2007年12月12日

箱男

 安部公房の著作に箱男という話がある。段ボール箱に入って生活する男の日記風の小説である。通常の生活では「相手を見る=相手に見られる」という表裏一体の構図が絶対的に成り立っているという。白といえば黒、男といえば女、朝といえば夜、そんな関係性が「見る」ことと「見られる」ことの間には存在するらしい。だが箱男の場合に限っては「見る」=「見られる」という相克関係が成り立たっていないという。その一方的に相手を視認するという行為がえもいわれぬ快感をもたらす。らしい・・

あるとき、そんな箱男になってみたという男性の話がホームページ上に公開されていた。これはなんでもやってみようの会の会員として負ける訳にはいかないと思い、実際僕も体験してみることにした。
その日はちょうど長谷川と夜から慶応大学の湘南藤沢キャンパスに行く予定があったので、ちょうどいい、湘南まで箱をかぶって行ってみるか!ということになり、さっそく箱作成に取り掛かる。
自宅付近のゴミ捨て場で適当な段ボール箱を探しガムテープでつなぎ合わせる。電車に乗るので財布を取り出す機会があるだろうということで箱から手を出せる穴と覗き用のスリットを作る。

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ここから手を出す。

長谷川とは最寄の東陽町駅で待ち合わせしていたのでとりあえずそこまで箱を被っていくことにした。

怖い。めちゃくちゃ怖い。何が怖いって周囲の人たちの視線が怖い。視野が狭いので怖いということもあるが、そんなことより周りの人たちの視線が怖い。箱男の利点といえば周囲の人たちからの視線を箱によって遮断することができるということであると阿部公房は言っていたくせに、箱を被っていないときよりもはるかに周囲の人の視線が突き刺さってくるのがわかる。脱ぎたい。一刻も早く脱ぎ捨てたい。無理だよ〜、こんな調子で湘南まで行けるわけないよ〜。と思いつつも駅のホームまで歩いていった。
途中すれ違ったカップルは僕を視認するや否や走って逃げ出していった。
改札までたどりついた。駅員に止められたらどうしよう、なんて思いつつも箱からパスモを取り出し改札を抜ける。
ホームにたどり着いたら、長谷川が待っていた。彼に少し離れた場所から撮影と記録をとってもらうことに。いざ、湘南藤沢へ!

電車を待つ箱男

電車に乗りこむと乗客はまばら。だが皆一様に箱男を見てぎょっとしていたようだが見てみぬふりを決め込んでいたようだった。それにしても怖い。周囲の人たちの目線が殺人的に僕に突き刺さってくる。阿部公房は「生まれついての殺し屋というものが存在するのならば、箱男は生まれついての殺され屋である」といっていたが正にそのとおりだと感じた。

箱男IN大手町駅

大手町に到着すると千代田線に乗り換えるために電車を降りる。ホームで電車を待っていた人たちも僕を見ると一瞬ぎょっとするがすぐに見て見ぬふりを決め込み始めていた。意外と皆そんな感じの反応しかしてくれないのであまり面白くない。僕だったら箱被って歩いてる男がいたら話しかけてみたくなるのにな〜。いや、そんなことできないか?怖くて。「箱男に興味を示したり接触を図ろうとしてはいけない。なぜなら、箱男を意識してしまった瞬間その人も箱男の魅力に引き込まれてしまい、自分も箱から抜け出せなくなるからである」と阿部公房も『箱男』のなかで述べていたが、皆そのことを本能的に理解していたから話しかけないようにしていたのだろうか?


乗換えをする箱男

千代田線に乗り込んでも乗客の反応はやっぱり同じ。
なんだか退屈になってきたので箱に空いているスリットから乗客をじろじろ眺めてみることに。目の前の座席に座っていた青年をじろじろ眺めていると、彼は前に座っていたおばあちゃんに座席を譲ろうとしていた。「どうぞ座ってください。」「いえ〜、大丈夫です」「いや、ぼくもうすぐ降りるんでどうぞ座ってください。」彼は結局僕と同じ終点の代々木上原で降りていった。さらに付近の女性をじろじろ見ていると、ダンボールのスリット越しに彼女と目が合った。めちゃくちゃビビッていた。彼女がではなく、僕がである。何でこんなに目が合っただけでドキドキするのだろうか?別に何も疚しいことなんてしていないのに。
どうしてだか考えてみた。疚しいことしようと思えばいくらでもできるからだろうと思った。箱の中に入っていればその中から彼女を盗撮しようと思えばできるし、さらに彼女を目の前にしながら電車の中でマスターベーションしようと思えばできなくもないからである。さらにいえばダンボールの中で包丁構えていて近づいた人をダンボール越しにぶっ刺すこともできるのである。そう考えてみるとこの箱、恐ろしいものであることに気づく。そりゃ誰も近づこうなんて思わないわ。

