障がい者という言葉が、間違った見方やイメージを定着させている。
ただ自分の普通と多かれ少なかれ違うだけの存在で、その繊細な感覚や芸術など普通と思われている人を超えるほどの、素敵なものを生み出せる。そんな可能性を伸ばせる場がやまなみ工房にはある。

***

公益財団法人 かすがい市民文化財団から引用リンク(リンク

滋賀と三重の県境、甲賀市。のどかな山間にある障がい者施設「やまなみ工房」。ここでは独創的なアート作品が生まれ、国内外から注目されています。しかし、社会的な称賛や評価にこだわることなく、日々のトイレ掃除や古紙回収と同じように、利用者は創作活動をしているというのです。しかも、アート作品が創りたい人を集めたのではなく、利用者は全員、近隣に住む人たちばかり。

「施設をアート化するつもりも、施設にアートを取り入れる考えもありませんでした。彼らが言葉や態度で、ありのままの自分を表現し、楽しく過ごすことが重要なだけ」と話すのは、施設長の山下完和(やましたまさと)さん。約30年前、障がい者の経済的自立を目的として、工場の下請け作業などをしていた施設から、今の創作活動中心の施設へ舵を切った当事者です。きっかけは一人の利用者が、昼休みにメモ用紙に鉛筆で何かを描いている時の表情でした。「見たことのない生き生きとした姿」。そこから山下さんの取組みが始まります。

●計算も勉強もできなくても素敵な絵を描ける人
榎本朱里(えのもとあかり)さんは、絵の具をしみ込ませた絵筆を振って、その飛沫で着色するドリッピングのように、真っ白な紙に次々と色を重ねていきます。「次は何色がいい?」「黄色〜!」スタッフが絵の具を用意する先から、ベタベタと塗り、時にポタポタと色を落とす朱里さん。一つ一つの行為のたびに、スタッフに満面の笑顔を向けます。「隣にいるスタッフによって、色合いや塗り方が違うらしいんですよ」。朱里さんのように、スタッフとのコミュニケーションで絵を描く人もいれば、作ることに集中していく人、とにかく人と関わることが好きな人もいます。

そんな中、スタッフは常に傍にいて、利用者のことを観察。しかし作品には手出しもしなければ、アドバイスもしません。相手がどうすれば嬉しいのか、そのことだけを考え、動いています。相手の気持ちを読み、その場その場で空気を整えるような存在感。そんなスタッフたちのことを利用者たちは「大好き!」と臆面なく言います。

●施設を積極的に“開く”
作品の認知度が上がるにつれ、やまなみ工房を訪れる人は増えています。敷地内の「Gallery gufguf」には、4年間で1万を超える人が訪れるようになりました。しかし、山下さんは現状をこう見ています。
「障がい者を差別する人は多くないのに、施設の外へ出ると、彼らには理不尽なことが多くあります。大きい声を出すと、可哀そうな人たち、という目で見られたりね。そういう、間違った見方やイメージが定着していて、障がいという言葉自体が、不安を生み出すものになっている。だから僕の役割は“彼らって素敵”を伝えること。その機会の一つが作品を見てもらうことなので、展覧会の作品運搬のためにハンドルを握ります。僕ができることは運転なので」

また、やまなみ工房の敷地の中央に、昨年、4階建てのアートセンターがオープンしました。4階はダンスや映画鑑賞、ライブなどもできる多目的スタジオ。2、3階はアートスタジオ。利用者同士が互いの顔や作品を見ながら、つながりを感じて制作できる六角形の大机と、個別に集中する一人用の机が並ぶスペースに分かれています。そして、1階には、地域住民や来訪者が利用できる「CAFÉ DEBESSO」があり、地元食材を使ったカレーやハンバーガーなどが楽しめます。「利用者とスタッフだけの場所ではなくて、地域の人やいろんな人が立ち寄れる場所にしたいんです。

障がい者施設は、閉鎖的、近寄りがたいというイメージが強いかもしれません。でも、実際に来て、彼らと知り合ってほしいのです。ここで食事して、窓の外に変わった人がいるぞ、話してみたら面白いってね。作品だけでなく、障がい者と呼ばれる彼らの本当の姿を知ってほしい」と山下さんは望んでいます。

●自分の“普通”と違うだけ
ある展覧会に、約30人ほどの団体が訪れました。ワイワイがやがや楽しそうなので、山下さんは彼らに声を掛けたそうです。しかし、どれほど懸命に話しても相手にしてもらえませんでした。彼らをよく見ると、手話でコミュニケーションを取る、耳が不自由な方たちでした。
「僕一人だけが“話せる障がい者”でした。数の多少で見えなくなることがある。凝り固まった心、目を疑わないと。自分の普通と違うだけ」だと実感したといいます。

また、山下さんがやまなみ工房で働き始めた約30年前から、一緒に過ごしてきた利用者の一人に、山際正己(やまぎわまさみ)さんがいます。正己さんは毎朝バスから降りてくると小走りで倉庫や自動販売機に直行し、段ボールをまとめてゴミ捨て場に持っていきます。そして作業が終わると「やーまーぎーわーまさみさん、よう頑張った」と自分を褒めるのです。それから工房へ戻り、粘土で地蔵を作ります。それが正己地蔵。一日数十分だけ、いつ始めるか、いつ終わるかわからない。

でも30年間毎日作り、これまでに5万体以上作ってきたといいます。段ボール集めも、地蔵作りも、誰から頼まれたわけでもありません。「彼はね、利用者・スタッフ全員の誕生日を記憶していて、朝、お祝いの歌を歌ってくれるんですよ。正己は、僕がどんなに苦境にいようと、辛い目に遭おうと、僕の誕生日には歌を歌ってくれる。それがどんなに幸せなことか」

***


(千乃有志)