地域を守る人たち(旧:なんで屋)

人々の意識の中に、「どうしたら社会・地域を守れるの?」という意識が芽生えてきています。そのヒントとなる情報を紹介していきます。

マスコミ業界の中心にいる電通 〜なぜ、こんなに力を持っているのか〜

電通・・・単体では世界最大の約1兆4千億円の年間売上高を誇る広告代理店。
(株)電通は、社員約5700人を抱えるメディア・政財界に巨大な影響力をもつ企業。日本ではトヨタも日産もマツダも電通、家庭電器でも東芝、松下、日立、サンヨー、ソニーが、揃って電通に広告を任せている。
広告面を買い取るのではなく、上半期や下半期という単位で紙面を買い切り、それを広告主に売り捌くやり方で、完全におおもとから利権を掌握している。さらにこの事自体が広告で経営が成り立つマスコミからはタブー視され、電通に関しては表立った報道がされることは無い
■電通は、メディア(テレビ・新聞)や企業になぜ強いのか?

■アメリカ政府、日本政府の受けて世論形成


■電通や通信社の歴史

●広告と通信はセットだった
日本電報通信社は、1907年に日本広告株式会社を併合して誕生した。誕生当初は、「広告業と通信業をセットで」行っていた。
これは、世界史における通信社の歴史と同一である。
世界初の通信社は、フランスのアヴァス(後のAFP通信)だと言われている。ロスチャイルドが情報を操作して、資産を大きく膨らませていた時代に誕生した。(このアヴァスからロイター通信などが生まれる。ロイター通信は、後のイギリス諜報部(MI6)の母体となる。)
アヴァスは、同時期に登場していた新聞社に、情報を売っていく。新聞社はアヴァスがもたらす情報によって、紙面を生めることが可能になった。
しかし、新聞社が通信社を頼る度合いが強まると、通信社に払う金が嵩み、通信料を払えないという事態が頻発した。そこでアヴァスは、通信料の換わりに、広告枠を引き受け、広告を出そうとするスポンサーからカネを取るという手法を編み出す。
☆これを初期の電通も踏襲した。
このことは、紙面のほとんど全てを電通が握ってしまったことを意味する。新聞社(メディア)に絶大な権力を持ったのも当然だった。

●通信社の一本化
満州事変の際には、国策によって国内の通信社が一本化される。政府・軍部が国内の情報統制をやりやすくするためだった。
この結果
 新聞総合社の広告部門が電通に
 電通の通信部門が新聞総合社(→同盟通信)に
吸収される。
☆戦前に、広告業の電通と、通信社の同盟通信社とにそれぞれ一本化された。
●戦時中
同盟通信は南方の通信機器の独占使用や対外謀略放送の任務を軍部から託され、事実上軍部の国策の手足となって大本営発表を流し続けていた。
一方で、日本電報通信社(電通)は、広告のノウハウを生かして占領地で特務機関まがいの活動を行っていたとされ、軍部と密接な動きを見せていた。
●分かれてはいるが、根っこは一緒の電通・共同通信・時事通信
戦後の財閥解体の流れを受けて、同盟通信社が共同通信と時事通信に分割
→現在の、電通、共同通信、時事通信に
→3つの会社に分かれているが、起源は一緒。
→しかも、電通、共同通信、時事通信は、互いの株を持ち合っている
☆電通、共同通信、時事通信は、ほぼ一体
●日本中に張り巡らされた電通人脈
一方で、日本電報通信社は戦前の準特務機関としての性格を生かし、政府・GHQに食い込むことに成功する。1947年、新社長に「鬼十則」で有名な吉田秀雄が就任すると、この動きはさらに加速した。
吉田は満州や上海から引き上げてきた、旧軍人・満鉄関係者を電通に大量に採用する。彼らは広告のノウハウを持っていたわけではなく、電通で実質的にフィクサーとしての活動を行っていた。大陸人脈や政財界との近さ、そしてCIAとの関係など、彼らはミニ児玉・ミニ笹川の集団だったと表現しても過言ではない。
1951年に公職追放が緩和・解除されると、電通の旧軍人・満鉄関係者が続々と政財界に復帰していく。このようにして、電通人脈が日本中に張り巡らされていった。
1952年に、自民党・吉田茂から政党PRを依頼されてから、政府筋と電通との癒着は、決定的となった。
●アメリカのプロパガンダ手法を取り入れた電通
この社長吉田秀雄は、戦後の「大電通」を確立させた功労者だと言われる。電通の「フィクサー化」だけに留まらず、アメリカ式広告法(プロパガンダ手法)の導入などの、電通近代化を推し進めた。
●テレビ放送を巡る暗闘 電通vs正力
1951年には民放ラジオ放送局が続々と発足し、発信し始める。ウラで糸を引いていたのが、電通・吉田秀雄だった。彼は、未経験の領域への進出を渋る新聞社を説得して、ラジオ局を設立させた。現在でも先発放送局に電通の所有株が残っている。
その一方で、CIAのエージェントとして読売新聞を全国紙に押し上げた正力松太郎が「民間テレビ放送」作りに奔走する。電通・吉田にとっては、これは自らの主導権に他する重大な挑戦であった。そこで、新聞社、電電公社などを使って猛烈な反対攻撃を浴びせる。
しかし、1953年にテレビ放送が開始され、正力松太郎の日本テレビが民間テレビ放送第一号となった。
ラジオ防衛線に失敗した電通・吉田は、次の手としてTBSとそのネットワークを使って、日本テレビのイニシアティブを退ける試みに挑戦する。この結果、日本テレビと東京放送(TBS)の競争が激化していく。
日米安保紛争の際には、激化する学生運動に対して、七社共同宣言(在京新聞社7社が6月17日に共通で「議会政治を守れ」としたスローガンを掲げた社告を掲載)を掲げ、岸信介を擁護し安保闘争に冷や水を浴びせた。これをリードしたのが、電通・吉田秀雄であった。
☆こうして、アメリカ発日本の世論支配は
 CIA→正力→読売・日本テレビ
 アメリカ政府→アメリカ広告業界→電通→TBS
という形でスタートする。
☆しかし、電通のメディア支配力が強まり、今や読売・日テレでさえ逆らえない。
☆「アメリカによる日本のマスコミ支配」を考える際に、その中核にいるのが『電通』という一企業だということになる。

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(ないとう)





BLOG:日本を守るのに右も左もないhttp://blog.nihon-syakai.net/blog/2011/06/002006.html

ブログ『(新)日本の黒い霧』の紹介−日本は事実上の核保有国?

ブログ『(新)日本の黒い霧』を紹介する第9回。
 
◆過去の記事
第1回 (1)戦争の実像
第2回 (2)圧力隔壁説も自衛隊撃墜説も真実ではない
第3回 (3)墜落を知りながら意図的に発表を遅らせた米軍・自衛隊
第4回 (4)「事故直後に墜落機を発見」アントヌッチ証言の真偽は?
第5回 (5)墜落現場周辺で発見された驚愕の物的証拠とは?
第6回 (6)救助開始前に現場に現れた謎の部隊
第7回 (7)日航機事故生存者の命を奪った集団の正体とは?
第8回 (8)JAL123便が運んでいた積荷の正体とは?
 
