こんにちは

 

7月3日なんでや劇場で扱われた『民主主義』『市民運動』という騙しとその犯罪性を紹介する本シリーズ、今日は第2回『現実に、社会を動かしてきた中核勢力とは?をお届けします。

 


前回『市民運動という騙し。それも、すべての可能性の芽を摘みとる破滅的な騙し。』では、


【1】近代の大衆運動(市民運動)は実現された例がない。全て幻想である。

【2】それだけでなく、有為な若者たちを潰してきた悪質な騙しである。

【3】運動家たちの意識では、「市民が主人公の社会を作る」という目的は共通している。そして彼らはひたすら大衆の意識が上昇することを期待している。ところが、大衆の意識は近代思想に染脳されており、この点では運動家も同じである。


ことが、明らかになりました。。

 

ジャスミン革命





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では、このように大衆が社会を動かしてきたのではないとすれば、この社会を現実に動かしてきたものは、何なのでしょうか?その解明が、不可欠です。


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◆社会を動かしてきた中核勢力とは何か?


私権社会は、力の原理によって統合されている

その力とは、武力闘争の社会では武力であり、市場競争の社会では資力である。それらの力は、社会を統合する統合力であると同時に、闘争相手を倒す制覇力でもある。

この力を体現した勢力が、武装勢力金融勢力であり、これら中核勢力がこれまでの社会を動かしてきた。

 


◆中核勢力はどのように社会を動かしてきたのか?


では、これら中核勢力はどのようにして社会を動かしてきたのか、その支配構造を古代と近代のそれぞれについて少し具体的に見てみよう。

 

古代初期、王国が誕生した段階では、武装勢力を率いてきた部族長が王となり、将たちが貴族となって、国を治めていた。

ただし、もともと部族長は、祭祀を司る長でもあったが、王国が誕生する前後に、祭事は神官(→教団)に委ねられていく。次に、国の規模が大きくなるにつれて、政治も官僚に委ねられてゆく。

そして、教団勢力が大衆の共認支配を担い、官僚勢力が大衆の法制支配を担うことによって、現実に社会を動かすと共に、その権力をどんどん拡大してゆく。

その結果、王は、形の上では最高権力者だが、それは表向きだけで、実権は官僚や僧侶が握って好きなように社会を動かすようになり、王は彼らが進める彼らに都合のよい施策に、お墨付きを与えるだけの存在にまで形骸化する。要するに、名前だけのお飾りである(日本の天皇がその典型)。

 一般参賀










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それに対して、市場社会では、金貸しが、官僚を支配し、教団に変わって登場した学者とマスコミを支配し、そして官僚機構が大衆を法制支配し、教宣機関(大学・マスコミ)が大衆を共認支配している。

こうして見ると、古代と近代では、社会統合と大衆支配の仕組みは、基本的にはまったく同じであり、ただ統合力=制覇力が、武力から資力に変わっただけである。



◆議会の役割は、金融勢力の暴走行為にお墨付きを与えることだけ


では、学者やマスコミが近代民主社会の象徴or要として称揚して止まない議会というものは、社会統合の仕組み上、どこに位置しているのか?

二つの時代の統合=支配の仕組みを図解化してみれば分かるが、驚くべきことに、議会は王侯・貴族と、まったく同じ位置にくる。

しかし、改めて考えてみれば、近代でも実権は官僚機構と教宣機関が握っており、議会は、王と同じく、名前だけのお飾りになっていることは周知の事実である。

 議会と選挙










ただし、市場社会では、本当の権力は金融勢力が握っている。金融勢力が官僚と学者とマスコミを支配し、彼らを通じて大衆を近代思想に染脳した上で、その大衆に選ばせたものが議員である。当然、左も右も金貸しの操り人形である。

したがって、議会とは、金貸しの操り人形たちの演舞場に過ぎない。

したがって、民主主義の建前上「国権の最高機関」たる議会の役割は、当然のことながら、金融勢力の暴走行為にお墨付きを与えることだけとなる。

事実、議会は中央銀行制度をはじめ、第一次・第二次大戦、バブル経済etcすべての主要な局面で、金融勢力の暴走にお墨付きを与えてきただけであった。

 

注)武装勢力は、国家が成立するまでの戦争状態では序列の頂点にいるが、国家が確立すると官僚に実権が移る。その後も戦争状態よりも平和な期間の方が長いので、官僚が実権を握り続ける。そうなれば、再度、戦争状態になっても官僚支配は変わらず、武装勢力は官僚の下orよくて横並びに止まる。それに対して、金融勢力が常に頂点に君臨し続けているのは、戦争状態が稀であるのに対して、市場は日常的に存在し続けているからである。


まとめると、

●古代社会は、大衆の共認支配を担う教団勢力、大衆の法制支配を担う官僚勢力が、現実に社会を動かしてきた。
●そこでは、王は、彼らの施策にお墨付きを与えるだけの存在にまで形骸化した(=名前だけのお飾り)。
●近代の中核勢力は金貸し。大衆の共認支配を担うマスコミ、大衆の法制支配を担う官僚勢力を支配している。
●近代民主社会の象徴である「議会」は、社会統合上、古代の王侯貴族と全く同じ位置にあり、金貸しの暴走にお墨付きを与えるだけのお飾りである。



とすれば、いったい民主主義とは何だったのか?


続きは、7/3なんでや劇場レポート(3)へ