かつて奥三河には、田口線という鉄道が存在した。
すでに廃線となって久しく、終点の元・田口駅周辺はこんな感じだ。
(2013年2月撮影)
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2013年時点では、田口駅のものと思われる残骸が残っていた。
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2014年3月に再訪すると、残骸が無くなっていた。
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近くの「したら山荘」ビフォー。
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「したら山荘」アフター。
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あゆ・おとりの看板があった廃墟ビフォー。
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廃墟アフター。
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廃屋ビフォー。
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廃屋アフター。京都ナンバーの軽トラが解体作業をしていた。
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(推定)木材工場ビフォー。
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(推定)木材工場アフター。
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木材工場の脇をダンプが土で埋めていた。
すでに工場は解体されているかも?
(廃墟巡りを推奨しているわけではない)
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近くにはわずかながら住民の気配がある家屋もあった。
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田口駅周辺は廃墟だらけのデスロードだったわけだが、
廃墟解体の理由を知りたくて近くの「奥三河郷土館」を訪問した。
(田口線を走っていた列車も展示されている)
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奥三河郷土館のスタッフの説明によると、
「田口駅周辺は設楽ダムで水没する為、
廃屋の解体作業をしています」
とのことで、同行のM氏といたく驚くのであった。
(具体的にいつごろダムの建設が始まるのかは未定)

そーいうわけなので、田口駅周辺は今のうちに行ったほうがいいと思うんだ。

近くの宇連ダムは2013年の夏に水がほとんど干上がったくらいなので、
東三河の水源確保の為にも必要なダムなのかもしれない。

帰り道、近くの添沢温泉(そえざわおんせん)へ寄り道した。
すでに解体されたと知っていたのだったが、
ここも設楽ダム水没エリアとのこと。
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浴場の跡・・・かな?
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離れもあったらしい。
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もう少し朽ち果てれば、古代遺跡っぽくなるかもしれない。
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添沢天満宮は階段がビニールひもで封鎖されていた。
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町指定天然記念物の添沢のヌマスギだって。
こいつも水没するのか・・・
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何だか社会派の記事になっちまった。

 

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