ブログ管理人によれば、JAL123便は、BF4と呼ばれる言わば、軍事兵器として利用できる薬品(糜爛性毒ガスの原料)を大量に積載していたと断言しています。
そして、このBF4は国内で製造され、日本国政府が輸送命令を下したと推測しています。
 
今回ご紹介する記事では、JAL123便に積載されていたのは強毒物質であるBF4だけではなく、これよりはるかに危険なものがあったと述べています。
 
BF4に続く、もう一つの積荷とは?
そして、紹介するエントリー後段では、これまで軍事評論家として現地から採取された数々の物証群に対し、回答を与え続けてきたB氏の正体が明らかにされています。
 

JAL123便墜落事故−真相を追う−蘇る亡霊(2)より
(赤字は引用者による)
 

私、S氏の近辺でますます状況が切迫してきました。公安とは名ばかりで、国営テロ集団と結託して私たちを襲撃してきます。たいへんな状況ではありますが何とか更新を続けたいと思います。記述内容が少々荒っぽくなってしまう点もあるかと思いますが、ご斟酌いただければありがたいです。
 
■円形の伐採跡、その後
 
「御巣鷹レポート(100109)」で報告した不審な伐採跡について、群馬森林管理署に問い合わせました。管理署によると、冬季でも現地で作業を行うことはあるが、1月8日に森林に入っての伐採作業や作業車両破損の報告は入っていないとのことです。盗伐の可能性もあるので、監視を強化するとの回答をいただきました。
 
予想通りの回答といえば、それまでですが、国際軍事評論家B氏の分析では、この円形空間はヘリコプターによる荷の上げ下ろし用だろうとのこと。冬季、登山者が少ない間に、証拠物の大掛かりな回収作業を行おうというのでしょうか。それとも、一部で噂されている「クーデター」計画の一環なのでしょうか。
 
ともかく、無断で国有林を切り倒していくとは、けしからん人たちです。この人たちがこれっぽちの「愛国心」もなく、ロシアや中国、北朝鮮に内通した一派であることはほぼ調べがついています。123便の真実が全て明るみになると同時に、この人たちやそのお友達である大企業は、二度とこの日本で世間に顔向けできないでしょう。もちろん、早く頭を下げて国民に陳謝すればその限りではありません。父なる神は、迷い子の帰りをいつも心配し、待っていて下さるのですから。
 
これまで出てきたお友達企業名
 ・日本航空 − 軍事物資の極秘輸送に加担。ただし、被害者の一面もあります。
 ・東京電力 − 神流川発電所にて国営テロ集団とグルに。プルトニウムの供与も。
 
この他、某外資、某銀行、某電気・化学・製紙・食品・製薬メーカーの皆さん、そしてこれらをとりまとめ、海外の諜報機関と渡りをつけた某商社さん。また、古代から連綿と続く、やはり愛国者気取りの某結社の皆さん。皆様に天の光差す日は迫っています。はたして皆様はそれを正視できるのでしょうか?
 
■もう一つの積荷?
 
次は、前回のBF4に続く、もう一つの積荷についての情報です。以下の写真を見てください。S氏がこの冬、4人の生存者が発見されたスゲノ沢に近い場所で撮った写真です。ほぼ一面雪に覆われている中、直径1m位の雪が積もっていないスポットがあります。何故か、ここだけ雪が融け出しています。
 
%E9%BB%92%E3%81%84%E9%9C%A7.jpg  
写真:(左)積雪したスゲノ沢一帯、(右)雪が融け出す一角
 
S氏によると、ここ何年かの観察でも、毎年雪が降ると、やはりこの一角だけ雪が融けて積もらないそうです。また、地面を触ってみると少し温かみがあるとのこと。ここに何か発熱体が埋まっているのは確かなようです。日航機事故に関係するものだとすれば、24年余りここで熱を発生し続けたことになりますが、24年も燃料補給無しに熱を出すものとは・・・
 
もったいぶってもしょうがないですね。S氏も私もこの下に熱核反応を起こした放射性物質が埋まっていると予想しています。ここに存在する理由として、S氏は「自衛隊が国産の核爆弾をここに落とし、生存者の口を封じようとしたのではないか?これはその不発弾だった。」との仮説を立てていますが、いささか飛躍が過ぎるきらいもあるので、この件についてB氏の意見を聞いてみました。すると、またまた、驚くべき事実が明らかにされたのです(正直、いつも驚いてばかりです。いったい、学校や報道で聞かされていた真実って何だったのでしょうか・・・)。
 
その時の様子を会話形式でお伝えします
 
——————————-(ここから)———————————-
管理者:
 先生、写真のこの下が発熱している放射性物質であることは間違いないと思うのですが、日本が密かに核兵器を持っていたなどということが、本当にあるものなのでしょうか?
 
B氏:
 ええ、持ってますよ。というか、そういう情報はあります。私が(茨城県)東海村の○○に居た時も、IAEAに隠れて、核弾頭の設計と組み立てまではやっていましたからね。バレたら大変だから、分解して保管していましたけど。
 
管理者:
 えええっ!!じゃぁ、爆破実験が完了していれば、日本は事実上の核保有国じゃないですか。まさか、旧陸軍の亡霊たちが旧ソ連や中国に近づいた理由とは、国産核の共同開発のため・・・
 
B氏:
 そうとも考えられますね。今は、シミュレーションで簡単に出来ちゃいますけど。このへんはイスラエルの技術が入っているはずです。
 
管理者:
 私が入手した情報によると、爆薬原料となるプルトニウムの採取は、福島県の東京電力小名浜原発辺りが最も怪しいとなっているのですが。
 
B氏:
 どこで採取するにせよ、組み立てるのは東海村の○○ですよ。IAEAの監視は厳しいですからね。原料はどこでもチョロまかせるところから調達し、それがたまたま小名浜だったということは有り得ますね。
 
管理者:
 では、日航機事故の生存者の命を奪うために、完成した核爆弾を後から投下した可能性は?
 
B氏:
 足の付きやすい「核」をわざわざ投下する理由が分かりません。人員を殺害するだけなら、ガス、ナイフ、薬剤投与など色々な手がある。
 
管理者:
 すると、この発熱体は元々は積荷であった可能性が高いと・・
 
B氏:
 それなら筋が通ります。おそらく密かに開発していた核弾頭がIAEAに嗅ぎつかれて、急遽、敦賀の原子力研究所に運び込むか、監視の緩い大阪港から国外に持ち出そうと考えたのでしょう。国外だとしたら、行き先は北朝鮮かシンガポールでしょうね。国産核弾頭開発ですか・・、中曽根さんだったら考えそうなことだ。
 
———————————(ここまで)————————————
 
以上、東海村の原子力関係機関(○○)への出向経験もあり、中曽根康弘元総理大臣と個人的に面識もあるB氏の見解です。それなりにヤバイ話だと思われたので、本当にブログに載せても良いかB氏に確認しましたが、もうそろそろ表に出すべき話だから構わないと心良く了解していただきました。ちなみに、B氏が東海村に出向していたのは30年以上も前の話ですから、日航機事故発生以前、既に日本では核弾頭を開発していたことになります。
 
しかし、そうだとしたら、非核三原則や、毎年、世界中から大勢人を集め、広島や長崎で読み上げている平和宣言っていったい何だったのでしょうか・・日本国民、いや世界の人民をバカにしているのか!と怒る前に、虚しい笑いすらこみ上げてきます。
 
本題に戻ります。B氏の推測だと、この発熱体は123便に積載されていた国産核弾頭の可能性が高いとのことです。私は、論理的に考えればB氏のおっしゃる通りだと思うのですが、これまで亡霊さん(国営テロ集団)たちの行動パターンを観察してきた経験から言うと、後先考えず「核でも何でも落としてしまえ」、「面倒な証言者は全員殺してしまえ」と、短絡的な行動に出た可能性もかなり高いと考えています。
 
いずれにせよ、掘り出してみないと真偽は確認しようがないのですが、積荷であろうと、後から投下したのであろうと、日本の国産核弾頭が日航機事故に関連したという意味では同質であり、どちらにせよ、米軍、旧ソ連軍を交えた乱戦を生み出す大きな要因となったのは間違いないでしょう。核を持ったテロ集団、それも東側のソ連と組した連中と事を構える米軍側の心理を想像したとき、これまでこのブログで紹介してきたような大戦力を投入してきたのはむしろ当然と言えます。
 
