です。水ぼうそうのウィルスと同じで、水ぼうそうになったことのある人は、みなこのウィルスを保持しています。もし、免疫が弱ると、これが増えて帯状疱疹になります。あらゆるウィルスは、薬を飲まなくても、体のもつ免疫さえ元気になれば、免疫細胞が殺してくれます。もし、免疫が元気になれば、まず最初に、この患者さんのカゼが治るはずです。現在カゼを引かず、元気に暮らせていることは、免疫が復活した証しと言えます。



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「ずっとましだったんですけど、このごろ膝が痛いんです。ヒアルロン酸の注射はちゃんと打ってもらっているんですけど…。」

「ヒアルロン酸の注射が体にいいとは限らないと思うなあ。だってヒアルロン酸って体内で合成される、いわば栄養分でしょ? それを外からドンドン足したら、自前で作る働きや、膝に供給する働きが、サボったりしませんか?」

「ああ…。」 

「ましになったら、そういう注射は控えて、自前の働きを復活させるように仕向ける方がいいかもしれませんね。お医者さんの言うことが、すべて正しい、とは限りませんよ。なにせ、日本には西洋医学しかないから…。これは『一神教』と同じで危険なんです。」

「一神教?」

「人間の持つ『人間らしさ』というのは、宗教的な思考回路から来てるんです。たとえば人殺しは悪いことですよね。でも、野生動物は共食いを平気でやってるじゃないですか。ライオンが自分の子供を殺すこと、悪いことですか?」

「いや…自然なんでしょうね?」

「そう、動物はそれでいいんです。でもそれをやる人間は人間じゃないですよね。死者を弔うことも人間らしさです。人間独特の考え方は、みな宗教的な考え方に端を発しているんです。」 

「なるほど。」 

「この宗教がこのごろ物騒ですね。戦争とかテロとか、みな宗教絡みでしょ?イスラム教、キリスト教、ユダヤ教…。」

「ほんとにねえ!」 

「これは、脳の機能構造に問題があるんです。」 

「脳?」 

「これらの宗教はそれぞれ、自分らのあがめる神のみを神とするんです。それ以外は神とは認めない。かなり独善的な思考回路です。」

「それは喧嘩になりますね。」 

「そうなんですよ。その点、日本人はおおらかですね。八百万(やおよろず)の神をあがめますから。山には山の神、海には海の神、机や箸にも、それぞれの神が宿ると考えます。こういう考え方を多神教っていうんです。多様性を受け入れる力ですね。独善的ではなく、異文化を尊重できる。尊重しすぎて、欧米文化に頭が上がらない…という弊害もありますけど…。」 

「なるほど。」

「最も理想的な考え方は、一神即多神・多神即一神。例えば仮に、太陽をあがめるとする。しかも、太陽を知っているのは自分たちだけだと思い込んでいる。すると、日本では『太陽こそ神だ』という。アメリカでは『sunのみが神だ』という。中東では『الشمس‎(クルアーン)こそが神だ』となる。バカげてますよね、みな同じ☀ですから。元は一つだが、地域によって呼び名が異なり、文化によって脚色が異なる。この多様性が多神だという考え方。同じ人でも前から見た姿・横から見た姿・後ろから見た姿は違うでしょ。それを『横顔しか認めない!』なんておかしな話です。神とは、つまりは真実でしょ?それはたとえ遠い異国にあっても、変わらないはずですよね。アラーもゴッドもエホバも仏も、呼び名が違うだけで『理想的真実』に名を付したものであると。ただし、各地域独特の文化的脚色を色濃く受けている。そういう考え方が大切なんです。」

「なるほどね。」

「日本の医療は、完全な一神教です。他の文化を認めようとしない。これは危険な考え方なんです。他の文化とは、東洋医学のことですね。インド医学なんかもそうですね。欧米では鍼灸師も立派なドクターとして見られるようです。日本では鍼灸師の社会的地位はかなり低いですね。勉強を怠り安きにつく鍼灸師が多いという問題もありますが。」

「そうなんですか。」

「政治でも二大政党がいいって言いますね。一党独裁は良くないでしょ? 中国とか北朝鮮なんか、そうですね。日本も軍部独裁で戦争を起こしました。」

「そうか…。」

「こないだの伊勢志摩サミットでは、抗生剤についての話し合いがあったそうですね。抗生剤の使いすぎで、抗生剤が効かなくなる時代が、もうそこまでやって来ているそうなんですよ。抗生剤が使えなくなったら大変ですよ。手術ができなくなるでしょ? 抗生剤は僕の知る限りでは、娘が小さいときだったから…たしか15年ほど前の『ためしてガッテン』で、ただの風邪に安易に使ってはならない、と言ってました。このとき、厚生労働省がすでにガイドラインを出したって言ってましたから。それから15年たって、抗生剤乱用の現状は全く変わってませんね。ニュースで見たんですが、抗生剤の研究者の先生がこうおっしゃるんですよ、『病院で出された抗生剤が、本当に必要なものなのか、自分で判断することが大切です』…どう思います? 判断しなければなならないのは我々じゃない、お医者さんですよ!」

「そうですよね!」

「つまり、専門家の指導を無視するお医者さんが多いんです。こういうお医者さんが15年もやっていけるというのは、医療界が一神教だからです。」

「そうなんですか…。」

「病気を何とか直したい! 患者さんを助けたい! これこそが医療の本質ですよね。本質は一つです。そこには、〇〇医学とかいう派閥や垣根はありません。でもアプローチの仕方は一つではない。西洋医学と東洋医学はアプローチの仕方が違います。アプローチの仕方が違うものを比較して、一方は正しく、一方は間違っている…こういう考え方は批判されるべきです。排他的で、独善的になるので危険なんです。」

「ヒアルロン酸の注射、やめてみます。」

「そうそう、今の痛みが落ち着いて来たら、一回止めてみてね、それでまた痛くなるようだったら、またお願いしたらいい。苦しむ患者さんに向かって、『あなた癌です』っていう時代です。助けたいって気持ち、あるのかな? 一昔前なら、家族に内緒で伝えていたのにね。我々が賢くなり、どういう医療を選択するか、自分の考え方を持つことが必要な時代です。これから〇〇さんも年をとれば、必ずお医者さんのお世話にならなければいけない。だからこそ、そういうことなんです。」

         〇

「それで、痛いのはどっちの膝ですか?」

「右です。」

「どの辺? 前?横?後ろ?」

「前です。」

膝蓋骨を圧迫し、こすりつけてみる。

「痛い?」

「ハイ。」

脈・腹・顔の所見より、邪気は邪熱が中心。正気の弱りは脾虚が中心。
陰陽の幅が少ないうえ、正気と邪気の力関係が拮抗し、正気が邪気に勝てない状態。
そういう状態が、生命の中心部で起こっているのではなく、右膝という末端の『部分』で起こっている。
もしこれが、生命の中心部で起これば、内科疾患となる

