σ(゚∀゚ ):再UPシリーズ
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これも棒読みちゃんにおまかせで。
中国・韓国が死んでも教えない近現代史(黄文雄)
第一章 貶められた大日本帝国
ー「明治維新は中華文明のお陰」という嘘ー
この百数十年の間に起こったあらゆる政治・社会運動で明治維新を範にしないものはまれだという。
ー大日本帝国の存在は「闇」ではなく「光」だったー
「大日本帝国は、19世紀の中葉からアジアで先駆けてつくられた近代国民国家と近代民族として、異文化の受容と改宗の可能性を創出し、白人の地球支配を終結させ、数え切れないほど多くの遺産を後世に残し、今日の政治、経済、社会、文化の礎となったというのが史実なのである。」
第二章 日本の「中国侵略」はなかった
ー日中戦争は国対国の戦争ではなかったー
中華民国の時代は実質的には、北方軍閥と南方革命政府、連省自治(中華連邦政府)の「三国時代」で、地理的にも漢末の三国の配置と似ていた。
日中戦争中でも、蒋介石、王精衛(おうせいえい)、毛沢東による重慶、南京、延安(えんあん)の三つの政府の闘いであった。
日中戦争によって、抗日が生まれ内戦から統一へと貢献したという。
ー五族共和の満州国建国は日本の道義的責任だったー
満州人の祖先、女真人はかつて金王朝で中原を支配した。
モンゴル帝国に滅ぼされたが、再興して清王朝を築き上げた。
清王朝が中華民国に滅ぼされた後、満州人が祖先の地・満州で祖国を再興することのどこか悪いのか、と。
日本は退位させられた宣統皇帝まで復辟(ふくへき)させ満州国の再建・独立を支援した。
ー中国人にとっての王道楽土となった満州国ー
19世紀末まで満州は漢人禁断の地であり、満州は未開の大地であった。
満州国成立後には自動車も戦闘機も製造出来る一大工業国になった。
日本の国家予算が年間20億円だった時代に、日本人は満州国に十数年間で130億円の資本投下を行った。
年間100万人の人間が流れ込む天国となったのだ。
第三章 それでも韓国に植民地支配はなかった
ー韓国が日本の植民地ではなかったこれだけの証拠ー
植民地に憲法を施行した例は世界的になかった。
日本は帝国憲法に基づき時限立法を作り憲法施行前にこの法律を議決した。
日本は植民地搾取どころか、半島の近代化に大量の人的、物的、財的物資を投入した。
・京城帝国大学の図書館予算は東京帝国大学の10倍。
・地租は日本国内が25%で朝鮮は3.8%。
・1941年の米価設定は生産者の手時価格は朝鮮で1石50円、消費者価格は43円であり、差額は政府負担。
・朝鮮総督府の歳出は大正8年を除いてずっと15~20%の赤字で財政補填を受け続けていた。
現実は日本国民を搾取して朝鮮の民生を支えていたのだ。
第四章 「脱華入日」で繁栄した台湾
清の乾隆帝時代の1739年に完成した官定正史「明史」、「乾隆府庁州県図志・台湾府」「台湾輿地彙鈔(よちいしょう?)」「治台必告録」には台湾が日本に属する、または倭寇の地であると書いてある。
ー日本統治でようやく安定・繁栄した台湾ー
19世紀の台湾は遊民、流民があふれ、匪賊が跳梁し、反乱が絶えなかった。
日本は50年間で公路3689キロ、市街道路1万3594キロ、鉄道1624キロ、私鉄も入れると2000キロ以上を作った。
上下水道、発電所を建設し、近代都市が造られた。
ー日本の警察は台湾の「守り神」だったー
台湾領有初期の警察は、道路の建設、植林、耕作計画、納税の催促、経済政策の執行、衛生検査まで担う激務。
台湾では日本人警察官が神様として寺廟に祭られているという。
第五章 大東亜共栄圏は実現可能か
ー「日本は大東亜戦争を避けられた」という説は本当かー
1937年7月7日の盧溝橋事件が日中全面戦争のきっかけだが、直接原因ではない。
1931年の満州事変以来、盧溝橋事件以上の武力衝突はいくらでもあったという。
それらは双方の協定によって解決されてきたが、盧溝橋事件は解決に至らず日中戦争になった、解決されなかったことが直接の原因だという。
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10年前、本書が出版された頃読めば新鮮だっただろう。
特にここ近年は大東亜戦争に関する書籍をよく手に取るようになったため、驚くような新発見は無かった。
しかし、近現代史を広く捉えるにはうってつけだと思う。
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日韓併合時には、朝鮮人の代議士が選出されなかったと言うが、朝鮮人代議士はいたような記憶がある。
ググってみると戦前は在日朝鮮人にも参政権があったのだ。
サヨクのいう、朝鮮半島は植民地だった、は半島で選挙権がなかったことを指すらしい。
戦争になっても徴兵されず、戦争末期にわずかに徴兵された朝鮮人はほとんど第一戦に出ることもなく終戦を迎えた。
確かに「差別」はあった。
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