地域を守る人たち(旧:なんで屋)

人々の意識の中に、「どうしたら社会・地域を守れるの?」という意識が芽生えてきています。そのヒントとなる情報を紹介していきます。

「日本人の可能性」で原発危機は突破できるのか

東日本大地震後の人々の行動の中から、日本人の特質である協働性や助け合いが顕著に見られました。これらの特質は「日本人の可能性」として捉えることができると思います。顕在化した「日本人の可能性」を再確認する意味を込めて、歴史的にどのように形成されたのかを議論する中で、一つ疑問が残りました。それは原発危機(震災の二次災害)を『日本人の可能性で突破する事は可能か?』という疑問です。

■日本人の可能性について再確認
歴史に見る日本人の可能性1( 239249 )
歴史に見る日本人の可能性2( 239250 )
上記の投稿をたたき台として、「日本人の可能性」を再確認しました。具体的には共認原理、警戒心低い、受容性、自給自足が主に挙げられます。

■日本人の可能性はどのような外圧状況で育まれたのか
    <外圧状況>     ⇒    <可能性>
 集団同士の接触頻度が増す ⇒ 贈与ネットワーク(共認原理)
 
 中国大陸から伝来した   ⇒ 多神教(受容性・警戒心低い)
 生産・祭祀様式
 
 西洋から流入してきた   ⇒ 鎖国して循環型社会の実現(自給自足)
 科学技術・一神教的世界観 

外圧状況を整理してみると大きくは、伝来(渡来人等)の外圧と自然外圧が影響していると考えられます。
【伝来の外圧】については、初対面の人or集団との間に発生する緊張圧力に対して、警戒心の低さを基調として、受け入れ(受容性を持って)対応してきました。
また、【自然外圧】については、人類500万年の歴史の中で観念機能を獲得した土台が大きく影響していると考えられます。
>感覚に映る自然(ex. 一本一本の木)の奥に、応望すべき相手=期待に応えてくれる相手=精霊を措定する(=見る)。人類が万物の背後に見たこの精霊こそ、人類最初の観念であり、人類固有の観念機能の原点である。( 実現論1_6_02 )
自然物や自然現象を神格化し、八百万の神に対して畏敬の念を持つ意識を長らく保持した結果、多神教へ繋がったと思います。

■今回の震災は日本人の可能性で突破できるのか?
「日本人の可能性」は【伝来の外圧】or【自然外圧】によって形成されたのであって、現在危惧されている放射性物質or放射線の発散は人類史上経験していない外圧(=外圧対象を目視できない外圧)です。
人類が経験していない危険性の高い状況において、通常に生活をしている実態が既に報告されていますが、これを「受け入れ」と捉えることも出来ます。危険性の高い状況を受け入れていると言う点では歴史的にも、度々経験しています。
しかし現在、福島県内では、被爆量の限界値を通常の80倍の設定にして、通園・通学を可能にしています。( 参照:250024 )この実態からみると、日本人の受け入れ特質と捉えるよりも、県民が判断できないと捉える方が正しいように思います。「受け入れ」とみえる行動も、見方を変えると、判断が出来ないだけであって、戦後のアメリカによる愚民化政策の一つの成果の現われかもしれません。

■どうする?
放射性物質の危険性は目視で確認する事が出来ず、不安は募る一方で危険を捉えることが難しい状況になっています。今回の危機は観念で捉えることしか出来ず、その正しい情報が発表されない今、不安を捨象して通常の生活を送っているのだと思います。
現在のマスコミ不信から、事実収束へ向っている人は多くなっています。この潮流をより加速する事が重要になってくると思います。今回の震災で顕在化した「日本人の可能性」だけでは、太刀打ちは出来ず、そこに必要になってくるのは事実共認です。不安を捨象する事は受け入れでも寛容でもありません。事実共認をいかに形成できるかが、今後の日本の可能性には必要不可欠になってくると思います。




大脇正嗣

お互いに支えあうことを実現する自主的な共同体の再生を

,里弔鼎
日本の素晴らしさを学び、語り、つたえよう。
ねずきちの ひとりごと 「老農と呼ばれた男・・・石川理紀之助」リンクより転載します。
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明治16年(1883)、39歳の時、理紀之助は役人の職を辞します。
そして故郷の山田村の救済にあたります。

