精神、という言葉があります。これは元々、東洋医学の言葉。(せい)は腎臓に由来し、(しん)は心臓に由来します。そのため、腎精、心神などと呼ぶこともあります。精は、生命誕生に関わる、神秘的物質的エッセンス(=物質)と(=機能)のもとにもなります。その精が神を生みます。神は神秘的機能的エッセンス。「こころ」です

精神の意味は、「こころ」でほぼ間違いありません。ただし、本来の精神の意味は、もう少し大きいニュアンスを含むことが分かりますね。健全な「こころ=神」は、健全な「からだ=精」から生まれます。「からだ」に支えられた「こころ」のことを、精神と呼びます

神(機能・こころ)をとすれば、精(物質・からだ)はとなります。陽と陰の関係は、実用(陽)と実体(陰)の関係。からだは、こころのために存在します。こころは、からだがなければ存在しません。こういう考え方を、「心身一如」と言います。心と体は一つのもの。精神とは、そのような哲学を秘めた言葉です。



東洋医学でいう腎臓・心臓という言葉は、西洋医学の腎臓・心臓とは全く異なる概念です。詳しくは、

「五臓六腑って何だろう」
をご参考に。



詳しくご覧になりたい方は以下をご参考に。
「東洋医学の腎臓って何だろう」
「東洋医学の心臓って何だろう」

「東洋医学の血って何だろう」

「東洋医学の気って何だろう」
「陰陽って何だろう」



さて、ややこしい精神論?はここまでとして…。
この「精神」が安定していると、夜はグッスリ休めます 。精神が不安定だと、眠れなくなります。精と神を切り離さずに、生命体および病気を見つめる。そういう視点から、東洋医学は不眠に切り込みます。

東洋医学では、「こころ=神」がどのような状態で存在し機能するかを以下のように例えています。
「こころ」は家主のようなものであり、家の中に納まっている。だから落ち着いた状態でいられる。もし、「こころ」が家の中にいられなくなると、「こころ」は風雨や炎天にさらされることとなり、煩悶・恐れ・怯え・動悸などが自覚され、不眠になる…と。
この家のことを、東洋医学では「心臓」と呼びます。心臓、と言っても西洋医学の物質的臓器である心臓とは違います。「こころ」を落ち着いた状態で存続させる機能=東洋医学で言う心臓、です。でも、それではイメージしにくいので、家=心臓と考えてください。

普通の家は、木や鉄筋などで造られますが、心臓という家は、気(=機能)と血(=物質)で作られていますどちらが欠けても、家は傾き、家主である「こころ」は家から逃げ出さずにはいられません


精神の図

これらを踏まえ、家主である神、つまり「こころ」が、家の中にいられなくなる理由を列挙してみましょう。



その前に…。
東洋医学は人体をどのように捉えているのでしょうか。
「東洋医学的な鍼灸と一般的な鍼灸…違いが分かる6つの診察法」では東洋医学オリジナルの診察法について説明しています。
「東洋医学の『気』って何だろう」では、東洋医学がなぜ「たとえ」を多用するかについて説明しています。



1.心臓の火(心火亢盛)
精神的ストレスは、肝臓の条達を邪魔し、気滞を生み、気滞がこじれると、邪熱に変化します。肝臓という働きを邪熱が阻害する状態のことを、肝火と言います。肝火がこじれると、心臓に飛び火します。その状態を心火と言います。

心臓は「家」なわけですから、心火があるということは、家が火事をおこしたようなもの。家主である神は、家にいることができません。

肝臓あるいは心臓の邪熱を取り去り、心臓から邪熱を遠ざけるように治療します。
百会・行間・大敦・後渓・少沢などに瀉法(副産物を取り去る治療)を用いて治療します。

余談です。
なぜ、肝火は心臓に飛び火するのでしょうか。分かりやすい例えを試みましょう
昔の里山の住居を想像してください。
山のふもとに寄り添うように建てられた家(心臓)。その家から臨む眼下の風景は、美しい水田(腎臓=水、脾臓=土)です。
裏山では、燃料である薪を得るため、雑木(肝臓=木)の林があります。それに隣接して住居が建てられています。雑木は自然に生い茂っているのではありません。家主が薪として利用するために間伐し、若木は日差しを得て成長します。人間の手が入ることで、より豊かな山林が維持されています。
家の近くには必ず美しい清泉が湧き出る場所があるはずです。小さな川も流れているでしょう。
雑木は山の土(脾臓)を豊かにし、土はまた木を育てるという、互恵関係が自然と成り立っています。土と木は、地下水(腎臓=水)を育み、その水はまた、森(肝臓・脾臓)を育てます。そういう豊かな環境にかこまれた家(心臓)に住まいするのが、神(こころ)です。
そんな豊かさを保つため、気を付けなければならないのが、火の扱いです。もし、裏山の木(肝臓)が燃え、火事になれば、家(心臓)は危うくなりますね。木(肝臓)には火(ストレス)を絶対に近づけてはなりません。