正気を邪気よりも優位に立たせ、陰陽の幅を増すことができれば、膝は楽になる。
痛みという赤信号を出す必要がなくなるからだ。 だから、
こうして膝を治すことができれば、内科疾患の予防につながる

東洋医学には『未病を治す』という哲学がある。
簡単に言うと、病気を予防する、という意味。
でも、この概念には、西洋医学では考えも及ばないカラクリが包括されている。
上に挙げたのは、その一つ。 

・・・・・・・・・・・・ 

おへその下にある「関元」というツボを選ぶ。0番鍼を2ミリ刺入。
3分置鍼して鍼を抜き、20分休憩。
邪熱が取れ、脾虚が回復したことを確認し、治療を終える。

1週間後。

「先生、ウソみたいに治りました。日曜日には完全によくなっていました。治療の日が金曜日だったでしょ、土曜日はコーラスの練習には痛くていけないかな、と思っていたんですけど、その日になってみたらましになっていたので行きました。翌日の日曜日には、もう全く痛みはなくなっていました。」

「おお、良かったですね! ヒアルロン酸、自分で作れたでしょ!?」

77歳、自前の回復力は健在




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32歳男性。運送業。

2週間前から、
●頭痛(左小後頭神経痛)
●起床時、眼球が張り、痛む
●右顔面の違和感

このような症状。主訴は頭部に集中。
体格はがっちりしている。筋肉質。弱そうには見えない。3人前は平気で食べる、とのこと。

詳しく聞くと…。

●25歳頃から精力減退。もう何年も早朝勃起がない。
●冬は靴下2枚。冷えると足が痛くなるから。
●朝、体がだるい

これは、腎陽虚。

●夕食後、眠い。
●目が疲れる・かすむ・まぶしい
●口が乾く

これは腎陰虚。

つまり、腎虚がはっきりしています。


この体質をどうまとめるか。
腎臓(下)は弱いが、脾臓(上)は強い。
上実下虚。
とくに、早朝勃起がないのは問題で、これは腎臓の弱りを知る大きな指標となる。ここが復活するくらいに体が良くなれば、諸症状は自然と終息するはず。

初診…
京門に鍼。帯脈を意識し、上下を交流させる。上は瀉し、下を補うイメージ。

2診目…
頭痛と右顔面の違和感が取れた。
起床時の眼球の張りが気になる。
照海に鍼。上下は交流してきているので、下をもっぱら補う。早朝勃起が欲しい!

3診目
眼球の張りが半減。
治療同前。

4診目…
今朝、早朝勃起があった。
眼球の張りなし。
朝のだるさは意識しなくなった。


この男性の場合、早朝勃起について詳しく問診しました。
こういうケースはあまりありません。
嫌がる人が多いからです。
この男性は問診票の「精力が減退する」という事項に〇を付けられていました。
問診すると、嫌そうな感じではなかったので、ざっくばらんに聞くことができた…ということです。

男性の生理は、女性の生理と同様、診断の大きな参考になります。
勃起するかしないかは、腎臓の陽気(腎陽)が十分かどうかに関わります。
気(陽)が足りていれば、機能する。
気は「機能」のことでしたね。
機能、とは生命活動に必要なあらゆる機能のことです。
腎陽とは、腎の機能のことです。

ただし、陽が足りていても、それを支える陰(腎陰・腎精)がしっかりしていなければ、機能は長続きしません。
陰とは、物質的なもの。肉体的なものです。
モノに支えられて、機能は存在する。
不全流産の症例でも、少し触れました。
腎陽は足りていたので妊娠できたが、腎陰が足りなかったので持続できず、流産にいたった。
勃起も、腎陽が足りていれば、するにはします。
しかし、腎陰が足りていなければ、セックスのたびに体調を崩すことになってしまいます。

この症例の場合、
若いのに勃起しない。
これはかなり問題です。
この男性は、小さいころからアトピー性皮膚炎があり、生まれながらに腎が弱かった、と推測されます。
腎精の弱りをもともと持っていて、それが腎陽が足りなくなるところまで、弱りがあったということです。

腎陽(腎の機能)とは?
生殖能力がまず挙げられます。
しかし、それだけではありません。他にも多くの役割があります。
例えば、
温煦作用(温める働きなど)・
防御作用(ウィルスから身を守る働きなど)・
固摂作用(体液を外に漏らさない引力のような働きなど)・
気化作用(新陳代謝など)…などなど。
男性・女性を問わず、生殖能力(妊娠力)が、どの程度あるか診断することは、
体全体の治癒能力を測るうえでの大きな指標になります。

しかも、妊娠力を高めるということは、腎そのものを高めることですから、
身体は楽になる、元気になる。
病気が治る。
そういうオマケがついてきます。これは当然のことです。

ホルモンによる不妊治療のために、体調を崩すという話をよく聞きます。
こういう治療によって妊娠したとしても、それは腎を高めた健康的な妊娠ではない。
このことは明白と言わざるを得ません。
 

14歳女性

今朝、目が覚めた時から頭が痛い。
部位は、両方のこめかみ。
昨日、理科の授業で、有毒ガスをともなう実験があった。臭かった。
その時、頭が痛くなった。他にもそういう生徒がいた。まもなく頭痛は癒えたが、それが原因かなあ、とのこと。
定期試験前なので、何とかしてほしい。

舌診・・・
舌尖紅刺。白膩苔。

脈診・・・
急性の症状なので、まず表証を疑ったが、それは認められず
男脈。幅有り。四霊すなわち、滑肉門・天枢・大巨・胃兪・三焦兪・腎兪の可能性。
左沈脈。

腹診・・・
天枢は左実、右虚。大巨も左実、右虚。大巨の方がはっきりしている。取れにくそうな邪ではないので、正気は邪気に勝つだけの力があることが推定できる。
肝相火も左実右虚。はっきりしているので、少陽枢機のチョウツガイは錆びていない。
空間は、下後にの偏在。

※実…気(機能)がギュウギュウ詰めの満員電車状態。
 虚…気がガラガラの状態。 

原穴診・・・
丘墟が左実、右虚ではっきりしている。
肝相火を中心として、左胆経が実になっている。

左下後にあたる左腎兪を探る。生きた反応あり。腎兪は左実中虚、右虚中実。邪の絶対量は右>左なので、左が虚している。

病因病理
左胆経が実で、左半身が実に偏る中、左腎兪だけが虚している。左右のシーソー運動がとまっているのは、この虚があるから。有毒ガスによって引き起こされた気滞は、腎虚がなければ解消されたはず。それが解消されなかったので、一晩寝て静止状態で気滞がupし、陽亢を生じて頭痛が出た。