実は、明治10(1877)から、米の値段が上がり出すのですが、5年後の明治15(1882)年には、逆に米の値段が急落したのです。
これに冷害が重なった。

どの農家も借金に悲鳴をあげます。
至るところで食えなくなった農民が盗人をはじめ、理紀之助の故郷の山田村もまた借金であえいでいたのです。

「この息も絶え絶えの農村を救うにはどうしたらよいのか」
これまで培った知識と技術をもとに農民に戻り田畑を耕し、山田村を建て直すことができれば・・・。

理紀之助は、役人を辞め、山田村に帰ると、村人に次の提案をし、「山田経済会」を発足させます。

1 質の良い肥料を作り、これまでの倍の量を田んぼに施し、米の収量を増やす。
2 収量が増えた分を借金の返済にあてる。
3 無駄遣いをやめ、暮らしに必要なものは「共同で」買う。
4 養蚕をとりいれ副業に精を出す。
5 仲間外れが出ないよう、助け合い、励まし合う。

収穫高を増やしたり、副業を振興したり、無駄遣いやめるというのは、昨今の国政や、会社などでもよく言われることです。

一方、「暮らしに必要なものを共同で買う」や、「みんなで助け合い、励まし合う」は昨今はあまり語られません。

しかし、大きな事業をしようとするとき、いちばん大切なことが、「みんなで助け合い、励まし合う」ということ。そして「共同で買う」という発想です。

昔は、醤油がなくなると、よくとなりのおばちゃん家に、醤油を借りてきて、と親に言われたものです。いまでは、どこの家にも醤油は備蓄されている。
互いに助けあうというよりも、個人でなんでも抱え込む。
しかし、もし世界がいま、エコを唱えるなら、江戸の昔から日本にある「共同」という発想を、ふたたび考えてみる必要があろうかと思います。

そしてそれ以上に、どんな規則や決まり、マニュアルや肩書よりも「みんなで助け合い、励まし合う」ということの大切さを、日本はもう一度、思い返してみる必要があるように思います。

さて理紀之助は「山田経済会」を発足すると、毎朝3時に、掛け板を打って村人を起こします。そして早朝からみんなで力を合わせて農業作業を行ないます。

夜明け前の闇に、毎朝「コーン、コーン」という掛け板の音が響き渡る。
村人が集まる。
そしてみんなで農作業をする。

山田村は、こうして村人たちの努力と協力で、わずか五年で村の借金を完済してしまいます。

当時、理紀之助が詠んだ歌があります。

 世にまだ生まれぬ人の耳にまで
   響き届けよ 掛け板の音

吹雪の朝のことです。
理紀之助がいつものように午前3時に打ち終えて、雪まみれになって家に入ると、妻が、
「このような吹雪の朝に、掛け板を打っても誰にも聞こえないし、ましてやこの寒さでは、誰も起きて仕事をしようとはしないでしょう」と、言ったそうです。

理紀之助は、
「そうかも知れないね。でも私は、この村の人々のためだけにやっているのではないのだよ。
ここから500里離れたところの人々にも、また500年後に生まれる人々にも聞こえるように打ってるんだ」

理紀之助は、どんなに貧しくても、どんなに苦しくても、未来を信じ、世の人々に期待して掛け板を鳴らし続けたのです。
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以上



石敢當

お互いに支えあうことを実現する自主的な共同体の再生を

日本の素晴らしさを学び、語り、つたえよう。
ねずきちの ひとりごと 「老農と呼ばれた男・・・石川理紀之助」リンクより転載します。
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「老農」という言葉があります。あるいは「農聖」ともいいます。
在来の農法を研究し、自らの体験を加えて高い農業技術を身につけて、農村指導をした人のことをいいます。

そんな「老農」のひとりに、秋田の石川理紀之助(いしかわりきのすけ)翁がいます。明治の人で、生涯を貧農救済に捧げた方です。

石川理紀之助は、弘化2(1845)年、いまの秋田市金足小泉の奈良家の三男として生まれました。

慶応1(1865)年、21歳のときに、秋田郡山田村(現昭和町豊川山田)の石川長十郎に婿養子に入ります。ところが石川家は、旧家だけれど、当時は借金もぐれで、実はとても苦しい生活だったのです。

