トマトです。
今日は2011年9月11日。
アメリカの同時多発テロからまる10年。
3月11日の東日本大震災から6ヶ月。
時は流れ、起きたことは過去になってしまいますが
どんなに時が流れても、その以前に戻ることは出来ません。
テロや、大地震や、津波や、原発事故で、喪われたものは、戻ってはきません。
大震災直後。
テレビ画面の周りにあった生活情報。
公共広告機構のCM。
午後6時前には閉まってしまうコンビニ。
街灯の消えた町。
新刊の並ばない本屋。
ガソリンスタンドを二重三重に取り囲むような給油の車。
スーパーマーケットに並ぶ長い長いお客さんの列。
震災から半年たった今は、もう見られなくなった光景です。
日常は戻ってきたのでしょうか?
菜の花村のお店にお買い物に来たお客様がポツリとつぶやいた言葉が心に焼き付いています。
「津波と一緒に、人間関係も流れ去ったような気がする・・・」
大津波を目の当たりにした人にしかわからないことがあるのです。
2001年9月11日 2011年3月11日 それ以前の日常は、二度と戻ってきません。

戻らないものを追い求めず、新たなスタートを切った人も。
う~ん、どう頑張っても写真が縦に出来なかったのが残念ですが、陸前高田の八木澤商店さんの新商品の醤油です。
創業は江戸時代という、老舗中の老舗。津波で蔵も醤油も漬物も、全て喪ってしまいました。
秋田の安藤醸造さんの協力を得て、国産大豆・二年醸造の醤油を売り出すことができました。
醤油の味は薄めてわかります。
3倍に薄めて飲んでみたら、ダシいらずのくらい旨い!
「ゆっくりね のんびりと」という文字は、震災後、何の面識もなかった九州の書家の方が送ってくれたものだそうです。
大津波のあと、たった一本残った陸前高田の松原の松の木。
何もかも喪ってしまったあとに、たったひとつ残った希望のように。
一本松は、復興のシンボルとして、お醤油のシールとなりました。
以前の日常は戻ってこないけれど、これから私たちは、新しい日常を作っていくのです。
今日は2011年9月11日。
アメリカの同時多発テロからまる10年。
3月11日の東日本大震災から6ヶ月。
時は流れ、起きたことは過去になってしまいますが
どんなに時が流れても、その以前に戻ることは出来ません。
テロや、大地震や、津波や、原発事故で、喪われたものは、戻ってはきません。
大震災直後。
テレビ画面の周りにあった生活情報。
公共広告機構のCM。
午後6時前には閉まってしまうコンビニ。
街灯の消えた町。
新刊の並ばない本屋。
ガソリンスタンドを二重三重に取り囲むような給油の車。
スーパーマーケットに並ぶ長い長いお客さんの列。
震災から半年たった今は、もう見られなくなった光景です。
日常は戻ってきたのでしょうか?
菜の花村のお店にお買い物に来たお客様がポツリとつぶやいた言葉が心に焼き付いています。
「津波と一緒に、人間関係も流れ去ったような気がする・・・」
大津波を目の当たりにした人にしかわからないことがあるのです。
2001年9月11日 2011年3月11日 それ以前の日常は、二度と戻ってきません。

戻らないものを追い求めず、新たなスタートを切った人も。う~ん、どう頑張っても写真が縦に出来なかったのが残念ですが、陸前高田の八木澤商店さんの新商品の醤油です。
創業は江戸時代という、老舗中の老舗。津波で蔵も醤油も漬物も、全て喪ってしまいました。
秋田の安藤醸造さんの協力を得て、国産大豆・二年醸造の醤油を売り出すことができました。
醤油の味は薄めてわかります。
3倍に薄めて飲んでみたら、ダシいらずのくらい旨い!
「ゆっくりね のんびりと」という文字は、震災後、何の面識もなかった九州の書家の方が送ってくれたものだそうです。
大津波のあと、たった一本残った陸前高田の松原の松の木。
何もかも喪ってしまったあとに、たったひとつ残った希望のように。
一本松は、復興のシンボルとして、お醤油のシールとなりました。
以前の日常は戻ってこないけれど、これから私たちは、新しい日常を作っていくのです。