左右均等に頭痛があるのは、腎虚がベースなので、左右差が出にくかったといえるかもしれない。
こめかみの痛みとして出ているのは、定期試験前ということもあるし、有毒ガス(臭い・先入観)もあって、ストレスによる気滞が少陽胆経に影響したと考えられる。ストレスは肝臓・胆腑に影響しやすい。

腎虚が解消されれば、左右のシーソーが動き出し、気滞は取れるはず。陰虚陽亢型で陰虚>陽亢の頭痛だ。※正確には陰虚まで進んでおらず、腎気虚の段階。腎気の固摂作用が低下している。概念を簡略化するために表現方法をまとめた。

・・・・・・・・・・・・・ 

腎兪に1番鍼を刺入。表在の邪を払い、深在の虚を補う。5分置鍼後、抜針。

治療後、肝相火の左右差は変わらず。しかし、左下の虚の偏在は取れているので、そのうち動くはず。

「痛み、どう?」
「さっきと同じです。」
「もう少しこのまま休んでいてな。」

そのまま20分休んでいてもらう。

再び診察。肝相火の左右差が消失。丘墟も左右差なし。胆経の左右差がなくなった。

「痛み、どう?」
「あっ、ましです。」
「最初10とすると、今どれくらい?」
「5くらいです。」
「やっぱり両方痛い?」
「いえ、右だけです。」
「そうか、左は取れた?」
「はい。」
「そうか。片一方だけになったら、痛みは取れやすくなるから・・・今日はこれで様子みましょか。」

・・・・・・・・・・・・・ 

その後、右に残っていた痛みは左に移動。さっきの右の痛みの半分になる。
それからまた右に移動。さっきの左と程度は同じ。
その右が取れて、痛みが消失。それが、治療して2時間後のことだったそう。
その翌日も痛みは出なかった。 

ヤジロベーみたいに揺れながら、元に戻る。
人体の機能に宿る陰陽。
その陰陽のシーソー運動(消長関係)をうまく引き出すことができた。 
理想的な治り方。




女性。30代。

5か月前から継続して治療している患者さん。
主訴は恐怖感。パニック障害。
肝鬱気滞>肝気虚(脾気虚)…として治療してきた。
肝鬱に気虚を挟んでいる。 

病状は改善しつつあるが、1か月ほど前から気になることがある。
気になることがあると感じているのは、患者さんご本人ではなく、ぼく。
患者さん本人は、怖さがましになり、行動範囲も広くなってきた、とおっしゃっている。
で、ぼくが、何が気になるかというと、脈。
脈の幅が、ここ最近、細い。
以前は瀉法を加えられるほど余裕があったのに。
しかも、冷えの影響を受けている脈が、たびたび見られるようになった。 

脈幅がないというのは、体調の悪い人にはよくあること。
しかし、もともと脈幅がある人が、治療を重ねるほどに幅がなくなってくるとしたら、これは悪化だ。
この状態が長く続けば、いずれ症状の悪化が現れる。

「何か、変わったことはないですか?」
「そういえば、最近、下半身がだるいことがあります。」 
腎臓に負担がかかった時に出る症状だ。 
いつごろからか詳しく聞くと、脈が細さが現われはじめたころから。

治療に問題はないはず。
患者さん自身に聞いてみても、特に体調を崩すようなことはなさっていない。
なんだろう。

思い当たる節があるとしたら、1か月前から飲んでおられる漢方薬。
桂枝茯苓丸というお薬だ。
これは瘀血を下す働きがある。
瀉法に効く薬。
証があっていなければ、もともとある気虚を悪化させる可能性がないとは言えない。
気虚がひどくなると、恐怖感が強くなる。
主訴が悪化してしまう。

たしかに、瘀血を示す少腹急結は左に見られる。
しかし、桂枝茯苓丸処方後、この少腹の緊張は不変。
緩んできていれば桂枝茯苓丸が効いてきている可能性もあるが…。

また、黒っぽい大便も下っていない。
瘀血が下れば、黒く艶のある大便が下る。
すると体調が良くなる。
実は、桂枝茯苓丸が処方されて以降、黒い大便について聞いてきたが、一度も下っていない。
それどころか、やや便秘気味。
桂枝茯苓丸が、瘀血を下すことに効いておらず、正気を弱らせる面のみに効いているとしたら…。

とにかく、桂枝茯苓丸が処方されてから、脈が細くなったのは事実。
とうぜん、鍼治療では、もう瀉法はできないし、やってない。

「もしかすると、桂枝茯苓丸、やめた方がいいかもしれません。」
と、いいたいところ。
しかし、事情があって、それが言えない。
言い切るだけの信念もない。 
これは苦境だ。

もし、桂枝茯苓丸で悪化しつつあるとするなら、鍼でそれを最小限にとどめなければ。
しかし、治療としては、それは非常にやりがいが無い。
良くなってもらわないと、甲斐がない。

まて。
この苦境を、逆に利用できないか?
そう、ピンチはチャンスっていうやん!

少腹急結はあるにはある。
ただ今は、それが取れるほどの体力(正気)がないということ。
では、それを鍼で補ってみよう。
桂枝茯苓丸を、殺すのではなく、生かす!
瘀血が下れば下ったで、肝鬱気滞が治療しやすくなる。 
最近得た理論を使えば、できるかもしれない!

脈幅ナシ。
左滑肉門に触れると、触れているのが苦しく感じる邪がある。
 しかも、右滑肉門に比べて左は虚。
正気と邪気が拮抗し、邪気が取れにくい。

にもかかわらず、陰陽の場そのものが小さいので、余計に邪気をとりにくい。
下手に補うと、正気とともに邪気も増えてしまう。
正気が増せば邪気が減る…という消長関係が引き出せない。

オマケに、肝相火の反応は左右がそろっている。
正確に言えば左が実中の虚、右が虚中の実。
左右の邪の絶対量は同等。
胆経が機能していないので、消長できない。

二重の意味で消長できない。
しかも陰陽の場が小さい。
場が小さいということは、正気だけでなく、邪気の絶対量も少ないということ。
しかも正気の量=邪気の量。
これは、八味丸証を思わせる状態だ。

この小ささを逆に利用する方法を最近考えた。
 
任脈という左右の境界を使うことで、左右を動かす。
関元だ。
左右が動けば、正気は助かり、邪気は弱る。
この正気の一分の利が、陰陽の場を増やす際に生きてくる。
正気が邪気に対して優位を保ったまま、場を増やす事ができるからだ。
それができれば、消長は勝手に行われる。

この日は、関元に5分置鍼、20分休憩後、治療を終えた。
 
その4日後、来院。
脈を診ると、幅がある。
前回の治療(関元の鍼)が持続している!