理紀之助は「このままでは限界がある」と、近隣の農家の若者たちと語り合い、「山田村農業耕作会」を結成します。
「豊かな村づくり」を合言葉に、それまでの個人の営みとしての農業を、農民を広く組織した集団的農業に改革します。
これにより村の農業は大いに発展し、石川家の借金も数年で返してしまう。

山田村にすごいやつがいる、ということになって、秋田県は、理紀之助を秋田県庁の勧業課に招きます。理紀之助、28歳。明治5(1872)年のことです。

こういう試験や学歴、家柄や門閥にこだわらず、必要とあればどんどん民間から人材を登用するというのは、古くからの日本の伝統です。

じつはこの頃、秋田県農業では腐米(くされまい)に頭を痛めていました。
ただでさえ、寒冷地であり稲作が困難なところに加え、せっかく収穫した米が、貯蔵中に腐ってしまう。

理紀之助は、原因を追究し、収穫時の米の乾燥方法にあたらしい方法をあみだして、県の腐米改良指導に尽力します。

さらに、寒冷地に適したおいしいお米の生産の普及のため、明治11(1878)年には「種子交換会」を開催する。これが、秋田で現在でも続いている「種苗交換会」のはじまりです。

しかし理紀之助は、行政の第一線で働けば働くほど、上からの指導には限界があることを痛感するようになります。
「一緒になってやらなければだめだ」
彼は、行政とは別に各地の老農を結集して、自主的な農事研究団体として「暦観農話連」を結成します。明治13(1880)年、理紀之助35歳のときです。

このときの理紀之助の言葉です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
何よりも得がたいものは信頼だ。
信頼はつつみかくさず教え合うことから生まれる。
進歩とは、厚い信頼でできた巣の中で育つのだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「進歩とは、厚い信頼でできた巣の中で育つ」・・・その通りだと思います。
規則や決まり、ルールやマニュアルが人を育て進歩を育くむのではありません。
互いの厚い信頼関係こそが、人を育て進歩を育くむ。

最近はこれを勘違いしている人が多くて、信頼関係がなくても命令すれば、あるいは規則で決めれば人が動くと思っている人が多いけれど、それは違います。


「暦観農話連」は、結成時には、早くも74名もの老農層が参加しています。
会合のときは、理紀之助は、会場近くのお寺や農家に泊まって、自炊しながら催しを支えたそうです。
夜になれば、時のたつのを忘れてみんなと明るく話し込んだ。
そうやって理紀之助は、農業への熱い夢と情熱を、みんなと共有していきます。

「暦観農話連」は、その後も加入者が増え続けます。
明治の末には499名にも達し、員は秋田県にとどまらず、山形、宮城、埼玉県からも集まります。


さらに理紀之助は、明治15(1882)年から、貧困にあえぐ農村を抜本的に救済・賦活させるために、二県八郡四十九カ町村を踏査して「適産調(てきさんしらべ)」を開始します。

この調査は六年間にわたり、各地の土壌、面積、人口、戸数、生産物、自作農地と小作農地の収入、農作業、生活習慣に至るまで総合的に調査し、調査結果をその地の農村再建策として、731冊の著書にまとめました。

理紀之助は、この調査行に際して、つねに顔を覆う白布と、葬儀料、死亡届のための戸籍謄本を身につけていたそうです。
壮絶なまでの覚悟が窺われます。
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続く



石敢當

「再処理工場の放棄が急務の課題」

社会科学者の時評【リンク】からの転載です。
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問題は「核燃料サイクル」にある。本ブログですでにその氏名がなんど登場した京都大学原子力実験研究所の小出裕章は,その問題「再処理工場の放棄が急務の課題」を,以下のように指摘・批判している。

〜中略〜

a)「原子炉の副産物」 「原子炉を動かすと,その使用済み燃料中には (1) 燃え残りのウラン,(2) 核分裂生成物,(3) 新たに生まれたプルトニウムが混然一体となって含まれるようになる」。

b)「再処理の意味」「再処理とは使用済み燃料中に存在するそれら3者を化学的に分離する作業である。これら3者は原子炉の段階では曲がりなりにも燃料棒のなかに閉じこめられているが,再処理では,それらを分離するためにどうしても燃料棒を切断してその閉じこめを破らなければならない」。

