「共に在る」という人類特有の感覚を生み出すうえで、贈与がはたした役割は大きいのかもしれない。

「共に在る」こと/ドミニク・チェン(リンク)より引用
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子どもができる数年前、モンゴルの草原に住む遊牧民の居住地に妻と一週間ほど滞在した時に、「個であること」や「私有すること」の感覚を強く揺さぶられる体験をした。

 わたしたちは、首都ウランバートルから西に数百キロ走った大草原のただなかに設営された遊牧民のキャンプを訪れ、現地で野生馬を捕まえて牧場を営んでいる男性から毎朝馬を借りて、一日中草原を自由気ままに走り回るという日々を過ごしていた。どこを見渡してもなだらかな丘陵と草原しかない世界のなかで、ガイドに従ってその時々で行き先を決めながら彷徨っていると、時折別の集落を見つけることがあった。そういう時には決まって、われら日本からの珍客を自分たちのゲル(※遊牧民の住む円形の移動式住居)の中にこころよく招き入れて、手作りの馬乳酒やウルム(※遊牧民が造るバターのような食べ物)をふるまい、大いにもてなしてくれた。

 モンゴルの遊牧民の気前のよさは、気候の変化を追いながら、季節ごとに居住地を移り渡る遊牧民の生活のなかで出会う、見知らぬ他者とつつがなく交易をおこなうために獲得した知恵なのだろう。頭ではそう分かっても、近隣の住民とでさえ交流が薄い東京のような都会の感覚からすると、この自然な気前の良さはやはり尋常ではない。

 そうして何日かを過ごしているうちに、滞在先の居住地を離れる日がやってきた。その朝、わたしたちは毎日馬を借りていた牧場の主にお礼の挨拶に向かったところ、やってほしいことがある、とお願いをされた。馬とは別に飼っている牛たちを運動させたいので、馬に乗って牛追いをしてきてほしい、という。午後の出発まで時間があったので、小一時間ほど牛たちを追いかけ回してから、牧場に戻ると、渡したいものがあるからついてきなさい、と言われた。

 つかつかと牧場の中に入っていく主についていくと、一頭の白い馬の前で立ち止まり、いきなり、この馬を君たちにあげよう、と言う。一瞬何を言われたのか理解ができず、慌てるように「大変ありがたいのだけど、これから日本に帰るので連れていけません」と答えると、そんなことはわかっている、と笑われてしまった。この馬をあげる、というのは、持って帰れ、という意味ではない。君たちが再びここを訪れる時には、君たちが自由に乗っていい。それまで、この馬を手放さずに面倒を見るから、と。

 この牧場主は、いつまたモンゴルに戻ってくるかも定かではないわたしたち夫婦のために、大事な商売道具である馬を一頭確保し続けてくれるというのだ。わたしたちはそれまで、このようなかたちの「贈与」に触れたことは一切なかったので、夫婦で仰天してしまった。

 それは、持ち帰れる手土産を渡すこととは質的に異なる贈与であった。物質的な財産は、それを誰かに手渡した瞬間、その所有先が相手に切り替わり、そこで贈与という行為は完了する。他方で、この人が提案してくれたことは、自ら馬の飼育の負荷を負いながら、彼らが生きている限り、そしてわたしたちがそのことを記憶し続ける限り、継続される種類の贈与だ。馬の使用権、などと書くといかにも野暮ったいが、遊牧民にとっては主な移動手段でもあり、貴重な栄養源でもある馬はことさら特別な価値を持つ。だから、それは権利の貸与や契約などという形式張ったものではなく、なによりも友愛の念を示すための贈り物だった。

 彼の侠気に深く感じ入りつつも、同時に自分が普段住んでいる世界における「所有」や「共有」の定義がなんと狭く、貧しいものであるかを痛感させられ、少しはずかしくも感じた。

 その時からもう8年以上が経過してしまったが、ことあるごとに――モンゴル人力士のニュースを見たり、馬を見たり、あるいは元帝国に関する文献を読む度に――草原で出会った彼らのことを思い出す。いまも元気に過ごしているだろうか。あの白馬ももうすっかり老馬になっているだろう。いつまた会いに訪れられるだろうか。 彼の人に提供された贈り物は、かくも遠い距離と長い時間を超え、今に至って持続する接続線をわたしのなかに根付かせたのだった。これもまた、共在感覚の一種ではないだろうか。



匿名希望