幅があるということは、少陽枢機が働いているということだど考えている。
少陽枢機が働けば、自然と陽明の闔も機能し始める。
闔は大小便として邪気を下す働き。 

通じを聞いてみると、
「黒いのが出たんです。悪い病気じゃないかと不安で…」
「え? 黒いのが? それ、瘀血が下ったんですよ! すごくいいことですよ! 前から気にして聞いてたでしょ?
桂枝茯苓丸は瘀血を下すお薬だから、黒い大便が出るかもしれないって。」
「でも、ずっと桂枝茯苓丸を飲んでいても、今まで何ともなかったのに…」
「こないだの治療の時言ったでしょ、桂枝茯苓丸を、鍼で効くようにするって!」

少腹急結は、明らかに緩んでいる。
瘀血が下ったとみて、間違いない。


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小学4年生。ウチの息子。

3月 19日(土)・20日(日)・21日(月)は3連休で、野球づけ。

19日、投球フォームを直すために、かなり投げたらしく、帰宅後、右肩が痛いと訴える。こんなに痛いのは初めてのこと。
20日、練習試合で、1日3試合。右肩は痛かったが、ポジションはサードなので、こなすことができた。
21日、今日も終日練習。起床後、ユニホームに着替え、パジャマを衣装ケースに乗せようとしたが、肩が痛い。そこで、出発前に朝から治療を行う。

痛む部位は、右肩関節の前部

とりあえず脈診
女脈。左沈脈。幅は(±)。疲れが取れにくい状態が見受けられる。四霊、もしくは胃兪・三焦兪・腎兪が適応する可能性が高い。表証はない。

腹診
空間は左下に虚の偏在。左大巨に手をかざすが、生きた反応なし。

そこで、うつ伏せで、腰の腎兪に手をかざす。左に生きた反応がある。左が虚、右が実。手で触れながら、鍼をどのような傾きにすれば最も生体が応じるかを確認する。

左腎兪に金製古代鍼を翳す。皮膚に直角にではなく、水平に、臀部方向に向ける。ツボが充実し、気の流れが起こり始めた瞬間に鍼を離し、左手で軽くツボを押さえ、処置を終える。(補法の鍼)

その後の経過
治療を終えて、すぐに練習に向かう。アップでブリッジをすると痛かった。ランニングを終え、キャッチボールを始めたときも痛かったが、続けているうちに、だんだんましになる。お昼休憩までに、痛みは完全になくなっていた。その後も痛みは消失したまま。23日(水)には、ピッチング練習をして遊ぶ。今日は肩が特に軽い、とのこと。


この治療は、ただの痛み止めではありません。原因を根治する治療です。
ポイントはいくつかあります。
①疲れが取れにくい状態になっていた。それを治療で取れやすくした。
②右肩の前部は、人体を空間としてみたとき、右上前になる。治療を行った左腰(腎兪)は、左下後になる。
③鍼といっても、金属をかざすだけ。皮膚に触れてさえいない


①からわかるように、健康な子供がスポーツで痛みを出すということは、炎症を自力で鎮めることができないから。その裏には、必ず全身的な疲労があります。疲労を取れやすい状態にしておきさえすれば、睡眠・運動・食事・談笑などをきっかけに、日常生活の中で疲労は勝手に取れていきます。アイシングでは、肩の炎症は取れますが、疲労は取れません。

②で分析したように、肩痛は、右上前で気が満員電車になっているとイメージします。右上前と空間的に対角にある左下後で、気がガラガラの電車になっているとイメージします。ここに気を集めることで、結果的に右上前を定員通りの電車に戻し、気の流れを正常化します。気(機能)の流れが正常化するということは、体の機能の過亢進(炎症)や低下(疲労回復力の低下)が均等化することを分かりやすくイメージさせる表現です。左下後に気を集めることで、右上前を軽量化することができれば、目的達成です。

③は、目的を達成するための処置です。刺さなくても、刺激を与えなくても、その目的が達成されれば効きます。どういうカラクリで肩痛が起こっているかが、体全体という視点から達観できていると、治療に必要なものが見えてきます。必要なものは刺激ではありません。気をダイナミックに動かすためのカラクリの理解です。刺した方が気が動くならば刺しますし、刺さないほうが動くなら刺しません



「スポーツ鍼灸と東洋医学的鍼灸…長所と短所ここが違う」をご参考に。





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夕方四時過ぎ、電話が。
「子供が熱を出しまして、39.5℃あるんですけど、これからよろしいでしょうか。」
「ハイ、どうぞ。」
・・・・・・・・・・・
おとなしい。しゃべらない。伏し目。ぐったりしている状態。
「いつからですか?」
「昨日の夜からです。夕ご飯、あまり食べなかったので、早くお風呂に入れて寝させたんです。添い寝してたら熱いことに気づいて…。」
「今朝はご飯は?」
「食べたがらないので、食べてません。」
「お昼は?」
「おかゆを少し…。でもほとんど食べませんでした。」
「寒がったりとか、なかったですか?」
「昨日、お風呂に入れるとき、いつも以上に寒いって言いました。」
「夕べ、睡眠は?」
「私が四時に起きるまでは、よく寝ていました。一緒に起きてきたんですが、ソファーで横になって、またうつらうつらしていました。」

・・・・・・・・・・・
おでこを触ってみる。かなり熱い。
手足は…? これは非常に冷たい。
熱がこもって発散できないようだ。

「寒い?」
問いかけに、うなずく。
まだ悪寒があるようだ。
表寒が、まだ居座っている可能性が高い。

脈を診る。数脈。一息七至。滑脈。沈脈。
オーソドックスな表証ではない。
普通なら、カゼは脈は浮いていないといけない。
しかし、臨床では、オーソドックスなものは、むしろ少ない。

もう少し、詳しく脈診。
尺位から寸位に向けて、通常とは逆向きの脈の流れ。しかもルートは寸口外側から尺位内側。この脈は寒邪が存在することを示す。しかも浮位ではなく、沈位に。
普通の表証は浮位にこの脈が出る。
寒邪が沈み込んでいる。
正気が抵抗できていないから、浮位に寒邪を押し出せない。

・・・・・・・・・・
実はこの患者さん、普段から、たまに診察している。
だから、体質はよく分かっている。
素体として、腎虚がある。
腎虚があるために、気が上に昇りやすく、エスカレートすると、ワガママになる向きがある。
また、カゼを引きやすく、引くとこじらせやすく、咳が続いたりする。
だから、今回もたぶん、腎虚がポイントになる。
脈が沈脈なので、可能性はますます高い。

配穴はどうするか。
腹診。
臍に手を翳す。虚の反応。右下に空間的偏在。
右下の補法の可能性が高い。
肝相火は? 左が実、右が虚。はっきりしている。少陽枢機は生きている。
四霊にも取れにくそうな邪は無く、陰陽の消長はすんなり働きそう。
鍼はよく効きそうだ。