■気になる放射線
 
放射性物質が埋まっていると聞けば、まず気になるのが放射線による人体への影響です。S氏も市販の放射線測定器を準備して現場に臨みましたが、遮蔽がよく効いているのか、ここでは有意な射線量は検出されませんでした(ちょっと意外です)。現在中断している「そしてミサイルは発射された」シリーズで詳細を公表する予定ですが、米軍の不発核ミサイルの残骸が発見された近辺では、S氏は激しい立ち眩みを覚え、後日皮膚に明らかな放射線障害が現れました。このように、事故現場周辺に放射線量が強い危険なポイントが点在していることも、我々は把握しています。
 
いくら地表での放射線量が少ないとはいっても、プルトニウム型の核弾頭が予想されている以上、簡単に掘り起こすわけにもいきません。それは、隠蔽側の国営テロ集団の方でも事情が同じなのではないかと思われます。とはいえ、いつまでもこれを放っておいては何が起こるかわかりません。日航機事故の重要証拠保全のため、地域住民の安全確保のためにも、衆人環視の下での核弾頭(らしき物) の撤去作業が求められます。
 
ここまで書いたついでに、事故現場周辺の放射線測定(βおよびγ線)の概要を情報としてお知らせします。2009年、6月2日、群馬県上野村、長野県南相木村周辺の水辺を中心に測定した結果、基準とした平地の自然放射線量に比べ平均2〜3倍多い線量が確認されています。確かにこの時は若干多めに出ていますが、自然放射線量は環境の変化により10倍くらい変動することもあるし、鉱石の影響も考えられるので、これを以って直ちに危険とは言えない数値です。環境への影響について結論を出すには、もう少し精度の良い測定と、一定期間の観測が必要とされます。
 
* * *
 
中曽根康弘様、B氏がどなたかもうお分かりですね。あなたが総理を務められていた時、自衛隊の観閲式であなたの後方に立っておられた方です。ここでお願いがあります。今生の最後のお勤めとして、日航機事故について全てを語るか、それでなければその大勲位を陛下に返上されるか、どちらかをご選択ください。旧海軍出身者としての潔い英断を期待しております。

 
非核三原則などを掲げてきた日本で、実は、日航機事故発生以前、既に日本で核弾頭を開発していた可能性が高いという驚くべき事実が浮かび上がってきました
次回は墜落現場である御巣鷹山付近にある目的不明の構造物の謎に迫ります









BLOG:金貸しは、国家を相手に金を貸すhttp://www.kanekashi.com/blog/2011/06/001634.html

【中国】数多くの思想家が登場したのはなんで?

春秋戦国時代、中国では、なぜこれだけ数多くの思想家が登場したのか?

遊牧民同士の僅差での凌ぎあいゆえに、能力さえあれば地位待遇が与えられる状況にあった、つまり、私権の可能性が開かれたことと、それを後押しする制度が整っていたことが理由かもしれません。

以下、『中国歴史紀行/陳舜臣 監修』より抜粋・編集

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諸侯国では、富国強兵が共通した目標となり、それによって周囲の国々を制圧し、天下の覇権を争う地位を占めたいと考えたのであった。

そうなると、どこの国でも積極的に有能な人材を登用して、富国強兵の実をあげることをはからねばならなくなってくる。

もはや身分の上下にかかわりなく、自国民であるかどうかも問題ではなく、すぐれた技能見識さえ持っていれば、どの国に仕官しても、その能力にふさわしい地位待遇が与えられる状況になってきたのである。

そうなると、自分の持っている技能見識をより高く買ってくれる主君を求めて、各国に売り込んでまわる人たちも出てくる。
諸子百家とよばれる一群の思想家たちは、そうした時代相のなかで出現したのであった。

孔子のように国家を運営するにあたっての技法や考え方を伝授する集団、孫子や呉氏のように兵力の運用の専門家、外交関係のありようについての方策を売り込んで歩く蘇秦や張儀、法律制度の厳正な運用を通じて権力を中央に集中させ近代的な国家のシステムを構築しようとした法家、等である。
この他にも、老子・荘子らの道家、重農主義を唱える農家、概念の形式論理による分析から出発する名家、陰陽家、小説家など、各家が競い合った。

春秋戦国時代の初代の覇者となった斉の国は、いちはやく富国強兵をはかり、都の稷門の外に、教育関係をつかさどる学官を設けた。

そこへは全国から学者が集まり、互いの学説を述べて自由な討論が行われていた。
もっとも盛んなころには1千人を超える人々が参集したといい、こうした学者たちを「稷下の学士」とよんでいる。

稷下の学官では、やってきた学者に敬意をもって待遇し、上大夫の身分を与え、大きな屋敷に住まわせ、弟子をとって学説を広めることを許していた。

このため、高名な学者も稷下をめざして集まるようになり、当時に知られた思想家たちがここに論陣を張っていた。
後年には、孟子や荀子なども出向いてきたという。

こうして、斉は戦国時代の学術の一大中心地となり、その気風は秦漢の世になっても受け継がれていた。

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いいじゃん☆

ブログ『(新)日本の黒い霧』の紹介 JAL123便が運んでいた積荷の正体とは?

ブログ『(新)日本の黒い霧』を紹介する第8回
◆過去の記事
第1回 (1)戦争の実像
第2回 (2)圧力隔壁説も自衛隊撃墜説も真実ではない
第3回 (3)墜落を知りながら意図的に発表を遅らせた米軍・自衛隊
第4回 (4)「事故直後に墜落機を発見」アントヌッチ証言の真偽は?
第5回 (5)墜落現場周辺で発見された驚愕の物的証拠とは?
第6回 (6)救助開始前に現場に現れた謎の部隊
第7回 (7)日航機事故生存者の命を奪った集団の正体とは?
 
ブログ管理人が公安へ忠告していた例の物質(123便が運んでいた積荷)の正体は驚くべきもので、ブログ管理人も慎重に慎重を重ねた公表を行っています。
また御巣鷹山周辺は、事故後も軍仕様の車両が頻繁に往来しているとのことです。それも東京電力管轄下にある私設トンネルをこのような車両が往来しているらしい。加えて、目的不明の建物が建てられもしており、あまりに不自然な様相を呈しています。
  

 


JAL123便墜落事故−真相を追う−蘇る亡霊(1)より
(赤字は引用者による)
  

不穏です、それもたいへんに不穏です。極寒の中、御巣鷹山周辺で定点観測を続けているS氏から気になる情報が入ってきました。長野県南相木村から群馬県上野村側に抜ける御巣鷹山トンネルを、軍仕様に改装された(*1)車両が頻繁に行き来しているとのこと。このトンネルは東京電力の私設トンネルで一般車の通行は許可されていません。 
また、冬季は閉鎖されているはずの十国峠が今年は閉鎖されておらず、こちらも例年にない交通量だとのこと。昨年暮れ、早朝の5、6時台に物資を満載した大型トラックが数台、時間の間隔を空けて人里離れた十国峠に向かっている様子を、私も直に目撃しています。十国峠付近には目的不明の怪しげな建築物が、ここ数年で次々に建設されています。また、自然現象とは思えない崖地の激しい崩落なども、数箇所で確認しています。
 
まだ充分な調査が済んでいないので断定はできませんが、前回報告した円形の伐採痕を含め、あまりに不可解な動きがここ1ヵ月くらい続いているので、推測情報とお断りした上で、私たちの見解を緊急にここにお知らせしたいと思います。
 
まず、結論から言って、御巣鷹の尾根の真下に建設された東京電力の神流川発電所および、十国峠に建設された施設は、これまでお伝えした「国営テロ集団」の秘密基地と見ています。最近のここに向かう車両の規模、数量からいって、S氏や私を狙った日航機事故隠蔽対策とはまた違う動きのようです。そこでもっとも気になるのは、私の複数の関係者から漏れ聞こえてくる「クーデター情報」です。
 
国営テロ集団や自衛隊の一部に、平和ボケした日本に再び軍政を敷こうと画策する一派が存在するとの情報です。これだけ聞くと、思わず「まさか」と笑われる方がほとんどだとは思いますが、S氏や私に執拗な妨害、攻撃を仕掛けてくる彼らの姿を見ると、あながち、妄想だとも決め付けられないものがあります。
 
