こんにちは、yamatoです。

政権が民主党に移り、60年間にわたる自民党支配の負の遺産を刷新しようとする動きが連日報道されています。ただ脱自民、脱官僚を叫んでいるだけでは本当の変化は期待できません。

 

現在、日本を変えようと奮闘している政治家の中で、最も「本気度」を感じる政治家が亀井静香大臣です。最近は小泉構造改革批判やモラトリアム法案関連で、亀井大臣のコメントはマスコミに(あざけりを含む論調で)よく取り上げられていますが、これまでに亀井大臣が残したコメントからは、日本を愛し、国民の幸せを実現しようという決意が感じ取れます。

 亀井静香プロフィール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「亀井静香」という政治家がどういう人なのか、マスコミがあまり伝えない「亀井静香」を探してみましょう。

 

 

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ネットでは称賛の声が・・・

テレビの討論番組に単身乗り込んで、エセ文化人からのバッシングに孤軍奮闘している感のある「亀井静香」ですが、ネットでは亀井氏を応援するサイト、ブログが目白押しです。

そこではマスコミの意図とは裏腹に亀井氏の「最前線で戦う男の姿」がたくさん描写されています。 

亀井静香が新自由主義絶賛番組『サンデープロジェクト』に出演して、予想通り、銀行やマスゴミの回し者(コメンテーター)にフルボッコにされていたんだが、全くぶれていなかった。

 とても強気であり、彼はマスゴミが何をほざこうと、小泉竹中インチキ構造改悪と逆の政策をやれば、日本が良くなることを知っている。

 ただ、顔が悪代官なために、彼を誤解してる人が多いのはとても残念なことで、食わず嫌いはやめて、国民はもっと亀井静香のことを知るべきだと思う。まわりに、彼はハト派で死刑廃止論者だと教えてあげるとほとんどの人がびっくりするのはなぜだろう。人を外見で判断してはならない(笑)

 また、彼は「米国に従属しない」と言い切る、民族派(国益派)でもあり、小泉や竹中と違って、国民にとってやさしい政治を目指す政治家の一人である。

 このタイミングで、彼を郵政・金融担当大臣にしてくれた神様に感謝しよう。

 彼が本気になればなるほど、僕らを楽しませてくれることになるはずだ!

 トルシエの世界「亀井静香を応援しよう!」 より

 

※このブログでは「亀井静香の話を聞けッ!!(1)〜(9)」を連載しています。ご一読されることをお勧めします。

 

《そんなことで日本はいいんですか。我々、資本主義経済でずっとやったわけじゃない。しかし、何千年の営みの中で我々がやってきた生活の仕方、それをここにきてアメリカ流の経済に変えていかなければならぬ理由があるんですか。…われわれ日本人には日本人としての生き方があるはずだ。それを離れて、よその(国の)まねをして、生きていけるはずがない。》

 

るいネット(【国益派】亀井静香氏の演説より〜―省独稟

 

亀井静香氏は、中小零細企業対策を通して、日本の「銀行資本主義」の再構築を目指しているのだろう。むろん、亀井氏が正しい。

 

るいネット(亀井法案が暴露した御用文化人の正体=榊原英資、吉崎達彦等)

 

「どんどんオープンにすればいいんだ。隠すことなんてないんから」

 

るいネット(記者クラブに開放断られて 亀井氏「もうひとつの記者会見」断行(J-CASTニュース) 

 

 ほかにも、

 

日本を守るのに右も左もない(頑張れ、亀井! 日本の民意がついているぞ!)

 

るいネット(亀井氏今度はネット生中継〜「西松建設の献金報道」に反論(J-CASTニュース)) 

 

 などなど・・・。

 

 

亀井さんの略歴

顔つきはコワモテの「亀井静香」ですが、時折愛嬌のある表情を見せてくれます。

公式HPを見てみると、趣味の絵画で個展を開いたときの写真なども見られます。

 

 

亀井うん??