そんなこんなで代々木上原駅に到着し、小田急線に乗り換える。僕を見るや否や目の前で「嘘!嘘!?」と大げさに声を上げる女性が。嘘ではない。マジである。
しばらくするとどんどん電車が混んできた。まずい。混雑した車両の中でこんな馬鹿みたいな格好してスペースを取っていることが心苦しくなってきた。これ以上混雑するようだったら電車を降りようと思った。だが、それ以上混雑する様子もなく、車内の人たちも箱男が電車に乗っているということを認め始めていたようだった。このころになるともう箱を被っていることに対して何の辱めも感じなくなってきていた。
相模大野に到着し、湘南台駅行きの最終列車に乗り込む。発射までしばらくあったので、車内で「なんだよ、このまま何事もなく湘南藤沢までついちゃうんじゃねーの?」なんて考えながらボーっとしていると、後ろから「何をしているんですか。」と声をかけられた。振り返ると駅員が二人たっていた。「何をしているんですか。」
「・・・表現活動です。」答える僕。「表現活動ですって」「・・駅長呼んできて」「あ、いや、ちょっと・・」甘かった。表現活動といっとけば許してもらえるんじゃないかと思っていた自分を恥じる。電車から降ろされホームで駅員に囲まれる。ダンボールを脱げと詰め寄られる。拒む僕。どうしても脱ぎたくなかった。このままでは企画が終わってしまうから、というわけではなく、人前で自分の姿をさらすのが恐ろしかったからである。



駅員に問いただされる箱男

そこであることに気づく。つい小一時間前までは早く箱を脱ぎたい脱ぎたいと思っていたにもかかわらず今では箱を脱ぎたくない脱ぎたくないと感じている。知らぬ間にこの小さな箱の中で僕の価値観のパラダイムシフトが起こっていたのだ。
そんなことはお構いなしに駅員は僕に言い寄る。箱を脱いで電車に乗るかそのまま電車を降りるかを決めろという。どちらも僕にとってはつらい決断だった。最終電車なのでこの電車を見逃せばこのまま明日の朝まで相模大野で立ち往生を食らう羽目になる。ダンボールを脱げば周囲の人たちに見つめ殺される羽目になる。「あ、じゃあ駅員さんと一緒に電車に乗るって言うのはどうです・・?」「いい加減にしなさいよ!駅構内では駅員の言うことを聞くもんでしょうが!!早く脱ぎなさい!」

脱いだ。

脱ぐと周囲の人たちは皆僕のほうを見て笑ったりケータイで写真を撮ったりしていた。やめてくれ〜!俺を見ないでくれ!!初めて気づいた、周囲の人の視線とはこんなにも凶暴で殺人的なのだということに。
電車に乗り込み端っこでうずくまり顔を隠す。俺を見ないでくれ俺を見ないでくれと念じながら湘南台駅まで顔をうずめながらやり過ごす。
湘南台に到着し駅員の見えないところに行くとすぐさま箱を被った。これで落ち着いた。

箱を脱がされる男

湘南台に降り立ったときはもう夜中になっていた。普通ならバスで慶応大学まで行くのだが終バスはとっくに終わっていたので歩いていくことに。夜の湘南台は人通りがほとんどなかった。すれ違う人はやはり僕のことは見てみぬふり。
とりあえず休憩したいと思い近くの公園で一服。箱の中でタバコを吸うと煙いんじゃないかと思いつつもタバコをふかし始める。するとどうだろう!覗き穴用のスリットから煙がスルスル抜けていくではないか!恐らく、箱の中の暖かい空気がスリットから抜けていき、足元から外の冷たい空気が入り込んでくるためにできた気流に乗って煙が抜けていったのだろう。意外とタバコ吸うのには適している環境のようだ。

湘南台の町を歩く箱男

タバコを吸う箱男

湘南台の町をのこのこ歩き始める。人通りはほとんどない。退屈。なんの出来事もないまま延々と歩いていく。・・・。終いには自分が箱に入っていることを忘れそうになるところだった。ふと街頭のカーブミラーを覗いてみると、そこにはおかしな光景が広がっていた。段ボール箱を被って歩いている男が映し出されていたのだ。

自分だった。

誰ともすれ違わないのでどんどん退屈になってきた。ためしにコンビニで買い物をしてみることにした。喉も渇いたし。
ローソンに入ってみる。若い店員は僕を認めると、「いらっしゃいませー」とは言ってくれなかった。雪印のコーヒー牛乳を持ってレジに行くと、「ダンボール脱いでください」と言われる。「脱がないとダメですか?」「ええ。」「表現活動なんです」「脱いでもらわないと僕が店長に怒られちゃうんです。」「・・じゃあいいです。」

『箱男』には男が町へ出て食料や日用品を買い揃えるという件があったが、あれは嘘か!?箱被ってたら買い物できないじゃないか。しょうがないので自動販売機で飲み物を買うことにした。

コンビニで販売拒否にあう箱男

そうこうしているうちに慶応大学へ到着!湘南藤沢キャンパスは24時間開いているので夜中でもずけずけと入り込める。施設も開放されているので眠れそうな建物を見つけてその中で眠ることにした。
途中学生とすれ違ったが、僕のほうを見て、「ああ、栽培か。」と意味不明な言葉を口走っていた。
暖かくて眠れそうな施設を発見したのでそこで長谷川と二人で眠ることに。

長い一日が終わった。

SFCに到着する箱男

先生と箱男

 今回の気づき  人間、やろうと思えば意外となんでもできるな。


nanndemoyattemiyou at 00:32│Comments(1)TrackBack(0)clip!

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この記事へのコメント

1. Posted by なおぼんR   2017年02月13日 16:35
5 あたしも「箱男」を読んだけど。
これをやったレポは初めて見ましたよ。
有言実行の人なんだね。
ひとかどの人物だとお見受けしました。
あたしね段ボールの匂いが好きなんだよ。だから子供のころよく中に入ってた。

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