イスラエルの「キブツ」を実際に訪問した方の記事を紹介します。
記事ではこれをヒントに日本の中小企業が共同体化する可能性についても触れられています。


■イスラエルの農村コミュニティ「キブツ」とビジネスコミュニティ「モシャブ」(天下泰平リンクより)

:::以下引用:::

【前略】

イスラエルが独立して建国されたのは1948年。
最初のキブツがイスラエル国内に誕生したのは、ガリラヤ湖のキブツで1909年であり、まだイスラエルという国がない頃からユダヤ人による農村コミュニティが存在していました。
2000年近くも国がなく、流浪の民となって世界中に散ったユダヤ人。各地で迫害を受け続け、再び祖国に戻る流れが始まり、キブツという共同体を作って、そこで個々の財産もすべて預け、
「わたしのものはキブツのもの、キブツのものはわたし(みんな)のもの」
として、新天地に来て、砂漠を緑地化しながら農業を中心に共同生活が始まったのでした。

1948年のイスラエル建国までに約130ヶ所もキブツは増え、現在も270ヶ所以上のキブツがイスラエルには存在しています。
人数の規模は100名以下の小さなキブツから、1000名近くもいるキブツもあり、昔の日本の集落のようなものです。
自由のない表面的な平等を掲げる社会主義や共産主義とも違い、個人の自由を尊重しているのが、キブツの特徴の1つ。

自由と平等の両方のバランスを大事にしながらコミュニティ文化を作り上げて来ましたが、1980年以降は、イスラエル全体が資本主義の流れにも組み込まれ、キブツのあり方も現代になるにつれて、共同体から個人主義に移り変わりつつあるようです。そのため、今ではキブツ内においては、個人資産を持つ方が多く、貧富の差も存在しているようです。
また、キブツで生まれ育った若者も、今は外の世界の方が魅力的であり、成長したらキブツを出て大都会であるテルアビブなどでビジネスマンとなる人も少なくはないようです。

一昔前の日本と同じ状況であり、田舎よりも都会、地域コミュニティよりも核家族の個人生活へと変わっていき、キブツも徐々に高齢化、過疎化が進んでいます。

とはいえ、1980年以前のキブツは、本当に平等な社会が構築されており、今回我々が宿泊したキブツの中には、国会議員で副首相になった方もいたようですが、一歩国会からキブツに戻ると、彼はイスラエルという国では要人でも、キブツの中では村人のメンバーの1人。外で稼いだ高給もすべてキブツに収め、普段は食堂で掃除をしたり、質素で偉ぶることなく他のメンバーと仲良く共同生活をしていたようです。日本の国会の政治家も同じことができるでしょうか・・・。

そこはユダヤ人、キブツの平等さにおいては、本当に感心するところです。

特別にお金持ちになれるわけでもないですが、一度キブツに入ってしまえば、食事も三食与えられ、住む場所も与えられ、農業や漁業、工場などの作業系の仕事をやっていれば、のたれ死ぬこともなく、食うに困らない生活ができるので、一昔前のヒッピー、現代においてはニートの人々からもキブツはパラダイスのような存在に思われています。

確かに日本の競争社会にも疲弊し、特にやりたい仕事やライフワークもなく、のんびり平穏な生活をしたい人からすれば、キブツはとても良い環境です。


大きなキブツとなれば、病院も内部にあったり、小さなキブツでも毎週通いで医者がやってきたり、老人にもなれば、老人専用棟もあって、生涯キブツの中で安心して暮らせます。結婚して子供も生まれたら、子供は4ヶ月頃から預けることができ、小学校や中学校も内部にあり、大きなキブツなら高校までもすべてキブツ内にあります。1980年頃までは、子供は3歳からは子供棟で共同生活をしており、早くから親元を離れてユダヤ人として集団で生きて自立する道を歩んでいたそうです。キブツの中では、女性も貴重な労働力であり、保育士や学校の先生、炊事係から洗濯係、掃除係や工場、農業に至るまで、女性も男性と変わらずに一緒に働くため、その代わりに育児と家事から解放されて、それらはキブツ内の仕事として他の専門メンバーがやってくれることになっています。いずれにしても、皆でできることを持ち寄って協力していくのが、キブツのスタイル。

働けない人がいても、働ける人がサポートし、270ヶ所のキブツでは、270通りのキブツのスタイルがあり、1つの会社、1つの家族のような形でキブツはあります。

ただ、伝統的なユダヤ教の戒律を大事にして皆が繋がっているのがユダヤ人であり、この仕組みを日本にそのまま持ってきても、日本人は信仰で人々が繋がっているわけでもないので、宗教法人でもないと、ユダヤ型のキブツは実現が難しいと思います。

特に個々が資産を持たず、どんな仕事をしても平等であるのは、今の日本社会では簡単には受け入れられないかもしれません。

また、イスラエルの近代キブツもベースは“経営”であり、コミュニティという形の会社組織にもなっていて、皆が安心して暮らせるのも、キブツの経営あっての状況になっています。農産物を生産しても、自給するためだけでなく、ほとんどが農業として国内外に出荷しており、工場などもすべて外部から資金を得るための生産施設として使われています。キブツ内の食堂は社員食堂みたいなものであり、キブツ内のメンバーの自宅は、すべて社員寮みたいなものであり、法人コミュニティとして考えると、今後の日本でもキブツの仕組みは、十分に取り入れる余地はあると思います。

ただ、資産をキブツ(日本なら会社)に預けるとなると、やや共産主義っぽくなったり、宗教っぽくなってしまうので、個人の資産や収入はバラバラで、食べるものや住む場所など、生活に必要な環境を会社がサポートする程度に留めておくとバランスが取れるかもしれません。
もちろん、会社の中に託児所、保育園や幼稚園、学校から病院、老人ホームのような施設もあれば、なおキブツに近い環境であり、日本の中小企業が、農業も取り入れてそんなコミュニティスタイルを構築できると、食料自給率も上がり、農家の後継者問題、耕作放棄地問題も解決して、すべて良い方向へと進むように思えます。

:::後略 引用終わり:::




石山 巌