昨年あたりから、なんで屋 露店に訪れるお客さんから、
 「なぜこのような世直し活動を行っているの
 「どうしてこんな活動が実現できたの
 「活動の母体はあるの?それはどんな組織?(NPOやサークル?)」

といった質問を受けることが多くなってきました

そこで、前回お送りした

 

なんで屋って何?〜なんでやネットワーク〜

 

に引き続いて、今回は「なんでやネットワーク」の運営母体である「類グループ」の紹介をしたいと思います。

続きを読む前に・・・↓↓↓ ←これは‘クリップ’(>_<)

 

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劇場2

◆類グループとは?

1972年、類設計室(設計事務所)として共同体・類が誕生。その後、変わりゆく時代と共に、塾・地所・農園部門を立ち上げ、多角事業を展開(総称「類グループ」)。そして社会事業として、2001年「るいネット」の開設、2004年なんでや活動の本格稼動〜現在に至ります。
一企業が社会活動を担うようになったわけですが、一体どうしてこのような変遷を辿ることが可能だったのか?
その答えは、類グループの組織理念にあります。

 


以下、類グループの会社案内からの抜粋です。


共同体だから実現できた、群を抜く生産性と多様な異業種の包摂

■ 若き起業家たちと確かな時代認識
 類グループは、36年前('72年)、学生時代の6人の仲間によって作られた。平均年齢24歳。「皆の生きる場を、皆の手で築いてゆきたい」という思いが、市場社会の常識を破った共同体=類を生みだし、その後も、群を抜く生産性の高さと業界屈指の成長を生み出してきた。

 当初、設計集団として出発した共同体・類は、これまでに教育、農園、地所等、次々と様々な業種の生産集団を作り出し、『なんでや露店』と『るいネット』を両輪にして、マスコミに代わる共認形成の場を構築する新しい社会事業を世に問うところまできた。

 それらの実現を可能にしたのは、仲間みんなで運営する共同体であることが、社員一人一人の大きな活力を生み出し得た点が大きい。しかし、その様な共同体を作り出したことも含めて、本当の実現の秘密は、類の時代認識の確かさに(その中身そのものに)ある。

 私たちはすでに36年前から、貧困が消滅し(=物的な欠乏が飽和限界に達し)、生産様式が工業生産から意識生産(設計や教育や情報あるいは風俗や介護等、知識や親和を産み出す生産様式)に移行してゆくことを、はっきりと見抜いていた。貧困の時代なら、誰もが私権(地位やお金)を求めて必死に働く。そこでは集団は、成員の誰もが私権の獲得に強く収束することによって、自ずと統合される。


■ 権力体より共同体のほうが適している
 しかし、貧困が消滅すると、私権の確保は第一義的な価値ではなくなり、人々はその為に必死に働こうとはしなくなる。従って、私権(資本)によって企業や社会を統合することが、困難になってゆく。それに、意識生産では、機械ではなく、働く者の労働力(知識力や親和力)が唯一の生産力である。だから、意識生産では、労働力=人間の能力それ自身が、生産の主人公となる。そこでは、集団(ひいては社会)を資本力の様な私有権力で統合するよりも、皆(仲間)の共認によって統合する方が上手くゆく。つまり、脱貧困の時代には、権力統合体より共認統合体の方が適している。

 共同体・類は、その様な時代認識に基づいて作られた。従って、創立当初から、経理・財務を含む全情報を全社員に公開する情報公開システムを作り上げ、誰もが状況を把握できるようにして、その上で、全員が取締役となって経営に参画する合議体制を構築し、皆で組織や事業の方向を決定してきた。例えば、「社会をどうする?」という問題意識から、社会事業や農園が生み出され、本物の教育を追求する中から教育事業における『自然体験教室』や『本格コース』が生み出された。また設計事業では建築の社会性を追求する中から、市民参加型の設計プロセスが実現された。この様に共同体では、様々な問題を追求する中で皆が必要と考える事業を、社員自らの手で構築してきたのである。

(中略)

■ 合議制のカギは事実の共認にある
 私たちは、現実そのものを対象とする長年の生きた会議経験の中から、合議体制(ひいては真の民主主義)を実現するカギは、論理が整合する事実の共認にあることを、体得してきた。