奇しくも、本日1月12日は、東京で2.26事件の時と同じ、積雪の予報が出ています。国営テロ集団の本拠地、航空自衛隊熊谷基地の主要任務が首都攻略ということを知ってしまった今、彼らが何を考えているか非常に気にかかります。また、私たちがこうやって日航機事故の真相と彼らとの関りを表に出すようになって、彼らもそれなりに必死のはずです。狂気の集団がその狂気の歯止めを失ってしまうこともまったく的外れな予想ではないでしょう。
 
今は、固唾を呑みつつ、これからの動きを見守りたいと思います。
  
[*1]軍仕様:雪上に残った轍の跡から市販のタイヤでないことを確認しました。
 
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十国峠付近の地図
  
■今ここに明かす、積荷の秘密
国営テロ集団によるクーデターが本当に起きて、それが成功した日には、私の命も風前の灯火でしょう。その前にJAL123便の積荷に関して重要な情報を読者の皆様に開示します。この情報は社会的影響度が強すぎると判断し、可能ならば政府による内々の処置を求めていくつもりだったのですが、現在のような状況下では躊躇することもままなりません。
 
苦渋の判断のうえ、これをお知らせしたいと思います。
  
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写真:積荷のサンプル
  
上記の写真が問題の積荷です。残念ながら、悪用される危険があるため、物質形状に関する情報は掲載いたしません。写真にもボカシを入れさせていただきました。ただ、自然石に非常に近い外見をしているため、一見しただけではそれと気が付くようなものではありません。S氏が偶然、他の自然物と異なるある特徴に気が付いたため、気になって持ち帰ったのが発見のきっかけです。
 
この物質をとある大学の物理学教授、K先生に鑑定していただいたところ、驚くべき結果が返ってきました。
 
  テトラフルオロホウ素(4フッ化硼素:BF4)を炭素(C)に固着したもの
 
自然石などでは全くありません。この物質(BF4)は、炭素から切り離し、イオン化ガスの状態に戻せば、地球上の金属ならほぼ何でも、ガラス材も溶かす超強酸性ガスとなります。早い話、糜爛性毒ガスの原料とも言えるものです。そして、ケムトレイルに詳しい知人によると、このBF4こそ、ここ数年におけるケムトレイルの主力薬品であるとのことです。
 
よせばいいのに、S氏はこれを水を張った鍋に入れて煮沸してみたそうです。その日から数日間、彼と連絡が取れなかったのは言うまでもありません。幸い、吸引した量が少なかったおかげか、数日間寝込んだだけで起き出せるようになったとのことです。わたしも、微量の固体飛沫を吸い込み、数日間、肺の痛みが取れませんでした。
 
この物質が、事故現場のある地点に大量に落ちていることがS氏によって確認されています。あくまでも地表に見える部分だけで見積もっても、軽トラック山盛り一杯くらいは落ちているとのことです。また、Xcm立方のキューブ状、おそらく積荷の原型のまま残っているものも、事故現場から少し離れていたところで確認しています。私たちの推定ではおよそ、2〜3t くらいは事故現場周辺に存在しているようです。
 
こんなものが自然物であるはずがありませんから、ここに存在する理由は123便の積荷以外に考えられません。
 
この物質がBF4であるとわかってから、これまで気になっていた事故現場近くでの不可思議な現象に説明が付くようになりました。
 
(1) S氏の持ち帰った回収物、土、枯葉が異常な臭気を帯びていること
(2) 夏場の事故現場一帯では異常な臭気が漂うこと
(3) 事故現場付近の沢水に長年浸かった鋼材がピカピカで錆びていないこと

 
(1)異常な臭気とは、塩素の強いプールから出た後のような臭いで、山から持ってきたばかり回収物を手に取ると、いつも気になっていた臭いです。また、(2)の夏場の異様な臭気は、(1)と同様の臭いで、このシーズンに慰霊に行ったことのある方ならご記憶なのではないでしょうか。(3)は水中にフッ化物イオンが多量に含まれることにより、鋼材の酸化が阻害されているものと推定されます。
 
一番問題なのは(3)であり、BF4が発見された一帯には神流川の源流となる沢が多く集まり、沢水や地下水の中にBF4が溶出していることがたいへん懸念されます。そして神流川は上野村から神流村へと下り、やがて首都圏の水源の一つである利根川へと合流します。利根川の下流ともなれば、濃度は極めて小さくなるでしょうが、これを20年以上摂取し続けた時の影響は如何程でしょうか?そして、最も気になるのは、濃度の高い水を摂取することになる、上流側の上野村や神流村の住民に対する影響です。
 
フッ素(F)は、歯磨きに入れる位だから安全なのでは?と思っている方は、次のホームページをよく読んでください。フッ素の毒性に対する議論はまだ終わっていないのです。また、神流川、利根川水系に流れ込んでいる物質はフッ素単体(F)でなくBF4という化合物であることもよくご理解ください。
 

http://members.jcom.home.ne.jp/tomura/murakami/ (フッ素毒警告ネットワーク)

 
煽るようになってたいへん申し訳ないのですが、私は、神流川上流域の住民は緊急避難するか、少なくとも飲み水に対して緊急の浄化対策を行う必要があることを訴えます。この地域の皆様への健康被害は、統計値を見る限り明らかなのです(数値は敢えて掲載しません)。
 
■BF4製造の謎
 
これまで、このブログで、米軍機、旧ソ連機、自衛隊機、(+警視庁へり)による、激しい戦闘の痕跡をお知らせしてきましたが、おそらく読者の皆さんはそのような戦闘が発生する理由が全く理解できなかったはずです。しかし、123便の中に、BF4のような強毒物質が大量に積まれていたとなれば、少し話が見えてくるのではないでしょうか。ここで湧き上がる疑問を整理する
 
(1) 民間機であるJAL123便に積載した理由は何か
(2) 誰がBF4の積載を指示したのか
(3) 誰がBF4を製造したのか
(4) どこでBF4を製造したのか
(5) 何の目的でBF4を製造したのか
(6) どのようにBF4を製造したのか

  
(1)については明快でしょう。このような(軍事)物資や放射性物質を民間機で輸送することなど、極めて日常的なことなのです。ただし、政治性や軍事性の強い物資は、政府のコントロールが効く航空会社、当時(1985年)であれば、半官半民の日本航空に積載するのは至極当然のことと言えるでしょう。そして、これもまた当然ですが、政府も日航も上層部はこの輸送物資のことも、輸送に伴う軍事的危険も当然よく知っていたはずです。だからこそ、海上自衛隊出身の名パイロット、高濱氏を同機の機長として操縦桿を預けたはずです。ただし、高濱機長が積荷の内容まで知らされていたかどうかは疑問です。秘密の漏洩は極力避けるはずですし、プロならば与えられた任務以外のことは詮索しないでしょうから。
 
(2)も明快です。日本国政府以外に考えられません。
 
(3)(4)については、推測の域を出ませんが、日本国政府が輸送命令を出したという前提ならば、国内の企業もしくは事業体が、国内で製造したと考えるのが順当でしょう。また、東京から大阪への輸送という点から考えれば、関東以北で製造したものであることは間違いないはずです。
 
(5)については、最も解明が求められるでしょう。何か人殺し以外の目的でBF4を大量に製造する理由は見当たりません。だからこそ、この危険物資を巡り他国軍を交えての戦闘まで発生したのではないでしょうか。事故当時(1985年)といえば、イラン・イラク戦争の真っ最中で、両者間で化学兵器による攻撃の応酬が行われていました。この戦争に何か関連があるとも思われるのですが、この点については、日本国政府に大きな説明責任があります。
 
(6)は(5)に比べればどうでもいいような疑問かもしれませんが、実はここにも大きな謎があります。K先生のお話だと、BF4は地球上の物ならばおよそ何でも溶かしてしまう物質です。少量の生産ならともかく、数tレベルの製造をどのような方法で行ったのか想像がつきません。少なくとも、世界最高レベルの物理化学の知識と技術が要求されるはずです。日本企業にはそれがあったということでしょうか。?
 
