アメリカのアップル社がマルチタッチディスプレイ搭載の『iPad』を発表。
何だかバカデカい『iPhone』みたい…。実際3G回線モデルもラインナップされているので電話(?)としても使えるのかも知れない。しかしコレはどう扱ったものか。『iTunes Store』で音楽や映画、各種アプリケーションを購入できるように、『iBook Store』から電子書籍を買って読むことができるのだそうだ。音楽を聴くだけであれば『iPod』で充分であるし、この電子書籍リーダー機能が大きな特徴と言えるだろう。
『iTunes Store』で購入しなくても『iTunes』があれば手持ちのCDから楽曲データを吸い出すことはできる。CDさえ持っていれば、改めて買い直す必要はない。けれど本というと、そういうワケにもいかない。例えば『蜘蛛の糸』を文庫で持っていて、『iPad』でも読みたいと思えば、『iBook Store』で買うより手はない。(或いは『蜘蛛の糸』全文を自らキーボードで手打ちするか)
『iBook Store』で気に入った未見の本を見付けてしまった場合も何となく面倒だ。デジタルデータでは物足りなくなり、ペーパーメディアとして手元に置いておきたいと思うと、改めてまた全く同じ内容の本を書店で購入しなければならない。その辺りも考えられているのかな。『iBook Store』で扱う書籍データは印刷物としては存在しないものばかりであるとか。俺の想定している使い方が見当外れなのか。
俺は古い人間のせいか、どうもディスプレイで本を読むことが苦手だ。パソコンのモニターでも余り長い文面を読んでいるとヒドく疲れてしまう。横書きがいけないのかと、縦書きに直してみたりもしたが、やはり駄目だった。同様に一時期流行った携帯小説とやらに挑んでみるも、結果は同じく、根負けして読了に至らない。印刷をしてしまえば、恐らく読めるとは思う。
携帯ゲームの画面を使って、古い名作文学が楽しめるニンテンドーDSの『DS文学全集』というソフトの中にも、随分と読まないでホッタラカシにしてあるタイトルが幾つもある。しかし同じ作品を図書館で借りるなりして、本として読めば読めてしまう。左手に感じる本の厚みが、読み進めるに連れ徐々に薄くなって行く様を肌で感じるのも快感で、ペーパーレスではそれがないのも、少し寂しい。
何だかバカデカい『iPhone』みたい…。実際3G回線モデルもラインナップされているので電話(?)としても使えるのかも知れない。しかしコレはどう扱ったものか。『iTunes Store』で音楽や映画、各種アプリケーションを購入できるように、『iBook Store』から電子書籍を買って読むことができるのだそうだ。音楽を聴くだけであれば『iPod』で充分であるし、この電子書籍リーダー機能が大きな特徴と言えるだろう。
『iTunes Store』で購入しなくても『iTunes』があれば手持ちのCDから楽曲データを吸い出すことはできる。CDさえ持っていれば、改めて買い直す必要はない。けれど本というと、そういうワケにもいかない。例えば『蜘蛛の糸』を文庫で持っていて、『iPad』でも読みたいと思えば、『iBook Store』で買うより手はない。(或いは『蜘蛛の糸』全文を自らキーボードで手打ちするか)
『iBook Store』で気に入った未見の本を見付けてしまった場合も何となく面倒だ。デジタルデータでは物足りなくなり、ペーパーメディアとして手元に置いておきたいと思うと、改めてまた全く同じ内容の本を書店で購入しなければならない。その辺りも考えられているのかな。『iBook Store』で扱う書籍データは印刷物としては存在しないものばかりであるとか。俺の想定している使い方が見当外れなのか。
俺は古い人間のせいか、どうもディスプレイで本を読むことが苦手だ。パソコンのモニターでも余り長い文面を読んでいるとヒドく疲れてしまう。横書きがいけないのかと、縦書きに直してみたりもしたが、やはり駄目だった。同様に一時期流行った携帯小説とやらに挑んでみるも、結果は同じく、根負けして読了に至らない。印刷をしてしまえば、恐らく読めるとは思う。
携帯ゲームの画面を使って、古い名作文学が楽しめるニンテンドーDSの『DS文学全集』というソフトの中にも、随分と読まないでホッタラカシにしてあるタイトルが幾つもある。しかし同じ作品を図書館で借りるなりして、本として読めば読めてしまう。左手に感じる本の厚みが、読み進めるに連れ徐々に薄くなって行く様を肌で感じるのも快感で、ペーパーレスではそれがないのも、少し寂しい。