     亀井笑顔2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「亀井静香」が青雲の志を抱いて、政治家の道を歩むに到った略歴を見てみましょう。

 

昭和11

広島県庄原市川北町に、姉二人兄一人の末っ子として生まれる。修道中学を経て同高校2年の時、定期を買うための通学証明書発行の有料化に反発。学校側に抗議するためビラ配りをして放校処分。修道高校中退後、上京、都立大泉高校校長先生の特別の温情を以て編入、無事卒業

昭和31

東京大学経済学部入学。駒場寮に入り奨学金と家庭教師、キャバレーのボーイ、東洋現像所での夜勤等のアルバイトで自活の為の生活費を稼ぐ。又合気道に目覚め、それまでどちらかというと左がかった私の人生に多くの影響を与えて下さった方々と出会う。また、この頃自らを捨てて苦しむ民衆の救済に身を挺した大塩平八郎や西郷南州を読み傾倒する。

昭和35

東京大学経済学部卒業後別府化学工業(現住友精化)にてサラリーマン生活。此の年の60年安保闘争でデモ隊に対して警察のふがいなさに腹を立て、「俺が警察を強くしてやる」と一念発起。警察に入ることを決意する。辞職して猛勉強を始めた頃、東大病院で癌の宣告を受けたが、後に誤診と分かった。

昭和37

警察庁に入庁、鳥取県警察本部警務部長、埼玉県警察本部捜査二課長等を歴任。

昭和52

警察庁警備局理事官、長官官房調査官を経て退官。350万円の退職金を元手に衆議院議員選挙に打って出ることを決意。ポスターを自分で張って回る。

昭和54

衆議院議員選挙初出馬、「泡沫候補」と言われたのにも拘わらず、多くの善意の方々に支えられ初当選。

 

以後平成21年まで、衆議院選挙連続当選。(十一期目)

 公式HP「プロフィール」より

 

 

曲折を経て200667歳の時に一念発起して国民新党を結成、日本を蹂躙する勢力との戦いに打って出ます。

 

亀井さんの和歌

「亀井静香」は節目節目に和歌をつづっており、そのときどきの政治情勢を思い浮かべながら読んで見ると感慨深いものがあります。

 

2006年1月4日  友情の深き絆を導にて 荒海怖れず船を漕ぎ出でる

(国民新党結党後の正月「全ての国民が幸せだと感じられる国家、人間ひとりひとりを大切にする社会構造」を目指す)

2006年7月28日  吉野山 小角の祈り 空しくて 咲き誇りても 哀しからずや

(動乱の歴史の舞台となった吉野山に現代日本を重ね合わせて)

2007年元旦  我がおもい 優しき民の 国創り 大和心は 不二の山なり

(参議院選挙を控えた正月に)

2007年2月3日  此の国に 生まれて良しと 皆思う 日本にせんと いざ鬼退治

日本人を幸せにする政策への転換を目指して

2009年元旦  政人(つかさびと) 覚悟無くんば 国滅ぶ 咲くも花なり 散るも花なり

(経済危機を経て政権交代機運高まる正月に)

2009816日  巡りきて 平和の礎 かみしめる 我等が努め 輝け日本

(平成21年終戦の日に)

亀井静香公式HP より

 

 

 国民派政治家「亀井静香」

民衆の救済に身を挺した大塩平八郎に傾倒したという「亀井静香」は、国民のことを真剣に考えている数少ない政治家のひとりです。

 私は、記者の皆さん方に本当に訴えたい。生きとし生けるもの、必死になってみんな生きている。大部分の人がちゃんとしているからといって、一部の人であろうと何であろうと、苦しんでいる場合はそれを助けるのが政治ではありませんか。それを無視しようなどと、そんなことは許されないと私は思っている。

亀井静香の話を聞けッ!!(4) より

 

 

 

「無断転載を禁ず」と大書きされているので引用しませんが、国民新党結党の前年200411月1日67歳の誕生日に記した一文は亀井氏の決意の程をよく表しています。

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人生67年、衆議院勤続25年、功無きを恥ず。今からの生きざまで総括する!

 

「(お体に気をつけて)頑張ってほしい!」と切に願っています。

 

次回は「小沢一郎」氏です。ご期待ください。