舌診。
鮮紅色。紅刺。
寒邪の一部が熱化し、邪熱が内陥している。おそらく陽明の腸胃に。
食欲がないのはそのためか。
太陽病が一部内陥して熱化、あるいはもともとある内熱を表寒が抑え込む。
インフルエンザなど、高熱が出る場合によくあるパターン。
太陽陽明合病と診た。 

とりあえず、腎経の原穴である、左右太谿に手を当てる。右が虚。
ただし、右太谿は生きた反応を示さない。太谿の上に空間的反応がある。
右復溜に手を当てる。生きた反応なし。
右陰谷に手を当てる。
生きた反応! この穴が効きそうだ。腎虚で間違いないだろう。

証は…
腎虚>太陽陽明合病 

金製古代鍼を右陰谷に翳す。
脈が浮く。
寒邪を示す脈も、浮位まで浮いてきた。脈は緊張している。
これで、純粋な表寒証に。
無汗で、しかも緊脈。なので麻黄湯証の可能性が高い。

麻黄湯証に効く合谷の反応を診る。
左合谷が実で、生きた反応。
左合谷に処置する前に…
そもそも瀉法適応になったのか?
腹診で確認。
臍に手を翳すと、実の反応。瀉法で行ける。
空間は左上。
やはり左合谷がよく効きそうだ。

合谷を金製古代鍼で瀉法。
脈が鮮やかに緩む。数脈も取れる。
柔らかく胃の気に満ちた脈。

同時に、お母さんにイロイロとしゃべりだす。
目が機敏に動き出す。表情が出る。
手が温かくなる。足もすこし温かくなる。

「これで、ちょっと楽になっていると思います。晩御飯は、おかゆをスプーン一杯だけでも口に入れてあげてください。そのあとは、食べたい分だけ、無理には食べさせないでください。食事がすんだら、早めに寝室で添い寝してあげてください。」

翌日、夜七時に来院。
「昨夜はよく寝てくれて、起きたときは37.4℃でした。食べたがったので、ご飯と鮭と野菜を食べさせました。いつも通りの食欲でした。」
「熱は? おでこは冷たいね。」
「ハイ、もう下がっているみたいなので、計ってません。」

本治・標治でいえば、本である腎虚(腎陰虚)を陰谷で補うことにより、陽明の熱を冷ましながら、正気を盛り返す。標である寒邪は、太陽で正気の戦力が弱いことをいいことに、蹂躙をほしいままにしていたが、かえって正気の攻勢を受け、形勢逆転。寒邪は崖っぷちに追いやられ、合谷の一鍼で、とどめとなる。


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67歳 女性。

主訴…
首・肩のこり。どちらかというと左が強い。

もともと肩こりはあるが、半年前に血圧が高くなり、体調を崩してからさらにひどい。
原因はストレス。降圧剤を服用している。
血圧が高くなってから肩こりひどく、不眠、疲れやすい。 
10日前に締め付けるような胸痛。
だんだん体調が悪くなっている。何とかしてほしい。

他の症状…
目が充血しやすい。
足が冷えるとのぼせ、頭が痛くなる。
夕方・週末が疲れやすい。
夜間尿なし。
食欲あり。食後の眠さなし。

舌診…
紅舌。白膩苔。老。舌尖紅刺。

背候診…
心兪・膈兪の左右差が強い。ともに左が虚中の実。右が実中の虚。邪の絶対量はL>R。
聞くと、ケアマネージャーをしているので、常に緊張している、とのこと。自宅でもいつ電話がかかってくるか分からない状態。

局所…
首、肩も背候診と同じく、左が虚中の実、右が実中の虚、邪の絶対量はL>R。首の左右に指をあてると、右が固く膨れ上がり、左はへこんでいる。左右差は歴然。これがそろえば気は勝手に下がり、楽になるはず。

腹診…
臍に手をかざすと有力。瀉法が適応。
空間は左上。
天枢・肝相火ともに左実。消長の準備ができた状態。

脈診…
左右ともに沈弦。女脈。幅あり。表証なし。右関上枯脈。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
諸侯から受けるのは、オーソドックスという印象。
触診において、嫌な感じのする邪気が見当たらない。
正攻法で、正気が邪気に十分勝てる状態といえる。
ただし、臍が有力で瀉法が必要ということは、邪気の量は比較的多い。勝負を早くつける必要がある。

肝の病証であることは間違いなく、上に気の上昇があるので、肝陽上亢もしくは肝気上逆が考えられる。
瀉法適応の実証なので、肝鬱気滞から気逆をおこした、肝気逆証といえる。
また、肝鬱気滞が重症化して心気滞を引き起こし、狭心症が起こっている。 

と、ここまでは比較的簡単。
問題は配穴だ。

まず、肝の相火に注目。左の実。
原穴を探る。胆経に関わる穴処(丘墟・臨泣・合谷・後渓)はすべてこれに呼応するように実。結果的にこの肝相火を取ればいい。

左右が整えば上下は自ずと整う。なぜか。左右にぶれていないものは、すべて重心が整っている。重心が整う=臍下丹田に気が集まる。そういうことだ。左右はそれほど大切。

肝相火に触れる。生きた反応は無い。ここに鍼をして左右を整えるのは難しい。
空間が左上なので、左上の穴処を探る。左百会に生きた反応。左右の百会を比較。左実・右虚。

全体を俯瞰してみる。
胆経にかかわる穴処は、左百会・肝相火をはじめとしてすべて左側が実。
背候診も、左の方が虚中の実ながら、左が実。
天枢も左が実。

左百会を瀉法すると、まず、体の側面を流注する胆経の左右が整うだろう。
その影響は体の前面(天枢)と背面(背部膀胱経)にとどき、その左右も整うはず。
その影響の延長線上に、主訴である首・肩のコリがある。

処置…
左百会瀉法。5番鍼を7分間置鍼。

抜鍼後、肝相火を診る。右実。左右が反転している。
そのまま20分横になっていてもらい、瀉法で狭くなった陰陽の場の回復を待つ。
その回復中に体の左右がヤジロベーのように揺れながら、やがて整う過程をイメージしつつ。