c)「放射能の多さ」「その上,たとえば〔青森県〕六ヶ所村に計画されている再処理工場では1年間に800トン分の使用済み燃料の再処理をする計画だが,それは約30基の原子力発電所が1年間に生み出す量に相当する。その放射能の閉じこめをわざわざ破ってとりあつかうのであるから,再処理工場から放出される放射能の量は圧倒的に多い」。

d)「軍事目的が本来」「もともと再処理の目的は原爆材料であるプルトニウムをとり出すことであり,高度な軍事技術であった。さきの第2次世界戦争で負けた日本は原子力に関連するいっさいの研究を禁じられ,ごく基礎的な研究装置すら米軍に破壊された。そのため,日本の原子力技術は欧米に比べて何十年も遅れており,日本は再処理技術ももっていなかった。そのため,これまで日本の原子力発電所の使用済燃料は,英国・フランスに委託して再処理をおこなってきた」。  

e)「再処理工場による放射能汚染:イギリスの実例」 「その英国ではウィンズケール(最近では,セラフィールドと呼ばれる)に再処理工場があるが,これまでに120万キュリー(広島原爆の400倍)を超えるセシウム137が内海であるアイリッシュ海に流された。すでにアイリッシュ海は世界一放射能で汚れた海になってしまっており,対岸のアイルランド国会,政府は度々再処理工場の停止を求めてきた。

f)「核兵器にしか使えないプルトニウム」「日本が英・仏に再処理を委託して軽水炉の使用済み燃料からとり出してしまったプルトニウムは,使い道のないまますでに40トンに達しようとしている。使い道のないプルトニウムの蓄積は核兵器への転用の危惧を生むため,日本はやむなく軽水炉でプルトニウムを燃やしてしまう『プル・サーマル』路線を選択しようとした」。

「しかし,『プル・サーマル』で燃やせるプルトニウムの量など知れているし,『プル・サーマル』すらが燃料製造データの偽造,住民や地方自治体の抵抗で頓挫したうえ,東京電力をはじめとする電力各社のトラブル隠しでいっそうの苦境に陥っている。こうなれば,プルトニウムを使用済み燃料からとり出すことは犯罪行為ともいうべきものである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
続く




八代至誠

<復興>共同体を保守再生せよ

野に在って国家に尽くす:<復興>共同体を保守再生せよリンクより転載します。
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戦後の日本は、GHQの占領政策による家父長制廃止により「家」が解体されたことを起点として核家族化が進み、個人主義礼賛教育により個人の意識の中でも「公」よりも「個」が大切とされ、共同体への帰属意識が薄れ、個人と個人がバラバラに切り離される社会になってしまった。

心地良い場に気の合った者同士が集い、心地良くなくなればまた雲散霧消する一過性の繋がりが現在好まれている。
自分の意思によって、いとも簡単に人間関係を切ったり繋いだりする社会になってしまった。
本人の嗜好に関わらず現在置かれた境遇を引き受ける、という価値観は失われてしまった。


個人の自由を至上の価値とし、煩わしいものとの関係を次々と断ち切って行った結果、個人が孤独に耐えられない状態にまで日本社会全体が突き進んでしまっている。

その結果として、独居老人、孤独死、離婚の増加、おひとりさま、引きこもり、限界集落、子育てや介護の担い手不足、世代間の資産格差などなど、かつては無かった様々な問題が表出している。


”地方は経済効率が悪すぎる”という批判をよく聞く。

経済効率ばかり優先すると、「安さ」を提供できることが共同体の構成員たる資格となってしまう。
大手企業は経済合理性で動く。
だから地方へ進出して来ても、景気が悪くなると早々に撤退してしまう。
もっと条件が良いところが見つかると、さっさと拠点を移してしまう。
大手が撤退する頃には、大手の進出により従来からあった商店や零細企業などは軒並み淘汰されてしまっている。

これは、これまで何度も繰り返されて来たことだ。
経済合理性では拠点を移せない地場産業、地元企業。
地域の担い手であるこれらの保守無くして、共同体の保守はあり得ない。

もっと言えば、誰が里山を守り誰が水源の森を守っているか、ということにまで思いを巡らせるべきだろう。
効率を上げる努力は必要だが、経済合理性だけで淘汰を進めると地方の共同体は成り立たない。


小泉構造改革以前は、”国土の均衡ある発展を”ということで、都市から地方への富の再配分が行われて来た。
その後の小泉構造改革の中のいわゆる三位一体改革が、この仕組みを壊してしまった。