以上、123便の積荷であるBF4に関する情報を、ここに記させていただきました。BF4の炭素固着物質については、成田公安警察に渡していることは、以前の記事でお知らせしたとおりです。実は、わざわざそんなことをしなくても、日本国政府、製造企業、国営テロ集団は同物質についてはとっくにご存知のはずなのです。これを以ってしても、この人たちが戦前の亡霊に取り憑かれていたいたことは火を見るより明らかです。そして、123便に積載されていたのはこれだけではなく、これよりはるかに危険なものがあることも、次回また説明しなければなりません。こちらに関しては、さすがに私たちも持ち帰るわけにいきませんでした。
 
* * *
中曽根康弘さん、小沢一郎さん、そろそろお話しされても良いのではないでしょうか?お忙しいなら、関った範囲でよいので、亀井静香さんか福島瑞穂さんにお願いします。それにしても、関係者ばかりよく閣僚に選んだものですね。
 
 
ET TERTIUS ANGELUS TUBA CECINIT ET CECIDIT DE CAELO STELLA MAGNA ARDENS TAMQUAM FACULA ET CECIDIT IN TERTIAM PARTEM FLUMINUM ET IN FONTES AQUARUM
第三の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている大きな星が、空から落ちてきた。そしてそれは、川の三分の一とその水源との上に落ちた。
 
管理者

 
 
ブログ管理人によれば、JAL123便が運んでいた積荷は、このBF4と呼ばれる言わば、軍事兵器として利用できる薬品だったのです。
 
ここで、具体的な政治家の名前が数人出てきました。中曽根康弘、小沢一郎、亀井静香、福島瑞穂。。。彼らはこの事件とどういった関係があるのでしょうか?謎は深まっていくばかりです(最近では、亀井氏は「地下原発推進議員連盟」のメンバーとして知られ、中曽根氏は原発推進の立場から意見を述べています。親米政治家としてもあまりに有名)。
ところで123便はこのBF4のほかにも、積荷を運んでいました。BF4よりもはるかに危険な、その積荷の正体に、次回は迫ります。





BLOG:金貸しは、国家を相手に金を貸すhttp://www.kanekashi.com/blog/2011/06/001633.html

「経済の縮小」の論理と新理論による明解

経済の縮小について リンク
宇仁 宏幸氏 より抜粋して転載します。

■経済学では,「経済の縮小」という概念はほとんど使われない.

■労働生産性の上昇テンポは,資本主義になると増加する.

■市場原理主義では,市場の機能として重要なのは,企業に対して技術革新のための努力を強制するという機能である.

■また,労働者が生産手段をもたないということによって,指揮命令権が,有効なものとなる.つまり解雇の脅しという究極の手段があるから,少数の経営者や管理者,技術者がコントロールできるのである.

■経済規模の成長を止める,あるいは経済規模を縮小するにはどうすればいいか.ひとつの方法は,資本主義をやめることである.

■もうひとつの方法は,労働力人口あるいは一人当たり労働時間を減らすことである.

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 経済学では,主流派,非主流派を問わず,「経済の縮小」という概念はほとんど使われない.おそらく大部分の経済学者の視野の中には,このような観点や課題は存在しないだろう.マルクスが『資本論』のなかで,「拡大再生産」との対比で「縮小再生産」に触れている程度である.しかし,それも思考実験の一環であって,マルクスの主要関心は「拡大再生産」の分析にある.経済学者の関心が経済成長(「持続可能な」という形容詞がつく場合もあるが)に向かう理由は,資本主義という現代世界の主要な経済システムそのものが,「成長」という基本的特性をもつからである.
 労働生産性(労働1時間当たり産出量,主として技術的に達成される生産効率を表す)という経済変数があるが,その上昇テンポは,資本主義になると増加する.たとえばイギリスでは,資本主義が確立する以前の1700〜1820年の労働生産性上昇率は年率0.3%であったが,資本主義確立後の1820〜1987年には年率1.7%に高まった.労働生産性上昇率が年率0.3%の場合,もし労働力人口と一人当たり労働時間が不変である場合,100年たつと,経済規模は1.3倍になるだけである.年率1.7%の場合,100年たつと,経済規模は5.4倍になる.日本でいうと江戸時代と明治維新以降を比べればイメージがつかめるだろう.
 なぜ,資本主義になると,労働生産性上昇率つまり技術的な生産効率の上昇率が高まるのか.

(中略)

資本主義のしくみの内部にビルトインされていると考えるべきであろう.

 資本主義が成立するための不可欠な条件のひとつは,自由競争的商品市場の形成であり,もうひとつは,生産手段をもつ資本家とそれをもたない労働者の形成であるといわれる.市場原理主義などでは,市場の機能としてもっぱら財の効率的配分が強調されるが,市場の機能として重要なのは,企業に対して技術革新のための努力を強制するという機能である.技術革新を怠る企業は「社会主義計画経済」では存続できても資本主義では生きていけない.また,労働者が生産手段をもたないということによって,経営者や管理者,技術者の一般労働者に対する指揮命令権が,有効なものとなる.つまり解雇の脅しという究極の手段があるから,大規模な生産システムや企業組織全体を少数の経営者や管理者,技術者がコントロールできるのである.
 結局,このような二つのしくみをそなえている資本主義という経済システムのもとでは,長期的平均でみて,年率1.5〜2%程度の労働生産性上昇が起きるのはほぼ当然と考えられる.つまり,資本主義では,もし労働力人口と一人当たり労働時間が不変である場合,100年たつと,経済規模は4.4〜7.2倍になる.成長力が劣っていた「社会主義計画経済」諸国の大部分は,資本主義に移行した.また,上記の二つの機能が不完全であった南アメリカやアフリカ諸国なども,近年これらの機能を整えつつある.このままいけば,かつてなかった世界的規模での「成長社会」が到来するだろう.
 経済規模の成長を止める,あるいは経済規模を縮小するにはどうすればいいか.ひとつの方法は,資本主義をやめることである.

(中略)

経済規模の成長を止める,あるいは経済規模を縮小するための,もうひとつの方法は,資本主義のもとで労働力人口あるいは一人当たり労働時間を減らすことである.労働力人口の政策的コントロールは様々な問題があり限界があるが,一人当たり労働時間を減らすことについてはそのような制約はない.年率1.5〜2%程度の労働生産性上昇が起きる資本主義のもとでも,それと同率で一人当たり労働時間を減らすならば,経済規模は拡大しない.労働生産性上昇率を超える率で労働時間を減らしていくと,経済規模は縮小する.前者の場合でも,現在の日本の年間労働時間約2000時間は,100年たつと,270〜440時間に縮小することを意味する.一人が生産し消費する商品の量は現在と変わらないが,労働時間と自由時間の割合は,現在とは逆転することになる.このような社会は実現可能だろうか.どのようにすればこのような社会に移行できるのだろうか.これから考えたいと思う.ちなみに,ちょうど150年前に,マルクスもこのような点について考えた形跡があり,『経済学批判要綱』という草稿の一部分に,「自由時間論」とよばれる考察を残している.

