リンク より

≪引用開始≫
だが、実は本当の問題はここから始まる。

官僚組織や政府が社会の機能を担うことができなければ、これからは我々ひとりひとりが必要となるさまざまなシステムを組織し、下から社会を自らの手で形成して行く以外に選択肢はない。これは、社会のシステムや制度の一部を担う当事者に自分がなることである。果たしてそれがいまの我々にできるのだろうか。

いま、これまで日本を支えてきたさまざまな中央集権的なシステムが目に前で機能不全を起こし、多くの市民のネットワークによる分散型システムへと移行せざるを得なくなっている。

たとえば、電力を筆頭とするエネルギー分野はそのもっとも顕著な例だ。
放射能漏れは二度といやなので、完全な脱原発を望むのなら、ドイツ国民がやったように、我々がはっきりと脱原発の意志を表明し、原子力産業に連なる議員を落選させなければならない。そして、現在の東電のような地域独占企業が電力供給を担う中央集権的システムを破棄し、これに変わるクリーンエネルギーを中心とした分散型ネットワークを我々が自らが提案しなければならない。

また、これから続く円高で、多くの日本の輸出企業は海外に生産の拠点を移すことだろう。これに伴い、多くの職が失われ、失業は悪化する可能性がある。

これをなんとか回避するためには、地域ごとに産業を起こし、地産地消型の経済を構築して、地域で自立できる経済を形成して行かなければならない。

さらに、いまの日本の自殺率は深刻な状況に達している。年間3万人を越える自殺者の数は、フランスの3倍、アメリカの2倍である。死因が自殺であったかどうかは、日本の場合、状況から見て明らかな場合以外、家族などの近親者の自己申告で決まる。当然、死因を自殺と申告するのははばかれる。なので、実際の自殺者の数はかなり低く見積もられていると考えられている。実際の自殺者数は、7万人前後なのではないかとも言われている。

これほどの自殺率の高まりの背景には、地域の共同体が荒廃してしまい、人々の急速な孤立化が進んでいることが上げられている。

こうした状況をなんとか立て直すためには、我々自らが地域の共同体を再建し、人々が孤立しない状況を作ってゆかなければならない。

また、荒廃した公立学校は多い。こうした学校では崩壊した家庭の子供が多く、家庭教育は実質的に行われていないに近い状況だ。教師の負担はあまりに重い。

昭和30年代にはそうであったように、学校を地域社会に埋め込み、地域全体で子供のめんどうを見ることのできるシステムを住民の手で作ってゆかなければ立ち行かない。

こうしたことをなんとかして実現することが、我々に課せられているのだ。

有料メルマガで紹介したが、放射能の健康への影響は極めて深刻な状況になりつつある。放射能の健康被害から身を守るためには、汚染地帯からの一刻も早い避難が必要であろうし、せめて子供の疎開だけでも実現しなければならないだろう。

しかし、ICRPのモデルに固執する政府は、福島などの高度な汚染地帯から、子供の疎開や住民の一時的な避難を実施することはない。また実施してもはるかに先の話になることは間違いない。

そのような状況では、もはや政府には依存できない。一時避難や疎開は自分たちで決定し、自分たちの安全は自分たちで守らなければならない状況になっている。

こうした自主的な動きは、福島ではすでには始まっているが、これから関東など全国のさまざまな地域で必要になる可能性がある。

このように、社会のあらゆる分野で官僚主導の中央集権的システムは機能しなくなっている。既得権益の維持を前提にしたその決定に依存している限り、国民の利益をまったく無視したとんでもない決定を行い、国や社会そのものを解体へと引っ張る可能性が大きい。

だから、市民が政府や官僚の決定に依存するのではなく、市民自らが自己判断して自分たちで計画を練り、自分たちで行動して新しいシステムを作って行かなければならないのである。≪引用ここまで≫


田中直人