都市の住民が、非効率な田舎の分まで我々が経済的負担をするのは嫌だと言い始めた。
現在の若者は、我々の世代が彼らと同年代の頃より遥かに地元指向が強い。
にも関わらず、地方では職が得られないために都会へと出て行く。
都会へ出て行った人達は、そこで生活の基盤を築き、その地に定着することになる。

人が集まる都市はますます栄え、人口流出が止まらない地方はますます寂れ、地方での働く場は更に失われて行くという悪循環。
こうして地域間格差はどんどん広がって行く。
市場原理に任せていれば、自ずとそうなる。
同朋意識が薄くなれば、格差も自己責任の一言で片付けてしまうようになる。


私が住んでいるような田舎では、まだまだ三世代同居が珍しくない。
かつての家父長制の復活とまでは言わないが、日本の中からすっかり失われてしまった家族を中心とする共同体、地域を中心とする共同体を再生する芽は、まだ地方には残っている。


東北を中心として起こった今回の大震災の復興を、日本人らしさ、その集大成である日本の国柄を保守再生するチャンスにしたい。

戦後日本人の価値観を、これまでの経済至上主義、個人主義、自由至上主義から、日本人が本来持つ人と人との絆を大切にする価値観へ、「個」よりも「公」を大切に思う価値観へ、と再生するチャンスにしたい。

地方から都会に出て行った人達には、この機にふるさとへ戻り、自分を育ててくれた共同体の再生のためにふるさとの人達と共に汗をかくことをお願いしたい。

きっと多くの苦難が待ち構えていることだろう。
ふるさとを保守再生するために、歯を食いしばり地べたに這いつくばり、私達と共に頑張ろう。
その集大成が、日本という共同体の保守再生へと繋がって行くことを確信する。

野に在って国家に尽くそう。
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以上




石敢當

世論調査とは、メディアの説得行動の「成果評価」でしかない

(引用開始)

 きわめて洗練されたやり方で同意をとりつけることについて大改善の余地があることは誰も否定しないと思う。世論が起こる過程は本書に述べてきたように錯綜していることはたしかであるが、しかしその過程を理解している者なら誰にでもそれを操作する機会が開かれていることも充分あきらかである。

 合意をつくってしまうことはなんら新しい技術ではない。それは古くからある技術ではあるが、民主主義の出現とともに死滅したと思われた。しかしそれは死滅してはいない。それだけでなく、いまでは経験よりも分析に基づいてなされているので、実際には技術的に大幅に改善すらされている。そして、民主主義の実践は心理学的研究の結果、現代のコミュニヶーション手段とあいまって、新たな局面を迎えている。いかなる経済的権力の変動よりも、無限に大きな意味を含んだ革命が起きようとしている。

『世論』リップマン 下巻82−83頁 掛川トミ子訳
(引用終わり)

 太字で強調した部分が重要だ。「そもそも世論というのは、作り上げ、操作するもの」なのである。世論が無条件にある日突然存在するものではないのだ。その前に何らかの「説得行動」があった結果生まれるものである。ある事件や出来事についての自分の意見は主に自分の目(ウィットネス)かメディアによって形成される。つまりメディアの報道に大きく左右されるのだ。

 そう考えると、この世論調査が行われる前に何があったか。3月半ばから全国でまだら模様の停電が起きる、「計画停電」なるイベントがあり、日常生活でいつ停電するか分からない中私たちの日常生活は行われた。夏場ではないから電力は十分足りているはずなのになぜわざわざそういう事をやったのか私たちは合理的に考えてみる必要がある。(実際、今日発売の「週刊ポスト」には原発完全停止でも停電なしという極秘資料の記事があった)

 また数日前からの新聞の一面で何があったか。「復興財源」と「増税」という記事が見出しとして次々と各紙に踊ったのではないか。大新聞の中で復興財源はまず歳出削減と公務員のムダを省くべきということを前面に打ち出したものはあったか?増税か国債発行の二者択一だったのではないか。そして、震災前から「国の借金は一人当たり900万円です」とかいう記事が大新聞の社説として定期的に掲載されてきた。私たちは忘れてしまったのだろうか。無意識下に刷り込まれているのだ。