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(転載おわり)

■「経済の縮小」の方法についてもう二つ思い浮かんだ。

一つは、労働時間短縮によってできた自由時間を意識生産にあてること。
もう一つは、正規労働時間内の意識生産の割合を増やすことである。

■これは資本主義でも何主義でも関係なく実行できる。しかも日本では既にそのように移行しつつある。自由時間を過剰消費から意識生産へ、労働時間を拡大経済時間から意識生産時間に転換する。これは、資本主義社会の市場原理に生きている私たちの現実ともまったく矛盾しない。

■ようするに拡大経済のための過剰資本と、過剰消費のための自由時間を、景気対策ではなく新しい生産活動に転換できれば良い。

■私が知る限り、最も手っ取り早く現実的な方法とその基盤になる理論は、有限環境の中で必要な生産をするために無限の活力を生み出すという、「必要か否か」の論理である。

>『必要か否か』という土俵上では、どれだけ多くの人が必要と認めたかが、つまり『人数』こそが、「お金」を超える最先端の評価指標となる。そこでは、お金は人数を判定する基準(お金を払った人だけを人数として数える)にすぎなくなる。つまり、古い評価指標=お金は、新しい評価指標=人数の補助指標に転落する。
33995 超国家・超市場論24 必要か否かの『判断の土俵』が、国家と市場を呑み込み、解体し、再統合してゆく)





佐藤英幸

日本の『昔の国語教育』

民俗学者:柳田国男は、明治以降の学校制度の国語教育の特徴である、
 ・国語教育を学校という教育機関に限定して捉えること
 ・公教育以前の教育と切り離して国語教育を捉えること
を批判し、公教育以前の国語教育=【昔の国語教育】を顧みる必要性を唱えた。

柳田によれば、昔の国語教育には様相の異なる2段階に分かれていた。

◆第1段階:幼児期〜親たちによる言葉の語り聴かせ
まだ十分に言葉が話せない幼児には、まず、言葉が内に蓄積していくようにように、親たちの配慮がなされた。具体的には、母親の幼児への語りかけや子守唄などがそれに当たり、幼児はスキンシップなどの充足体験と共に、言葉を内に蓄積していった。

これらの言葉は、それぞれの母親が好き勝手に選んだものではなかった。長い年月をかけて、村落共同体の人々の手でよって選ばれ、少しずつ改良を加えられ、言い伝えられてきたものだった。

それは「子どもたちによい言葉を与えたい」という村落共同体の共通の期待に基づくものであり、それ故、明文化された基準はなかったが、誰でも迷うことなくなく子どもたちに語り聴かすことができた。

◆第2段階:幼少期〜子どもの群での言葉の習得
十分に言葉を内に蓄積した後、子どもたちは親の手を離れ、子どもの群に入っていく。群れに加わった子どもたちは、年長の子どもたちの会話を興味深く見つめ、言葉とその言葉が使われる場面やその時の表情を観察するようになる。

会話の様子を何度も観察し、次第にそれを真似て言葉を使っていくことで、自ずと時と場合に応じた言葉、その意味や使い方を身に着けていった。そして、この言葉を見習い聞き覚える中で、子どもたちは活発に言葉創りを行えるほどに、国語を習得していった。

◆昔の国語教育の特徴
・「子どもに良い国語を持たせたい」という、村落共同体の共通の期待に基づくものだった。

・学校のような上(教師)からの教授はなく、子どもたちが自ずと学んでいくことを促すものだった。

・親たちとの係わりや仲間たちとの係わりなど、成長に応じた人間関係の中で学んでいくものだった。

・国語の習得過程とは対象への同化過程であり、それは充足体験の積み重ね・成功体験の積み重ねでもあった。






斎藤幸雄

『今こそパラダイム転換が求められる時』シリーズ〜現実、その下部意識と上部意識〜

『今こそパラダイム転換が求められる時』シリーズ-6の問題提起を受けて、シリーズ-8 では観念支配の構造を具体的に見てきました。
そこで抽出した二つの支配構造は以下です。
第1の支配構造
支配者自身は、下部意識の内、特に自我・私権への収束を正当化し、他方で庶民には、現実(:下部意識)否定の倒錯観念→禁欲意識を植え付け、従順な(その矛盾に)迷える羊として支配してきました。
第2の支配構造
市場拡大の可能性が開かれたことにより、支配者は、庶民への生産拡大期待と、彼らからの収奪、それによる利益拡大を目的に、支配システムを一部組み換えます。
支配者(持つ者)が庶民(持たざる者)を、彼らの私権の一部(アメ)を分け与える代わりに、労働者として強制労働(ムチ)させ、それによって膨大な利益を生み出すシステムを作り出したのです。そのために近代思想が利用されてきました。

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以下観念パラダイムの逆転5 現実、その下部意識と上部意識 からの引用です。

我々は、あくまでも現実に立脚し、現実を対象化して生きてゆく。それは、決して現実を否定しない(むしろ、とことん現実の可能性を追求してゆく)ということである。それに対しては、当然、次の様な疑問or反論が出てくるだろう。
1.現実に残存する自我・私権も否定はしないのか?
2.支配観念も現実の重要な構成要素であり、それを否定するのは矛盾では?

「現実に立脚し、現実を対象化」することで、上記の支配構造が見えてきたのです。その中で、自我・私権も、支配観念もその構造を対象化・構造化することで、「現実の可能性を追究していく」上での正邪判断を行い、場合によってそれに対する対策を講じることができるのです。



確かに現実は、本能回路・共認回路が形成する下部意識(=潜在思念)と、観念回路によって形成された上部意識(=既成観念)によって構成されている。
しかし、現実否定→倒錯観念は、本源価値にとって都合の悪い現実を捨象するだけで、決して現実を対象化することができない(古代思想)。
あるいは、現実に可能性が開かれても、現実を否定対象としてしか対象化できず、決して現実の可能性を対象化し構造化することが出来ない(近代思想)。
従って、現実否定の倒錯思考は、現実を構成する最も重要な下部意識を全うに対象化することが出来ない(従って、例えばサル・人類の命綱である共認回路の存在さえ、彼らは知らない)。