詳しくは下記をご参考に。



2.心臓の虚火(心陰虚)
1.の心火が長期化すると、陰(クールダウンするための体力)が徐々に損なわれます。陰は腎臓(下半身)に蓄えられており、地下から湧き出す清泉のようなもの。これが枯れてしまうと、心火の原因である精神ストレスがなくても、心火が収まらなくなります。つまり、体力の弱りによる熱で、この熱のことを虚火と言います。

心臓という家は、1.と同様、火事状態になるので、神は家にいられません。

腎臓の陰(腎陰)、心臓の陰(心陰)を補い、クールダウンの力を増すことで心臓の邪熱を消し止めます。
百会・照海・陰谷・関元・腎兪などに、補法(体力を補う治療)を用いて治療します。



3.心臓の血虚(心血虚・心脾両虚)
1.の気滞が長期化すると、気を支えている血に負担がかかります。血を支えているのは脾臓です。ですから、気滞の長期化は、脾臓を弱らせます。脾臓とは…。食物を摂り、消化し、栄養分のみを選別して吸収し、その栄養分は各細胞に配られ、活動のためのエネルギーに変化して、最終的に栄養分そのものが消えて無くなる…というルートを動かす機能のことです。これが弱れば、当然、体力のストック機能である「血」が弱ってきます。血は栄養分から作られるからです。

心臓という家にとって、血は大切な柱のようなものです。それが弱くなるのですから、家主である神は、家にいられません。

血という体力を補う治療を行います。
神門・三陰交・血海・脾兪・足三里などに、補法を用いて治療します。




4.心臓の気虚(心胆気虚)
気には固摂作用があります。固摂作用とは、引力のようなもの。地球は引力のおかげで丸い球体を保っています。もし、引力がないと、バラバラになって、宇宙に散らばってしまうと言われています。同じように、気は、体を求心的に保ち、形体が崩壊しないようにする働きをもっています。

ひどくショッキングなこと(驚き・恐怖)があると、気(体の機能)のレベルが下がります。すると、固摂が弱まり、求心的に保てなくなります。単的な例は、失禁です。固摂が弱くなると、神は家(心臓)の中にいられなくなります。

同時に、心臓という家にとって、気は屋根のようなものです。それが無くなるのですから、家主である神は、家にいられません。

気という体力を補う治療を行います。
神闕・中脘・気海・関元・三里・湧泉などに、補法を用いて治療します。

5.心臓を襲う湿熱(湿熱上擾)
食べ過ぎによって、胃腸の働きが停滞すると、湿熱を生じます。湿熱は熱の性質により、上に昇ろうとします。上には心臓があって、湿熱は、これを煙幕のように覆ってしまいます。湿熱に覆われた
家(心臓)に住む神は、湿気と暑さで、外に脱出せざるを得なくなります


また、食べ過ぎると、脾臓の運化作用(栄養を各細胞に届ける作用)が停滞し、家(心臓)の原料である気血が供給されず、神は家にいられません。食べ過ぎて胸持ちが悪く、眠れなかったという経験はないでしょうか。

内関・公孫・脾兪・中脘・足三里などに、瀉法を用いて治療します。



湿熱については、「邪熱とは…正気と邪気って何だろう(4)」をご参考に。




以上、不眠の原因を5つに分類しました。睡眠は神秘的な無意識の働きによるもので、その原因は決して単純ではありません。しかし、あえて単純に、心臓という家、神という家主にスポットを当てて考えました。冒頭に述べた「精神」の精は、陰陽気血のもとになる肉体機能の大本です。その精は、ストレス(火)に弱く、それが神の居場所である家をなくす原因になる。結局は、神の居場所は「精」である。まとめると、こう言えると思います。



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