 リップマンのいう「説得」を行う主体は何も政治家だけではない、メディアも説得を行う実行主体である。そうするとメディアが財務省の意向を伺うような論説方針をとっていた場合、あるいはメディアが主体的に主筆の信念で増税が必要だと長年考えていた場合、紙面に当然それは反映されていく。その紙面を震災前から見続けていた人は、自然と「増税が必要」と誘導されてもおかしくない。要するに、私が言いたいことは、「そもそも純粋な「世論」など存在しない」ということである。つまり、逆の世論誘導も可能であるということだ。

 「世論」という言葉を裏側から定義すると、「政治家、官僚やマスコミが私たちを説得したいと思う方向性」であり、「世論調査」とは「その説得行為の達成度を図るための結果調査」なのである。時々、達成度を必要以上に高めるために質問項目の操作が行われる。大量の情報を調査の前に対象(それが不特定であれある程度マスコミの情報に接する)に与えているのであるから影響する可能性は高まる。例えば、陪審裁判などでは陪審に心象を事前に与えないように情報への接触を制限すると言われているがそれにも限界がある。だからといってメディアの情報を遮断することが「世論」を正しく把握することかというと疑問も残る。結局、世論調査はメディアの説得行動の「成果評価」でしかないのだ。その理不尽さはある程度世論調査の前の時点で決まっているのだ。世論調査で新聞の社説と異なる結果が出ることは殆ど無いだろう。

 また、大マスコミは一般読者の購読料だけではなく大企業や官庁の広告費で経営を成り立たせている。ひとりひとりの購読者の声よりも、まとまった金額を提供する広告主の声のほうが大きいことは合理的な推論である。その中には「電気事業連合会」などの原発推進派も存在し、電事連や東電は震災の前から広告のような新聞記事、記者クラブを通じて行うコントロールを使って、資金の出し手(主人)として代理人(新聞記者)をコントロールしてきた。そのような記者たちが記事を書くのだから、記事の性格は自ずと決まってくる。そのようにして社論が決まっていく。それ以外の情報は拡散されないか、ベタ記事でしか載らない。

 世論調査というのはマスコミが事前に散布した情報の対象への浸透度を統計の手法を使って測定するというテクニックであり、それ以上でもそれ以下でもない。ある種の情報を絨毯爆撃のように与えて、その後にその爆撃の成果を評価し、爆撃の意図を合わない場合には、再度研究し情報拡散の手段の効率化に務める。いわば、連合国軍の戦時中の空爆の成果を戦後に調査した「戦略爆撃調査団」のようなものだと思えばいい。逆に個人ブログなどは見ている人が少ないのでほとんど散布した情報は広がりを見せない。公正な手段でインターネットを使って「調査」が出来れば面白い結果が出るだろう。

 しかし、それでも人々は「世論!」と言われると押し黙ってしまうのではないか。それでも自分の考えが自分の頭で考えて合理的(利益につながる)であると自信があるならそれを押し通す事が必要だ。自分の脳を「世論」から守ることが必要だ。世論という言葉を生み出したジャーナリストのリップマンは、その前提として「大衆は知的エリートによって善導してあげなければカオス的状態を脱し得ない」と考えていた。今も広告代理店の人はそう考えている。大マスコミも自分自身を「社会の木鐸」と考えているから良かれ悪しかれその傾向はあるのだろう。

 そのように考えると、「世論調査」というものは「壮大なマッチポンプ」であることがわかる。しかし、それでも政治家や官僚はその結果にすがりつく。それが彼らの目的にとって「合理的」(利益につながる)だからである。 それには大衆は無力である。
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引用以上。

249916のつづき。『ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報〜新聞社・マスコミの「世論調査」の正体』リンクより引用。
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 その前に世論とはなんなのか。世論というのはそのままそこに存在するものなのかを考える必要がある。米国のジャーナリストである故・ウォルター・リップマンは有名な著書『世論』(Public Opinion)の中で、次のように述べている。今の「世論」という言葉は彼によって作られたものだ。




田中素

エリートは「人間というものは、自分のことしか考えていない生き物だ」と思っている。

>エリートパニックがユニークなのは、それが一般の人々がパニックになると思って引き起こされている点です。

>このような人々が秩序から放たれた時にパニックになるという理解はホッブスの自然状態における万人に対する闘争という政治哲学に由来している。19世紀には社会心理学者ギュスターヴ・ル・ボンが著書「群集心理」で、個人は群衆の中で本能のままに行動する野蛮人に似る傾向があると分析したことで、知識人の間で秩序が無くなれば人々はパニックになるという理解が広がった。(248921)

ホッブス達が万人の万人に対する闘争において作り出した「自然状態」という概念は、【神】の絶対性を引き継いだのが【王】だから【王】が統治する、という王権神授説に対して、【政府】という存在が世の中を統治することを正当化する社会契約説を成り立たせる為に誕生した。

では、「自然状態」とはどういう状態を指すのか?
どのようにして、政府の存在を認めるのか?