上述したような追究の結果、本源価値を実現するには、「自我・私権の意識は普く封じ込める必要がある。」ことが分かりました。
また、上記の倒錯観念は、巧みに本源価値を対象化することから目を背けるばかりか、我々庶民を収奪の対象として利用している「悪」であると断定でき、なんとしてもその支配構造を打ち破らなければならないという怒りにも似た強い課題意識が登場してきます。
但し、怒り→否定では彼らの思う壺(という認識も現実直視からの賜物)で、もう少し、支配構造に目を向けていく必要があります。
「支配」という考え方は日本人にはなじみが薄く、しかも、「なんでとことん収奪し尽くすのか?」「なんで世界支配などを考えるのか?」等は到底理解し難い意識です。そこで、今回はもう少し絞り込んで、この金貸し達の意識や、かれらの支配構造をより詳細に解明していきます。
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■「世界支配」に照準を絞った支配意識の構造
1.シリーズ-6でも解明したように、遊牧部族⇒交易部族を経ることによって、自部族正当化観念を育み、さらには、騙し観念に長けていったことで、自部族絶対→他部族支配の意識を醸成させていったことが基盤にある。
2.その中でも、厳しい迫害を受け、各地域に離散せざるを得なかったユダヤ人は、最も卑しい職とされていた高利貸しや両替商に可能性収束する。元々ユダヤ教でも金貸し→利子の徴収は禁止していたが、異教徒(外国人)から利子を徴収することを正当化するという観念転換を行い、各地に移住しているユダヤ教徒とのネットワークを形成することで、金貸しとしての地位を磐石にしていった。
3.ユダヤ人だと分かると資産没収されるというリスクがあることから、それまでの記名式の証券に変わって、無記名の証券(銀行券)を発行することで、彼ら自身の存在を隠蔽し、裏の世界に廻って利権を獲得するという手法を編み出した。これらの過程で、「選ばれた民」という選民思想をより正当化して、迫害に対する恨み→報復という意識も相俟って、支配観念を強化していったと思われる。これ以降、一貫して裏の世界から表の世界を支配していくことになる。
4.銀行券を流通させ、そこから最大限の利益を得る手法として、国家に金を貸す中央銀行システムを構築した。この銀行券発行は、信用創造というと聞こえはいいが、実態のない(or実態とかけ離れた)観念世界の方便に過ぎず、故に、彼らが巧みに観念を駆使し、人々を操っていくという騙し能力にさらに磨きを掛けていくことになった。
5.騙し観念への収束力が強く、選民思想による他者否定の意識が高いが故に、迫害をうけた異教であるはずのキリスト教や(キリスト教から派生した)近代思想を何の抵抗もなく利用して支配観念を確立していった。或いは、異教であるが故に、簡単に利用できたと言ってもいいかもしれない。
6.このように、流浪の民で祖国の無い彼らが、迫害を受けた異教徒に対する恨み、それはつまりは、廻りのあらゆる国々に対する恨みであり、それを元に、将来の安定基盤の確保→建国の願望も合せ、「世界」に照準を絞った支配を正当化し、それに収束することになったと思われる。
参考:
弾圧され続けたユダヤ人による金融市場構築までの流れ
なんで屋劇場『金貸し支配とその弱点』2 〜金貸しの存在構造、不換紙幣の成立
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■人類の弱点構造を利用した磐石な支配システム:第3の支配構造
1.第2の支配構造は、自我・私権を庶民にも分け与え、庶民を「自我・私権の主体」として下部意識を巧みに利用したことにあった。これは、庶民にとって、共認機能からすると否定の対象となる自我・私権意識に自らが収束せざるを得ないという矛盾を孕んでいる点においても、それゆえに私権強者には従わざるを得ないという点においても弱点構造を孕んでいる。故に、ムチも受け入れるしかないという「去勢の意識状況」にさせられることになる。
2.また、この弱点構造は、政治家や学者等、表の世界の中間支配者:特権階級にとっても、致命的な弱点となる。彼らは、『聖職者』として祭り上げられ、それは公明正大で「自我・私権の主体」となってはいけない「立場」にある。しかし、「利権の旨み」に誘われて、金貸し達の罠にまんまとはめられる存在でしかない彼らは、いくら庶民に悟られないように『聖職者』としての体裁を装っても、金貸し達は全てを把握しており、その弱みに付け込んで、彼らを意のままに操ることができる。
3.彼らが言うことを聞かない場合は、「聖職者にとってのあるまじき行為」としてすぐにその地位を剥奪することができる。しかも、それを自らは前面にでることなしに影に隠れたまま)、庶民の総意で成し遂げることができるようにしている。その主要な役割を担っているのが、マスコミである。これが、第3の支配の構造であり、共認支配の構造である。
4.金貸し達は、前述したように、迫害→離散→移住した各地とのネットワークを形成しており、そのための情報通信システムもいち早く確立してきた。彼らが、マスコミを通じた共認支配を構築したのも、こうした基盤があったからだと推測できる。
5 .さらに、下部意識の弱みに付け込んだ観念による支配は日常的に行われ、徹底的に去勢されていく。つまり、シリーズ-8でも挙げたように、「解脱埋没」による思考停止に嵌りこんでいく。
参考
CIAの助けで日本の首相になり支配政党の首領になった岸信介〜『灰の遺産CIAの歴史』〜
中川昭一は、なぜ殺されたのか? 亀井に対する「脅し」では?
このように、「恐るべき」と形容できる磐石な支配システムにより、着実に各国の支配を推し進め、明治期には、日本にもその触手を伸ばしてきた 日本は、いとも簡単に「自ら好んで」支配に屈していくことになった。そして、彼らのグローバル化のもくろみは達成しそうな勢いである
このような、強大な、そして根深い金貸しという支配勢力に対して、日本は、或いは良識のある庶民は、対抗できるのだろうか   その可能性については、次回◆並格圈砲埜ていきます






BLOG:日本を守るのに右も左もないhttp://blog.nihon-syakai.net/blog/2011/06/002005.html

原発はいらない「20の理由」-鈴木耕-

原発はいらない「20の理由」-鈴木耕-続きより

(20)原発は日本を滅ぼした…
ようやく、この連載も(20)に辿り着いた。結論を書こう。
3.11の福島原発の過酷な事故は、確実に日本という国を崩壊へ導いている。「日本は強い国」なんかではない。原発によって、「日本は弱い国」に成り下がったのだ。事故による直接的な被害は、どれほどの金額になるか、誰一人として予測できない。なぜなら、原発事故が終わる見通しがまったく立たないからだ。東電が出した「工程表」どおりに早い時期に事故が収束できればいい。しかし、そんなことを信じている専門家(いわゆる御用学者でさえ)は、ほとんどいない。
日本人が信じていないのだ。それを外国人が信じるわけがない。とすれば、日本への外国からの観光客も投資も減り続ける。これ以降、回復する兆しなどまったくない。

たとえば、政府観光局が発表したこんな数字がある。
今年、2011年3月の訪日外国人数は35万2800人。前年3月は70万9684人だったから、実に半分以下に激減している。4月は、78万8212人から29万5800人へ。実に−62.5%。これは暫定の数字だが、5月以降もこの傾向は続いている。観光立国を目指した日本は、その分野では完全に終わった。福島原発事故が収束しても、多分、数年もしくは数十年単位でこの減少は続くだろう。財務省の発表によれば、2011年5月上中旬(1〜20日)の貿易統計速報で貿易収支は1兆534億円の赤字になった。統計を取り始めてから最大の赤字だという。むろん、5月期全体でもそれを上回る赤字になることは確実だ。これが早期で回復する兆しはない。貿易立国日本に、巨大な赤信号が点った。
 
少子化にも歯止めはかからないだろう。合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数の推計値)は、2010年1.39で、09年の1.37をかろうじて上回った。しかし研究者たちは、原発事故の影響により、来年は激減するだろうとの予測を立てている。当然だろう。誰がこんな放射能汚染の中で、子どもを産みたがるか。50年後には日本の人口は8千万人を割り込むだろう、との予測も出ていた少子化だが、そのスピードはもっと速まるに違いない。子どもの生まれない国。国力が衰えるのは当然だ。
外国人労働者が日本から逃げ出している。少子化の歯止めとして積極的な外国人労働者の受け入れを主張する政治家もいたけれど、逆に外国人たちは日本から逃げ出している。労働力不足も、いずれ深刻な問題になるはずだ。どれをとっても、明るい予測はない。原発は、日本という国を根本から、基礎からぶち壊してしまった。そんな原発は、日本にはいらない。単純な結論である。

***以上引用終わり***

現在電力の安定供給から安全な原発「地下原発」が推進されようとしているが、本当に原発は必要なのか?市場原理の枠組みに絡め取られてはいないだろうか?
原発だけではなく、今後の社会の動きとして一部の層にとって都合のいいものになっていないか?みんなにとって必要か否かの視点で考えていく必要がある。その為にも社会全体として、当事者としてマスコミに変わる事実追求が必要だと感じた。




mosimobox

ごく当たり前に原発がダメな理由

○福島原発の最悪のシナリオが懸念される現在でも、原発は必要悪のように語る人が多くいる。
原子力発電の危険性は理解しながらも、当座の電力需要を満たすためには当座必要だ、という俗論に対して明確に否定する見解があります。
(以下抜粋引用)
「原発は非倫理的な技術である」
リンク

なぜ原発はダメなのか?
それは非倫理的な技術だからだ。
1. 原発は膨大な核燃料廃棄物を作り出し、将来世代に大きな負担を残す。
2. 原発事故は環境に大量の放射性物質を放出し、きわめて多くの人々の生命と財産を危機にさらし、社会を破壊する。
3. 原発事故の被災者の大多数は、無過失である。過失のない人々を罰するのは社会正義にもとる行為である。

原発には、経済性もないと私は信じているが、それはここでは措いておく。もし原発が非倫理的なら、それはそもそも比較考量の対象にならない。「働くのと強盗殺人はどちらが儲かるか?」という議論が成り立たないのと同じだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
普通に素人に分り易い論理だと思いますが、何故こんな当たり前の理屈がマスコミや官僚学者の世界では通用しないのか。





庄恵三

ブログ『(新)日本の黒い霧』の紹介−日航機事故生存者の命を奪った集団の正体とは?

