2: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)03:46:48 ID:B5T
1(二)1984年 73勝49敗8分 3.0差 2位
2(遊)1991年 71勝59敗1分 3.0差 2位
3(右)1996年 72勝58敗0分 5.0差 2位
4(一)1994年 69勝61敗0分 1.0差 2位
5(左)1998年 75勝60敗1分 4.0差 2位
6(三)2005年 79勝66敗1分 10.0差 2位
7(中)2012年 75勝53敗16分 10.5差 2位
8(捕)1993年 73勝57敗2分 7.0差 2位
9(投)1987年 68勝51敗11分 8.0差 2位

代打 2003年 73勝66敗1分 14.5差 2位
代走 2009年 81勝62敗1分 12.0差 2位
守備固め 2000年 70勝65敗0分 8.0差 2位

終身名誉監督 2007年 78勝64敗2分 1.5差 2位

見にくくてすまんな
no title



3: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)03:48:17 ID:B5T
1(二)1984年 73勝49敗8分 3.0差 2位

山内新監督を迎えてのシーズン、打線は一昨年の優勝時を上回る破壊力でチームを牽引。
本塁打王宇野を筆頭に30本カルテットを形成し、球団記録となる巨人戦14連勝を記録するなど前半戦を首位で折り返すも、
後半戦に入るとあれだけカモにしていた巨人に勝てなくなり、何より優勝した広島に8勝15敗と圧倒的負け越しで万事休す。

33: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)07:21:53 ID:9qK
>>3
代表の仰せの通り2位になりましたよ!の年やな

34: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)07:28:30 ID:qfs
>>33
田尾は一人で打線組めるぐらいエピソードがあるな
その発言のあとトレード発表されて反対の署名活動まで起きたとか、
トレード先の西武では森監督に物申して干されたとか

4: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)03:49:07 ID:B5T
2(遊)1991年 71勝59敗1分 3.0差 2位

序盤は阪神を除く5球団での混戦だったが、6月に月間たったの3敗と勢いに乗った中日が一歩抜け出した。
途中彦野の(本当に)サヨナラ(となる)本塁打にも見舞われたが、8月終了時でも2位広島に5ゲーム差と3年ぶり優勝待った無しかと思われた。
しかし9月に入り対広島戦6連敗とお馴染み直接対決の弱さを露呈し終戦、シーズン途中辞任が発表された星野監督の花道を飾ることはできなかった。

5: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)03:50:11 ID:B5T
3(右)1996年 72勝58敗0分 5.0差 2位

星野監督復帰の年、本塁打王山崎に一本差の大豊、三年連続首位打者パウエルにさらにコールズ立浪が三割と恐竜打線が大爆発した。
しかしシーズンの主役は「メークドラマ」の巨人であった。10月に入り残り試合全勝すれば同率プレーオフの可能性もあったが、
6日ナゴヤ球場最終試合の直接対決に敗れ、お別れセレモニーが長嶋監督胴上げの刺身のつまとなった。
なお世間的にはこの年は「最大11.5差の首位広島を逆転した長島巨人」であり中日は関係ない模様。

6: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)03:51:08 ID:B5T
4(一)1994年 69勝61敗0分 1.0差 2位

主砲落合がFAで巨人に移籍、この頃から4番漁りが本格化した巨人が序盤から独走。
8月にはマジックが点灯し、さらにその日から8連敗を喫し、Bクラス借金生活へと転落と絶望的な状況であったが、
連敗で吹っ切れたのか8月末の直接対決に連勝すると9月~10月にかけて9連勝となぜか息を吹き返し、10月6日時点で同率首位に並んだ。
なお10.8の継投は高木監督も反省している模様。

7: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)03:52:32 ID:B5T
5(左)1998年 75勝60敗1分 4.0差 2位

前年最下位からの復活を目指す星野竜は、阪神からトレードで関川、久慈を、韓国からは李鍾範を獲得、
投手陣ではルーキー川上や前年未勝利の野口を落合、宣銅烈で締める勝利の方程式を確立した。
実際は貧打を投手陣が介護していただけだが、それでも8月末には首位横浜に1差まで詰め寄るものの、お馴染み9月以降の直接対決で7連敗し終戦。
マシンガン旋風で38年ぶり優勝の盛り上げ役となった。当時JPHONE東海のCMが佐藤藍子だったため本気でウザかった。

8: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)03:53:45 ID:B5T
6(三)2005年 79勝66敗1分 10.0差 2位

現有戦力の底上げで優勝した前年だったが、連覇には補強が不可欠と横浜からタイロン・ウッズを獲得。
開幕から2戦連続サヨナラ本塁打と順調な滑り出しで序盤は首位を快走。しかしこの年から始まった交流戦で15勝21敗と失速し2位転落。
それでも7月8月と連勝を重ね首位阪神を追い詰めるが、9月7日直接対決で不可解な判定が続いてブチキレた岡田監督がナインを鼓舞すると、
中村豊この年唯一の本塁打で勝ち越され、続く(この年カモっていた)巨人との東京ドーム3連戦3連敗でほぼ終戦。東京から名古屋に帰る車中は大袈裟で無く本当に無言だった。