・人間の生存に対する欲望は際限が無い。
・人間は、己が生存する為には、暴力行為すらも肯定される。
・となると、お互いの暴力も肯定され、殺し合いすらも肯定される。
・こうなると、人間が生存する為の自然権に矛盾が生じる。
・よって、各人の自然権を制限する必要があり、政府が必要である。

要するに、人間はみんな自分勝手な行動しかしないから、誰かが抑え付けないと暴走する。だから政府が必要ということ。

>しかし、現実否定の正当化=倒錯思考というパラダイムの中で、どれだけ「現実」を対象化した所で、所詮は否定意識が対象化した偏った「現実」しか見ることができない(例えば、最基底にある性闘争→性的自我を全く対象化していないし、ましてや実現基盤など全く摘出できなかった)。
従って、結局彼らも現実を変革することは出来なかった。(21089)

確かに、自我や共認といった下部意識まで対象化出来ていなければ、このような、人間はそもそもが悪である、といった論理がまかり通るのも、仕方が無い。実際、この時代は貧困も消滅しておらず、全てが私権の獲得に向かっていたのだから、他者を蹴落とすことを厭わないケースも多々あっただろう。

しかし、人間とはどのような構造になっているのかまで遡って構造化が出来れば、助け合って生きることこそが、人間の最大の活力源であるということを理解出来る。よって、エリートパニックの大前提となる人間の性悪説は消滅する。

実際、第二次世界大戦下の無差別爆撃の最中、人々はパニックを起こさずに冷静に対処したというし、さらにお互いに助け合う様子が見られたらしい。今回の大震災でもパニックなど起こさず、人々が団結し、助け合う姿いたる所で確認出来た。

「人間とは助け合って生きる生き物」なのだ。

それなのに、その事実すら未だに理解出来ず、性悪説を前提にしてこのような訳の分からないパニックを起こし、国民に事実を伝えることすら憚る政府などは、最早信用することは難しいと考えたほうが良い。幸い、水俣病等の時代とは違い、現代はネット等を通じて事実を知ることが出来る。

みんなで事実を一刻も早く解明し、次の対策を考えていこう。






匿名希望

地域企業を中心にして住民参加の共同体的事業(食やエネルギーの自給、相互扶助等)を立ち上げていくことが求められている

249244「本当の復興政策は共同体の再生を支援すること」本田真吾氏
>それに対して今一般の人々は、人が生きていくためには支えあう仲間が必要で、お互いに支えあうという行為自体が、何にも勝る充足の源であるという状況になっています。そして、この悲劇的な震災を体験した人々は、ますますその意識が覚醒しているように見えます。これが、暴動のおきない本当の理由です。

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地震予知及び放射能測定サイト関連一覧

■地震予測関連

栃木の研究者による地震予想
リンク
大気中ラドン濃度、衛星画像等複数の測定データーから分析予測しており、精度は比較的高い。
予兆を掴むところから始まり、データーが収束した段階でスタンバイ警告。

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東日本大震災〜原発事故から学ぶ1〜放射線障害から身を守るには!?

東日本大震災の影響による福島原発の事故を受けて、当ブログでも緊急シリーズとして『東北地方太平洋沖地震〜原発は必要か否か』を27回に渡り、扱ってきました。
シリーズはいったん終了しましたが、福島原発事故は依然として収束の目処が見えない状況です。
最悪の場合、爆発を起こし、日本の2/3が汚染されることも考えられます。そこで、今後も福島原発の動向を追いかける新シリーズを始めます。
福島原発関連の時事問題をトピックとして扱う際には、タイトルに「福島原発編」と記載し、それ以外にも前回シリーズで扱えなかった内容や継続追求課題を扱っていきます。

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