ブログ『(新)日本の黒い霧』を紹介する第7回
◆過去の記事
第1回 (1)戦争の実像
第2回 (2)圧力隔壁説も自衛隊撃墜説も真実ではない
第3回 (3)墜落を知りながら意図的に発表を遅らせた米軍・自衛隊
第4回 (4)「事故直後に墜落機を発見」アントヌッチ証言の真偽は?
第5回 (5)墜落現場周辺で発見された驚愕の物的証拠とは?
第6回 (6)救助開始前に現場に現れた謎の部隊
ブログ管理人は、地元住民のS氏を協力者として、事故現場付近から123便墜落事故を巡る数々の物証群を見つけ出しました。
1.jpg
画像はこちらからお借りしました。
[UH-1H] 米陸軍のMP(Military Police)所属 or日本の警視庁、及び警察庁のヘリコプターの破片
[F-4EJ]  航空自衛隊のアルミ合金製旧型機の破片
[Mig-25] 当時最新であった旧ソ連の偵察機の破片
[F-117]  当時未公表だった米空軍のステルス製戦闘機の破片
123便墜落事故の公式な事故原因は「圧力隔壁の損壊」。しかし、事故現場周辺からは、米軍自衛隊はおろか、旧ソ連軍の戦闘機の残骸!?より一層深まる謎の数々。
ブログ管理人は、この御巣鷹山事変を引き起こした中心勢力の正体を具体的に暴いていきます。果たして、その中心勢力の正体とは?



ブログ管理者は、事故現場周辺からの物証で、御巣鷹山事変は米軍と自衛隊の関与だけではないと感じ、日本の怪事件に関与する何らかの組織が存在していると考えます。
JAL123便墜落事故−真相を追う−セミナー開催報告より
(赤字は引用者による)

このまま米軍、自衛隊の関与を考えているだけでは、全体の背景説明を行うことはたいへんに困難です。もはや旧ソ連(+北朝鮮)の積極的関与と、’事変’隠蔽のために動いた何らかの国内組織の存在を想定することは避けられないと私は考えます。そして、その組織とはおそらく「グリコ森永事件」、「松本サリン事件」など、日本の怪事件に大きく関与しているグループでしょう。思い返してみれば、これらの事件でよく噂される黒幕とは、「CIA」や「米軍」はもちろん、「北朝鮮」であり「ロシア」であり、そして「自衛隊」です。日航機事故の一件もこれら怪事件の系統につながるとは言えないでしょうか?

そして、123便墜落事故の物証や自説をブログで紹介し続けてきたブログ管理人とS氏は、2010年1月から謎の部隊に狙われ始めたとブログに掲載し、ついに、中心勢力の具体名の公表に踏み切ります。
JAL123便墜落事故−真相を追う−熊谷売国隊情報(1)より
(赤字は引用者による)

これまで私とS氏を狙ってきた部隊は、既に皆様にお知らせしたところで、
 (1) 陸上自衛隊東部方面区 北富士駐屯地の特殊部隊(未公表部隊)、
 (2) 陸上自衛隊東部方面区 富士駐屯地の富士学校
 (3) 陸上自衛隊東部方面区 大宮駐屯地の化学学校、化学教導隊 (化学防護隊)
の隊員、及び車両ですが、これに加え、次の部隊を今回の殺人集団の主要メンバーとしてお知らせします。
 (4) 航空自衛隊 熊谷基地の特殊部隊(未公表部隊)
                   (中略)
「未公表部隊」の情報を何で我々が知っているかと言えば、この調査を一緒に進めている国際軍事評論家のB氏が、かつては国内情報収集機関の一員であり、海外軍事情報はもちろん、当然ながら身内である国内の戦力情報にも明るいという背景があります。以下お伝えするのは、おそらく自衛隊の幕僚クラスにも知らされていないと思われる、驚愕の内容です。この文面を信じるかどうかは読者の皆様にお任せしますが、私自身、身を以って彼らの非道なやり口を体験していますので、個人的な意見となりますが、B氏の語る情報の信憑性は極めて高いと認めます。
以下、B氏から聞いた、航空自衛隊熊谷基地の実態です。会話形式で記述します。
———————————(ここから)———————————–
管理者:
 航空自衛隊熊谷基地の実態について教えてください
B氏:
 航空自衛隊の熊谷基地ってのは、『自衛隊』と頭に文字が付いてるかもしれませんが、指揮系統も活動資金も、自衛隊とは全く異なる、独立した部隊なんですよ。旧大日本帝国陸軍航空隊の流れを組み、その思想も戦前の陸軍と全く変っちゃいません。彼らは表向き政府官房の直下で動くことになっていますが、実際に忠誠を誓うのは天皇陛下だけであって、それを口実に好き勝手に動いている連中ですよ。もっとも、日航機事故当時の官房長官であった後藤田さんはよくコントロールできていたみたいですね。彼らの任務というのは防諜・謀略であって、主に首都の要人に対して工作活動を仕掛けてきます。活動資金の源泉は、国会で使い道が問題になっている内閣官房機密費であって、その数割から半分近くまでは、この部隊に割り当てられるとさえ言われています。この部隊の指揮官に抜擢されるのは、代々警察からであって、出向という形式を取りますが、行ったきりの片道切符で終わることが多いようですね。彼らこそかつての『下山事件』、『三鷹事件』に深く関与した秘密組織なんですよ。
                  (中略)
———————————(ここまで)———————————–
何と、内閣官房機密費で動いている、それも、戦後の怪事件に直接関った部隊がS氏や私を殺しにかかっているようです。まさに故松本清張先生が書かれた「日本の黒い霧」の展開そのままの感じです。B氏のお話を聞いて、私も絶句してしまいました。同時に日航機事故とは、今に続く戦後最大級の「黒い霧」事件であることを強く確信した次第です。

そして、ブログ管理者は、第6回 「救助開始前に現場に現れた謎の部隊」で登場し、日航機事故の生存者の命を奪った疑いが持たれている謎の部隊の正体をこう断言します。
JAL123便墜落事故−真相を追う−熊谷売国隊情報(2)より
(赤字は引用者による)

私は、このブログの過去の記事「闇夜に蠢くもの(5)」の中で、4〜50名いたと思われる生存者を殺害したのは、”米軍に徴用された在日朝鮮人部隊”なのではないかと説を立てました。自衛隊員を自国民の殺害に起用するのは、命令する側としても実行する側としても、無理が多いと思われたからです。しかし、日本の機関で自衛隊の振りをした自衛隊、それも外国人部隊があるとなれば話は別です。私とS氏はこの目ではっきりと彼らの殺人未遂行為、自身に向かってくる刃を見てしまいました。ですから、今は自信を持って断言できます。
 日航機事故生存者の命を奪ったのは、熊谷基地と北富士駐屯地を中心とした国営テロリスト集団(旧帝国陸軍閥)であろうと!
                   (中略)
一方、国営テロリスト集団と一体になって動いている困った組織もあります。こちらは、はっきりと名前を出して、少し反省してもらいましょう。
 山梨県公安警察の皆さん。あなた方が北富士の部隊と共同で、私やS氏に電子銃(*2)を向けてきたことを絶対に忘れませんよ。また、成田公安警察の皆さん、空港周辺で国営テロリスト集団をあそこまで野放しにしておいて、本当に過激派の取り締まりなんてできるのですか?後で知りませんでしたは通用しませんからね。ついでに、私があの物質(*3)を渡したのはあなた方であることを、今ここで公にしておきたいと思います。
                   (中略)
[*2] 電子銃:その非人道性から保有している機関は無い事になっているが、実は、使用しても証拠が残らないことで、世界中の治安部隊に重宝されている。各周波数帯の電磁波を放射して、不快感や眠気を誘引するだけでなく、焦点を絞ることにより、眼球や内臓を焼き切ったりすることもできる。フォークランド紛争で英国軍が初めて使用した(by B氏)。今回の件で日本国内に配備されていることが明らかになりました。
[*3] あの物質:問題のJAL123便の積荷です。

御巣鷹山事変を引き起こした中心勢力の正体が暴かれ、その背後に潜む国内組織も見え隠れしてきました。果たして、ブログ管理者が公安に対して忠告している、ある物質とは一体何なのか!?
(次回へ続く




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