再度肝相火を診る。左右が整っている。
天枢を診る。やはり整っている。
心兪・膈兪の反応は…左虚中の実が浮いて、右の表面の硬さは緩み、左右が整う。

首・肩の反応は?
ことさら鮮やか。
緊張は大きく緩み、左は力が出、右のしこりはどこにも見当たらない。

「肩・首、今どうですか? やはり凝った感じがしますか?」
「え? えーっと…あれ? 今は何も感じません…」

追記:
本症例は、かなりオーソドックスなものです。しかし、これがいつまでも続くわけではありません。初診時では、本症例のように、よく効く患者さんは少なくありません。問題は、ある程度治療が進んで、おおざっぱな症状が取れてきたとき。その時期になると、治療が効きにくくなることが多くあります。なぜ初診は効きやすく、治療が進むと効きにくくなるのか。初診は陰陽のアンバランスを何とかしようと体が頑張っていることが多く、それに比べ、治療が進むと、陰陽が悪いなりに平衡してきて、調整が難しくなるようです。その人が本来持っている病気の温床というものは、メスが入りにくいということです。そういう、先のことも頭に置きながら、本症例も治療を行いました。必ず治療が効きにくくなる時が来る。その時、どういう一手を打つか。正攻法だけでは手が詰まってしまうかもしれません。今の知識と技術で対応できるか。その一手が的確なものなら、また効きだします。陰陽が大きく整いだします。初診に驚くような効果が得られた時のように。そのためにも、工夫をこらし、新境地を開拓し続けなければ。



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右肩甲骨の痛み

62歳女性。肥満体形。


主訴・・・右肩甲骨の内側が痛くて、寝返り困難。


その他症状・・・腰が全体的に左右とも痛い。

         左下肢の外側が引っ張るように痛い。

         うなじが痛くて眠れないことがある。

         ストレスで胃が痛くなる。

         空腹時に胃が痛くなる。・・・虚証


舌診・・・紅舌気味。紅刺あり。黄膩苔。・・・実証


脈診・・・

幅なし。傷寒論的に言えば、陰病。陰陽の幅が小さいため、少陽枢機に正気はとどかず、少陰枢機にステージが移っている状態。正気の虚があるため、邪実が取れにくい。この患者の場合、陰陽の幅は少ないが、気実(気滞・気逆・陽亢)の邪があるので、よくしゃべるし元気そうにみえる。この邪が取れにくい。つまり性格的に落ち着きが出にくい。


腹診・・・

右滑肉門、実。重苦しい邪。正気と邪気が拮抗している。ゆえに邪気は取れにくい。

右肝相火、虚。左肝相火、実。虚実がハッキリしているので、少陽枢機は錆び付いていない。正気さえ届けば少陽枢機は動く。 

神闕は虚の反応。瀉法が適応しない。

空間診は、臍の右下に虚の偏在。


いわゆる、虚実錯雑。

陰陽の幅が小さく、ゆえに正気が不足している。正邪は拮抗状態。正気が邪気に負けないよう、少陰枢機がその場その場をなんとかやりくりし、厥陰闔や太陰開に邪を移動させている。この邪は、太陽や陽明の邪とは違い、取れにくい。これを取るには陰陽の幅を増やして、少陽や陽明に転化させることが重要。

陰陽の場を増やすには、邪気よりも正気を優位に立たせ、正気を伸ばすことが必要。しかし、それが難しい。正邪が拮抗しているので、消長の法則が機能せず、ために互根の法則が前面に出る。こうなると、単なる補法では、正気も邪気も補ってしまうので、陰陽の場は広がるが、正気は伸びず、場はいずれ狭く戻ってしまう。単に瀉法すると、邪気だけでなく正気も損ない、場を狭くするだけでなく、勢力図も変わらない。


これが虚実錯雑の難しさ。


消長を復活させるにはどうしたらいいか。

ここで、足の少陽胆の特殊性を使ってみる。正攻法ならぬ奇攻法。フェイントだ。

敵は合わせて数万の軍勢を蓄えている。いま、そこから五百の軍勢が攻めてきて陣を張っている。味方の軍勢は合わせて五百。敵が大軍で一度に攻めてこないには訳がある。少陰枢機のおかげだ。少陰の働きで、狭い谷間に敵をおびき寄せている状態。さて、この谷間で、たがいに五百の軍勢同士がにらみ合う。味方軍は、この少ない手勢で、巨大な敵と対峙し続け、ゆくゆくは勢力図を逆転したい。普通にやっていると不可能。しかし、それをやってのけた武将もいる。もちろん、一つ間違うとリスクがある。 
 

空間が右下に出ているので、右足の胆経関連の穴を探る。右申脈が反応している。
申脈は陽キョウ脈を介して少陽胆経や陽明胃経とつながっている。陽明胃は元気に直接かかわる。正気を補うこともできると考えた。 

申脈の左右を診る。右が虚・左が実。肝相火・丘墟など、足の少陽はことごとく右が虚している。


申脈にタフリー奇経鍼5番。まず補法を意識し、鍼を穴処に翳す。穴処が虚から実に変化した感覚を得たので、本当に動いたのか確認。


脈診・・・

幅あり。陰陽の幅が大きくなった。
 腹診・・・

右滑肉門は実のまま。ただし重苦しさなし。邪気が取れやすくなった。゜

右肝相火、実。左肝相火、虚。左右が入れ替わる。

神闕は実の反応に。瀉法ができる。

空間診は、臍の右下のまま。


肝相火に同調するように、申脈穴も左右が入れ替わり、右が実になった。


右申脈に瀉法。5番鍼を刺し、邪に当てる。この時点で脈幅が再び減少。このまま15分置鍼。


抜針後、寝間がえりをうつように指示する。

「ん? あっ、楽です!」

寝返りはノンストップ&フレクシブル。

その後、30分休憩させる。瀉法でいったん小さくなった陰陽の場を回復させるため。この間、熟睡。

「胆」という特殊なものを使った味方の軍勢。軍勢五百同士の決戦は、一分の利を得た味方の勝利に。ただし、勝利したとはいえ、多くの兵をなくしたことは否めない。しかし、この勝利を見て、味方したいと望む地侍が次々に合流し、逆に軍勢は決戦前の倍に膨れ上がる。かたや敵軍は、敗戦のショックで戦意戦力がやや減少。
・・・頼朝や信長ほどではありませんが、彼らも似たことをやりました。真理は普遍する。


再度、診察。


脈診・・・

幅あり。傷寒論的に言えば、陽病。陰陽の幅が足りている。少陽枢機に正気が届いている。太陽開と陽明闔が機能し、邪実が取れやすい。瀉法で陰陽の場が増えたということは、邪実が少なくなり、正気が伸びたということ。瀉が補に効いている。


腹診・・・

神闕は充実。腹部全体の反応が平均している。神闕の上下左右の流通良好。



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整形外科的疾患でも、すっとよくなるものもあれば、頑固でなかなかよくならないものもあります。頑固なものは虚実錯雑になっている場合が多いと思います。


内傷病の邪実には、気滞・邪熱・湿痰・瘀血があります。気滞はそのうち、最も取りやすい邪気である、と言われますが、それは陰陽の場が正常な大きさをもって機能している段階での話。陰陽の場が、その人の生活状況に比して小さい場合、気滞こそ最初に取るべき邪でありながら、それがなかなか取れません。