  例え仮説であっても、皆の知っている限りの知識に照らし合わせて論理が整合していれば、それを事実として認める。もちろん、これまで認めてきた「事実」に反する現象が出てくれば、直ちにその現象事実を組み込んで論理=構造認識を組み替える。この様にして、事実の認識体系は無限に進化してゆくことになる。

 逆に、自分にとって都合がいいというだけで、事実に基づく根拠が何もない「主義」や「主張」など、共同体では一切通用しない。もちろん、誤魔化しや言い訳など、通用する訳もない。この徹底した現実直視⇒事実追求の姿勢こそ、常に確かな時代認識を育み、共同体を実現させてきた真の力の源である。

(以下省略)

 

つまり、

  • 全員が取締役である共認統合体(共同体経営)
  • 経営や組織統合への参画可能な合議体制
  • 合議制のカギである事実の共認=確かな「時代・事実認識」

を軸に「類グループ」は組織を統合し、同時に社会的評価(↓)を獲得してきたのです。

 

類経営指数

 


参考:るいネット 類グループの「フラットな組織」構造と従来型日本企業の違い


◆なぜ類グループは社会活動を行っているのか?
類グループの沿革とそれを実現してきたポイントを述べましたが、さて一企業がどうして企業の枠を超えた(≒企業利益にならない社会活動に取組むに至ったのでしょうか

以下 るいネット より。

 

大転換期の予感と事実の追求 


人々は、これまで無数の常識(規範とか観念。現在もっとも支配的な観念は、自由とか個人とか人権だと云って良いでしょう)に則って家庭生活を営み、あるいは経済生活を営んできました。しかしその結果が、先進国における全面的な行き詰まり(世界バブル・財政破綻・環境破壊・精神破壊)であり、崩壊の危機であるとすれば、それらを導いてきた常識群の根幹部が(従って、大部分の常識が)根本的に間違っているからだと考えるしかありません。おそらく人類は今、全文明史を覆すほどの大転換期に入ったのではないでしょうか。

この場に参加されている多くの方々も、現代社会の行き詰まりと大転換の予感があるからこそ、現代の支配観念に根本的な疑問の目を向け、できる限り固定観念を捨てて、現実を直視し、事実の追求に向かおうとしているのだと思います。まして、全文明史を覆すほどの大転換期だとすれば、歴史を遡って原始人類やサル社会や生物原理にまで目を向ける必要も出てくると思われます。しかし、それらは大部分が未明の領域であり、その解明の為には、固定観念に囚われることなく事実を素直に認める柔軟な頭と、大胆な仮説の提起が何よりも大切になります。

その場合、例えどんな仮説であっても、皆の知っている限りの知識に照らし合わせて論理整合していれば、私はその仮説をいったん事実として認めます。もちろん、いったん認めた事実に反する現象事実が出てくれば、皆さんと共に速やかにその現象事実を組み込んで論理=構造事実を組み替えてゆきます。この様にして、(自由・個人・人権etcの固定観念を捨てて自在に思考することさえできれば、)事実の認識体系は無限に進化してゆくことができる筈だと考えています。 

※引用した投稿は2001年3月のものです。

 

昨年の金融危機を鑑みればわかるように、現在は市場崩壊(縮小)の真っ只中にあると言えます。また、市場(経済)のみならず、環境破壊・肉体破壊・精神破壊が進行中であり、現代社会は完全に行詰まった状況にあります。
この状況認識に立ったとき、一個人や一企業(or集団)といった枠組みは意味をなしません。これらの集団を超えた課題=社会課題に取組むことこそ、現代社会に求められる活動である。これこそが、類グループが企業を超えて社会活動に取組む最大の理由なのです。

そして'70年に貧困を克服した日本社会だからこそ、人類本来の課題=類的課題(社会課題)に応えることが可能な基盤があり、その社会的な期待に応えることが人々の最大の活力源でもあるのです。

次回は今後の共認(世直し)運動拡大のコンセプトについてお伝えする予定です。お楽しみに

by ぴぴ