9: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)03:54:36 ID:B5T
7(中)2012年 75勝53敗16分 10.5差 2位

高木監督17年振りの監督復帰の年、開幕から首位を走るも、関東で15連敗という謎のジンクスが発動し7月の巨人との直接対決で首位を明け渡す。
落合監督時代の主力が本来の力を発揮できない中、田島や高橋周平といった新戦力が台頭するも独走する巨人を捉えるには至らず。
最後の望みクライマックスシリーズでは敵地東京ドームで3連勝し、よもやの期待をさせたが、第4戦からはちゃんと本来の貧打拙攻を思い出し終戦。
高木監督にとっては1994年に続き遠い1勝となった。

10: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)03:55:29 ID:B5T
8(捕)1993年 73勝57敗2分 7.0差 2位

前年最下位からの復活を目指す高木竜、今中山本昌の両左腕が大車輪の活躍を見せた。
山崎パウエル大豊という攻撃力に特化した外野陣にもめげずに勝ち星を重ねる両左腕であったが、首位ヤクルトが連勝街道を突っ走る中、山本昌が練習中の怪我で鎖骨骨折で1ヶ月離脱。
その後立浪、落合、パウエルと相次いで故障離脱し終戦。9月2日の直接対決、3タテ目前で無死満塁からギャオス内藤にクリーンナップ三者連続三振も今にして思えば惜しかった。

11: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)03:56:19 ID:B5T
9(投)1987年 68勝51敗11分 8.0差 2位

この辺から優勝争いでは無くなってくる模様

青年将校星野仙一が監督就任したこの年、ロッテから世紀の大型トレードで落合博満を獲得するなど恐竜打線は健在であった。
しかし投手陣が小松、杉本、鈴木孝政とこの年から抑えに転向した郭源治、クロマティに殴られた宮下ぐらいしかおらず、完全な力負けで月を追う毎にゲーム差を離されていった。
ルーキー近藤真一の初登板初先発ノーヒットノーランもあくまで先発投手が足りない中の苦肉の策であり、仁村、彦野、中村ら若手の台頭もあったが3年ぶりAクラス浮上がやっとであった。

12: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)03:56:42 ID:NCF
権藤の年は入らんのか

13: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)03:57:29 ID:B5T
>>12
ワイが生まれてからやで、すまんな

14: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)03:57:54 ID:B5T
代打 2003年 73勝66敗1分 14.5差 2位

山田監督二年目のこの年は序盤から星野阪神の圧倒的独走、一切優勝争いに絡むこと無くシーズンを終えた(というより優勝争い自体が存在しなかった)。
9月7日には山田監督が退場からの解任、佐々木監督代行になるとようやく少し勝ち始めたが、マジック2で迎えたナゴヤドーム3連戦に3連勝し目の前の胴上げを阻止するのが精一杯であった。
思えばケビン・ミラーが来んかった時点でケチの付いた年だったんだろう。

17: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)04:00:27 ID:iIY
2003年の方がゲーム差開いてるんだよな
2005年の方が主に今岡のせいで強そうなイメージあるけど

20: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)04:05:17 ID:B5T
>>17
2003年は阪神ファン以外個人記録しか楽しみなかったな
余りに独走しすぎやったわ

15: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)03:58:53 ID:B5T
代走 2009年 81勝62敗1分 12.0差 2位

エース川上と主砲ウッズの退団で始まったこの年、開幕早々谷繁の故障離脱で大いに躓く。
しかし新外国人ブランコの活躍もあり交流戦頃から徐々に息を吹き返し、6月に8連勝、7月に9連勝と一応追撃の気配を見せる。
しかし恒例の終盤直接対決での連敗、総合でも首位巨人相手に3連戦3連敗を4度喫するなど8勝16敗とダブルスコアで負け越し。
クライマックスシリーズでも巨人に完敗し、ミスタードラゴンズ立浪和義の引退に花を添えることはできなかった。

16: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)04:00:02 ID:B5T
守備固め 2000年 70勝65敗0分 8.0差 2位

前年オフのFA戦線で工藤、江藤ともに巨人にさらわれて始まったこの年、序盤から新外国人メルビン・バンチ以外勝てなくなりいきなり躓く。
首位巨人との直接対決は9勝18敗のダブルスコア、特にナゴヤドームでは2勝12敗と完敗であった。
帰国した宣に代わる新外国人エディ・ギャラードはいわゆる劇場型クローザーの走りであるが(宣も大概な劇場型だったが)、
9月24日の東京ドームで歴史に残る大炎上を起こし1994年、1996年に続き巨人の優勝を目の前で見せつけられることとなった。

18: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)04:00:58 ID:B5T
終身名誉監督 2007年 78勝64敗2分 1.5差 2位

言わんでもわかるやろ?

21: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)04:09:47 ID:B5T
結論:優勝とは言わんから優勝争いぐらいはしたいんや…

26: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)04:18:25 ID:Y4f
中日って暗黒期なくて羨ましいと思ってたけど苦労もしてるんやな

32: 名無しさん@おーぷん 2018/05/13(日)07:20:13 ID:qfs
今度優勝争いできるんはいつのことやろか

引用元: 中日ドラゴンズ栄光の準優勝の歴史で打線組んだ