藤本蓮風先生は、あらゆる邪を取る場合、気滞の邪を取ることが重要となる「気滞病理学説」を提唱されています。それは卓見であると同時に、取りにくい気滞をどうやって取るかがカギとなることを示唆します。


気滞の邪が居座る限り、正気は伸びることはなく、陰陽の場も広がることはありません。陰陽の場が広がらなければ、少陽枢機は機能せず、陽明闔(湿痰・瘀血を下す)も、太陽開(気滞・邪熱を発散する)も働きません。


虚実について、立体的な考察が不可欠です。


ともかく、邪気よりも正気を優位にし、そのうえで正常な陰陽の場に広さを戻し、それを維持する。今の課題です。

工夫は無限にあるはず。




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カゼが治らない

39歳男性
「カゼが治らないんです。」
「いつからですか?」
「お盆からですから、一か月半前からです。39℃の熱で3日間寝込みました。熱が下がってから、ずっとスッキリしません。ずっと忙しくて、それでだと思うんですけど、もう一段落ついてゆっくりできているのに全然治ってこないんです。」
「症状は?」
「鼻が詰まっていて、咳が出ます。黄緑色の痰が出ます。やる気はあるんだけど、体が動きません。」
「熱は?」「熱はありません。」
・・・・・・・・・・・・・・
ここまでで注目すべきは、
①長期にわたって風邪が治っていない。正気の弱りは考慮すべき。
②痰の色。黄色いということは熱。
まだ、腑に落ちない。

・・・・・・・・・・・・・・・

とりあえず脈診。
表寒の脈がある。冷えのカゼだ。内傷病でも咳・痰・鼻閉は起こるが、この人は本当にカゼを引いている。
ただし沈脈。腎に負担がかかっている。
原穴鍼でも左太谿がTOP。
汗はどうか。自汗はない。桂枝湯証ではなさそうだ。
舌を診る。淡紅舌薄白苔。大きな異変は舌では伺えない。ただし、やや潤。これは寒証を裏付ける。これと痰の黄色さをどう考えるか。

手がかりを探しながら問診。
「寒気はあります?」
「いえ。」
「食欲は?」
「食欲はあります。」
「睡眠は?」
「寝てますが、夜中おしっこに起きるようになりました。だから眠りが浅いのかもしれません。」

・・・・・・・・・・・・・
夜間尿があるということは、腎気あるいは腎陽に問題がある可能性がある。
「足、冷えません?」
「冷えるんです。動いていると感じませんが、家に入ると冷えます。今も冷えてます。」
触ってみると確かに冷たい。
腎陽の弱りが可能性として非常に高い。
・・・・・・・・・・・・・

1か月以上も表の寒邪が取れないということは、寒邪を体外に押し出す陽気が足りないから。陽気のもとは腎臓にある。1か月以上、非常に忙しかったところにカゼを引き、腎を弱らせた。この人の元々の体質として、その弱りは腎陰には出ず、腎陽に出た。腎は下半身を支配する。そのため、腎陽の弱りによる冷えは、下半身を中心としたものとなる。急激な疲労に、秋の涼しさも加わって、下半身が急激に冷えた。それによって、陽気(熱)は、寒に阻まれ、上半身に集まる。表寒が表面を覆って熱が外に逃げられない。これが鼻や喉の炎症・黄緑色の痰に現れている。…

このように病因病理を立てた。

治療…
左天井に鍼。30分置鍼。

「足の冷えはどうですか?」
「あったかくなりました。」
「鼻はどうですか?」
「まだ詰まってます。」

脈を診ると表寒がまだある。加えて気虚がある。

左太淵に金製古代鍼をかざす。
その後、10分ほど休んでもらう。その間、よく寝ている。

73歳女性
「右の腰から足にかけて痛いんです。昨夜は寝られなくて…」
ベッドで寝ていても、じっとしていられないほど痛がっている。
聞くと、右腰→右臀部→右大腿外側にかけて、ズキズキするような重い痛み。
「分りました。ちょっと辛抱していてくださいね。」

動くときに痛いのは、体が「ちょっと休んでよ」という信号を出しているから。休めば疲れが取れるので、体の回復力が戻る。

ところが、寝ていて痛いのは、よろしくない。寝ても疲れが取れず、体の回復力が余計に弱ってしまう悪循環に陥る。

ベッドで痛みにもがく患者さん。この場でましにしなければ。きっとできる。

脈診…
沈脈。腎臓に負担がかかっている可能性。
尺位の外側から寸位の内側にかけての脈を蝕知。陽虚(冷え)の可能性が高い。
緩脈。湿邪の影響を受けている可能性がある。
尺位から寸位に向かう脈の流れがある。外邪による表証がある。

舌診…
左舌根部の苔がハゲている。舌根部の異常は腎臓に負担がかかっている可能性。ハゲは陰虚(熱)を示す。ただし、舌に潤いがある。これは冷えを示す。

脈・舌から、腎陽虚>腎陰虚 の可能性。

背候診…左三焦兪に反応。腎虚を示す。
原穴診…右衝陽に反応。湿邪の可能性。
腹を診る。虚。左上に空間的偏在。

以上のように、情報を並べると、寒熱虚実が入り混じって、分かりづらい。しかし、一つ一つの情報を断片的に考えず、病因病理の流れを一つのストーリーとして考えると、主要矛盾が見えてくる。

・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそも、70歳を過ぎると、誰でも腎の弱りが出てくる。腎には温める力(腎陽)とクールダウンする力(腎陰)という機能があるが、多くはその両方が弱ってくる。治療に際しては、そのどちらが中心となるかを噛分ける必要がある。

この患者さんは普段、首のコリを感じることが多く、そういう時は腎陰虚が中心となっていると推測できる。陰虚(熱)は、上に昇りやすく、上半身に症状が出やすいからだ。

今日は下半身の症状。冷えの性質をもつ寒邪・湿邪は、下半身に症状が現れやすい。この治療日までは雨続きで肌寒い。寒邪や湿邪の影響はあるはず。じっとしていると余計に痛いというのも、静止(陰)が寒湿(陰)を助長すると考えられる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上をまとめると、雨続きで寒湿邪の影響を受け、寒湿のもつ冷えの性質が腎陽を圧迫。普段から腎が弱いため、腎陽虚がおこった。痛みそのものは寒湿邪によるもの。これがなくなれば痛みは取れるはず。腎陽を補い、腎を温めることにより、寒湿邪を消す。また、寒湿邪がなくなれば、腎そのものが助かるので、腎陰も回復して、舌のハゲもなくなるはず。

空間診で左上に出ているので、上半身で腎陽を補える天井(てんせい)を探る。手掌で軽く触れると応じてくる。効く反応だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

