ゲネ終了

明日の講座は4時間、

そっくりにリハをした

途中休憩は、お布団を干しながら

あ〜太陽がまぶしい

昨日のトランス状態を思い出していた

自分が体験すること、すべて何かに組み込まれたことなのかもしれない

そう、成功することも、失敗することも

がんばろね

成田山新勝寺 釈迦堂

今朝、西の空があまりに明るいので、カーテンを開けると、煌々と月が出ている

もう5時になろうとしている時間だ

どうも、月に見つめられると恥ずかしくいから、読みかけの本を読み出した

それも読んでしまうけど、月は随分下に落ちてきて、太陽もうっすら顔を出している


予定通り、母と成田山に向かう

子どもの頃から慣れ親しんだ場所だが、まんざきの坂を通ると父を思い出す

あ〜一緒にいるんだなあと思うけど、口に出すのは母の様子をみてからだ

暖かさにも助けられ、お参りして、11時の法要までの時間は各自で過ごすことにした

大好きな釈迦堂は、誰もいない

じっくりと大きな仏像に向かう

懸念の事項は、ちっとも解決もせず、うるさいとしか感じない中国語が始まって、ひとりで瞑想は出来ない

京都清水も、中国語や韓国語で溢れていた

マナーの悪さには、がっかりもするし、お金を落とす大事なことだとは思うけど、

寺に参るマナーというよりも、畏敬の念というところで、もう仕方ないことなのかと思う

静かにする、、これは教育以外の何物でもないが、そこで何か感じることはないのだろう

まあ、私もそこでのその国の人が大事にしていることなど、わかりゃしないのだろうが


そのうち、11時になった

このところ、忘れていたお不動様のご真言を唱えながら、「ノーマク さんまんダー。。。」と手を合わせる

おずおずを偉い方が入場され、袈裟からぞうりから、地位を象徴するもので威厳もある

でも、高橋信次を読めば、お釈迦さまは、偶像崇拝を窘められたのではないのか

でも、東日本大震災への気持ちも込めて、真言を唱える

やがて、ドラの音やら、坊主のお経が入り混じっていくと、

そこは催眠の世界だ。静かにいつのまにかトランス状態になっている

母に促されて、バッグを差し出し、火にかざしてもらう


火を炊く、ゾロアスターなんじゃないの

まあいいのだ

長谷寺では、雅楽部があり、録音ではなく演奏もされるのだそうだから、ここ成田山でも、そういうことはあるんだろうか

私はトランスの中で、自分の未熟さを思っていたはずだが、よくわからない

必死で仕事のことを考えていたら、ここはどこ?私は___とあ〜本堂の中で、大きな読経の中にいたんだと

心が飛んでいたのだ


ひとりで釈迦堂で、苦しんでいたことは、まあいいかとどこかさっぱりしている

凄いものだ、、催眠の効果は

これが地域の祭りの効果であり、ストレスの発散でもあったはずだ


神の子として、子どもを地域で育てれば、夜這いはフリーセックスは、思いがけないエクスタシーを発揮し、

相手を所有などしなくてすむのだろう

私は私の仕事をするだけだ


しかし、この頃忙しい時が多い

明日は大学院での講座のゲネプロをする

遊びません

結構こういうのを真面目にやるのが、私の長所だ

聴き手の力に支えられて、いい時簡になる予感がしている

太陽の光

しばらくお天気が悪かったせいか、夜明けの太陽が有難いように感じる

万人に降り注ぐ光を、あえて遮断しているのは、多分自分なんでしょうね

何か、思い込みやら、信念やらで、すっかり歪んでいても、それが今までどおりだったりすると

変化には滅法弱くて、このままでいいってこともあるし


どんな時にも、どんな人にも愛を注ぐ太陽を信仰するほどではないけど、

統合失調症であったり、鬱であったり、家族や周りの反応は、

そっとその苦しみに寄り添う他はないのだから

愛を持って、そこにいたり

いられなかったら、そっと自分に愛を補給して、

また戻ってくればいいし

途方にくれたら、一緒に途方に暮れてもいいし、

でも、どこかに希望があるなら、

少し、諦めも許して、

ゆるくゆるく

生きてることを過大評価しようじゃないか

そんな心持でどうかなあ〜


ちょっと太陽に憧れる私

これはやばいかも?(笑)
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