天井に鍼。そのまま置鍼。

患者さんは相変わらず痛みでもがき、ゴソゴソしている。しかし、患者さんの体質と病因病理のスジミチに確信がある。天井の反応に確たる根拠がある。きっとましになる。

20分置鍼後、
「先生、楽になりました。ああ、どうなることかと思いました。助かりました。」



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16歳。女性。
ちなみにウチの娘。
温かく晴れた日和が続く11月。アシナガバチが飛び交ってる。たぶん、交尾のため? 
窓ガラスにあたってくる勢い。

そんな日が続くある休日、2階のトイレから降りてきた娘が泣き叫んでいる。
話を聞くと、トイレで蜂に刺された、とのこと。
戸の開け閉めのスキに蜂が迷い込んでいた? それがトイレに?
詮索はさておき、太ももの内側、足の付け根に近い場所を刺されている。
毒を出すために、局所を急いで刺絡。
血を絞りながら話を聞く。
蜂に刺されたのは初めてらしい。それがトイレで、しかもこんな場所。
涙をこぼして泣いてる。かわいそうに。
刺絡で毒を絞り出すと、鋭い痛みはましになった。
が、鈍い痛みがとれない。

とりあえず、みんなで夕ご飯。

それでも、じっとしていてもズキズキ痛い、とのことで、
「パパ、治療して。」
よしよし、そこに寝ろ。

脈診…
男脈。正気の虚があって邪気が取りにくそう。腹部なら滑肉門・天枢・大巨、背部なら胃兪・三焦兪・腎兪に反応が出ている可能性がある。

腹診…
臍に手のひらを翳す。虚の反応。空間は左下後ろ。左腎兪に反応が出ている可能性。
蜂の毒は、明らかに邪気の実。瀉法は必要なはずだ。臍が虚の反応とはやりにくい。とりあえず補法から入らなければいけないことは明白。
夢分流の肝の相火…左が実。右が虚。もしかしたら、左は実中の虚で、右は虚中の実かも。はっきりしなかった。左右のシーソーは動くのか? とりあえず保留。

原穴診…
左後渓に実の反応。取れにくそうな、触れているのが嫌な感じの邪気がある。これが蜂の毒だろう。これをどうやって取るか。
左丘墟が実。

背候診…
左腎兪が虚で、生きた反応。ただし古代鍼しか適応しない。
清熱解毒を疑い、督脈上をチェック。反応がない。

左下の空間に従い、左下の胆経と関わりのある穴処を補いたいところだが、胆経は全体に左が実。臍が虚なので、補法から入るべきだが、左胆経は実で補いにくい。どうしよう。無難に左腎兪を軽く補い、その後の反応に合わせて邪気を取るか…。いや、もっといい方法を探そう。というのも、ツボは一か所に絞った方が、効果が上がるからだ。

胆経にこだわっているのは理由がある。胆経は少陽枢機を主り、邪気を発散したり(開)、邪気を大便とともに下したり(闔)できる。取りにくい邪があるときは、まず胆経を動かすべきだと考えるからだ。また、胆経は空間的に体の側面を流れていて、体前面(陰経)・体背面(陽経)の双方を支配する。仮に陰病であっても、邪気を取ることが可能とみている。ただし、この使い方は一ひねり必要。戦術的には、正攻法ならぬ奇策・奇襲だ。

もう一度、左後渓に触れてみる。やっぱり、はっきりとした嫌な反応。…小腸兪は? 後渓(小腸経)と関連が深い穴処だ。

小腸兪に触れてみる。おっ、あった! 左小腸兪にハッキリした生きた反応。しかも虚。補法が可能だ。しかも、胆経に関わる穴処(胆経との交会穴)。

とにかく、よく分からないので、鍼を刺さずに、左小腸兪にかざしてみる。気が集まる感覚を確認後、もう一度腹診。

よし! 臍の反応が実に変化。左肝の相火の実がより鮮明に実の反応を示す。

脈は…一変して女脈になっている。これで邪気は取れやすくなった。左小腸兪は、左腎兪の代わりを十分果たしている。

左後渓は…嫌な反応は全く無くなった。普通の実の反応。

うつ伏せになってもう一度、小腸兪を確認。左が実。右が虚。さっきの翳す鍼で、完全に反応が左右反転した。

もうすでに邪気はかなり取れやすくなっている。左右のシーソーは動き始めている。

左小腸兪の実の反応に、鍼を刺す。瀉法。7分置鍼。
抜針後15分休んでもらう。瀉法で小さくなった陰陽の場を回復させ、邪気よりも正気を優位にするのが目的。
後渓が左右そろっていることを確認。 

「ヨシ、ええよ。起きても。痛みどう?」
「ムニャムニャ…ウーン全然痛くない。」
「そうか! いつから?」
「…うーんと、鍼を刺す前から。」
「鍼を翳したあたりからと違う?」
「そうそう。それくらいから。」

やっぱり…。左小腸兪に鍼を翳したことで邪気がかなり取れやすくなっていた。陰陽論でいえば消長関係を引き出せた、といえる。治療前は正気と邪気が拮抗し、邪気が取れにくい状態にあったようだ。左腎兪ではここまでの効果はなかったと思う。反応のある穴処を絞り込むと、かざしただけで鍼はすごく効く。体が大きく動く。聞く話だが、それは実際ほんとうの話だ。
 
弁証的に考えてみる。もともと娘は、腎虚と肝鬱気滞があり、そこに蜂の熱毒が加わった。藤本蓮風先生著の経穴解説、養老穴の頁に、脹れものは湿熱で、小腸経で下すことが可能、脾の湿熱よりも、多くは肝の湿熱、大便が下って治る、とある。蜂に刺されるとすぐに腫れてくるのは、局所的邪熱が津液を煎じ、湿熱を形成するためだろう。もともと肝鬱傾向にある人は、気滞と湿熱が結びつき、肝の湿熱という形になるのだろう。

今回の左小腸兪では、最初の翳す鍼で下焦を補い、その後の刺す鍼で湿熱を取り去ったと思われる。
手慣れてくれば、当然、鍼を左小腸兪に翳して補い、そのまま刺して瀉法するところ。 はた目には、お尻の左のツボに鍼を刺しただけにしか見えないはず。そうできるよう、一か所のツボに鍼をする深い意味を、一つ一つ自分のものにしていかねば。

寝る前、痛みはどうか聞いてみると、ズボンですれると痛いが、じっとしていると全く痛くない、「寝られそう。ありがとう。」…とのこと。
こっちこそ勉強になりました。ありがとう。

追記:その夜、痛みはなく、睡眠はいつも通り。翌朝、トイレでいつもより大量の大便が下った、とのこと。ああ、スッキリ。



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